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2017年9月23日 (土)

対話篇4ープラモデルー

対話篇8

師匠「♪」
弟子「師匠がロボットのプラモデルを作っている」
師匠「たいよーのきばー♪」
弟子「ノリノリである」
師匠「だーぐらーむ♪」
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弟子「五十近い爺さんが子供みたいで見てられない」
師匠「……うるさいなぁ」
弟子「なんなんですか、それ」
師匠「太陽の牙ダグラムだよ。八十年代初頭にテレビでやってたサンライズアニメ」
弟子「さんらいず?」
師匠「アニメ会社ね。ガンダムでリアルロボットアニメのブームに火をつけたとこ」

弟子「体はガンダムみたいなのに、頭がヘリコプターの操縦席みたいだ」
師匠「メカデザイナーは大河原邦男さんでね。当時の子供はみんなお世話になってる」
弟子「たとえば?」
師匠「タイムボカンシリーズ。特にヤッターマンのメカは有名」
弟子「あのすっとぼけた犬のロボットですか!」
師匠「やったーワン!」

弟子「へえーすごい人なんですね」
師匠「元々デザイナーさんだったって聞いたことがある。デザインに奥行きがあるんだ」
弟子「奥行き?」
師匠「裏側まで見通せるっていうか、立体化しやすいデザインなんだよ」
弟子「つまり?」
師匠「おもちゃ会社が商品にしやすいデザインってこと」
弟子「なるほど」
師匠「ガンダムA誌で最新の家庭用旋盤を嬉々としていじってた姿は微笑ましかった」
弟子「工芸的なデザインセンスが要求されるんですね」
師匠「そう」

弟子「ガンダムもこの方がデザインしてるんですか」
師匠「基本のラフが冨野さんで配色とアニメ用の調整が安彦先生だったはず」
弟子「色は違うんだ」
師匠「おもちゃ会社が白いロボットじゃ売れないって企画会議で注文をつけてね」
弟子「バンダイ?」
師匠「いや、当時権利を握ってたのはクローバー。で、安彦さんがその場で色を決めた」
弟子「あの青やら赤の配色ってそんな行き当たりばったりで決まったんだ」
師匠「トリコロールカラーは子供に受けるって言われてたんだ。ドラえもんとか」
弟子「ああ、ガンダムとドラえもんはなんか似てる気がする」
師匠「色は同じだよね」

弟子「大河原さんがデザインした部分は案外少ない?」
師匠「いやいや、あの造形は素人じゃできない。どの角度で見てもガンダムってわかる」
弟子「ほう」
師匠「足とか、大河原節だよね。ふくらはぎがものすごくセクシー」
弟子「ロボットにセクシーさはいらんでしょ」
師匠「それまでのロボットのデザインにはなかった部分だよ。ここ重要」

弟子「で、その人がデザインしたのがその……ダグラム?」
師匠「キャノビーが戦闘ヘリっぽいのが革新的だよね」
弟子「子供に受けたんでしょうか」
師匠「どちらかというとガンプラブームで模型に目覚めた層がターゲットかな」
弟子「バンダイ?」
師匠「タカラトミーだね。バンダイとはライバル関係にある」
弟子「売れたんですか」
師匠「売れたねぇ。おかげで本編のアニメも放送が延長されたくらい」

弟子「ほう」
師匠「外国のカメラマンの写真集を見ていたらソルティックが映ってて笑った」
弟子「ソルティック?」
師匠「コンバットアーマーね。ガンダムで言えばザクみたいな敵方のロボット」
弟子「次々と訳の分からん用語が飛び出してくる……」
師匠「ダグラムはストーリーが政府VS反政府ゲリラだったからメカがリアル志向なの」
弟子「ああ、ベトナム戦争っぽい感じなんだ」
師匠「高橋良範のリアル戦争ものはボトムズで頂点を迎える」
弟子「もう何が何だかわからない」

師匠「ゲリラ側が最新の兵器を手に入れて大活躍♪」
弟子「ものすごく物騒な話ですね」
師匠「一途なヒロインとのラブ要素もあるよ」
弟子「なんかものすごく頬がこけてるんですけど」
師匠「リアル志向」
弟子「わざと萌え要素を排除しているようにしか見えない」
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師匠「そのダグラムのプラモデルを知人からいただいてね、半年くらい放置してたんだ」
弟子「なぜダグラム?」
師匠「さあ……出来がいいから作ってみろ、みたいな話じゃなかったかな」
弟子「実際、素組みのプラモデルとは思えない完成度ですね」
師匠「作ってて思い出したよ。僕、八十年代にもダグラムのプラモデルを作ってる」
弟子「なんと」
師匠「キャノビーとか必死に色を塗ってた記憶がよみがえってきた」
弟子「……」
師匠「関節の可動部分にポリキャップを使った最初期の模型じゃなかったかな」
弟子「……忘れてたって事実に驚きですよ」

師匠「あの当時はいろいろ作ってるからね。ダンバインも最初期のを買ってる」
弟子「すごいんですか」
師匠「頭のデザインが不評ですぐに修正してるんだ。その修正前の不細工なやつ」
弟子「今ならそっちの方が価値がありそうですね」
師匠「パテで修正してアニメのデザインに近づけたんだ」
弟子「もったいない」

師匠「八十年代初頭の男の子はみんなプラモデルに手を染めたもんだよ」
弟子「……そうかなぁ。師匠のオタク趣味のような気がするけど」
師匠「部屋がシンナー臭くなって父親に怒られた」
弟子「そりゃそうだ」
師匠「一日働いて家に帰ってきてシンナー臭いのは耐えられないと」
弟子「そっちですか。シンナーは不良の代名詞だからやめろって話かと」
師匠「アンパンね」
弟子「アンパン?」
師匠「シンナーの瓶をパン屋の袋に入れて吸うの。で、注意されたらアンパンですと」
弟子「いろいろ無駄な知識が飛び出してくる」

師匠「でもダグラムの頃には水性ホビーカラーが普及し始めてたから臭くはなかった」
弟子「師匠がプラモデル好きとは知らなかった」
師匠「いや、今回ダグラムを作ったのが三十五年ぶりくらい」
弟子「あらら」
師匠「資料用のボーイング747とか作ったことがあるけど、模型熱は完全に冷めてた」

弟子「で、作ってみた感想は?」
師匠「ふるえたね」
弟子「魂が?」
師匠「指先が」
弟子「じいさんですか」

師匠「普段ペンを使うくらいしか細かい作業をしないから、自分の耄碌ぶりにびびった」
弟子「米粒みたいな部品が多いですもんね」
師匠「でも途中からスイスイ組み立てられるようになった。老化防止にいいのかも」
弟子「どんどん話が老人臭くなってくる」

師匠「いやいや、マジで指先がプルプル震えてたのが最後の方は完全になくなってたの」
弟子「ふーん」
師匠「それに、完成したときの充実感がものすごい」
弟子「さっきからニャニヤいじりまくってて気持ち悪いんですけど」
師匠「だって、素組みでここまで完成度が高いとは思ってなかったからさ」
弟子「確かに良く出来てますね」
師匠「色を塗らなくてもここまでのものが出来てしまう、この技術はすごいと思うよ」
弟子「老人ホームで模型を作る爺さんがはびこる未来が見えるようだ」
師匠「本当にそんな時代が来るかもね」


2017年9月16日 (土)

対話篇3 ジンクス

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師匠「吹雪まんじゅうを見るとシーボーズを連想するよね」
弟子「……なんですか、シーボーズって」
師匠「ウルトラマンに出てきた怪獣だよ。怪獣墓場から落ちてきた幽霊怪獣」
弟子「知りませんよ。そんなマニアックなネタ」

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師匠「僕のリアルタイムは新マンからなんだけどね」
弟子「新マン?」
師匠「帰ってきたウルトラマンだよ。団次郎の」
弟子「団次郎?」
師匠「俳優だよ。MG5のCMで有名な」
弟子「もう何がなんだかわからない」

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師匠「ウルトラマンは黒部進ね」
弟子「俳優さんの名前で言われてもピンときませんよ。ハヤタ隊員ですね?」
師匠「そうそう、ハヤタ隊員。吉本多香美のお父さんね」
弟子「だから、混乱するからやめてください」

師匠「ウルトラマンも今見ると古いよね。リマスターはされているけど」
弟子「半世紀前の昭和全開の作品ですからね」
師匠「観てると子供の頃の風景を思い出して懐かしいんだ」
弟子「例えば?」
師匠「子供が野球帽かぶって半ズボンで白のハイソックス」
弟子「ああ、半ズボン。今どきの子供は履きませんね」
師匠「クラスメートの半キンをどれだけ見せられたことか……」
弟子「昭和ですね」

師匠「走ってる車も古いし、背広がネルでやけに厚ぼったかったり」
弟子「師匠が生まれたころはそういうのが当たり前だったんですよね」
師匠「うん。町中にミヤコ蝶々みたいなおばあちゃんがいっぱいいたりね」
弟子「ミヤコ蝶々ってどんな蝶々ですか」
師匠「……関西に生息する夫婦善哉な蝶々だよ」

師匠「今回はジンクスのお話」
弟子「風邪が吹くと桶屋が儲かるみたいな」
師匠「それはジンクスとちゃう」
弟子「風が吹くとなんで桶屋がもうかるんですかねぇ」
師匠「……まあいいや、話にのりましょう」

弟子「なんでです?」
師匠「差別用語が入るからあんまりメジャーにならない理由なんだけどさ」
弟子「ほいな」
師匠「風が吹くと埃がまってみんな目をやられる」
弟子「ふむ」
師匠「盲人が増える」
弟子「強引ですね」
師匠「めくらが増えるとみんな三味線を始める」
弟子「なんで?」
師匠「昔はめくらの商売と言えば金貸しか按摩か三味線のお師匠さんだったんだよ」

弟子「で、みんなが三味線をやり始めました」
師匠「三味線が飛ぶように売れて、町から猫がいなくなる」
弟子「皮を剥いで三味線の材料にするんですね」
師匠「猫がいなくなるとネズミが増える」
弟子「なるほど」
師匠「ネズミが増えると桶をかじられるんで、桶の需要が増える」
弟子「……それで桶屋が儲かると」
師匠「そう」
弟子「強引ですね」
師匠「バタフライエフェクトよりは可能性がありそうだけどね」

弟子「で、ジンクスの話」
師匠「ずっと同じGペンのペン先を使い続けてるんだ」
弟子「え?」
師匠「今描いてるのは全部同じペン先で描いてる」
弟子「普通は取り換えるもんなんですか?」
師匠「かわぐちかいじ先生は4ページぐらいで取り換えているって何かで読んだ」
弟子「取り換えないとどうなるんです?」
師匠「インクの線がフニャフニャになる」
弟子「ダメじゃないですか」

師匠「まあ、ジンクスだよね。この作品をこれ一本で描き終えたら絶対いいことがある」
弟子「……単なる思い込みですね」
師匠「それに僕の今の描き方だと、割と古いペン先でも描けちゃうんだよね」
弟子「本人が納得してるなら別に構いませんが」
師匠「で、さっきペン入れしてたら妙にシャープな線が引けちゃったの」
弟子「ついに達人の境地に達しましたか」
師匠「予備用のペンでペン入れしてた。こっちは新しいペン先だったんだよね」
弟子「ああ」
師匠「ジンクス破れたり」

弟子「くだらない。ジンクスなんて科学的根拠に乏しい思い込みですよ」
師匠「まあそうなんだけどね」
弟子「今の時代、ジンクスなんて誰も信じていませんて」
師匠「そうでもない。出版業界には有名なジンクスがある」
弟子「といいますと?」
師匠「出版社がビルを建てると経営が傾く」
弟子「なんじゃそりゃ」

師匠「某大手が新社屋を建てたとき、編集さんが話してた」
弟子「単にヒット作が出なかっただけでしょ」
師匠「実際、出版業界は経営が傾きまくってる」
弟子「それは……」
師匠「出版不況は某社が立派なビルを建てちゃったからだと、個人的に思ってる」
弟子「また師匠の無茶振りが始まった」

師匠「まあ、社員にとっては新社屋はうれしいけど、めんどくさいってのもあってさ」
弟子「引っ越しが大変ですもんね」
師匠「それで愚痴るうちにそんなジンクスが生まれたんじゃないかと思うんだ」
弟子「なんか不評だったみたいですね、某社の新社屋」
師匠「役員室がビルの下の方にあるの」
弟子「?」
師匠「火災があったときにはしご車が届く限界位置なんだってさ」
弟子「ああ、上の階の社員はムッとしますね」
師匠「噂だけどね」

弟子「インフルエンザが流行ると、あっという間に会社中に広まったそうで」
師匠「空調がうまく機能しなかったらしい。後になっていろいろ問題がみつかるんだ」
弟子「ビルだと気軽に窓を開けて換気ってわけにはいきませんからね」
師匠「あと、エレベーターホールがあって、八基くらい稼働してるんだけどさ」
弟子「すごい大手の出版社ですね」
師匠「ボタンを押してもどれが来るかわからない」
弟子「ああ」
師匠「八基全部に注意していないとエレベーターに乗れないというクソ仕様」
弟子「数が多いというのも考え物ですね」

師匠「さすがに今は改善されているけどね」
弟子「で、けっきょく師匠は何が言いたいんですか」
師匠「ジンクスなんてくだらないよねって」
弟子「そこですか」
師匠「さあ、新しいペン先で続きを描くぞ!」

2017年9月 9日 (土)

対話篇2~ボスジャンの思い出~

 1

弟子「肩の調子はいかがですか?」
師匠「だいぶ楽になったよ。心配をかけて申し訳なかったね」
弟子「老人をいたわるのは若者の義務ですから」
師匠「……老人ってほどくたびれちゃいないよ」

弟子「北朝鮮が日米韓に脅しをかけまくってます」
師匠「水爆やらICBMやら、いろいろやらかしてくれてるね」
弟子「師匠も新聞やらテレビやらをよくチェックしておられます」
師匠「肩が痛くて外出できなかったから、なんか見ちゃったね」

弟子「金正恩についてはどのようにお考えで?」
師匠「路上でギターを弾いてる不遇なアーティスト」
弟子「……またわけのわからない例えが飛び出してきた」

師匠「池袋とか歩いてるとたまに遭遇するよね。若いアーティストさん」
弟子「池袋はかつてモンパルナスに例えられたくらい、芸術家の街でしたからね」
師匠「個人的には若い人が頑張ってる姿を見るのは大好きなんだ。応援してしまう」
弟子「ギターの箱を地面に広げて、どこかで聴いたような曲を演奏しております」

師匠「生歌、生ギターはやっぱりググッとくるもんがあるよね」
弟子「それでみんな騙される。別に大した音楽をやってるわけじゃないですよ、あれ」
師匠「……なんだい、いつになく辛辣だね。路上アーティストに恨みでもあるの?」
弟子「思ったことをまんま喋ってるだけですよ。で、なんであれが金正恩なんです?」

師匠「俺の歌を聴け!って、頼まれもしない音楽を押し付けてくる」
弟子「……師匠の方がよっぽど辛辣な気がするんですけど」
師匠「ICBMは俺の魂の叫び~♪」
弟子「なんか歌い始めた」
師匠「水爆はお前たちの鎮魂歌~♪」
弟子「しかもけっこういい声してる」
師匠「昔、演劇やってるお兄さんに褒められたことがあるんだ。美声だねって」

弟子「確かに、俺を認めろ!って叫んでる部分は路上アーティストと似てなくもない」
師匠「お金がなくて生活が苦しいところもそのまんま」
弟子「金正恩自身はおいしいものを食べすぎて太りまくってますけどね」
師匠「近代資本主義では貧困者ほど太る傾向が認められる」
弟子「自分が太っていることへの言い訳ですか。でもまあ、北朝鮮は貧困国ですよね」

師匠「お金がないからやけくそになって自作曲を歌いまくる」
弟子「近所迷惑な話です」
師匠「しかもなぜか結構いい曲なんだ」
弟子「半世紀前に大ヒットした曲をまんまパクってますからね」
師匠「水爆実験でゴジラが誕生したのが1954年だから、半世紀どころじゃない」

弟子「で、金正恩青年はひたすら自作曲を歌い続けるわけですね」
師匠「魂の叫びだから」
弟子「近所が苦情を言っても聞く耳を持たない」
師匠「聴く耳がないのは隣近所の愚民の方だから」
弟子「若いアーティストってのはめんどくさい生き物ですね」

師匠「パトロンはついてるのよ。お金を出してくれるお姉さんとかがバックにいる」
弟子「ああ、年増のセレブ女子とか喜んでお金を出しそうですね」
師匠「おまえは~いい女だ~♪」
弟子「頑張ってねマー君、応援してるわよ、ビックになって私をメロメロにして!」
師匠「なんだい、急に」
弟子「三十近い自称アーティストが夢を語る姿って、苦手なんですよ」
師匠「君も漫画家を夢見る自称アーティストだから、身につまされるのね」

弟子「金正恩は思い通りにならない世の中に核ミサイルをぶつける若者なんですね」
師匠「僕にはそういう風に見えてしまう。たぶん根っこの部分は似てるんだよ」
弟子「だから見ていると自分の若いころを思い出してイライラしてしまう」
師匠「六畳の部屋でひたすら原稿を描き殴ってた時代がよみがえる」
弟子「この作品で天下をとってやるぞ!」
師匠「そうそう、傑作を作れば未来は変わると単純に信じてたよね」

弟子「金正恩が核ミサイルに込めている願いは、なんとなくわかりました」
師匠「この一発で世界は変わる」
弟子「田舎のお父さんお母さんが泣いているぞ」
師匠「世間様に申し訳が立たない、いいかげん夢を諦めて孫の顔をみせておくれ」
弟子「やめてください、ものすごく心がえぐられる」

師匠「俺はピックな~スーパーアーティスト~♪」
弟子「ご近所さんもたまりかねて、とうとう警察に通報してしまった」
師匠「そこで駆け付けたのは天下のジャスラック」
弟子「なんでやねん」
師匠「あなた、お金は払ってるんですか。勝手に音楽やっちゃいけないんですよ」
弟子「自作曲なんでしょ?」
師匠「お金払ってくれないと訴えますよ」
弟子「理不尽だなぁ」

師匠「潰しますよ」
弟子「勘弁してください、生活がかかってるんです」
師匠「そのギターを破壊します」
弟子「……金正恩にちょっとだけ同情してしまう」
師匠「パトロンさんに言いつけて、お金を渡さないようにします」
弟子「石油禁輸決議ですね」
師匠「いい年なんだから、もう変な夢は見ないで真面目に働いてください」
弟子「ジャスラックの是非はともかく、言ってることは正しい気がする」
師匠「頑張れ金正恩!」
弟子「だからどうしてそうなる!」

師匠「嫌いなんだよ、ジャスラック」
弟子「気持ちはわかるけど、核兵器はさすがに迷惑でしょう」
師匠「自前で開発したもんを持ってて何が悪い」
弟子「そりゃそうですけど、その核兵器ってソビエト系のパクリもんでしょ?」
師匠「偉大な創作物です」
弟子「だから近所迷惑なんですって」
師匠「俺がいかにビックなアーティストであるか、周辺諸国は思い知るべきである」
弟子「なんか金正恩が憑依してる。あんたは○○の科学の偉い人か」

師匠「みんな核兵器持ってるのに、なんで僕が持ってちゃいけないのさ」
弟子「核不拡散の取り決めがあるんですよ」
師匠「大国のエゴだ」
弟子「そりゃそうかもしれないけど」
師匠「こんなすごい核兵器を作っちゃう僕を、周辺諸国は認めるべきである」
弟子「僕を認めてって、まるで売れないアーティストみたいだ」
師匠「……つまり、そういうことなのかなって」

弟子「やっと正気にもどってくれた。……確かに金正恩は路上アーティストですね」
師匠「ジャスラックのいかがわしさに反旗を振りかざすところは認めてもいいけど」
弟子「別にジャスラックは関係ないですよ」
師匠「結局は利権なんだよね」
弟子「なんだかとってつけたような結論だなぁ」
師匠「金正恩君もいい年なんだから、いいかげん定職につくべきだと思う」
弟子「身につまされるからやめて」

 2

師匠「眞子様がご婚約を発表なされた」
弟子「秋篠宮殿下のご息女であらせられます」
師匠「このあいだまで紀子さんフィーバーで盛り上がってたのに、早いもんだね」
弟子「いつの話ですか」
師匠「秋篠宮が礼宮って言ってた時代の話」
弟子「四半世紀も昔のことじゃないですか」

師匠「もうそんなになるかね」
弟子「あのとき生まれたのが眞子様ですから」
師匠「あの子いくつ?」
弟子「25歳です」
師匠「早いなぁ」

弟子「ボスジャンが生まれたのが25年前です」
師匠「缶コーヒーのBOSSが特典で作ったジャンバーだよね」
弟子「このあいだテレビCMで25周年記念って言ってました」
師匠「トミー・リー・ジョーンズはずっと見ていたってやつね」

弟子「いいですよね、ボスジャン」
師匠「背中にBOSSって書いてあるの。それだけなんだけど、男としては憧れる」
弟子「何か思い出があるそうで」
師匠「25年前に食料品の問屋さんでアルバイトしていたことがあってね」
弟子「ほうほう」
師匠「お店の偉い人が持ってたから、くださいってお願いしたの」
弟子「いけずうずうしい話ですね」

師匠「だってカッコいいんだもん」
弟子「問屋さんだと営業の人が持ってくるからいっぱいありそうですね」
師匠「うん、お客さんも欲しがるから、お得意さんにみんな配ってたみたい」
弟子「ああ、あの人らにアピールするって意味もあったんだ」
師匠「中間業者を引きつけなきゃ商品が回らないからね」

弟子「業者さんがみんなボスジャンを着ていた」
師匠「くやしかったなぁ。僕も欲しかった」
弟子「バイト風情が言ってもくれないでしょう」
師匠「でもあんまりしつこく欲しがってたら、代わりのものをくれたんだよ」
弟子「ごね得ってやつですか。何をもらったんです?」
師匠「MAJORのアポロキャップ」
弟子「……なんか微妙なものが出てきた」
師匠「黒地に金文字でMAJORって書いてあるの」
弟子「缶コーヒーつながりですか」
師匠「けっこう気に入ってたんだ」

弟子「ま、良かったじゃないですか」
師匠「銭湯の帰りにカバンにくっつけてたら、途中で落としてなくしちゃった」
弟子「ああ」
師匠「悲しかったなぁ」
弟子「今ならそれなりに価値があったかもしれませんね」
師匠「思い出はお金には代えられないもんだよ」

2017年9月 4日 (月)

対話篇

 1

師匠「仕事で頑張ったら肩が壊れた」
弟子「大丈夫ですか?なんだかめっちゃ痛そうなんだけど」
師匠「背中が割れるように痛いんだよね。それでもなんとか原稿を上げたんだけど」
弟子「苦労して無理やり女の子の絵を入れてましたね」
師匠「そこはポリシーだから。旅打ち漫画は男臭くなりがちだから強引に描き込んでる」
弟子「肩が痛いのに無理しちゃって」
師匠「頑張ってチャイナドレスの女の子とバニー風の女の子描いたんだけどね」
弟子「バニーガールがパチスロ打っちゃダメでしょ」
師匠「編集とか、怒ってるかもしれないね。健全な誌面を目指してるって言ってたし」
弟子「ダメじゃないですか」
師匠「健全って言われると、なんか抵抗したくなるんだよね。漫画家のサガかな」

弟子「なんでチャイナドレスなんか描いたんです?」
師匠「モブを描きまして」
弟子「ああ、二百人とかさらっと注文来てましたね」
師匠「深夜にパチンコ屋さんの前で並んでるの。それを一日がかりで描きまして」
弟子「笑っちゃうくらい細かく描き込んでますよね」
師匠「朝になって行列が二百人に達したところで、なんか嫌になってきた(笑)」
弟子「それはまあ、仕方がないと思います。写経並みに地味な作業ですから」
師匠「で、ヤケになってどんどんおかしなものを描き始める」
弟子「それでチャイナですか」
師匠「うん、なんか気が付いたらチャイナドレスの女の子を描いてた」
弟子「無意識に描いちゃうんだ」
師匠「けっこういい下描きだったから、そのままペン入れしちゃったの」

師匠「で、いつもは時間経過のコマにお店のお姉さんを描いてるんだけどね」
弟子「ネームではそうなってますね。”特に意味もなくお姉ちゃん”ってやつ」
師匠「ついでだからそこもチャイナにしてね、もう一コマもバニーに変更した」
弟子「担当さん、呆れてるんじゃないですか?」
師匠「かもね」
弟子「でも描いちゃう」
師匠「頭の中に絵が出来てたから、描いちゃった方が早かったんだ」
弟子「絵って、頭の中に出来てるもんなんですか」
師匠「けっこうリアルに想像してるよ。で、それをペンの先でなぞってる」
弟子「写真を見て描いてるのかと思ってました」
師匠「それだと著作権がうるさいから……」

弟子「で、仕事中にバニーガールのことをイメージしていたと」
師匠「若いころによくバニーのお店に連れていってもらったの」
弟子「うわ……」
師匠「銀座の割と高級そうなお店」
弟子「そういう趣味があるなんて知らなかった……」
師匠「担当さんの趣味だね。昭和世代の大御所漫画家さんとご一緒させてもらったの」
弟子「女の子にウサギの格好をさせて服従させる……」
師匠「床に膝をついて水割り作ってくれたね」
弟子「うわ……」
師匠「でもその頃はバニーなんて好きでも何でもなかったんだけどね」
弟子「今は好きなんだ」
師匠「池袋の交差点で信号待ちしてたら自転車に乗ったバニーさんが目の前に現れてね」
弟子「あの格好で自転車乗ってたんですか?
師匠「緊急の買い出しかなんかだったのかな。ウサギの耳をつけたままで」
弟子「なんてか……ある意味カッコいいかもしれませんね」
師匠「サドルの上のお尻に白いしっぽが生えててね。なんかすごくイナセだった」

 2

弟子「今回はまた性懲りもなく音楽の話をするつもりなんですか?」
師匠「肩が壊れて痛いんで、寝転がって音楽ばっかり聴いてるの」
弟子「はたから見るとただの怠け者ですね」
師匠「激痛が走るんだからしょうがない。昨日も病院で血液検査があったんだけど」
弟子「ついでに診てもらえば良かったのに……」
師匠「採血が済んでから腕を上に向けて三分間待つのが苦行だった」
弟子「四十肩のひどい奴なんですね」
師匠「若いお姉さん看護師が見下ろす中、五十男が苦痛に顔をゆがめているという」
弟子「あの女の子もずいぶん採血が上手くなったみたいですね」
師匠「うん、いつもは怖くて見てられないんだけど、肩の方が痛かったんでつい」
弟子「注射針が刺さるところをじっくり観察してしまったと」
師匠「肩の痛みに比べれば、針とかむしろ気持ちがいいじゃないかって」
弟子「そんなに痛いなら病院へ……って病院でしたね、そこ」

師匠「で、普通の聴いても飽きちゃうから、自分で選曲したの聴いてる」
弟子「プレイリストってやつですね。古いロックとかですか」
師匠「それもやってるね。クイーンのブライアン・メイの曲だけ集めてみたりとか」
弟子「クイーンってベスト盤が最高で、アルバムはイマイチってよく言われてました」
師匠「二枚目のQueenⅡは評判いいけど、それ以外は構成がゆるい気がする」
弟子「ジャズってアルバム、大好きですよね」
師匠「一曲目のインパクトと最後の方のDon't stop me nowが大好きだから」
弟子「他のアルバムはあんまり聴かないんですか?」
師匠「いい曲は多いけど、全体として聴くのがつらい感じがする」
弟子「なるほど」
師匠「だからギター中心とか、フレディのボーカル中心とか、まとめた方がいい」


師匠「で、これはクイーンのロックっぽいのをまとめたプレイリスト」
弟子「ウイー・ウイル・ロックユーから始まるんですか。ミーハーですね」
師匠「次でいきなりヘッドロングに飛ぶ。で、次がストーンコールドクレイジー」
弟子「その次がシア・ハートアタックですか」
師匠「テンションがおかしい曲ばっかりが続く」
弟子「でも最後の方がどんどん渋くなってくる。スリープ・オン・サイドウォークとか」
師匠「おしまいはイッツ・ツー・レイト。ここできっぱり終わるのがいい」
弟子「アルバムだとこのあとメランコリーブルースが続きますけど」
師匠「フレディのバラードっぽいので終わるの、あんまり好きじゃないんだ」

弟子「それと同じ選曲をクラシックでもやる」
師匠「モーツァルトの緩徐楽章だけ集めて聴いてるんだ」
弟子「邪道ですね」
師匠「そうかな?」
弟子「交響曲とか、三楽章四楽章で構成されているものを抜き出して聴くのは邪道です」
師匠「頭が固いなぁ」
弟子「ドボルザークの新世界の第四楽章だけ聴きまくるくらい邪道です」
師匠「あそこが一番盛り上がるし、しょうがないじゃん」
弟子「第一楽章からの積み重ねがあって、第四楽章が盛り上がるんです」

師匠「でもモーツァルトくらいだと交響曲も組曲の発展形って感じだし」
弟子「やっぱりばらして聴くんだ……」
師匠「まあ、ちょっとこのプレイリスト見てみ?」
弟子「……いきなり魔笛の’夜の女王のアリア’から始まってるじゃないですか」
師匠「ザラストロをぶっ殺せ」
弟子「純真な若者を戦争へとけしかける邪悪な曲ですね」
師匠「次がレクイエムのディエス・イレ(怒りの日)ピアノ協20番の第一楽章と続く」
弟子「めっちゃ破壊的なモーツァルトだ……」
師匠「グルダのCDだとカデンツァがベートーヴェンでますます破壊的」
弟子「神経が焼き切れますよ」
師匠「次はおなじみ交響曲40番ホ短調の第一楽章」
弟子「ガーディナー指揮で高速演奏なのがまた恐ろしい」
師匠「BGMで聴くにはこれくらい早い方が気持ちいいよね」
弟子「次は?」
師匠「レクイエムの”呪われ退けられし者たちが”」
弟子「映画でモーツァルトが死にそうになってるときにかかる曲ですね」
師匠「アマデウスね。奥さんが湯治場から馬車を走らせて帰ってくるの」
弟子「その次が」
師匠「これもアマデウスつながりで交響曲25番の第一楽章」
弟子「サリエリが自殺未遂した冒頭シーンで流れて有名になった曲」
師匠「僕も高校生の時に映画で観てから好きになったんだ」
弟子「たいへんだーたいへんだーサリエリさんがー死にそうだー」
師匠「変な歌詞をつけないように」

弟子「次はまた超有名曲」
師匠「ピアノ協奏曲23番の第二楽章」
弟子「この流れで聴くと死にそうに暗い曲に思えます」
師匠「23番自体は明るい曲なんだけどね」
弟子「呪われたモーツァルト」
師匠「で、レクイエムのラクリモサ(涙の日)でとどめを刺す」
弟子「神経がもたないです……」
師匠「で、その次が二台のピアノのための協奏曲の最終楽章」
弟子「いきなり超ネアカになった」
師匠「ホルン協奏曲第3番の終楽章」
弟子「どんどんネアカになっていく」
師匠「さんざん地獄を味わった後に仏のモーツァルトがやってくるわけだな」
弟子「次は?」
師匠「ハフナーセレナードのロンド楽章」
弟子「バイオリンが高速で弾きまくるやつですね」
師匠「バイオリニストが必死の形相で弾いてるのを想像すると楽しいよね」
弟子「ネアカもここまで突き抜けると恐怖です」

師匠「次がピアノ協奏曲26番戴冠式の終楽章」
弟子「明るいですね」
師匠「スキップしてるよね、モーツァルト」
弟子「やけくそのようにも聴こえます」
師匠「最後がジュピターの終楽章。交響曲史上、もっとも完璧な締めの曲」
弟子「とうとう天国まですっ飛んでしまった」
師匠「終わりよければすべて良し」
弟子「まあ、あの曲は最終楽章だけ繰り返し聴いても許されるかも」
師匠「昔、画家の東山魁夷のインタビュー番組があってね」
弟子「はい」
師匠「徹夜で富士山の絵を描いてたらBGMがジュピターになった」
弟子「え……日本画家でもBGM流すんだ」
師匠「うん、で、ちょっと煮詰まってたんだけど終楽章が流れる中、アトリエに朝の光が射し込んできてね」
弟子「ほう」
師匠「一気にテンションが上がって絵が仕上がってしまったと」
弟子「なるほど、なんかわかります。富士にはフーガがよく似合う」
師匠「これがもし新世界の終楽章だったら富士山が噴火していたかもしれない」
弟子「……東山魁夷はそんな富士山は描かないと思いますよ」

パワードスーツ


パワードスーツを着用して、この文章を打ち込んでいる。

八月が終わって、一気に気候が秋めいてしまったために、体が変化に追いつかなかった。
ぶっちゃけ、背中が滅茶苦茶痛い。肩甲骨のあたりが内側からえぐり込むように痛い。
で、しばらく寝転がっていたら治るかなと思っていたのだけど、治らんかった。

アニマックスで機動戦士ガンダム、ジ・オリジンの連続放送があって、
ララア・スンが出てきて、おお、かわいいじゃねぇか、とんだオジサンキラーだぜ、
なんて思ったりしていたのだけど、
それでも激痛は全然収まらない。

金曜に検査で病院に出向いたとき、内科の先生に話してみたのだけど、
「いやあ、血液検査の結果は滅茶苦茶健康ですね!」
と、数字の素晴らしさをさんざん褒められた。
いやいや、直前までタバコをふかしまくって睡眠も2・3時間で原稿に没入していたのに、
いい数字なんて出るわけないでしょ!と思ったけど、前回よりもいい数字が出ていた。
現代の医学はあんまり当てにはならない。

「タバコをふかすと血液が濃くなる傾向があるので、そこんとこよろしくね」

とのことだったので、ちょうどマルボロが最後の一本だったので、
それをふかしてプチ禁煙に入った。肩が痛いのは血液の循環によるものなのは確実なので、
体の中の液体をできるだけきれいに保ってみようと心に決めた。
それで土曜日はガンダムを観ながら安静にしていたのだけど、結局どうにもならんかった。

暑かった日々が突然秋めいて涼しくなってくるこの時期、毎年なんらかの変調はくる。
一度首がどうにも痛くなって、按摩を探して知り合いと街をブラついたことがある。
腰が痛くてベッドでもんどり打ったこともある。今年は右の肩甲骨なのだ。

で、日曜日は隣の町までブラブラ散歩をして、また刻みのタバコを買ってしまった。
おばあちゃんがうめ味の飴ちゃんをサービスしてくれた。
肩に入れ墨を入れたお兄ちゃんが店の前に陣取っていて邪魔だったけど、それをかき分け、
ふらふらと踏切の方へと歩く。
目の前に大きなパチンコ屋がある。ああ、仕事しなくちゃ。

でも机に向かって煙管をふかしていても、十分と我慢が出来ない。とにかく痛い。
こりゃどうにもならんなと、また横になってみるのだけど、そうそう寝てもいられない。
一日絵を描かないとイライラするのはタバコと同じ。なんか描きたい。

で、思いついた。パワードスーツを使おう。

ガンダムはもともとパワードスーツが題材のSF小説が元ネタだったと思う。
宇宙の戦士だったかな。ハイラインのやつ。
人間の機能を機械的に拡張させて、スーパーマンになる。
僕が子供の頃は完全な夢物語だったけど、この頃は実用化の一歩手前まで来ているらしい。
日本だと主に介護目的だけど、重い荷物を持ち上げたり、階段を楽に登ったりできる。
自分の住んでいる街は坂が多くて、よく電動アシスト自転車に乗ってる主婦に会うけど、
あれもまた、一種のパワードスーツだ。

で、たすき掛けに肩をひもでくくってみた。
肩が背中の方に強制的に持ち上げられて、痛いのが少しだけ緩和される。
で、今その状態で文章を打ち込んでいたりする。
プチ・パワードスーツだ。

ガンダムはどうやらこのまま本編の方まで作り直されるらしい。
銀河英雄伝説も作り直されるって話があるけど、あちらが不安いっぱいなのに対し、
こちらはジ・オリジンでだいたいのレベルは想像がつくので、割と楽しみだ。

コミカライズの方は毎月雑誌を買って読んでた。
で、最後の方のセイラ大活躍とか、ちょっと「ん?」な部分はあるし、
ランバラルがイメージよりずいぶん若返っているって個人的な難点もある。
マグネットコーティングのモスク・ハン博士とか、フラナガン博士のデザインとか、
テレビシリーズと違うところはやっぱり気になる。
(安彦先生が病気で倒れていた間にスタッフでデザインを作ってた部分)
でも大筋では満足のいくコミカライズだったので、やっぱりアニメ化はうれしい。

声優さんについても、フラウ・ボゥなんかはすでに前日談でアニメ化されているけど、
志熊理科・福圓美里さんが幼馴染をやってて好感が持てた。なんか馴染んでる。
ユニバース!
ララアの早見沙織さんはどうなってしまうのか楽しみ。

男性声優陣は続投がほとんどかな。古川登志夫さんのカイシデンは昔のまんま。
でもそれがよい。ギレンは銀河万丈さん。ジオンはまだ十年は戦える。(マ・グベ談)

セイラ役の井上瑤さんはかなり以前にお亡くなりになっているんだけど、
そこをララア役だった潘恵子さんの娘の潘めぐみさんが演じることになる。
プレッシャーはあるだろうけど今のところ好演中。リトルウイッチアカデミア良かったし。
このあいだ俺物語!見たんだけど、大和役もすごくかわいかった。
(あざとくないかわいさって難しいと思う。女の人は特に)

同じく、井上さんが演じていたマスコットロボのハロは新井里美さん。
まったく気が付かなくて(馴染んでて)、後でテロップで確認して笑ってしまった。
絶妙のキャスティング。この方がミライ役でも面白かった。

そのミライ役は藤村歩さん。UCのミネバ様。
今んとこあんまり喋ってないけど、ホワイトベースのお母さんっぽい感じをどう出すか、
楽しみだったりする。
どうでもいいけどジ・オリジンでミネバのお母さんがドズルと絡むシーンは、
なんか微笑ましくてニヤニヤしてしまった。あの人がソロモンでああなって、
その後アクシズでああなっちゃうんだなと、しみじみする。「ゼナ」って名前が出ると、
条件反射で「行け!ミネバとともに!」と返してしまうのは、なんなんだろうね。

で、シャアとアムロは当然のごとく池田古谷の定番コンビだったりする。
まあ、学生時代のシャアを池田秀一さんがやるのはどうかと思ったけど、
ファースト世代にはむしろあれの方が納得もいくので、全然OK。
ララアとの出会いのシーンとか、アニメ化されてちょっとうれしかった。
あれが池田さん以外の声だったらなんか嫌だったと思う。
アムロの古谷徹さんもイケルはず。

ブライト艦長の鈴置さんが鬼籍に入られているのは残念だけど、
UCから引き続き成田剣さんだと思われるので、まったく不安はない。
「左舷弾幕薄いよ!」「スタンバっとけ!」を思いっきりやっちゃってもらいたい。

なんだ、盤石ではないか!

2017年8月26日 (土)

24時間テレビ

24時間テレビか……
僕が子供頃には「24時間、テレビが放送されている」ってのはすごいインパクトだった。
40年くらい前の昭和のお話だ。

テレビは深夜に11PMを観て(ガキがそんなもん観るなよ)一時くらいになると終了。
あとは停波になって走査線がザーーーーと流れていた。
ブラウン管テレビだから、縞模様にランダムな光線が発射されるのだ。
不気味っちゃ不気味である。リングの貞子が出てもおかしくない。

昔の深夜番組はものすごくスケベだったんだよね。70年代末期はすごかった。
今じや絶対あり得ない。ウイークエンダーとか、すごかった。
母親が男と再婚して、熱々の夫婦だったんだけど、娘を残して他界。
で、男は失意のあまり、亡き妻の面影を娘に見て、手を出す。
ショッキングなシーンがおっぱい付きで展開された後、
「私お母さんの代わりにされちゃったよ……」という娘のセリフが続く。
で、お父さんが殺されて、その実際にあった事件をドラマにして見せているんだけど、
小学生にあんなものを見せちゃいかんな。

せんだみつおの番組もすごかった。トップレスの女の子たちがガラスの蟻地獄に入って、
周囲にばらまかれた札束目当てに這い上がろうともがくもがく。
それをカメラはガラスの向こうから煽るように撮影する。
おっぱいとかガラスに押し付けられて変な形にゆがんでるんだよね。
でも女の子たちの表情があんまり必死だったんで、エッチというより卑猥って感じだった。
あんなきれいなお姉さんでもああも浅ましくなるもんかと、小学生にはいい勉強になった。
(父親は「ひろし君はスケベだな」と言ったまま放置してくれた)

二時間ドラマの目玉が女優さんのベッドシーンと
おっぱいシーン(シャワーシーン)だった時代の話だ。
バブル前のお父さんたちは、ああいうテレビ番組で日ごろの疲れを癒していたんだよね。
八十年代になって規制が強化されて軒並み消えてしまったけど。

また話題がそれた。

そんなこんなで24時間、テレビがぶっ続けで放送されるというインパクトはすごかった。
ビデオもまだ普及する前の話だから、あれを全部見るってのは、勇者!って感じ。
純真な小学生だった僕は、テレビ局の人が不眠不休でボランティアをするのは偉いなって、
素朴に信じ込んでいた。きっとみんな無料で働いてるんだろうなって。

そんなわきゃねぇ。

名古屋の純真な、漫画好きの小学生にとっては、手塚治虫のアニメが楽しみだった。
24時間テレビの中間地点、朝方からお昼前くらいの時間だったと思う。
坂口尚さんがキャラデザのバンダーブック?が最初だったかな。
で、マリンエクスプレスとか、手塚治虫が大将になって作ったアニメが放送されていた。
毎年必ず一作づつ、夏の最後の豪華なプレゼントって感じで。

マリンエクスプレスは力入ってたな。手塚キャラ総出演って感じ。
海の中を走るオリエント急行みたいな豪華列車の中で事件が次々と起こる。
名探偵ヒゲ親父が大活躍!みたいな。
古代風の武装兵団が何万と襲ってくるシーンがちゃんと動画で動いていて、
ヒゲ親父がそのことを突っ込むメタなセリフなんか、よく覚えている。
アニメーター手塚治虫としてはそこを注目してもらいたかったんだろうな。
宮崎駿がナウシカとかやる前の話で、手塚先生としては自分がアニメを牽引しているって、
ものすごい自覚があったんだと思う。

そういうアニメとしてのすごい部分は、八十年代にナウシカとかマクロスが出てきて、
すべて乗り越えられてしまったわけだけど。(二つとも劇場で観てスゲー!ってなった)

八十年代に入ってプライムローズなんかもアニメ化していたけど、
僕らの世代にはすでに手塚先生の絵は古臭い昔の絵になっていたので、
それで八十年代風ロリッ娘アニメをやられても、ちょっと……って感じだった。
せめてヒロインの髪の毛が原作同様ピンクだったらよかったんだけど、紫だもんな。

ある意味、時代を先取りしていたんじゃないかと思わんでもないが、
綾波とか、「馬鹿バッカ」のルリちゃんとか、あんな感じの髪の色を使うのは、
八十年代だとちょっと時期尚早だった。おばちゃん臭い。

聖闘士星矢のアテナ様とか、クールビューティなライバルキャラによく使われていた色だ。
魔女っ子メグちゃんのライバルキャラみたいな感じ。
年をとるとメインの赤やピンクより青系のクールビューティが好きになってくるけど、
プライムローズでヒロインの子にそのカラーリングだけ使うのは、なんか違った。

ある意味、手塚先生は来たるべき90年代のアニメの方向性を模索していたのだ!と、
変な勘ぐりをするのも、また楽しからずや。
いつの時代でも子供は天真爛漫な赤系の女の子に入れ込み、
お兄さん世代はライバルの青系クールビューティに惚れ込んだりする。
じゃあいっそ、青系クールビューティーをヒロインにすればいいじゃない!となったのは、
たぶん90年代に入ってからのことじゃないかな。
その頃にはもう手塚先生はお亡くなりになっていて、
すでにアニメの神様ではなくなっていた。

今はもう24時間テレビでアニメを放送することもなくなっちゃったんだよな。
代わりに芸能人がマラソンを走って視聴率を稼いでいる。
走る人がいなくなったら、是非手塚作品のリバイバルとかやって欲しいところだ。
(クールビューティなプライムローズとか)
ま、無理か。

2017年8月24日 (木)

コンビニ


タバコというものはおそろしいもので、
机に向かっているといつの間にか吸っている。
箱から出した覚えもないし、火をつけた記憶もないのだけど、
気が付くとくわえている。

キセルだと刻みの葉を指先で丸めたりとか、先端に詰めたりとか、
アクションが多いので「おやまた煙草かい」と思うのだけど、
シガレットはダメだ、無意識に吸ってしまう。

このところ、八月に入ってから連日の雨だったので、
ついつい駅前のタバコ屋には足が向かず、刻みは買っていない。
近所のコンビニでマルボロ買ってる。

漫画のネームを描くときなんかは、集中して数時間かかりきりになるので、
気が付くと残り本数が一本になっていたりする。
それでコンビニまで出かけ、ついついチョコレートやらおにぎりやらも買ってしまう。
セブンイレブンのバイトのカルロス君(仮名)にすっかり顔を覚えられた。
深夜のバイトは外国人さんがやってることが多い。彫りが深くて肌の色が褐色だ。
あんまり書くと差別発言ととられそうだけど、彼の体臭をかぐとカレーが食べたくなる。

今日は久しぶりに夏らしいいい天気だ。ぶっちゃけちょっと暑い。
「冷夏」ってことで夏野菜の価格高騰が懸念されているのだけど、
この調子で夏の後半戦はなんとか夏らしくあってもらいたいものだ。

タバコを買いにコンビニ行ったら、お昼は店員さんがおばちゃんで固められていた。
「おばちゃん」なんて書くと高齢みたいだけど、僕の年齢だと年下だったりもするから、
口に出すときは「お姉さん」なんだけどね。

カルロス君は今頃自分の部屋で寝ているんだろうか。

2017年8月20日 (日)

サザエさんは年下のお姉さんなのだ。

短い人生を彗星のように煌きながら駈け抜ける人生もあるし、
長い人生をのんべんだらりんと、平穏無事に生きる人生だってある。

十代の頃の自分を思い返してみると、
「長く生きたって仕方がない、太く短く生きるのがカッコいいのだ」
と、夭折に憧れていたフシがある。

歴史上「この時に死んでいれば英雄だったのに」って人はいる。
幕末の井上多聞なんかはそうだろう。
過激な尊王攘夷論者が開国論者となり、
英国留学中に長州戦争が勃発するや、取って返してその折衝にあたり、
戦争を無事に終息させ、そのことを恨まれて闇討ちされる。
この時に死んでいれば坂本竜馬みたいな英雄になっていたかもしれないけど、
そうはならなかった。
全身をなますのように滅多切りにされて、虫の息で
「兄上、介錯を」
と頼んだところを、母親が止めに入った。

で、明治になって井上薫と名前を変え、大臣の位にまで栄達するのだけど、
そこからは金に汚い汚職政治家となって、明治人のひんしゅくを買ってしまう。

そういうのはなんか、嫌だなと思う。
人生は太く短く、鮮やかに駈け抜けてみたい。

で、高校時代の僕はフランスのラディケなんかを学校で読んでいたりした。
タイトルは「肉体の悪魔」。
「かわすみがエロ小説を読んでるぞ!」
とクラスの連中にひやかされたりしたっけ。
「いやいや、フランスの天才小説家だから、とりあえず本を返しなさい」
「やーい肉体の悪魔」
「だから、その本は真面目な小説だって!(そうとも言い切れんフシはあるけど)」

ラディケは二十歳くらいで夭折しているので、それで憧れていた部分はある。
「僕も病床で神の兵隊に殺されると叫びながら死んでしまいたい!」と思ってた。
中二病を高校時代にまで引きずるのは、まあみっともない話だ。

僕の若いころはノストラダムスの大予言みたいなのがあって、
人類は1999年には絶滅する段取りになっていた。五島勉さんがそう言っていた。
この終末論というのはものすごく刺激的なもので、当時は冷戦体制でもあったし、
バブルで浮かれた日本に鉄槌を!みたいな気分も僕にはあった。
九月に空から大魔王が降ってきて、それで終わりになるなら、それもいいやって、
なんか投げやりな部分があった。

八十年代末期あたりだと、冷戦が終結し始めた時期で、
ルーマニアのチャウシェスク大統領が惨殺され、ソビエトでペレストロイカ進行、
ロシア連邦となり、中国もついでに民主化に走るかと思われたが、
胡耀邦さんがお亡くなりになって、例の天安門事件になり、
ギリギリ中国は共産国家であり続けることになった。

世界は基本的にこのまま平和裏に民主化されていきそうな情勢ではあった。
中国なんかは、その情勢に乗り遅れてこのまま没落していくんじゃないかと思ってたけど、
鄧小平という無駄に有能な政治家がいて、共産主義体制を維持しつつ、
資本主義を一部導入するという荒業をやってのけ、21世紀への筋道をつけた。
共産主義は事実上失敗に終わり、資本主義陣営の勝利!って形にはなった。

あの当時、90年代の初頭だと思うけど、
「東西の冷戦は終わったけど、これからは南北の冷戦時代になる」
って見方もあって、そんなもんかなと思ってたけど、まあ、そんな感じにはなってる。
緩やかな資本主義の崩壊というか、資本主義に虐げられていた民衆がテロに走って、
「これからはグローバリズムの時代だ!」
と能天気にはしゃいでいた西欧国家を破壊しまくっている。

日本はプラザ合意以降バブルが崩壊して、東西冷戦の終結と不景気が同時にやってきた。
「いやいや、また日本は復活するだろう」
と漠然と期待していたけれど、なかったねぇ。
ジュリアナで扇子降ってたのが日本の最後の輝きになった。
以降、山一証券の倒産があって、有名な大企業でもコロッといってしまう時代になった。
東芝があぶないなんて、バブルを知っている世代にはものすごい笑い話だよ。

東芝と言えば、
自分が25歳になったとき「サザエさんと同じ年齢になった」というのは衝撃だった。
自分は永遠にサザエさんより年下だと考えていたのが、そうではなくなってしまったのだ。

以降、自分の中で永遠に年上だと考えていたものが、次々と年下になっていく。
こういう気分は、高校野球を観ていると味わうものなんだろうな。
自分が高校生の頃はPL学園全盛の時代で、清原とか桑田が大活躍していた。
実際に観ていた記憶はないんだけど、年表的にはそういうことになっている。
ゴジラ松井が全打席敬遠されて新聞メディアが相手チームの監督を袋叩きにしたとき、
僕はもう高校生ではなくなっていて、
「未来のある若者なんだからもっと全力でやらせてあげりゃいいのに」
とメディアにのっかって一緒になって叩きまくっていた。
完全にオッサンの目線である。

大相撲もそうだ。スポーツ選手が次々と現役を引退していき、
プロのスポーツとは若いもんがやるもんだって意識になったとき、
心のギアがガチャっと入れ替わる。
自分もある時期まではそのギアを若いままで保持していたけれど、
中日の山本昌が引退した時点で、それが不可能であることを悟った。
あの人ピッチャーなんだけどずいぶん続いたもんだなぁ。

で、1999年は何事もなく、平常運転で通り過ぎてしまった。
その頃には自分も「今人生が終わったらシャレにならねえ!」って気分だったし、
ノストラダムスなんて嘘さ、大予言なんてメディアのでっち上げた大嘘だと、
完全に黙殺していた。このへんで人生についても、
「太く短く」よりも「細く長く」に趣旨替えしたんじゃないかと思う。
人生やっぱり、長く生きてみないとわからないことがいっぱいある。
それを味わうことなく死んでいくのは、なんか悔しい。もったいない。
三重県のお祖母ちゃんが亡くなったのもこのあたりだったかな。
93歳で大往生。孫やひ孫に囲まれて「そんじゃまあ、先行っとるわ」ってな感じで、
笑顔のままで棺に収まっていた。
地味な人生で葬式が最大のイベントってのもどうかと思うけど、
本人がああやって笑って死んでいけるのは、なんにしても最高のことなんだろう。

21世紀になって、僕ら昭和世代が思い描いていたバラ色の未来になって、
ある日テレビをつけたら高層ビルにジャンボ旅客機が突っ込んでいた。
なんの映画だろうと思ったら911のテロだった。
それから朝までテレビに釘付けになって、戦争だ!戦争だ!と大騒ぎしていたな。
ある意味、ノストラダムスの予言が当たっちゃったとも取れなくはない。
それくらい、ショッキングな出来事だった。
メディアは連日のようにジャンボが突っ込むシーンを放送し、
スクープ映像として貿易センタービル崩壊の直前の現場を流していた。
途中停止していたエレベーターの一基が、奇跡的に動いて何人か助かったってやつ。
その間も外では何かが落ちるドンドンという音が続いていて、
そこにナレーションが
「この音はビルの上から火災に追われて落ちてくる人間の音です」
なんてのを平気でかぶせてきてた。

オサマ・ビンラディンの計画したテロは、人類史上最悪のテロで、
この衝撃は先進諸国に一斉に広がった。
テロ許すまじの空気はこの時に爆発的に広がって、いまだに続いている。
今年もイギリスやらスペインやらで何件も続いている。

各国はテロを未然に防ぐために最大限の努力を払っているのだろうけど、
それでも、その網の目をかいくぐるようにしてテロは発生する。
一般人を犠牲にしたテロ行為は絶対に許せないものであるし、
いつか自分もその犠牲になる可能性があるというのは、ゾッとする事実だ。

歴史を勉強しても、西欧が中東にしでかした悪事はひどいもんだと思うけど、
僕らの世代はそれを過去のものと一度リセットしてしまっているので、
なかなか事の実態が見えずらい。
世界の構造を歪ませたのは、それは間違いなく先進諸国だ。
隣の柿木が実をつければそれを奪い取ってむさぼり食べた。
柿の木ごとごっそり奪い取って相手の庭に草木も生えないようなことまでしでかした。

「富めるものが弱者を搾取するのは自然の摂理だ」
「この世界は弱肉強食なのだ」

と、この理屈は、20世紀までは有効だったかもしれないけれど、
その巨大な軍事力に対するに、テロが有効だと錯覚させてしまったがために、
窮鼠は一斉に猫を噛み始めた。
先進国が描いたグローバルなバラ色の未来は、世界規模の保守化の時代へと後退した。
経済的国境をなくすことで世界が一つになるという夢は、
貧困をも呼び込むという現実に気が付いて、一斉に門戸を閉ざし始めてるって格好だ。

なんの話をしているんだっけ?

そうそう、年齢を重ねるといろんなものを追い抜いていくというお話だ。
僕も今年はいよいよ夏目漱石先生の没年齢を踏み越えてしまうのだ。
夏目漱石というと、明治の大文豪で永遠に追いつけないようなイメージがあったのだけど、
今の自分は彼とタメで年齢的には同格である。
偉そうに口ひげを生やしているけれど、
「おい夏目、そのヒゲうざいからとっとと剃れや」
とどやしつけても一向差支えはない。
なんせタメだから。

夏目漱石は日本に「小説」というものを本格的に確立させた人物だと思う。
それまでの明治の小説が人情噺にすぎなかったところへ、
文明批評的視点を持ち込んできた。
西欧文明が入ってきたために、俺は江戸時代の親父どもとは考えが違ってきている。
物質的に、金銭的に成功者となることはそれはケッコウな話だが、
自分の頭脳はそんなものを本当には望んでいない。
世に「勝利者」となることは実はそれほど面白い生き方ではない。
自分の情緒、趣味が全力でそのことを嫌悪している。
で、情緒、趣味に忠実に生きようとすれば、現代文明はそれを真っ向から否定してくる。
どうにも自分はどんどん孤独になっていくもんだなぁ。

で、その夏目君とタメになった記念てことで、
「それから」と「門」を連続で読み返してみた。
「それから」で現代文明に敗北した主人公は、「門」の中で敗残の人生を淡々と送る。
登場人物こそ違え、この二つのお話は連続している。

「アーサー王伝説」を下敷きにしたんじゃないかと思われる「それから」は、
親友の妻を略奪するという点でアーサーとランスロットの故事を再現している。
これは当時の西欧の流行みたいなもんだ。
「人の妻をNTRしてみたい」という男の要望を、「アーサー王伝説」に仮託して、
これを大っぴらに劇場で演目とするのが、西欧では流行していた時期がある。
夏目君もこれにハマっていたみたいだね。
「それから」で親友の奥方が主人公に攻略されていくさまは、下衆に楽しめたもんです。

でもそれを文学としているのは、西欧文明対日本情緒という構図だ。
「それから」はその対立構造をあぶりだすために細部にわたって緻密に構成されている。
赤と青の対立、父と子、薔薇と白百合、動と静、なんでそこまでやるのかなってくらい、
いろんな仕掛けがあちこちに埋め込まれている。
で、それらは最後の「主人公の破滅」へと向かって一直線に盛り上がっていく。

この完璧に構成された世界が「破滅」という結末を迎えた後、そのアフターケアのように、
ポツンと書かれた作品が「門」だ。
この作品は構成もなんだかゆるくて、結末もとってつけたようにあやふやで終わる。
若いころ初めて読んだときは、「よくわからない駄作」と早々に放り出してしまったけど、
夏目君とタメになって読み返してみると、ああ、これって二人の不幸を親身に見守る、
ものすごく優しい作品なんだなって気が付いた。
小説という形態を選択した以上、破滅は破滅と描写するしかない。
けれど、そのことを認めたくない夏目君もいるわけで、
その視線は暖かに二人を見守り、その夫婦愛の深化にわずかな救いを見出している。
物語としては「だからその後はどうなったんだよ!」とモヤモヤしたものが残るけど、
それはまあ、目的ではない。
不幸な二人の男女が不幸の中で必死に寄り添っている、その姿を確認できればそれでいい。

単純な成功よりも失敗した人生の中に光っているものが見つかることもある。
人生においてそれがどれだけ輝いて見えるか、それは若者にはとても理解できないし、
まだ理解しちゃいけないとも思う。
勝ち組の人生よりも負け組の人生の方が充実しているという幻想は、
梅干しの種のようにしみじみ味わう老人の楽しみなのだ。

夏目君は自分の作品で何が一番好きかと聞かれて、
「門」
と即答したらしいけど、
その気持ちはなんとなくわかる。
あれは、しみじみいいもんだと思う。「門」だけに。


2017年8月16日 (水)

早く来年にならないかなぁ

祝「風雲児たち」ドラマ化!
来年のお正月に放送されるみたいですね。監督は三谷幸喜さん。
原作のファンとしてはうれしい限りだ。

前野良沢と杉田玄白の「解体新書」のくだりを中心にするみたいだけど、
確かにあのあたりだと平賀源内が出てくるし、田沼意次も出てくる。
その田沼意次役が草刈正雄さんだというのもうれしい限り。

漫画準拠だと関ケ原から始めにゃならんけど、
そこは、名作大河「葵三代」の一話目がまんまあの話なので、
興味のある方は是非。
お金があった頃のNHKが国民から徴収した視聴
料を正しく使いまくり、
ドラマ史上完全な関ケ原の戦いを再現している。蟹江敬三さんの福島正則が大好き。
いまだに再現ドラマなんかで戦闘場面を切り取って使っているし、
あの時の各大名の鎧が、その後の大河ドラマでも繰り返し使われていたりする。

ビデオに撮って繰り返し見てたけど、
人に貸したらそのままとんずらされてもう十年くらいは観ていないな。
無念。

前野良沢のくだりは吉村昭の「冬の鷹」を参考にしてると思うんだけど、
あれも最後の方は男泣きに泣いてしまう名作小説なので、是非。

ああ、早く来年にならないかなぁ!

(年をとらない娘もドラマで忠実に再現するのかな?)

2017年8月10日 (木)

80年代の思い出

 1

「やっぱ、うどんは讃岐だよね」
と、平凡な結論に達しそうな今日この頃、みなさまにはお変わりありませんか。

うどんとか、数年前までは割とどうでもいい食べ物だったのだけど、
アラフォーを大きく踏み越えたあたりから、「うどんいいじゃん」となっている。
年のせいではない。断じてない。新しい味覚の世界に目覚めたのである。
あのコシ!洗練された出汁!

どでもいいけど高校時代は校庭の向かいにセルフのうどん屋があった。
「うどん屋行こうぜ」
とクラスメートの誰かが音頭をとれば、十人くらいがゾロゾロとついていく。
すでにしてブレザー姿の女子高生の集団がセルフのどんぶりを持って並んでいる。
どんぶりの中のうどんを網に落として、お湯を張ったシンクの中でみんなして湯がく。
これが、なんか微笑ましい風景で、昔漫画の中でも描いたことがあったっけ。

タンクのだし汁をどんぶりに張り、上に乗せる薬味やら天ぷらやらを選ぶ、
で、会計。
僕はちくわを選ぶことが多かったな。ちくわは天ぷらにするとおいしさが格段に上がる。
磯辺揚げ最高。
で、席についてみんなしてワイワイくだらないことを話しながら食べるわけだ。

クラスの男子生徒の間で、ジムで筋力トレーニングをするのがブームだったことがある。
なんでか新旧二つの体育館がある学校で、
その二錬の間にウエイトリフティングの施設があった。
普段は体育会系の部活が使っていたのだろうけど、それを一部男子が昼休みに使っていた。
僕は運動系は一切うけつけないので傍観していたのだけど、
同年代の男子が腹筋やら上腕筋やら、
「ちょっと触ってみ?」
と自慢するのは、少しだけうらやましかった。

で、そんな筋肉自慢を店内でワイワイやっていたら、他校の生徒に目をつけられた。
「おいお前ら、外に出ろ」
ときたもんだ。

なんでわざわざうちの高校の縄張りに来たのかわからんけど、
「かかってこいや」
みたいな感じで筋肉自慢をしていたクラスメートを挑発した。僕はこの場合部外者だと思うのだけど、
「おまえがやるか」
と凄みかかられた。困った。基本的にみんなクラスでも穏健派のグループなのだ。

で、その困ったところにクラスでもガタイのいいB君が、
「どったの、俺も仲間に入れてよ」
と飄々と首を突っ込んできた。
別にウエイトリフティングをしていたわけじゃないけど、背は高いし上半身も肉厚。
普段はお笑いキャラなので意識したことはなかったけど、改めて見るとけっこう強そう。
で、その他校の生徒は、
「ちっ!」
と漫画のように舌打ちをして、ズボンに手を突っ込んだまま引き下がってくれた。

その場にいた十人ほどはホッと胸をなでおろした。
B君は「?」な感じで「なになに、何があったの」とすっとぼけてたけど、
たぶん事情はわかってたんだろうなと僕は思ってる。

うどんというと思い出す青春の一コマだ。
夕陽をバックに飄々と笑うB君の笑顔はいまだに瞼に焼き付いて離れない。
僕はあの時のB君みたいな男になりたい。身長は平均くらいしかないけど。

 2

僕の通っていた高校は名古屋でも北の方にあった。
空港が近いから、グラウンドで空を見上げると着陸態勢のトライスターが
水色のラインを見せながら轟音とともに目の前をよぎっていった。
トライスターと言えばロッキード疑惑の飛行機で、あれを買う見返りに、
田中角栄さんはロッキード社から多額の賄賂を頂戴したのだけど、
あの頃はそんな無駄知識はなかったので、単純に、
「尾翼のエンジンがマシンハヤブサみたいでカッコええなぁ」
とぼんやり見上げていた。

食玩でいただいたのが仕事場に飾ってあったりする。

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ウイキペディアでさらってみたら、ロッキード社はこのとき、世界中で賄賂をやっていて、
英国とか、あちこちで政治家の失脚が起こっていたらしい。
そのせいか、ロッキード社はトライスターを最後に民間航空事業からは撤退している。

単純な機体の性能ではかなりのものがあったらしいし、
全日空でも次期主力機と考えていたようなのだけど、販売はあんまり伸びなかった。
だから、焦ったロッキード社さんはあちこちの国のお偉いさんに猛烈なアタックをかけた。
田中角栄さんもその攻勢にまんまと乗っかってしまったわけだ。

自分の実家も名古屋では北寄りだったので、
空を見上げるとそこを飛んでる飛行機はデカかった。ヘリコプターも形がはっきり見えた。
だから、東京に来て飛行機がほとんど肉眼で見えないというのはなんか新鮮だった。
飛行機雲はみえるし、銀色の機体がときどききらめいたりもするのだけど、
飛んでる飛行機を真横から見るなんてことは空港の近くでなければまず体験できない。
「ああ、名古屋の状況が特殊だったんだな」
とその時初めて納得がいった。

人間はいろんなものに郷愁を覚える。僕は食玩のトライスターを見ると、
高校時代のグラウンドで見上げていた自分をしみじみと思い出す。

 3

机に向かって音楽を聴いていたら、斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」が流れてきた。
ああ、今テレビで不倫騒動が話題になってるおばさんだと、時の流れを感じたのだった。

「悲しみよこんにちは」は高橋留美子さんの漫画「めぞん一刻」のアニメの主題歌で、
曲そのものは僕も結構好きだったりする。
目を閉じればあの当時十代だった斉藤由貴さんが歌っている姿が蘇ってくる。
眠そうな目、なぜか棒立ち、ふっくらした頬っぺた。
宗教的な理由でご実家が厳格だったので、品行方正な清純派のイメージだった。

あの当時、僕はフランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」も読んでいる。
たしか、女の子が暇つぶしにお姉さんの彼氏をNTRして、それが悲劇に発展し、
本当の悲しみの意味を知る、みたいなお話だったと記憶している。
だから「悲しみよこんにちは」となる。
斉藤由貴の曲はこの作品のタイトルだけを頂戴したもので、
歌詞の内容はサガンとは何の関係もない。「悲しみとだって友達になってやるわよ」と、
かなりポジティブな内容になっている。

でも結構好きな曲だったりする。結果的に印象的な歌詞になっているし、
歌っていれば「頑張ろう」って気分にもなる。

その斉藤由貴さんも尾崎豊とあれこれあったり、清純派ではなくなってしまったけど、
瞼を閉じれば昔のかわいいお嬢さんのイメージは僕の中で生き続けているので、
まあいいかと思う今日この頃であった。
若い子にはピンとこないだろうな、昔の彼女がどれだけ輝いていたか。

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