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2018年4月22日 (日)

みそぎ

昭和の八十年代のことと言えば、もう四十年近く昔の話になる。
ある朝、小学生だった自分が新聞を読んでいると、
「ジョンレノン暗殺」という記事があった。
僕にもわかる、音楽をやってた人だ。
「ずーとるび」の元ネタになった「ザ・ビートルズ」というバンドのメンバーだった。ビートルズの曲なら「カモン、カモン」とか「イェイ、イェイ」叫ぶのを「ひらけ!ポンキッキ」で見たことがある。四人いたメンバーの、たぶん一番目立つ人がジョンレノンだ。

その人が1980年の12月8日にニューヨークのダコタハウスの前でマーク・チャップマンに射殺された。その翌日の朝刊を僕は読んでいた。小学生には経済とか政治の記事はまったく興味が持てないので、比較的組みやすそうな芸能関係の記事には毎度目を通すことになる。その記事に、
「ポール・マッカートニー氏は葬儀には参列しない模様」というのがあった。
四人いた「ザ・ビートルズ」のメンバーで、一番ジョンレノンに近い人だと聞いていたので、その人が葬式にもやってこないというのは、なんとも薄情だなと思った。小学生の自分には友情は何よりも尊いもののような気がしていたので、この時の「薄情」という印象が、その後もずっと根っこに残り続けることになる。

いちおうフォローを入れておくと、その後ポール・マッカートニーの曲を聴くようになって、彼がダコタハウスのジョンの元を時折訪ねては、バンドを再結成しようと持ちかけていたことなんかも何かで読んだ。暗殺の一報に接して、レコーディングを中断してプロデューサーのジョージ・マーティンと一晩中ジョンの思い出を語り合った話も知っている。その彼が葬儀に参列しなかったのは、自分が顔を出すことによるメディアの過剰な反応を恐れたからなのは理解できる。でもそれがわかるのは自分が大人になったからで、小学生のときの「仲間に対して冷たい薄情な人」という印象は、どうにもぬぐい切れない。その後、スティーヴィー・ワンダーと「エポニー・アンド・アイボリー」をやっても、マイケル・ジャクソンと「セイ・セイ・セイ」をやっても、果てにはエルビス・コステロとアルバム曲を作っても、「薄情な人がまたなんかやってら」としか思えなかった。子供のころの刷り込みというのはどうにもタチが悪い。

小学五年生というのは、年齢的になかなか微妙なお年頃である。あと三か月もすれば上級生は卒業し、小学校のヒエラルキーの中では頂点に君臨することが約束されている。そこそこ知恵もついてきているので、大人が禁止していることをやってみたいという欲求も芽生え始める。八十年代の初頭は「ツッパることが男の勲章」みたいな時代だったので、あえて怒られそうなことをやってみるのが、一つの冒険でもあった。

担任の先生は髪の長いダンディだった。当時テレビでやってた「金八先生」のようなロングヘアーではなく、七三に分けた「鬼太郎」のような髪形だった。。よく学年主任の先生に「のだしゅー髪を切れ」と怒られていた。「のだしゅー」というのは先生の愛称だ。本名を縮めただけなんだけど。
冬はタートルネックのセーターをよく着ていた。そのセーターの上にジャケットを着ていたのだけど、そのファッションが70年代っぽい感じで、微妙に時代遅れだった。まあ、このあとブリティッシュムーブメントがあってパンクなファッションが八十年代を席捲していくことになるのだけど、その無駄にド派手な乱痴気騒ぎを思い出せば、先生の時代遅れの服装は逆に好ましく思えてきたりする。
そういえばジャケットの肘にアップリケのような濃い色の布があててあったな。あれも七十年代っぽかった。

この先生に一度叱られたことがある。クラスの悪ガキが集まって、「公園で焚火ししょうぜ」という話になり、授業が終わってから公園に集まって焚火をした。僕も「焚火と言えば焼き芋だ」ってんで、大衆食堂の調理場からイモを失敬して、焚火の底に突っ込んだ。「ツッパることが男の勲章」の第一章みたいなもんだ。悪いことをあえてする、そこに男のロマンがあった。もちろん、バケツに水を入れてしっかり消火する準備は万全だった。
男子が七人ほど輪になって「あったけ~」と両手を火にかざしていたら、
「あんたら何やってんの」
とクラスの女子二人組がのぞきに来た。
「焚火。イモも焼いてる」
「へえ、私たちも食べたいな」
「ダメ」
「ケチ、先生に言いつけけてやる」

かくして「公園焚火事件」は先生の知るところとなった。
名古屋では授業の合間合間の休憩時間のことを「放課」というのだけど、その「放課」の時間に首謀者7人は教壇わきの先生の机の前に呼び出された。
「焚火をしたんだって?」
「やりました」
「うーん」
先生はしばらく腕を組んで考え込んだ。子供だけで焚火をしたのが大問題なのだけど、火の後始末はちゃんとしているし、近隣住民からの抗議の声も出ていない。悪さと言えば悪さなのだけど、これくらいの節度のある悪さならば目をつぶってやってもいいんじゃないか、たぶん、そんなことを考えているはず、普段の先生の言動を考えると、ここは叱責だけで済ませるんだろうなと僕らは思っていた。

「今から順番にお前らを殴るから」

僕らは一瞬ひるんだ。いつもはニヒルな「のだしゅー」が殴るという熱血教師みたいなことを口にしたからだった。

「なんで殴られるかは、わかるよな」
「……はい」
今考えれば先生としても子供を殴るなんてのは嫌だったと思うのだけど、なんらかの制裁を加えなくてはこの場が収まらないと考えたのだろう。

ぱちん、ぱちんと、教室中に乾いた音を立てて、右から順番に僕らは殴られた。痛かったけど、先生に悪いことをしたなという後悔の気持ちの方がよっぽど大きかった。僕らが席に戻った後も、先生はずっとムスッとして、一日中不快そうだった。

僕はこの先生をけっこう尊敬していたのかもしれない。中学に上がる頃には髪を伸ばして「鬼太郎」のような髪形になっていたから。
その中学でも体罰に関するエピソードが一つあった。

М先生は「いつもニコニコ現金払い」がキャッチフレーズの眼鏡のオジサンだった。「ゴキブリげんちゃん」と自分で言ってたけど、その愛称の出どころはまったく覚えていない。
いつも三十センチほどの竹の棒を持ち歩いていて、怒るとそれで生徒の頭を叩いた。僕も何度か叩かれたけど、体罰というよりは教師としてのイメージ作りのジェスチャーだったので、あんまり痛くなかった。この竹の棒にはかわいいゴキブリのマスコットがついていて、クラスのAさんのお姉さんがプレゼントしたものだった。茶色だとグロテスクだからなのか、青いゴキブリマスコットだった。

ある時、クラスの「エーゾー君」が悪さをした。具体的に何をやったかまでは覚えていないのだけど、普段から悪さばかりするやんちゃな生徒で、僕も一度ケンカをして、体重差で負けたことがある。太った憎々しい顔つきの男の子を想像してもらえば、だいたい間違っていない。

その「エーゾー君」がやらかした悪さがクラスで問題になって、とうとう先生が場を収める仕儀となった。先生がなんらかの制裁を加えないと、教室のみんなが納得しないし、「エーゾー君」も立場がない。だから先生、やっちゃってください、という場面である。

いつもなら先生が竹の棒で頭を叩けばそれで収まりそうな展開だったのだけど、この時はそれでは足りないと思ったのか、
「クラスのみんなに迷惑をかけたのだから、みんなにこれで叩いてもらいなさい」
と竹の棒を教室の一番前の席の子に手渡した。

「エーゾー君」も自分のいたずらの決着は甘んじて受ける覚悟だったようで、殊勝に頭を差し出して「やってくれ」と目をつぶった。こういう時は暗黙の了解というか、強くは叩かないのものだと思うのだけど、みんなそっと撫でる程度で済ましていた。僕もゴキブリマスコットのついた竹の棒を手渡され、やさしく「コツン」と叩いた。

でも中学生といってもまだ子供だから、中には思い切り叩く馬鹿な子がいるんじゃないかなと思ったら、やっぱりいた。彼女は力任せに、思い切りデカい音を立てて「ボコ!」と殴ったのだった。ちなみに土建会社の社長令嬢である。こういう場合に一番空気を読まないのは、育ちのいいわがままなお嬢様だと相場は決まっている。「ああ、やっちゃった」と僕は天を見上げた。

普段は強面の「エーゾー君」も、あまりの痛さに激しく泣き始めた。お嬢様はマスコット付きの竹の棒を手にしたまま、なんかキョドってる。クラスの抗議の視線が一斉に彼女に向かったからだ。私、何も悪いことしてないじゃない、なんでみんなそんな目で見るのよ!とでも言いたげである。……今風に言えば、完全に空気が読めていない。

この事態はさすがに先生も予見していなかったようで、
「すまん、俺のやり方が間違っていた。悪いのは先生だ。ごめん」
と教壇に額を押し当てて謝罪した。集団体罰はお嬢様のところで終了した。

体罰には「ケリをつける」という様式的な側面もあった。みそぎというか、罰を受けることで場を収めるという意味合いもあったのだ。もちろん、感情に任せて生徒を殴る不埒な先生も大勢いるので、体罰なんてあってはならないと僕は思うのだけど、通過儀礼としてのみそぎはある程度は必要なんだろうなとは考える。僕らの時代は先生が殴って、それでチャンチャンと終わりにできたのに、今の子供たちにはその安全装置みたいなものがなくて、いろいろめんどくさいだろうなと同情する。思えば僕らの時代はなんとも牧歌的なものだったのだ。

そう、これは男同士が殴り合いで友情を深めていた、昭和時代のお話なのである。

2018年4月15日 (日)

ショートショート……かな?


軒先に床几を引っ張り出して、爺さんがのんきに夕涼みをしている。
夏の暑い日のことだ。私は夏の制服が汗でべとつくのを気にしながら、
「お爺ちゃん、ただいま」
と気のない挨拶をした。
「おう」
と気のない返事が返ってきた。

昭和が終わろうという時代の話だ。先の戦争では南方まで行き来する輸送船に乗っていた爺ちゃんも、このごろは少しボケ始めていて、久美子という私の名前をよく失念する。貴ちゃんになったり、胡蝶になったりする。面白いので一度その名前で
「なあに」
と返事をしたら、私のお尻を撫でまわしてきたので、慌ててその手を叩いて逃げ出した。
お爺ちゃんはカラカラと陽気に笑いながら、また床几の上に横になった。

窓の下で綺麗に咲いていた朝顔は、花がしなびて鉢のふちに垂れ下がっている。
十年前も、五十年前も、同じような風景が下町にはあっただろう。たぶん十年後も五十年後も、やっぱり同じ風景がこの町に残っているはず。新幹線が走り、街に歌謡曲が流れるご時世になっても、爺ちゃんの時間感覚の中では銀座は大正時代の銀座のまま、チンチン電車が走り回り、モボとかモガとかがオシャレなパーラーでアイスクリンを食べているのだ。

「スマホがのう」
ある時、お爺ちゃんの隣で西瓜を食べていたら、聞きなれない言葉が飛び出してきた。
「何?」
「スマホだよ、スマホ」
お爺ちゃんはさも当たり前のことのように話を振ってくる。
「スマホって何よ」
「小さい電話だよ。お前は知らんのか」
……知らない。うちにあるのは昔ながらの黒電話だし、スマホなんて言葉は生まれてこの方聞いたこともない。大正時代には小型の電話のことをスマホとでも言ったのだろうか。
「あれは便利だのう。和江さんにもそのうち買ってあげよう」
爺ちゃんは私の頭をクルクルと撫でまわしながら満面の笑顔を見せる。ちびっこだった頃からの爺ちゃんの癖だ。あと、私は和江ではない。久美子だ。

スマホという謎のような言葉が気になって、図書館でいろいろ調べてみたのだけど、そんなものは百科事典のどこにも存在していなかった。父に質問してみても、
「軍隊の符丁か何かじゃないのか」
とのことであった。爺ちゃんは海軍の輸送船で南方まで行き来していたから、その可能性がもっとも高い。

「スマホって海軍の符丁でしょ」
そう本人に聞いてみると、
「阿保か、スマホがあれば日本はアメリカに勝っとったわ」
と笑い出した。なんだその最終兵器。
「じゃあスマホって何なのよ」
「カメラにもなるし、テレビにもなる。調べ物もすぐに見つかるし、音楽だって聴ける」
「ほう」
私はジャバラのついた二眼レフのカメラにブラウン管が搭載され、ブリタニカの百科事典と蓄音機のラッパの生えている奇妙奇天烈な物体を想像した。そいつが米軍の航空基地に襲い掛かり、B29を千切っては投げ、千切っては投げと八面六臂の大活躍をする。まるで怪獣映画のワンシーンだ。恐るべし最終兵器スマホ。帝国海軍はそんな秘密兵器を極秘裏に開発していたのか……そんなわけがない。

爺ちゃんは縁側で蚊取り線香の入った陶器のブタさんを眺めながら、
「スマホは便利じゃが、あれで街がすっかり衰退したのう。若者がスマホに夢中になるものだから、商店街も本屋も、みんな潰れてしまった」
と寂しそうにつぶやいた。
私の空想の中で秘密兵器スマホが商店街を破壊して回る姿が円谷プロのゴジラのノリで再現された。ジャバラの先のレンズから怪光線が発射され、八百屋の店先のキャベツやら大根やらが粉砕されていく。蓄音機のラッパから放たれた音響兵器により、本屋の本という本がビリビリに切り裂かれる。サザエさんが裸足で逃げ出していく。もう何が何だか訳が分からない。

「スマホって……怖いね」
わからないなりに感想を伝えてみると、爺ちゃんはウンウンと大きくうなずき、
「便利なものが人間を幸せにするとは限らん。便利だからってみんな切り詰めてしまったら、儲けるのは一握りの人間ばかりで、世のなかの大多数は貧乏人になってしまう。便利ってのは人に頼らないってことでもあるからな。人間が人間を支えあって、毎日を平穏に暮らしていく、それが一番の幸せだよ。みずゑさんにもそのうちわかるだろう」
と、満面の笑顔で私の頭を撫でまわした。
「爺ちゃん……私は久美子だよ」
爺ちゃんはカラカラと陽気に笑い出した。

爺ちゃんは昭和が平成になる少し前にポックリと大往生した。その後私は結婚し、一男一女の子宝にも恵まれた。彼らは今年高校二年生と中学の三年生になる。
今朝も朝食の用意をしていると、わき目も振らずにスマホとにらめっこだ。
「スマホばっかりいじってると人類が滅亡するわよ」
味噌汁を運びながら私が注意をすると、
「なんだよそれ」
「お母さん、大げさだよ」
とまるで相手にもしない。
やれやれ、今どきの子はつまらない。お爺ちゃんの話をしても、私の作り話だと思ってまるで信用してくれない。
でも私は確信しているのだ。お爺ちゃんはボケ始めて予知能力を発揮するミラクル爺さんになっていたのだと。


2018年4月 4日 (水)

お金についてのあれこれ


……ここ半年ばかりずっとこのテーマで反故を出しまくっているので、
キリをつけるためにブログにアップします。「中坊の作文かよ」と思われそうだけど、
自分なり、最近感じてる違和感を形にしてみたかったのだな。

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 1

セブンイレブンで煙草を買おうと思って、煙草だけじゃさみしいからおにぎりも買った。
レジで商品を出して「41番お願いします」とバイトの子に告げると、
バイトの女の子は商品を脇に置いて走り出し、弁当コーナーまで行ってしまった。
違う、煙草だ!と思ったけど、彼女は新しいおにぎりを持って戻ってきたのだった。
どうやら消費期限がギリギリだったらしい。僕は別に構わなかったのだけど、
なんとなくうれしい。
それがセブンイレブンのマニュアルなのは間違いないけど、
僕のために走ってくれたのは、やっぱりありがたい。

バイトの子は改めてレジを打ち始める。
「○○円になります」
「……煙草、忘れてますよ」
「あ」
なんかオチがついてしまった。

いまどきの子にしちゃやたら口紅が赤かったけど、最近はあんなものなのかしらん。
いかにも慣れてない感じの子がどきつい色の口紅をつけていて、
「妖怪人間ベラ」
と心の中で思ったりするけど、そういう子もだんだん慣れてくるのか、注意されるのか、
自然な色の口紅に変化していく。時間は流れているんだな、と思う。

僕は消費期限とか品物の一部欠損なんかは割と気にしない。
同じコンビニでパックのジュースを買おうとしたら、
「ここ凹んでますけど取り換えましょうか」
と確認されたことがあるけど、
「それくらい大丈夫だよ、すぐに飲んじゃうから」
と取り換えを遠慮した。

まあ、さすがにスーパーの店先でジャガイモの特価があったとき、
一番上の袋を取ったら根が出まくっていて、これはダメだなと思ったりはするけど。

何かを製造する人たちがいて、それを運ぶ人がいて、
商品を販売する人たちがいる。
僕は実家が食堂だったし、商品販売のバイトなんかもしていたことがあるから、
そういう人たちの苦労というのは多少はわかるし、わからなきゃいけないと思ってる。
だから、百点満点のサービスは期待しないし、少しくらいおかしな商品でも買う。
回りの人に比べて自分が損をしているとは考えない。
出来るだけ働いている人たちの労力を軽減してあげたいと考える。


 2

昔、このブログでも書いているけど、
「お客様は神様です」
という三波春夫の言葉が、ご本人の考えとは違う意味で独り歩きしている状況は、
なんだかなぁーと思ってる。繰り返しになるけど、
あれは三波春夫が芸の道を歩む上での心得のようなもので、
「客に芸を見せてやるんじゃない、お客様に芸を見ていただくのだ」
という気持ちをレトリックで表現したものだ。当時のお客さんは、
「俺たちが神様とか、面白いことを言う奴だな」
と三波春夫の心意気を正確に読み取ることができた。

まさかその言葉が独り歩きして、わがままな客の免罪符になろうとは、
当の三波春夫はまったく考えていなかったはずだ。
僕はこの方の書かれた本を読んだことがあるけど、
昔風の日本男児で、シベリア抑留の経験もあり、多少右寄りかなとも思うけど、
歴史好きでこの国の将来を真剣に考えていた人だ。
サービス業の人間に横柄な振る舞いをする人間だとは思えない。

時代が、悪い方へと変化していき、たまたまその流れにのっかってしまったのが、
「お客様は神様です」
って言葉なんだと思う。

先日、京都だかの人形の老舗がマニア向けの高級な人形を限定生産して、
先着順に予約者をつのった話題はそれなりにニュースになった。

限定200体だったかな。12万円くらいの高級品だ。
遠方からわざわざ駆け付けたマニアもいらしたらしい。
おひとり様二体限りとお店の方で注意事項が出されていた。

ところが、やる奴はやるもので、
サクラを二百人用意して、二百体全部を抑えてしまったそうな。
転売目的の買い占めであることはあきらかで、
12万円のものを20万円だかそれ以上にして利ザヤを稼ぐつもりだろう。

日本人の美意識としては、これは甚だみっともない、下衆なやり方なのだけど、
もっぱら「利益」だけを追求する考え方からすれば、賢いやり方なんだと思う。

でもお金には作り手や販売者への感謝の表明という側面もある。
たぶんこの業者は、人形に対する愛着や製作者への親しみを持っていない。
もし人形が好きなのであれば、中間搾取で愛好者から金をせしめようとは考えないはずだ。
彼の支払ったお金には、「ありがとう」の気持ちはのっかっていない。
単純にマネーゲームだと思っている。

「漫画村」の問題も、根本的には同じ価値観によるものだと思う。
漫画をスキャニングして、画像を海外で公開する。広告を載せ、代理店から収入を得る。
「法律的には何の問題もない」
とおっしゃるけれど、彼らが新刊本や雑誌を購入したとき、そこに動いている感情は、
作者への親しみではなく、編集者への感謝でもなく、ましてや作品への愛情でもなく、
ただ飯のタネを仕入れたという事務的なものだと思う。
どこにも「ありがとう」は存在しない。


 3

スマホやネットの普及により、一般人レベルで「お金」と「ありがとう」が分離し始めた。
それまでは一部実業家や投資家くらいしか持っていなかった価値観を、
そこら中みんなが持つようになった。
「お金には感謝の気持なんかこもっていない。対価をもって商品を買うだけだ」
「儲けさせてやってるのに、なんで感謝しなくちゃいけないんだ」
「買い物してありがとうって言う奴は偽善者だ」
……ひと昔前なら「おまえスネ夫かよ」と笑われた価値観が、普通になりつつある。

僕は何もそれが道徳的に間違っているとは言わない。
それはそれ、これはこれ。人それぞれにいろんな価値観があってもいい。
ただ「お金」と「ありがとう」の気持ちが完全に切り離されてしまった時、
世界は実につまらないものになるだろうなと考えてしまうのだ。

誰も尊敬しない、誰にも感謝しない、
「ありがとう」なんて十年来まったく口にしていない、、
お金は自分の力で勝ち取ったもので、それで商品を得るのは当然の権利だ、
奴らを儲けさせてやってるのに、なんで感謝なんてしなくちゃいけないんだ、うんぬん。

……まあ、そういう価値観もありっちゃありだろう。

でもその価値観は生産者を軽蔑し、流通業者を軽蔑し、小売業者やサービス業者まで、
すべての人間の営みを軽蔑している。
「おまえらは金のためにあくせく働いているんだ」
と、一方的に決めつけている。
もちろん、そういう側面があるのは否定しない。僕だってお金はいっぱい欲しい。
でも、それだけじゃない。自分一人が笑うんじゃなく、誰かを笑顔に出来るから、
働いているのだと思う。

僕はお金を支払うような場合、相手がその気持ちで働いているのだと想像し、
「ありがとう」の言葉をを心の中で呟いている。
口にすると恥ずかしいから、黙ってるけど、
それでもときどき口から出てしまい、相手をキョトンとさせたりもする。
それがカードであっても、駅で使うSuicaであったとしても、
そこに「ありがとう」の気持ちを無理やりにでもねじ込んでいる。

これはささやかな抵抗である。

お金はマネーゲームの道具ではない。ただの紙きれだけど、それだけじゃない。
感謝の気持ちで送り出せば、きっと笑顔が帰ってくる。

お金のやり取りが誰かの表情を曇らせるとしたら、それは間違った使い方なんだと思う。

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以上。
人に読んでもらう文章というよりは、自分の考えを整理するための文章です。
もし読んでくれている人がいたらごめんなさい。
「漫画村」についてはここに上げられないようなひどい文章も書いているのだけど、
それをできるだけソフトに、前向きに表現にしたらこうなった、って感じです。
さすがに、「地獄に落ちて永劫の果てまで苦しみ抜け」みたいな文章はお見せできない。

ちなみにこんなの。

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師匠「まんが~むら~まんが~むら~」
弟子「おや、ゴダイゴのガンダーラですね」
師匠「そこに行けば~どんな漫画も~読めると~いうよ~」
弟子「最近は有料になったみたいですね」

師匠「小遣い稼ぎには違法アップロードがいいと某ユーチューバーが言ってた」
弟子「ダメじゃん」
師匠「僕も違法アップロードには大反対なんだけど、少額だと摘発されないらしい」
弟子「モラルの問題です」
師匠「でも摘発されないならOKってのは、わからんでもない」
弟子「いよいよ反社会的思想に染まっちまいましたか」

師匠「法律などというものは一握りの勝ち組が甘い汁を吸うためのカラクリにすぎない」
弟子「また極端だなぁ」
師匠「大多数の国民を抑え込むために法律は存在する。我々はその裏をかかなくては」
弟子「めちゃくちゃ悪い顔だ」
師匠「だいたい法律家なんてものは、法を守るよりは法の抜け道に精通するものだよ」
弟子「まあ、そうかもしれませんね」
師匠「そうやって悪どく儲けた金でお姉ちゃんを侍らせてウハウハやってやがる」
弟子「そこが許せないと?」
師匠「めちゃくちゃ羨ましい」
弟子「ダメじゃん」

弟子「つまり師匠は法の裏をかいて漫画の無料配信をやってた漫画村はセーフだと?」
師匠「犯罪者ではないかもしれないけど、立派な悪人だとは思う」
弟子「ほう」
師匠「少なくとも漫画文化への愛があったら、そんなことは出来ない」
弟子「ようやくまともなことを喋ってくれた」

師匠「でもデジタルで大量に垂れ流される情報にお金を払うのが馬鹿らしいのもわかる」
弟子「あんたはどっちの味方なんだ」
師匠「八十年代にレコードからCDに移行する現場を目の前で見てるからね」
弟子「?」
師匠「あんなに小さくなったのに値段が同じってのが理不尽だと思ったんだ」

師匠「紙の単行本とデジタル配信の値段が同じってのも納得がいかない」
弟子「それは確かに」
師匠「一冊百円二百円で配信しまくった方が絶対儲かるのにってずっと思ってた」
弟子「敷居を低くすればそれだけ購買層が広がるって理屈ですね」
師匠「それが当たり前だと思ってたから実際の値段を知ってびっくりしたくらい」
弟子「出版としては紙の単行本がメインだからその売り上げを減らしたくなかったとか」

師匠「出版の立場としては、本の値段は情報の値段なんだよ」
弟子「取材やら編集やら、やたらお金はかかってそうでよすね」
師匠「でも一般人はそうは考えない。紙じゃないんだからもっと安く出来るだろうと」
弟子「そりゃそうだ」
師匠「出版としては中身の情報を売っているんで、本なんてただの入れ物なんだよな」
弟子「だから紙の本もデジタル配信も割と似た値段になる」

師匠「ブックオフなんかの新古書店が台頭したとき、食い違ったのもこの点なのだ」
弟子「ほう?」
師匠「不用品を買い取って必要な人に売る商売の何が悪い、ってのが新古書店側」
弟子「リサイクルの思想ですね」
師匠「中身の情報は劣化してないんだからリサイクルされると困るってのが出版」
弟子「あ」
師匠「入れ物は劣化して中古品だけど、中身は買い手にとって新品同様なんだよね」
弟子「そこが古物のリサイクルとは全然違うと」
師匠「昔からの古本屋なら、中身の情報を吟味して値段をつけることが出来たけど」
弟子「頑固おやじが査定してそうですね」
師匠「その理屈を無視して本をただの中古品とみなしたのが新古書店の新しさなんだ」

師匠「新古書店の立場からすれば、出版は見えない情報に値段を設定する悪者」
弟子「おいおい」
師匠「新刊本は売り場に出すなとせっかくの売り時を潰してまわる極悪人」
弟子「いやいや、新刊本をブックオフで売られたら本屋が商売にならない」
師匠「でもソフマップが発売直後のPCを中古で売っても問題にはならない」
弟子「出版で同じ理屈をやられたら業界が死にます」
師匠「法律的には何の問題もない」
弟子「あんたはいったいどっちの味方なんだ」

師匠「本の流通が独自のルートを持ってるのは有名な話だと思うけど、あれはなんでか」
弟子「日販とか東販の話ですか」
師匠「本屋が勝手に安売り出来ないよう、流通で抑えている面もあると思う」
弟子「本の大安売りってのはありませんね」
師匠「それをやられると本の価格破壊が起きて業界が死んでしまう」
弟子「半額弁当みたいに安くなっても良さそうなもんだけど」

師匠「本は商品として資本主義のルールを適用するにはあまりにも特殊なんだ」
弟子「なんだかずるいなぁ」
師匠「目には見えない情報に値段をつけて販売しているから原価が算出できない」
弟子「だから特殊ルールとしての販売網ですか」
師匠「そうしないと作った費用が回収できないんだよ」

弟子「なんでこんな特殊なことになっているのか」
師匠「情報には価値があるという市場の共通認識の上で成立する業界だから」
弟子「……なんだか難しいですね」
師匠「織田信長は桶狭間で今川軍を破った一番手柄を情報をもたらした者に与えた」
弟子「有名な話ですね。大将首を獲った武将に与えなかった」
師匠「織田信長は見えないものに価値を与える天才だよね。茶器とか」
弟子「茶碗一つがお城に匹敵するとか(笑)」
師匠「情報は目に見えないから値段のつけようがない。財産として登録も出来ない」
弟子「信長のような権力者が睨みを利かせることで初めて価値が認定される」
師匠「出版は信長時代の茶器のようなものなのだよ」

弟子「ぶっちゃけ、錬金術ですよね」
師匠「でも人は自分の楽しみのためにはお金を出すし、産業としては立派に成り立つ」
弟子「ところがその特殊な業界を脅かすものが次々と出現してきた」
師匠「情報はプロバイダーや携帯会社に定額料金を支払えば自由に手に入るって時代」
弟子「あちゃぁ」
師匠「これにやられたのが音楽業界と出版業だね」
弟子「錬金術のマジックが根底から覆されてしまった」

師匠「新しい企業が旧態依然とした業界から利益をかっさらっていった格好だね」
弟子「でも時代はそうやって変化していく」
師匠「法律に乗っ取った商売である限り、何ら問題はない」
弟子「でも出版業界はものすごく困る」
師匠「情報に資産としての価値を固定する方法が模索される」
弟子「それって音楽業界で言えばジャスラックのやってることですよね?」
師匠「忌々しいことにその通りなんだよな」

弟子「漫画を描いて、それに資産価値を与えているものは何なのでしょうか」
師匠「著作権だよ。出版社がそれを管理して作者に利益をもたらしている」
弟子「錬金術ですね」
師匠「……なんだかその言い方が気に入ってるみたいだね」
弟子「じゃあ、知的に創造されたものを守ることで業界をさらなる繁栄に導くとか?」
師匠「ちょいとばかり歯が浮くフレーズだね」
弟子「やっぱり錬金術の方がしっくりくる」
師匠「資本主義というルールの中で、情報に価値を与えるって意味ではそうだね」

弟子「食料とか燃料に比べて、情報はお金になりにくいです」
師匠「だから出版は頑張って情報に資産価値を与えたんだ。それが二十世紀」
弟子「本をリサイクル品として扱う新古書店の台頭とも戦った」
師匠「情報には価値があるから、それを尊重しろと圧力をかけた」
弟子「だから発売されたばかりの新刊本は中古でまわせない」
師匠「目に見えないものに資産価値を与えるための努力を、出版は続けてきたのだ」

弟子「ところが漫画村だ」
師匠「まんが~むら~まんが~むら~」
弟子「海外でアップされた画像情報は日本の法律じゃ止められない」
師匠「治外法権だね」
弟子「なんだか問題の本質が見えてきました」
師匠「情報に資産価値を与えようという出版側の努力を、法律の隙間からぶっ壊してる」
弟子「でも法律的にはOKなんですよね?」

師匠「僕は法律は抜け道を作ってぼろ儲けするための道具だと思ってるんで」
弟子「法律をあまり信頼していない?」
師匠「尊重はするけど、大切なのは人間の生活がそれによって守られるかどうかだ」
弟子「……結局、個人個人の良識というあやふやなものに頼ってる」
師匠「僕にとって善悪の基準は、人様に迷惑をかけないことだからね」
弟子「じゃあ漫画村のような出版文化を食い物にする連中は?」
師匠「悪だよ」

師匠「情報に価値を固定させて、大勢のクリエイターや出版業の人間に安定した生活をもたらす、そのために何世代もかけて築き上げてきたシステムを破壊するのは、悪以外の何物でもない。だって、頑張ってる人間をあざ笑うような行為は、人間として恥ずべきものだもの。海岸で子供たちが砂の城を作って遊んでるところに乱入して「法律的には何の問題もない!」と城を崩して子供たちを泣かせる行為を、僕は軽蔑する。はっきり悪人だと思う。天から雷が落ちてきて、その人間を黒焦げにしても、僕はなんら同情を起こさない。ざまあみろと思う。他人から死に際に嘲られるくらい、みっともない人生はない。そういう嘲笑者が多い連中ほど、地獄に落ちたとき永劫の苦しみの中でたうちまわるのだ。全身から血を吹き出しながら、誰にも聞いてもらえないごめんなさいの言葉を無限の時の果てるまで絶叫し続けるに違いない。ご愁傷様。生きてる間はせいぜいこの世の春を楽しむがいい。どうせ短い春だろうからな」

弟子「……師匠、コワいです」
師匠「負け犬の遠吠えも、ときにはすがすがしいものさ」

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以上。半月前に書いて「ひどすぎる」と没にした文章です。うん、我ながら駄文だ。


2018年3月30日 (金)

お茶の水

お茶の水もこの頃はまったく行かなくなっちゃったなぁ。

昔は漫画の原稿用紙に「スクリーントーン」というものを貼っていて、
それを買いにお茶の水のレモンって画材屋によく通ってた。
本当は芸大生とかに筆やら絵の具を販売する店なんだけど、漫画の画材も扱っていた。
僕が通ってたのは二十代の頃だから、もう四半世紀も昔の話になる。

なんせ江戸川区の僕の住んでいたあたりには大きな画材屋はなかった。
商店街の文房具屋さんで「スクリーントンはないですかねぇ」と聞いたら、爺さんが、
「お茶の水のレモンにでも行きやがれ、このすっとこどっこい」
とどやしつけてきたので、その言葉通りにお茶の水まで総武線で直行した。

お茶の水と言えば「お茶の水博士」(漫画の方)しか知らなかったので、
最初の頃はもの珍しさによく歩き回ってた。長い坂を下って秋葉原まで行ったり、
明治大学の前を通って神田の方へ降りてみたり、
聖橋を渡って上野の方まで行く事もあった。
そういえば大宮の交通博物館はあの頃はまだアキバの方にあったんだ。
旧万世橋駅跡地。戦前は広瀬中佐の銅像がそびえていたらしい。

「杉野はいずこ!?」

Navyryojun20

あなたの足元におられます。……銅像は戦後にGHQの命令で撤去されたらしい。
まあ、軍神だからね。残ってりゃアキバの発展はまったく別の形になったんだろうけど。

あれ?アキバの話になってる。
あの頃の僕はレモンで画材を買ってから、秋葉原に降りて、
そこから江戸川区に帰るのがパターンだった。電気街だった時代のアキバね。

画材屋のレモンの前には丸善があって……あ、突然気が付いた。三十年越しで気が付いた。
丸善の前だから「レモン」なのか!?
梶井基次郎の小説「檸檬」。舞台になった丸善は京都の店だけど、
イライラした主人公が本屋の丸善でいろいろな色の画集をピラミッドのように積み上げて、
その頂上にレモンをのっけて立ち去るのだ。

偶然にしても不遜なネーミングだ(笑)。丸善の書店員の方はどう思ってるんだろう。
この丸善にもよく立ち寄ったなぁ。結局神田の方に流れて古本ばっか買ってたけど。

飲食店がずらっと並んでて、学生さんがよく歩いてる。いわゆる渋谷系全盛期。
冬はダッフルコートで小沢健二みたいなのが楽器しょって歩いてた。

そういえば僕が板橋区に引っ越してお茶の水よりも池袋に通うようになってから、
椎名林檎さんが一枚目のアルバムを出して、なんとなくジャケ買いしたんだけど、
何かの曲にお茶の水が出てきたっけ。
あの中の楽器売ってる店ってあの店なのかなと、聴くたびお茶の水を思い出してた。
駅前の角っこの楽器屋さん。

その駅前では、オウム真理教の信者が白い服着て踊ったりしてた。
秋葉にはマハポウシャだっけ?信者が格安で作ったパソコンを売ってる店があったから、
あの人らとよく出くわした。
それからしばらくして例のテロ事件があったんだよなぁ。

ぶらりと蕎麦屋に入ってえらい高い蕎麦を食べた。一本一本慈しむように食べた(嘘)。
あの時って連れがいたんだっけ?一緒に食べたような気もする。

四半世紀も前の話だから、さすがに記憶がぼやけているな。

今は漫画の仕上げは全部パソコンでやっているので、スクリーントンは買わない。
というか、段ボール箱いっぱいのトーンが余ってるんだけど、
どうしたものか始末に困ってるくらい。
池袋の世界堂にもずいぶん長いこと行っていないので、例のびっくりモナリザのカードも、
とっくに期限が切れて財布の中から駆逐されてしまった。

いや、この間行ったな。定規か何かを買って、カードがなくて割引されなかったんだ。

トーンを買わないとなると、いよいよお茶の水に出向く口実がないので、
今がどうなってるのかまるでわからない。
僕の頭の中ではまだ渋谷系の若者が歩いていて、オウム真理教が駅前で踊り狂い、
長い坂道を降りると、鉄道博物館の機関車やら0系が顔をのぞかせている、
そういう土地のままなのだ。

2018年3月29日 (木)

デフォルメ

絵を描くための「ヒント」って、けっこう早い段階で見つかっていたりする。

「顔から描くと体が上手に描けないけど、体から描くと表情が死ぬ」
ってのは、たぶん十代の頃には気がついていた。
人間でも動物でも、一度顔があるということを忘れて、ただの物体として考えれば、
どんな姿勢でもたいていのものが描けると思う。輪郭を正確に描けば、
たいていの絵は苦も無く描けてしまうものなのだ。たぶん誰だってそうだと思う。

輪郭の重要さに気づいたのは、二十歳くらいの時、エゴン・シーレの絵画展があって、
そこで彼が絵を描くときにいかに輪郭にこだわっていたかを知ったから。
このウイーンの夭折画家は、人体を黒く塗りつぶした輪郭だけの絵を、
それこそ何枚も描いて、試行錯誤していた。

花の絵を描くときでも、一枚一枚の花弁から描き始めると、花びらばかり目立って、
まったく花の感じのしてこない奇妙な絵になる。
この場合も大切なのは輪郭の方で、輪郭を先に描いてから中の花弁を描写した方が、
まともな花の絵になったりする。

ビルや自動車のような人工物でも同じことで、ビルを描くときも、
窓のある面ばかり一生懸命描写しだすと、たいてい失敗する。
立方体としての形をとらえ、輪郭から描いた方が、よりリアルなビルになる。

人体も動物の絵も、すべて同じである。まず輪郭から描いた方が、はるかに描きやすい。
絶対に、間違いなく、その方が絵の上達は早かったと思う。
ところが、僕はそうしなかったんだよな。馬鹿と言うか、阿呆というか、
絵の神様がせっかくヒントをいろいろくれているのに、僕は片っ端からそれを無視した。

理由は簡単、人間の表情を描くことにこだわったから。
輪郭から描けば確かに正確な絵は描写できたけど、それに表情をつけると、
どうしても絵が死んでしまう。カチカチの表情になった。

僕が「目から描写することにこだわってる」ってのは、このブログで何度も書いてるけど、
それがデッサンのやり方としては悪手で、目から描くと全体の形がゆがむというのは、
いちおう認識はしていた。でも全体の形が立派でも、目が死んでたら話にならない。

なんでそうなるか、そうなってしまうのか。その理由がはっきりしてきたのは、
割と最近のことだったりする。
「印象的な目」と言うのは、「デッサンとしてはいびつな目」なのだ。

人間の顔には「流れ」がある。感情は流れにのって顔のパーツを動かしている。
怒りの感情は顔の中心に向かって流れ、笑いの感情は逆に外側に広がっていく。
よく、「狐憑き」なんて言い方をするけど、
目が寄り目になって唇を突き出し、眉間にしわが寄るような表情は、
表情の流れがすべて唇に向かって流れていることから起こる。
精神が激高してくるとそういう表情になる。

逆に、恵比須顔というか、笑いの感情は唇から鼻を通って、目を外方向に流す。
たれ目の人が福々しく感じるのは、それが緊張の弛緩した表情だからだ。
まあ、中には生まれつきにこやかなたれ目だけど、腹黒い人だっているんだけどさ。

顔の中で左右二つの渦が外側に流れたり、内側に集まってきたり、
人間の表情ってのは、そうやって作られているものだと、僕は考えてる。
歌舞伎の隈取りなんかも、調べてみると、その流れを強調するもので、
目元を走る表情の流れを、遠くからでもはっきりわかるように赤で縁取っている。

こういう複雑な流れが渦巻いているのが人間の顔だから、
ここから描き始めれば全体の形は崩壊するし、輪郭から描き始めれば、
その輪郭に引っ張られて、表情は死んだようになる。動きが止まったようになってしまう。

笑った顔を描けば頭がやたらおおきくなってしまったり、怒った表情を描けば、
なぜか下膨れになる、というのが僕の絵の傾向。
最近は、その表情の流れを追いかけながら、割と正確なデッサンを心がけているけれど、
激しい感情を正確なデッサンの中に閉じ込めるというのは、なかなかに大変。
アタリを描いて、頭の形や髪形、あごの位置を決め、
それから目を描くわけだけど、激しい感情が動いているときは、
目じりから口元へ流れたり、口元から目の端に抜けていく表情の流れを、
豆腐をすくい上げる豆腐屋のノリで、形に落とし込んでいく。
(昔は古き良き豆腐屋さんで一丁一丁水から出してもらって買ってた)

すごいことをやってるんだなぁと感心してもらえると嬉しいんだけど、
実はそうやって見つけ出した形と言うのが、
昭和の漫画のデフォルメした目の形だったり、口の形だったりして、
ああ、先人はこうやってこの形を見つけ出したのかと、愕然としてしまうのだった。

古臭い漫画的表現だったとしても、そこにはものすごい意味があるんだなと、
このブログでもときどき書いてるけど、これにはもう、圧倒されるしかない。先人偉い。

以上が僕の絵が最近デフォルメしまくっている理由だったりする。
感情の流れを形に落とし込むのが、楽しくて仕方がないのである。
多少やりすぎかなとも思うけど、先人の胸を借りて遊んでる感じが、
なんか癖になってる。ちょっと暴走してるのかも。

あと、タイラ編の画材はピグマに完全移行しました。
一話冒頭の二コマと二ページ目の頭以外は、全部ピグマになってます。
まあ、三年前にも一度移行して、ニ三回描いてすぐに戻してるんで、
また戻すと思うけど、前の時よりは使いこなせているみたいなので、
しばらくはこれで続けてみます。


2018年3月23日 (金)

ブルボン


人に聞いたら病院前では桜が咲き始めているという。
僕の知らないうちに東京に春が来ているらしい。

季節の変わり目で気温も上がったり下がったりで、体調もなかなか追いつかない。
「ああ、しんどい」
を連発している。
いや、実際そんなにしんどいわけでもないのだけど、なんとなくしんどい気がする。

昨日の夕刊を読む。「セーラー服は実は名古屋発祥だった!?」
という謎のような記事に目を通す。名古屋が地元なので、ちょっとうれしいけど、
「セーラー服が赤味噌くさくなるって世間様に言われそうだな」
とも考える。単なる被害妄想。

春先は、被害妄想をいろいろ発症しそうなのでご用心。

冬の寒さが厳しい間は、なんだか気が張り詰めて、逆に気合が入っていたのが、
急にポカポカしたり、また寒くなったりで、頭が妙にボーーっとしてしまう。
このまま日がな一日布団にくるまっていたいような気もするけど、
それだとただの引きこもりなので、頑張って仕事をする。

スーパーのサッカー台(買い物を袋に詰めるところ)で壁のポスターを見ていたら、
小学生の書いた絵が縮小写真になっていて、なんか面白かった。
だし巻き卵を作る父親の絵かな、だし巻き卵を鉛筆でぐるぐるに描いて、
中心にだけ黄色を塗っている。コンロの上でだし巻き卵がジェットストリームしている。
なんつーか、面白絵だなぁ、これは。

おばあちゃんが和室でベットに寝そべっている。扇風機が二台。
障子の扉をものすごく一生懸命描いているのだな。障子の格子の中におばあちゃんがいる。
家族に守られてる感じがして、いい絵だなぁ、これ。
小学生の女の子が描いた絵だ。

ブルボンのお菓子をたくさん買って帰る。ホワイトロリータとか、レーズンサンドとか。
こういうのを菓子盆にどだだだとまとめて入れると、なんだか昭和っぽい感じがする。
子供のころ、友達の家に遊びに行くと、おばさんがよく出してくれた。

ブルボンと言うと、昔食品の問屋さんでアルバイトしていたとき、
ブルボンの営業さんがキューピーちゃんみたいな外見の人で(つまり小太りの天パで)
ブルボンなのにキューピーで、バイト先の社員さんがなんでか切れて、
「このキューピー野郎!」と怒鳴っていたのを思い出す。
別の社員さんが止めようとして、綺麗なパンチが入って、眼鏡がすっ飛んだ。

懲戒解雇。

今でもおどおどと頭を下げていたブルボンの営業さんのことはよく覚えている。
あなたは悪くない、あなたは誠実だった。
それにブルボンの営業さんに「キューピー野郎」はひどすぎる。
アイデンティティの根本的な否定だ。

ブルボンのお菓子を食べるたびにどうしてもこのエピソードが頭によみがえるのだけど、
これはもう死ぬまで消えない宿命だな、ポリポリ。

帰りの道のりは大きな幹線道路の脇を歩いていくわけだけど、
目の前を大量に走っていく車を見ていると、どれも白や黒、グレーなんかの色彩で、
「昔は赤とか青とか、黄色の自動車なんかもあったのになぁ」
とぼんやり考える。

若い人が車に乗らないんだから仕方がない。しかもここは東京都内だし。
中高年は地味な色彩を選ぶものだ。原色なんか頭が痛くなる。

まあ、若い人も地味な色彩を選ぶご時世だけど。

知り合いが黒のアイフォンを買おうとして、品切れで白いアイフォンを買っていた。
黒が人気商品なのはなんとなくわかる。ものすごく無難だ。

外車の販売店の前を通る。ボルボだかなんだか。
展示してある車にしても、赤はあるけど深い色彩のシックな感じなので、
あんまり華やいで感じられない。東京はどんどん地味になっていくなぁ。
オリンピックのロゴマークからして、ジイさんの感じがするし。

絵に色を塗っていて、彩度を少し落としてやると、なんとなく今風の感じがする。
原色の鮮やかな色彩も、彩度を落とすとみんな茶色になる。
彩度は生命感のバロメーターだ。女の子が派手なピンクが好きなのも、
あれが一番生命感にあふれた色彩だからだろう。

ピンクも彩度を落とせば茶色になる。
でもパソコンの色彩調整つまみを上げれば、またもとのピンクになる。

桜である。もうすぐ満開の桜が街にあふれかえるはず。

季節の変わり目はなんとなく憂鬱になるけど、もう少し頑張れば満開の桜が見られるので、
とにかく、頑張らなくてはと自分を励ましてみるのだった。

2018年3月21日 (水)

春はまだかいな。

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P003

3月に入ってだいぶん暖かくなったなと思ったら、今日になって急転直下っすよ。

朝起きたらえらい寒いんですわ。
まあ、先日まで暖かかったから相対的にそう感じるだけかもしれませんが、
とっとと春になってくれないものか。

スロマガの旅打ち漫画の方は、今2010年の旅打ちを描いてるんですけど、
「ついこの間のことだよな」
なんて思ってると、ずいぶん違うところが出てくるもんです。

八年前です。スカイツリーまだ出来てません。つまり地デジ放送に完全移行してない。
僕は間違いなくアナログでテレビを見ていた。
旅打ち人が使う携帯はガラケーです。
スマホもまだみんなが使うところまでいってない。

フジテレビはまだ民放の覇者としてブイブイいわせてたんじゃないかな。
「笑っていいとも!」は絶賛オンエアー中で、お昼には毎度タモリの顔が見れた。
あの当時の自分に、
「フジテレビは八年後に民放の最底辺を徘徊するようになるんだぞ」とか、
言ってもたぶん信じない。

この時代に小学生だった子は、今大学生くらいじゃないかと思うけど、
「世の中ずいぶん変わったな」
と思うんじゃないかな。昭和世代には目に見えて大きな変化はないように感じるけど、
良くも悪くも、世の中は大きく変化している。

僕は昭和43年生まれで、子供のころに周囲の大人が「昨日まで戦争やってたのにな」
と話すのがものすごく不思議だったのだけど、今ならわかる。
三十年前のことがつい昨日のことのように回想出来てしまうから、
「あの人らにとっては戦後はものすごい変化だったろうな」
と理解できてしまうのだ。おそろしいなアラフィフティ!

こうなってくると、江戸時代なんてのもついこの間のような気がしてくるし、
大坂で太閤秀吉がでっかい城を作ったのも、割と最近のような気がしてきてしまう。
実際、いまだに古文書が発見されて「あ、そうだったんだ」みたいなことが多い。
何か月か前の新聞でも、オランダで宣教師の書いたものが解読されて、
「今、大坂の港にいるのですが、住民たちが徳川軍が城を囲んでいると噂しています」
なんてレポートが見つかったりして、なんか妙に生々しかったりする。

そこまでいかなくても、自分は一か月に一回くらいは日記をつけているので、
……それはもう日記じゃないというツッコミもあるだろうけど、
2010年ごろの自分も、割と正確に思い出すことが出来る。
あの頃の自分も、
「春だ、今年こそ桜を見に行くぞ!」
なんて書いていたりして、人間がまったく進歩していない。

世の中があんまり変化していないのは、自分が全然変化していないってことなんだな。

2018年3月12日 (月)

インクがにじむ

P001_3

原稿は基本的にインクをペン先につけながら描いているのだけど、
東京は先週雨の日が続いて、インクが紙に滲みまくって難儀した。

Gペンで漫画を描くのは、その方が繊細な絵が描けるからなのだけど、
その線がにじんでしまっては意味がないので、途中からピグマに変えた。

いちおう僕のペン入れするときの順番を書いておくと、
・人体の左側のラインを上から下に引く
・紙をひっくり返して人体の右側のラインを引く
・紙を回転させながら頭頂部のラインを引く
で、それから目のペン入れに入るのだけど、
これは頭蓋骨をはっきりイメージ出来た方が目を立体として正確に描けるからで、
まあ、そういう順番になる。

この描き方だと実はピグマの線でもつけペンの線でも、そうそう大きな違いは出ないので、
ペン入れのスピードを考えたら、実は全部ピグマで描いた方が早いのだな。
基本的に上から下への真っすぐなラインしか引かないわけだから。
(手首をクルクル回転させながらピグマを使うと一発でマーカーと分かるラインになる)

原稿描きながら息抜きに落書きしてたら何ページか漫画のネームになってしまったので、
冒頭部分だけピグマで仕上げてみた。
いやいや、こんなことやってないで原稿描けよって話なのだけど、
まあ、息抜きだから勘弁してください。(どこに向かって言い訳してるのやら)

今回使用したピグマは輪郭が「0.3」「0.1」で、目とか細かい部分が「0.05」。
僕は筆圧が結構強い方で、先日買ったばかりの「0.05」の先端を折ってしまった。
あれは本当に細かいところを繊細に仕上げるためのもので、主線に使ってはいけない。
指先なんかは「0.05」を使って丁寧に描いている。

吹き出し部分は、紙を回転させるのがめんどくさいので、
「0.5」でクルッと丸を描いてる。だからまあ、綺麗な丸にはなってないのだな。
でも吹き出しは人間の息みたいなものだから、形が少しいびつな方がなんだかそれっぽい。

あ、そうだ。
髪の毛の中のライン。輪郭は反時計回りで描いてるけど、
なぜか髪の毛のラインは時計回りになる。
たぶん、髪の毛の影のラインになるからだと思うけど、
人体の左の髪の毛は紙を反転させて引いてる。
でも髪の毛の内側、長髪の裏側なんかはこれと逆になる。

目についても、ペン入れの順番があるのだけど、
ここは結構短いスパンで描き順が変化してるので、まだ確定していない。

うん、見事に技術的な話しかしてないな。
いまスロマガの方が歴代旅打ち人列伝になっていて、
基本的に若いナイスガイを描きまくってます。
ものすごく細かいエピソードが数珠つながりで出てくるので、
「これはライドさんのときのような絵だとページが足りねぇ!」
となったので、昭和時代のギャグマンガ調になってます。

個人的なことだけど、あの時代のギャグマンガの絵って、
理詰めで突き詰めていくと、ものすごく機能的に出来ていたりします。
「ああ、こういう理由でこのラインはこんな風にふくらむのか」
と連日新しい発見を繰り返しています。
昔の人はすごいなと、純粋に感動しています。

これはたぶん日本画の技法の流れなんだろうなと思うものもあったりします。
僕がこのブログで浮世絵の話を突然始めるのは、まあそんな理由なのだな。

うん、やっぱり技術的な話になるなぁ。
絵を描いてるときに並行して文章を書くとどうしてもこうなってしまうのだな。

2018年3月 7日 (水)

呼吸について現時点で語れるだけ語ってみた

「呼吸」ってもんに、ものすごくこだわっていたりする。

昔、作家の村上春樹さんがボストンマラソンに参加されたことがあって、
その理由というのが、
「長い文章を書くためにはそのための呼吸を作らなくてはいけない」
みたいな話だったと思う。(ホノルルマラソンだったかもしれない)

村上春樹さんの文章に呼吸のリズムがあるというのは、読んでるとなんとなくわかる。
ものすごく極端な話、短編作品で、
「あ、ここで一回休憩をいれたな」
というのが露骨にわかるものもある。
それくらい、この作家さんは文章の呼吸にこだわっている。

「正しい文章」というのは勉強を重ねれば、たいてい書けるものだと思うけど、
そういうお役所仕事の文章ではなくて、本当に人を惹きつける文章というのは、
意識的にしろ、無意識にしろ、呼吸のリズムを反映している。

女性の書く文章にも、女性独特の呼吸がある。
若い女の子の文章が華やいで感じられるのは、書いてる内容もあるけど、
むしろその文章の呼吸に「若さ」を感じるからだと思う。
こういうのは、ある程度なりすましで再現することも可能だけど、
本当に女の子が書いている文章なのかどうかは、訓練された趣味の人にはわかる
……と思う。
僕にはそこまでの嗅覚はないのだな、残念ながら。

こういうことは漫画のネームでもあるし、セリフやコマの配置の「呼吸」については、
ものすごいこだわりがある。もちろん、そんなものは自己満足だし、
読者がそれを読み取る必要はまったくないのだけど、まあ、こだわっている。

編集さんと打ち合わせをしていて一番食い違うのがこの「こだわり」で、
先方は「なんでこうなるのか理解できない」って感じだし、
僕も「まあ、そうだろうな」と半分諦めモードになる。
「自己満足」って負い目もあるので、たいていはこちらが折れる。
それが仕事ってもんだと、さんざん衝突しまくった過去を思えば笑えたりもする。

でもネームで一番大事なのは「呼吸」だと、そこだけは絶対譲れない。

こういう仕事を何十年も続けているので、
その経験から、他の職業についても「呼吸」が重要なんじゃないかと思うようになった。
接客業でも、相手の呼吸を読む達人はいるだろうし、
パン屋でも、酵母菌の発する呼吸の音を聞き分けるブレッド・マイスターはいるはずだ。
日本酒については醸造元の古老が「音を聞くのじゃ」と話しているのを見たことがある。

たぶん、あらゆる職業に「呼吸」というものが関わっているんじゃないかと思う。

ただ、いざそれを説明しようとすると、ものすごく難しかったりする。
僕はこのブログで絵について何か書きたいなと、大量の文章を書きまくっているけど、
この「呼吸」の部分になると、ものすごく複雑怪奇な文章になってしまい、
途中で投げ出してしまう。
線に呼吸が反映されているとか、どう書いても怪しい観念論になる。

穏やかな線では呼吸は規則的に配列される。
でも、感情が動けば、呼吸は高揚し線の包む白い領域がふくらむ。
ときにその感情が激しすぎれば、呼吸が乱れて白い領域が爆発しそうにもなる。
それを冷静な第三者の目で抑え込み、形を保つ。爆発しそうな呼吸を形に落とし込む。

ほらね、観念論になった。(笑)
でも僕はずっと、絵は線で囲まれた風船を膨らませるようなものだと思っているし、
そのことはここ十年くらいで確信になってきていたりもする。
それがわかってくると、スタート地点で若い頃の自分がいかに無謀で、
準備不足だったかも見えてくる。頭の中の記号を垂れ流していただけだとわかる。
あの頃の自分に一言でもアドバイス出来ればなとくどくど考えてしまう。

自分が観念的であっても絵について語らずにいられないのは、
たぶん若い頃の自分がもどかしくて仕方がないからなんだろうな。

文章でもネームでも、書き手の呼吸のリズムはものすごく重要だと思う。
整然と流れたり、ときに激したり、陽気に飛んだり跳ねたりもする。
その一つ一つの呼吸をとらえて、紙の上に落とし込む。
書きながら、「疲れたけどここで止めたらリズムが死ぬ」と考えてしまい、
何時間も机に向かったまま、フラフラになってやっと筆を止めるなんてことは、
同業者なら誰でも経験していることだろう。
呼吸なんて目には見えないし、それを捕まえて形にしようなんてのは、
かなり無謀な行為なのだ。

でも、それを書いている間はものすごく楽しいし、
頭の中で妙な麻薬物質が分泌されてるんじゃないかってくらい、興奮する。
その楽しい呼吸をどうやって紙の上に落とし込むか、
それがたぶん一番クリエイティブな問題なんじゃないかな。

奇抜さとか目を引く印象的な言い回しなんかよりも、よっぽど重要だと思う。

うん、我ながらよくわからない文章だけどとりあえずアップしておこう。

2018年2月28日 (水)

長野行ってきた

某氏はかつて雨男だった。

シュレディンガーの猫と同じで、雨男はそれと認識すると正体を現す。
「そういえば○○とどこかに行くと絶対雨が降るよね」
と発言したとたん、一天にわかにかき曇り、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。

昔、彼のいた岩手県まで遊びに行った時も濡れネズミになった。
いや、まあいいんだけどさ、雨の盛岡きれいだったし。

雨の中、二人で歩き回りながら、
「……わんこそば、食べるか?」
と誘われたけど、僕にはもうその体力は残っていなかった。
……だって「わんこそば」だぜ?そば持ったおばちゃんと戦うんだぜ?

彼が名古屋に行っただけで、矢田川は雨で決壊し、守山区に警戒警報が流れた。
鬼神も泣いて逃げ出す雨男ぶりである。

その彼が、奥様の姓に改名したとたん、晴れ男になった。
そんなことがあるのかなと思うけど、実際に一緒に行動しても雨は降らないし、
ものすごい快晴に恵まれたりする。
前の名字が水に関係するものだったせいなのかな?

それを言ったら僕なんかもろに「川」なんだけどね。

名古屋の鉄オタさんが毎年鉄道の旅に誘ってくださるようになって、
毎度好天に恵まれているのだけど、
それもひとえに彼の改名によるところが大きい。この企画が続いているのは、
彼の晴れ男っぷりのおかげである。
本当にありがとうございます。
ぺこり。

で、今年も早々に鉄道の旅がありまして、先週出かけてきました。
「長野にはかつて小田急で走っていたロマンスカーが走っとるがね」
ということで、お目当ては長野電鉄の1000系「ゆけむり」なのでした。

完全独立路線で、他社の鉄道とはまったくつながっていないそうで、
鉄道列車の搬入もトレーラーで行うのだとか。
ちょっと秘境っぽい。
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長野駅でパノラマの正面座席の写真を撮ろうとしたら、お父さんが子供を撮影してた。
ええお父さんじゃのう。
この子も一番前の座席でテンション上がりまくりだったことでしょう。
決して「撮影の邪魔じゃ!」なんて無粋なことは考えてないよ。

列車名が「ゆけむり」ってくらいだから、路線は温泉地帯を走り抜けていく。
終着駅にも温泉があって、今回はそこで温泉に入ることになっていた。
駅名は「湯田中」。
もう何から何まで温泉尽くしである。
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そしてお目当ての温泉は駅舎と直結している。
回りが雪まみれで寒かったので早く湯につかりたかった……
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熱い温泉であったまってから、露天の方に移動したら、ちらほら雪が降ってきた。
ああ、ええもんだなぁ。たまにはこういうのも悪くない。
東京で漫画描いてた昨日までの自分が夢幻のようじゃ……。
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この日は長野県の南では快晴に恵まれ、松本城も晴天をバックにものすごくきれいだった。
松本城は現存十二天守の一つで国宝。城の構えがカッコいいので人気も高い。
嬉々として写真を撮りまくっていたら、
今回参加した地元民さんに微笑ましい目を向けられてしまった。
ええんやで、好きなだけお撮り……
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長野は新幹線のおかげで東京からのアクセスもいいし、見るべきものも多い。
食べるものも、戸隠そば、お焼き、野沢菜漬けといろいろある。
田舎っぽいといえばそれまでだけど、リゾート地は変に観光色に毒されないのが良いので、
ナチュラルに田舎をやってる長野は、理想の観光地だと僕は思う。
帰りのスノーモンキーで地元民さんといろいろ話をしたけど、
「もうすぐ地元のひな人形を集めてお祭りをするんだわ」
なんてのは、最高に素敵な催しではないのかしらん。
長い階段にずらーーーっとひな人形を並べまくるのは壮観だろうなぁ。

「でも、いい人形は別にとっとくんだけどね」
……いやいや、地元民だからって妙なオチをつけなくてもいいから。

帰りは雨男改め、晴れ男さんと新幹線でビールを飲みながら東京へ向かう。
その日の朝も七時ちょうどのあずさ一号に乗るために、わざわざ早起きして新宿に来た。
このへん、堅気の仕事でない漫画家さんにはその大変さがよくわからんのだが、
実質的に無計画で行き当たりばったりの連れを相手に、いろいろご面倒をおかけしました。

なんかビールを飲み比べながら馬鹿話してたらアッという間に東京に着いた。
僕より一か月くらい早生まれなので、彼の方が先に五十歳になる。
じいさんである。
僕は魔夜峰央よろしくミーちゃん永遠の28歳だけど、
五十歳はちょっとびっくりだよね。
「今回の僕鉄の企画も五十歳になってからだと思ってたら、えらい早かったな」
としみじみおっしゃる。あ、千葉だとしみじみの意味が違うんだっけ。
あちらだと「しっかり堅実に」の意味になるんだった。
まあ、しっかり堅実に、五十歳である。

名古屋の鉄オタさんは「今年は夏にもう一回やるね」とおっしゃっていたので、
今度は五十歳の旅になるのだな。
最初は名古屋の鉄オタさんと千葉の鉄オタさんの二人旅から始まって、
それが三人になり、四人になり、今回とうとう八人のおっさんが集まったのだ。

毎度名古屋の鉄オタさんはびっくりするイベントを企画するのだけど、
今回、滋賀の部長さんと再会できたのは、本当に驚きのイベントだった。
滋賀の部長さんも、何十年かぶりでお会いできてうれしかったです。

八人中、ガチの鉄オタが三人で、僕を含めて残りは同窓会のノリなのだけど、
毎度いろいろ勉強させてもらってます。
今回も「長野の見どころ」をいろいろ知ることが出来ました。
「日本三大車窓」とか、名古屋の鉄オタさんが教えてくれなきゃ、
「おお、ものすごく雄大な風景だなぁ」
で終わってた。
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その名古屋の鉄オタさんが「かわすみにこれやるよ」
とハッピーターンをくれたので、おお、僕の好きなやつだと思ったら、
袋のプリントが前回のみんなの集合写真になってた。
いちいち芸が細かい。
亀田製菓ではそんなサービスまでやっているのか。
大好物だけど食べるのがもったいなくて、いまだに仕事場の机の隅に飾ってあります。
もうこのまま未開封でいいか、と考え始めている。
まあ、そのうち食べちまうんだろうけど。

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