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2018年2月20日 (火)

サバ缶

昔からサバは大好きだった。魚編にブルーと書いて鯖。
はい、このネタがわかる人はおじちゃんおばちゃん確定。

塩焼きにしてもおいしいけど、味噌で煮つけてもおいしい。
いろいろな味噌でその変化を楽しむのもまたオツなもの。
赤味噌もおいしいけど、個人的には白味噌であっさり風味がいいと思う。

サバの味噌煮が大好きだから、若いころはサバ缶というと味噌缶ばかり買っていた。
それがこの頃は、どうしたわけか
「水煮最高じゃん」
と趣旨替えして、水煮缶ばかり買っている。

高血圧で病院に駆け込んだ時、お医者さんに言われたのも、
「とにかく青い魚を食べてください」
だったので、一時はそればかり食べていた。
そういえば高血圧だった父親も、やたら締め鯖が大好きだったな。
うちの母が食堂で出すのにサバを大量に酢じめにすると、必ず親父が手を出していた。
無意識に体が求めていたのかもしれない。

だから、最近の魚の不漁は困ったものだったのだけど、
いくら切り身が高騰しても、サバ缶はまだ割と安値だったんだよね。
近所で170グラム缶100円くらいで買えてた。
それがどうだい、最近「サバ缶健康法」が注目されてしまって、
そのスーパーの商品棚が買い占められてしまう事態となった。

いつ行っても缶詰コーナーのサバ缶コーナーだけが空っぽで、
最初は残っていた味噌缶ですら、きれいに買い上げられている状態だ。
そしてついに!
安値のサバ缶コーナーが消失してしまいました。四百円の高級品しか置いてねぇー!

まあ、愚痴はここまでにしておきますが、
サバには中性脂肪を劇的に下げる効果があるそうで、
僕も一時食べまくっていたら、血液検査で劇的に中性脂肪値が下がったことがあります。
不摂生な生活に戻ったらまた跳ね上がったけど。

サバ缶健康法の本は大ベストセラーになっているそうで、
市場もそれをダイレクトに反映しているわけなのです。
出版社は儲かり、サバ缶を製造している会社も大儲けできているのだから、
とてもいい話なのだな。
こうと分かっていれば、うちが出しときゃ良かったって出版社も多いと思うよ。
だって、ものすごくはっきり数字が出てきますからね。

問題は、近場でサバ缶を買えなくなってしまったことなんだけど、
仕方ないので切り身を焼いたり煮たりして食べてます。
不思議なもので、切り身がなくなるという事態にはなってないんだよな。

そっちの方がサバ缶より量があるし、効果も高いと思うんだけど、
「サバ缶」
というフレーズが、完全に独り歩きしてる状態なのだな。
小麦粉まぶして、フライパンで焼いて、五香粉を振るとエスニックなおかずになります。

サバ缶といえば、昔、「サバ缶なめろう風」というのが雑誌に紹介されていて、
シソの葉とみょうがを刻んで、サバ缶にまぜて醤油とゴマ油をたらし、、
あとネギを散らして、最後にゴマをかけて、酒の肴にするってのがあった。
去年の夏はこればっかり作ってたな。
夏はみょうがが安かったし、割と手軽に一品作れてしまう。
今年の夏はどうだろう。
夏までにサバ缶ブームが終息してくれるといいのだけど。

2018年2月16日 (金)

デコ愛絵師歌麿


絵を描くときに、いろいろな「萌えポイント」というのはある。
かわいい女の子を描くために、目を印象的にしてみたり、鼻筋を通したり、
唇のプックリ感を追求するフェチストというのもいる。

そんな並み居る画狂どもの中にあって、
「ははは!まだまだ若いな!本当の萌えポイントはそこじゃねぇ!」
とフェチズムの究極の形を描き出した天才絵師がいた。

「女の子の一番萌えるポイントは、おでこだ!」

並みいる変態絵師さんたちはビビる。おでこだと?そんなもんどうやって描けってんだ?
天才絵師はニヤリと笑う。
「おでこが描けねぇのか?まあそうだろうな。お前らの萌え愛なんてそんなもんだ」
「しかし、おでこなんて筆の線だけじゃ表現できねえぜ?」
「いや、出来る。愛があればおでこは描ける。デコ愛こそが絵師の究極の技法なのだ!」

そして天才絵師は筆を執り、「ふんぬ!」とばかりに一枚の絵を仕上げてみせた。

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江戸の浮世絵師喜多川歌麿のすごさというのは、なかなか理解されていない。
日本の絵師で、彼ほど「デコ愛」にあふれた美少女イラストを描いた男はいない。

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江戸郊外の茶店に入り、そこの看板娘が「いらっしゃいませ」と声をかけると、
彼はまず、おでこを見る。つややかなデコ、なめらかな曲線を描き、
淡く光を反射する至高のパーツ。女性の美の神髄はおでこにこそ宿る!
「君!」
「はい、なんでしょうお客様」
「そのデコを描かせてくれないか?」
「……」

歌麿は少女をかどわかし……いや、モデルに雇い、そのデコを紙に描き続けた。
「君のデコは最高だ!」
「はあ」
「君のデコだけでご飯三杯はいける!」
「そうですか……」
「お願いだ!そのデコを撫でさせてくれないか?」
「嫌です」

最高のおでこを描いた絵師はそれまで日本には存在しなかった。
筆を執って絵を描こうとすれば、どうしても目鼻口を描こうとしてしまい、
おでこはおろそかになる。だって基本的に何もない空間なわけだから。
「いや、間違ってる!おでこを描かずして何の絵師か!」
歌麿は憤慨しながら究極のデコ技法を探し求めた。

そしてなぜか妖怪絵の巨匠鳥山石燕に弟子入りなんかしたりして、技法を磨き、
絵の中のおでこも磨きあげ、ついに一つの結論に達する。

「筆の線でおでこを描くためには、頭蓋の形を立体的にとらえなくてはならない」

立体……二次元の絵に三次元の立体物を表現することこそ、近代絵画の始まりであった。
西洋ではルネッサンス期にダ・ヴィンチやミケランジェロなどの大天才が、
科学的理論を駆使して彫刻の技法を絵画の上で用いる方法論を確立させた。
それとほぼ同じ理屈を、江戸の浮世絵師歌麿は独力で完成させた。
……究極のおでこを描きたい、ただその一心で。
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歌麿の絵は立体を正確に把握している。後頭部の頭蓋を見ればそれがわかる。
頭の形が立体として正確だから、目鼻立ちもその立体の上に正確に配置される。
「まるで生きているように生々しい表情」
が表現可能になる。

「すげぇ!こんな絵見たことねぇ!」
「紙の中から美人のお姉ちゃんが飛び出して見えるぞ!」
「神だ……俺たちは今、神の技を目撃しているんだ……」
江戸の庶民は熱狂し、歌麿の美人画は飛ぶように売れた。
茶屋のお姉ちゃんも
「先生!私、先生のモデルにしていただいたおかげで超有名人になれました!」
と艶っぽい目で愛嬌をふりまく。

しかし、歌麿は大いに不満だった。
「違う……俺はおでこを描きたかっただけなんだ……なのに誰もそのことを理解しない」
みんな美人だ生き絵だ、天下の大名人だと誉めそやすが、
「おでこ」
を褒めてくれる人間は誰もいない。そこが萌えポイントなのに、
誰もそこを指摘してくれない。

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こんなにまろやかで叩くと「ペンペン」と音がしそうなおでこの絵なのに、
「デコ絵の巨匠」とは呼んでもらえず、「美人画の巨匠」と呼ばれてしまう。

歌麿は絵画の世界で一つの革命を起こしていた。
絵が立体的であるから、平安絵巻の「へのへのもへじ」絵と違い、
顔だけで十分に絵を成立させることが可能となったのだ。
版元、つまり出版社は歌麿の「大首絵」というバストショットの絵を売り出した。
「美人の顔が画面いっぱいだ!」
と、江戸の庶民は大いに喜んだ。
西洋でも「バストショットの肖像画」が成立したのは例のルネッサンス期以降である。
二次元に三次元を表現する技法の確立があって、初めて可能となる絵画分野なのだ。
まあ、歌麿としてはおでこ以外に描きたいものはなかったし、
体とか手とか、めんどくさいからそうしたまでで、
まさかそれがダ・ヴィンチ級の絵画革命だったとは夢にも思わなかっただろうけど。

歌麿の追随者は次々と出現した。
「歌麿先生、この絵を見てください」
ある日、版元の蔦屋重三郎が大首絵を持って訪ねてきた。
「葛飾北斎って、売り出し中の若手なんですけどね、なかなか上手いもんでしょう?」
見れば歌麿風の美人画で、筆さばきはなかなか見事、絵としては上々である。
しかし……
「ダメだ、この絵はまるでおでこが描けちゃいねぇ!」

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まるでデコ愛が感じられない。おでこがぞんざいでそこにあることすら認識できていない。
立体造形としても、後頭部の形がいびつにすぎる。ぺしゃんこで中身が潰れてそうだ。

「こいつには才能がないな」
「……そうですか?なかなか上手い絵だと私は思うんですけどねぇ」
「ニ三年で消えるんじゃないか?人の絵をまねるのは構わないが、肝心のところが描けちゃいねぇ。それがわからない限り、こいつは大成しねぇよ」
デコ愛なくして何の絵かと、歌麿は大いに憤慨したのだった。

蔦屋重三郎は言われたままを葛飾北斎に伝えた。
「どういう意味なんですかねぇ。絵に魂が籠っていないってことなんでしょうか」
デコ愛を理解しない蔦屋重三郎には歌麿の言葉はちんぷんかんぷんだった。
もちろんそういう性癖のない北斎にも理解はできなかった。
だが、美人画の巨匠がそういうのだから、自分には何かが足りないのだろうと反省し、
「自分の描きたいものを見つけなくては、いい絵は描けないんだ」
と、自身のフェチズムを究極までつきつめ、ついに、
「蛸と海女さんが乱れ乱れてルンルンルン♪」な春画をものにするのだが、
もちろんこの一連のお話は作り話である。

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そして言うまでもないことだけど、
歌麿がデコ愛溢れる究極のおでこ絵師というのは僕が勝手にそう言ってるだけで、
美術の偉い先生にそんなことを言ったら怒られたり破門にされる可能性があるので、
絶対に言っちゃダメだよ!


2018年2月10日 (土)

おいしさの相対性理論

 1

朝目覚めると、頭の中で音楽が鳴っていることがある。
ふん・ふん・ふん……おや、なかなかいい音楽じゃないか、これはホレ、
有名なあの……なんだっけ?

以前にも天丼屋でかかっていたBGMの曲名が思い出せなくて、必死にで探して、
「ベートーヴェンのアンダンテ・ファヴォリでした」
ってことがあったけど、こういうのって音符がわかれば検索できたりするのだろうか。

自分のポータブルオーディオには2000曲ぐらい入っているけれど、
これをランダムに再生すると、
「知ってる曲なのに名前が思い出せない」ってのが結構な数出てくる。
中には、頭を働かせれば曲名がわかりそうなのもあるけど、あえて考えないようにして、
「わからない」
という状況を楽しんだりもする。
まあ、耳のいい人ならたいてい聴き分けられるんだろうけど、
僕にはわからない。

わからないって素晴らしい!なにしろせっかく買ったCDをさらに楽しめるわけだから。

買ったCDは、たいてい最初に集中して聴いたときが一番感動する。
二度めはどこで何が起こるか、耳に残っていたりするので、効果が半減する。
これはJ-ポップでも同じ。最初にワクワクしながら再生したときが一番面白い。

ところが、ラジオで同じ曲がかかったりすると、その時はまた新鮮な感じがして、
「あれ、この曲ってこんなにいい曲だっけ?」
と思ったりする。

結局、退屈というのも、気の持ちようでいくらでも新鮮に塗り替えられるものなのだろう。

で、朝から正体不明の音楽がずっと鳴り響いていたのだけど、
これは二日かかって自己解決できた。
スペインのファリャという作曲家の、「三角帽子」ってバレエ音楽の曲で、
「隣人たちの踊り」だった。
また何とも、小難しいところを突いてくる。聴き流しているようでいて、
頭はしっかり記憶していたのだ。

でも不思議なもので、曲名がわかってしまうと、
「なーんだ」って感じで、どうでもよくなってきた。
名前がわからないときは、ものすごくいい曲のような気がしていたけど、
実際にその曲の場所がわかってしまうと、もういいやとなって、
同じCDの別の曲を聴いていたりする。

曲を純粋に音楽として楽しめずに、名前でなんとなく聴いた気になってるってのは、
我ながら浅はかだなと思う。

こういうことが人の名前でもときどき起こったりする。
先日、知り合いと話していて、
「大学時代の、同学年だけど実は年上の人」
の話になり、あいつとあいつと……と名前を挙げていったところ、
一人、どうしても名前の出てこない人が出てきた。
顔は当時の面貌と十年くらい前に会ったときの面貌がはっきり思い出せるし、
声も生々しく脳内再生できる。
でも、名前がどうしても出てこない。

一応断っておくと、老人性の痴ほう症ではない。
僕は若いころからこの手の記憶の欠落が頻繁に発生する人なのだ。

で、その人の名前がなかなか出てこないので、その人のことをあれこれ考え、
こんなことがあったな、あんなことを言われたなと、
懐かしく回想するうちに、突然フルネームを思い出してしまった。

で、名前がはっきりしてしまうと、また「やれやれ」という感じで、
思い出すことをやめてしまった。これは同期だけど年上の○○君の記憶であり、
その記憶のフォルダーは大切にしまっておかなくてはならない。

実は、名前を思い出さないときの方が、その人のことを生々しく思い出したりするのだ。
名前というのは便利なものだけど、その名前があるために、
感覚的に封印されてしまう情報がいろいろとあるらしい。

話をしていた知人に、
「○○君だった」
と名前を告げたところ、
「○○さんは知ってますけど、まさかかわすみさんがその名前を忘れるはずがないと思って、指摘しなかった」
とのこと。

もし、老人性痴ほう症ですべての名前が思い出せなくなってしまったら、
それは周囲にはものすごい迷惑なんだろうけど、
世界はそれまでよりもいっそう生々しく、新鮮に感じられるのかもしれない。

 2

ずっと牛乳を配達してもらっていて、月ごとにお金を払っているのだけど、
そのお兄さんにずっと言いたかったことがある。
「毎朝配達してもらってる牛乳ですが、じつは一番最初に飲んだ試供品が、一番おいしかったです」

僕の舌が馬鹿なせいかもしれないけど、最初に見本で飲んだ奴の方が、濃かったように思うんだよな。もう二十年くらい前の話なんだけど。

これはまあ、半分言いがかりみたいなもんだけど、
業者というのもある程度の固定客がつかめると、とたんに手を抜き始めるというのはある。
知名度のあるスナック菓子なんかは、お値段据え置きのまま、量が減らされていたりする。
長年食べ続けていたオールレー〇ンが、いつの間にか個別包装になっていて、
明らかに量が減っていることを知ったときは、しばらくショックで買うのを控えていた。
まあ、原材料の高騰で仕方ない面もあるけど、ちょっとくやしい。

ネットで某セブンイレ〇ンのお弁当の変遷を見て、
弁当がお値段据え置きのままどんどん小さくなっていくのがなんともわびしかった。
僕が頻繁に食べてた頃のあのお弁当は、もう存在しないのだな。

某スーパーで自社販売のわかめうどんがあって、
これが目を見張るほどおいしかったのだけど、
あれもおいしかったのは最初のうちだけで、ある程度定番商品として定着してからは、
味の質がずいぶん落ちたように僕は思っている。
勘違いでなければ、最初はお客を得るために全力でおいしい商品を提供して、
固定客が見込めるようになったところで、コストカットを行ったのだろう。

そういうことをいろいろ考えたりすると、店の定番商品なんかより、
弱小メーカーが出した隅っこの商品が、案外おいしいのではないかと気が付き、
買ってみると、実際おいしかったりもする。
まあ、そういう商品は次のシーズンには姿を消してしまって悔しい思いをするのだけど、
世界というのは、頑張っていいものを作ってる人がなかなか報われないのだなと、
あきらめることにしている。
うどんがそう。思いがけずおいしい袋入りの讃岐うどんを見つけて、まとめ買いするけど、
次のシーズンには消えて無くなっている。マイガーーーットと思う。

世の中は、ことほど左様に量産品があふれかえるようになる。
シャアザクよりはMS-06の量産型、ガンダムよりはGM、
コストを抑えて出来るだけ安定して商品を供給することに主眼を置く。
それはまあ、仕方がないというか、経営としてはたぶん正しいことなんだよな。
おいしいものが食べたければ、それ相応の代金を払いなさいと。

でも量産品でもおいしく、お値打ちな商品を作ろうと頑張っている弱小企業はある。
そういうところを発見して、「頑張れ、頑張れ」と応援するのが、
この頃の自分の楽しみになっているのだな。

03

しおり用落書き。

描いてて思い出した。昔剣道の漫画描いたとき、編集責任者の方に、
「あなたの描く太ももは太すぎる、少女というのはカモシカのように細い足が至高なのです!」
とものすごく力説されてしまった。
そのあと担当さんと「いや、ムッチリした太ももの方がいいよねぇ」
と反論しながら太ももを修正したのだ。

割とどうでもいい思い出。

2018年2月 7日 (水)

今朝の新聞から


泣く泣く売り飛ばした本の話をするのは、未練がましくてカッコ悪いのだけど、
25歳ごろに北斎漫画の復刻本と作品の画集を手放している。
「そのうちまた手に入れればいいさ」
と考えたのだけど、北斎漫画は一回り小さい廉価版でしか持っていないし
画集にいたっては、美術展で買ったカタログが何冊かあるだけだ。

その涙ながらに売り飛ばした画集、何度も見返して目に焼き付いているあの画集の、
責任編集者だった永田生慈さんが、昨日お亡くなりになった。
今朝の朝刊で知った。
66歳、こんなにお若かったのかと驚く。
だって、僕がこの方の存在を知ったのはもう三十年も前の話だもの。

1990年代初頭に北斎ブームがあった。その火付け役の一人だと思う。
五巻本のカラー画集を、僕は発売されるごとに買っていた。北斎の絵はもちろんだけど、
永田生慈さんがお書きになった解説も、精読させていただいた。
僕の北斎の知識の大半はこのお方の研究と、仁田義男先生の小説「画狂一代」による。
(後者はまあ、半分フィクションみたいなものだけど)

新聞には近影の写真が掲載され、誌面も多く割かれていた。
残した業績の大きさが、改めて思い返される。
ありがとうございましたと、朝から新聞に頭を下げる自分なのです。

2018年1月25日 (木)

駄文救済ー先日書いた文章ー

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熊谷守一って画家の人がいて、その人の絵がすごいなぁと思うのです。

昔、日曜美術館てテレビ番組で初めてその存在を知って、
「あひゃー」
となった。ここまで少ない線で生命感を表現できるのって、ただ者ではない。

Kumagai

アンリ・マティスとか、昔はずいぶん好きだったけど、あれすらうるさく感じるくらい、
とにかく無駄のない絵なのだなぁ。
音楽を聴いていて、いいか悪いかさっぱりわからんけど、耳が喜んでるなぁと、
感じることがあるけど、
その論でいけば、これは目が喜ぶ絵で、目に不純物がぶつかってこない。
線が柔らかい手のひらのように対象を包み込んでいて、あったかい。

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線と色彩で手のひらの感触が伝わってくるというのは、絵のすごいところなのだな。
文字で表現できることは、割と限られているけれど、
絵はぬくもりの記憶でさえも刻み付けることが出来る。
このことを知ってしまうと、いよいよ絵を描くことが面白くなって、
どうにもやめられなくなってくる。

今日の夕刊にこの人のことを書いた記事があって、
四十を超えたあたりで自分の子供を病気で亡くし、
何も残せなかった命のために、せめて死に顔だけでも描いてやろうと筆をとったけど、
「絵を描いている」自分が許せなくて、やめてしまった、というのがあった。

倫理的に絵なんか描いてる場合じゃないだろう、ってことではなくて、
頭の中の記号を紙にぶちまけている自分に耐えられなくなったのだと思う。
絵は頭の中にあるものではない。
きちんと目の前に存在していなくては、それは絵じゃない。
少なくとも、自分の良いと思える絵とは、そういうものなのだ。

僕の理解だとそういう感じになるのだけど、これも僕の物差しの限界かもしれない。
本当のところは本人にしかわからない。でもそれほど間違っているとも思わない。

この人の絵は、一見するとヘタウマのように見えるかもしれないけど、
こんな絵を描きだしたのは晩年のことで、それまでは技巧的にずいぶん悩んだ、
みたいなこともその記事で知った。

技巧は上手に見せるための工夫で、それはそれで素晴らしいものだけど、
それで絵がすべて語れるものでもない。
技巧は補助手段だ。松葉づえのように画家を支えて、絵の表現を助ける。
いくら立派な松葉づえでも、歩くという行為はそれに左右されない。

のんびり歩きまわるような気持ちで絵が描けたら、さぞ気持ちよかろうと思う。

なごや

今年はなんかツイてる。
いえ、くだらないことなんですけどね。近所のスーパーで地元のインスタント食品、
「寿がきや味噌煮込みうどん」の五袋パックを置いてあったのです。
最近も名古屋から送ってもらって、それがもう尽きそうだったので、
「ラッキー!」
なのでした。

本当にくだらないなぁ。

僕はもう人生の半分以上を東京都民で送っているので、
いまさら名古屋にこだわる理由もないように思うのですが、
やっぱ、十代までを過ごした土地となると、「ふるさと」みたいな感慨が生まれてきます。

名古屋弁の本を買ってきて嬉々として読んでいたら、編集さんに、
「あなた本当に名古屋人ですか、地元民が読んでどうするんですか」
と突っ込まれたこともあったなぁ。

両親が名古屋出身じゃないので、僕はあんまり名古屋弁を話さないのです。
古くからの名古屋人にくらべると、名古屋度がかなり低いと思う。
まあ、「鉛筆はときんときん」とか、自然に出てくる名古屋弁はありますけど、
基本的に標準語を喋ってるはず。

僕が育ったのは名古屋の千種区のあたりで、割と発展した地域です。
今のナゴヤドームがあるあたりの近くです。あそこは三菱の工場跡地だったころから、
「どえりゃー広い土地が無駄にあそんどるがね」
と子供心にも思ってました。
戦争で爆弾を集中的に落とされたので、広い土地が手つかずのまま残っていたのです。

名古屋で三菱といえば、ゼロ戦とか作ってたところじゃないかと思うけど、
そりゃアメリカさんも爆弾落としまくるよね、ってわけで、
自分が高校時代にバス通学で利用していたバス停前の道路下からも、
「不発弾」が発見されて、住民を避難させて解体処理をしたこともありました。
なにげに、爆弾の上を毎日通っていたわけです。

そうそう、昔は名古屋にも路面電車が走ってました。
子供のころ、道路の真ん中を電車が走っていたような記憶があるのだけど、
あれはいつの間にかなくなっていたなと思たら、
昭和49年に廃止されたみたいです。僕が幼稚園のころですね。
ちなみに、日本で二番目の路面電車だったと、ウイキペディアに書いてありました。

今でも残っていたら、それなり観光名物になっていたかもしれませんが、
名古屋というのは「観光名物」を作るのがとにかく下手糞な土地柄で、
元地元民の僕が言うのもなんですが、ロクなものがありやしない。

何年か前に地元の友達に「今度レゴランドを作るんだわ」と教えられ、
「ああ、それは絶対に失敗するな」と思ったらやっぱり失敗した。
だいたいなんで名古屋でレゴなのか、レゴがそんなに好きなのかと、
問い詰めたい気分です。まあ、失敗の理由はぼったくり価格みたいですけど。
それにしても、もっと地元を生かした企画が何か出てこないもんかなぁ。
愛知万博の跡地にトトロの家があるけど、それも名古屋関係ないし、
いっそ鳥山明ランドの方がまだ意味があるような気がする。
ご本人が承知しないと思うけど。

鳥山明先生と言えば、僕が学生の頃は、
「先生のサイン色紙なんてフリスビーにするくらいいっぱいあるがね」
という言い回しがはやってたなぁ。フェアレディか何かに乗った先生が現れ、
颯爽とサインをして去っていく、そのあとみんながフリスビーにして遊んだ、という、
どうにも訳の分からない自慢話なのだった。

先生がご結婚されたときも、地元のテレビか何かで紹介してたな。
神前だったのか、紋付袴姿で、女性のリポーターがマイクを向けてた。
先生はとても寡黙な人で、神妙な顔で質問に答えていたのだけど、
「先生がご結婚なされたので、Dr.スランプの則巻博士も結婚なされては?」
という質問が向けられると、途端にいたずらっ子のような顔になって、
「千兵衛さんはキミドリ先生と結婚したんですよ、さては読んでないなぁ~」
と、鬼の首をとったようにはしゃいでいた。
女性レポーターがものすごく焦って「え?え?え~!?」となってた。
あれは、ちょっと面白かった。

名古屋めしは、僕自身は「甘すぎる」という感想を持ってます。
味噌ダレがベースだと、どうしても砂糖を加えすぎる傾向がある。
鶏の手羽先にしても、なんか甘い。
名古屋はお茶を飲むことと、お茶菓子が他の地域より発達したような印象があって、
「大須ういろう」とか「せんなり」とか、
お茶うけが異常に発達した時期があった。たぶん明治から大正くらい。
そのせいか、食べるものがなんか甘い。
古い小説を読んでいたら、「おうす」の文化なのだと書いてあった。
「大須」ではなく、お茶の「お薄」である。
薄めの茶で甘いお茶うけのお菓子を食べまくる文化。
その小説の主人公は、やたらお茶を出されるので辟易していたけど。

お茶好きの伝統はそのまま喫茶店文化へと発達して、
この地域はなぜか異様に喫茶店が多い。
東京のラーメン屋と同じ頻度で喫茶店が存在している印象。
逆に東京は喫茶店があんまりないなと僕は感じてしまう。

朝、とりあえす喫茶店で朝食を済ます、という他地域にない伝統があって、
そのために安くて量の多い「モーニングセット」がどんどこ生まれた。
僕はこの文化は大好き。父親に連れられて朝の喫茶店でモーニングを食べるのが、
無茶苦茶うれしかった。コーヒーの香りと、
厚めのトーストにバターが塗ってある感じ、殻のままのゆで卵と、
茶うけになぜか袋詰めのピーナッツ。
そう、子供のころなら甘いものだらけの名古屋文化はまさに天国だったのだ。

そういえば、漫画の担当さんと打ち合わするのに、
無理やり池袋のコメダに引っ張っていって、
味噌カツサンドを食べながら打ち合わせをしたこともあったけど、
担当様は微妙な顔をしておられたなぁ。僕もそういつも食べたいものじゃないけど。

大人になって甘いものがうれしくなくなって、名古屋文化もちょっと倦厭気味になってる。
そうそう、天むすもなんか甘い感じがする。
僕にはあの「守口漬け」ですら、甘いおやつの感じがしてしまうのだ。
酒粕で仕込んだ長細い大根の漬物。東京の「べったら漬け」の甘さの方が自分は好きだ。

でも「きしめん」は大好きで、今でもときどき食べていたりする。
かんぴょうのように平べったい麺の歯触りが、ものすごく大好き。

学生のころ、例の「マウンテン」にも何度か行ったことがある。
一時期メディアでよく取り上げられた、スパゲッティ専門の喫茶店。
山小屋ロッジ風の建物で、とにかく量が異常に多い。
ただし、味は値段並みである。
名古屋でも多くの大学が集まる地域にあって、
とりあえず腹を膨らませようと思ったら、そこに行けば腹いっぱいにはなる。
ただし、味は値段並みである。
僕はホワイトソースの「コスモ」をいつも注文していたけど、
それは「コスモ」が比較的まともな味だからで、その安全パイですら、
最後の方は皿の上に大量の油がベットリと残っていた。
胸やけしそうである。
僕が友達と食べに行っていたころの最凶メニューは、
「甘口小倉抹茶スパ」で、
抹茶味の緑色のスパゲッティの上に、クリームと小倉餡と、サクランボが載っていた。
緑+白+黒+赤である。ドドメ色の凶悪な食べ物が皿の上にてんこ盛りになっている。
僕も一度だけ、友達の食べているのを脇から失敬したことがあったけど、
いくら甘いもの好きの名古屋人にしたってこれはないだろうと心の底から思った。
まずい、とは言わないけど、二度と食べることはないだろうと思う。
罰ゲームででもない限り。

その当時、関西方面の人にその話をしたことがあったけど、
「なにそれ、自分とこ他に自慢するものがないんかい」
とものすごく馬鹿にされた。
(まあ、その後僕の従妹と結婚してちゃっかり身内になってるけど)
ある意味、名古屋のエッセンスのような食べ物だと思う。
(マウンテンさん、ごめんなさい。でもこれは誉め言葉です)

名古屋の話題を書こうと思ってダラダラ書いてみたら、こんな感じになりました。

2018年1月16日 (火)

アイビー


13日土曜日、ノートパソコン死亡。電源オンのままブラックアウト。

先輩から頂戴した年賀状をチェックしていたら、
男女が入れ替わっているのを今ごろになって発見。
えらい手間ですね。子供らがよく承知したもんだ。

ノートパソコンが使えないのでデスクトップをメインで使う。
ただし、慣れないので文章が打ち込めない。

千葉県のシクラメン農家の連載を夕刊紙で読んでた。
布施明の歌のおかげでずいぶん売り上げがあったそうな。
日本のシクラメンには香りはないのだけど、近年は香り付きの品種も開発されたとか。
その農家の人曰く、
「小椋佳はなぜ『シクラメンのかおり』というタイトルにしたのか」
とのこと。
新聞連載だから聞こうと思えば本人に取材もできただろうけど、
まあ聞くだけ野暮ってもんだろう。
昔、「高校三年生」って歌があったんだけど、
その大ヒットを記念して楡だかブナだか、歌に出てくる木を植樹したら、
作詞家の人が「この木は何ですか」と聞いてきて、
ギャフンとなったとか。まあ、作詞なんてそういうもんだ。

花の名前なんて、年をとるまでまったく興味がなかった。
この頃は自分が何も知らないという事実に驚愕して、
散歩中に木にネーム版がついていたりすると、しばらくその名前を唱えながら、
歩いていたりする。

そのくせどうでもいい名前は憶えている。
アイビーとか。
昔、風呂屋で仲良くなったおじさんの部屋に遊びに行ったら、
大量のプランターが部屋を埋め尽くしていて、
「女房が死んでから、子供もいないんでご覧のありさまなのさ」とのこと。
アイビーの小鉢をわけてくれた。

次に風呂屋であったとき、「仕事をクビになった」と裸踊りをはじめて、
男の哀愁というものを教えられたのだけど、
男の裸踊りを見せられたのは後にも先にもあの時一回こっきりだ。

アイビーは観葉植物で、昔は実家の食堂の前にも植えていたし、
喫茶店の店先でもよく見かけた。蔓が壁を這って、建物全体を覆いつくす。
1970年代はそういうのがなんとなく「オシャレ」だったのだ。

少し遠くまで散歩の足を延ばすと、このアイビーに覆いつくされた町病院があって、
今は経営していないと思うんだけど、ものすごく懐かしい感じがする。
しばしたたずんで、子供のころの自分になりきる。

16日火曜日、ノートパソコン復活。内臓バッテリーが尽きて完全オフになった。
ACアダプターにつないでスイッチ入れたら普通に起動できた。
去年のゴールデンウイークにも同じ状態になったので、たぶんまた同じだと思ったら、
やっぱりそうだった。内臓バッテリーが尽きるまでちょうど三日かかったのだな。

久しぶりに適当に文章を打ち込んでみたのだけど、ごらんのようになりましたとさ。

2018年1月 9日 (火)

栞ふたたび


そういえば僕がこのブログで絵をのっけてるのって、
本の栞を作るためだったと思い出したので、
初心に帰って栞を描いてみた。
画材……らくがき帳にピグマ0.1と0.3。旧コミックスタジオ。
D

せっかくなので色も塗ってみた。
B

色を塗ると栞っぽくない。
立体的にしようと躍起になるので、フィギュアみたいになる。
2

栞……正月に青空文庫で「小公女」をダウンロードして、
「意外と面白いぞ」
と夢中になって読んでいたのだけど、栞というものも、
何十年か先には形のない、機能的なシステムになってしまうのかな。
「しおり」というからには、紙であったり金属で会ったり、
なんらかの形を持ったものであってほしいもんだ。

むかし、古本屋で昭和三十年頃の文学書を買ったら、
ページの間にイチョウの葉っぱが挟まっていた。
いったいいつからそこにあったのか、
あるいは、僕が生まれる前からずっとそこにあったのか。
なんとなく捨てるに忍びず、いまだに同じページに挟まったままである。

あれ?前にも同じことを書いたっけ?


2018年1月 7日 (日)

散歩

正月に街を散策していたら、古書店が閉店セールをしていて、
全品だいたい半額になっていた。お客がレジで、
「本当にいいの?これ他所だと○○万円くらいでしょ」
と笑っていた。
「ご愛顧のお礼です」
と店主も笑ってた。

古いマニアックなレコードやCDも置いてある店なので、いろいろ物色してみる。
うん、目ぼしいものはだいたい無くなっている。リパッティのBOXは欲しいけど、
半額でもちょっと高めだよな。
孤高の夭折ピアニストのCDを正月に買うのもなんか違う気がするし……

OL風のお姉さんが、必死でレコードコーナを漁っていた。
ジャズが好きなのかな。

昭和歌謡曲のコーナーを物色。
おう、バービーボーイズだ。懐かしい。
チェッカーズとか、渡辺美里とか、すでに懐メロの世界の住人になっている。
中森明菜のCDがいっぱいあるのは、最近リバイバルしているからだろうか。
年末はディナーショーで自虐的MCを飛ばしまくっていたらしい。
「そう、あなた(お客さん)25歳の誕生日なの。わたしの25歳は……
 あんまりいいことがなかったわね」
……会場がシーンと静まりかえったらしい。当時ワイドショーでいろいろ見ているから、
胸に突き刺さるような感じがする。

THE BOOM。
そういえば昔、沖縄のオムニバスCDですごく好きな曲があったのだ。
タイトル忘れちゃったけど。
そのCDをアシスタントさんに貸したところ、別の大御所先生のところに行ってしまい、
「大先生はとても感激しておられました」
とのことだったので、泣き寝入りするしかなかった。
アシさんにCDを貸すと三割くらい「もらったもんだ」と思われて返ってこない。
まあ、自分の好きだったCDを気に入ってもらったのはすごくうれしいんだけど、
その大先生の漫画を見かけるたび、今でも少しもにょる。

THE BOOMのベスト盤を買う。
レジがおばあちゃんに代わっていて、半額かなと思ったら、三割引きだった。
それでも十分安いけど。

冬の日は日中が暖かくても、日が傾くとものすごく寒くなる。
肩をすぼめて歩いていたら、二十代くらいの女の子が走りながら脇をすり抜けて行った。
ちらと見たらものすごい美人さんだった。美人さんだったけど、
お尻がものすごくふくよかで、走るたびお肉が「たぽんたぽん」と波打っていた。
うわあ、新年早々めでたいものを見せていただいたと心の中で拝む。
女の子はそのままコンビニの中に駆け込んでいった。ありがたや、ありがたや。
寒いからビルからコンビニまで全力疾走だったんだろうな。

ずっとイヤホンで音楽を聴きながら歩いてたんだけど、曲のクライマックスで
電池が切れて突然無音になった。
「ああ」
と天を見上げる。冬の空が寒々しく、風の音が耳に冷たい。

でも何度も聴いてきた曲なので、頭の中で曲を最後まで演奏しきる。万雷の拍手。
感謝感激雨あられ。
よし、今年はいい一年になりそうだ!

2018年1月 3日 (水)

お正月!


あけましておめでとうございます。
2018年です。すげー未来だなと昭和世代の自分は思うのです。

1970年代あたりの小学生時代の自分に自慢してやりたい。
君の生きる21世紀では「コンピューター」をみんなが当たり前に持っていて、
電話も一人一台、携帯しているのが当たり前、
それどころか、そいつで映画も音楽も楽しめてしまう。
どうだ、すごいだろう。

昭和時代生まれの特権として、過去からタイムスリップしてきた自分を体験できてしまう。
その目で2018年の日本や世界情勢を見れば、
問題はいろいろあっても、生きて楽しい未来であるのは間違いない。
まず、食べものがおいしい。旅行もいろいろ見て回れる。
とても全部は楽しみ尽くせない。
人情はまだ死滅していないし、出会いの中でときどきホロリとさせられたりもする。
涙もろい性分なので、ときどき天を仰いで「感無量だ」とつぶやいたりもする。(笑)

楽しんで楽しんで、楽しみ倒しましょう。
みなさまにとっても、そんな充実した2018年であることを心よりお祈り申し上げます。

ずっと東京にいたので特に変わった正月でもなかったのですが、
とりあえずドラマ「風雲児たち」は面白かった!久しぶりにドラマで涙が出た。
漫画のファンにとっては楽しみどころが満載で、あの役者がこれをやるか!
あ!高山彦九郎が高嶋政伸だ!とか、林子平カッコよす!とか、
よくもまあ、あそこまで原作テイストを生かしてもらえたものだと、
またしても感無量。永久保存決定。
最後の出演者テロップが役者さんと漫画のキャラのコラボレーションで、
巻き戻して繰り返し見てしまった。

音楽配信で楽曲ダウンロード。今繰り返し聴いてるんだけど、
クラシックで、サン・サーンスの「アルジェリア組曲」だったりする。
昔、若いころにラジオで聴いて「いいじゃん」と思った曲なんだけど、
なぜかCDにはあまり収録されない。YouTubeだとこんな曲。
新春一発目にふさわしい、元気の出る行進曲の部分。

https://www.youtube.com/watch?v=I0D-cwfiHvc

サン・サーンスさんは器用貧乏で思い切り損をした作曲家で、
日本だと音楽評論家の吉田秀和先生に「お菓子の包装紙の絵」とまで言われ、
楽曲だと「動物の謝肉祭」、それも「白鳥」しか有名曲がないけど、
実はテレビなんかのBGMで頻繁に使われて、聴いたことのある曲がものすごく多い。
「序奏とロンド・カプリチオーソ」とか。

https://www.youtube.com/watch?v=ZnBm5AlO_OI

日本の音楽プロデューサーには実は好かれているんだろうなと思う。
それにしてもこの動画は女の子のワキにばかり目が行ってしまうな。
古澤巌さんかっこいいけど。
動画再生数が高いのは三割くらい脇フェチの仕業に違いない。

今年の年賀状用イラスト。
Photo

本当は別のアイデアがあって、写楽の浮世絵版画をコラージュするつもりだったけど、
江戸兵衛一枚でタイムアップ。
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これを四枚描いて「Let It Be」のアルバムジャケット風にする予定だった。
でもまあ、こっちの方がお正月っぽい気もする。

それでは今年もよろしくお願いします!

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