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2012年4月30日 (月)

「かわすみひろし本舗」 短編作品

 芥川龍之介、O・ヘンリー、太宰治など、短編の名手は数多い。漫画でもそうで、ここで具体名は挙げられないのだけど、短いなかに諧謔や精妙なカラクリを仕込む名人というのはいる。

 なにせ、自分の子供の頃は星新一や筒井康隆の短編がブームで、友達同士で本のやり取りをしていた時代である。この世代の短編への偏愛というのは間違いなく存在する。

 自分は出版社の編集さんと仕事をさせていただいて、野心家ほど作家に短編を描かせないというのは肌に感じている。これはとてもわかりやすい話で、単行本として出版した時、大ヒットする短編集というのがほぼ皆無だからである。

 具体的に漫画の名前を出せないので、文芸作品を例に出すのだけど、村上春樹の短編は良いものだし、「螢」は自分の好きな短編なのだけど、あれは「ノルウェイの森」という二巻本に作り替えられて初めて大ヒットした。自分は短編の「螢」はいいものだと思うけれど、出版社は「ノルウェイの森」を欲しがっている。

 自分は若いころ、漫画家というのは短編をいくつも描かせてもらって、ある程度自信をつけてから長編作品を描くのだと思っていたのだが、その考えはたいてい鼻で笑われる。編集は「ヒット作」を欲しがっているのであって、出来のいい短編などは求めていない。新人でもどんどん連載作品を描かせるし、短編を描く場合は、それは読者ばかりではなく、極端な話、編集長へのプレゼンという意味をもたされる。

 もちろん、そうでない編集さんもいる。自分もここ数年はいくつか短編作品を描かせていただいて、出版社さんには迷惑だったかもしれないけれど、自分は夢がかなってとても楽しかった。ただ、それがその出版社さんにほとんどどのような利益ももたらさなかったということは大問題なのである。

 このような問題は、漫画が雑誌で読むものではなくなった、という時代の変化によっていっそう厳しいものになってしまった。出版社としては、限られた紙面で多くの単行本発行予定の作品を掲載して、つまり、単行本のカタログとして雑誌を発行して、より多く単行本を売りたいという姿勢にシフトしている。ますます短編作品の立場がなくなってしまったのである。

 漫画というのはキャラクターであって、キャラクターが注目を集めて、出来ればグッズ展開も期待できて、それが何年も持続的に人気が続いていくことが重要。これが今の正義である。自分もこれには同意。でも、その一方で漫画というのは愛される人間ばかり描写するものではないし、ときにとんでもなく醜いものを描く場合だってある。そして醜いものを面白く描こうとすると、短編という一撃必殺の形式は、とても有効なのである。

 短編は「毒」である。「毒」は過剰に摂取すれば命にかかわるけれど、少量ならば薬にもなる。「スパイス」にもなる。そして、そういう「毒」にのみ特化した作家さんがいて、それに刺激されて長編に生かそうとする作家さんもいる。漫画はそういう相互作用によって発達してきた面もあるんじゃないかな。

 最近、ネット上で「読み切り不要論」みたいなのがあったので、それに便乗してちょっと自分の考えを書いてみた。

 何か画像がないとさみしいので、「風より疾く」のネーム絵を貼り付けてみる。

Img001

 この二人は描いていて楽しかったし、今でも頭の中で勝手に動きまわってます。自分が楽しかったから読者も楽しいだろうというのは独善以外の何者でもないけれど、でも作者がニコニコしながらこの話を描いていたというのは、ホントの話。

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