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2012年5月10日 (木)

HIPPOPOTAMUS

高校時代、
自分は市内の公立校に通っていた。

飛行機が目の前を滑空していくようなところにあって、
運動場からトライスターの尾翼エンジンが確認できた。

その運動場にトレンチコートを着たカバが現れることがあった。

P1040389

カバ、というのは僕ら学生のつけた仇名で、
顔がカバっぽい現国の教師だった。
放課後の清掃の時間など、トレンチコート姿で見回りをしていて、
僕らはそれを「キザだなあ」と揶揄していた。

そんなカバだったけれど、教師としてはかなりユニークな人だった。
まず、この人は詩人だった。
詩人は職業ではなく「生き方」だと思うのだけど、
そういう意味でも、この人は間違いなく詩人だった。

「君たちの相手をするのは僕の本意ではない」
そんなことを平然と言ってのけた。
「詩じゃ食べていけないからね。」
公立校とはいえ、親は学費を払っているわけで、
ひどい話なのだけど、なぜか生徒のウケは良かった。

自分の詩集を授業前に販売したことがある。
扉の裏に墨書きでサインをいれてやるというので、
みんな財布をもって教壇の前に並んだ。
バカバカしいと思ったが、なにせこの先生、

H氏賞

をとっているのである。
たぶん、価値があるような気がする。
自分も図書室に寄贈された先生の本を読んでみたのだが、
シュールレアリスムぽい、非現実的な作品で、
面白いとは思ったが、いかんせん書いているのがカバなので、
素直に面白いと言う気にはなれなかった。

今なら先生のやってることは「ユニーク」と受け止めることが出来るのだけど、
その当時の自分は、潔癖だったので、
かなり冷笑にちかい感情を持っていたと思う。
詩人が学校で商売しちゃいかんだろう、てな感じで。

しかし、この先生は悔しいけれど「面白い先生」だったのである。

実際、高校なんてつまらない先生が多かった。
世界史の先生は授業時間にひたすら黒板に板書を続け、
生徒はそれをノートに写すだけだった。
たまに喋ることがあると、
「頭のところはもう消していいですか」
だったりした。
英語の先生はひどい発音の英語でダジャレを言った。
留学生相手に長尾君のことを
「ロングテール」
と紹介したことを僕は死ぬまで忘れない。

一方、このトレンチコートの詩人は、現国の授業時間が多いことを幸いに
「詩の時間」をもうけやがったのである。

今でもその時のプリントはすべてとってあるのだけど、
北原白秋から始まって、現代の詩人まで、その代表作をいくつも選んで、
朗読した。
もちろん、宮沢賢治の「永訣の朝」とか、中原中也の「汚れちまった悲しみに」
などの名作もおさえていたのだけど、
面白かったのは昭和の現代詩だった。
吉岡実の「僧侶」を朗読した時は、クラス中が大爆笑となった。
今考えてもかなりシュールな光景である。

この時の先生はどんなおかしなフレーズでも淡々と読んでいらしたと思う。
クラス中が笑い転げていても、声音は落ち着いていた。
その時になって自分は、この人はすごい人かもしれないと、ちょっと思った。

自分なら、ウケた時点で一緒になって笑い転げている。
でもこの先生はきっぱりと生徒との間に距離を作っていた。
笑う生徒たちの中で一人超然としていた。
それでいて、教師としての務めはきっちり果たしているのである。
宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の中で、
ゴーシュが聴衆に大受けしているのに、怒っている、
あの姿に似ていると思った。

自分は今、あの当時の先生よりも年上になっているのだが、
なかなかああいう境地にはなれない。
あの人はやっぱり「詩人」だったのだと思う。

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