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« 「天皇の料理番」 その3 | トップページ | 怪談 »

2012年7月 6日 (金)

絵の具

「トーンクラスター」というのがあります。

ピアノで、すべての鍵盤を抑えると、
まるでこの世の終わりのような不協和音が鳴ります。
それをトーンクラスターと呼ぶのだそうです。

それとよく似た話で、小学校の三年生くらいだと思うのですが、
友達の家に遊びにいったとき

「絵の具を全部混ぜてみようぜ」

と、とんでもない実験をやらかしたことがあります。

絵の具の「トーンクラスター」をやったわけですね。

さっそくというので、風呂場にパレットと絵の具を持ち込んで、
全部の絵の具をひねり出して、筆でぐるぐるかき混ぜました。

結果は、今でも目に焼き付いて離れません、
ヘドロというか、なんというか、
この世のものとも思えない薄汚い色が出来上がりました。

この友達というのは工作とかお絵かきとかが得意な子で、
小学校は別々だったのですが、同じ工作教室にかよっていました。
というか、幼稚園で仲が良かったので、自分が同じ教室に通った
というのが正解かもしれない。

週に一回、近所の保育園の教室を借りて、その工作教室はひらかれました。
先生はどこだかの美大の研究生か何かだと思うのですが、本名がどうしても思い出せない。
ただ、みんなで愛情をこめて

「先公」

と呼んでいました。ずいぶん失礼な話なのですが。

この教室では、高学年で絵の才能のありそうな子は、
先生直々にキャンバスを使った油彩画を教えてもらえたのですが、
(友達もキャンバスで描いてたはず。)
自分は最後まで工作をしていた記憶しかありません。
「戦士の盾」とか「トーテムポール」とか
変なものをこさえては近所の子と遊んでました。
実際、アフリカの戦士をイメージした盾は水鉄砲を使った子供同士の戦いで
おおいに役に立ったのを覚えています。表面の絵の具はずいぶん流れ落ちちゃったけど。

考えてみれば、自分が人物の絵を描き始めたのは高校以降のことで、
それまでは「工作少年」だったと思うのです。
絵の具を使って色塗りをするよりは、紙を切ったり貼ったりして、
「できるかな」のノッポさんみたいなことばかりやってました。

まっとうな目的で絵の具を使ったことというと、
高校の学祭で演劇をやった時、ポスターを描いたのが最初だったはずです。
その絵は自分で回収する前にクラスメートが「記念に」と持って行っちゃったので、
どんな絵だったかあまり記憶がありません。

ここで一気に時間がとびますが、漫画家としてデビューして、
「はまりんこ」という漫画を掲載していただけることになったとき、
たぶん、26歳くらいだったはずですが、
「センターカラーやらせてあげる」
といきなり編集さんに言われて、かなり焦った記憶があります。
「はあ。」
「新人にいきなりカラーをあげるのだから、気合をいれていいものを描いてください。」
「絵の具って、あんまり使ったことないんですが。」
「気合で描いてください。」
「うう……」
もちろん、大変光栄なことだから必死に頑張りましたさ。
でも、色塗りってやっぱり経験の蓄積だと思うのですよ。
まず、画材がよくわからない。
美大生じゃないから絵の具の区別もまずわからない。
とりあず近所の小学校の前の文房具屋さんで不透明水彩を買ってきて、
小学校の図工の要領で塗りました。細部は面相筆を使ったと思うのですが、
まあ、素人丸出しだったはずです。

これを編集部に持っていくと、担当さんはさすがに渋い顔をしたわけです。
「色が淡いね。もっと強い色を出さないと目立たないでしょう。」
「強い色……原色とかですか。」
「あと、影を汚い色で塗っちゃダメです。君、ベースの色に暗い色混ぜてるでしょう。」
「はあ」
「わざと汚い色にしてるんだよね、これじゃあ、印刷で濁っちゃうから。」

影を美しく塗らなきゃいけないというのは、新しい発見でした。
人物の肌色とかでも、影を茶色で塗るのではなく、ぎりぎり明度を抑えた赤で塗っていく、
そうするとなるほど、プロっぽい絵になる。

それから美術館で絵を見るときに注意してみるようになったのですが、
輝くようなまぶしい絵というのは暗い部分に奥行きのある深い色を置いてあるものです。
だから、光ってる部分の色が余計に引き立つ。
自分の場合は、暗いところに濁った絵の具を置いて、結果として汚い絵になっていたわけですね。

こういうことは美大を出た漫画家さんには自明なことなのかもしれませんが、
自分にとってはすごい驚きでした。26歳なのに。

それから、連載が終わった後に集中的に色の勉強をしました。
透明水彩を画材屋で買ってきて、全部の色を塗りまくって、
とりあえず色を整頓することから始めたわけです。

調和させながら、できるだけ強い色を押し出していく、
三原色(オペラ、イエロー、ピーコックブルー)を中心に色をまとめる。
この三原色を中心に、できるだけ彩度を落とさないように明度を下げていく。
すべてをカラーチャートに分けて分類、整理する。
……この辺で画家というよりは工作少年のノリが出てきます。
時計を分解してそれを組みなおしてるような気分になってくるわけですね。

こうして、いよいよ「大使閣下の料理人」になるわけですが、
自分の色塗りの信用はほとんど崩壊しておりました。

「単行本の色塗りは業者の人にやってもらうから」

というわけで、大使閣下の単行本表紙の色塗りは全部業者のCGになりました。
確かに、素人が塗るよりは商品として立派になるもんね。

文庫本の方は、1巻の表紙のみ業者さんで、以降13巻まで全部自分が塗ってます。
色塗りは水彩をあきらめてコピックに乗り換えた時期なので、発色がすごくいいです。
なんで自分で塗ることになったのか、よくわからないのですが、
自分が業者さんに色の注文を付けすぎたせいかもしれません。

プラチナはコピック。牧田は水彩。裁判員はコピック。(水彩を希望されたけど)

「裁判員の女神」を終わってから、大手出版の方でデジタル入稿の方が楽です、と
注文されたので、以後、コミックスタジオ導入ということになります。

これはぶっちゃけて言ってしまうと、デジタルは出版社の方で人件費を削減できるから
だと自分は勝手に想像しております。

昔は写植とか学生アルバイトのお姉ちゃんたちがボンドで張り付けてたけど、
それがデジタルならすべてパソコン上でできてしまう。
大きなテーブルでみんなでお菓子をつまみながら写植貼りをしていた女学生集団がいなくなるのはさびしいことですが、
これも時代の流れ。仕方のないことです。

原稿のやり取りだって、デジタルなら某転送サービスを使えますから、
家にいながらにしてデータを送れてしまう。
すごく楽です。担当さんと顔を合わせなくても仕事が出来てしまう。

科学ってなんて素晴らしいんだろう。

こういう話を別の出版社(日曜漫画誌)との飲み会で偉い人にしたところ、

「肉筆最高」

「生原稿にこそ魂が宿る」

と力説されて、ちょっとうれしかったです。

「下手でもなんでも肉筆原稿に魂が宿る。」

これは自分たちの世代にとっては正しいことだと思います。
長い間、ああでもないこうでもないと悪戦苦闘の末獲得した技術が味になってる気がします。

それでも、色塗りが下手な自分にとって、CGはとてもありがたい技術なんですけどね。

Photo_2

「風より疾く」一巻の別バージョン。
本編の作画を考えるとこっちの道着が正解なのですが、
担当さんが白い道着がいいよね、と言っていたので
いくつか色違いを用意して提出しました。
そしたら白が採用された。そりゃそうだ。

確かに、女の子は白い道着のほうが可憐ではかない感じがしますもんね。
紺色は色落ちするから下着が大変なことになります。
どんな白パンも水色に染まります。

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