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2012年7月29日 (日)

怪談2

自分にはいわゆる「霊感」というのはありません。

ただ、霊魂というのはなんとなく存在しているのではないかと
考えることはあります。
以前に書いた墓場トレースの話もそうですが、
死んだ人間に対する敬意というのは、やはり忘れるべきではない。
お盆に墓参りは出来なくても、いちおう先祖に手は合わせています。

自分の父親が亡くなったのは自分が高校の二年生の時で、
9月の中頃のことでした。
それまで元気だったのが、脳の血管が切れて二週間のスピード逝去。
あっと言う間のことでした。

この前後数か月のことは今でも割と鮮明に覚えています。
父が倒れた状況、病院の集中治療室に何度も見舞いに行ったこと、
学園祭のクラス演劇でみんなに迷惑をかけてしまったこと、
その演劇の代役の美術部部長が急な交代だったのに
主演男優賞をとってしまったこと。(彼はとても立派だった。)
父が心肺停止で亡くなったこと、葬式の段取りや親戚とのやりとり、などなど。

ところがそれから何年も経ってから
うちの弟がこんなことを言い出しました。

「あの時計、どうしようか?」

あの時計がなんなのかわからなくて、真顔で聞き返したのだけど、
「あんたが黙ってろっていったんじゃないか。」
と弟はムッとします。

弟が語ったお話はこうでした。
弟は父が使っていたお古の腕時計を使っていたらしいのです。
父はとてもお洒落な人で、背広や時計などを結構とっかえひっかえして、
使わないものを子供にあげたりしていました。
弟は父が病院で亡くなったときもその時計をしていたのですが、
それが父が亡くなった朝の8時14分でピタリと止まってしまったらしいのです。

当時の弟は中学の二年生でしたが、この時計の始末に困ったそうです。
ひょっとしたら、父が死に際に霊的なメッセージを残したのかもしれない。
だったらこのことを家族みんなに知らせるべきではないかと。

それで葬式の準備中に長男である自分に相談をしたというのです。
するとその長男は
「お母さんには絶対教えるな。」
と言ったそうです。いえ、自分なんですけどね、この長男。

母親は父の死後、寝込んでしまいまして、
葬式の喪主も長男に一任という状況でしたから、
そんな不安定な精神状態の人に「死亡時間で止まった時計」なんて見せられるわけがない。
ナイスな判断です、長男。

それで弟はずーーーっと黙っていたらしいのですが、
そろそろ供養するなりなんなり考えた方がいいのではと話を向けたら
長男は完全に忘れていた、ということらしいのです。

今現在、その時計がどうなっているのか自分は知りませんし、
この話自体を母はいまだに知らないんじゃないかと思います。
もし弟が言ってることが本当なら
偶然にしてはタイミングが絶妙なので、父が死に際に時計を止めたと考えるのが
自然なのかもしれません。

父は農家の四男坊で島根から名古屋に集団就職で出てきたのだと聞いています。
僕は自分が名古屋人だと考えていますが、父は根っからの島根県民だったようで、
宴会芸では安来節を披露していたそうですし、たまに野球中継を見ても中日は応援せず、
近所のよしみなのか広島カープばかり応援していました。

亡くなる一か月前に父は同窓会で島根に帰省しているのですが、
その時は買ったばかりの自家用車を自慢するために名古屋から運転していって、
父の次兄一家にわざわざ見せびらかしたりしています。(本家長男は沖縄で戦死してます)
父は三十代までは職を転々としていて、母と食堂をやったりセールスになったりしていたのですが、
四十代になって大おじの会社(国内大手)で認められて大きな仕事をするようになっていました。
自分などは「おじの七光り」と呼んでいたのですが、
応接間のような個室を与えられて、椅子でふんぞり返ったりしていたようです。
たぶん、その姿を島根の親類に見せたかったのだと思います。
俺は故郷に錦を飾ったんだぞ、的な意味で。

同窓会で気炎を吐いてきた父は、ぐてんぐてんに酔っぱらって生まれた育った島根の家に帰ってきました。
とても苦しそうで夜風に当たりながら畑の脇に飲んだものを戻していたので、
自分も畑まで出て父の背中をさすってやりました。
故郷を離れて遠い名古屋の地で、ようやく島根の人たちに自慢できる男になれた、
父はそう考えていたのかもしれません。だから、多少羽目を外すのも仕方なかったでしょう。
それにしてもあまり見られたもんじゃないな、と思いながら背中をさすり続けました。
見上げると満天の星空で、吸い込まれそうなくらいきれいだったのを覚えています。

父の葬式はとても盛大なものになりました。、
町の小さな定食屋の前に恐ろしい数の花輪がズラリとならんだのです。
町の一区画、道路に沿った一面にひたすら白黒の花輪が並び続ける感じです。
父の、というより大おじの会社の威光のすさまじさを実感しました。
なにせ、花輪の列を見た一番下の弟の小学校の教頭が、父を地元の名士と勘違いし、
「もっと早くにご連絡いただけたら花輪をご用意できましたのに」
と喪主の自分に文句を言いだす始末でした。
いや、父はそんな立派な人じゃないですから。

ただ、人生の最後にすさまじい幸運が舞い込んできて、
ものすごく有頂天になっていたのです。

そういう人が突然人生を奪い取られるというのは、
さぞかし悔しかっただろうな、とは思うのです。
時計の一つくらい止めて、意思表示くらいはするかもしれない。
ただ、自分は心のどこかで「いいかげんにしろ」と考えていたのだと思います。
もし、父が怪奇現象を引き起こしたのだとすれば、
それは末っ子根性で人の注目をひきたがる父の甘えだろうと。
今の自分がそう考えるのだから、17歳の自分だって同じことを思ったのかもしれない。
だから、怪奇現象を黙殺したんじゃないでしょうか。
まあ、単にテンパっていて記憶が欠落した可能性も高いですが。

父に出来たことなら息子の自分にもできるかもしれませんが、
自分はたぶん、時計を止めて生きてる人たちを困惑させるようなことはしないはずです。
父が末っ子根性を生涯引きずったように、自分も根っからの長男気質なので、
われ関せずで黙々と成仏する気がします。多少不平や不満があっても
それを耐えてしまうのが長男気質なのです。

怪談と銘打っておきながらちっとも怖くない霊の話でした。

P1030947

正月に名古屋に帰省したとき弟の部屋に忍び込んで勝手に撮った写真。
削除して欲しかったら電話ください、弟。
手前はたぶん西部警察仕様のフェアレディーZ。
僕もプラモデル作りたいです。

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