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2012年8月

2012年8月27日 (月)

取材写真

昔、「裁判員の女神」という作品の作画をさせていただいたことがあります。

担当編集の方がとてもやる気のある方だったので、
連載前にずいぶんと取材をさせていただきました。
東京地裁には法廷の写真撮影と傍聴で何度か行きましたし、
八王子で裁判員制度の体験講座があったときは、
本物の裁判官を交えて一般参加で審議を体験しました。

あれは本当にいい取材だったと思います。感謝してます。

それで、法律的なことは自分には語る資格がないので、
写真撮影についてちょこっとお話してみようかと思います。

●法廷

P1020296

裁判員制度施行前に東京地裁を取材させていただきました。
法廷の取材と、傍聴をいくつか。
とても勉強になりました。
ただ、傍聴の撮影はできませんので、
机の様子や守衛の服装などはスケッチです。カメラのありがたさが身に染みました。

東京地方裁判所は敷地内での撮影が厳禁です。
これは本当に徹底していまして、
正面の門から一歩入ったところでこっそりカメラを取り出しただけで
守衛さんがすっ飛んできました。

P1020147

建物の入り口は空港の金属探知機みたいなものがあって、
カメラが確認されると「撮影は不可です」と釘を刺されます。

法廷の撮影は特別に許可をいただいて、プレスの腕章をいただきました。
これがついてれば何を撮っても大丈夫だろうなんて考えてパシャパシャやってたら、
「書類上は法廷のみ取材を許すことになっていますので」と
すごい勢いで制止されました。
法廷の入り口の扉ですら不許可でした。まあ、撮影した後だったんですけどね。

このようなわけで、作品の中で使われている法廷の背景は
基本的にこの時撮影させていただいたものをトレースしています。
けっこう細部までリアルに描けてると思います。

●舞台

主人公が裁判官として赴任してきた海鳴市は原作の毛利さんの命名ですが、
原作を読んだ時から「魔法少女リリカルなのは」の舞台と同じかなって、
スタッフの間で言われてました。

海鳴市ですから、海辺の町です。

毛利さん曰く、およそ人口二十万くらいの小さな町とのことで、
いくつか候補を絞ったところ、自分の出した熊野市案が採用されました。

親戚がいるから取材しやすいってだけなんですけどね。
P1020514

実際に取材に行って現地の親戚に「人口二十万くらいいますか」と聞いたら
「二万人しかいねーよ」と笑われました。

とても小さな町で、カメラを構えて歩いているとなかなか風情が感じられました。
町の全景や海辺の風景、細かい街並みなんかはここの写真を使っています。

P1020642

P1020700

P1020671

あと、海鳴裁判所職員の熊野ちゃんの苗字は
たぶんこの町の名前から毛利さんがつけてくださったのだろうと思います。

●裁判所

裁判所の外観がけっこう難しかった。
東京地裁でも守衛さんにマークされまくってまったく撮影できなかったので、
事情は地方の裁判所でも同じかなと思ったのです。
どうしたもんかなと日本地図を見ながら頭を抱えました。

八王子の裁判所が移転前で、それを使おうかとも思ったのですが、
なんか、申し上げにくいのだけど、まるで絵にならなかった。

人口二十万都市の裁判所で、絵になる外観で、写真を撮っても怒られない
……結局、盛岡の裁判所を撮影することにしました。

当時、たまたま岩手県の盛岡に友達がいまして、
すごくいい人なのですが、数年ぶりで顔を合わせに行ったとき、
ホテルを盛岡の裁判所の近くにとりました。
盛岡は五十万人都市ですが、まあ、二十万も五十万もたいして変わらんでしょう。

いざとなったら不法侵入もありかなと悪辣なことも考えながら現地にむかったのですが、
意外にもここの裁判所は建物の撮影がフリーでした。
なんか普通に人が入って庭を見学している。

実はこの裁判所、有名な「石割桜」があるのです。

P1020479

浅田次郎の「壬生義士伝」の中で
盛岡藩出身の新撰組隊士、吉村貫一郎がこの桜について語るくだりがあります。
確か、盛岡の桜は岩を割って咲く、でしたか。
その桜がこの裁判所の中にあるために、絶好の観光スポットになっていまして、
それで敷地内でも撮影が出来たみたいです。

(訂正です。南部脱藩で南部の桜は岩ば割って咲く、でした。)

現地に行くまで知らなかったので、本当にたまたまなんですけどね。

P1020474

カメラのバッテリーが切れてしまったので、
友達と会ってる間は携帯で写真を撮るしかなかったです。
せっかくいろいろ案内してもらったのに残念でした。

V6010004

盛岡城址。
盛岡の人は信号をとても几帳面に守る、みたいな話をしながら
この辺りを歩いてた記憶があります。

以上です。
「裁判員の女神」をお持ちの方はもう一度読み返していただけると、
ああ、なるほどとご納得いただけるのではないかと思います。

2012年8月19日 (日)

夏目×ホームズ その2

その1から続く。

P1020592

日本の文豪、夏目漱石は、このシャーロック・ホームズの活躍していた時代のロンドンに
留学していました。
体格の立派な英国人たちの中で自分の小さな体に劣等感を抱き、
精神的に追い詰められていたのは有名な話です。

イギリスに留学しておきながら、本音のところでは西洋文明を嫌っていた漱石ですが、
その倫理観は同時代人のコナン・ドイルと同じで、ビクトリア朝の厳格さが感じられます。
ですから、漱石の作品などもシャーロキアンのやるのと同じように
「漱石作品の裏に潜むエロスを暴く」
なんてことが可能なのかもしれません。

実際、漱石作品には意外なほど生々しい描写が多い。
もし、漱石に現代人くらいはっちゃけた表現が許されていたなら、
どんな作品を書いていたのか、というのは結構楽しい空想です。

たとえば、作家の島田雅彦さんは漱石の「こころ」を下敷きに
「彼岸先生」というパロディ作品を書いています。
これは舞台を現代に置き換えたものですが、そうでなくても、
「こころ」という作品にはなにかしら強烈なエロスの匂いが漂っています。

「異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」

自分が初めて「こころ」を読んだのは中学生だったと思いますが、
この一文の生々しさにひどく驚いた記憶があります。

これは主人公の青年が先生と尊敬する人物に投げかけられたセリフで、
青年の行動原理を自分の経験から推測し、分析したものです。
文章が端正で理知的なので騙されますが、
漱石作品の登場人物たちは意外と動物的で生々しい行動をとります。

実際、漱石のまわりにはいろいろな分野の若者が集まっており、
そんな若者を観察しながら、漱石は
「なんでこいつらはうちに来てゴロゴロしているのだろう。」
などとしみじみ考えたのかもしれません。
それで、掌の上でそういう若者の心情をつきまわしてみると、
やはり若者の持つ性的な衝動、というところに落ち着いていきます。

そういう人間の動物的な部分を言葉で表現していくと、
その言葉に何ともいえずさびしい感じが生まれてきます。
漱石の作品には、明治人が近代化の過程でぶち当たった「自我」の問題があるとは
よく言われますが、そういう難しい言い回しをしなくても、
「ある日、人間という動物が自分のやっていることを言葉にしていたら、
そこに描き出された自分の姿がとても孤独だったので途方に暮れた」
でもいいのかもしれません。

ですから、そういう原理のもとに書かれた漱石の作品は、
本質的にはかなり「エッチ」なのではないでしょうか。
森鴎外とはそこのところが微妙に違うような気がします。
森鴎外は物語ですが、夏目漱石は「近代小説」なのです。

だいたい、「行人」という作品でもそうですが、
主人公の兄が自分の嫁さんの愛情を疑うあまり、
弟である自分と嫁さんを二人きりにして試す、なんてのは
やってる当人は大真面目でも、状況としては背徳的以外のなにものでもありません。
漱石としては肥大化した自我に押しつぶされた悲劇的な人間を描いたのかもしれませんが、
自分はこれをどうしても、兄の許可のもと、兄嫁と一夜を過ごせてドキドキだった話、
としか読めなかったりします。そして、それはそれでいいのかもしれないと、
この頃は考えるのです。

シャーロキアン風に考えるなら、
「弟はこの時、絶対に兄嫁に手を出していたに違いない、
ビクトリア朝風の厳格な倫理観に染まっていた夏目漱石は
当然そうあるべき流れを無意識にしろ意識的にしろ、回避してしまったのだ。
だいたい、嫁さんだって頭のいかれた兄に辟易して弟を誘っていた節がある。
この据え膳に手を付ける背徳は、格別だったに違いない。
たとえ兄がこの後、精神に崩壊をきたしたとしても、そんなのはただの病気。
物語の主眼はNTRにある!」
となります。

実際、漱石には「薤露行」というアーサー王伝説を元にした短編があり、
アーサー王の妃を忠実な騎士ランスロットが寝取るという筋書きになっています。
これには19世紀末のヨーロッパ芸術が美術にしろ音楽にしろ「不倫」を
題材にしがちだった、という事情も考えなくてはいけないでしょうが、
漱石の創作の根っこに「不倫へのこだわり」があったことは否定できません。

そういう下世話なエロ目線で夏目漱石の創作をながめると、
「坊ちゃん」のマドンナや「三四郎」の美禰子、
「虞美人草」の藤尾といった進歩的なヒロインを次々と生み出しながらも、
それに抵抗し、古き良き日本の女性へと回帰しようとする漱石の矛盾も気になってきます。
ヒロインを魅力的に描けた漱石は、進歩的な女性に魅力を感じていたはずなのです。
ところが、そういう自分を漱石は嫌って、彼女たちを断罪し続けます。
「虞美人草」に至っては嬉々としてヒロインを死に追いやっている。
小学生が好きな女の子にいたずらを仕掛けるのに似ていなくもありません。

漱石は本当はこのような進歩的な女性を無理やり組み伏せて
その洋装を剥ぎ取り、高慢な言葉を吐く口から男におもねるような言葉を吐かせ、
頭を畳にこすり付けて謝罪させたかったのではないのでしょうか。
マドンナは赤シャツごときに靡いた自分の不明を詫び、
美禰子は「ストレイシープ」と呟いた同じ口で「やっぱり三四郎さんがいい」と懇願し、
藤尾は死に際に「ホホホホホ」とヒステリー性の笑いに襲われながらも、
自らの傲慢さを反省し涙を流すのです。

本来はそうあるべきであった。けれど、現実の日本の近代化は
女性がそのような形で男に堕ちることを許さない。倫理よりは西洋文化がそうさせない。
だから漱石は彼女たち先進的女性たちがまっすぐに歩いていくのを見送るか、
藤尾のように殺してしまう事しかできなかったのかもしれません。

もちろん、ゲスの勘繰りなのですが。

自分は十年周期くらいで夏目漱石を読み返すのですが、今度はそいうゲスの勘繰りで
漱石を読んでみようかと思っているのです。

(写真について)
前回の写真は東京タワーのエレベーター、その天井部分でした。
今回の写真は三重県のとある海辺の町を歩いているときに、
店先で見つけた招き猫です。
招き猫は左右どちらの手を挙げているかで意味合いが違うと言いますが、
この写真だと「右が福」で「左が金運」みたいです。

これを並べて置いておく店の人はとてもお茶目だと思います。

2012年8月13日 (月)

夏目×ホームズ その1

P1040081

俗にシャーロキアンと呼ばれる人たちがいます。
熱狂的ホームズマニア、ホームズ愛好家など、いろいろ呼び方はありますが、
イギリスの生んだ名探偵シャーロック・ホームズをこよなく愛する方たちです。

シャーロック・ホームズは売れない開業医の若者がリンゴ箱の上で想像したキャラクターです。
なかなか客が来ないので、自分の恩師の風変わりな教授をモデルに、
長編小説を一本書き上げてしまった。それがホームズシリーズの記念すべき第一作、
「緋色の研究」です。

ときは19世紀末期、ビクトリア朝大英帝国。
インド帰りの軍医、ジョン、あるいはジェームズ・ワトソンは、
肩、あるいは足に負傷してロンドンに戻ってきます。
新しく住む部屋を探していたところ、友人から
「変人でよければ」
と、ルームシェアの相手を紹介されます。それがシャーロック・ホームズでした。
探偵業をなりわいとしているその奇妙な男は、ワトソンがインド帰りの軍人であることを
たちどころに見抜き、ワトソンを驚かせます。

……こうして二人の冒険の物語は始まるのですが、
この物語にはいくつかの矛盾が存在します。作者のコナン・ドイルが
作品掲載時の設定上のミスやトリックの不整合を修正しなかったからです。

普通の作品なら、単行本収録時の修正は当然行います。
しかし、シャーロック・ホームズシリーズの場合、ものが推理小説ですし、
あとでゴチャゴチャ修正するのはフェアではありません。
クイズの問題を出しておいて、あの問題はなかったことにして、とは言えません。

それにホームズ作品は一部を除き、すべてワトソンが友人シャーロック・ホームズの
素晴らしい仕事を紹介するという形をとっているので、
あとで修正したのではその仕掛けを台無しにする恐れもあります。
シャーロック・ホームズは実在する、その前提で語られているのに、
細かい設定を修正していたのでは作り手の作為が見えてしまうからです。

かくして、作者サー・アーサー・コナン・ドイルが間違いを修正しなかったために、
ワトソンにはジョンとジェームズという2つのファーストネームが存在することになり、
インド時代の負傷箇所が足だったり肩だったりと、コロコロ変わることになります。
結婚相手ですら、厳密に調べると二人存在することになるそうです。

こういう、作者のミスを調べ上げ、それをただのミスで終わらせず、
強引に理由付けをして楽しむのが、シャーロック・ホームズの愛好家たち、
「シャーロキアン」なのです。

まあ、ただのオタクなんですけどね。

それでも日本人が考えるオタクとはずいぶんスケールが違います。
なにしろホームズシリーズは「聖書の次に読まれている本」
と言われているくらいで、上記のようなワトソンの名前ネタなどは
ごく普通のイギリス人でも知っているはずです。
オタクの知識が一般常識のレベルまで普及しているわけです。


自分が高校生の頃、「ヤング・シャーロック ピラミッドの謎」という映画を観ました。
高校の授業の一環として、映画館を貸し切ってみんなで観たのですが、
その映画の冒頭で、
「この映画の最後に衝撃の事実が明かされるので、席を立たないで最後までご覧ください。」
というテロップが流れました。
当然、みんな期待します。きっとすごい驚きのネタが待っているのだろう、
もう本編なんてどうでもいいからとっとと最後のシーンを見せてくれ、となります。
(実際、本編がどんな話なのか忘れてしまった)
そしていよいよ最後のシーンなのですが、
「衝撃の事実」が明かされても、大多数の生徒がそれを理解できなかったようです。
明るくなった映画館の中で「今のどういう意味?」「わけわかんない」
「モリアーティって誰よ?」
というささやきが交わされていました。

当時、自分のクラスメートにシャーロキアンが一人いたのですが、
彼は当然、モリアーティが何者か知っていたので
「実はモリアーティとか古典的なネタだよね」
と笑っていました。

ホームズの宿敵といえばモリアーティ教授。これはイギリスでは一般常識なわけです。

日本人でシャーロック・ホームズを知らない人はほとんどいないと思われますが、
その細かい設定まで知っているのは少数派なのかもしれません。
けれど、イギリスやアメリカで作られるホームズの映像化作品は
その細かい設定をみんなが知っていることが前提なので、
その前知識がない人がこれを見るとすごく「オタクっぽい作品」に見えてしまいます。
まあ、オタクなんですけどね。

自分はこの1980年代中頃、NHKで放送されたグラナダ放送版の
「シャーロック・ホームズの冒険」を観ていたクチで、
今でもホームズと言えばジェレミー・ブレッドの端正な顔立ちを思い浮かべます。
もう、あれさえあれば他のホームズの映像化は必要ないとまで思っているのですが、
最近テレビや劇場で見るホームズ作品はあれに迫るくらい、よく出来ています。

BSプレミアムでやっていたBBC放送版の「SHERLOCK」は
現代を舞台にしたホームズとしてはかなりレベルの高いものだと思います。
携帯電話を駆使するホームズは新鮮で、その上、細かい設定がよく出来てます。
原作を知っていると滅茶苦茶面白いです。

あと、ハリウッド版のシャーロック・ホームズもありました。
あの第1作を観て、アイリーン・アドラー嬢の扱いに「おや」と思った
ホームズ・ファンの方たちは多いのではないでしょうか。

さて、ここからがやっと本題です。

アイリーン・アドラー嬢は短編第1作「ボヘミアの醜聞」に登場する女性で、
本編での出番はこの一遍のみです。

ホームズの生きた時代の英国はビクトリア女王の統治していた頃で、
この家庭的で潔癖な女王の影響で、イギリス人の倫理観が最高に高まった時代でした。
性的な放埓などは、この女王の前ではおくびにだって話題にできません。
本質的には下ネタが大好きなイギリス人ですが、当時は表面的には紳士風を装っていたのです。

そのビクトリア朝の倫理観とは真っ向から対立するような恋多き女性、
それがアイリーン・アドラーです。
彼女によってホームズは翻弄され、手痛いミスを犯します。
探偵としては致命的な失敗だったのですが、事件はかろうじて丸く収まります。
以来、ホームズは自分を手玉に取ったこの女性を「あのひと」と呼び、
その写真を持ち続けるようになるのです。
まあ、初期の作品ですので、ドイルも少しロマンチックな恋話を書いてしまった、
といったところなのでしょうが、シャーロキアンはそれで終わらせません。

「生真面目なコナン・ドイルは本当の話を書けなかったに違いない。」

というゲスの勘繰りを始めます。
彼らにとってシャーロック・ホームズは実在の人物であり、ドイルはそのキャラクターの
代弁者にすぎません。二次元萌えです。オタクの末期症状と言ってもいい。
そういう彼らにとってドイルは「ビクトリア朝の潔癖すぎるおっさん」であり、
「シャーロック・ホームズの真実の姿を捻じ曲げている」ことになります。

その結果、
「本当はホームズはアドラー嬢と出来てしまったのだ。」
というとんでもない「真実」が「あぶり出され」ます。
探偵が捜査対象と恋仲になるのは依頼主に対する裏切り行為です。
ですからホームズは仕事が失敗したなどという嘘をついて依頼主の目を誤魔化したのだ、
真実を知っているコナン・ドイルはそのような破廉恥な話を書けなかったので、
「アドラー嬢に逃げられた」という話にして体裁を取り繕ったのだ、と。

コミケに薄い本が出てしまいそうなノリです。

ハリウッド版のシャーロック・ホームズは、
この「シャーロキアンの妄想」をそのまま採用していたのでちょっと面喰いました。
おそらく、本国イギリスやアメリカなどでは
アドラーとホームズが実は特別な関係を結んでいた、なんてのは当たり前のネタなのでしょう。
(調べたら原作はコミックだそうです。さもありなん。)

続く

2012年8月 5日 (日)

ノリのいい文章

文章というのは書いているとどんどん勢いがついてきて、
しまいにグルーヴしながらテンションが上がっていくことがあります。
たとえば夏目漱石の「虞美人草」。
漱石はこのヒロインがよっぽど嫌いだったらしく、弟子に宛てた手紙の中で

「藤尾といふ女にそんなに同情をもってはいけない。あれは嫌な女だ。
詩的であるが大人しくない。道義心が欠如した女である。
あいつを仕舞に殺すのが一篇の主意である。」

とまで言い切っています。
実際、読んでいると最後のほうでどんどん文章がノリノリになっていって、
ヒロインを殺すあたりで漱石のペンがグルーヴしまくっているのがわかります。
初めて読んだときはゲラゲラ声を出して笑い転げました。
そんなに殺したかったのか、漱石。

意外なところで吉村昭さんも
あれだけ硬派な文体のくせにノリノリになることがあります。
映画にもなった「うなぎ」の原作小説は、
話が進むにしたがって気恥ずかしいくらいノリノリになります。

筆が走るといいますか、
作家さんというのは普段は文章にリミッターがかかっていて、
暴走しないように注意深く言葉を選んでいると思うのですが、
そういうタガが外れた瞬間にすさまじい勢いのある文章を書くことがあります。

もちろん、そういうノリノリな文章が失敗している例も多いのですが、
ばっちり決まると珠玉の名文が生まれます。

昔、実家の店のお客様で長期入院されていた御婦人がいて、
その方から吉川英治の「新平家物語」の愛蔵版をいただいたことがあります。
御存知の方もいらっしゃるでしょうが、吉川作品としては最長のもので、
文庫本でも16冊になるという恐ろしいものです。
まさに長期入院にピッタリ。(ちなみに三国志は8冊です)

この作品のラスト数ページの文章が自分が読んだ中でもっともノリノリな文章です。

連載だけで七年間、準備期間を考えれば十年以上はかかっているはずですので、
作家さんとしても万感の思いがあったのだとおもいます。
当時の吉川英治さんの原稿は、書き終ると夫人が清書していたそうですが、
その奥様がが清書しながらボロボロ泣いていたそうです。
まあ、文章の力だけでなく、そこまで積み重ねてきた時間というものも大きいのでしょうが、
それを差し引いても、かなり泣ける文章です。

写真のコーナー。

Photo

某雑誌掲載の絵葉書。
著者いわく、夏目漱石の「吾輩は猫である」の最初の方に出てきた
「猫じゃ猫じゃを踊っている猫の絵葉書」はこれであろう、とのことです。
画像検索をするとずいぶん古い雑誌であるにも関わらず、ホームページに載せて
おられる方が何人がいらっしゃいますので、興味のある方は
「夏目漱石 猫じゃ猫じゃ 閑古堂」で検索してみてください。

●追記

ちょっと不親切だと思ったので補足説明。

某誌1999年第7号掲載のエッセイ、「閑古堂の絵葉書散歩」からです。
著者は林丈二さん。
夏目漱石の「吾輩は猫である」の中に次の文章がある。

「やがて下女が第二の絵葉書を持って来た。見ると活版で舶来の猫が四五疋ずらりと行列してペンを握ったり書物を開いたり勉強をして居る、その内の一疋は座を離れて机の角で西洋の猫じゃ猫じゃを踊って居る。」

この文章の描写がやたら細かいので、必ずこの絵葉書は実在すると考えた閑古堂のご主人(著者)はイギリスに出向いた折、骨董市の古絵葉書屋さんで探したのだそうです。
もちろんある程度の目星はつけて。

「吾輩は猫である」が書かれた時期(1904年)に猫の絵で有名だったイラストレーターにルイ・ウェインという人がいたので、この人の作品を重点的にあたったそうです。
それで発見したのが上の絵葉書。発売時期もぴったり1904年です。

おそらく漱石は弟子からもらったこの絵葉書をそのまま作品に使ったのだろう、とのことです。

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