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2013年2月10日 (日)

迷信という名の処世術

自分はけっこう迷信深いほうである。

子供の頃、友人たちと自転車で川へ遊びに行ったのだけど、
目の前を黒猫が横切って、そこを五人が順番に通り過ぎた。

・最初の奴が自転車のペダルを踏み外して、足に怪我をした。

・次の奴も自転車でこけてどこぞを強く打撲した。(確か男の急所)

・その次が自分だったのだけど、川に落ちて友達に引き上げてもらった。

・その次の奴は、夜熱を出してえらいことになった。(期末試験の前日だった)

・最後の奴だけは何も起きなかったので、黒猫の呪いは四人までとなった。

それで今でも目の前を黒猫が通ると、その道は絶対に通らない。
親戚で黒猫を何匹も飼っている家があって、その家に泊まることになったとき、
呪われるのではないかと少し怯えたのだけど

「ここは道じゃないから大丈夫」

と自分を納得させて数日間をのりきった。
黒猫に罪はないと思うのだけど、世の中にはなにか不思議な「流れ」があって、
その「流れ」を読み取るための古人の知恵というのがあるように思う。


東京のラーメン屋で出前のアルバイトをしていたとき、
玄関前に棒で刺した鰯の頭をいくつも見かけた。

「ああ、これが鰯の頭も信心か!」

と、ちょっと感動した。故事熟語が生きて目の前に存在している。
名古屋ではついぞ見たことのない風習だった。

なんでも節分に柊の枝に鰯の頭を刺して戸口に置いておくと、
鬼が柊の棘と鰯の臭いを嫌って、家の中に入ってこないそうだ。
あの、恵方巻きなんてものが無理やりブームになる前は、こんな迷信も生きていた。

まあ、どう見ても「百舌鳥の早贄(もずのはやにえ)」で、汚い風習だったけれど。


飲み屋に入ると、その店のトイレを掃除する芸人さんがいる。
なぜそんなことを始めたの知らないけれど、
「金運」というのは、人様の使った便器を磨くことで高まるように聞いている。
お金が欲しければ、お金が入ってくる入口よりも、
お金の出ていく出口の方を大切にしなければならない。
トイレというのは、ある意味お金の出口の象徴なわけで、
ここを綺麗に掃除すると、物事がすらすらと流れ始め、
お金もずんどこ入ってくる。

もちろん、無報酬で無くてはならないし、
自分の家のトイレだと、効果は薄いかもしれない。


財布にも迷信がある。
「汚れて来たから買い換えよう」
と思っても、そうおいそれと財布は変えられない。
変な財布を使うと、運気が変わりそうな感じがするからだ。

昔、大須のアメ横で小銭入れを探していたら、
店のおばちゃんから財布と風水についていろいろ薀蓄を聞かされた。
「だからこの七色の財布を買いなさい!」
と、牛革の一枚作りの、端っこがなぜかレインボーカラーなのを薦められたのだけど、
あんまり悪趣味なので、別の奴を買った。

この財布との相性はとても良くて、
いろいろ幸運にも恵まれたのだけど、
10年も使い込むとさすがに穴が開いてきたので、
同じようなのを大須のアメ横で探した。
まったく同じものの新品が欲しかったのだ。

けれど10年も経つとあの店もおばちゃんもどこぞに行ってしまっていて、
途方に暮れた。
怪しいジャンク屋っぽかったアメ横ビルも、なんか小奇麗になってしまって、
その綺麗さが御利益を損なっているようで、結局財布を買うのをやめた。

縁起物はごちゃごちゃした怪しい店で買いたい。
胡散臭いおばちゃんの薀蓄が聞ければ、なお最高である。


部屋に人形を飾る時、人形同士を向い合せにしてはいけない。

実家の食堂で、店のテレビの上に木彫りの大黒様があったのだけど、
それと反対側の壁にも、えびすと大黒の人形があった。
ちょうど店のテーブルを挟んで、にらみ合う形になっていた。

ある日、客のいる時間にテレビの上にある大黒様が何もしないのに落っこちた。
一本作りの大黒様は、腕と小槌のところがポッキリと折れて、
もったいないことになった。

その当時のお客さんで、小さな神社の神主さんがいたのだけど、
「人形同士を差し向かいにしたから、喧嘩して木彫りの方が負けたんだよ」
と、当然のことのように解説した。
神主さんの話は本当かどうかは知らないけれど、
人形同士が喧嘩するというのは、なんかありそうなので、
それ以来、部屋に人形を飾るときは、その視線の先をチェックして、
人形同士がガンの飛ばし合いをしないように気を付けている。


世の中には人知の及ばない、不思議な法則が働いている。
大切な人の背中はこっそり拝むものだし、
不埒な輩に不快な思いをさせられても、
じっと耐えて、悪い運気を持って行ってもらう。
捨て台詞は必ず自分に返ってくるから、
むしろ感謝の言葉をのべて、先々自分に返ってくるのを楽しむ。

年寄り臭い迷信の数々だが、人生の経験値が上がるほどに、
「昔の人は偉いな」と感心させられることが多くなってくる。

今さら上手に生きようとは思わないが、
こういうカラクリを見極めてみたいものだとは、ちょっと思っている。

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上野の西郷さん。
梅原猛さんが著作の中で、日本には亡ぼした相手の祟りを畏れ、
神に祭り上げる傾向があると指摘している。
西南戦争で死んだ西郷さんを上野の山に鎮座させるのは、
何かそういう迷信的なものが関係しているのかもしれない。

明治天皇が西郷さん大好きだったのが大きいだろうけど。

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