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2013年4月

2013年4月29日 (月)

「ゴーゴー悟空」~替え歌復活~ その2

70年代後半のテレビマガジンに掲載されたパロディ漫画「ゴーゴー悟空」。

講談社のテレビマガジンは、当時黄金時代を迎えつつあった特撮を中心に、
ロボットアニメなどもからめながら、話題作の情報をいち早く子供たちに伝える、
とても楽しい雑誌だった。その中に漫画は数本のみだったと思うのだけど、
自分は「ゴーゴー悟空」の超絶テクニックの絵と、そのパロディ精神に夢中になっていた。

連載終了後に一巻にまとまった単行本を買って、暗記するほど繰り返し読みふけった。
よく本がボロボロになるほど読みふけるという言葉を使うけれど、
現在手元にある単行本は、かろうじて原型を保っている状態で、
カバーは無くなっているし、弟だと思うけど、人物紹介がクレパスでカラー化されている。
紙の酸化も凄まじくて、スキャニングできれいになってるけど、実際はまっ茶色である。
こうして時の流れの中、忘れられていく漫画は数多いのだけど、それじゃ勿体ない。

僕は実はこのマンガ、オタク史的には結構重要なのではないかと思っている。

 

Img031_4

「ゴーゴー悟空」は単行本の奥付を見ると1977年の出版になっています。
この時代にはまだ「オタク」なんて言葉はありませんし、漫画やアニメをパロディにする、
同人作家と言うのも、それほど注目されていなかったような気がします。
自分が同人の存在を強烈に感じたのは「機動戦士ガンダム」がブームになってからで、
ラポートの特集本でパロディのガンダム漫画を読んだあたりでした。

くどいようですが、当時は「オタク」なんて言葉はなくて、
ガンダムに夢中になっていたのはクラスの中心にいるようなやんちゃな連中でした。
そんな連中の一人が実家が喫茶店で、そこにクラスの何人かが集まって、
「これが無茶苦茶笑えるんだ」
と言って回し読みしたのが、パロディのガンダムでした。
ですから、自分の体感的には、ガンダムからオタク文化が始まったような感じがします。

じゃあ、それ以前はそういうパロディはなかったのかと言うと、そんなことは全くなく、
商業誌上では、のちの同人ブームにつながるような作品がいくつか発表されていた。
僕は、「ゴーゴー悟空」はそんな中でもかなりレベルの高い作品だったと思っています。

まあ、御託はこれくらいにして、本題です。

今回の替え歌は「キャン○ィ・キャ○ディ」です。天下の名曲。
当時の子供たちは学校でもこれを合唱で歌う機会があったりしたので、
たいてい一番くらいは歌えたものです。
替え歌の条件は、大勢の人間がその歌を知っていることなので、
この曲なんかは替え歌にはうってつけでした。
実際、名曲ほど無数の替え歌が生まれるものじゃないでしょうか。

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こちらでヤバイところに墨をいれてます。冒頭が替え歌になってない。

ところで、
このアニメ界の超ヒットソングを歌ったのは、アニソン界の女王と言われる、
あの堀江美都子さんでした。

彼女は絶大な歌唱力と美声を持った歌い手なのだけど、
この当時、なぜか「宇宙鉄人キョーダイン」という特撮ものに出演したりしています。
しかもヒロイン役で。
自分は結構好きで毎週欠かさず見ていたのだけど、人気もかなりあったと思う。

この作品は講談社でもコミカライズされていて、その作画を担当されているのが
実は成井先生だったりします。。
「キョーダイン」は著作権が石ノ森プロで一本化されているので、現在でも入手可能です。

61ra7atchdl_bo2204203200_pisitbst_4                        成井先生の作画は上巻のみです。自分はグランぜルが好きでした。  

「キョーダイン」には、当然堀江美都子さんも成井キャラとして登場するのですが、
そのキャラクターはそのまま「ゴーゴー悟空」でも流用されて、
観音さまとして出演しています。立ち位置的には完全にヒロイン。

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実在の人物なので最初はきれいなお姉さんとして描かれていたのに、
物語が進むにつれてどんどん扱いがひどくなってくる。

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こちらは古典的なネタ。

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なんとなくご本人の人柄だと笑って許してくれそうな気がします。

2013年4月26日 (金)

「ゴーゴー悟空」~替え歌復活~

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子供の頃、おばちゃんの「タバコ屋」で小学館の学習雑誌と、
講談社のテレビマガジンを買って読んでいた。
七十年代の終わりごろで、テレビの世界では特撮やロボットアニメの黄金時代。
カラーページの多いこの雑誌は自分にとって教科書より大切な情報源だった。
自分がテレビマガジンをいつ頃から買っていたのか、よく覚えていないけど、
少なくとも「怪傑ズバット」が初期設定では白かったことを覚えているので、
あの頃には既に買っていたことになる。
(放送が始まったら赤かったので驚いた)

このテレビマガジンに連載されていたのが、アニメ特撮パロディの金字塔、

「ゴーゴー悟空」

だった。
なにせ現在ほどパロディについてうるさく言われなかった時代なので、
替え歌あり、キャラクターの二次使用ありで、ずいぶん楽しいことになっている。
デビルマンやダンガードA、テッカマンや忍者キャプターが、一つのコマで戦っている。
マンガ世界のドリームチームと言おうか、このノリは子供にはたまらない。

特に自分は、このマンガの替え歌が大好きだった。替え歌はパロディの神髄だと思う。

ドリフターズの「8時だョ!全員集合」で、志村けんが、
♪カラースなぜ鳴くの?カラスの勝手でしょー
と歌った時、日本中の子供たちが腹を抱えて大笑いをし、志村の真似をした。
中には眉をしかめる親もいたし、PTAも激怒したと記憶しているけれど、
そういう大人でさえついつい歌ってしまうくらい、このパロディはよく出来てる。
志村、天才じゃね?って本気で思う。

そういう替え歌の文化が、著作権問題で表に出てこないというのは、
ちょっとさびしいなと思う。
パロディ大好きの日本人の笑いの精神がそこにはいっぱいつまっているのだから。


「ゴーゴー悟空」はアニメ特撮の替え歌の宝庫である。
もちろん、本歌取りだから元の曲を知らないと面白さが伝わりにくいと思うけれど、
とりあえず、これなんかは「ボルテスV」と「宇宙戦艦ヤマト」を知ってればOK。

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最後のオチは映画「八甲田山」で北大路欣也が絶叫していたセリフ。
当時映画のCMで使われて流行語になっていた。

「ゴーゴー悟空」はその名の通り、中国の古典「西遊記」のパロディだ。

悟空が三蔵一行と天竺を目指すという基本ストーリーが、
最終的にヒーロー対悪の一大決戦に発展するというハチャメチャコメディなのだけど、
成井紀郎先生の卓越した技量もあって、絵的にも美しい作品になっている。

著作権の問題で完全復活が難しい作品だけど、
数回にわたって、ここで紹介させていただければと思う。

著作権者のクレームがあれば削除します。(当たり前だけど)

2013年4月22日 (月)

絵の話

技術的な話というのは興味のない人には結構つらい。
むかし、ベトナムで反転印刷されたドラえもんの単行本が売られていて、
それをドラえもんマニアの担当さんが嬉々として買ってきたのだけど、
見せてもらったら、デッサンがまったく崩れていなかったので、すごく感動した。
(ベトナムとかタイの漫画は日本とは逆で左開きなのだ)
反転されて正視に耐える絵というのは、かなりレベルが高い。

そのことをしきりに「すごいすごい」と興奮気味に話していたら、
まわりの人が少し困った顔をしていた。

普段絵を描かない人には本当にどうでもいい話なのである。

ここはブログだから好き勝手書けばいいと思うけれど、
まあ、いちおう「うざい話である」ということは最初に謝っておこうかなと。


 1.下書き

基本的に絵なんて好き勝手描けばいいだろうと思うのだけど、
自分のような「天才でない人間が天才っぽい絵を描く裏ワザはないか」と、
アホなことを追及してきた人間には、それなりにアホの蓄積がある。

たとえば、人間を描くとき、
いきなり目から描き始めるのはタブーである。
いろいろ理由はあるけれど、一番の問題は、眼球がクルクル動くので、
それに引きずられてデッサンが複雑になるからだと思う。

むかしアシスタント先で人間をどこから描き始めるのかという問答になったことがあって、
輪郭とか、鼻とか、皆さんがそれぞれにこだわりがあって、なるほどなと感心した。
基本、動きのない安定した部品をしっかり頭に叩き込んで、そこから絵を描くというのが、
一般的であるらしい。

だから先生が「眉毛から描き始める人を知ってますよ」とおっしゃったときは、
ちょっと悩んだ。でも眉毛を形として確立させれば、案外いい手かもしれない。

そういう自分は、実は目から描き始めるオッチョコチョイである。

これは最初に書いた理由で、きちんとデッサンをしようとするとあまりいい手ではない。
しかし、例外はあって、徹底的に目の形を頭に叩き込んで、
上向きの目も下向きの目も、流し目も閉じた目も、すべてそれ一個として完璧に描ければ、
デッサンは崩れない。当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

小林まこと先生が何かのインタビューでおっしゃっていたけど、
目だけをひたすらスケッチブックで描きまくったことがあったらしい。
すごい先生はすごい勉強をしている。

で、自分も目だけをひたすら描きまくったけど、

「女の子がかわいくならない」

という理由で早々に脱落しそうになった。
きちんとデッサンした目を描くと、たいてい目つきが悪くなる。
特に下まぶたを描きこむと、かわいらしさが80%くらい死ぬ。(当社比)

結局自分はこの問題で回答は見つけていないのだけど、
ただ、右目は右目っぽく、左目は左目っぽく、この二つの位置がバランスよく描ければ、
デッサンは比較的楽になると思う。

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大人になるとパンツがひたすらかわいいアイテムに思えてくる。
いやらしい意図はまったくない。


 2、ペン入れ

アナログなペン入れはそのうち無くなるかもしれない。
この十年間でも、ゼブラの職人さんが退職してGペンが生産できなくなったことがあった。
慌てて池袋のパルコやらロフトに行ったけれど、見事に買い占められていた。

その後、職人さんが復職したか何かで、生産は安定して続いているようだけれど、
長い目で見れば、十年先も二十年先も、漫画をペンとインクで描いているというのは、
ないのかもしれない。

若い人は積極的にタブレットに手を出しておいた方が無難だと思う。

自分は原稿用紙に丸ペン、あるいはときどきGペンでペン入れをしているけれど、
これはタブレットが使いこなせないからで、もうちょっと早く生まれていて、
お金に余裕があったら喜んでタブレットを使っていたと思う。

ペン入れは実はけっこう難しい技術だと思う。
絵を描くというよりは、ノミで彫刻を彫るという感覚の方が近いんじゃないか。
ただ、それだけに技術をマスターすると立体的な、それこそ紙の上に彫刻があるような、
滅茶苦茶カッコいい絵がズコンと浮かび上がってくる。

自分もプロの人の完成原稿は何度も見る機会があったし、
実際にプロの原稿のアシスタントもしていたわけで、
絵が紙から浮かび上がって見える「超感覚」は何度も味わっている。

ナマの線の生命感とか、色っぽさというのは、印刷ではかなり消えてしまうけれど、
例え見えなくなっても、そのナマな感覚が漫画家さんの絵の色気になっているのは、
間違いないと思う。

自分もそういう線がひけたらいいなと切実に願っているけれど、
画材が安定供給されない可能性というのは、どうしても頭においておかなくちゃならない。
だから、タブレットに乗り換えられるものなら、乗り換えたい。消極的に。

で、ペン入れなのだけど、
自分は目から下書きを描くけれど、ペン入れは下あごからの方がいいんじゃないかと、
ちょっと思う。
物体の下のラインを引いて、上のラインを引いて、
顔面という物体を確定させてから、そこにえぐり込むように目を彫り込む。

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スキャナで取り込んだもの。

1980年代から漫画の背景の超リアル化現象というのが起こって、
必然的に人物の絵にも立体感が要求されるようになった。
自分も最初に入っていただいたアシスタントさんが超絶リアル指向だったので、
引きずられて、絵を立体的に描かざるを得なくなった。
自分の漫画を知ってる人は、ここで、「ああ、だから顔が伸びたのか」とか、
「茶筒みたいになったのはそのせいか」と考えるかもしれない。

まあ、その通りなのだけど。

今まで目を描いていたつもりだったのが、ただ目の記号を描いていただけで、
瞼とか、頬の肉とか、「絵の白い部分」も描かなきゃいけないんだと悟った。
だから、白い部分をペンで浮かび上がらせる、彫刻みたいなペン入れになる。

今まで意識していなかった土台の部分が急速に表面化したので、
それが「茶筒化現象」を引き起こしたのではないかと思う。
自分で分析するとすごく馬鹿みたいだけど。

この点は、若い人の方が感覚的に分かってるような気がする。
なにせ、子供の頃からフィギュアを手に取ってその立体感を知っているのだから。
自分はせいぜいミクロマンで遊んだくらいのもんだ。この差は大きい。

で、顔が終わったら体なのだけど、上の理由により、
おっぱいは下乳、お尻は下尻と、物体の下からペン入れして、それに合わせて、
蓋をするように上のラインを乗っけるのが良いと思う。
見本の絵だと、膝小僧とか肩とか、頭頂部なんかは最後にペン入れをしている。
上から順番にペン入れをしていくと、重力を感じない絵になるように思う。


 3.色塗り

色塗りは自分が偉そうに語れたことではないのだけど、
コミックスタジオだととりあえず部品ごとに色をぶち込んだベースを作って、
それを少しずつ細かく調整していく感じ。

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肌なら肌のレイヤーを作って、影を作る場合はそこにブラシで影を塗るか、
肌のレイヤーを複製して、色を濃い目に調整してからひたすら削る。
削ると下の元の肌色が出てくるのでなんか立体を作り出す感じがして楽しい。

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背景は柄のスクリーントーンの色を変換して貼り付けてるだけ。

Photo

これで完成。案外時間はかかっていない。

実はこれを使ってブログの看板を作ろうと思って、
実際それらしいものをこさえるところまではやったんだな。

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でもいざこれをネット上にアップしようとしたら、全然反映されなくて、
悪戦苦闘したのだけど、結局わからなくて、
完全に投げ出してしまった。

絵でも入ればブログが華やかになるんじゃないかと思ったけれど、
(あと、自分がただ女の子をかわいく描きたいタイプの人だとわかってもらえるかなと)
なかなか世の中思い通りには運ばないもんさ。

2013年4月19日 (金)

名古屋ローカル

 1

名古屋のローカルの番組で、「天才クイズ」というのがあった。
小学生の子供たちがボーイズチームとガールズチームに分かれて、
○か×かでクイズに答えていく。

「アメリカの首都はニューヨークである。○か×か!」

舞台中央の博士の人形(上半身のみで、でかい)が出題する。
子供たちは両手に持った○の帽子か×の帽子かのどちらかをかぶる。

「答えはっ!ノーーーーーーーーっ!」

博士が高らかに判定を下し、間違えた子供たちはその場に座ったのだと思う。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」の子供版……というか歴史的にはこっちの方が先だ。

確かCBC放送でチャンネルは5チャンネル。土曜日の五時半に三十分の番組だった。

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小学校の低学年の頃は、この番組や「マゴベエ探偵団」なんかは見ていたと思うけど、
裏番組がアニメの「ザンボット3」だったり「ダイターン3」だったりしたので、
自然と見なくなっていった。

そんな小学校4年生の時、クラスの男子が回答者として出演するというので、
担任の美人先生とクラスの何人かで応援に行くことになった。
公開収録というやつだ。

美人先生というのは、新任一年目の澤先生で、本当に美人だった。
自分のイメージする美人のイメージは、半分くらいこの先生じゃないかと思う。

自分は友達の応援というよりは、美人先生と課外授業だ!やったー!って感じで、
すっかりご機嫌であった。

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友達は番組開始早々に脱落した。

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番組収録後、ステージの近くまでみんなで降りていって、
その友達を慰労したのだけど、
その時、テレビのセットをかなりまじかで見て、
博士の人形の巨大さにちょっとびっくりした。
収録後なので、静止したままウンともスンとも言わないのも不気味だと思った。
中に人間が入って動かしていたわけで、当然そうなる。

収録現場を直接見てしまうと、やっぱり愛着が湧いてくるので、
それから一年くらいはこの番組をもう一度観るようになった。
おかげで、自分は裏番組の「機動戦士ガンダム」をリアルタイムで見ていない。

以上が小学校四年生の終わり頃の話で、それから何年か時間が飛ぶ。

高校生の時に運動会の準備で巨大な張りぼてを作ったのだけど、
なんつーか、木材で骨組みを作って、表面を新聞紙で重ね貼りしたんだと思う。
全高2.5メートルくらいの鬼太郎で、バレーボールの目玉の親父を肩に乗っけた。
夜遅くまで残って、内部でさだまさしファンの近藤君と
「恋愛症候群 -その発病及び傾向と対策に関する一考察-」
を歌いながら作業していた記憶がある。……よくこんな早口言葉みたいな曲を歌えたな。

で、その巨大鬼太郎が名古屋の人なら大体知ってる「天才クイズ」の博士っぽいよね、
という話になったとき、クラスの男子で寡黙な優男がいたのだけど、その子が、
「あの人形の中、うちの親父」
と言い出して、クラス中が「えーーーー!」と大騒ぎになった。
発言した本人が、クラスの反応にびびっていた。

自分は目の前で彼の親父さんが博士の頭をクルクル回し、口をパクパクさせていたのを、
実際に見ていたわけで、なんか、世間て狭いよなと妙な感慨にふけった。
いや、実際名古屋って小さいんだけどさ。

「天才クイズ」はその後も放送は続いていて、
21世紀の初頭までは同じチャンネルの同じ時間にやっていたようだ。
名古屋ローカルの番組というのは、中京テレビの「お笑いマンガ道場」とか
NHK名古屋の「中学生日記」とか、
全国区で有名なのもあるけど、「天才クイズ」は中部圏の人しか知らないかもしれない。


 2

「中学生日記」といえば、クラスの女の子が出演したことがある。
中学生日記だから中学生の頃の話だ。
突然、テレビに出るよとクラスで発表して、
それまで彼女がそんな裏稼業をやっているとは知らなかったので、驚いた。

この女の子は新体操部で、ピンクのレオタードを着ていたように思う。

当時、部活の時間になると体育館の半分を卓球部が占拠し、
残りの半分を剣道部と新体操部が使っていた。
剣道部が「わーーー!」って感じで打ち込み稽古をした後、
その同じ場所でピンクのレオタード軍団がボールを持って踊りを始める。
自分たち剣道部は面をつけたまま、彼女たちが踊るのをじーーーーっと見ていた。
普段セーラー服を着ているクラスの女の子が、きわどい恰好できわどいポーズを取るのは、
そりゃあ、ドキドキものなわけで、見るなという方が難しい。
面がね越しだからわからないだろうと思っていたけれど、
後で聞いたらしっかりバレていたらしい。

この新体操部はやたらかわいい女の子が多かったのだけど、そのうちの一人が、
「中学生日記」に出演するのだという。
「そんなもん、見ねぇよ」
なんて興味のないふりをする男子が多かったけれど、たぶんみんな見たはず。
自分もしっかりテレビで観てる。

彼女はその番組のその回の主役であった。
親との関係が微妙にこじれる、みたいな話だったと思う。
けれどそんなことより、ドラマの中で突然自分の中学校の体育館が現れ、
彼女がうちの中学の体操服を着て平均台に登るシーンが挿入されたことに驚いた。

クラスの女子がテレビでヒロインやってるってのも、ずいぶん不思議な感じだったけれど、
自分が日常的に見ていた風景がブラウン管に映し出されるというのは、
かなり奇妙な感覚だった。

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放送後も、彼女は別に女優ぶるふうもなく、普通に女子生徒を続けていたので、
なんだか自分がテレビで彼女を観たのが夢か何かだったのかという感じがした。

以上、名古屋ローカルのテレビのお話でした。

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古い写真を漁ってみたけど、名古屋駅のナナちゃん人形。
名古屋駅で待ち合わせというと、
「じゃあナナちゃんの下ね」
という感じでよく利用していた。

ちなみに、名鉄セブンの前だからナナちゃんて名前だったはず。

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毎度、いろんなコスプレをして名古屋人の目を楽しませる。
中日ドラゴンズが優勝すると、中日のユニフォームを着てくれるし、
夏は浴衣や水着、クリスマスはサンタのコスチュームである。

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で、定番の味噌カツ定食。
名古屋にいるときはほとんど食べなかったのに、
たまに寄ると寿がきやとか味噌カツとか、
名古屋っぽいものが無性に食べたくなる。
東京生活で失われた名古屋人のアイデンティティーを取り戻すためかもしれない。

2013年4月 8日 (月)

女流ピアニスト

エレーヌさんというピアニストがいる。
フランスの女流ピアニストで、年齢は自分とほぼタメ。

すばらしい美人さんである。

フルネームを書くと検索エンジンに引っかかってしまうので、
ここではただ「エレーヌさん」としておく。

昔、学生時代にエアチェックしたエリザベート・レオンスカヤのピアノ演奏、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番のカセットを紛失するという事故があった。
ライブだったので、CDではもう手に入らない。
秋葉原の石丸電気(海賊版も売ってた)で散々探したのだけど、ない。
それじゃあ、他の演奏でとなると、どれもいまいちピンとこない。

そんな中、自分が「これなら」と思ったのが、エレーヌさんのピアノ演奏だった。

彼女がカナダかどこかで狼と共同生活をしていたころのCDで、
インナージャケットが狼と戯れるエレーヌさんの写真になっている。

すでにこの辺でユニークな人である。

そして肝心のピアノ演奏なのだけど、気持ちが楽器の音に乗ってる感じで、
聴いていて直感的に伝わってくるもののある演奏だった。
ピアノの専門家に言わせると、音色やタッチが濁っていて駄目という人もいるけど、
まあ、自分にはどうだっていい話だ。

問題なのはこのベートーヴェンのCDの、いわゆる緩徐楽章である。

オーケストラの音が静まり、ピアノのトリルが怪しく響き渡る。
そこで、かなり露骨に「ハア、ハア」と艶めかしい声が聞こえる。
ちょっと、ドキッとする。

自分はこういう演奏者の音にはかなりこだわらない方で、
名ピアニストのグールドさんがモーツァルトで鼻歌を始めても、
汗っかきの指揮者、スヴェトラーノフの演奏で納涼用の扇風機の音が聞こえても、
それも演奏の一部だよと聞き流すことが出来る。

けれど、エレーヌさん(美人)の喘ぐような声は、ちょっとたまらんなと思った。
なんか男性としてはムズムズしてくる。
しかもこれ、同じアルバムに収録されているソナタの方でも喘いでる。
レコード会社がオヤジ客を釣る為にわざとやってんじゃないかとも邪推してしまう。

でもこのアルバムに関しては、エレーヌさんの演奏は素晴らしく良いので、
あの声が入ってないバージョンも欲しいなと、ヘッドホン派の自分は思った。
もちろん、入ってる方は入ってる方で貴重なのだけど。

日曜の朝、新聞のテレビ欄を見ていたら、N響の定期でソリストが彼女になっていた。
ここ数年、絶世の美人ピアニストということで、ハイビジョン映えする彼女は、
日本の音楽番組に出る機会が多くなった。

漫画家も演奏家も、声優さんもプロのスポーツ選手も、
何でもかんでも美形がもてはやされる時代である。
特に漫画など、描いている当人のことなど作品とは関係ないと思うのだけど、
編集さんと話をすると、読者はそれも含めて作品だと思ってるんですよ、
と言われる。

自分もデーモン小暮閣下みたいなメイク素顔で、
「わははは」な性格だったら、単行本もずいぶん売れるのかもしれない。

しかし、エレーヌさんは持って生まれた美人さんという資質に割と無頓着な感じで、
それよりも豪快にピアノを鳴らすことに集中しているように見える。
この日の曲目も、ブラームスのピアノ協奏曲第2番で、
女性にこれを演奏させるか、というような大曲である。
エレーヌさんには1番の方のCDが既に出ていて、これも好評だったのだけど、
2番はさすがにしんどいんじゃないかなと、下世話な感じでテレビを見ていた。

例によって日本酒をちびちびやりながら大河ドラマを観て、
それから教育テレビの方に流れる。
2時間たっぷりクラシックというのは、NHKならではの骨太な企画。
ネットの実況の方も並行して見ていたのだけど、
エレーヌさんが登場すると、美人だーきれいだーでも老けたーの大合唱。
例の調子で豪快にピアノを鳴らし始めると、すげー男前ー指長げー
と、よくわからない合いの手が入る。

ブラームスのピアノ協奏曲第2番といえば、
通常3楽章の協奏曲の型をやぶって、4楽章構成で演奏時間50分の巨大さである。
演奏はあらゆるピアノ協奏曲の中でも屈指の難しさのはずで、
当のブラームス本人がソリストとして演奏したときも、
けっこうミスタッチだらけだったらしい。

そんな難曲中の難曲なのだけど、
骨太な演奏で見事に弾ききった。
けっこう長い曲なのにあっという間に終わってしまった。
この集中力は大したものだと思う。

N響との演奏はここまでで、
余った時間は過去のエレーヌさんのソロの演奏という事になった。
曲はモーツァルトのソナタのCDに収録されていたバルトーク。

収録日のまるで違う演奏なのだけど、
着ている服がブラームスの時と同じだ。
あれ?と思って実況を見ると、
さすがに皆さん気が付いて、一張羅だー貧乏だーでもそこが素敵ー
と受けている。

気取らない美人さんというのは、男から見ると最高に魅力的なのだ。

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自分の好きなジャケット。
ラフマニノフの協奏曲2番。

いろいろ失礼なことも書いているので、検索エンジンに引っかからないようにしてるけど、
もし熱狂的なファンの人でここまで流れて来てしまった人にはゴメンなさい。
でも自分はかなり好きですよ、彼女のピアノ。

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