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2013年5月

2013年5月29日 (水)

オタク系作曲家

またオタク的な話題です。

クラシックの世界で、オタクと言えばドヴォルザークでしょう。
チェコ出身の作曲家で、有名な作品に「新世界交響曲」があります。
これは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に出てきているくらいで、
第二楽章の「遠き山に~日は落ちて~♪」とか、第四楽章の冒頭部分なんかは、
知らない人がいないんじゃないかってくらい有名です。

その第四楽章の冒頭が「だーらん、だーらん、だらだらだらだら」と始まるところは、
機関車が動き始めるような躍動感があるのですが、
その直感は大当たりで、ドヴォルザークは重度の鉄道オタクだったりします。

家の近所を走る鉄道の車体番号を知っているくらいは当たり前、
わざわざお弟子さんに駅まで確認に行かせることもあったそうです。
アメリカに音楽教授として招聘された時も、
「アメリカの機関車に乗れる」
という理由で応じたんじゃないかと疑われています。

そんなドヴォルザークの作る曲は低音の反復が多く、
腹にズンズンきます

ズンズンズンズンズンズンズンズン

なんだか汽車に乗ってるみたいです。
そう思って聴くと、有名なチェロ協奏曲とか、ピアノ三重奏曲ドゥムキーとか、
みんな汽車ポッポに聴こえてきます。
個人的には管楽セレナードの第三楽章は絶対汽車ポッポだと思っています。

ドヴォルザークの曲は現在でもかなりポピュラーなのですが、
その理由は、彼の音楽が鉄道時代のスピード感とリズムを持っているからかもしれません。
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作曲家でありながら作曲家オタクだった人物にブラームスがいます。
ドイツのハンブルグ出身の作曲家です。
ハンブルグは、ドイツ屈指の港湾都市で、船乗りたちが大勢集まり、
巨大な歓楽街が発達していました。
あのザ・ビートルズがデビュー前に修業したのもこのハンブルグで、
ジョン、ポール、ジョージ(実は未成年)スチュアート、ピートが、
飲んだくれの客を相手にロックを演奏し、喧嘩に明け暮れていました。

ブラームスが十代の頃も事情は大して変わらなかったはずで、
この金髪の美少年は、飲み屋で酔客や踊り子を前にピアノを演奏していました。
後年、ブラームスは自分の暗い過去を完全に抹殺してしまったので、
この時代にどんなことがあったのかわからないのですが、
まあ、美少年ですから、踊り子たちにさんざんからかわれたり、
可愛がられたのではないかと思います。

そんな貧乏なピアノ弾きの少年にとって、ベートーヴェンやモーツァルトは、
憧れのヒーローでした。
「僕もいつか、ベートーヴェンのような大作曲家になるんだ」
この想いが高じて、ブラームスは本当にベートーヴェンのような大作曲家になります。

それは、彼の第1交響曲が「ベートーヴェンの第10交響曲」と言われたとか、
そういう高尚なレベルの話ではなくて、
実際にベートーヴェンが住んでいたウイーンの街に住み、
ベートーヴェンのように腕を後ろに組んで歩き、
ベートーヴェンの通っていた「赤いハリネズミ」というレストランで食事をし、
ベートーヴェンのようにコーヒーを飲みまくったという、
マニア的なレベルの話だったりします。

ブラームスははっきり言って、重度のベートーヴェンオタクだったと思います。
01
このオタクさんは巨匠の楽譜の収集という趣味も持っていまして、
恩師シューマンのピアノ五重奏曲とか、モーツァルトの40番交響曲、
果ては宿敵(とみなされていた)ワーグナーのラインの黄金の自筆草稿まで
コレクションしていました。

過去の巨匠の音楽を研究し、過去の巨匠の創造した形式で音楽を書き、
大作曲家のコスプレまがいの格好をして歩いたヨハネス・ブラームスは、
ある意味、究極のオタクだったと自分は考えます。

ブラームスは青年時代に大作曲家のロベルト・シューマンに会いに行っています。
大作曲家になるという夢を持ったブラームスは、このドイツ楽壇の有名人、
作曲家にして音楽批評の論客、女流ピアニストのクララ・シューマンの旦那と会って、
自分の音楽を知ってもらおうと考えたわけです。

1853年、9月30日のことでした。
ま、留守だったんですけどね。
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04_2 シューマン家の長女はこの時のブラームスの印象を
「太陽のように美しい人」
と表現したそうです。
青年というよりはまだ少年という感じで、しかも印象的な青い瞳の持ち主でした。

まあ、シューマン家を訪れる新人作曲家は山のようにいたでしょうから、
クララもシューマンも大して気にも留めなかったかもしれません。

翌日、10月1日に再びブラームスはシューマン家にやってきました。
金髪で小柄な、太陽のように美しい青年です。

シューマンはブラームスを家の中に通し、ピアノの前に座らせます。
ブラームスは自作のソナタを演奏し始めました。
すると、その頭のところを聴いたシューマンは顔色を変えて立ち上がります。
「クララに聴かせなきゃ」

それは来たるべき、未来の音楽でした。シューマンにはそう思えた。
ショパンが死に、メンデルスゾーンも亡くなって、
前期ロマン派はいよいよ数年後のシューマンの死をもって終わりを迎えます。
この時期は音楽の空白時代だったと言っていい。
そこへ降ってわいたように新しい時代の音楽が現れたわけで、
シューマンの驚きと感動は想像を絶するものがありました。
普段は寡黙で、かなり気難しい人なんですけどね。
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06 この日からブラームスはシューマン家の大切な一員となります。
ブラームスも最初は遠慮していたのですが、
シューマン家の子供たちはかわいいし、奥さんのクララは超美人です。
しかも、あのロベルト・シューマンが自分の才能を絶賛してくれるのです。
居心地が悪いわけがない。
シューマンはその月のうちに「新しい道」という評論を書いて、
ブラームスがやがて新しいドイツ音楽の中心となることを予言します。
こういう予言が出来ちゃうロベルトもすごいですが、
それに答えちゃうブラームスも本当にすごい。

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08 貞女の鑑としてドイツマルク紙幣の肖像にも選ばれたことのあるクララですが、
この美しくて才能あふれるブラームス青年と接するうち、憎からぬ想いが生まれてきます。
シューマンがもし、普通に病気か何かで亡くなっていたら、
クララとブラームスは結婚していたかもしれない。
なにせ、ブラームスもこの美しい人妻に淡い恋心を抱いていましたから。

ところがシューマンはこののち、精神状態が悪化して、ライン川に身を投げます。
なんか、岸から連結してあった船を伝って川の深いところに行って、
たぶんそこで結婚指輪を投げ、ついでに自分も投げちゃったそうです。

この時はまわりの釣り人に助けられ自宅に戻っているのですが、
自分でももうどうにもならないと思ったのか、自らの意思で精神病院に入ります。
そのあと、二年間の過酷な闘病ののち、シューマンは亡くなっています。
病状が悪化するからと、クララは最期の日までシューマンと面会できなかったのですが、
いよいよとなって病室に入ったとき、クララはその痩せ衰えた男がロベルトとはわからなかったそうです。
彼女のかたわらにはこの時もブラームスがいました。

シューマンの死後、クララは生涯喪服を着て余生を送りました。
余生と言っても、四十年くらい続くんですけどね。
その間に、夫ロベルトが予言したとおり、ブラームスはドイツ音楽の重鎮となり、
美しい作品を次々と生み出していきました。

ブラームスは新作が出来るとピアノ用にアレンジしてクララに意見を求めたそうです。
二人の友情というか、プラトニックな愛情関係はクララの死と、
その翌年のブラームスの死をもって完結します。

ブラームスが生涯独身だったのはこのクララとの複雑な恋愛感情のためとも言われます。
まあ、ブラームスはクララと知り合った後も、
結構な数の女性と結婚を前提としたお付き合いをしてるんですけどね。

ブラームスは四十歳を超えたあたりで何かふっきれたのか、
突然ひげを生やし始めます。
それはもう見事なくらいもじゃもじゃなひげで、ブラームスを良く知る人でも、
彼があの太陽のように美しいブラームスだとはわからないくらいでした。
しかもビールを浴びるほど飲んでいるので体型がかなりおデブさんになっていた。
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現在、ブラームスというとこちらの「ジュピターのようなブラームス」のイメージなのですが、
ブラームスは意識してこういうイメージを作っていたような気がします。
太陽のように美しかった青年時代のイメージを、自分でどんどん壊している。
もったいない。

でも、恩師の未亡人であるクララと会うとき、こういういかにもオッサンという格好の方が、
いろいろ勘ぐられなくて、都合が良かったのではないかとも思えます。
それに、十歳以上年上のクララは先にどんどん老けているわけですから、
自分もそれに合わせて早めに老けた方が相手に引け目を感じさせなくて済む。

そう考えると、なんかブラームスがすごく一途な男に思えてきます。
まあ、ただのベートーヴェン・オタクで、生涯独身だったのも巨匠がそうだったから、
という可能性も考えられるのですが。

2013年5月10日 (金)

「ゴーゴー悟空」~替え歌復活~ その3

19世紀ドイツの作曲家、ヨハネス・ブラームスは、まだ十代の青春時代、
レメーニというバイオリニストについて演奏旅行に出たことがあります。
若い頃のブラームスは、小柄な金髪の美少年で、
この美少年が、レメーニがジプシー風の音楽を演奏する傍らで、
ピアノの伴奏をしていたわけです。

で、その時耳にしたハンガリー風の旋律に心魅かれた彼は、
後年、これをピアノ曲にアレンジし、さらに管弦楽に編曲して、

「ハンガリー舞曲集 第1集」

として世に送り出します。
これがヨーロッパで大ヒットして、ブラームスの懐には印税収入がガッポリ入りました。

ところがレメーニは面白くありません。
「あのメロディを教えたのは俺じゃないか、金を寄こせ」
と裁判を起こしました。
著作権裁判なわけです。民謡や俗謡から曲を作ったら、その著作権は誰にあるのか……

で、結局この裁判はブラームスが勝ちます。
事前に「ヤバイかな」と思ったブラームスが、旋律を微妙にアレンジしていたことと、
あくまで「作曲」ではなく「ブラームス編」とクレジットしていたことが、
裁判を進めるうえで有利に働きました。

僕がこのエピソードで面白いと思うのは、
裁判沙汰になる前に作曲した第一集のハンガリー舞曲集は、
誰でも知ってる名旋律の「第5番」とか、哀愁あふれる「第4番」とか、
強烈な曲が多いのに対し、
裁判後に出版した続編のハンガリー舞曲集が、イマイチ地味なことです。

裁判でうんざりしたブラームスは、続きを執筆するとき、
一集目以上に旋律をいじって、結果としてジプシーっぽさが少し弱まったそうです。

ブラームスにも問題はあるかもしれませんが、
レメーニが裁判を起こさなかったら、ハンガリー舞曲はもっとすごくなっていたかもしれず、
そういうデメリットも含めて、著作権問題は難しいなと思うのです。

さて、本題です。
1970年代末のパロディ漫画「ゴーゴー悟空」は、掲載誌の性格と、
あとその時代の日本の著作権がわりといい加減だったため、
あらゆるヒーローが一堂に会する、とても楽しい漫画になっています。

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「大空魔竜」とか「ゼロテスター」、変形前の「ダンガードA」、
左上に「マグマ大使」一家、「ゴッドフェニックス」、
さりげなく「ライディーン」「バリブルーン」と、ちゃっかり「流星号」までいる。

このなんでもありのごった煮感がたまらないのですが、
今これを再販しようとすると、著作権がエライことになるだろうな、というのも、
なんとなくわかります。

漫画の中では「テレビのヒーローたち」の命を受けた悟空と三蔵法師一行が、
悪の手に囚われた博士を探す旅にでるのですが、
それがなぜか正義VS悪の全面対決に発展するという展開になります。

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正義の味方は「新撰組」ならぬ「神仙組」なのですが、当時の小学三年生に
このネタが分かるわけもなく、
新撰組局長、近藤勇が愛刀「虎鉄」を使っていたというのは、
ずいぶん後になって知りました。
「今宵の虎鉄は血に飢えておるぞ」
ですね。

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歴代マジンガー三体が一つの雲に乗ってます。

さて、自分たちの子供の頃に替え歌にした定番曲といえば、
「コン・バトラーV」です。(歌・水木一郎)
超電磁ヨーヨー♪ですね。小学校の頃クラスの小池君が
「超電磁はるまき♪」とわけのわからない歌詞で歌っていたのを覚えています。
超電磁竜巻♪のことか。

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「農耕士コンバイン」のルーツがここにあった!
ってか、あの当時の子供たちはみんなこれに近い替え歌を作って、
好き勝手に歌っていたような気がします。

「コン・バトラーV」はエンディングの「身長57メートル、体重550トン♪」
も子供たちの替え歌のいい餌食でして、
クラスのふくよかな女の子をつかまえては、
「体重550トン♪」
と囃し立てたものです。「それはいじめだろ」って怒られそうだけど、
あの当時は子供同士がじゃれ合ってるような感じだったと思います。

「コン・バトラーV」は、主題歌もエンディングも、
子供たちが替え歌を作ることを前提に作詞されていたような気がします。
「言葉のオモチャ」といったら、作詞家の方に怒られるかもしれないけど、
僕たちはそのオモチャをさんざん遊び倒して、
今では立派なダジャレオヤジになったわけです。

つぎ、「某ラスカル」です。
悟空の頭のハチマキは漫画家の必須アイテムの一つであり、
なぜか呪いのわら人形に釘を打つと、悟空の頭を締め付けて、
無理矢理いう事を聞かせることが出来ます。

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「神様ありがとう♪」が「神様うらみます♪」に魔改造されるのは、
当時の日本中の小学校で起こっていた現象ではなかったでしょうか。
「遠乗り」が「悪乗り」に魔改造されているのも好き。

で、最後は超名曲、水木一郎アニキの歌う「地獄のズバット」なのだけど、
このページの状態が最悪でして、実は穴が開いていたりします。
フォントを移植して再構成しようかともおもったのですが、
そのままでいきます。

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おれをみてくれ/このすがた/おれはスターだ (ゴーゴー)悟空だ/
(「地獄のズバット」のふしで。)

だと思います。

これにて自分の個人的な「あの漫画好きだ!」は終わります。
自分としては替え歌の復権と同時に、著作権についても考えてみたかったのですが、
いかがなものでしょうか。

まあ、ぶっちゃけてしまうと、
「単行本ボロボロだから再販してくれないかな」
というのが本編の最大のテーマだったりします。

某出版社の「三国志」とか、仏の力だかなんだか、無駄に紙質が良くて、
百年後でも残りそうなんだけど。

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