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2013年11月

2013年11月24日 (日)

敗者復活 その2

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

十年くらい前だったか、取材写真を現像しようと思い、
近所の写真屋に足を運んだ。

小さな店先に白と緑の例のフイルムメーカーの幟が立っていて、
扉をくぐると
「いらっしゃいませ」
と初老の店主に声をかけられた。
なにしろフイルムは大量にあったので、それをまとめる間、店主と話をした。
「後ろを御覧なさい。」
見ると、一枚のパネルがあって、羽の生えた昆虫の写真が写されている。
「どうです」
「いや、どうですと言われましても」
ただの虫の写真としか答えようがない。
「珍しい昆虫なのですか」
「そうです。なかなか撮影できないめずらしい虫で、ここまで鮮明なのはめずらしいのです。コンテストでは先生方にとても褒められまして、賞もいただきました」
「ほう、すごいですね」
……他に答えようがない。
それから三十分ほど、店主の講義は続き、いいかげん疲れてきた頃になってようやく解放された。
帰りに浴衣美女撮影会のパンフをいただいた。どうせなら美女の写真の方が良かったなと、
不埒なことを考えた。

仕事場でアシスタントさんにパンフレットを配って、
「一緒に浴衣美女と戯れにいきませんか」
と誘ってみたが、誰ものってこなかった。
「アイドルならまだしも、その辺の三流モデルさんでしょ」
「まあ、そうだろうね」
「女なら何でもいいというのは男としての堕落ですよ」
言う事がいちいちきつい。
「いや、でもこういうところに思いがけず未来の売れっ子がいるのかもよ」
「自称二十代前半の三十オーバーじゃないですかね。浴衣だし」

みんな頑張って生きてるに、命の健気さに対する愛情が足りないと思った。

あれから何年も経って、自分の一眼レフは押し入れにしまわれたまま、
もっぱらデジカメで写真を撮るようになった。
写真は初めの頃はデーターを店でプリントしていたが、
今では自宅で必要なだけプリントアウトして使っている。
バックアップさえとってあれば、紙に焼き付ける必要なんてほとんどないと悟った。

一度だけ例の店にSDメディアごと持ち込んだことがあったけれど、
店主は初めて見るらしく、首をひねるばかりで、
「一週間ください」
と言い出した。
仕方ないので池袋まで行って現像屋でメディアを端末に入力し、
プリントが上がるまで近くのラーメン屋でラーメンを食べた。
一時間ほどでプリントは終わった。

「そういえばあの虫の名前はなんだったっけ」
また機会があれば聞いておこうと思った。
あの写真屋もしばらくすればデジタルに対応できるようになって、
時代に追いつけるだろうと楽観的に考えた。

「あの店なら、さっき警察入ってましたよ」
アシスタントさんがそんなことを言いだしたのはそのすぐ後のことだった。
何事だろうと気にかけていたのだけど、
やがて店は畳まれ、今では跡形もなくなってしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

……前回に続いて過去の駄文復活です。
(こっちのタイトルの方が良かったな)
書いたのは去年の九月です。
これをボツにした理由は単純で、

僕にはなんで警察が入ったのか、確実なことがわからなかったから

だったりします。
聞こうと思えばご近所で聞くこともできるのですが、
なんか野次馬根性丸出しでカッコ悪いなと思うので、
現在に至るまでそのままです。

デジカメは本当に便利な機械で、
フイルムカメラの時代を知る人間には、こんな有難いものはありません。
たった三十枚のプリントのために、お金と時間がずいぶん吹っ飛んだもんです。
でもそんな「無駄」だと思っていたものも、この頃は妙に愛しく感じられるもので、
若い人相手に
「昔は大変だったんだよ」
なんて、ニコニコしながら話したりするわけです。

本当に、世の中はどんどん進歩していくし、
便利な機械は身近に次々と入り込んでくる。
ただ、この頃は進歩が人間の幸福ではないんだよなと、しみじみ思うのですよ。

写真
P1000870

これ、前にこのブログで使ったことあるけど、
池袋のジュンク堂の上から撮った写真です。その別バージョン。
あのデカイ本屋さんは面白いですよね。
広いし品ぞろえがユニークだし、のんびり本を選ぶには最適です。
アマゾンは便利で素晴らしいシステムだけど、
本屋さんには本屋さんの良さがあります。
本との出会いまでネット任せというのは、ちょっとさびしいですしね。







2013年11月23日 (土)

敗者復活 その1

すっかり寒くなりましたね。

前にも書きましたが、寒いのは苦手なので、朝起きると暖房器具の前で震えています。
うちには電気、ガス、石油と、各種暖房器具がそろっているのですが、
一番早く部屋があったまるのは、圧倒的にガスファンヒーターなので、
こいつを机の前にもってきて、カチャカチャと文章を打ち込んでいたりします。

そんな文章の中で、「こいつは駄目だな」とゴミ用のフォルダーに投げ込むものも、
結構多いのですが、あとで読み返してみると、駄目は駄目なり面白かったりするのです。
あくまで個人的な面白さですが。

例えば前回の三波春夫ですが、あれは実は2稿目で、第1稿がパソコンの中にありました。
……書いた当人はすっかり忘れてましたけど。
こんなやつです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

久しぶりに古本屋に行って見つけてきました。

写真

以前、ちょろっと三波春夫の名前をここで出したので、
これも何かの縁かなと思って購入。
サイン本だった。

写真

東京都内の古書店だとサイン本は珍しくないし、僕も何冊か持ってる。
でも今回のはマジでうれしかった。
これで弟が持っている手塚治虫のサイン入り「アドルフに告ぐ」初版本に対抗できる!
(やつは握手までしてもらったんだよな)

若い人のために書いておくと、三波春夫先生は昭和の歌謡界における伝説の巨人である。
大阪万博のテーマソング「世界の国からこんにちは」は有名。
僕にとってはどうしてもルパン三世の映画第一作「ルパン三世vsマモー」の

♪俺~はル~パンだぁぞ~

というエンディングテーマが印象的だったりします。
あの映画では声優としても出演なさっているそうで、エジプト警察の署長さん役とのこと。

いきなり話は脱線しますけど、マモー役の西村晃さん、ルパン役の山田康夫さん、
銭形の納谷悟朗さん、あと、素人丸出しの声の赤塚不二夫さん梶原一騎さんと、
既に他界されている方が何人も出演なさっているので、いま観るとしみじみします。
とくに赤塚不二夫さんのいかにも酒好きっぽい親父声がせつねぇ。

話を戻します。
三波春夫は歌謡界が芸の花道だった時代の代表的な歌手の方で、
美空ひばりや、お亡くなりになった島倉千代子さんともども、歌謡界の巨星でした。

もともとは浪曲師でいらしたので、芸に対しては真剣でひたむき。
その精神の高潔さがそのまま昭和歌謡の精神的主柱となっていた面もあるかと思えます。
……こう書いているとなんだか偉そうですが、今になって考えてみれば、
偉大な人だったなとしみじみ思うのですよ。当時は年寄り向けと避けてましたけど。

それで、半分洒落のような気分で本を買ったのですが、
読んでみたらタイトルの通り、熱い血のたぎるような歴史物語でした。

取り上げられている人物は次のとおり。

●高田屋嘉兵衛
●大石内蔵助
●勝海舟
●平清盛
●二宮尊徳
●児玉源太郎
●織田信長と豊臣秀吉
●聖徳太子
●スサノオと日霊女

このランダムな偉人たちを選ぶうえで三波春夫がこだわったのは、

ーおのれの私利私欲のためではなく、公(おおやけ)のために働いた人たち

という滅私奉公の精神だったりします。
……メッシホーコーなんていうと古臭いと思われるかもしれませんが、
自分さえよければと時流に流されがちな現代人(僕をふくめて)より、
みんなのために頑張ろうという人間は、カッコいいと思いますし、
三波春夫が書き残したかったことも、そこにあるのではないかと考えます。

実際、取り上げられた偉人たちは三波春夫がそのキャリアの中で歌ってきた人物でもあり、
その人物に少しでも近づくために、
「すごく勉強なさったんだろうな」
と自然に背筋が伸びるのです。
ですから、その人物に対する知識量は半端ではない。
どうせ芸能人の二科展みたいなものだろうと舐めてかかると僕のように恥をかく。

そして、自分の利益より人のために頑張ろうという視点があるため、
読み進めると爽やかな感じがします。

歴史書としても、僕にはかなり面白かった。新しい発見がいくつもありました。
大石内蔵助での、赤穂藩と仙台藩の関係とか、
勝海舟での、海舟の先祖と水戸家の因縁とか、
着眼点が三波春夫らしくてユニークです。
人に善行を施せば、めぐりめぐってまた帰ってくるものなんだな。

……本が既に手に入れにくくなっているようですし、言及した分について書きます。

赤穂藩と言えば、塩です。
その塩の質の高さから、それを狙って吉良が浅野をいじめたとも言われるくらいで、
日本国内で

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

……ここで文章が途切れています。
たぶん、本の内容の方にシフトしようとして、頭がパンクしたんだと思います。

仙台藩が密偵を放って赤穂の塩の秘密を盗もうとするのですが、
その密偵が赤穂藩士の手で捕まってしまう。
ふてぇ野郎だってんで藩士一同怒り心頭なのですが、
あの大石内蔵助が、これを許して、逆に仙台藩からの留学生を受け入れ、
塩の製法を教えるわけです。

当然仙台藩は大喜びで内蔵助に感謝する。
この感謝が巡り巡ってあの討入りの翌日、
無事に吉良の首をあげて、泉岳寺の方へと歩いていく四十七士に対し、
仙台藩の関係する店が「大仕事のあとでお腹がおすきでしょう」と、
粥をふるまったそうです。

永代橋のあたりにちくま味噌の店があって、そこのことかなと思ったのですが、
調べてもよくわかりません。

……こんな調子で、没になった文章があるのですが、
読み返すとそれなり面白いわけです。
こんなのもありました。今年の夏に書いたやつです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

近所にカレー屋さんが次々とオープンしている。
インド人の方が作っている本場のカレー?らしきものなのだけど、
個人的な感想だと「なんじゃこりゃ」みたいな衝撃はない。
付け合せの鳥の唐揚げみたいのがオレガノまみれで、
「なんじゃこりゃ」とは思ったけれど。

人間も最初の十五年間くらいは感性も真っ白で、
食べるものも見るもの聴くものもみんな新鮮なんだけど、
経験を積んでしまうと「そんなの知ってる」と考えて、
記憶からバッサリ切り捨ててしまう。
人生と言うハイキングコースを歩くのに、
いちいち路傍の花に目を留めている余裕はない。
たとえ目的地に青い空が広がっていても、
「目標達成」と言う満足感だけで、写真を撮って帰ってきてしまう。
インド人の作るカレー屋さんというのも、最初はすごいインパクトなのだけど、
こう雨後の竹の子のようにあっちこっちに現れると、
「とりあえずチェック」となってしまう。

じゃあ、人生の中で強烈なショックを受けたことってなんだろうと考えてみる。

宮崎駿さんの映画が公開されているけど、あの方の作品はいろいろ衝撃的だった。
「未来少年コナン」というのも、テレビで初めて見たときはのけぞった。
アニメーションは動いてなんぼといわんばかりに、コナン少年が動き回っている。
動いている人間に感情移入して、空気や水を感じるというのは、
宮崎駿さんの作品の大きな特色だと思う。
あのギガントの上をコナンと船長とジムシィが駆け回っているシーンは、
自分が振り落されるんじゃないかってくらい、おっかない感じがした。

それでまあ、宮崎さんはすごいというので、ナウシカも劇場まで観に行ってるし、
トトロも魔女宅も「かわすみが狂った」と言われるくらい、夢中になった。
(ラピュタはなぜか劇場では観ていないんだな)

宮崎駿さんといえば、自分はまず作品の空気感の方が衝撃で、
観ているとその作品の空気の中に入り込んで、主人公と一緒に駆けまわってる感じがする。
だから、ストーリーが破たんしてるとか、尻切れトンボとか、そういうのは気にならない。
濃密な空気の中に浸れれば、自分は満足である。

そういう、独特の空気を表現できる作家さんはすごいなと素直に感動する。
宮沢賢治さんとか同じだけれど、ストーリーとしては破綻していても、空気が濃密だと、
それだけでしばらく浸ってしまう。
クラムポンがかぷかぷ笑うだけで果物の汁のような透明な空気が生まれてくる。

宮沢賢治さんも宮崎駿さんも、子供の頃からその世界に浸っているので、
子供の頃の感性で感じたものが、大人になってよみがえってくるのかもしれない。
だから、良いものを子供の頃にたくさん味わっておくのは、大切なことなんだよな。

なんだか新しい映画も観に行きたくなってきたな。

インド人のカレー屋さんも、いろいろ苦戦しているみたいで、
この頃は店先で割引券付きのチラシを折ったりしているのを見かける。
お昼にはママさん集団がママチャリでやってきて、
サロンな時間を過ごすことが多いようだ。
異国情緒も日本の日常の中に居場所を見つけると、そこらの定食屋と変わらなくなる。
そんな中、
イスラム系の料理屋が「本日ラマダンにて休業」とか貼り紙しているのを見かけると、
「それだよ」と手を打ちたい気分になる。

まあ、一方的な感想なのだけど。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これは今考えると別にブログに載せてもいいんじゃないかと思うんだけど、
たぶん、いろいろ気に入らないところがあって没にしたのでしょう。

……個人的にちょっと気に入ったものを何回かに分けて出してみようと思います。

写真
P1030128

これも、ハードディスクの中に寝かしてた写真。
たぶん、何かの原稿を描いてる時にトレース台の上で遊び始めた、
ということだと思う。裁判員の女神かな?
別のアングルのをブログの最初の方で使ってます。

2013年11月15日 (金)

三波春夫著 「熱血!日本偉人伝」

「この頃はめっきり古本屋に通わなくなったな」

なんてことを古本屋で本を選びながら思った。
単純に、昔読んだ本を読み返すのが多くなっただけなのだけど。
十代の頃は一冊の本を一日で読み切ったもんだ。
「罪と罰」をノンストップで読み切って、知恵熱が出そうになったっけ。

そのくせ「罪と罰」というと、手塚治虫版のラストシーンが浮かんできたりする。
ラスコーリニコフとソーニャはシベリアで幸せになりましたとさ。
……若い頃は読むスピードは早かったけど、書いてあることはちゃんと読んでなかった。
それで、今頃になってあれこれ引っ張り出してきては読み返している。
まあ、たいていの人がそんなものかもしれないけど、ちょっともったいないことをした。

バルザックは、藤原書店から選集が出たときに買って来ちゃ読んでた。
これは歳をとってからだったので、比較的じっくりと読みこんだ。
特に気に入ったもの、「従兄ポンス」とか「あら皮」とか、
何度か繰り返し読んでいたりする。

「従兄ポンス」は骨董オタクの老人の話で、生涯独身だった老人が親戚に邪険にされ、
それでもコレクター道に邁進する話。
ラストシーンでバルザックの悪魔的な嘲笑を聞くようなカタルシスがあって、
そのシーンだけのために長い作品をひたすら読んだりする。
題材といい、キャラクターといい、とても現代的な感じがする。

「従兄ポンス」が作家の後期の作品であるのに対して、「あら皮」は最初期の作品。
別の筆名で三文小説を書いていた時代のノリで、お話はとても単純。
願い事をかなえるたびに小さくなっていく「あら皮」を手に入れた学生が、
あらゆる願いをかなえる代わりに、自分の寿命をすり減らしていく。
願い事をかなえるたびに「あら皮」は小さく縮んでいくのだけど、
そのからくりに気付いた主人公は、八方手を尽くして迫りくる死に抵抗する。
……まんま「世にも奇妙な物語」の感じがする。ひどく長い作品だけど。

まあ、そんなこんなでいろいろ読み返していると、古本屋にも自然と足が遠のく。
ちょっと前の読売新聞の悩み事相談で、
「本を買って来ちゃ最後まで読まずに積み上げている」ご老人のはなしがあったけれど、
自分に関してはそれはほとんどない。買ってきたら9割方はちゃんと読んでる。
それは、手当たり次第に買い捲る悪癖がないからだろうなと考える。
単純に貧乏性なだけかもしれないけど。

無駄な買い物はしない自分だけれど、
古本屋の棚で三波春夫の本を見つけた瞬間、これは買っておこうと考えた。
ちょっと前にブログで三波春夫の「お客様は神様です」に触れたせいだと思う。
名前を出してしまった以上、読まなきゃいけないという義務感が生まれる。

P1040577

ちなみに、サイン本である。

P1040579

本を買うとき、まとまった種類の古い本がずらっと並んでいると、
この本の前の持ち主が結構なお年寄りで、亡くなってから遺族の方が売りに出したのだと、
いろいろ想像してしまうことがある。
三波春夫のサイン会に出向く年齢層で、本の発売が十年以上も前となれば、
「ああ」
と少し合点がいったような気になる。
それで、不謹慎な想像ではあるけれど、読む方としても本を託されたような、
厳粛な気持ちで読むことになる。
三波春夫ももう亡くなっているわけだし。

この本は、三波春夫の最後の著作である。
癌との闘病生活を続けながら、それでも著作を発表し、サイン会までやったとなれば、
この本には三波春夫の並々ならぬ気持ちが込められているはずで、
実際読んでみると自分の予想はほとんど当たっているかと思われる。

歴史上の偉人の中で、三波春夫が歌ってきた人物が多く選ばれている。
そしてそれは、ただランダムに選ばれたわけではなく、
「私利私欲のためではなく、公のために働いた人物」
を選択していることが読み進めるうちにわかってくる。
セレクトされた人物は次の通り。

●高田屋嘉兵衛
●大石内蔵助
●勝海舟
●平清盛
●二宮尊徳
●児玉源太郎
●織田信長と豊臣秀吉
●聖徳太子
●スサノオと日霊女

歴史書としては、平清盛など、やや贔屓の引き倒しかなと思えるところもあるけれど、
普通の歴史書にはない独自の視点があり、
「日本のために俺がやらなきゃいけないんだ」
という強い意志を全体から感じる。まさに「熱血」。
案外、若い人の方が共感できるかもしれない。

ただ、現在では入手が困難な本であり、お奨めすることは出来ない。残念だけど。
もし古本屋で見かけたなら、手に入れて読んでもらいたいとは思う。
決して損はしない。
日本の心を歌い続けた歌謡界の巨人が、その魂の糧とした歴史上の偉人について、
その人物になり切って語っている。ものすごい説得力がある。

ところで、僕は三波春夫を熱心に聴いたことがない。
自分たちの世代にとっては三波春夫は既に歌謡界の神のような存在で、
同時にパロディの対象でもあった。
「お客様は神様です」
が誤解されたまま広まったのも、お笑い芸人がパロディとして使ったからで、
そういう意味で誤解の多いひとであった。

自慢にならない話だけど、僕は三波春夫というと、

♪俺~はル~パン~だ~ぞ~

という、映画「ルパンVSマモー」のエンディングテーマを思い浮かべてしまう。
三波春夫というキャラクターを最大限に使った見事な起用なのだけど、
これが「熱き心の日本人」三波春夫の真面目な部分をぼかした気も、少しだけする。
ちなみに、ウィキで調べたら、声優としてもエジプト警察の署長役で出演している。

……読み返すと完全に書評になってるな、この文章。




2013年11月 1日 (金)

まる

やなせたかし先生がお亡くなりになって、新聞なんかでその生涯が取り上げられて、
ああ、大器晩成ってあるんだなとしみじみ思った。

若い頃に芽が出なくて、地道にコツコツやっていた人が、
人生のラストスパートのあたりで突然才能を開花させるのは、物語としても面白い。
浮世絵の葛飾北斎など、若い頃にも名品はあるけれど、
現在代表作とされている「富岳三十六景」にしても「北斎漫画」にしても、
七十を超えた年寄りの作品だったりする。

北斎は自分のことを「画狂」と称していたし、「画狂卍老人」なんて筆名もあるけれど、
絵に関しては一種のマニアだったようで、
あらゆる技法を一通り習得して、世界のあらゆるものを紙に写し取ろうとした。
珍しい生き物がいると聞けば、弟子に頼んで江戸に取り寄せたりもしている。

ぶん回し(コンパス)で丸を描いて、それをベースにして絵を描くテキストも出している。
自分も若い頃は「絵は感性で描くものだ」なんて考え方をしていたので、
北斎の指南書は読み飛ばしていたのだけど、

「絵の基本は円である」

というのは、たぶん正しい。
経験的に、絵を書くときに部品からちまちま描くより、シルエットから始めた方がいいと、
なんとなく知っているのだけど、それは、人間の手が描き出すシルエットが、
丸に近いからだと思う。細部から描きだせば、最終的なシルエットは丸ではなくなる。
いびつで統一性のないグニャグヤのラインになる。
人の目は、グニヤグニャのラインを正しく認識できない。
丸に近いほど、すんなりと目に入ってくる。

北斎の晩年の作品は、そのような積年の技法が一気に噴き出したもので、
見るほどに北斎と言う人の技術面での奥深さを感じる。

と、ここまで大器晩成の話をしてきたけれど、
本当は「若い頃の勢いのある作品は素晴らしいよね」という文章を書くつもりだった。
いろいろ考えているうちにまるで逆の方向から始めてしまった。

若い頃は子供の絵はくだらないと思っていた。
小学生の頃だったかな、全校写生大会があって、学校のあちこちでみんなが絵を描いた。
それで僕は友達と先輩たちが描いている絵をのぞいて回ったのだけど、
その時、一番「すげえ」と思った絵は、

「宇宙戦艦ヤマトの第一艦橋を精密に描いた絵」

だった。
艦長席から正面を見た有名な構図である。
それを鉛筆でちまちまと描いた絵を見て、僕と友人たちは「すげえ」と熱狂した。
こういう上手な絵が描きたいものだと心から憧れた。その先輩を尊敬さえした。

割と最近まで、僕は緻密な絵と言うのが好きだったし、
究極の絵は「図面」じゃないかと考えもしたけれど、
それは僕が細部を見て全体を見なかったからで、自分の子供時代は見る目がなかったなと、
この頃はしみじみ思うのである。

郵便局とかスーパーとか、あるいは公共の建設現場のフェンスなんかに、
近所の小学生が描いた絵が展示してある場合、僕はその絵をまじまじと見てしまう。
その絵が「絵」という固定観念から自由になって、のびのびと好き勝手描いてあると、
「いいな」
と惚れ惚れする。そういう自分を爺臭いとも思うのだけど、
いいもんはやっぱりいいもんだ。

そして、こういう面白い絵を描いている子たちも、数年後には、
「いい絵というのは美術館に飾ってあるような絵だ」
とか、
「漫画みたいな女の子の絵が描きたい」
とか、汚染された思想に憑りつかれて「上手な絵」を描きだすのかと思うと、
なんともさみしい気分になる。

小手先の器用な絵より、子供がクレヨンで描いた大きなマルの方が、
よっぽど気持ちがいい絵になっていたりする。
だから、北斎の言う「究極の絵は丸」というのも、
なんとなくわかる。
人間は歳を取るごとに思考が複雑で精緻になっていくけれど、
時にそれは独りよがりで不愉快なものになっていたりする。
何か有難い自説を喋っているつもりで、相手に不快感を与えていることもよくある。
だから、絵も思考も「究極的には丸」でなくちゃいけない。
子供がクレヨンで描くような、単純な「マル」の気持ちでなくちゃいけない。

クラシックの作曲家でも、モーツァルトやメンデルスゾーンはすごい神童だった。
神童だから、少年時代に完成された傑作を書いていたりする。
そして、そういう若い頃の作品を聴いていると、しみじみ若いって素晴らしいなと思う。
モーツァルトは晩年は晩年で素晴らしいのだけど、
メンデルスゾーンの場合は、晩年よりも若い頃の方が好きだったりする。

メンデルスゾーンは「結婚行進曲」とか「バイオリン協奏曲」が有名だけど、
同時に、裕福なユダヤ人の銀行家の子供として、音楽史上もっとも恵まれた環境で、
何不自由なく育ったことでも、有名。
しかも残された肖像画を見ると超美少年。

Comp_431_559

……自分としてはやっかみ半分で貶しそうな相手なのだけど、
それでも少年時代に作っていた音楽はすごい。

まず、17歳で作曲した「真夏の夜の夢」序曲がある。
オーケストラの精妙な使い方とか、メンデルスゾーンの独自性が既に現れてるとか、
いろんな褒め方が可能だけれど、
当時の高校生が大作曲家レベルで作曲するとどうなるか、と言う点ですごくおもしろい。

なにしろ、メンデルスゾーン家では、子供たちに音楽のあらゆる英才教育を施した。
専門の先生につけて、課題として弦楽のための交響曲も作らせている。(これも良い)
オーケストラの楽団員が頻繁に出入りして、子供たちが作った曲を演奏したりもした。
ああ、お金があるって素晴らしい。

だから、メンデルスゾーンは子供の時代の感性を持ち続けたまま、
一流のプロフェッショナルの技術で作曲をすることが出来た。
こういうことは、人類の歴史上でもそうめったには起こらない奇跡だと思う。
「ピアノとバイオリンのための二重協奏曲」なんて、14歳の頃の作品だけど、
音楽としてはとても立派だと思う。
そして、どの作品にも、のびのびとした自然な勢いがある。
それが自分には、子供がクレヨンで描く丸を思わせて、とても気持ちがいい。

このままこの子が大人になったら、どんなすごい曲を作るんだろうとワクワクする。
そして、実際この子は三大バイオリン協奏曲の一つと言われる例の曲を作曲するのだし、
交響曲も「イタリア」とか「スコットランド」は超有名曲だ。
……それでも、自分はどうしても子供の頃の方が面白かったなと思ってしまうのだ。

メンデルスゾーンはあのショパンやらシューマンやらとほとんど同世代だ。
シューマンとは親友と言っていい関係だったりする。
二十歳を過ぎて、こういう過激な連中と接するうち、神童は「保守化」していく。
天才の赴くままに形式を破壊して作曲する「狂人」達を目の前にすれば、
古典形式を徹底的に叩き込まれた神童としては、反発しないではいられなかったのだろう。
子供の頃の勢いとかのびのびとした部分はどんどん消えて行ってしまう。
しかも、往年の美少年はどんどん前髪が後退し始める。
オッサン臭くなる。
……かなり偏った意見かもしれないけれど、自分はメンデルスゾーンは十代をとる。
「八重奏曲」とか何度聴いてもいいなと思う。

たぶんそれは、自分が子供の持つのびのびした感じが好きだからで、
歳をとって小難しい技巧的な作品を受け付けなくなったからなんだろう。

……メンデルスゾーンの話はここで終わる。

丸と言えば、アンパンマンである。
小っちゃい子に「ライオン描いて」と言われて、
大人げない僕はリアルなライオンを書いて不興を買ったりするのだけど、
そんな僕でもアンパンマンを描くと子供はたいてい喜ぶ。
ドラえもんも描けるけど、アンパンマンの子供ウケは次元が違う。
あの記号には子供のテンションを上げる不思議な力がある。
考えると、あそこまで丸だけで構成されたキャラクターもそうめったにいない。

やなせ先生はどうして子供の心をああも鷲づかみにするキャラクターを作れたのだろう。

僕にとってのやなせたかしは「手のひらを太陽に」の作詩家で、
小学校の頃、運動会なんかでぼんやり空を眺めているとき、
太陽に手の平をかざして、例の

♪手のひらを太陽にすかしてみれば

を実演して、わー本当に真っ赤だ、と喜んでいた記憶がある。
こういう小学生は当時何万人もいたこどだろう。
あの曲は、すごくいい曲だと思う。あの歌詞で命の大切さを教えられた子供は多いはず。
やなせ先生は手の平に血が通って、光にすかせば赤いことに素朴な感動を抱ける人で、
「みんな生きてるんだ、友達なんだ」
と力強く言い切ることの出来る方だ。
すごく素朴で単純なことばだけど、背後にある意味は深い。

こういう言い方をすると語弊があるかもしれないけれど、
手塚治虫とか、漫画界の巨匠の方々と比べると絵の技術は決して高くない。
いわゆる、「上手な絵」を描く人ではない。
上手な人は上手であることにプライドがあるので、どうしても単純な絵が描けない。

それでも手塚治虫は「丸」であることの重要性にはかなりこだわっていた。
晩年になってペンで丸が描けなくなったことを嘆いているインタビュー記事は、
胸にズキリとくる。
そして実際、晩年の「ルードヴィヒ・B」では丸の右上がガタガタ震えていたりして、
ハラハラしながら連載を追っていた。
ペンで丸を描くのは、特に手塚先生のように高速でペン入れするのはかなり難しい。
僕なんて最初から出来ない。

そこをやなせ先生はくるっと描いてしまう。
なんのことはない、丸なんてマジックで描いてしまえばいいのだ。

同じことを、葛飾北斎はぶん回し(コンパス)を使ってやった。
下絵に丸をいくつも墨書きして、その上になぞるように絵を描いた。

技巧的に細部にこだわると、どんどん本質的なものから遠ざかっていく。
ならば技術なんてものは投げ出してしまって、単純であればいい。
そして本質的なものに近づけば近づくほど、
子供の頃のものの見方というのが、懐かしく思い出される。

子供みたいに単純な気持ちで絵が描きたいなと思う今日この頃です。

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