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2015年10月

2015年10月22日 (木)

色彩


この頃は絵に色を塗るのが自分にとっての流行りでして、
今回は「赤い絵が描きたい」と思い、
こんな絵になりました。
色から絵を考えたのは初めてかもしれない。
ずっと白黒の世界で生きてきましたから。

Photo

色を塗る画材というと昔は絵の具くらいしかなかったのですが、
この頃はパソコンで着色できるので、ずいぶん簡単になりました。
自分はかなり優柔不断で、一度塗った色をあとでいじりたくなる方なのですが、
パソコンは簡単に色の調節ができるので、便利です。

でも、ここまで便利だと、昔の人はやり直しがきかない一発勝負の世界で、
よくあんな絶妙な色使いが出来たものだと、無茶苦茶感心します。

世の中には、絶対音感とか、生まれついての特殊能力というものがありますが、
色についても、センスのいい人というのはやっぱりいます。
前にも書いたけど、僕には色のセンスはあんまりないです。
「自然界の色彩が目に飛び込んでくる!」
みたいな体験が、ほとんどない。
雨男なので、たまに海沿いの街に旅行に出かけても、
どんより曇った海景色ばかりで、
「美しい海の青さよ!」
などと叫ぶ機会がほとんどなかったりします。

ただ、物の立体感とか、手触りを紙の上に表現することばかりにこだわってきました。

ただ、夢なんかは色付きで見たりはするんです。
昔、知人と話をしているとき、
「緑色の透明な子供の夢を見た」
という話をしたら、
「なんでお前の夢には色がついてるんだ」
と返されたことがあります。その人はいつもモノクロの夢ばかり見ているそうです。

色彩感覚は、たぶん生活環境に影響されて育てられるものだと思います。
和服屋の子供が微妙な色加減に敏感になったりとか、とてもうらやましい。
自分にとっての色区分って、赤橙黄緑青藍紫の七区分だもんな。

カラー原稿で色を塗る場合、三原色で考えたりします。
印刷所が赤、青、黄色の三原色のインクをベースに印刷するために、
この三原色に近い色を塗る方が、印刷後の発色が良くなるからです。
プロの原稿を初めて見せてもらったとき、赤い色が強調されているのにビックリしました。
人物の影とか、ピンクに近いどぎつい色が使われていたりします。
それでも、印刷されると茶色になっていたりして、
色を塗る難しさに唖然とさせられたりしました。

今はどうなんだろう。印刷技術もずいぶん進化しているし、
パソコンで直接版を作っているから、色について昔のように
あれこれ悩まなくてもいいのかもしれません。

でも、考えてみるとパソコンのモニターにしたところで、どんなに技術が進化しても、
基本は三原色の混合で色を作り出しているわけで、
自然界の本当の色彩というのは、なかなか出せないような気もします。

自然の岩を砕いて絵の具を作っていた時代の方が、
色の世界ははるかにひろかったのかもしれません。
(今でもやってる人はたくさんいるけど)

絵の下書きが終わってから、「これ右にもなんか描けそうだな」と思いつき、
もう一枚描いてみました。

Photo_2


こんだけいろんな色があると、絵の具だと調整が難しいので大混乱を起こすのですが、
パソコンだと簡単に修正が出来るので、
なんかそれっぽい感じになります。
昭和のセンスが突き抜けて、明治時代の浮世絵みたいな感じ。

Photo_3


2015年10月17日 (土)

ピグマ


ピグマは1980年代初頭に発売された画期的な筆記具です。
発売当初、僕は中学生くらいだったと思うのですが、
なんかすごいもんが出てきたと、その青いボディーをしみじみ眺めたものです。

でも実際に使ったのは結構あとじゃないかな。
漫画はインクとペンで描くものって固定観念があったし、
はっきり断言できるのは、
90年代初頭にアシスタント先の先生の所で枠線を0.8のピグマで引いていた、
くらいのことだったりします。

そこで初めて、漫画にピグマを使ってもいいんだと、妙にビックリしたもんです。

個人的な感想だと、漫画はやっぱりペンとインクで描くもので、
ピグマで描くとあんまり漫画っぽい絵にならなかったりします。
でも、ピグマで描いた絵でも、現在の出版社はたぶん受け付けてくれます。

Img027


上の絵は、0.05のピグマで描いてみました。
例によって輪郭からペン入れして、だんだんと中の線をペン入れしています。
良くも悪くも均一な線しか引けませんから、
立体的な絵はあんまり描けなかったりする。
そのかわり、線がきちんとつながっているから、パソコンで色を塗るのは、
結構楽だったりします。
(パソコンはきちんと囲まれた線の中にしか色を入れてくれないから)

で、色を入れるとこんな感じ。

03


まったく関係のない話なのですが、
高校時代に理科室でアストロノータスオセレータスというピラニアを飼ってまして、
その隣にウーパールーパーの水槽がありました。
自分はどこの部活にも属していなかったのですが、生物部に知り合いがいたので、
ときどき理科室には遊びに行っていたのです、
ウーパールーパーかわいかったし。
あと、夏には製氷機の氷があり、ときどきビーカーでコーヒーを入れたりもしてたな。
で、何か話し込んでるとき、手元に糸のついた釣り針があったので、
なんとなくピラニアの水槽に垂らしてみたら、ピラニアがものすごい勢いで
食いついてきまして、あたり一面水浸しになったことがあります。

あの時は、かなり怖かったです。

2015年10月14日 (水)

書道の話

伊豆急行様でぶらり旅の第3弾をやっていますので、ちと宣伝。

伊豆急行100系ぶらり旅第3弾

これ、本当に楽しかったので、鉄子の三巻をご覧になった方は是非。
というか、僕がもう一回行きたい。
「鉄子の育て方」の宣伝もしていただいてます。

画材についてあれこれ書きたいなと思っていたのですが、
で、まあ実際にあれこれ書いてみたのですが、
結局ここへはアップしてません。
けっこう難しい。

「弘法は筆を選ばず」といいますが、
実際はどうなんだろう。いい筆はやっぱりいい字が書けるような気がします。
小学生の頃の僕は、クラスでブラックリスト的な意味でナンバーワンが多かったのです。
忘れ物がナンバーワンとか、漢字を知らないのがナンバーワンとか、
あと、字のクセの強さがナンバーワンとか先生に言われたな。
ぶっちゃけ、字が汚いってことなんだけど、
これを父兄参観か何かで親に言われたので、速攻書道教室に送り込まれました。
たぶん、小学校五年生の頃です。

先生は眼鏡をかけたロッテンマイアー先生のようなタイプの方でした。
アルプスの少女でハイジにガミガミ言ってたあの女の方です。

もうお亡くなりになりましたが、生前、僕が店の前に貼りだした、
「本日休業」
の文字を見て、
「これ、ひろし君ですね」
と笑っていたそうです。母が何かのついでに思い出してました。

僕が実際に通っていたのは中学の一年生までで、
実質、二年くらいお世話になったと思うのですが、
この時期に基本を叩き込んだおかげか、不格好なりに読める字にはなったはずです。
たぶん、絵画教室に通ったことよりも、書道教室に通ったことのほうが、
絵を描くときの発想の元になっているかもしれない。

余白を生かすとか、白い半紙も文字の一部であるみたいな感覚は、
たぶん、ここで覚えたのだと思います。
原稿用紙にコマを切って、そこにどうやって人物を配置するか、
どうすればうれしい感じがするか、また、悲しい感じがするかとか、
そういう面白さは、やっぱり書道に通じるものがあるんでしょうね。

まあ、偉そうなことを言っても、
実際は学校で覚えた卑猥な歌を歌って怒られたり、
独り言を言うクセを矯正されたり、
いかにも子供っぽい思い出が多いんですけどね。

一番記憶に焼き付いているのは、小6の卒業制作で、
「顔真卿をやりなさい」
と言われ、中国の武人書道家の文字をさんざん叩きこまれたことです。
書道の基本といえば、王羲之ですが、
顔真卿は王羲之よりも力強い感じで、僕はこれがなんとなく気に入った。
後年、台湾の故宮博物館で実物にお目にかかって、ちょっとうれしかったです。

「開」という一文字を何度も書いたのですが、
そのうち、何かの拍子にとてもカッコいい「門」が書けてしまった。
これは、なんとしてもモノにしなくてはならないと思った僕は、
ものすごく緊張しながら鳥居を書いたのですが、
これが見事に失敗した。
めっちゃ悔しかった。

ところが、先生はこれを見るととても喜んで、
「とてもいい字です」
と僕のことを褒めてくれた。
狐につままれたような気分になりました。

普段厳しくて、おっかない先生が突然べた褒めを始めると、さすがに薄気味悪く、
何か裏があるんじゃないかと思ったのですが、
他の生徒にも、「かわすみ君はこんないい字を書いたのだから君も頑張りなさい!」
なんて言ってるから、本当に訳がわからない。

後ほど、名古屋市の書道家の集まりで披露したそうで、
「みんな褒めてましたよ」
と満面の笑みで言われて、
こちらとしてはお追従で笑うしかなかった。

セロ弾きのゴーシュで、ゴーシュが拍手喝さいを浴びて、
「馬鹿にしてやがる」
と困惑する場面がありますが、
ちょうどあんな気分です。絶対なにか勘違いしてると思った。

そのとき書いた「開」の字は、きれいに表装され、
今はうちの仕事場の僕の机の前に飾られています。
これが、何度見てもいい字には思えないんだよな。
むしろ、門の下の部分を「失敗した!」と思った記憶が蘇ってきて、
「物事は最後まで気を抜いてはいけない」
という教訓になっていたりします。

この額は二十五年ほど実家の店に飾られ、煙草のヤニにまみれていたのですが、
これを見た初老のお客さんが
「漫画みたいな文字だな」
と感想を述べたそうです。
案外、上手な文字じゃないところが、先生方に受けたのかもしれません。

まったく画材の話になっていませんが、まあ、どこかに残しておきたかった、
瀬古先生の思い出話なのです。

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