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2015年11月

2015年11月23日 (月)

訃報

漫画原作者の毛利甚八先生がお亡くなりになりました。

実業之日本社の「裁判員の女神」で作画を担当させていただいたき、その真摯な執筆姿勢に触れさせていただきました。
裁判員制度が始まり、多くの人が「司法」に直接関わってくる機会を、重要な節目と考え、原作の筆を執っていただいたと担当の方からお聞きしています。

言葉をとても大切になさる方で、一言一言を吟味するような執筆姿勢でした。僕が書いた原稿にも印刷前に必ず目を通してくださったそうです。
今考えると自分が足を引っ張ったのではと反省するところも多いのですが、何年か前に仕事のことでメールをいただいたとき、「これは残る仕事だから」と励ましていただけたのは僕の大切な思い出です。

心からご冥福をお祈りします。


2015年11月10日 (火)

ラビスラズリ

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青い絵の具のお話。

いきなりだけど、昔は青い絵の具はとんでもない高級品だった。
21世紀に生きていると、なかなか実感しにくいのだけど、
大昔の一般庶民は、青といえば菜っ葉の緑のことで、
日常生活の中で青い色とお目にかかることは、めったになかった。

空の青と海の青……すぐに思いつくのはそれくらい。
あとは花の色かな。

魚の青というのもある。
水族館に行くと、魚の青い色にとても驚かされる。
マグロのような大衆魚ですら、水の中では両サイドが青く輝いている。

デパートのペットショップで熱帯魚のディスカスだったかな、
青い色がとてもきれいで、しばらく見惚れた。
あの青い色を紙の上に表現できたら、楽しいだろうなと、
そんなことをずっと考えていた。
(池袋のロフトの屋上のとこにあった。昔はよく屋上に「うどん」を食べに行ってた)

あと、富士山なんかの青い色もいい。空の色なんだろうけど、
山に対して人が信仰心を抱くのは、あの崇高な色彩の力によるものかもしれない。

でも、そんな青い色を二次元の紙の上に残そうとすると、
昔の人はとても残念な気持ちを味わうことになった。
自然界に青い物質というのは、ほとんど存在していないのだ。

古代から青い絵の具の材料として用いられたのは、ラビスラズリという宝石である。
これを砕いて膠や何かで紙の上に固定させる。
宝石だから、とても高い。金塊と同じ値段で取引されていた。

一般人が趣味で絵を描くのに使うには、あまりにも「べらぼう」である。

画家にしたってそうである。
昔のヨーロッパの絵は、赤とか黄色、緑で描かれていることが多い。
青は高いからめったに使わない。
ルネッサンス前後のヨーロッパの絵を美術館に見に行くと、
この青の希薄な世界に「時代の古さ」を感じて、
なんだか古代の洞窟にでも迷い込んだような気分にさせられる。

それでも、青い色をふんだんに使った画家もいる。
例えば、フェルメールである。
日本ではずいぶん人気のある画家なので、知っている人はたくさんいるはず。
17世紀オランダの人。
名前は知らなくても、「真珠の耳飾りの少女」の絵は見てるはず。

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絵ももちろん素晴らしいけれど、世界に三十数点しか絵が残っていないため、
価値が「べらぼう」に跳ね上がっていることでも有名。
そして、そのわりに一年に一回くらいは都内の美術館で展示されるという、
客引きパンダ的な存在としても、超有名。

自分もいくつかの美術館に足を運んで鑑賞したけれど、
フェルメールの絵の前はいつも黒山の人だかりで、
せっかくチケット代を奮発して見に行ったのに、あんまり「見た」という気にならない。
でも、光の使い方と画面の奥行の素晴らしさは、やっぱりすごいと唸らさせられる。

このフェルメールさんは、比較的裕福な家の出身だったようで、
金塊と同じほどの価値のあったラビスラズリをふんだんに使って青い色の絵を残している。
「真珠の耳飾りの少女」は同名の映画もあるけれど、
その中で画家が石を砕いて自分で絵具を作るシーンがある。
何しろ、宝石ほどの価値もある画材だから、フェルメールさんも「ここぞ」という時しか、
青い色は使わない。
古い絵画の茶色の世界(赤と黄色がメインの世界)に、
青い色彩が鮮やかに、とても効果的に使われているから、
現代絵画よりもよっぽど青い色が印象に残る。
これもたぶん、世界中の愛好家がフェルメールが大好きな理由のひとつだと思う。
「真珠の耳飾りの少女」が青いターバンじゃなくて、緑や黄色だったら、
その価値はたぶん半減していたことだろう。

金持ちしか使えない青色が、広く一般の画家でも使えるようになったのは、
18世紀にドイツでプルシャンブルーが化学的に合成されてからである。
これは、絵画の世界では革命的な出来事だった。

昔、スペイン絵画の展示会があって、自分はゴヤを目当てに見に行ったのだけど、
エルミタージュ美術館だったかな、収蔵品を年代順に展示してあったのだけど、
ある時期から、絵の雰囲気が劇的に明るくなったので、とてもびっくりした。
画家が青い色を自由に使えるようになって、絵に色彩の広がりが生まれたのだ。

同じことは、少し時間をおいて日本でも起こっていた。

日本はラヒスラズリが産出しないそうで、絵の中の青はたいてい緑である。
浮世絵なんかは、基本的に庶民のものだから、
江戸初期の版画は、赤と黄色と緑色の世界である。
この状況は、あの葛飾北斎の時代まで続く。

北斎はとても長生きをした人で、代表作の「富岳三十六景」などは七十過ぎで描いている。
その、富岳シリーズを描く少し前に、西洋から青い絵の具が輸入されてきた。
絵描きにとってこんな目出度い話はないので、北斎は青を使った。
それこそ、狂ったように青い色を使いまくった。
ベルリンで作られた青い画材だったので「べろ藍」と言ったらしい。
富岳三十六景の「神奈川沖浪裏」なんかは、青い色がなかったらたぶん生まれなかった。

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青色発光ダイオードの発明が、ダイオードによる色彩の大革命だったように、
青一色が加わることで色彩の世界は格段にひろがっていく。
北斎はこのあともいくつも浮世絵を出しているけれど、
色彩がどんどん派手になっていって、僕はかえって気持ち悪く感じる。
江戸の昔の人には新鮮な驚きだったのだろうけれど。

青い色は、だから使うのがずいぶん難しい色だと思う。
色彩が派手になるほど、使い勝手を誤ると絵がとてつもなく混乱する。
むしろ青い色をぎりぎりまで使わないで、フェルメールのように一点豪華主義で使う方が、
見栄えのいい絵になるような気がする。なにしろ、自然界にはほとんど存在していない
希少な色彩なのだ。

で、僕も自分の絵の彩度を落として古い感じにしてみました。

フランケンシュタインが、突然描きたくなったのです。
で、あれこれいじっているうちにSM調になってしまった。そんな趣味はないけど。
彩度を落とす前の元の絵はこちらです。
なんだかんだで、僕は青い色が大好きです。

2

2015年11月 1日 (日)

ちょいとお医者様に止められていて、お肉が食べられない。

僕「駄目ですか」
医「駄目です」
僕「カレーはシーフードカレーだけになりますね……」
医「イカも、やめといた方がいいかもしれない」
僕「うむ……何を食べればいいんだろう」
医「サバ、食べてください」

というわけでサバばかり食べている。
でもあれはあれで油が多いので、本当に体にいいのかは疑問。
サバの油は脂肪にはならないのだろうか。

そんなわけで、外食するのにもいちいち肉の存在を確認するようになった。
……といっても、家の外で食べると動物肉の入っていない料理は皆無で、
コンビニ弁当はもちろん、ラーメンもファミレスの肉料理も、まったく口にしていない。
こうなってくると、世の中がいかに肉料理にあふれているかがわかってくる。
のり弁ですら唐揚げがはいっていたりする。
実は、この頃無性にチャーハンが食べたくて仕方がないのだが、
肉の入っていないチャーハンというのは、なかなか想像できない。
シラスと梅肉で作ってみたけど、あれはチャーハンではない。

シーチキンの方が、まだチャーハンぽい感じにはなる。

何の話かって感じだけど、日本は消費者の欲望で回ってる国なので、
外食産業はお肉いっぱいのうま味過剰の料理ばかりだね、と言ってみたかった。
一口目が鮮烈においしい料理というのは、経験的に少し警戒する。
フォアグラも、初めて食べたときは「こんなうまいものがこの世にはあるのか」
と思ったけれど、食べ続けたらうんざりした。
でも人間は「おいしい」と思った瞬間をなかなか忘れられないから、
またフォアグラを食べたい、なんて考えたりする。
そういうレベルで、外食産業の料理は始めが強烈で、そこにすべてをかけている。

漫画も同じで、最初が鮮烈であることを求められる。
一話目が面白ければ、読者はその面白さをもう一度味わいたいと思い、
二話も三話も読んでくれる、と編集者の方は考えている。
出版不況が始まってから、その傾向はますます強くなった。
これは商売としてはものすごく正しいやり方であり、僕もそうあれかしと思う。
実際、二話目以降にどんどん面白くなるタイプの漫画は、
どんどん切られている。新規のお客様を期待できないからだ。
漫画の文化がどうのこうのと、文句の一つも言ってみたくなるかもしれないけど、
それくらい、出版社は余裕がなくなっているのだろう。

サバは塩をふって焼くのがたまらなくおいしい。
でも、塩もいまは取らないようにお医者さまに言われているので、
とても味気ないが、酢を振りかけて食べたりする。
片栗粉と五香粉をまぶしてフライパンで焼いたりもする。
長い間続けていたら、それも美味しいような気がしてきた。

外食産業で強烈な料理を食べるのもたまにはいいだろうけれど、
調味料を可能な限り減らして、素材の淡白な味わいを楽しむのも、
結構いいような気がする。

話は突然、音楽の方に飛ぶ。

ハワード・ジョーンズさんを知っている人はあんまりいないんじゃないかな。
80年代のMTV全盛期にイギリスからヒットを飛ばしたミュージシャンの方。
僕が名前を知ったのは「ががみ♪あきら」さんのエッセイ風の漫画で、
以来、ときどき聴くようになった。
……ウィキペディアでは僕が「かがみ♪あきら」さんの漫画を読んで、
漫画家を目指したみたいになっているけれど、厳密にはそうじゃない。
かわいい女の子を描く作風が好きで、憧れていただけである。

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それで、漫画家さんが若くしてお亡くなりになった後も、
ハワード・ジョーンズさんをずっと見守ってまして、
新譜が出れば買う、程度には好きだったりするのです。
昔はヒットチャートに名前を連ねていたりしたのですが、
今は若い人だと知っている人はまずいない。
ベジタリアンで、「ミスタークリーン」と言われるほどの品行方正さが、
過激なミュージックシーンにはあんまり合わなかったような気もします。

でも、ときどき思い出したように名前を聴くことはあるのです。
ずいぶん前の話ですが、キムタクの「ギフト」ってドラマで、
彼の曲が使われたりもしました。
あんまりいきなりなんでとてもビックリした。
日本の音楽関係の方の中には、彼のファンがいるみたいです。
まあ、ドラマはバタフライナイフを使った少年犯罪のせいで再放送もされてませんが。
(ドラマの中でバタフライナイフがかなり印象的に使われていた)

最近だと、ケーブルテレビをなんとなく見てたら、
環境保護か何かのテーマソングがハワード・ジョーンズさんで、
一曲丸ごとCMで流れて、好々爺としたお姿を何年かぶりで拝見したりしました。
ナショナル・ジオグラフィックか何かだったかな。

ああ、新曲が出たんだと思い、アルバムを買ってみたのですが、
これがなんとも地味目で穏やかな作品でして、ポップカルチャーの旗手だった面影が、
あんまりなかったりします。
でも、一音一音を大切にする作風が推し進められて、心地よい作品です。
実際、CMで使われた曲もボーナストラックに入っているのですが、
CM用だけあって、ドラムの音が強すぎて、アルバムには合わなかったんだな、
と想像してしまいます。
商業用のものは濃い味付けで、アルバム曲は淡い感じでまとめられています。

ハワード・ジョーンズさんは80年代にシンセサイザーのピコピコ音で出てきた方で、
キーボード一つでいろんな音を出して曲作りをしておりました。
その音は日本の当時の音楽界にいろいろな痕跡を残しております。
四枚目のアルバムの「エバーラスティング・ラブ」のイントロなんか、
またか、ってくらいあっちこっちで使われてます。
でも、このアルバムの後半あたりから音作りの方にどんどんのめり込んで行って、
楽曲はどんどんシンプルに、優しい作風に変わっていきました。
時代の流れから乖離し始めたのは、このアルバムあたりからかもしれない。

ハワード・ジョーンズさんのライブアルバムで、
ヤマハのピアノのゴリゴリした音だけで昔のヒット曲を演奏したものがあって、
僕はこれが一番好きだったりします。
シンセのピコピコ音が彼のトレードマークだったのですが、
そういうものが一切なしで、ピアノのゴッツイ音だけで演奏された曲は、
シンプルだけど、とても生き生きしておりました。
「エバーラスティング・ラブ」のイントロを弾き始め、観客が盛り上がったところで、
突然曲が終わってしまうのは、使い古された手段だけど、面白かった。

昔のヒット曲がシンセのピコピコ音のせいで色あせて聞こえる中、
シンプルな音作りというのは、大ヒットはもはや望めないのだけど、
長く聞き続けるにはとても良かったりします。
もちろん、彼がシンセピコピコ時代からのファンを大切にし続けたのが、
一番大きいのでしょうけれど。

80年代にキラキラ輝いて見えたものが、21世紀の今、かなり古色蒼然としています。
当時を知る自分たちの年代ですらそうなのだから、若い方たちにはどれほどのものか。
永遠に残ると思われた名曲ですら、今聴くと「ダッセー」となることがあります。

価値観は本当にうつろいやすい。

昔、博物館でローランのミイラ少女が展示されたことがあって、見に行ったのですが、
その少女の着ていた服を見たどこかのおば様が、
「あら、きれいね」
とご友人に褒めていたことがあって、
「いや、あんたの着ている服の方がよっぽどきれいだろう」
と思ったことがあります。

これはまあ、僕の方がおかしい。

ミイラの少女が生きていた時代、見えていた世界は僕らにはもうわからない。
僕らがスマホの無かった時代を思い出すのが難しくなったみたいに、
少女の感じていたときめきみたいなものは、永遠に失われてしまった。
ミイラの女の子の着ていた服は、博物館のおば様の服よりはみすぼらしかったけれど、
あの時代、彼女の中では最高に素敵な衣装だったのだろう。

その少女のときめきに、おば様が一瞬でもシンクロしたのだとしたら、
それは博物館のチケット分以上に、価値のある瞬間だったはずなのです。

肉が食べられないという現在の状況の中で、
そんなことをふと考えてみました。

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