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2015年11月 1日 (日)

ちょいとお医者様に止められていて、お肉が食べられない。

僕「駄目ですか」
医「駄目です」
僕「カレーはシーフードカレーだけになりますね……」
医「イカも、やめといた方がいいかもしれない」
僕「うむ……何を食べればいいんだろう」
医「サバ、食べてください」

というわけでサバばかり食べている。
でもあれはあれで油が多いので、本当に体にいいのかは疑問。
サバの油は脂肪にはならないのだろうか。

そんなわけで、外食するのにもいちいち肉の存在を確認するようになった。
……といっても、家の外で食べると動物肉の入っていない料理は皆無で、
コンビニ弁当はもちろん、ラーメンもファミレスの肉料理も、まったく口にしていない。
こうなってくると、世の中がいかに肉料理にあふれているかがわかってくる。
のり弁ですら唐揚げがはいっていたりする。
実は、この頃無性にチャーハンが食べたくて仕方がないのだが、
肉の入っていないチャーハンというのは、なかなか想像できない。
シラスと梅肉で作ってみたけど、あれはチャーハンではない。

シーチキンの方が、まだチャーハンぽい感じにはなる。

何の話かって感じだけど、日本は消費者の欲望で回ってる国なので、
外食産業はお肉いっぱいのうま味過剰の料理ばかりだね、と言ってみたかった。
一口目が鮮烈においしい料理というのは、経験的に少し警戒する。
フォアグラも、初めて食べたときは「こんなうまいものがこの世にはあるのか」
と思ったけれど、食べ続けたらうんざりした。
でも人間は「おいしい」と思った瞬間をなかなか忘れられないから、
またフォアグラを食べたい、なんて考えたりする。
そういうレベルで、外食産業の料理は始めが強烈で、そこにすべてをかけている。

漫画も同じで、最初が鮮烈であることを求められる。
一話目が面白ければ、読者はその面白さをもう一度味わいたいと思い、
二話も三話も読んでくれる、と編集者の方は考えている。
出版不況が始まってから、その傾向はますます強くなった。
これは商売としてはものすごく正しいやり方であり、僕もそうあれかしと思う。
実際、二話目以降にどんどん面白くなるタイプの漫画は、
どんどん切られている。新規のお客様を期待できないからだ。
漫画の文化がどうのこうのと、文句の一つも言ってみたくなるかもしれないけど、
それくらい、出版社は余裕がなくなっているのだろう。

サバは塩をふって焼くのがたまらなくおいしい。
でも、塩もいまは取らないようにお医者さまに言われているので、
とても味気ないが、酢を振りかけて食べたりする。
片栗粉と五香粉をまぶしてフライパンで焼いたりもする。
長い間続けていたら、それも美味しいような気がしてきた。

外食産業で強烈な料理を食べるのもたまにはいいだろうけれど、
調味料を可能な限り減らして、素材の淡白な味わいを楽しむのも、
結構いいような気がする。

話は突然、音楽の方に飛ぶ。

ハワード・ジョーンズさんを知っている人はあんまりいないんじゃないかな。
80年代のMTV全盛期にイギリスからヒットを飛ばしたミュージシャンの方。
僕が名前を知ったのは「ががみ♪あきら」さんのエッセイ風の漫画で、
以来、ときどき聴くようになった。
……ウィキペディアでは僕が「かがみ♪あきら」さんの漫画を読んで、
漫画家を目指したみたいになっているけれど、厳密にはそうじゃない。
かわいい女の子を描く作風が好きで、憧れていただけである。

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それで、漫画家さんが若くしてお亡くなりになった後も、
ハワード・ジョーンズさんをずっと見守ってまして、
新譜が出れば買う、程度には好きだったりするのです。
昔はヒットチャートに名前を連ねていたりしたのですが、
今は若い人だと知っている人はまずいない。
ベジタリアンで、「ミスタークリーン」と言われるほどの品行方正さが、
過激なミュージックシーンにはあんまり合わなかったような気もします。

でも、ときどき思い出したように名前を聴くことはあるのです。
ずいぶん前の話ですが、キムタクの「ギフト」ってドラマで、
彼の曲が使われたりもしました。
あんまりいきなりなんでとてもビックリした。
日本の音楽関係の方の中には、彼のファンがいるみたいです。
まあ、ドラマはバタフライナイフを使った少年犯罪のせいで再放送もされてませんが。
(ドラマの中でバタフライナイフがかなり印象的に使われていた)

最近だと、ケーブルテレビをなんとなく見てたら、
環境保護か何かのテーマソングがハワード・ジョーンズさんで、
一曲丸ごとCMで流れて、好々爺としたお姿を何年かぶりで拝見したりしました。
ナショナル・ジオグラフィックか何かだったかな。

ああ、新曲が出たんだと思い、アルバムを買ってみたのですが、
これがなんとも地味目で穏やかな作品でして、ポップカルチャーの旗手だった面影が、
あんまりなかったりします。
でも、一音一音を大切にする作風が推し進められて、心地よい作品です。
実際、CMで使われた曲もボーナストラックに入っているのですが、
CM用だけあって、ドラムの音が強すぎて、アルバムには合わなかったんだな、
と想像してしまいます。
商業用のものは濃い味付けで、アルバム曲は淡い感じでまとめられています。

ハワード・ジョーンズさんは80年代にシンセサイザーのピコピコ音で出てきた方で、
キーボード一つでいろんな音を出して曲作りをしておりました。
その音は日本の当時の音楽界にいろいろな痕跡を残しております。
四枚目のアルバムの「エバーラスティング・ラブ」のイントロなんか、
またか、ってくらいあっちこっちで使われてます。
でも、このアルバムの後半あたりから音作りの方にどんどんのめり込んで行って、
楽曲はどんどんシンプルに、優しい作風に変わっていきました。
時代の流れから乖離し始めたのは、このアルバムあたりからかもしれない。

ハワード・ジョーンズさんのライブアルバムで、
ヤマハのピアノのゴリゴリした音だけで昔のヒット曲を演奏したものがあって、
僕はこれが一番好きだったりします。
シンセのピコピコ音が彼のトレードマークだったのですが、
そういうものが一切なしで、ピアノのゴッツイ音だけで演奏された曲は、
シンプルだけど、とても生き生きしておりました。
「エバーラスティング・ラブ」のイントロを弾き始め、観客が盛り上がったところで、
突然曲が終わってしまうのは、使い古された手段だけど、面白かった。

昔のヒット曲がシンセのピコピコ音のせいで色あせて聞こえる中、
シンプルな音作りというのは、大ヒットはもはや望めないのだけど、
長く聞き続けるにはとても良かったりします。
もちろん、彼がシンセピコピコ時代からのファンを大切にし続けたのが、
一番大きいのでしょうけれど。

80年代にキラキラ輝いて見えたものが、21世紀の今、かなり古色蒼然としています。
当時を知る自分たちの年代ですらそうなのだから、若い方たちにはどれほどのものか。
永遠に残ると思われた名曲ですら、今聴くと「ダッセー」となることがあります。

価値観は本当にうつろいやすい。

昔、博物館でローランのミイラ少女が展示されたことがあって、見に行ったのですが、
その少女の着ていた服を見たどこかのおば様が、
「あら、きれいね」
とご友人に褒めていたことがあって、
「いや、あんたの着ている服の方がよっぽどきれいだろう」
と思ったことがあります。

これはまあ、僕の方がおかしい。

ミイラの少女が生きていた時代、見えていた世界は僕らにはもうわからない。
僕らがスマホの無かった時代を思い出すのが難しくなったみたいに、
少女の感じていたときめきみたいなものは、永遠に失われてしまった。
ミイラの女の子の着ていた服は、博物館のおば様の服よりはみすぼらしかったけれど、
あの時代、彼女の中では最高に素敵な衣装だったのだろう。

その少女のときめきに、おば様が一瞬でもシンクロしたのだとしたら、
それは博物館のチケット分以上に、価値のある瞬間だったはずなのです。

肉が食べられないという現在の状況の中で、
そんなことをふと考えてみました。

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