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2016年3月

2016年3月24日 (木)

告知

3月25日金曜日、ぶんか社様から「漫画昭和人情食堂」が発売されます。
そこに、読み切りで作品が掲載されますので、
コンビニ等でお見かけの折は、是非お手に取ってご覧いただけるとうれしいです。
そのままレジに持って行ってもらえるとなおうれしいです。

電子書籍でもご覧いただけるそうなので、そちらからも是非。

今回は「懐かしい昭和の食の風景」とのことでしたので、
いろいろ思い出を書き出して出版社のほうへ送ったところ、
「これ」
と言われたので、それを描いてみました。
とても個人的な内容です。
読み返したら案外明るい話になってたんで、ご容赦いただけたら幸い。

で、技術的な話。

今回はインクとGペンを使わず、ピグマで描いてみました。
紙も、いつもは市販の漫画用原稿用紙を使うのですが、
今回は近所のスーパーで買ってきたA4のコピー紙です。
そこに100円ショップで買った方眼紙を敷きまして、それに合わせてコマ割りしてます。

P1100495

これだと下書きをトレースするときとても便利。
どうせパソコンに取り込むんだから高い原稿用紙を使っても意味ないよと、
そんな感じです。

……うん、漫画の技術に興味のない人には本当にどうだっていい話だ。

2016年3月11日 (金)

文房具屋さんはパラダイス

またクラシックの話だけど、
指揮者のニコラス・アルノンクールさんがお亡くなりになった。
印象としては「いかつい顔をした理論派の親父」って感じなのかな。
クラシック音楽には「作曲当時の楽器で演奏するべし」という流行があって、
現代楽器で演奏されていたバッハやモーツァルトが、

「全然違う音楽」

に様変わりした時代があった。
アルノンクールさんもその流行の最先端にいた人、だと思う。

個人的には、この人の指揮したモーツァルトの交響曲「プラハ」が滅茶苦茶好きで、
二十代の頃からたびたび取り出して聴いている。
(1981年録音のロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラのやつ)
自分にとっては死ぬまで持っていたいCDのベストテンに入るものなので、
やはり、その死去は悲しい気持ちにさせられる。

「五人目もビートルズ」といわれたプロデューサーのジョージ・マーティンさんも、
とうとうお亡くなりになった。
ビートルズの世界的な成功にもっとも大きな役割を果たした。
訃報を新聞か何かで読んでいて、
「ストロベリーフィールズ・フォーエバー」の二つの違うテイクをくっつけた話、
有名な逸話なのだけど、そこで「おやおや」と思ったのだ。
いちおう解説すると、

・ジョン・レノンがめっちゃいい曲を作って持ってきた。
・メロントロンの幻想的な導入部のあるテイクを作った。
・ジョンが納得しない。
・「俺たちはロックバンドだ!」とばかりに激しいテイクを演奏し、「俺がポールを埋葬した」と聞こえるように「クランベリーソース」と吹き込んだ。
・ジョンが納得しない。
・「この二つをくっつけといて」と無茶振りをしてジョンとんずら。
・プロデューサーのジョージ・マーティンさん、「演奏速度もキーも違うのにくっつくか!」と困惑。
・エンジニアのジェフ・エメリック、テープ速度を絶妙に操作して二つをくっつける。
・奇跡的に最高のレコードが完成。

という話だったりします。この手柄が誰にあるのか、ジョンがジョージか、ジェフなのか。
たいていの場合、ジョージマーティンの手柄だとされることが多いのですが、
新聞では「エンジニアの功績が大きい」とちゃんと書かれていました。

ジェフ・エメリックの伝記は自分も読んで、すごく面白かったのです。
少年の頃、モノラル全盛期にステレオ音声のイベントに行って感動した話とか、
ビートルズ関係の裏話、特にジョージ・ハリソンへの個人的親近感とか、
(サムシングのギターソロをオーケストラの前で一発どりするシーンは感動的)
ビートルズが好きなら読んで損はない……ビートルズの真実の姿に幻滅するかもだけど、
……まあ、損はない本だと思います。

ただ、この「奇跡の合体作業」の主導はジョージ・マーティンだったわけで、
その功績はすこしも減じないと思います。
大きなプロジェクトを成功させるにはたくさんの人の手が必要ですし、
それをまとめ上げて成果を出すのは、それはそれは大変なことです。

なんかすごい天才が「くっつけて」とお気楽な言葉を残してとんずらして、
それでもその意図を理解して「さあ、やってみようじゃないか」と現場を動かす、
そして結果として、21世紀になっても斬新な名曲を作り出した、
この現場責任者が立派でないわけがない。

まあ、「実際に奇跡を起こしたのは誰か」という問題になると、
エンジニアのような気もするし、
「くっつけろ」と無茶振りしたジョン・レノンのような気もするのですけどね。

名プロデューサー、ジョージ・マーティンの仕事というと、
チープトリックのアルバム「All Shook Up」は個人的に好きです。
ちょっとビートルズっぽい感じがしないでもない。
ただ、このアルバムが売れなくてチープトリックは危機的状況に陥るのですけど。
(八十年代に奇跡的に復活)

なんか、ちっとも追悼していない追悼文になってる。

で、やっと本題。
文房具屋さんの話。
ないんだよね、文房具屋さん。近所から次々に撤退している。
ちょっとした文具、シャープとかボールペン、消しゴム程度ならコンビニで買えてしまう。
だから、それ専門の店というのがどんどん町から姿を消している。
このへん、本屋が次々消えていったのと事情はよく似ている。
少子化で最大の購買層である子供の数が減っていること、
コンビニに需要を奪われたこと、
ネットで買ったほうが楽だ、という発想、
などなど。

個人経営のお店だと、店主が老齢で引退というのが大きいのかもしれない。
そして、新規に文房具屋を開店というのが、ちょっと想像しにくい業種だったりもします。

で、この頃ピグマをものすごい勢いで消費するので、
散歩でぶらついているときなど、文房具がありそうな場所には必ず立ち寄るのです。

でもないんだよ、ピグマ。

ピグマは以前にも書いたけれど、80年代にデビューした画期的な文房具です。
水性顔料インクを使ったサインペンで、しかも乾くと耐水性。
ペン先が恐ろしく細いものもあり、そのサイズがなんと0,05ミリ!

ただし消しゴムをかけると線が薄くなる。

この文具が漫画業界に与えた影響は絶大で、
原稿にピグマを使っている作家さんはかなり多いのではないかと推測される。
たぶん多いんじゃないかな。

昔は町に文房具屋さんがあると必ず置いてあったのだけど、
その文房具屋さんが姿を消すと、ピグマのような「プチ専門系文具」は
なかなか手に入らなくなる。
コンビニにはないし、大規模スーパーのステーショナリー売り場にもない。
自分は文章を万年筆で書くことが多いのだけど、
そのインクカートリッジも、この手のお手軽文具売り場にはなかったりする。

需要の問題と言ってしまえばそれまでだけど、
優れた文房具が子供たちの純真な目にさらされることなく、消えていくのは、
やぱりちょっとさびしい。
話はそれるけど、最近でも三菱鉛筆が高級色鉛筆の生産を終了しようとしたところ、
それを色指定に使っていたアニメ業界の懇願にあって、生産を続行したという、
一見美談のようだけど、世知辛いお話もあった。
色鉛筆の需要がそこまで低迷しているのかと、そっちに驚かされたのだ。

まあ、僕も色鉛筆は一応持ってるだけでほとんど使わんのだけど。

子供のころは文房具屋で意味もなく文房具を眺めているのが大好きでした。
箱の中に整然と並べられた消しゴムの美しさ、
いろいろな濃さの鉛筆が大量に分類されている几帳面さ。
ときどきお手紙のコーナーなどに顔を出すと、ひどく凝った印刷の便せんがあったりして、
「きれいだな」
と至福の時間を満喫できたのです。

それがどうだい、町のスーパーのステーショナリーコーナーの味気なさよ。
おもちゃ売り場の脇についでのように設置され、子供用の文具ばかり置いてやがる。
しかも少子化だから年々その売り場面積も小さくなっていく。
次の時代を担う子供たちにこそ、大人の使う専門の文房具に触れてほしいのに、
そういうものは都心の大きな文房具屋でなけりゃお目にかかれないのだ。

……などと世の栄枯盛衰諸行無常にほろほろと涙を流す今日この頃、
「そういえば昔、あそこに文房具屋さんがあったっけ」
と、かなり離れた場所のことを思い出して、出かけてみたのだ。
昔、遠出で自転車がパンクしてしまい、
その文房具屋でサインペンか何かを買って、
「この近くに自転車屋さんはありませんか」
と尋ねたところ、親切に場所を教えてくれたのだ。

小さなビルの一階テナントを丸々文房具屋にしていたので、かなり広かった。
さっと目を通した印象でも、なかなか品ぞろえが良い感じがした。
近所にあれば間違いなく常連さんになっていただろうお店である。

記憶を頼りに繁華街のはずれを彷徨っていると、
「文房具屋」
の看板を発見、思わず「あった!」と喜んだのもつかの間、
文房具屋のあった一階テナントは健康食品のお店へと変貌していた。
もう一度言おう、
健康食品のお店へと変貌していた。

……そういえば店主の方も結構年がいってたし、
お店をたたんでしまったんだろうなと、
わびしい気持ちで立ち尽くしていると、
脇にダンポールの看板が出ていた。

「文房具○○二階で営業中 階段が狭いのでお気をつけてお上がりください」

なんてこったい、しぶとく文房具を売り続けているではないか。
狭い階段をえっちらおっちら昇ると、小さな部屋の中が文房具で埋め尽くされていた。
可能な限りありとあらゆる文房具を押し込んでみましたって感じで、
ここまで密集すると文房具コレクターのコレクションルームとしか思えない、
そんなパラダイスな風情なのでした。

「おじさん、ピグマありますか」
「あるよ」

しっかり全種類、サイズ別で並んでおりました。
しばらくこの楽園に浸っていたかったけど、お客が増えると身動き出来ない。
レジのおばさんに商品を渡し、会計を済ませたところ、
「階段が急なので気を付けてお帰りください」
とのお言葉を頂戴した。

ちょっと遠いけどまた来ようと、おっさんはルンルン気分で店をあとにしたのでした。

2016年3月 1日 (火)

奥羽本線 峠駅


久しぶりにブログの記事を書きます。
二月中に一回くらいは更新しなきゃと思いつつ、もう三月です。
寒いのは苦手なのですが、やっとこ春の足音が聞こえてまいりました。

……北海道は吹雪になってるってニュースでやってたけど。

自分も最近、友達と鉄道の旅に出かけて、えらい雪の中にポツンと立ってました。
山形県の奥羽本線「峠駅」です。
峠の駅だから標高が高く、雪が結構つもっている。
いわゆる「秘境駅」なのだそうです。名古屋の友達の熱い希望でやってまいりました。

P1100350

当日は晴れていたので寒さは平気でしたが、普通のスニーカーだったので滑る滑る。
転ばないように蟹股で歩いてました。

P1100361

こんな雪の深いところでも新幹線が走ってるんだから大したもんだ。

予備知識なしで出向いたので、駅に降りて巨大な鉄骨のシェルターに感嘆した。
カッコいい。武骨で昭和の建造物って感じがする。
これを見れただけでも来てよかった。
友達二人が通過する山形新幹線を撮影したり、名物の力餅を買ったりしている中、
ひたすら「鉄骨ラブ」にひたっておりました。

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もともとは列車のスイッチバックのために広大な敷地を屋根で覆ったのだそうだけど、
現在はその役割を終え、駅舎として使われているそうです。
「スノーシェルター」が正式な名前みたいです。
……シェルターだよ。少しくらいの攻撃にも耐えられそうだ。

パシャパシャ写真を撮っていたら、盛岡の友達が「何を撮ってるの」って聞いてきたけど、
こんなの撮ってました。なんか、物語を感じませんか?

P1100381

で、たっぷり駅を堪能したあと、数時間後まで電車が停まらないので、
名古屋の友達の手配してくれたタクシーで峠を下ることになっていたのだけど、
駅前の坂をタクシーが越えられねえ。まあ、プリウスじゃあしょうがない。

P1100391

坂の上でタクシーが登るのを待っていたのだけど、いよいよダメだってんで、
一度駅舎に戻ることになった。
ここで、それまで転倒することなくきれいな体のままだった自分だが、
一緒に降りていた盛岡の友人が背後で転んだのが面白くて、

「( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」

と笑った拍子に、もらい転倒した。
先に駅舎に降りていた名古屋の友人が「いい絵をありがとうございます!」と、
しっかりビデオで撮影していた。
この映像が大学時代のサークルの方々に広まるのかと思うと、苦笑しか出ない。

三十分くらい後にタクシー会社の4WD車が救援に来てくれたので、
それに乗って米沢駅へ。
ぎりぎり、新幹線に乗れました。
乗ったのは「とれいゆ つばさ」……新幹線の中で足湯が体験できるというもの。
友人と三人でシャベル三味線の演奏車両をかいくぐって16号車へ。
ジャグジーの足湯でリラックスしてまいりました。
さっきまで雪道で転がっていたのが嘘みたいな極楽気分でした。

あれはとてもいいものだ。

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今月、コンビニ本で料理漫画が出るはずなので、詳細がわかったらここで告知しますね。

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