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2016年5月16日 (月)

本をめぐる物語

 1

春の五月ごろは気候もいいので散歩がはかどる。
血圧を下げる薬を常用しているせいか、運動するとひどく疲れるのだけど、
春になってからはけっこう快調。

なんせ、去年鼻血が止まらなくなって病院に駆け込んだ時は、
上の血圧が「235」までいってた。
たまたま耳鼻科の先生が不在だったため、内科の先生に診ていただいたのだけど、
鼻血を止めるよりもまず、血圧を下げなきゃ駄目だってんで、
薬を処方されて数時間ベッドに横になってた。
結局、止まらなかったから別の病院に回されたんだけど、
そこの耳鼻科の先生が若い女の子で、
かわいらしいお嬢さんに鼻の穴の中を弄られるという、変なプレイを堪能できた。

いや、そんなのはどうでもいい。

それ以来、例の内科の先生に血圧を下げる薬を処方されている。
なんでも、
「限界ギリギリの量」
らしい。
昔、一日仕事をして自分で血圧を計ったら「245」までいったことがあるけど、
今は「130」くらいで落ち着いている。
「このまま、ボロボロになった血管を治していきましょう」
と、内科の先生はおっしゃる。
最初に診てもらったときは、
「エンジンが暴走している状態です」
とまで言われたので、薬というのはよく効くなとほとほと感心している。

この内科の先生は三十代くらいの好青年で、一度うどんの話をしたとき、
「九州の五島列島のうどんがおいしいですよ」
と教えてくれた。
自分は知識として五島列島のうどんは知っているだけで、食べたことがない。
どんな味なんだろう。

ボロボロになった血管を治すため、食生活には気を配らなくてはならない。
先生曰く、「ドロドロの油まみれの濁った血」を「きれいなサラサラ状態」にして
血管を再生させる、とのこと。
その話のときにいろんな食材を上げていって、
「うどんはいいね。塩分を取らないって前提なら」
って話題から、五島列島のうどんの話になったんだ。

このブログでも、肉を食べられないって書いたことがあったけど、
あれは、そういう理由。
「シーフードカレーはどうですかね」
と聞いたら、
「イカはやめといたほうがいい」
とも言われた。

以来、いろいろ自分でも勉強をして、中性脂肪を下げるには卵を食べないのがいい!と、
聞きかじりの知識にご満悦で、しばらく卵断ちもしていたのだけど、
意気揚々とそのことをドヤ顔で自慢したら、
「最近の研究だと、卵を食べてもあんまり変わらないと言われています」
と、一言のもとに斬り捨てられてしまった。
「中性脂肪は体内で生成されるのでうんたらかんたら」と説明されたけど、
正直、理屈はよくわからなかった。
素人の生兵法はあてにはならないなと、ちょっとガッカリした。

僕が肉を食べられないというのは、一部でギャグとして流通している。

弟が東京モーターショーを見に東京へ来たとき、
「弟よ、兄は肉が食べられない。さあ、今晩は何が食べたい?」
と聞いてみたら、
「肉」
と即答された。

仕方がないので焼肉屋に行ってたらふく食べてやった。

この弟さんは車が大好きで、漫画のネタに使うため、
「お父さんが最後に乗ってた車はなんだっけ?」
と聞いたら、当時小学四年生だったにも関わらず、
「日産ブルーバードの○○型、GX、シルバーとグレーのツートンカラーで
赤いラインが横についてるやつ」
と即答しやがった。
さらに、
「その前は○○の○○で、○○が○○」
と、よくわからない単語を羅列し始める。

宇宙人か、おまえは。

漫画が掲載されたコンビニ本を贈呈したら、とても喜んでくれたみたいで、
そういうところは、まあ、かわいいやつだと思わんでもない。

で、まあ、肉が食えないという話はギャグになっている。

冬のさなかに友達と東北を旅行して、
「最後は仙台で牛タンパーティー」と計画されていたのだが、

「そういえばかわすみは肉食べれないんだったな」

と、しっかりブログをチェックされていて、あやうく魚介パーティーになるところだった。
「仙台に来て牛タン食べるのが楽しみだったんだよ!」
と心の中で絶叫しつつ、
「いや、この頃は調子もいいから牛タンを食べましょう」
と穏やかに微笑んで見せたのだった。

結局、なんだかんだでお肉は食べている。

ただ、そのせいなのか、血液検査の結果がよろしからず、
「中性脂肪を下げる薬も処方しておきますね」
と例の好青年に言われてしまい、現在一日五種類の薬を服用する羽目になった。

血管再生への道のりは遠い。


 2

今回のブログのテーマは「知り合いからもらった本」だったりする。
自分は割と潔癖な方なので、人から頂いた本はなんとなく読みずらい。
古本屋で買うのは平気なので、たぶん、知ってる人が読んだ、という状態が嫌なのだろう。
だいたい、自分には興味のない本なわけだから、最初からハードルが高い。

だから、「この本、面白かったですよ」と渡されても、あんまり読まない。
仕事に関係するものはキッチリ目を通すのだけど、
それ以外だと、例えば「方丈記についての面白い本」みたいなのが、
ここ何年もずーっと放置されたままになっている。

方丈記、面白いのに。

ふと、おかしなことを思い出した。
学生時代に方丈記の授業で、「平十郎」という名前が出てきて、
隣席の友達が、
「お前の好きなビートルズだな」
とからかったことがあった。
なんのことかと思ったら、「ヘイ・ジュード」のことだった。
ジョンレノンの息子のジュリアンのためにポール・マッカートニーが作った曲だ。
今突然、電撃のように思い出した。

あえて言わせてもらうが、このギャグはあまり面白くない。

この友達はかなりの読書家で、
古本屋で井伏鱒二の「厄除け詩集」というものを見つけてきて、
「宝物だ!」
とものすごく喜んでいた。

この本には、「さよならだけが人生だ」という超有名なフレーズがあり、
みんな井伏鱒二の言葉だと知らないで使っていたりする。
二十代の頃、編集さんと打ち合わせをしていて、
「それ、井伏鱒二の厄除け詩集の言葉なんですよ」
とドヤ顔で教えてあげたら、
「なにそれ、なんでそんなことを知ってるの」
と宇宙人を見るような怪訝な目をむけられた。

「はまりんこ」のときだ。

で、その友達が学生時代に頻繁に引っ越しをしたのだけど、
いつだったかその手伝いをしてあげたとき、紙袋いっぱいの本をいただいてしまった。
さあ困った。
人からもらった本はとにかく読みづらい。
でも、頂いた以上は使命として読まなくてはいけない。
三浦綾子とか、自分がこの先死ぬまで読まなそうな本を、
なんとか頑張って読んだと思う。
でも覚えているのは「細川ガラシャについての本はなかなか面白い」だったりする。
結局、東京に出るとき実家に置いてきたのだけど、うちの母がなぜか読んで感動してた。
だからまあ、無駄にはならなかったと思う。
今でも母の本棚に並んでいる。

実家が食堂だったため、お客さんの中に本を下さる方もいた。
うちの本棚に吉川英治の新平家物語がどかんと置かれているのだけど、
これは妙齢のご婦人が入院時の退屈を紛らわすために読んだものだ。
豪華愛蔵本で、作りも立派なうえに挿絵もきれい。(杉本健吉さんだ!)
ただ、横に並べると四十センチくらいになる。
しかも本編二段組み。
どんだけ長く入院していらしたのだか。

しかし、これは全部読破した。
なんでも、吉川英治が連載終了後に原稿を積み上げたら天井に届いたという伝説の書だ。
だけど、これは面白かったから数か月がかりでなんとか読破できた。
今でもラストシーンは瞼に焼き付いている。
活字だけど、映像がありありと頭に浮かんでいた。
泣いた。
ティッシュを何枚も使いながら涙をふき続けた。
もう、話に感動したのか読破した自分に感激したのかよくわからない。

出来ればもう一回読みたいのだけど、あの量を考えるとちょっと辟易する。

人から頂戴して心から「ありがとう」と感謝の言葉を言えたのは、
この「新平家物語」が一番だと思う。


 3

江戸川区のコインランドリーで洗濯しながら文庫本を読んでいたら、
「あなたは本がお好きなのですか」
と、品のいいお爺さんに声をかけられたことがある。
まだ二十代の頃である。

明るい平日の昼ひなか、アルバイトのお休みか何かじゃないかな。
ラジオからはブラームスのドイツ鎮魂歌が流れていたような気がする。
ラジオ聴きながら本を読むなっての。

老人は小柄な人で、仕事を退職した後に暇を持て余しているという感じである。
白髪で汚れのないまっさらな笑顔だったのを覚えている。
「わたくし、○○ツクルと申します。ペンネームですけどね」
と、ニコニコしながらコインランドリーの待合い席に腰を下ろした。
たぶん、散歩コースか何かなのだろう。

「本は大好きですよ」
僕も笑顔で答えた。実家が客商売のせいか、目上の人への人当たりはとてもいいのだ。

「小栗虫太郎をご存知ですか」

なんだか、聞いたことのない名前が飛び出してきた。
「知りません」
「昔の推理作家ですよ。若い人は知らないかもしれませんね」
「江戸川乱歩とか、そんな感じですか」
「そんな感じです」

その老人は「そんなに本がお好きならこの次会ったときに本を差し上げましょう」と、
ニコニコしながら申し出た。
いや、自分は人様が読んだ本は読むのに抵抗があるのだけど、と思ったけれど、
こういう時に無下に断ってしまうのは失礼な気もした。
もらってしまえば、目の前の老人の中で、
「さまよえる若人に人生の指針を与えてやった」
という妄想が生まれるかもしれない。
それはこの人の人生を一週間くらいは伸ばす効能が、あるような気もする。
「いただきましょう」
と僕は返事をした。

で、本を頂いたのだけど、くだんの小栗虫太郎とやらの本は一冊もなく、
左寄りの啓蒙書が何冊もあった。これは読めんな、と棚の隅に追いやってしまった。

でも、小栗虫太郎という作家名はずっと心に引っかかっていたので、
図書館で代表作の「黒死館殺人事件」を借りてきて読んでみた。
これは推理小説の三代奇書と呼ばれる名作なんだそうだけれど、
言葉遣いが独特で、自分には最後まで読み通すことが出来なかった。
この濃厚な幻想的世界に共感できる人には、めちゃくちゃ面白いんだろうけど。

でもこの本で覚えたこともある。

物語の中で「膝カックン」がトリックに使われていたのかな、
その「膝カックン」を、「○×反応」と横文字で書いていたのもカッコよかったが、
(調べたけど具体名は思い出せない。エントレジャンス反応とか、そんな感じ)
その、相手の膝の裏のことを、

「ひかがみ【膕】」

と古風な日本語で表現していたのが、妙に「優雅だな」と思ってしまった。

おかげさまで丈の短いスカートの女の子を後ろから見ると、

「おお、ひかがみをさらして今の子は大胆であるな」

と典雅な表現をするようになってしまった。
そして、小栗虫太郎を思い出し、コインランドリーで二十年前に会った、
あの左寄りの老人のことも、思い出すのである。

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