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2016年6月

2016年6月25日 (土)

昭和人情食堂2号目


本日、弐千壱拾六年六月二十五日、ぶんか社様から「昭和人情食堂」が発売されます。
VOL2です。お弁当と丼物がテーマで、自分も丼物の方で描かせていただきました。
全国のコンビニで発売、あとデジタルでもお買い上げのうえ、読むことができます。

P1100549

友達から急行列車「はまなす」のグッズを送っていただきました。
感謝感激。
このヘッドマークって、ものすごく昭和の匂いが漂ってきますよね。
オレンジと青の配色にその秘密があるのだろうか。
青い空にミカン畑とか、南の海にハイビスカス……(はまなすだっての)

緑、橙、山吹色の配色は、江戸の浮世絵の定番だったりする。
なんせ、大量に版画を刷るとき、一番手に入りやすい絵の具だったから。
強いピンクもペルシャンブルーも、まだ科学的に合成されていなかったので、
江戸の安価な浮世絵なんかは、たいていこの配色で色付けされている。
その伝統は、印刷の技術水準が爆発的に向上する昭和の50年代くらいまでは、
しぶとく残っていたはず。
土産物屋の包装紙、駅弁のフタ、そのあたりには使われていたわけで、
そういう懐かしさが、この「緑、橙、山吹色」の配色にはあるように思われる。
そこにさっと海からの青い風が吹き抜ける。

まあ、妄想もたいがいにしておけって話ですが、
自分はこのヘッドマークにはものすごい郷愁を感じるわけです。

東京は雨の日続きで、お日様がなんだか恋しい今日この頃。
イギリスはEU脱退が決まって大混乱に陥っているし、先行きは不透明なのですが、
「オリンピックはちゃんと開催されるのか」
とぼんやり考えながら、今日もヒンズースクワットに精を出すのでした。

2016年6月16日 (木)

SFとは宇宙海賊の独断場

Photo

前回に続き、Gペンでペン入れしてみました。

「何かSFっぽいものを描きたいな」
と思って、真っ先に思いついたイメージをそのまま絵にしてます。
どうです、昭和のSF全開でしょ?
最近、自分の絵が昭和臭いのは「特徴」なのだから、それでいいじゃないかと、
かなり開き直ってます。
だって仕方がないじゃないか、昭和生まれなんだから。

SFの知識って、あんまりないです。
いっとき、気張ってグレッグ・イーガンとか無理して読んでみたのだけど、
やっぱりスラスラとは読めない。
平行宇宙がどうのこうので、だから確率論がうんたらかんたらと、
「じゃかましいわい!」
となってしまう。
確かに、頑張って読み終えれば、
「なるほど、すごい発想力だ」
となるのだけど、自分の求めているSFとは、なんかちょっと違う。

自分の子供の頃というと、ジョージ・ルーカスの「スターウォーズ」が公開された頃で、
それ以前だと、「ミクロの決死圏」とか「600万ドルの男」とか、
あと、「スタートレック」かな。そこに「サンダーバード」とか円谷作品が入ってくる。

SF、いわゆるサイエンス・フィクションは、
人類にもたらされた「科学文明」の可能性をとことんまでシミュレーションしたものです。
これが何百年か昔の中世ヨーロッパあたりだと、頑張って想像力を駆使しても、
ダンテおじさんの冥界紀行くらいが関の山だったのだけど、
ある程度科学が発達してくると、未来の可能性がパーーーツと広がってきた。
「ひょっとしたら宇宙くらいいけるんじゃない?」
そう思いついたあたりで、最新の科学情報を駆使して「なんちゃって未来」を作るのが、
人間のすさまじさ。ついには銀河を二分する帝国対同盟軍の宇宙戦争まで映画にしちゃった。

70年代から80年代の漫画やアニメでは、この辺の想像力がバネになって、
次々といろんな作品が生まれました。
宇宙人対人類の種の存亡をかけた戦い、なんてのは基本中の基本。
はるか遠いガミラス星からの侵略攻撃で、荒廃した地球を救うために旅立つ宇宙船、
それがなぜか大東亜戦争で撃沈された戦艦大和だったり、
オニールのスペースコロニーのアイデアを膨らませて、
「コロニー落とし」
なんて大殺戮の可能性まで考えてしまった某機動戦士とか、
すごいよね、人類対スペースノイドの独立自治権をかけた戦いなんて、
まんま植民地時代のアジアの独立運動だもの。

でもまあ、限界はある。
科学の提供してくれる未来の可能性というのも、人類総がかりで何十年もシミュレートすれば、
ある段階で頭打ちになる。
そうすると、「どっかで見たような設定」のお話が延々と繰り返されるようになる。

最近はタイムリープものが手を変え品を変えて繰り返されている状況だ。
「シュタインズ・ゲート」は誕生日にソフトをプレゼントしてくれた人がいて、
ちょいとばかりプレイしてみた。
タイムリープにより発生した多次元世界を行き来する物語。
タイムリープで過去を改変するというSF設定があって、そこから別のルートの人生が生まれる。
その人生がどうしょうもなく悲惨で地球規模で救いようのない未来だから、
「もう一回、正しい世界線に戻らなくては」
と主人公が必死に行動をするようになる。

これは、とても面白かった。

大昔にタイムリープものの古典「リプレイ」は読んでいるので、
自分の知っている現実とは違う現実をやり直す面白さは、大歓迎である。
僕だっていろいろやり直したい現実はあるもの。

で、この今では古典になった人生やり直しストーリーだけれど、
歴史はたぶん滅茶苦茶古い。藤子F不二雄先生の作品だと、
違う世界線の自分が一堂に会する作品がある。
社長に出世した自分、落ちぶれてみじめな人生を送っている自分、
なんか、テロリストみたいになった自分もいたっけ。

「ノスタル爺」もそうなだな。
過去に戻って絶叫する主人公が哀しい。

藤子F不二雄先生だと、他にも「人生やり直し」のストーリーはいっぱいありそうだ。
なんせ、タイムマシーンがあればこの手の話はいくらだって広がっていく。

手塚治虫だとどうだろう。
案外、タイムマシーンと手塚治虫は相性が悪いような気がする。
後進の藤子先生に気を使ったのかもしれないし、
そもそも、タイムマシーンという安易なマシーンを作品に出すことが、
本格的なSFを志向する手塚先生には許せなかった可能性もある。
勝手な妄想ではあるけど。

「時間を遡行する手段」というのは、科学的にはまだ実証されていない。
電子レンジと大型ブラウン管でたまたま出来ちゃった、
そこにセルンの量子マシンがどうのこうのと、理屈をでっち上げることは出来るけれど、
現実に発生する可能性のない未来というのは、SFというよりはおとぎ話の世界であり、
もちろんそれはそれで僕は大歓迎なのだけど、
ここから科学のもたらす恐怖と人類への警鐘を作品にもたらすのは、
不可能なんだと思う。
どこかでただの絵空事になってしまう。
スペースコロニーを作ったらそれを地球に落とすテロリストが生まれるかもしれない、
そちらの方が確かに本格的なSFの匂いがする。

だから、タイムリープもののSFが次々と生まれてくる背景には、
科学に対する失望とおとぎ話的な物語世界への回帰があるのだろう。
そこに描かれているのは科学的な推論ではなく、むしろ「人生」についての考察である場合が、
ほとんどだから。

だいたい、タイムリープという発想そのものが、若者のものではない。
そりゃ、小学校からやり直したい中学生はたくさんいるだろうけれど、
おじさんの希望としては、若者には未来の可能性を信じて、
三十年後の自分に薔薇色のイメージを持ってもらいたい、だけど、
社会に出ればそのイメージはたいていボロボロに踏みにじられ、
老後の生活についての暗澹たる思いばかりが気を重くするようになる。
せめてポックリ死にたいからポックリ寺でも行ってみようか、
なんてのがたいていの人生の行く末だ。

だから、未来に希望が持てないなら、もう一度可能性のあった時期の自分に戻りたい、
人生をリスタートさせて、今度こそ薔薇色の未来を手に入れたいと、
これはどう考えても、失敗した人間の発想であり、若者のもんじゃない。

漫画やアニメの購買層がどんどん高齢化していて、
出版社が対象年齢をどんどん引き上げている事情も大きいのだろうけど、
タイムリープの作品がどんどん出てきてしまうのは、
単純に時代の閉塞感の表れであると、言っちゃえそうな気がする。

でも、それが時代の要求だからなのか、タイムリープ物には傑作が多いんだよな。
「僕だけがいない町」とか、すごくよく出来てると思う。

でも、それでも、
僕個人としては宇宙海賊になって、私腹を肥やす東京都知事、じゃない、
地球統合政府の親玉をひいひい言わせてやりたいです。
派手に波動砲をぶっ放して、エネルギー120パーセントの怒りの鉄槌をぶち込みたい。
つまりどこまでも自分は「昭和」なのです。

……話が思わぬ方向にずれまくってしまった。
本当はカール・セーガン博士の「コスモス」って科学番組が面白かったねと、
そこからSFについていろいろ書いてみるつもりだったんだけど、
まあ、これはこれでいいかなと、とりあえず納得してみる。

あと、上の絵について思いついたことをコメント。
「地球を描きたいけどめんどくさいな」
と、とりあえず青い球体のレイヤーを作りまして、
「次、どうすっべかなぁ」
なんてぼやきながら、茶色い陸地と緑の森林部分を塗りまして、
雲を描く段になったとき、毛筆のツールソフトを最大にして、
「そいや!そいや!」
やったら、案外簡単に雲が描けました。
コミックスタジオの毛筆って、線を引くと毛筆っぽいタッチを出すために線が変形するので、
その思わぬ効果が、雲の流れっぽい感じになるみたいです。
細かいところは毛筆の「削り」の方で整えましたけど。

あと、立体感を出すために、同じコミックスタジオの、
「遠近感を出す移動」のやつを使って奥行きを出してます。
雲が水平線に消えていく感じが、なんとなく出せたように思えます。
さあ、同じコミックスタジオを使っている同業者のみなさん、
今日からあなたも「地球マスター」だ!

2016年6月15日 (水)

ラブシーン見ちゃった事件

Irast8

またお絵かきの話。

今回は普通にGペンを使ってペン入れをしている。
順番は、輪郭→目→鼻口眉毛→顎→髪の毛→その他。

この頃は水性顔料マーカーのピグマばかり使っているけれど、
絵に立体感を与えるなら、圧倒的につけペンのペン入れがいい。

色塗りはコミックスタジオの色塗りツールそのまんま。

ただ、今回は先に全体の色を青と決めて、それを一面に塗ってから、
ちょいとずつ色彩を変更していった。
最終的に青い色の部分はあんまり残ってないけど、
なんとなく青い絵の感じは出てるんじゃないかな。

このやり方をやっていて、ふと思い出したことがある。

小学校の四年生の頃、クラスに転校生がやってきた。
ショートヘアーで目元のかわいいAさんって女の子だった。

家は「山の手」の優雅なマンション。比較的ステイタスの高い人たちが住んでる。
自分は山ふもとの食堂の息子なので、なんとなく気おくれしてしまう。

まあ、クラスには豪邸住まいのモノホンのお嬢様がいらしたので、
彼女に比べれば庶民派の女の子なのだろうけど、育ちはとても良さそうだった。

成績は優秀で、けっこう美人さん。くしゃみをすると、
「くっしゅん」
と棒読みのような脱力系の声がしたので、授業中の静まり返った教室が、
そのたびに大爆笑に包まれた。

学級委員長もやってたような気がするし、すべてがすべてソツなくこなせるので、
クラスでも一目置かれる感じの女の子だった。
そんな子だから、コミカルな「くっしゅん」のくしゃみが余計におかしかったんだな。
ああ、神様はちゃんとこの子にも弱点を与えてくださったんだな、と。

で、この子の特技がよりにもよって絵を描くことだった。
僕も学級新聞の四コマ漫画を任される程度には絵に自信のある子どもだったので、
「面倒なのが来たな」
とちょいとばかり警戒した。
クラスヒエラルキーの中で、「お絵かきの上手な○○さん」というのは、
強力な看板になり、それがそのままクラスでの発言権につながっていくのだ。
だから、図画工作の時間などに彼女が絵を描き始めると、
僕はそれとなくのぞいたりしていた。

なんの絵だったかは忘れてしまったけど、Aさんは鉛筆で下書きを入れると、
やおら画用紙一面をオーカーイエロー一色で塗りつぶし始めた。
なんだこの子は、なにやってんだ?と僕はあっけにとられた。

そこからちょいちょいと色を足していって、色のバランスを見ながら調節しているらしい。
小学校の4年生でこんなプロっぽいやり方を見せつけられると、
普通のガキんちょの自分は、敗北を認めるしかなかった。

思えば、「色塗りが上手でも、それが絵描きの性能の差ではない!」とひねくれたのは、
全部このAさんの責任だな。
僕が色塗りに苦手意識を持ったのはたぶんこのときからだ。

で、そのAさんだけど、
中学でも同じクラスだったのかな。一つだけ強烈に覚えているのが、
「ラブシーン見ちゃった事件」かな。
教室異動で音楽室に行くことになって、自分も少し遅れて教室を出たのだけど、
なんか、音楽室の前で女の子たちが異様に興奮してキャーキャー騒いでいる。
「なんかあったの?」
と、クラスのおしゃべりな女の子に聞いてみたら、
「三年生の先輩がキスしてた!」
と絶叫するのだ。
なんでも、校内でも有名なカップルさんが白昼の音楽室で堂々といたしていたらしい。
で、その現場をリアルに目撃してしまった女の子たちが、
制御棒ぶち抜きでテンションマックスになってしまったのだった。

クラスの男子は、へえ、そうかい、みたいな顔だったけど、
思春期の中学生女子にとっては、お目めキラキラになってしまうくらいの大事件、
だったのだろう。
なにしろ、あのパーフェクト超人のAさんが、顔を真っ赤にしてはしゃいでいるのだ。
端正なお顔がお猿さんのように真っ赤っかである。
「こいつ、こんなキャラクターだっけ?」
と、心のライバルの豹変ぶりに、自分は愕然としたのでした。まる。

2016年6月13日 (月)

太平記


この頃は「太平記」をすこしばかり勉強している。

「太平記」の時代は鎌倉幕府の滅亡から足利幕府の成立を経て、
南北に分かれた天皇が一つに統合される、いわゆる室町時代までになる。
かなりややこしい。
たくさんの人物が入り乱れ、共闘したり敵対したり、
途中からわけがわからなくなる。
さいとうたかお先生がコミカライズしたものも読んだけど、
このややこしい題材をよくぞ三巻にまとめたものだと、しみじみ思う。

メインで読んでいるのは、本郷和人さんの「人物を読む日本中世史」。
貴族や宗教者が自身の一族のために栄華を極めようとする時代に、
民衆のために生きる者たちへの共感があって、
そこがピーーーンと一本筋が通っている。

あとがきで、作者が「実はこれ、中世の政治史です」とネタ晴らししているけど、
「国」という大人数の寄り合いを統合して、秩序を作り出すシステムの成立過程が、
とても丁寧に追跡されている。
天皇の王権だけでは国はまとまらない。
そこで武家が立ち上がり、武家のための政治を始める。
武家の政治が専横を極め、腐敗し始めると、それを打ち壊し新しいシステムが生まれる。
そういういろいろな試行錯誤があって、江戸近代の徳川幕府が長い安定の時代を作り出す。

日本がラッキーだったのは、権力を握る人間にひどく横暴な専制君主もいたけど、
そうではない、滅私奉公の人も少なからずいたこと。

「財宝を独り占めしてこの世の春を謳歌するのだ!」

みたいな人は、勝手に潰れて残らなかった。
どこかに、自分を殺して秩序そのものに奉仕するみたいな良識が働いていて、
それを美徳として国家をまとめようとする力が存在している。
これは僕の勝手な表現なのだけど、日本人には精緻にまとまろうとする習性が、
あるように思われる。

だから、今話題の都知事の問題にしても、
あそこまで日本中の反発を買っているのだろうな、という気がする。
僕は東京都民だけど、あの人だけには票は入れまいと思ってましたよ。
今頃言っても遅いけど。

都知事選の投票のあった日は記録的な大雪があった日で、
外に出ると道路に数十センチの積雪があった。
投票所は近くの中学校だったのだけど、朝早くから必死に雪かきをしてる人がいた。
「これじゃぁ、投票率は期待できないな」
と思った。

その日は取材があって千葉のいすみ鉄道に行っていたのだけど、
その帰り、担当さんと選挙の話になって、
ネットか何かでMさんの当選確実が流れたのかな、

「かわすみ君の清き一票は生かされませんでした!」

と茶化されて、すごく悔しかった。
冗談抜きに、これで都政は停滞すると思った。
まあ、これも後出しジャンケンなんですけどね。

権力は、それを握った人が自分を殺さないと上手く機能しない。
これは、前提条件。
そこから、どれだけ味方を作って盤石な基盤を作り上げるかが大きい。
前都知事の猪瀬さんはここでしくじったのかもしれない。

「太平記」の時代は、政治の実権を握るための戦争の物語である。
ともすると、権力を握ることが目的で、
そのために戦をしているような気分になるのだけど、
「これは国家をどのように運営するのかの戦いなのだ」
と視点を決めて観察すると、なるほど、そこにはきちんとした物語が存在している。

今の時代に「自分の栄光より、万人のための滅私奉公」の考え方が、
どれだけ説得力をもっているのか、わからないけど、
それは素敵な考え方だと思うし、
そういう人が力を最大限に生かせる世の中であってほしいと、
テレビの前で祈ってしまうのですよ。

今月末に「昭和人情食堂」に漫画が載りますので、
その時にまた告知をさせていただきます。

P1100543


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