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2016年6月16日 (木)

SFとは宇宙海賊の独断場

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前回に続き、Gペンでペン入れしてみました。

「何かSFっぽいものを描きたいな」
と思って、真っ先に思いついたイメージをそのまま絵にしてます。
どうです、昭和のSF全開でしょ?
最近、自分の絵が昭和臭いのは「特徴」なのだから、それでいいじゃないかと、
かなり開き直ってます。
だって仕方がないじゃないか、昭和生まれなんだから。

SFの知識って、あんまりないです。
いっとき、気張ってグレッグ・イーガンとか無理して読んでみたのだけど、
やっぱりスラスラとは読めない。
平行宇宙がどうのこうので、だから確率論がうんたらかんたらと、
「じゃかましいわい!」
となってしまう。
確かに、頑張って読み終えれば、
「なるほど、すごい発想力だ」
となるのだけど、自分の求めているSFとは、なんかちょっと違う。

自分の子供の頃というと、ジョージ・ルーカスの「スターウォーズ」が公開された頃で、
それ以前だと、「ミクロの決死圏」とか「600万ドルの男」とか、
あと、「スタートレック」かな。そこに「サンダーバード」とか円谷作品が入ってくる。

SF、いわゆるサイエンス・フィクションは、
人類にもたらされた「科学文明」の可能性をとことんまでシミュレーションしたものです。
これが何百年か昔の中世ヨーロッパあたりだと、頑張って想像力を駆使しても、
ダンテおじさんの冥界紀行くらいが関の山だったのだけど、
ある程度科学が発達してくると、未来の可能性がパーーーツと広がってきた。
「ひょっとしたら宇宙くらいいけるんじゃない?」
そう思いついたあたりで、最新の科学情報を駆使して「なんちゃって未来」を作るのが、
人間のすさまじさ。ついには銀河を二分する帝国対同盟軍の宇宙戦争まで映画にしちゃった。

70年代から80年代の漫画やアニメでは、この辺の想像力がバネになって、
次々といろんな作品が生まれました。
宇宙人対人類の種の存亡をかけた戦い、なんてのは基本中の基本。
はるか遠いガミラス星からの侵略攻撃で、荒廃した地球を救うために旅立つ宇宙船、
それがなぜか大東亜戦争で撃沈された戦艦大和だったり、
オニールのスペースコロニーのアイデアを膨らませて、
「コロニー落とし」
なんて大殺戮の可能性まで考えてしまった某機動戦士とか、
すごいよね、人類対スペースノイドの独立自治権をかけた戦いなんて、
まんま植民地時代のアジアの独立運動だもの。

でもまあ、限界はある。
科学の提供してくれる未来の可能性というのも、人類総がかりで何十年もシミュレートすれば、
ある段階で頭打ちになる。
そうすると、「どっかで見たような設定」のお話が延々と繰り返されるようになる。

最近はタイムリープものが手を変え品を変えて繰り返されている状況だ。
「シュタインズ・ゲート」は誕生日にソフトをプレゼントしてくれた人がいて、
ちょいとばかりプレイしてみた。
タイムリープにより発生した多次元世界を行き来する物語。
タイムリープで過去を改変するというSF設定があって、そこから別のルートの人生が生まれる。
その人生がどうしょうもなく悲惨で地球規模で救いようのない未来だから、
「もう一回、正しい世界線に戻らなくては」
と主人公が必死に行動をするようになる。

これは、とても面白かった。

大昔にタイムリープものの古典「リプレイ」は読んでいるので、
自分の知っている現実とは違う現実をやり直す面白さは、大歓迎である。
僕だっていろいろやり直したい現実はあるもの。

で、この今では古典になった人生やり直しストーリーだけれど、
歴史はたぶん滅茶苦茶古い。藤子F不二雄先生の作品だと、
違う世界線の自分が一堂に会する作品がある。
社長に出世した自分、落ちぶれてみじめな人生を送っている自分、
なんか、テロリストみたいになった自分もいたっけ。

「ノスタル爺」もそうなだな。
過去に戻って絶叫する主人公が哀しい。

藤子F不二雄先生だと、他にも「人生やり直し」のストーリーはいっぱいありそうだ。
なんせ、タイムマシーンがあればこの手の話はいくらだって広がっていく。

手塚治虫だとどうだろう。
案外、タイムマシーンと手塚治虫は相性が悪いような気がする。
後進の藤子先生に気を使ったのかもしれないし、
そもそも、タイムマシーンという安易なマシーンを作品に出すことが、
本格的なSFを志向する手塚先生には許せなかった可能性もある。
勝手な妄想ではあるけど。

「時間を遡行する手段」というのは、科学的にはまだ実証されていない。
電子レンジと大型ブラウン管でたまたま出来ちゃった、
そこにセルンの量子マシンがどうのこうのと、理屈をでっち上げることは出来るけれど、
現実に発生する可能性のない未来というのは、SFというよりはおとぎ話の世界であり、
もちろんそれはそれで僕は大歓迎なのだけど、
ここから科学のもたらす恐怖と人類への警鐘を作品にもたらすのは、
不可能なんだと思う。
どこかでただの絵空事になってしまう。
スペースコロニーを作ったらそれを地球に落とすテロリストが生まれるかもしれない、
そちらの方が確かに本格的なSFの匂いがする。

だから、タイムリープもののSFが次々と生まれてくる背景には、
科学に対する失望とおとぎ話的な物語世界への回帰があるのだろう。
そこに描かれているのは科学的な推論ではなく、むしろ「人生」についての考察である場合が、
ほとんどだから。

だいたい、タイムリープという発想そのものが、若者のものではない。
そりゃ、小学校からやり直したい中学生はたくさんいるだろうけれど、
おじさんの希望としては、若者には未来の可能性を信じて、
三十年後の自分に薔薇色のイメージを持ってもらいたい、だけど、
社会に出ればそのイメージはたいていボロボロに踏みにじられ、
老後の生活についての暗澹たる思いばかりが気を重くするようになる。
せめてポックリ死にたいからポックリ寺でも行ってみようか、
なんてのがたいていの人生の行く末だ。

だから、未来に希望が持てないなら、もう一度可能性のあった時期の自分に戻りたい、
人生をリスタートさせて、今度こそ薔薇色の未来を手に入れたいと、
これはどう考えても、失敗した人間の発想であり、若者のもんじゃない。

漫画やアニメの購買層がどんどん高齢化していて、
出版社が対象年齢をどんどん引き上げている事情も大きいのだろうけど、
タイムリープの作品がどんどん出てきてしまうのは、
単純に時代の閉塞感の表れであると、言っちゃえそうな気がする。

でも、それが時代の要求だからなのか、タイムリープ物には傑作が多いんだよな。
「僕だけがいない町」とか、すごくよく出来てると思う。

でも、それでも、
僕個人としては宇宙海賊になって、私腹を肥やす東京都知事、じゃない、
地球統合政府の親玉をひいひい言わせてやりたいです。
派手に波動砲をぶっ放して、エネルギー120パーセントの怒りの鉄槌をぶち込みたい。
つまりどこまでも自分は「昭和」なのです。

……話が思わぬ方向にずれまくってしまった。
本当はカール・セーガン博士の「コスモス」って科学番組が面白かったねと、
そこからSFについていろいろ書いてみるつもりだったんだけど、
まあ、これはこれでいいかなと、とりあえず納得してみる。

あと、上の絵について思いついたことをコメント。
「地球を描きたいけどめんどくさいな」
と、とりあえず青い球体のレイヤーを作りまして、
「次、どうすっべかなぁ」
なんてぼやきながら、茶色い陸地と緑の森林部分を塗りまして、
雲を描く段になったとき、毛筆のツールソフトを最大にして、
「そいや!そいや!」
やったら、案外簡単に雲が描けました。
コミックスタジオの毛筆って、線を引くと毛筆っぽいタッチを出すために線が変形するので、
その思わぬ効果が、雲の流れっぽい感じになるみたいです。
細かいところは毛筆の「削り」の方で整えましたけど。

あと、立体感を出すために、同じコミックスタジオの、
「遠近感を出す移動」のやつを使って奥行きを出してます。
雲が水平線に消えていく感じが、なんとなく出せたように思えます。
さあ、同じコミックスタジオを使っている同業者のみなさん、
今日からあなたも「地球マスター」だ!

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