無料ブログはココログ

amazon

  • PCソフト
  • DVDベストセラー
  • ベストセラー
  • ウィジェット

« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »

2016年7月

2016年7月23日 (土)

天狗舞

えっと、石川県のはんちゃんさんご夫妻には昨年ずいぶんお世話になったのですが、
そちらから「うちではどじょうのかば焼きを食べる」とのメールをいただきました。
かば焼きかぁ……それもなかなか美味しそうですね。
今日、池袋のビックカメラのお酒コーナーをぶらついていたら、
石川県の名酒「天狗舞」がありましたので、思わずポイントで買っちゃいました。
このへんじゃ「どじょうのかば焼き」はなさそうだけど、
そのうち石川県の名産品でも探して一杯やるつもりです。

で、本題。

近所に「まるひろさん」ていう床屋さんがあった。
たぶん幼稚園に上がる前から高校生くらいまでお世話になっていたはず。
店のおじさんはボクシングの具志堅のような頭で、ヒゲも具志堅してた。
おばさんはモンチッチだった。具志堅とモンチッチがやってる床屋さんなのだ。
僕はこのお店でよく漫画雑誌を読んでいた。

自分が小学生の頃というと漫画雑誌では少年チャンピオンが全盛期で、
ドカベンとか、ブラックジャックとか、マカロニほうれん荘なんかが載っていた。
「がきデカ」のこまわり君には一時はまっていて、
「死刑!」とか「八丈島のキョン!」とか、いろいろ真似をしていた。
これは以前に書いたことがあるかもだけど、
父親が誕生日プレゼントか何かで「がきデカ」を八巻くらいまで買ってきたことがある。
たぶん、どんな内容だか知らなかったんじゃないかな。

「うちの子が漫画好きだから、今流行ってるのを買って行ってやろう」

とでも考えたのだろう。本屋の店員さんに「何がいいかな」とたずねて、
「だったらこれが今一番面白い漫画ですよ」
とおススメされたに違いない。

でなければあの潔癖な父親がおっぱい出しまくりの漫画を買ってくるわけがないのだ。

当時小学校の一年生だった自分は、このおっぱい出まくりの漫画がとてもお気に召して、
それ専用の箱まで作って大切に保管していた。
箱には拙い絵で「こまわり君」の顔が書いてあったはず。

だから、床屋でチャンピオンを読むとき、真っ先に目を通したのは「がきデカ」だった。
それからブラックジャック、吾妻先生の漫画……「ふたりと五人」はあの頃だったかな?
それがあるとき、それまでのチャンピオンとはずいぶん毛色の違う漫画が掲載されていて、
その絵柄に妙に引き付けられた。

「この片目が隠れてる女の子、滅茶苦茶かわいいなぁ……」

それが「すくらっぷブック」という漫画だった。
小山田先生の漫画を集め始めたのは、たぶん中学生になってからじゃないかと思う。
最初に買ったのは「星のローカス」。
工業高校を舞台にした青春もので、「旋盤」という機械の名前はこれで覚えた。
地味な題材だけど、小山田先生の作品ではこれが一番好き。
名古屋の実家に置いておいたら、すぐ下の弟がこれだけを持って自立してしまったので、
今手元にないのが残念。
ひょっとしたら、弟とお小遣いを出し合って買ったか、無理やり買わせたのかもしれない。
何年か前に弟が大量に買い漁った漫画を引き取ったのだけど、
その中にもなかったな。
手塚治虫のサイン入り「アドルフに告ぐ」とか、貴重なものは手放さなかったので、
その中に「星のローカス」も入っているのだろう。

「ぶるうピーター」は友達との間で論争になった。
「なんでそっちと引っ付いた!」
という、古典的な男女の話題である。僕はあねご派だったんだけどね。

繰り返し何度も読んだということなら、「ぶるうピーター」が一番かもしれない。
高校の寮生活というものにも憧れたし、一帆君たち登場人物も好きだった。
細かいギャグもよく覚えてる。
あのメガネ(壱岐君)が突然踊りだすシーンは笑った。

僕が東京に住むようになってからも、何度か個人的な「小山田ブーム」はあって、
「むじな注意報!」とかは古本屋を回って買い集めた。
小山田風グルメ漫画……なのかな、「衆楽苑」は単行本は未収録が多かったけど、
のちに愛蔵版ですべてコンプリートできたのでうれしかった。
今でも「ハタハタ」を見ると寄せ鍋の話を思い出します。
お店の人に黙って鍋に入れちゃうやつ。

モデルになったお店は超おしゃれなビルになっちゃったんだよな。

アシスタントをしていたとき、有明の方だったかな、コミケのお手伝いをしたんだけど、
「かわすみくん、休んでいいよ」
って先生に言われたので、ブラブラ同人誌売り場を流して歩いていたら、
小山田いく先生の同人誌のブースがあった。
ちょっと感激して、そのことを自分とこの先生に話したら、
「まじか!小山田先生はいたのか!」
と大先生もちょっと目の色が変わった。
いらしたら僕もうれしかったけど、数人の有志の方が細々とやってる感じだった。

大先生自ら同人誌を売るのなんてあなたくらいですよと、ちょっと思ったけど、
そうでもないことを知ったのはずっと後になってからだったので、
ひょっとしたら小山田先生もいらしたのかもしれない。

ぶんか社の編集さんが長野のご自宅まで原稿の依頼に行ったことを聞いたのは、
今年の三月だったかな。
体調不良で原稿は間に合わないとのことだったのだけど、
「そのとき、先生がご自分の作品を題材に使った同人誌を見せてくれたんですよ」
というお話を聞いた。
この文章を長々書いたのはこれが書きたかったから。
小山田先生はすごくうれしそうに同人誌を見せてくれたのだそうです。

訃報に接したのはその打ち合わせから帰った直後だった。

もし同じ雑誌に漫画が載っていたら、僕はその号を一生の宝物にしたことでしょう。


2016年7月16日 (土)

サイダー界の長老

浅草行ってきた。
ちょっと寄りたい店があったのだけど、臨時休業だった。

ネットでは年中無休と書いてあったので、店の前で
「オー!なんてこったい!」
と頭を抱えたのだが、
年中休業中の自分が言えたことではない。

P1100566

浅草は五年ぶりくらい。前に来たときはスカイツリーがまだ建造途中だった。
街の景観そのものはまるで変っていないのだけど、
雷門をくぐって仲見世のある参道を歩いてみると、まわりが外国人ばかりなのでビビる。

P1100555

碧眼紅毛、アジア系、イスラム系の方もいらっしゃる。
まあ、浅草の雷門は実にわかりやすい東京のランドマークだから仕方ない。
あの「デザイン」を考えた人はすごいと思う。
なんせ、門なのに通行口に巨大な提灯を吊るして進路妨害している。
しかも、提灯のくせに光らない。
それどころか、夜になるとライトアップまでされている。
本末転倒も甚だしい。

でも、そういう「突っ込みどころ」のある建築物というのは、強烈なインパクトを持つ。
これを考えた人は「してやったり」と思ったことだろう。

夏の暑い日だったので、異国の方々もみな涼しそうな恰好をしている中、
ちらほらと浴衣姿の女性が目につく。
日本人はいない。みんな海外からの観光客である。
なるほど、日本に来たら一度は着てみたいコスチュームなのだろう。
後で気が付いたけど、雷門の向かいにはそれ専門のお店まであった。
浴衣という日本文化を楽しんでいただけるのはとてもうれしい。
僕もアメリカ大陸に行くことがあったらインディアンの格好で、
「ハオ!」
とやってみたい。

P1100553

仲見世は参道沿いに続く並びのお土産物屋さんなのだけど、
ここもターゲットは海外からのお客様だ。
日本刀とか、忍者装束とか、浮世絵Tシャツなんかを売っている。

P1100573

その中に、ちょっと不思議なものが商われていた。

P1100578

「もんきっき?」

不正解。モンチッチである。
日本では七十年代から八十年代にかけて大ブームを引き起こしたお猿さん人形である。
現地で素で間違えて同行者にアホな名前を告げてしまった。

なんでこんなものが大量に売られているのだろうと、ちょっと疑問に思った。
しかも、仲見世を少し外れたあたりにはそれ専門の店まであったりする。

僕にとってモンチッチというのは七十年代の記憶を強烈に思い出させるアイテムだ。
クラスにこの人形そっくりの女の子がいたのだ。
そばかすでショートカット、身長も小柄で、
なぜか体操着にブルマ、赤い鉢巻きの姿で回想される。
肌も健康的に日焼けしていて、なおさらモンチッチを連想させる。

まあ、それはよい。なぜこれが大量に販売されているかだ。
調べてみたら、日本国内でのブームよりも海外での熱狂の方がすごいグッズだったらしい。
いまだにこれを目当てに日本にいらっしゃる方もいるみたいだ。
そうか、じゃあ東京オリンピックのマスコットキャラはこいつで決まりだな、と、
勝手に納得する。

海外の方向けの観光地化が進んでいるとはいえ、浅草にはやっぱり日本情緒がある。
人力車が大量に走り回り、縁日のお面が売られ、金魚すくいの店まである。
それが外国の方のステロタイプな日本のイメージだとしても、
現代の日本人から見てもやっぱり懐かしいもんは懐かしい。

ふと喉が渇いたので花やしきのそばのお店で瓶入りのサイダーを買う。
ビー玉の入っている、あれである。

「写真を撮らせてください」

とおばちゃんに断ってパシャパシャやっていたら同行者がおばちゃんに指導をされていた。

「このくぼみにビー玉を挟んで止めるんだよ」

あとでとても悔しそうに「知識としては知っていたんですけどね!」とのたまっていた。
その人の生まれ育ったところではこのタイプのサイダーは売っていなかったらしい。
広島といえば呉、呉といえば戦艦大和、戦艦大和といえばサイダー飲み放題なのに。
(どんな連想だ)
熱心に写真を撮っていたら、店の奥から「サイダー界の長老」がいらして、
サイダーについてあれこれ蘊蓄を語り始めた。
「サイダーはのう、昔は山の冷たい水で冷やしたもんじゃ」
「なるほど」
「だから山のあるところにはサイダーがたいてい置いてある」
「僕の実家は名古屋なんで山がないです」
「ほう、名古屋には山がないのか」
「ひたすら濃尾平野が続いています」
「名古屋人は山を食っちまったのか」

白髪の老人は楽しそうに笑い始めた。僕もよくわからんけど笑った。
何でも戦時中は少年航空兵学校とかに通っていたそうで、
サイダーの話は途中から戦闘機の話になり、
そこから少佐だの中佐だのがいかに腹黒い連中だったかの話になった。

その間、同行者は炎天下にさらされ、外国人相手に花やしきの道案内をしていたとか。

サイダーの話はとてもためになった。
昔はビー玉止めのくぼみが四つあったことなんか、指摘されるまで忘れてたもんね。
花やしきにお立ち寄りの折は、是非このお店でおくつろぎくださいませ。

P1100602

ついでの話。
この二日後に炎天下の中散歩していたら、突然ポツポツと雨が降り始めた。
「ふふふ、こんなこともあろうかと折り畳み傘は持っているのだぜ」
と、四半世紀前に小岩駅前の傘専門店で買ったアイボリー色の高級傘を取り出す。
この時期の天候の激変にはすっかり慣れっこなのだ。

ところが、雨はだんだんと激しさを増し、雨粒が猛烈に地面を叩き、
しまいには雷まで鳴り始めた。
風は横殴りで容赦なく水しぶきを巻き上げる。
なんだ、この漫画みたいな天候の変わり方は。十分くらい前まではあんなに晴れてたのに。

傘はさしているけれど、首から下はすっかり濡れ鼠である。
街の人もみんな雨宿りををしながら、「かわいそうな人がいる」とこちらを憐れむ。

小学校の前を通ったら、グラウンドからの大量の雨水が排水口に収まりきらず、
道路側に鉄砲水のように噴き出していた。もう、笑うしかない。

最後の方は「雨に唄えば」みたいな感じで、気持ちだけは踊りながら家に帰ったのさ。

2016年7月10日 (日)

食べ物の話

どうでもいい話なんだけど、刺身を食べるとき山葵は「溶く派」か「付ける派」か。

子供のころは親戚の集まりがあると、出前のお寿司を子供用と大人用と用意してある。
小学校の四年生くらいだったかな、同年代の子供が多かったので、
お寿司はあっという間に無くなってしまう。
それで、食いしん坊の自分は「僕、山葵平気だよ」と言って大人用を食べてた記憶がある。
実際、山葵はものごころついた頃には普通に食べていた気がする。

で、名古屋出身で島根と三重のハイブリットの自分は、山葵は醤油に溶いて食べていた。
というか、それ以外の食べ方があるなんて考えてもみなかった。

だから、大人になって刺身に山葵をほんの少し載せて食べる人を見たとき、
「うわあ」
と思った。
山葵のツーンとした刺激が強すぎて、刺身の味がしないような気がしたのだ。

まあ、世の中には山葵が大好きという方もいらっしゃる。
寿司屋でご一緒させていただいた「鉄道大好きYさん」が、山葵を丸ごと頬張って、
「うめぇーーーー」
とやっていたときは、宇宙人を見るような目で見てしまった。

で、浅学な自分はいったいどちらが正しい食べ方なのかずっとわからなかったのだけど、
江戸文化の本を読んでいたら、その解答らしきものがあった。
あくまでその本の著者の見解なのだけど、

「上方(大阪方面)はたまり醤油なので刺身に山葵をのっけて食べていた。
江戸っ子はそんなことはしない。江戸の醤油は刺身に向いているので、
醤油に山葵を溶いて食べるのが当たり前」

とのことらしい。上方の人が聞いたら怒り出しそうだけど、まあ、そういう見解もある。
だから、江戸前の刺身なんかは醤油に山葵を溶いて食べたほうが良さそうだ。
まあ、Yさんのような「山葵ラブ」な方は、身にたっぷりと山葵をのせるのもアリ、
なんだろうけど。

この本には他にもいろいろ面白いことが書いてあって、
「そうめんや冷や麦は、つけ汁にからしを溶いて食べるのもオツである」
とあったので、実際に茗荷とからしで食べてみたら、結構おいしかった。
で、蒸し暑い最近はそればかり食べている。

名古屋人の自分が東京に来て、食文化の微妙な違いに驚くことは多い。

例えば「みそピーナツ」。
ピーナツなんて炒って食べるかピーナツバターにするか、
あとは砕いて唐揚げの衣に混ぜるくらいしか思いつかないけど、
(あと、エスニック料理のたれに使うという手もあったな)
千葉の方では落花生が地元の名産品だからなのか、それを味噌で和えたものが、
スーパーで普通に売られている。それも、佃煮とかのコーナーに。
これが朝食に普通に出てきて、ご飯にのせて食べているのを見たときは、
「へ?」
となった。名古屋時代にはそんなもの食べたこともなかった。
今では自分も普通に食べるけど、やっぱりご飯にのせるのは「違う」気がして、
お酒のおつまみとしてチョイチョイつまむ感じだ。

「どじょう」も、名古屋では食べたことがない。
魚屋の店先で大きな樽にいっぱい泳いでいるのを見かけると、
「なんじゃこりゃ」
となる。
たぶん、泥臭さを抜くために流水にさらしているのだろう。
なんでも、これを豆腐と一緒に土鍋に入れて煮込むと、
「どじょう」が豆腐の中に逃げ込んで、勝手に「どじょうの豆腐和え」状態になるとか。
自分はやったことがないけど。
友達と飲んでるときに、その人が注文した卵とじを脇から失敬したことがあるけど、
自分が「どじょう」を食べたのは、そのとき一回くらいかもしれない。

春先の「しらうお」は、将軍家への献上品だったこともあってか、
桜の季節になるとスーパーに大量に出回る。これは毎年必ず食べる。
けっこう好き。
透明な小さい魚がいっぱい盛り付けられている。
寿司だと軍艦巻きになるのかな。
どちらかというとチマチマ醤油につけて食べる方がおいしい気がする。

東京名物で自分が「おいしい」と思ったのは「べったら漬け」だったりする。
大根をお米や麹なんかで甘く漬け込んだもの。
「たくあん」より好きだった時期がある。
ウィキベディアで調べてみたら、徳川慶喜公が大好きだったらしい。
なんか「徳川慶喜家の食卓」という本があるようなので、そのうち買って読んでみよう。
自分は「たくあん」のノリで細く切り刻んでいたけど、
どうもそれは「田舎者」のやらかすダメな切り方だそうで、
「べったら漬けは口いっぱいに頬張れるくらい太く切らなくてはいけない」
というルールがあるらしい。確かに、その方がジューシーな感じはする。
同じことを「たくあん」でやったらすぐにご飯をかき込みたくなるだろうけど、
「べったら漬け」なら、そのまましばらくポリポリ楽しめそうだ。
なんせ甘いから、あれ。

思いついたことをメモ書きしてみました。

2016年7月 3日 (日)

七夕


暑いですね。もう七月だし。
七月といえば七夕。

織姫と彦星のラブストーリーは中国の故事に由来するものだそうだけど、
これが奈良時代くらいに日本に入ってきて、棚機津女(たなばたつめ)の伝説と混ざった、
それで「七夕」と書いてこれを「たなばた」と読ませるのだそうな。

で、今はインターネットの時代なのでこの棚機津女の伝説とやらを調べてみたのだけど、
「神様に捧げる穢れなき乙女」
なのだそうで、なんか、白装束で三つ指ついてる女の子の絵が浮かんできた。
つまり、一夜妻のことなんだな。

さすがにこれは、子供たちに語って聞かせるお話にはならない。
「七夕ってどうしてタナバタって読むの?」
と子供たちに質問されたら、
「昔の日本に棚機津女って機織りの上手な女の子がいて、それと織姫が似てるから」
とお茶を濁すのがせいぜいなのです。
夜伽の相手をしていたとはさすがに言えない。

で、七夕といえば仙台なのだけど、昔新幹線の乗り換えで仙台駅に降りたとき、
ホームとか改札のあたりに大きな七夕の飾りがあったのは覚えてる。
写真も残ってるかな。

P1020460

仙台と七夕との因果関係は、初代藩主伊達政宗公までさかのぼるらしい。
正宗さんが七夕の歌を八首ほど読んでいること、その後、七夕の行事を続けていること、
このあたりが仙台七夕まつりの起源のようだ。

なんで急に七夕の話なんか書きだしたのかというと、
近所のスーパーで子供たちが書いた短冊が貼り付けられていたので、
なんとなく読んでしまったからだったりする。
笹の葉も何もなく、ただ畳一畳分のボードにそれっぽく貼り付けられたもので、
「こんなもん、誰が読むんだろう」
とちょいと首をひねった。
でも、子供たちが素直なお願いを書いた短冊なので、面白いっちゃ面白い。

「病気がよくなりますように」
「アイドルになれますように」
「ブックオフが毎日50パーセントオフになりますように」

こんな感じ。中には、

「アベ政権が早く終わりますように」

なんて、まあ、とても親孝行な子なんだろうなといろいろ想像させられるものもある。
これを一番目立つところに貼り付けた大人の意図はいろいろ勘ぐってしまうのだけど。
頑張れ、安倍首相!

「立教の志がみんなに早くひろまりますように」

ああ、あの宗教かと思い当たる節がある。この子もきっと親孝行だ。

文字の拙さから察するに、たぶん小学校低学年くらいじゃないかと思うんだけど、
願い事の中にその子の家庭環境が見えるようで、
しばらく読みふけってしまった。
この子たちの未来が明るいものになればいいなと、心から思いますよ。
頼んだぜ、織姫・彦星!


« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »