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2016年7月23日 (土)

天狗舞

えっと、石川県のはんちゃんさんご夫妻には昨年ずいぶんお世話になったのですが、
そちらから「うちではどじょうのかば焼きを食べる」とのメールをいただきました。
かば焼きかぁ……それもなかなか美味しそうですね。
今日、池袋のビックカメラのお酒コーナーをぶらついていたら、
石川県の名酒「天狗舞」がありましたので、思わずポイントで買っちゃいました。
このへんじゃ「どじょうのかば焼き」はなさそうだけど、
そのうち石川県の名産品でも探して一杯やるつもりです。

で、本題。

近所に「まるひろさん」ていう床屋さんがあった。
たぶん幼稚園に上がる前から高校生くらいまでお世話になっていたはず。
店のおじさんはボクシングの具志堅のような頭で、ヒゲも具志堅してた。
おばさんはモンチッチだった。具志堅とモンチッチがやってる床屋さんなのだ。
僕はこのお店でよく漫画雑誌を読んでいた。

自分が小学生の頃というと漫画雑誌では少年チャンピオンが全盛期で、
ドカベンとか、ブラックジャックとか、マカロニほうれん荘なんかが載っていた。
「がきデカ」のこまわり君には一時はまっていて、
「死刑!」とか「八丈島のキョン!」とか、いろいろ真似をしていた。
これは以前に書いたことがあるかもだけど、
父親が誕生日プレゼントか何かで「がきデカ」を八巻くらいまで買ってきたことがある。
たぶん、どんな内容だか知らなかったんじゃないかな。

「うちの子が漫画好きだから、今流行ってるのを買って行ってやろう」

とでも考えたのだろう。本屋の店員さんに「何がいいかな」とたずねて、
「だったらこれが今一番面白い漫画ですよ」
とおススメされたに違いない。

でなければあの潔癖な父親がおっぱい出しまくりの漫画を買ってくるわけがないのだ。

当時小学校の一年生だった自分は、このおっぱい出まくりの漫画がとてもお気に召して、
それ専用の箱まで作って大切に保管していた。
箱には拙い絵で「こまわり君」の顔が書いてあったはず。

だから、床屋でチャンピオンを読むとき、真っ先に目を通したのは「がきデカ」だった。
それからブラックジャック、吾妻先生の漫画……「ふたりと五人」はあの頃だったかな?
それがあるとき、それまでのチャンピオンとはずいぶん毛色の違う漫画が掲載されていて、
その絵柄に妙に引き付けられた。

「この片目が隠れてる女の子、滅茶苦茶かわいいなぁ……」

それが「すくらっぷブック」という漫画だった。
小山田先生の漫画を集め始めたのは、たぶん中学生になってからじゃないかと思う。
最初に買ったのは「星のローカス」。
工業高校を舞台にした青春もので、「旋盤」という機械の名前はこれで覚えた。
地味な題材だけど、小山田先生の作品ではこれが一番好き。
名古屋の実家に置いておいたら、すぐ下の弟がこれだけを持って自立してしまったので、
今手元にないのが残念。
ひょっとしたら、弟とお小遣いを出し合って買ったか、無理やり買わせたのかもしれない。
何年か前に弟が大量に買い漁った漫画を引き取ったのだけど、
その中にもなかったな。
手塚治虫のサイン入り「アドルフに告ぐ」とか、貴重なものは手放さなかったので、
その中に「星のローカス」も入っているのだろう。

「ぶるうピーター」は友達との間で論争になった。
「なんでそっちと引っ付いた!」
という、古典的な男女の話題である。僕はあねご派だったんだけどね。

繰り返し何度も読んだということなら、「ぶるうピーター」が一番かもしれない。
高校の寮生活というものにも憧れたし、一帆君たち登場人物も好きだった。
細かいギャグもよく覚えてる。
あのメガネ(壱岐君)が突然踊りだすシーンは笑った。

僕が東京に住むようになってからも、何度か個人的な「小山田ブーム」はあって、
「むじな注意報!」とかは古本屋を回って買い集めた。
小山田風グルメ漫画……なのかな、「衆楽苑」は単行本は未収録が多かったけど、
のちに愛蔵版ですべてコンプリートできたのでうれしかった。
今でも「ハタハタ」を見ると寄せ鍋の話を思い出します。
お店の人に黙って鍋に入れちゃうやつ。

モデルになったお店は超おしゃれなビルになっちゃったんだよな。

アシスタントをしていたとき、有明の方だったかな、コミケのお手伝いをしたんだけど、
「かわすみくん、休んでいいよ」
って先生に言われたので、ブラブラ同人誌売り場を流して歩いていたら、
小山田いく先生の同人誌のブースがあった。
ちょっと感激して、そのことを自分とこの先生に話したら、
「まじか!小山田先生はいたのか!」
と大先生もちょっと目の色が変わった。
いらしたら僕もうれしかったけど、数人の有志の方が細々とやってる感じだった。

大先生自ら同人誌を売るのなんてあなたくらいですよと、ちょっと思ったけど、
そうでもないことを知ったのはずっと後になってからだったので、
ひょっとしたら小山田先生もいらしたのかもしれない。

ぶんか社の編集さんが長野のご自宅まで原稿の依頼に行ったことを聞いたのは、
今年の三月だったかな。
体調不良で原稿は間に合わないとのことだったのだけど、
「そのとき、先生がご自分の作品を題材に使った同人誌を見せてくれたんですよ」
というお話を聞いた。
この文章を長々書いたのはこれが書きたかったから。
小山田先生はすごくうれしそうに同人誌を見せてくれたのだそうです。

訃報に接したのはその打ち合わせから帰った直後だった。

もし同じ雑誌に漫画が載っていたら、僕はその号を一生の宝物にしたことでしょう。


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