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2016年9月10日 (土)

秋が唐突に始まっている


秋ですね。
窓の外で虫が鳴いているのに気づいて「おやまあ」と驚いたりもします。
日中に散歩をしていて、蝉がやたら転がっているのにももの悲しさを感じます。
ああ、茶わん蒸しが食いたい。

父が亡くなる前に「茶わん蒸しが食べたい」と母に言っていたそうで、
それを食べさせる間もなく急死してしまったため、
実家の母は命日になると毎度茶わん蒸しを父の霊前に供えている。

別に父の好物というわけではなかったんだけど、
どうもそうしないと気が収まらないらしい。
おかげで父の命日が近づくと茶わん蒸しが無性に食べたくなる体質になった。

弟の嫁さんにそのことを説明したところ、
「それはとても大切なことだよ」
と説教された。
「でも、たまたま茶わん蒸しが食べたいと口にしただけだと思うよ」
「大切なことなんです」
「……」
どうやら女にだけ通じる何かがあるらしい。
父は毎年供えられる茶わん蒸しをどう思っているのか、
どうせなら好物の刺身とかの方が喜ぶんじゃないのかな。

まあ、それでも今年の命日は刺身で一杯やりつつ、茶わん蒸しも食べるのだろうけど。

今年は本当にいろんな人がお亡くなりになっていて、
亡くなった方の偉業を考えるにつけ、わが身がなんとも頼りなく思えてくる。
まあ、亡くなった方も「やり切った」なんて思ってはいないのだろうけど、
まわりの人間は「立派にやり切った」と考えているのだから、
なんとか納得してもらいたい。

自分は果てしなく上昇志向の人間なので、
昨日よりは今日の方が成長していると意味もなく信じ込んでいる。
乗り越えるべき宿題はいつも山積みで、長く生きていると宿題は果てしなく累積していく。
たぶん死ぬときは宿題の山を前にして「こんちくしょうめ」と悔しがると思う。
あの葛飾北斎でさえ、死ぬ前には「あと数年生きられたら本当の絵が描けるのに」
と嘆いたらしいのだ。90過ぎの爺さんだってのに。

だから、とりあえず目の前の宿題を一つ一つ片づけていく。
宿題が見えるというのは、なかなかに良い資質だと思うのですよ。
世の中には自分の宿題が何かわからない人だって、いっぱいいるのだから。

音楽評論家の吉田秀和の言葉で、
「壁というのは見えない人には一生見えないものだ」
みたいな言葉があって、自分はずっとその言葉を頭の隅に置いている。
これはフランスの作曲家サンサーンスをくさした言葉で、
あの人の音楽がどこか空々しいのは壁を突き破ることを器用に避けているからだ、
みたいな意味で使ったのだと思う。

えっと、僕は結構好きですよ、サンサーンス。吉田大明神の著作にある言葉です。

「動物の謝肉祭」とか「オルガン交響曲」で有名なこの作曲家を、
吉田秀和はけちょんけちょんにくさしていたりする。
別の本では「女子高生が壁に飾るお菓子の包装紙」みたいなひどい表現もしている。
いや、それは言い過ぎだろうと思うけど、
言いたいことはなんとなくわかる。
あと少し、音楽に真摯にぶつかって悩むなり自暴自棄になるなりしてくれた方が、
音楽は聴く人の耳をもっと引き付けたのではないかと、そう言いたいのだろう。

例えばピアノの詩人ショパンさんなんてのは、ピアノの前でずいぶん苦しんだらしい。
出来上がった作品を聴くと、すらすら作曲している姿しか浮かんでこないけど、
実際のところは顔色は青ざめ、何日もピアノの前で書いたり破ったりを繰り返していた、
とのことだ。

作曲をすすめるうちに、問題点はいやでも目の前に現れてくるし、
それを突き破る自分の力量についても、どんどん自信が持てなくなってくる。
ああ、なんで俺は作曲なんてやってんだろうと、自分の仕事を呪ったりもしただろう。

でも、そうやって壁に正面からぶつかることで生まれてくる作品というのは、
人の心に訴える力を持つだろうし、何より誠実さが匂い立って曲に品格を与えるものだ。

ショパンさんみたいに、壁が目の前に見えることは大切なことだし、
壁が目の前にあるってのは、実は幸福なことなんだぜ、
サンサーンスを見てみろよ、あいつは壁紙みたいな音楽しか作れなかったんだからと、
吉田大明神は言っている……と僕の中ではそう解釈している。

くどいようだけど、僕はサンサーンスの音楽は結構好きで、ときどき聴いたりしてます。
ピアノ協奏曲5番「エジプト風」とか、すごくきれいな音楽だったりします。
吉田秀和の言っている問題点を、ものすごく感じさせる曲だとは思うけど。

あと、吉田秀和さんはNHKのFMでサンサーンスの特集をしたこともあった。
新聞のラジオ欄で見つけて「おやまあ」と思ったのだ。放送はもう終わった後だったけど。
いったいどんなコメントをしたものか、すごく気になる。
このラジオ番組の音楽を抜いてコメント部分だけを集めたCDが発売されたときは、
かなり食指が動いた。
高価すぎて手が出なかったけど。

てか、世の中にはずいぶんマニアックな人がいるもんだな。

今年は自分のまわりでも大切な人がお亡くなりになったりしていて、
その人がたぶん、納得してないんだろうなとも考えるのだけど、
それはその人が全力で生きていた証拠みたいなもので、
立派な人生だったと、周囲の人間や僕なんかは考えているのですよ。

ただ、その誠実さにもっと早く気づいていればと、
ここ数か月間ずっと後悔してるんですけどね。

個人的な話題ですいません。

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