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2016年11月

2016年11月27日 (日)

八つ墓村


久しぶりにブックオフに行ってみた。

テレビで映画「八つ墓村」を観て、原作を読んでみたくなったのだ。

……と、ここから100行ほど映画版「八つ墓村」への熱い思いを書いていたら、
文章ソフトがフリーズして文章が消えてしまった。
なんか、ウインドウズ10との相性が悪いのか、今までに三回ほど文章が消えている。
マメに保存しないとダメだね、これは。

昭和52年公開の「八つ墓村」は「祟りじゃ~」のCMで大ブームを巻き起こした。
ドリフターズのパロディ、「ひぇ~ひぇ~」もなんだか懐かしい。
白装束で両手を垂らした志村けんの姿は、
マイケルジャクソンの「スリラー」のPVを思わせる。
もちろんドリフの方が先なんだけどさ。

金田一耕助役が石坂浩二でも古谷一行でもなく、なぜか「渥美清」ということで、
「なんで寅さんやねん」
と当時小学生だった自分には不評だったけれど、
見返すと、予想外にはまり役で、
「八つ墓村」の金田一耕助は渥美清以外には考えられないってくらい、名演だった。
あ、豊川悦治さんの映画版は観ていないので、そこはご勘弁。

横溝正史の推理物は陰惨なイメージがあるので、金田一役には明るい感じが求められる。
コミカルな石坂浩二風、頼りない感じの古谷一行風、
そこに、飄々とした笑顔の底で人間の愛憎劇を冷静に見つめる渥美清の演技は、
また違った味わいがあって、素晴らしいと僕は思う。
ご本人の人柄なのだろうか、仕事で人と接するときも自分もあんな感じでありたいなと、
ちょっと思う。決して怒らず、
仕事に対して真摯であれば、周囲との衝突に目くじらを立てることなんてあり得ないのだ。

あと映画音楽が素晴らしかった。作曲は芥川也寸志だ。
……と、ここで芥川氏の音楽について語ろうとしたらまたソフトがフリーズした。
今回は文章を保存してあったので、音楽の素晴らしさについてはまた別の機会にまわして、
文章を先にすすめる。

で、ブックオフに行った。有名な作品だし、原作は必ず見つかるだろうと思ったけど、
見つからなかった。
近所の本屋は壊滅してしまったし、もう少し足を延ばして要町のブックオフとか、
いっそ池袋の本屋で買ったほうが確実かもしれない。

仕方がないのでしばらく店内をぶらぶらと見て回った。
土曜日ってことでお昼なのに若いお客さんが多い。
だいたいが漫画のコーナーに集まっているので、そこはなんとなく避ける。

漫画はブックオフで買ってはいけないと、商売柄ちょっと思う。
若いころは古本屋巡りで貴重な漫画作品を大量購入した自分だけれど、
新古書店が漫画の新刊を安易に売りさばいたために起こった悲劇を思うと、
ちょっと買いたくはなくなる。
作者の懐に何らの益ももたらさない売買というのは、古いものならともかく、
発売数か月の作品だと、めちゃくちゃ困る。

それで一時は出版社や作家連合がガイドライン作りに必死で取り組んでいて、
自分もなにやらいろいろサインをした記憶があるので、
「新古書店の漫画」イコール「買っちゃダメ」
というイメージが、なんとなく刷り込まれてしまった。

もちろん新古書店がまったくの悪というわけではなく、
知的財産としての書籍が廃棄されることなく人々の手にわたるのはものすごくありがたい。
ある意味、本を救済してくれる慈善団体という側面もあるのだ。

それでも、漫画に関しては自分は新古書店では買ってはいけないとなんとなく思う。
たとえ手に取ったとしても、
「自分が払ったお金は作者の懐には入らないんだよな」と、
どーしても考えてしまう。
逆に新刊本を買ってそれが面白かったりすると、
「自分が出したお金が作者の酒代の足しにくらいはなるかな」と、
一緒にお酒を飲んでるような楽しい気分になる。

他の小説や雑誌なんかは普通に古本屋で買っていたりするので、勝手なもんだと思うけど、
漫画に関してはかなり生々しくイメージ出来てしまうので、
僕はブックオフの漫画コーナーにはどうしても足が向かない。
あそこで作者と作品の名前を憶えて、普通の本屋で買ってくださる方も多いはずなので、
一般の方が利用するのは構わないんだけど、
自分はダメだ。

で、文庫本のコーナーをしばらくブラブラとする。新潮文庫が棚の大半を占拠する状況は、
昭和の昔と何も変わらない。作家のラインナップはずいぶん変わったと思う。
赤川次郎のかわりに宮部みゆきさんとかが場所をとってる。
村上春樹が想像以上に幅を利かせていてびっくりした。
僕が初めて読んだときはまだノルウェイの森以前だったから、羊三部作くらいだった。
あの青臭い青春をオシャレにラッピングした作品は、なんか好きだったな。
ノルウェイで「蛍」という短編がエロ小説みたいになったのが不思議。

時代小説がやたら目につく。
ここも栄枯盛衰が激しい。
池宮彰一郎さんの作品とか、好きだったけど、パクリ問題で回収騒ぎになって、
そのあとすぐにお亡くなりになったのだ。
なんか「潰された」って感じがして、僕はかわいそうだな、もったいないなと、
ずっと考えている。
自分ちの本棚には「四十七人の刺客」と「島津奔る」なんかが今でも置いてある。

岩波文庫のコーナーはなんか昔とあんまり変わらない。
薄紙を巻いた茶色の背表紙を見かけなくなったくらいかな。

結局、本は何も買わずにブックオフを後にした。

出版不況で新古書店もなかなか経営が厳しいみたいな話だけど、
漫画を安価に売りさばいて異常増殖した部分は、まあ消えても仕方がないのかなと、
割と冷酷に考えてしまう。

古本屋は本を愛する人間のための憩いの場所であって欲しいと、
昭和生まれのおっさんはまたまたポエマーな言葉を残して文章を〆るのであった。

2016年11月19日 (土)

磨く


年末がいよいよ近づいてきてる。
ご近所を散歩していると年賀状の広告があったり、早くもXmasの飾りつけををしていたり、
「もう一年が終わちまうのか」
とずいぶん驚かされる。
年を取ると時間の流れが早くなるというけれど、いくらなんでも早すぎるだろうと思う。

で、百円ショップで掃除のためのビニール手袋やらたわしやらを買い込んで、
ときどきチョコチョコとお掃除を始めている。
コーヒーを淹れるときとか、お湯が沸くまでの時間に鍋を磨いたりする。
これがなんというか、最近ものすごく楽しくなってきて、
気が付くとコーヒーそっちのけで鍋を磨いていたりする。

始まりは「行平鍋」だった。僕は勝手に「ラーメン鍋」と呼んでいるけれど、
木の握り手のついた小さめの鍋である。
デパートの催事場で職人さんが金槌で作っているのを見たことがある。
金属板を金づちで叩いて丸い鍋の形に仕上げていく。
「器用なものだ」
としばらく見入ってしまった。

その行平鍋も数年使い込めば柄の部分の木の棒が外れ、外側は黒い焦げ付きだらけになる。
「もうそろそろ新しいのに買い替えるかな」
なんて考えていたのだが、ふと思いついて百円ショップの汚れ落としでこすってみたら、
案外簡単に焦げ付きが取れて、デパートの催事場で見たあの金属の輝きが戻ってきた。
「これは……いけるんじゃないか?」
と思いついたのが運の尽き、それから1時間がかりでひたすら磨き続けた。
鍋の側面四分の一くらいが新品同様の輝きを取り戻した。
行平鍋というのはテフロンも塗装も何もないむき出しの金属だから、
必死で磨けば購入当時の姿が取り戻せる。
その「取り戻せる」という部分が自分の心に激しくヒットした。
それから数日間は原稿の息抜きにゴシゴシと磨き、
風呂上がりにゴシゴシと磨き、
寝起きの夢見心地にひたすらごしごしと磨き続けた。
で、新品同様にピカピカの行平鍋が戻ってきた。
それはもう、見事なくらいピカピカの行平鍋で、茶器を愛でる茶人よろしく、
鍋の底を撫でまわしては悦にいっている。

昔、「3年B組金八先生」だと思うけど、
学校のトイレ掃除をしていた悪ガキ男子生徒たちが、徹底的にトイレを磨き上げ、
その床に転がって撫でまわすというシーンがあったのだけど、あれに近い。
お掃除は愛情を育むお仕事なのである。

で、その快感に目覚めた自分は、次は油まみれのレンジ回り、鍋のフタと磨きまくり、
今日は煙草の脂で汚れた時計のお掃除をしていた。
この時計は外国製の安い目覚まし時計で、時間になるとR2-D2のような奇声を発し、
両脇のタイヤを回転させて暴れまわるという、面白商品である。
たぶん10年くらい使っている。
当初は床を暴れまわらせて遊んでいたのだけど、さすがに飽きたので、
仕事机の上でひたすら脂に汚れ続けていた。
安いプラスチックの外観なので、置物としてはあんまり見栄えのいいものでもない。
それが、磨いてみたらアンティーク調のいい感じに燻されていた。
買った当初の安物感がなくなって、なかなかの面構えになっている。
白いゴムの部分は変色して茶色いままだけれど、そこがまたなんとも味わい深い。
「いい仕事してますね」
ってなもんである。
このまま年末まで、自分はいろんなものを磨き続けるんだろうなと思う。

でもやりすぎるのはあまり良くない。
仕事で使っている丸ペンのペン先。小まめに取り換える人もいるけど、
自分は一か月か、下手すると一年くらい同じものを使い続けることがある。
当然、インクがこびり付いて黒い塊がびっしりついている。
で、ペン入れの途中で「磨きたい衝動」に突然襲われた自分は
ウエットティッシュでひたすら磨き続けた。ゴシゴシと磨いた。
金属の鈍い輝きが戻ってきた。
「ふふふふふ」
と悦に入りながら再びペン入れを再開する……と、なぜか書き味が微妙に違う。
紙の上を滑るまろやかな感じがなくなって、金属的に引っかかる感じがする。
どうも、あのインクのこびりつき具合にまろやかさの秘密があったらしい。

仕事道具はちょっと汚れているくらいが丁度いいみたいだ。

2016年11月 9日 (水)

雑記・フレディ・マーキュリーはキモかっこいいい。

アメリカ大統領選が行われていて、今日の昼頃には大勢が判明するという。
民主党のクリントン女史か、共和党のトランプ氏か、
どっちかなと缶コーヒーを賭けて「プチ賭博」をしている方も多いことでしょう。
このブログを読まれる方は、もう結果を知っているんでしょうね。

現オバマ大統領のときも、対立候補の方が勝つと思ってたんだよな。
だから、
「この先世界情勢はどうなってしまうんだ」
と不安になったのだけど、まあ、こうなりました。
欧州をはじめ、あちこちずいぶん不穏な世の中になったもんです。

それはともかく。
東京都では十年くらい前に各家庭に火災報知器を設置してまして、
それがそろそろ寿命を迎えているという話があります。
電池が切れてたり、内部装置が故障していたりで、
火事が起こったのに全く作動しなかったという案件もチラホラ出ているようです。
自分ちもあちこちに取り付けられておりまして、
特に仕事机の上に「あえて」取り付けてもらった奴なんか、
僕が煙草をふかすもんだから四六時中鳴りまくってます。
部屋を閉め切って煙草をふかせばほぼ間違いなく作動します。
そのたび天井から垂れ下がってる紐を引っ張って「解除」することになります。
だからまあ、この機械の優秀さは割と身をもって体験している。
もし万が一、煙草の不始末で机の上の資料本なんかが炎上しようものなら、
けたたましい警告音が鳴り響くのは間違いない。
いざその時になって電池切れというパターンは十分にありそうなんだけど。

東京都はこれをどうするつもりなんだろう。
全戸訪問して取り換えるのかな。
取り替えるのならお掃除してヤニを落として差し上げないと。
なんだかんだ、四六時中鳴りまくってるこいつに愛着は沸いていたのだ。

「警告」といいますと、このたびパソコンプリンターさんが「警告」を表示し始めた。
「余分なインクを吸い取るパットが限界なので、エ〇ソンに連絡してね」
だそうです。
で、いろいろ調べてみたら、自分の使っている十年前のプリンターはすでに「アウト」で、
メンテナンス期間を華麗に終了している。
プリンターとしては全くどこも故障していないのに、
「買い替えてちょ」
とのことです。
納得はいかないけど、まあ仕方がない。
もう一台、仕事場にブラザーのプリンターがあって、こいつの白黒印刷が素晴らしいので、
後継機はブラザーにしよう。
そうしよう。
(操作性はエプ〇ンの方が上だとは思う)

プリンターの現役引退のことがあって、
「そういえばビデオデッキもここ十年くらい放置したまんまだな」と思い出し、
ちょっと引っ張り出して動作確認してみた。
VHSのビデオデッキなんか、今時使う人なんてまずいないんじゃないか。
テレビ番組の録画なら、DVDかブルーレイのデッキの方がはるかに便利だし、
だいたいテープ代がかからないという最強のポイントがある。
それでも、いつ何時必要になるかわからないので、とりあえず機械だけは残してある。
さて、何を再生しようかなと本棚の奥のビデオテープを物色し、
「クイーンのビデオクリップにしよう」
と二巻ワンセットのビデオテープの二巻目のほうを「ガッチャン」とデッキに押し込む。
一曲目は「アンダープレッシャー」
先ごろお亡くなりになったデビッドボウイさんがクイーンのスタジオに遊びに来て、
一緒にジャムセッションしているときに作られた曲。
1981年のものだ。
僕が初めて聴いたのはその十年くらい後になってからで、
その時にはフレディ・マーキュリーさんはエイズでお亡くなりになっており、
曲の印象も「なんじゃこりゃ」って感じだったんだけど、
実は聴けば聴くほど味が出てくるスルメ曲でして、今ではかなり好きな曲になってる。

ビデオクリップの冒頭は「プレッシャー」の言葉が象徴する映像として、
日本の通勤電車の風景がコラージュ的に流される。
そこからモノクロ映画の怪奇的なシーンが連続し、最後には甘いキスシーンの連続攻撃だ。
クイーンのメンバーもデビッドボウイも出てこない。
多忙な両者が撮影のための時間を作れなかったんだろうなというのは想像がつく。
それでもこの曲はイギリスのチャートで一位になってたりするんだよな。

僕が視聴用のビデオとして一巻目じゃなくて二巻目を選んだのには理由がある。
クイーンのビデオクリップは二巻目の方が「馬鹿馬鹿しくて面白い」からだ。
で、当然「I want to Break Free」は見る。
日本でいえば、サザエさんみたいなホームドラマのコスプレをメンバーがやってる。
寝起きのネグリジェ姿のブライアン・メイとか、
キャピキャピの女子高生姿のロジャー・テイラー、
気難しそうなオバちゃん姿のジョン・ディーコン、
そして「どうしてこんな姿を衆人にさらす気になった」とのけぞること必至の
「ミニスカ髭面イケてる女の子」風のフレディ・マーキュリーである。
この映像は本当に、何度見ても笑える。
途中の耽美的な世界もいかにも「クイーン」て感じがして面白いし、
僕がこのビデオを買った一番の理由も、このビデオクリップが欲しかったからだったりする。
映像はこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=eM8Ss28zjcE

それから「Breakthru」のビデオも大好き。
曲もかなり好きなんだけど、蒸気機関車にけん引されながら曲を演奏する爽快感が、
なんつーかめちゃくちゃ楽しい。
https://www.youtube.com/watch?v=CEjU9KVABao
最後にブライアン・メイのギターが笑ってるのがなんか好き。

などと楽しみつつも、やっぱりビデオの映像は荒いなと思ったりもする。
YouTube(ようつべで変換できた)の映像を見ると改めてそう思う。
でもまあ、繰り返し楽しんだビデオだし、捨てる気にはまったくならないんだよな。

最近はカセットテープが若者の間で小さなブームだという記事をどこかで読んだっけ。
この手の「小さなブーム」はあんまりアテにはならないんだけど、
早送りも巻き戻しも時間がかかり、A面B面のリバースも面倒なカセットテープが
「面白い」
って感覚は、なんとなくわかる。
プラスチックのボディと磁気テープの機構が若者の目には新鮮に見えるだろうことも、
容易に想像ができる。
こちとら「8トラ」のリアル世代だったりするので、
ああいう「音楽からくり」へのノスタルジーはかなり強い。

ネット配信の時代になって音楽に「触る」って感覚が希薄になってきて、
なにか、めんどうでも手に触れることの出来るものを求めるってのは、
人間としてはものすごく真っ当な欲求なのかもしれない。

誕生日にいただいたフレディ・マーキュリーさん。

P1100748


2016年11月 1日 (火)

漫画につていの解説


11月ですね。さすがに寒くなってきて、マフラー姿のご老人とか見かけたりします。
えっ、もうかよ!と驚いたりもするのですが、11月ならそれも当然か。

漫画についての解説。
前回までピグマでペン入れしてたんだけど、今回は丸ペンでペン入れしてます。
金属のペン先で綺麗な○を描く自信がなかったので、ずっとピグマを使っていたんだけど、
なんか描けそうな気がして、描いてみたら案外簡単に描けたので、戻しました。
この話を突っ込んで書くと、また長々と語ってしまいそうなので、
この辺で。

カレーライスの話。
明治時代にカレーライスが日本に入ってきて、これが日本人の味覚に合ったため、
たちまち人気食品の地位に駆け上がった。
町の洋食屋がトンカツやらカレーライスを手軽に提供するものだから、
それまで外食の王様だったお蕎麦屋さんが大ピンチに陥るくらい、
カレーライスのもたらしたインパクトは大きかった、らしい。

それで、お蕎麦屋さんも生き残りをかけてカレー南蛮やらカレー蕎麦、うどんなどを
開発して、これに対抗したんだそうです。
蕎麦とカレーが意外に合うぞ、ってのは、蕎麦屋にとっては起死回生の大発見だったこと
でしょう。
でも昔はカレー粉なんて市販はされていませんし、
いろいろなスパイスの調合はみんな自分のところでやっていたんでしょうね。

市販のカレー粉の最初のものは「ハチ食品さんのハチカレー」だそうです。
他のサイトやウイキペディアからの孫引きになりますが、
漢方薬の販売などをしていたハチ食品の前身になる業者さんが、
「うちならカレー粉が作れるんじゃないか」
と思いつき、蔵の中でいろいろ調合してみて、苦心の末に完成したのが、
「ハチカレー」
なのだぞうです。
僕もここのカレー粉を一キロほど買ってきまして、いろいろ試してみました。
最初は「?」な感じだったんだけど、
いろいろ作り方を変えて試行錯誤してみたら、なるほど、
「カレー屋さんのカレー」っぽい味になってきた。
ネット上で検索してみると、ここのカレー粉のファンも大勢いるらしく、
今年になって再販されたみたいです。
「昭和カレー」のタイトルは、本当はこのカレー粉につける予定でした。
ただ、そこまで極めるところまでは行けなかったので、今回は保留。
僕は結構気に入ってます。

ハチカレーの名前は、これもあちこちで紹介されていることなんだけど、
「蔵の中でカレー粉の配合を研究していたら窓に蜂が止まっていて、
太陽の光を透かしたその羽が綺麗だったから、これを商品名にした」
とのことで、別に蜂蜜や蜂本体が入っているわけではありません。

S&Bのカレー粉が発売されたのはこの後のことで、
スーパーでお手軽に手に入るのはこちらの方。
二十世紀の初頭にカレー粉の需要の爆発的増大があって、
それにこたえるために多くの企業がこの分野に乗り出したみたいです。

で、これらのカレー粉は割と通好みの大人の味で、
昭和も戦後すぐくらいまでは「カレーは大人の食べ物」だったようです。
これを「子供の食べ物にしてしまおう」と考えたのがハウス食品さん。
昭和三十年代初頭に「ハウスバーモントカレー」を発売して、
「リンゴとハチミツとろり溶けてる」甘いカレーを一般家庭に普及させた。
この味が子供たちの嗜好にマッチして、高度経済成長期には、
「子供の大好物といえばカレーライス」
の地位にまで上り詰める。
なにせ、ベビーブームともリンクしているので、子供は雨後の筍のように沸いて出てきた。
ハウス食品さんは上手いところに目をつけたなと、感心してしまいます。

よく言われるうんちくで、「バーモントカレーは健康療法がうんぬん」
というのがある。
アメリカのバーモント州でリンゴとハチミツを使った健康法がひろまり、
これをハウス食品さんが取り入れて、リンゴとハチミツを使った甘くて健康的なカレー、
だから「バーモントカレー」という名前になったそうな。
僕もテレビで特集番組を見るまで知らなかったので、
「へえ」
とひとしきり感心した。
話は脱線するけど、健康のために一日一個のリンゴを食べるってブームがあったけど、
僕は一週間もたなかった。
割とどうでもいい話ですね。

西城秀樹さんがバーモントカレーのCMキャラクターに起用されたのは
昭和40年代末頃。
昭和50年には
「リンゴとハチミツとろり溶けてる」も
「ヒデキ!感激!」も生まれていたことを知って、
「そんなに古くからあるんかい」とびっくりした。
ちなみにこの年、僕は小学校の1年生だったりする。

西城秀樹さんはこの前年のレコード大賞で「傷だらけのローラ」で大賞になっている。
この曲とライターを絡めているのはかなり無理やりなネタで、
西城秀樹さんがライターを目の前にかざして、瞳の中に炎を燃やしたのは、
この三年後の「ブーツを脱いで朝食を」だったりする。
僕もテレビでこの演出を見たような記憶があるので、
あれは小学校の三年生くらいのことなんだろうなと、思う。
でも、のちにテレビでこのネタを紹介したりもしているので、
それを見て、自分が見たような気になっているだけかもしれない。
見たとおもうんだけど、どうだったかな。

チルチルミチルの100円ライターが発売されたのは昭和50年の5月。
これは歴史年表の本を見ていて「へえ」と思ったので、そのうち使うつもりでいた。
100円ライターの元祖にして嚆矢と言ってもいい、昭和の名品である。
今は中国で作られたものが市場を席捲しているみたいだけど、
セブンイレブンに行ったらしっかり現在でも販売されていた。
火口の金属部分にも例の「青い鳥」のレリーフがある。
形はずいぶん変わってしまったけど、なんかうれしかったので買ってしまった。

100円ライターなんて使い切ったら捨ててしまうから現品は残らないものだけど、
学生時代に記念品でもらったチルチルミチルさんが奇跡的に残っていたので、
まあ、それでも発売後十年以上経過しているのだけど、
ネットの画像と合わせて、それを参考にファーストモデルを再現している。
いや、本当に、あの頃身近に当たり前のように転がっていたものって、
今手に入れようとすると、もう何処にもなかったりするんですよね。

以上、漫画の背景となる説明でした。
昭和50年って、この年代を舞台にした理由は特にないのだけど、
僕がかろうじて覚えている一番古い時代ってのと、
この頃から昭和の風景が劇的に変わり始める、ってのはあるのかもしれない。
イトーヨーカ堂がセブンイレブンの一号店を豊洲にオープンさせたのが、
この前の年の昭和49年5月15日のこと。
この一歩目は本当に小さな一歩なんだけど、現在じゃそこら中コンビニだらけです。

映画の「ジョーズ」が公開されたのも昭和50年。
これは僕ははっきり覚えてる。
サメの映画が大ヒットしたってんでテレビでサメの特集番組がいくつかあって、
その中に「サメに食われた人の死体映像」があり、
両親が弟の出産のために病院に行っていて、一人家に残された自分は無茶苦茶怖かった。
今でも弟の顔を見るとサメを連想するくらい、ちょっとしたトラウマになっている。
この、「ジョーズ」を制作したスピルバーグ監督が、その後にヒット作を連発して、
日本の映像産業も多大な影響を受けることになる。

田中角栄の汚職問題がクローズアップされたのもこの前後の年だったりする。
昭和51年の7月に元首相が逮捕されるという大スキャンダル、いわゆる
「ロッキード問題」にまで発達するのですが、
政治家の腐敗が雑誌記事のトップネタになり、出版社のドル箱になったのは、
まあ、この事件のあたりからなんじゃないかな。

だから、まあ、そんな時代背景も漫画に反映させられたらなって思うんだけど、
なかなか難しいので、ここにまとめて書いてみました。

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