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2017年3月29日 (水)

女の人が落ちてる


道に女の人が落ちてると困る。

いっとき小さな印刷所でアルバイトをしていて、オフセットの印刷機を回していた。
納入先は某大手自動車メーカーで、金属部品の図面を大量に印刷した。
冬には卒業文集の印刷なんかもやった。
子供たちの微笑ましい思い出を大量印刷するわけだが、
もちろん読んでいる暇なんかはない。インクの具合をチェックし、
薄くなるようだったらローラーにインクを足さなくてはならない。
バブル期だったので、創業記念日には市内の高級ホテルでパーティーまでやった。
バイト風情が出かけてもいいものかと思ったけれど、
ちゃっかり参加させていただいた。
トヨタがバックだと豪勢なものだ。
ある時は社長さんにポンポンと肩を叩かれ、
「いつもご苦労様」
と、ボーナスまでいただいてしまった。
封筒の中には四万円入っていた。
フリーターという言葉が生まれるちょっと前の話だけど、
バブル期のフリーターは今では考えられないほど、恵まれていた。

バイトの上りは夕方の五時くらいだったか、街灯のない薄暗い道を歩いていたら、
女の人が落ちていた。
アスファルトの交差路にどでーんと、うつむきに転がっている。
長い髪がアスファルトに広がり、顔は確認できない。
会社帰りのサラリーマンやら、通りすがりの土方の親父さんなんかが集まってきて、
「なんだい、酔っぱらって寝ちまったのかい」
なんて談笑を始める。いやいや、ひき逃げとかそっちの心配をしようよ、と思う。
道に転がる女の人の周囲に男性陣が五人ほど、腕を組んで話してる構図はなんか変だ。
そのうち、印刷所の女性社員が集団で歩いてきた。
目が合ったのでコックリと頭を下げる。
女性陣も「お疲れ様」と軽く挨拶をかえし、何事もなかったかのように通り過ぎる。
道に女の人が落ちているのに。

日常というものはなかなかに破られない。少しでも綻びようとすると復元力が働いて、
「なーに、どうということはないさ」
という安定した結末に落ち着こうとする。
道に女の人が落ちているというのは非日常的なアクシデントなのだけど、
人はそこに深い意味を見出したくはない。めんどくさい。
俺の平穏な日常をかき乱すな!となる。
それでも五人の男性陣がその場を立ち去らないのは、野次馬根性ばかりではない。
もし事件性があったら、寝つきが悪くなる、後ろめたい、そういう感情があるからだろう。

とにかく、酔っ払いねーちゃんが道路でうつ伏せになって寝ている、
そういう前提で話はすすむ。
「このねーちゃん、いびきかいてやがるぜ」
「こんな平日にいい気なもんですな」
おじさん達がぼやく。薄暗いので顔は見えないけれど、たぶん半笑いなのだろう。
土方の親父さんが腰をかがめてしげしげと観察する。
「あ、このねーちゃん、寝しょんべんもらしてやがるぞ」

いびき、寝しょんべんの単語で僕の中にピンとくるものがあった。
僕は思い切ってアスファルトに広がる液体の中に指を突っ込んだ。
夕暮れの薄暗い光の中、指先は真っ赤に染まっていた。

「この人、血を流してます」

携帯電話のない時代なので、サラリーマンさんがすぐさま電話のある店に走った。
脳溢血の可能性があるので、下手に動かさないほうがいいって判断で、
残りの男性陣は女性を取り囲んで走ってくる車をわきに寄せさせたりした。

救急車が来たあたりで、これ以上巻き込まれるのもめんどくさいと思って、
男性陣は散り散りにその場を立ち去っていった。
僕もその場を離れたので具体的に何があったのかはわからない。
ひき逃げだったのか、いきなり脳溢血に襲われたのか、何もわからない。
ただ、日常ってのはなかなかにしぶといもんだなと、妙な教訓だけが残った。

こんなこともあった。
ちょっとした買い物があって夜道を歩いていたら、
コンビニの前に女の人が落ちていた。
通勤帰りのOLやら会社員やらがそれを取り囲んでいて、
「非常事態」
って空気がむんむんと醸し出されていた。
覗き込むと、眼鏡をかけた女の子が人事不省になっている。
「しっかりして!今救急車を呼びましたからね!」
と、OLさんが彼女の手を握って必死の形相をしている。
ああ、いい人だな、この人はきっといいお嫁さんになるに違いないと、
どうでもいいことを考える。
手を握っているのは倒れている彼女の意識を繋ぎとめるためだろう。
それが無意識であれ、緊急時のマニュアルであれ、
手を握ってあげるOLさんの姿は美しいなと思った。
まあ、これだけ人がいるのだから僕がいてもただの野次馬だなと思い、
その場を立ち去る。

目当ての買い物を終えて、長い道をすたこら戻ってみると、
先ほどのコンビニから離れた場所にまた女の子が落ちていた。
眼鏡をかけた、例の女の子である。
まわりには誰もおらず、彼女一人が歩行者道路の真ん中で横になっている。
きょとんとなって、僕はその場に立ち尽くしてしまった。
救急車は来たはずなので、彼女はどうやらそれに乗せてもらえなかったらしい。
すると、この人事不省は彼女の狂言なのだろうと、なんとなく察しが付く。
案の定、近くに男性がいて見張っていたらしく、僕に声をかけてきた。
「こういうことをする子なんで、手を焼いているんです」
「さっき大騒ぎになってましたよ」
「まあ、よくあることなんです。ここは私が見張ってますんで、ご安心ください」
とのことだったので、心置きなくいつもの日常に戻ることができた。

あの親切なOLさんは災難だったけれど、彼女の気高い行為はすばらしかったと、
僕は今でも思っている。

そのほかにも、夜道で酔っ払って寝ている女の子に遭遇することが何度もあり、
そのたび良心の呵責を感じつつも、美人局やセクハラの危険を感じてその場を離れた。
なんでこんなに女の子が落ちてるのかなと、僕は不思議でならない。
男性が倒れている現場にも同じ確率で遭遇しそうなもんなのに、
道で人が倒れていたら、それは100パーセント女の子なのだ。

この文章には落ちも教訓も何もない。道に落ちている女の子は迷惑なものだなあと、
それだけのものである。
僕は薄情者なのだけど、良心が痛んだりするので、
女の子はなるべく道で寝ころばないようにしてもらいたいと切実に思う。

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