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2017年5月 8日 (月)

照る日曇る日


えーと、パチスロ攻略マガジン誌に漫画が掲載されています。
パチスロライターの睦月ライドさんが八代目の旅打ちになって、
今北海道でパチスロサバイバルしていらっしゃるんだけど、
その状況を一年にわたり漫画で追いかけるというものです。
日本をくるりと回って東京でゴールになります。

僕は別にパチスロに詳しいわけではないので、そちらは編集サイド頼みです。
自分にできる部分は今のところ、料理、日本各地の風景、それと、
漫画家という賭博性の高い職業を四半世紀近くやってるから、
わかっている部分ではないかと考えています。
なんせ自営業ですから、ツキとか不運とか、潮の満ち引きのように感じたりします。

今回はその辺をお話させていただこうかと思います。

昔、まだ二十代のころ、南紀州の漁師の方とお話しする機会があって、
その方が、
「照る日もあれば曇る日もあるさぁ」
と口癖のように言っていたのが、まだ耳に残っていたりします。
体のがっちりした、日焼けしたおじさんで、笑顔がなんともすがすがしい方でした。
個人的な僕の事情でいろいろ助言いただいて、まあ、御恩のある方だと考えております。

上の「照る日もあれば……」というのは、昔からよくある格言で、
それだけならまあ、そういうもんかなと思うのですが、
海の上で体を張って働いている方がこれを口にすると、迫力が違ったりします。
天候の変化がその日の稼ぎにも関わってくるし、下手すれば命の危険だってある。

だから今でも耳の奥のほうでこの言葉が繰り返し響いてくるんでしょうね。

運とか不運というのは、波のようにサイクルのあるもんだと感じたりします。
これを話すと思い出にしがみついてる爺さんみたいでみっともない気がするんだけど、
「大使閣下」のお話が最初に来た時、あ、なんか来てるなって感じがありました。
実際、それから一年くらいは何から何までものすごく上手くいって、
いい仕事場はあっさり見つかるし、たまたま優秀なアシさんが近所に住んでるしで、
「見えない天の配材」ってのを実感していました。

まあ、漫画のほうは最初のうちは低空飛行で、当時の担当さんは
「いつ打ち切られるか冷や冷やしてた」
って言ってましたけど、僕は割と確信に近いものを持っていたと思います。
これ、絶対無茶苦茶面白くなる企画だって。

全部終わってから考えると、あれを僕が作画して良かったのかなとも思うけど、
僕じゃない他の方が漫画にしたら、まったく別の漫画になっていたのは確実で、
もっと成功する可能性はあったかもしれないけど、あれより上じゃないとは思ってます。

その根拠になるのは、おかしな言い方になるけど、ものすごい風を感じていたからで、
その風に背中を押されて描かされてるって感じを、ずっと持っていたからです。
漫画は技術や才能が占める部分も大きいけど、その風を味方にできるかどうかってのが、
一番大きいような気もします。
僕はあの時はそれを味方にすることができた、それは間違いなくそうだったと思います。

んで、これが終わったら、もう二度と同じ風は吹かないだろうなってのも、
感じていたりしました。

僕には漫画の技術面でのオタクみたいなところがあって、
大使閣下の終了後はそちらの方面にどんどん突き進んでいったのだけど、
それは風に背中を押されて実力以上のことをやっていたのを、
ちゃんと自分のものにしておきたかったからで、
もしその風とやらが神様が吹かせているものだとしたら、
その神様に逆らうようなやり方だったかなと、思ったりもします。

これはもう性分の問題で、もっと上手いやり方があったのはわかってるんだけど、
自分の中で「白黒はっきりさせてみたい」ってのがどうにも抑えられなかった。
たぶん同じ状況になったらまた同じことをやるんじゃないかと思う。
ものすごくいい風が吹いてきて、それがいつか止まるのだとわかっていたら、
その風を自分のものにしてしまいたいって、ものすごく単純な願望。
技術でそれを確立できるなら、それを見極めたいってものすごく贅沢な欲望。

ちょっと話が横にそれてしまったけど、
人生にはものすごくいい風が吹く瞬間が、たぶん誰にでもあって、
それに上手く乗れる人もいれば、乗れない人もいるし、
乗ってもコロリと落っこちる人も大勢いる。
とにかく風は誰にでも平等に吹いているってのは感じていたりします。

冒頭の
「照る日もあれば曇る日もあるさぁ」
ってのは、たぶんそこまで深い意味で喋っていた言葉じゃないかもしれないけど、
とにかく人生の運不運の風は誰にでも平等に吹いているんだから、
「逆境」みたいな不運極まりない状況でもめげるな、平常運転でいけってことだろうと、
僕は考えていたりします。
んで、これにはもう一つ、裏の意味もありまして、
ものすごくいい風に乗ってる時でも、やっぱり平常運転で流せ、ってのがあって、
これはたぶん年寄りの方のほうが共感していただけるんじゃないかと考えます。

「ラッキー!俺ってめっちゃツイテルぅ~」

と思っても、調子に乗るな、いつも通りに自分のできることを精一杯やれってことです。
運命の風が味方をしているようでも、相手はしょせん「ただの風」です。
それ以上でもそれ以下でもない。
誰にでも同じように吹いているものだし、同じように吹かない時も訪れる。
そのたび一喜一憂するのは馬鹿げたことだ、幸運だろうが不運だろうが、
とにかくいつも通り生きていればいい。
惑わされるな、ってことです。

だから、「照る日もあれば曇る日もあるさぁ」というのも、
突き詰めて考えれば、「太陽が出ようが雨が降ろうが、自分を見失うな」って、
そんな意味ではないかなと、この頃は考えたりもします。

いささか抽象論めいていますが、まあ、そんなところだろうと納得しています。

運命ってのがあるかどうかはわかんないけど、自分の実体験だと、
こんなのがあります。
大使閣下の作画アシスタントで、料理の絵のめちゃくちゃ上手な方がいて、
今でもものすごくお世話になっているのだけど、
その方のことを、僕は実際に会う前から雑誌の投稿欄で知っていたりしました。
イラストの投稿者なんて星の数ほどいるだろうに、なんでかその人だけは、
名前と絵柄を完全に記憶していた。

その後、そのことを彼に話しても「知ったこっちゃない」って感じなんだけど、
こちらからすれば何か見えない糸を感じてしまったりもするのです。
そういう「天の配材」みたいなのは、たぶん確実に存在する。

西村ミツル先生に最後にお会いしたのはドラマの撮影見学の時で、
そこで大使閣下についていろいろお話して、
長年気になっていたことをいろいろ解決することができました。
あれも運命の配材だと勝手に考えております。

作画担当をやらせていただいてものすごく幸運だったって僕の気持ちも、
たぶん伝わってるんじゃないかな。

なんかとりとめもなく続けられそうな話なんだけど、
本当にまとまりのない話になってきたので、この辺でやめにします。

運不運について、現状の僕が感じているのはこんなところです。

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