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2017年6月20日 (火)

キャベツと社長さん

 1

亡くなった父が自分の叔父をものすごく尊敬していて、その話をさんざん聞かされた。

僕から見れば大叔父にあたる良雄さんは川隅の本家の次男坊か三男坊で、
養子に出されて才覚一本で大きな会社の社長さんにまでのし上がった。
だから、同じように本家を出て独立した父には、人生の目標だったんだと思う。
俺も叔父さんみたいに故郷に錦を飾ってやるぞ、てな感じで。

姫路に本社があって、幼稚園の頃に父と叔父さんとお城をバックに写真を撮っている。
だからその時のことだと思うけど、父に連れられて社長に会いに行った。
駅前の商店街のおもちゃ屋に寄って、ガッチャマンのゴッドフェニックスの玩具を見つけて、
買ってほしかったけど買ってもらえなかったのは覚えてる。
なんと、ガチャマンのほかのマシンも収納できてしまうすぐれもの。
子供のころの自分は、ボンフリー号とかタイムボカンのメカブトンとか、
小さいマシンを収納できる大きなマシンがなんか大好きだったのだ。
電人ザボーガーの頭の中からヘリコプターが出てきても許せてしまうお年頃だ。

で、会社の社員寮みたいなところに一泊した。
社長さんなら豪邸の一つや二つは持ってそうなものだけど、
「そんなものはいらない」
という、実にあっさりした叔父さんだったのだ。
お金持ちの豪邸に泊まってみたかった僕は、ちょっとがっかりした。
トラ皮の絨毯の上でフカフカのソファーに寝転がってみたかった。
僕の持ってる昭和のお金持ちのイメージは完全に成金親父である。

で、その晩は僕は社員寮に残され、父は叔父さんと飲みに繰り出したのだと思う。
幼稚園児が一人でわけのわからないところに置き去りにされ、ちょっと不安だった。
父にしてみれば、尊敬する叔父さんに自分の長男を見せたかったのだろうけど、
いざ連れてきてみたら持て余した、ってところなんだろう。
計算してみたらあの当時の父は30代中ごろである。
今の僕からすれば考えなしのただの若造である。

で、朝になって目が覚めたら、父が申し訳なさそうに苺を用意していた。
「練乳も買ってきたぞ」
と、苺にまわしかけてくれて、食べたらそれがものすごくおいしかった。
あんまり昭和の話なんでわかりづらいかもしれないけど、昭和40年代、
苺に練乳をかけて食べるなんてのは、なかなかにステータスの高い食事なのである。
普段は牛乳に砂糖をまぶして食べていた。

あと、姫路城内でレインボーマンのお面をかぶった僕の写真なんかが残っているけれど、
そこらへんのことは全く記憶に残っていない。
社長さんと写真を撮っているのに会ったことすら記憶に残っていない。
ただ、この旅行で「父は叔父さんのことをものすごく尊敬しているのだな」というのが、
なんとなく頭に刻み付けられた。

だから、中学生くらいの時に父が話して聞かせる叔父さんの伝説も、話半分で聞いていた。
「本社のセレモニーホールにピアノを置いたんだけどな」
「うん」
「叔父さんはそれまで触ったこともないのにピアノを演奏したんだぞ」
「ふうん」
「やっぱり社長になるくらいの人は天才なんだな」
「さよけ」
みたいな感じである。
たぶん適当に叩いたピアノの音が、父には天上の音楽のように聞こえたのだろう。

この大叔父がテレビに出たときは、僕もさすがにワクワクした。
宮尾すすむの「日本の社長」は僕の大好きな番組コーナーだったし、
自分の縁者が宮尾すすむとどんなやり取りをするのか、期待もした。
でも、少年のワクワクは番組開始早々に裏切られた。
宮尾すすむが長期休業か何かでレポーターが代理の人だったのだ。
この段階で僕の興味は半分吹き飛んだ。

テレビに出てきた大叔父は、ものすごく成金ぽかった。
たぶん、そう思わせないために豪邸を持っていなかったのだろうけど、
そのことで逆説的に成金度はアップしていた。

「私はキャベツが大好物なんですよ」
と、高級マンションの一室で丸のままのキャベツをむしって食べていたけど、
なんかカッコ悪かった。そんなもん全国放送で流すなやと思った。

「私は金持ちだけど、こんな質素な生活をしています」的なアピールは良くない。
いっそ金満豪邸親父であってくれたほうがよっぽどすがすがしかった。
番組の最後にスタジオに現れ、一千万円の眼鏡を自慢したのも、かっこ悪かった。
なんか、徹底していない。結局お金持ちだって自慢したいだけじゃん。

この大叔父の息子さん、父の従兄にあたる人はこれとはまるで逆の性格で、
ラスベガスまで遊びに行って一億円ふっ飛ばしたという話がある。
「道楽息子だ」と、父は批判的に話していたけれど、
僕はそっちの方がよっぽどカッコいいと思った。
金持ちは金持ちらしく、豪楽に振舞ったほうがよっぽど見栄えがいいのである。

で、ここまでが前振りなのだけど、キャベツを生のままでむしって食べてみました。
今回はそのお話なのです。

 2

原稿を描き終え、ホッとした反動なのか、それまでの不健康な食生活の反省なのか、
「生野菜が食べたい」
と、ものすごい欲求が沸き上がってきた。
冷蔵庫の中には買ってきたばかりのキャベツやらピーマンやらがある。
よし、食べよう。
僕は皿の上に生のキャベツと種を取り除いたピーマンをのせた。
さすがにそれだけだと寂しいので、お酢と塩をふりかけた。

で、バリバリ食べてみた。手づかみで。

驚いたことに、めちゃくちゃおいしかった。
ピーマンはさすがに不味いんじゃないかと思ったけど、そんなことはなくて、
程よい甘みさえ感じるくらい、おいしかった。
「料理っていったいなんなんだろう」
と考えたけれど、その答えはすぐにわかった。
アゴがものすごく疲れるのだ。
普段自分がいかにアゴの筋肉を使わないのかを実感した。
少量の野菜を生で食べただけなのに、いまだにアゴが疲労している。
料理とはつまり、食事で使う筋肉の労働を軽減させるものだと悟った。

食べるってことは、それだけで重労働なのである。
肉を食いちぎり、骨を砕き、野菜を粉みじんに粉砕する。
これだけでかなりのカロリーを消費するし、肉体は疲労する。

このことは僕にはものすごく大きな発見だった。

あと、酢と塩をかけたのは余計だったなと思った。
今市場に流通している野菜は、おそろしく完成されている。
それだけでチョコレートや菓子パンのようにおいしく食べられる。
昔の野菜ならもう少し青臭かったのだろうけど、それはまったく感じなかった。
農家の方はものすごく頑張っているんだなと、しみじみ考えた。

そんで、これを日常的にやっていた大叔父のことを思い出した。
「あの人、これを毎日やってたんだよな……」
案外、逆説的な金持ち自慢ばかりではなくて、大叔父の編み出した健康法だったのかもしれない。
これを毎日やればアゴの筋肉は鍛えられ、脳にはものすごい刺激になる。

僕自身ははアゴの疲労がすごくてさすがに続けられないと思ったけれど、
大きなことをやらかす人ってのは、それなりすごい人なんだなと、
妙なところで感心したのだった。

若いころの自分ではあるけど、人を一方的な価値観で切り捨ててはダメだなと、
反省したのでした。

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大井川鐵道で「懐かしかろう」と名古屋の鉄ヲタさんがくださった「クッピーラムネ」。
子供のころは安価に手に入る駄菓子の定番だった。
「名古屋の会社なんですよ」
と言われ、全国区だと思っていたお菓子が地元のものだと初めて知った。
おいしさハッピーである。
下りのアプト式列車の中で雄大なダムの風景を見ながら食べたら、
すごくおいしかったです。

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