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2017年6月21日 (水)

鉛筆の話

社会人になると使わなくなる文房具ってのは結構あります。
分度器とか、三角定規とか、人によっては鉛筆だって触らなくなるかもしれない。
シャープペンシルがあれば日常的には事足りますからね。

鉛筆は鉛の筆と表記するけれど、芯の成分に鉛は一切使われていない。
「芯をなめると鉛中毒になるぞ」
というのは鉛筆の表記に惑わされた誤解だったりします。
……いや、今の子は鉛筆をなめたりしないか。
昔の人は筆に墨を含ませて文字を書いていましたから、
筆先をなめて湿らせていたんです。
その癖で、明治大正生まれのおじいさんおばあさんはよく鉛筆をなめていました。

じゃあなんで鉛なんて名前がついているのかというと、これは単なる「誤解」です。
芯の材料になる「黒鉛」は、昔は鉛が入っていると思われていたそうで、
のちに炭素の塊だと判明したのですが、
「いまさら呼び方を変えるなんてできねぇよ」
ってんで、そのまま「黒鉛」の呼び方が残ってしまったそうです。

で、黒鉛を使っているから「鉛筆」って名称になるのですが、
まあ、「えんぴつ」という音はときんときん(名古屋弁)の芯のイメージに合ってますし、
市民団体も左翼系の歴史学者も特に文句をつける筋合いのことではないので、
そのまま使われ続けております。

僕も細かいことで揚げ足をとって勝利宣言をする趣味はないので、
鉛筆は鉛筆のままでよいのではないかと思います。

……今気が付いたけど、筆の文字を「ぴつ」と読ませるのってなんでなんだろう。
「えんひつ」が自然と「えんぴつ」の発音になったんだろうか。
他には「末筆」くらいしか思いつかないけど、どちらも一度唇を結んでいるから、
そこから「Hi」の音に行くときに破裂音になるのかもしれない。
この「ぴ」の字の破裂音が、なんかいい感じに鉛筆の形態を表している。
英語の「pencil」も破裂音から始まってるし、
破裂音には細くてするどいニュアンスがあるから、偶然にしてもよく出来てる。

ちなみに、ペンシルの語源はラテン語の「ペニス(尻尾)」からきているようです。
これを「ペニスちゃん」みたいな呼び方にしたのが「ペニキッルス」で、
これがラテン語の「画筆」になります。「小さくてかわいいしっぽ」ですね。

……いろいろ突っ込みたいところだけど、ここはあえてスルーします。

いやダメだ、スルー出来ない。

だいたい「ぱぴぷぺぽ」はなんかいやらしい。
「おっぱい」とか「おちんぽ」とか、「ヒップ」とか、「ぷりぷりのお尻」とか、
なんで卑猥な表現には「ぱぴぷぺぽ」が多用されるのか!
おかげで、「えんぴつ」まで卑猥な言葉のように思えてくるじゃないか!

「艶筆」

じゃかーしいわい!

などと一人で盛り上がりつつ閑話休題。
黒鉛を棒状にして、それを手に握って皮や紙にこすりつける、
これが鉛筆の原理です。
さすがにそのままじゃ手が汚れるので、布や紙を巻いたり、木の間に挟んだりします。
この、木の間に挟む形態の発展形が現在の鉛筆になります。

作るのはいたって単純。平たい板の上に溝を何本も彫って、そこに芯を並べる。
上から同様の板をのせて接着材で貼り付ける。
これを芯にそってバラバラに切断すれば鉛筆になります。

だから、17世紀に鉛筆が考案された当初は、芯は四角形で木の部分は八角形でした。
カドを落とすってのが、一番簡単な成型法ですからね。

当初は芯の部分は先端から真ん中あたりまでで、後ろのほうに芯はなかったそうです。
そりゃそうだ、削って使ううちにどんどん短くなるんだから、
後ろまで芯を入れても意味がない。僕は子供の頃からずっと不思議だったんです、
なんで使わないところにまで芯を入れちゃうかなって。

本当になんでなんだろう。

記録上最初に鉛筆を生産したのはドイツの業者だったのですが、
面白いことに、この時期の鉛筆が伊達政宗公の墓所から見つかっています。
どうも輸入品の鉛筆を参考にして国内で作らせたものらしく、
おしゃれな木製のキャップまでついています。
あと、久能山東照宮には家康のものとされる鉛筆が残されています。
これがもし普及していたら、江戸時代は鉛筆の文化になっていたかもしれず、
そうなると浮世絵なんかの芸術方面がずいぶん違ったものになっていたんでしょうけど、
まあ、そうはならなかった。
筆と墨で十分じゃん、となった。

一方、ヨーロッパでは鉛筆はどんどん発展していきます。この違いはなんだろう。
美的感覚の違いかな。横文字は鉛筆で書いてもそれなりに見られるけど、
漢字やひらがなは、均一な線で書くと味わいがずいぶん損なわれる。
それに西洋では船乗りが鉛筆を愛用したって話もあるし、
鎖国中の日本ではそれほど遠くまで航海はしなかったので、
「墨がなくなった!文字が書けねえ!」
みたいなアクシデントが少なかったのかもしれない。

船乗りにとって鉛筆が便利だったのは、インクの補充がいらないとか、
インク壺をひっくり返す心配がないとか、いろいろ考えられますけど、
一番大きいのは水に濡れても文字がにじまない、ってことだったそうです。
だったら、日本でも事情は同じはずなんだけど、
なんでか日本人は鉛筆を使わなかったんだよなあ。
日本で耐水性の開明墨汁が発明されたのって明治になってからだし……

で、まあ明治になって西洋文化が大量に入ってくるようになって、
ようやく日本人も鉛筆を使うようになりました。
明治20年にはあの「三菱鉛筆」さんが国産鉛筆の製造を開始しております。

みなさんご存知のことでしょうが、この三菱と銀行とか車の三菱さんは
まったく関係ありません。別企業です。
三菱財閥が商標登録しようとしたら、十年も前に三菱鉛筆さんが登録していたそうです。

ウイキペディアを見ていて面白い話を見つけてしまった。
戦後になってGHQが入ってきて、日本国内の財閥をすべて解体したのですが、
このとき三菱財閥も解体されています。
アメリカにしてみれば軍需産業の頭目ですから、真っ先に解体します。
戦艦武蔵とか、ゼロ戦とか、さんざん苦しめられた兵器を作ったのはこの企業ですから、
そりゃあぶっ潰します。徹底的に。

で、GHQは三菱鉛筆も一緒に解体しようとしたそうです。

「うちは三菱さんとは別会社じゃ!」
とさんざん抗議しまくって、どうにか理解してもらえたそうですが、
日本人の僕ですら二十歳くらいまで三菱グループの企業だと思っていたので、
外人さんにしてみれば「なんで同じ名前やねん」てなもんでしょう。

「うちのが元祖なのになんで名前を変えなあかんねん!」
ってことですか。

似たような話でオウム真理教事件のときのオーム電機ってのがありますが、
事件の真っ最中に家電品の大値引きセールがあって、僕はアイロンを購入しています。
滅茶苦茶安かった記憶があるので、オームさんにしてみれば不幸なことだったでしょう。
(三菱とオウムを一緒にするなって話ですが)

これが鉛筆の簡単な歴史なのですが、
本当はここから画材としての鉛筆と絵の関係を考察するはずだったんだけど、
断線しまくってるうちに文章が長くなりすぎた。
このへんで終わります。

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