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2017年8月

2017年8月26日 (土)

24時間テレビ

24時間テレビか……
僕が子供頃には「24時間、テレビが放送されている」ってのはすごいインパクトだった。
40年くらい前の昭和のお話だ。

テレビは深夜に11PMを観て(ガキがそんなもん観るなよ)一時くらいになると終了。
あとは停波になって走査線がザーーーーと流れていた。
ブラウン管テレビだから、縞模様にランダムな光線が発射されるのだ。
不気味っちゃ不気味である。リングの貞子が出てもおかしくない。

昔の深夜番組はものすごくスケベだったんだよね。70年代末期はすごかった。
今じや絶対あり得ない。ウイークエンダーとか、すごかった。
母親が男と再婚して、熱々の夫婦だったんだけど、娘を残して他界。
で、男は失意のあまり、亡き妻の面影を娘に見て、手を出す。
ショッキングなシーンがおっぱい付きで展開された後、
「私お母さんの代わりにされちゃったよ……」という娘のセリフが続く。
で、お父さんが殺されて、その実際にあった事件をドラマにして見せているんだけど、
小学生にあんなものを見せちゃいかんな。

せんだみつおの番組もすごかった。トップレスの女の子たちがガラスの蟻地獄に入って、
周囲にばらまかれた札束目当てに這い上がろうともがくもがく。
それをカメラはガラスの向こうから煽るように撮影する。
おっぱいとかガラスに押し付けられて変な形にゆがんでるんだよね。
でも女の子たちの表情があんまり必死だったんで、エッチというより卑猥って感じだった。
あんなきれいなお姉さんでもああも浅ましくなるもんかと、小学生にはいい勉強になった。
(父親は「ひろし君はスケベだな」と言ったまま放置してくれた)

二時間ドラマの目玉が女優さんのベッドシーンと
おっぱいシーン(シャワーシーン)だった時代の話だ。
バブル前のお父さんたちは、ああいうテレビ番組で日ごろの疲れを癒していたんだよね。
八十年代になって規制が強化されて軒並み消えてしまったけど。

また話題がそれた。

そんなこんなで24時間、テレビがぶっ続けで放送されるというインパクトはすごかった。
ビデオもまだ普及する前の話だから、あれを全部見るってのは、勇者!って感じ。
純真な小学生だった僕は、テレビ局の人が不眠不休でボランティアをするのは偉いなって、
素朴に信じ込んでいた。きっとみんな無料で働いてるんだろうなって。

そんなわきゃねぇ。

名古屋の純真な、漫画好きの小学生にとっては、手塚治虫のアニメが楽しみだった。
24時間テレビの中間地点、朝方からお昼前くらいの時間だったと思う。
坂口尚さんがキャラデザのバンダーブック?が最初だったかな。
で、マリンエクスプレスとか、手塚治虫が大将になって作ったアニメが放送されていた。
毎年必ず一作づつ、夏の最後の豪華なプレゼントって感じで。

マリンエクスプレスは力入ってたな。手塚キャラ総出演って感じ。
海の中を走るオリエント急行みたいな豪華列車の中で事件が次々と起こる。
名探偵ヒゲ親父が大活躍!みたいな。
古代風の武装兵団が何万と襲ってくるシーンがちゃんと動画で動いていて、
ヒゲ親父がそのことを突っ込むメタなセリフなんか、よく覚えている。
アニメーター手塚治虫としてはそこを注目してもらいたかったんだろうな。
宮崎駿がナウシカとかやる前の話で、手塚先生としては自分がアニメを牽引しているって、
ものすごい自覚があったんだと思う。

そういうアニメとしてのすごい部分は、八十年代にナウシカとかマクロスが出てきて、
すべて乗り越えられてしまったわけだけど。(二つとも劇場で観てスゲー!ってなった)

八十年代に入ってプライムローズなんかもアニメ化していたけど、
僕らの世代にはすでに手塚先生の絵は古臭い昔の絵になっていたので、
それで八十年代風ロリッ娘アニメをやられても、ちょっと……って感じだった。
せめてヒロインの髪の毛が原作同様ピンクだったらよかったんだけど、紫だもんな。

ある意味、時代を先取りしていたんじゃないかと思わんでもないが、
綾波とか、「馬鹿バッカ」のルリちゃんとか、あんな感じの髪の色を使うのは、
八十年代だとちょっと時期尚早だった。おばちゃん臭い。

聖闘士星矢のアテナ様とか、クールビューティなライバルキャラによく使われていた色だ。
魔女っ子メグちゃんのライバルキャラみたいな感じ。
年をとるとメインの赤やピンクより青系のクールビューティが好きになってくるけど、
プライムローズでヒロインの子にそのカラーリングだけ使うのは、なんか違った。

ある意味、手塚先生は来たるべき90年代のアニメの方向性を模索していたのだ!と、
変な勘ぐりをするのも、また楽しからずや。
いつの時代でも子供は天真爛漫な赤系の女の子に入れ込み、
お兄さん世代はライバルの青系クールビューティに惚れ込んだりする。
じゃあいっそ、青系クールビューティーをヒロインにすればいいじゃない!となったのは、
たぶん90年代に入ってからのことじゃないかな。
その頃にはもう手塚先生はお亡くなりになっていて、
すでにアニメの神様ではなくなっていた。

今はもう24時間テレビでアニメを放送することもなくなっちゃったんだよな。
代わりに芸能人がマラソンを走って視聴率を稼いでいる。
走る人がいなくなったら、是非手塚作品のリバイバルとかやって欲しいところだ。
(クールビューティなプライムローズとか)
ま、無理か。

2017年8月24日 (木)

コンビニ


タバコというものはおそろしいもので、
机に向かっているといつの間にか吸っている。
箱から出した覚えもないし、火をつけた記憶もないのだけど、
気が付くとくわえている。

キセルだと刻みの葉を指先で丸めたりとか、先端に詰めたりとか、
アクションが多いので「おやまた煙草かい」と思うのだけど、
シガレットはダメだ、無意識に吸ってしまう。

このところ、八月に入ってから連日の雨だったので、
ついつい駅前のタバコ屋には足が向かず、刻みは買っていない。
近所のコンビニでマルボロ買ってる。

漫画のネームを描くときなんかは、集中して数時間かかりきりになるので、
気が付くと残り本数が一本になっていたりする。
それでコンビニまで出かけ、ついついチョコレートやらおにぎりやらも買ってしまう。
セブンイレブンのバイトのカルロス君(仮名)にすっかり顔を覚えられた。
深夜のバイトは外国人さんがやってることが多い。彫りが深くて肌の色が褐色だ。
あんまり書くと差別発言ととられそうだけど、彼の体臭をかぐとカレーが食べたくなる。

今日は久しぶりに夏らしいいい天気だ。ぶっちゃけちょっと暑い。
「冷夏」ってことで夏野菜の価格高騰が懸念されているのだけど、
この調子で夏の後半戦はなんとか夏らしくあってもらいたいものだ。

タバコを買いにコンビニ行ったら、お昼は店員さんがおばちゃんで固められていた。
「おばちゃん」なんて書くと高齢みたいだけど、僕の年齢だと年下だったりもするから、
口に出すときは「お姉さん」なんだけどね。

カルロス君は今頃自分の部屋で寝ているんだろうか。

2017年8月20日 (日)

サザエさんは年下のお姉さんなのだ。

短い人生を彗星のように煌きながら駈け抜ける人生もあるし、
長い人生をのんべんだらりんと、平穏無事に生きる人生だってある。

十代の頃の自分を思い返してみると、
「長く生きたって仕方がない、太く短く生きるのがカッコいいのだ」
と、夭折に憧れていたフシがある。

歴史上「この時に死んでいれば英雄だったのに」って人はいる。
幕末の井上多聞なんかはそうだろう。
過激な尊王攘夷論者が開国論者となり、
英国留学中に長州戦争が勃発するや、取って返してその折衝にあたり、
戦争を無事に終息させ、そのことを恨まれて闇討ちされる。
この時に死んでいれば坂本竜馬みたいな英雄になっていたかもしれないけど、
そうはならなかった。
全身をなますのように滅多切りにされて、虫の息で
「兄上、介錯を」
と頼んだところを、母親が止めに入った。

で、明治になって井上薫と名前を変え、大臣の位にまで栄達するのだけど、
そこからは金に汚い汚職政治家となって、明治人のひんしゅくを買ってしまう。

そういうのはなんか、嫌だなと思う。
人生は太く短く、鮮やかに駈け抜けてみたい。

で、高校時代の僕はフランスのラディケなんかを学校で読んでいたりした。
タイトルは「肉体の悪魔」。
「かわすみがエロ小説を読んでるぞ!」
とクラスの連中にひやかされたりしたっけ。
「いやいや、フランスの天才小説家だから、とりあえず本を返しなさい」
「やーい肉体の悪魔」
「だから、その本は真面目な小説だって!(そうとも言い切れんフシはあるけど)」

ラディケは二十歳くらいで夭折しているので、それで憧れていた部分はある。
「僕も病床で神の兵隊に殺されると叫びながら死んでしまいたい!」と思ってた。
中二病を高校時代にまで引きずるのは、まあみっともない話だ。

僕の若いころはノストラダムスの大予言みたいなのがあって、
人類は1999年には絶滅する段取りになっていた。五島勉さんがそう言っていた。
この終末論というのはものすごく刺激的なもので、当時は冷戦体制でもあったし、
バブルで浮かれた日本に鉄槌を!みたいな気分も僕にはあった。
九月に空から大魔王が降ってきて、それで終わりになるなら、それもいいやって、
なんか投げやりな部分があった。

八十年代末期あたりだと、冷戦が終結し始めた時期で、
ルーマニアのチャウシェスク大統領が惨殺され、ソビエトでペレストロイカ進行、
ロシア連邦となり、中国もついでに民主化に走るかと思われたが、
胡耀邦さんがお亡くなりになって、例の天安門事件になり、
ギリギリ中国は共産国家であり続けることになった。

世界は基本的にこのまま平和裏に民主化されていきそうな情勢ではあった。
中国なんかは、その情勢に乗り遅れてこのまま没落していくんじゃないかと思ってたけど、
鄧小平という無駄に有能な政治家がいて、共産主義体制を維持しつつ、
資本主義を一部導入するという荒業をやってのけ、21世紀への筋道をつけた。
共産主義は事実上失敗に終わり、資本主義陣営の勝利!って形にはなった。

あの当時、90年代の初頭だと思うけど、
「東西の冷戦は終わったけど、これからは南北の冷戦時代になる」
って見方もあって、そんなもんかなと思ってたけど、まあ、そんな感じにはなってる。
緩やかな資本主義の崩壊というか、資本主義に虐げられていた民衆がテロに走って、
「これからはグローバリズムの時代だ!」
と能天気にはしゃいでいた西欧国家を破壊しまくっている。

日本はプラザ合意以降バブルが崩壊して、東西冷戦の終結と不景気が同時にやってきた。
「いやいや、また日本は復活するだろう」
と漠然と期待していたけれど、なかったねぇ。
ジュリアナで扇子降ってたのが日本の最後の輝きになった。
以降、山一証券の倒産があって、有名な大企業でもコロッといってしまう時代になった。
東芝があぶないなんて、バブルを知っている世代にはものすごい笑い話だよ。

東芝と言えば、
自分が25歳になったとき「サザエさんと同じ年齢になった」というのは衝撃だった。
自分は永遠にサザエさんより年下だと考えていたのが、そうではなくなってしまったのだ。

以降、自分の中で永遠に年上だと考えていたものが、次々と年下になっていく。
こういう気分は、高校野球を観ていると味わうものなんだろうな。
自分が高校生の頃はPL学園全盛の時代で、清原とか桑田が大活躍していた。
実際に観ていた記憶はないんだけど、年表的にはそういうことになっている。
ゴジラ松井が全打席敬遠されて新聞メディアが相手チームの監督を袋叩きにしたとき、
僕はもう高校生ではなくなっていて、
「未来のある若者なんだからもっと全力でやらせてあげりゃいいのに」
とメディアにのっかって一緒になって叩きまくっていた。
完全にオッサンの目線である。

大相撲もそうだ。スポーツ選手が次々と現役を引退していき、
プロのスポーツとは若いもんがやるもんだって意識になったとき、
心のギアがガチャっと入れ替わる。
自分もある時期まではそのギアを若いままで保持していたけれど、
中日の山本昌が引退した時点で、それが不可能であることを悟った。
あの人ピッチャーなんだけどずいぶん続いたもんだなぁ。

で、1999年は何事もなく、平常運転で通り過ぎてしまった。
その頃には自分も「今人生が終わったらシャレにならねえ!」って気分だったし、
ノストラダムスなんて嘘さ、大予言なんてメディアのでっち上げた大嘘だと、
完全に黙殺していた。このへんで人生についても、
「太く短く」よりも「細く長く」に趣旨替えしたんじゃないかと思う。
人生やっぱり、長く生きてみないとわからないことがいっぱいある。
それを味わうことなく死んでいくのは、なんか悔しい。もったいない。
三重県のお祖母ちゃんが亡くなったのもこのあたりだったかな。
93歳で大往生。孫やひ孫に囲まれて「そんじゃまあ、先行っとるわ」ってな感じで、
笑顔のままで棺に収まっていた。
地味な人生で葬式が最大のイベントってのもどうかと思うけど、
本人がああやって笑って死んでいけるのは、なんにしても最高のことなんだろう。

21世紀になって、僕ら昭和世代が思い描いていたバラ色の未来になって、
ある日テレビをつけたら高層ビルにジャンボ旅客機が突っ込んでいた。
なんの映画だろうと思ったら911のテロだった。
それから朝までテレビに釘付けになって、戦争だ!戦争だ!と大騒ぎしていたな。
ある意味、ノストラダムスの予言が当たっちゃったとも取れなくはない。
それくらい、ショッキングな出来事だった。
メディアは連日のようにジャンボが突っ込むシーンを放送し、
スクープ映像として貿易センタービル崩壊の直前の現場を流していた。
途中停止していたエレベーターの一基が、奇跡的に動いて何人か助かったってやつ。
その間も外では何かが落ちるドンドンという音が続いていて、
そこにナレーションが
「この音はビルの上から火災に追われて落ちてくる人間の音です」
なんてのを平気でかぶせてきてた。

オサマ・ビンラディンの計画したテロは、人類史上最悪のテロで、
この衝撃は先進諸国に一斉に広がった。
テロ許すまじの空気はこの時に爆発的に広がって、いまだに続いている。
今年もイギリスやらスペインやらで何件も続いている。

各国はテロを未然に防ぐために最大限の努力を払っているのだろうけど、
それでも、その網の目をかいくぐるようにしてテロは発生する。
一般人を犠牲にしたテロ行為は絶対に許せないものであるし、
いつか自分もその犠牲になる可能性があるというのは、ゾッとする事実だ。

歴史を勉強しても、西欧が中東にしでかした悪事はひどいもんだと思うけど、
僕らの世代はそれを過去のものと一度リセットしてしまっているので、
なかなか事の実態が見えずらい。
世界の構造を歪ませたのは、それは間違いなく先進諸国だ。
隣の柿木が実をつければそれを奪い取ってむさぼり食べた。
柿の木ごとごっそり奪い取って相手の庭に草木も生えないようなことまでしでかした。

「富めるものが弱者を搾取するのは自然の摂理だ」
「この世界は弱肉強食なのだ」

と、この理屈は、20世紀までは有効だったかもしれないけれど、
その巨大な軍事力に対するに、テロが有効だと錯覚させてしまったがために、
窮鼠は一斉に猫を噛み始めた。
先進国が描いたグローバルなバラ色の未来は、世界規模の保守化の時代へと後退した。
経済的国境をなくすことで世界が一つになるという夢は、
貧困をも呼び込むという現実に気が付いて、一斉に門戸を閉ざし始めてるって格好だ。

なんの話をしているんだっけ?

そうそう、年齢を重ねるといろんなものを追い抜いていくというお話だ。
僕も今年はいよいよ夏目漱石先生の没年齢を踏み越えてしまうのだ。
夏目漱石というと、明治の大文豪で永遠に追いつけないようなイメージがあったのだけど、
今の自分は彼とタメで年齢的には同格である。
偉そうに口ひげを生やしているけれど、
「おい夏目、そのヒゲうざいからとっとと剃れや」
とどやしつけても一向差支えはない。
なんせタメだから。

夏目漱石は日本に「小説」というものを本格的に確立させた人物だと思う。
それまでの明治の小説が人情噺にすぎなかったところへ、
文明批評的視点を持ち込んできた。
西欧文明が入ってきたために、俺は江戸時代の親父どもとは考えが違ってきている。
物質的に、金銭的に成功者となることはそれはケッコウな話だが、
自分の頭脳はそんなものを本当には望んでいない。
世に「勝利者」となることは実はそれほど面白い生き方ではない。
自分の情緒、趣味が全力でそのことを嫌悪している。
で、情緒、趣味に忠実に生きようとすれば、現代文明はそれを真っ向から否定してくる。
どうにも自分はどんどん孤独になっていくもんだなぁ。

で、その夏目君とタメになった記念てことで、
「それから」と「門」を連続で読み返してみた。
「それから」で現代文明に敗北した主人公は、「門」の中で敗残の人生を淡々と送る。
登場人物こそ違え、この二つのお話は連続している。

「アーサー王伝説」を下敷きにしたんじゃないかと思われる「それから」は、
親友の妻を略奪するという点でアーサーとランスロットの故事を再現している。
これは当時の西欧の流行みたいなもんだ。
「人の妻をNTRしてみたい」という男の要望を、「アーサー王伝説」に仮託して、
これを大っぴらに劇場で演目とするのが、西欧では流行していた時期がある。
夏目君もこれにハマっていたみたいだね。
「それから」で親友の奥方が主人公に攻略されていくさまは、下衆に楽しめたもんです。

でもそれを文学としているのは、西欧文明対日本情緒という構図だ。
「それから」はその対立構造をあぶりだすために細部にわたって緻密に構成されている。
赤と青の対立、父と子、薔薇と白百合、動と静、なんでそこまでやるのかなってくらい、
いろんな仕掛けがあちこちに埋め込まれている。
で、それらは最後の「主人公の破滅」へと向かって一直線に盛り上がっていく。

この完璧に構成された世界が「破滅」という結末を迎えた後、そのアフターケアのように、
ポツンと書かれた作品が「門」だ。
この作品は構成もなんだかゆるくて、結末もとってつけたようにあやふやで終わる。
若いころ初めて読んだときは、「よくわからない駄作」と早々に放り出してしまったけど、
夏目君とタメになって読み返してみると、ああ、これって二人の不幸を親身に見守る、
ものすごく優しい作品なんだなって気が付いた。
小説という形態を選択した以上、破滅は破滅と描写するしかない。
けれど、そのことを認めたくない夏目君もいるわけで、
その視線は暖かに二人を見守り、その夫婦愛の深化にわずかな救いを見出している。
物語としては「だからその後はどうなったんだよ!」とモヤモヤしたものが残るけど、
それはまあ、目的ではない。
不幸な二人の男女が不幸の中で必死に寄り添っている、その姿を確認できればそれでいい。

単純な成功よりも失敗した人生の中に光っているものが見つかることもある。
人生においてそれがどれだけ輝いて見えるか、それは若者にはとても理解できないし、
まだ理解しちゃいけないとも思う。
勝ち組の人生よりも負け組の人生の方が充実しているという幻想は、
梅干しの種のようにしみじみ味わう老人の楽しみなのだ。

夏目君は自分の作品で何が一番好きかと聞かれて、
「門」
と即答したらしいけど、
その気持ちはなんとなくわかる。
あれは、しみじみいいもんだと思う。「門」だけに。


2017年8月16日 (水)

早く来年にならないかなぁ

祝「風雲児たち」ドラマ化!
来年のお正月に放送されるみたいですね。監督は三谷幸喜さん。
原作のファンとしてはうれしい限りだ。

前野良沢と杉田玄白の「解体新書」のくだりを中心にするみたいだけど、
確かにあのあたりだと平賀源内が出てくるし、田沼意次も出てくる。
その田沼意次役が草刈正雄さんだというのもうれしい限り。

漫画準拠だと関ケ原から始めにゃならんけど、
そこは、名作大河「葵三代」の一話目がまんまあの話なので、
興味のある方は是非。
お金があった頃のNHKが国民から徴収した視聴
料を正しく使いまくり、
ドラマ史上完全な関ケ原の戦いを再現している。蟹江敬三さんの福島正則が大好き。
いまだに再現ドラマなんかで戦闘場面を切り取って使っているし、
あの時の各大名の鎧が、その後の大河ドラマでも繰り返し使われていたりする。

ビデオに撮って繰り返し見てたけど、
人に貸したらそのままとんずらされてもう十年くらいは観ていないな。
無念。

前野良沢のくだりは吉村昭の「冬の鷹」を参考にしてると思うんだけど、
あれも最後の方は男泣きに泣いてしまう名作小説なので、是非。

ああ、早く来年にならないかなぁ!

(年をとらない娘もドラマで忠実に再現するのかな?)

2017年8月10日 (木)

80年代の思い出

 1

「やっぱ、うどんは讃岐だよね」
と、平凡な結論に達しそうな今日この頃、みなさまにはお変わりありませんか。

うどんとか、数年前までは割とどうでもいい食べ物だったのだけど、
アラフォーを大きく踏み越えたあたりから、「うどんいいじゃん」となっている。
年のせいではない。断じてない。新しい味覚の世界に目覚めたのである。
あのコシ!洗練された出汁!

どでもいいけど高校時代は校庭の向かいにセルフのうどん屋があった。
「うどん屋行こうぜ」
とクラスメートの誰かが音頭をとれば、十人くらいがゾロゾロとついていく。
すでにしてブレザー姿の女子高生の集団がセルフのどんぶりを持って並んでいる。
どんぶりの中のうどんを網に落として、お湯を張ったシンクの中でみんなして湯がく。
これが、なんか微笑ましい風景で、昔漫画の中でも描いたことがあったっけ。

タンクのだし汁をどんぶりに張り、上に乗せる薬味やら天ぷらやらを選ぶ、
で、会計。
僕はちくわを選ぶことが多かったな。ちくわは天ぷらにするとおいしさが格段に上がる。
磯辺揚げ最高。
で、席についてみんなしてワイワイくだらないことを話しながら食べるわけだ。

クラスの男子生徒の間で、ジムで筋力トレーニングをするのがブームだったことがある。
なんでか新旧二つの体育館がある学校で、
その二錬の間にウエイトリフティングの施設があった。
普段は体育会系の部活が使っていたのだろうけど、それを一部男子が昼休みに使っていた。
僕は運動系は一切うけつけないので傍観していたのだけど、
同年代の男子が腹筋やら上腕筋やら、
「ちょっと触ってみ?」
と自慢するのは、少しだけうらやましかった。

で、そんな筋肉自慢を店内でワイワイやっていたら、他校の生徒に目をつけられた。
「おいお前ら、外に出ろ」
ときたもんだ。

なんでわざわざうちの高校の縄張りに来たのかわからんけど、
「かかってこいや」
みたいな感じで筋肉自慢をしていたクラスメートを挑発した。僕はこの場合部外者だと思うのだけど、
「おまえがやるか」
と凄みかかられた。困った。基本的にみんなクラスでも穏健派のグループなのだ。

で、その困ったところにクラスでもガタイのいいB君が、
「どったの、俺も仲間に入れてよ」
と飄々と首を突っ込んできた。
別にウエイトリフティングをしていたわけじゃないけど、背は高いし上半身も肉厚。
普段はお笑いキャラなので意識したことはなかったけど、改めて見るとけっこう強そう。
で、その他校の生徒は、
「ちっ!」
と漫画のように舌打ちをして、ズボンに手を突っ込んだまま引き下がってくれた。

その場にいた十人ほどはホッと胸をなでおろした。
B君は「?」な感じで「なになに、何があったの」とすっとぼけてたけど、
たぶん事情はわかってたんだろうなと僕は思ってる。

うどんというと思い出す青春の一コマだ。
夕陽をバックに飄々と笑うB君の笑顔はいまだに瞼に焼き付いて離れない。
僕はあの時のB君みたいな男になりたい。身長は平均くらいしかないけど。

 2

僕の通っていた高校は名古屋でも北の方にあった。
空港が近いから、グラウンドで空を見上げると着陸態勢のトライスターが
水色のラインを見せながら轟音とともに目の前をよぎっていった。
トライスターと言えばロッキード疑惑の飛行機で、あれを買う見返りに、
田中角栄さんはロッキード社から多額の賄賂を頂戴したのだけど、
あの頃はそんな無駄知識はなかったので、単純に、
「尾翼のエンジンがマシンハヤブサみたいでカッコええなぁ」
とぼんやり見上げていた。

食玩でいただいたのが仕事場に飾ってあったりする。

Img_0087

ウイキペディアでさらってみたら、ロッキード社はこのとき、世界中で賄賂をやっていて、
英国とか、あちこちで政治家の失脚が起こっていたらしい。
そのせいか、ロッキード社はトライスターを最後に民間航空事業からは撤退している。

単純な機体の性能ではかなりのものがあったらしいし、
全日空でも次期主力機と考えていたようなのだけど、販売はあんまり伸びなかった。
だから、焦ったロッキード社さんはあちこちの国のお偉いさんに猛烈なアタックをかけた。
田中角栄さんもその攻勢にまんまと乗っかってしまったわけだ。

自分の実家も名古屋では北寄りだったので、
空を見上げるとそこを飛んでる飛行機はデカかった。ヘリコプターも形がはっきり見えた。
だから、東京に来て飛行機がほとんど肉眼で見えないというのはなんか新鮮だった。
飛行機雲はみえるし、銀色の機体がときどききらめいたりもするのだけど、
飛んでる飛行機を真横から見るなんてことは空港の近くでなければまず体験できない。
「ああ、名古屋の状況が特殊だったんだな」
とその時初めて納得がいった。

人間はいろんなものに郷愁を覚える。僕は食玩のトライスターを見ると、
高校時代のグラウンドで見上げていた自分をしみじみと思い出す。

 3

机に向かって音楽を聴いていたら、斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」が流れてきた。
ああ、今テレビで不倫騒動が話題になってるおばさんだと、時の流れを感じたのだった。

「悲しみよこんにちは」は高橋留美子さんの漫画「めぞん一刻」のアニメの主題歌で、
曲そのものは僕も結構好きだったりする。
目を閉じればあの当時十代だった斉藤由貴さんが歌っている姿が蘇ってくる。
眠そうな目、なぜか棒立ち、ふっくらした頬っぺた。
宗教的な理由でご実家が厳格だったので、品行方正な清純派のイメージだった。

あの当時、僕はフランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」も読んでいる。
たしか、女の子が暇つぶしにお姉さんの彼氏をNTRして、それが悲劇に発展し、
本当の悲しみの意味を知る、みたいなお話だったと記憶している。
だから「悲しみよこんにちは」となる。
斉藤由貴の曲はこの作品のタイトルだけを頂戴したもので、
歌詞の内容はサガンとは何の関係もない。「悲しみとだって友達になってやるわよ」と、
かなりポジティブな内容になっている。

でも結構好きな曲だったりする。結果的に印象的な歌詞になっているし、
歌っていれば「頑張ろう」って気分にもなる。

その斉藤由貴さんも尾崎豊とあれこれあったり、清純派ではなくなってしまったけど、
瞼を閉じれば昔のかわいいお嬢さんのイメージは僕の中で生き続けているので、
まあいいかと思う今日この頃であった。
若い子にはピンとこないだろうな、昔の彼女がどれだけ輝いていたか。

2017年8月 3日 (木)

またもや音楽の話

お中元で水菓子をいただいて、半分くらい食べてしまったところで、
「この菓子は冷凍庫で8時間ほど凍らせてからお召し上がりください」の但し書き発見。
ゼリーかと思ってそのまま食っちまったよ。

またもや音楽の話。別に絶対音感があるわけでなし、楽器も何も弾けないのだけど、
とりあえず仕事中やらなんやらで机に向かうときはスピーカーから音楽が流れている。
BGMってやつだ。バック・グラウンド・ミュージック。

僕がクラシック音楽を聴くのは、間違いなく漫画の神さま手塚治虫の影響。
この方は仕事中にはテレビをつけているか、ステレオでクラシックを流していた。
お亡くなりになってから家族の方が「聖域」である仕事部屋に入ったところ、
ジャケットから取り出された状態のレコード盤がうずたかく積み上げられていたそうな。

今でも特定の音楽を聴くと手塚治虫を思い出したりする。
昭和天皇が崩御されたとき、テレビでバッハの「G線上のアリア」の生演奏があって、
今でもこの曲を聴くと30年近く前のあの時代の空気を思い出すのと似ている。

チャイコフスキーの交響曲第4番の第1楽章は金管楽器の咆哮がすさまじい。
これを手塚先生は大自然を破壊する科学文明のアニメで使っているのだけど、
NHKの特番を繰り返しビデオで観たせいで、いまだにこの曲を聴くと思い出す。
どうでもいいけどこの曲の第4楽章を聴くと「涼宮ハルヒ」のゲームの話を思い出す。

モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」の第2楽章は大好きな曲なんだけど、
これは手塚先生の追悼番組で流れていて「手塚先生も好きだったのかな」と思ったが、
よく考えたら選曲したのはテレビ局の人なのであんまり関係ないかもしれない。

ストラヴィンスキーの「火の鳥」はまんま同名の作品が手塚先生にもあるので、
まあ、間違いなく聴いていらしたはずだ。これを聴きながら描いてた部分もあるかなと
想像するのは結構楽しい。

ベートーヴェンは間違いなく手塚治虫が大好きだった作曲家だったと思う。
どの漫画だったか忘れてしまったけど、ショパンが祖国を去る時、
思いのたけをベートヴェンのピアノソナタ「熱情」を弾いてぶつけるシーンがあったはず。
手塚先生の創作したオリジナルエピソードだと思うけど、なんか好き。
「ルードヴィヒ・B」は未完の作品だけど、手塚先生のベートーヴェン好きがよくわかる。
でも読むとちょっと複雑な気分になる。絵の力はおそろしいもので、読むと音楽に影響される。
ベートーヴェンの作曲の師匠には有名なハイドンさんがいるけど、
この二人の関係は結構複雑なもので、ベートーヴェンサイドからハイドンを語ると、
どうしてもハイドンの印象が悪くなる。
ハイドンは「交響曲の父」と言われる音楽史上の重要人物だけれど、
ベートーヴェンからすれば一昔前の古い音楽をやる人で、乗り越えるべき対象であった。
だから、ハイドンが「君の作品に師匠である私への献辞をつけなさない」と命令すれば、
ベートーヴェンはこれをつっぱねるし、
「このハ短調のピアノ三重奏曲は発表しないほうがいい」とアドバイスされれば、
そのアドバイスを鼻で笑って出版したりもする。
実際はものすごい人格者で立派な人なんだけど、ベートーヴェンを通して語ると、
なんかものすごい時代遅れの俗物っぽくなってしまう。
で、手塚先生の漫画の中でも上のエピソードは出てくるのだけど、そのハイドンの絵が、
なんというか、ものすごく俗物なので困る。いや、わかるんだけどさ、
漫画の表現としてハイドンを俗物っぽい絵にしたほうが読者にわかりやすいってのはさ。
でもなんかもうちょっと人格者っぽくしてもらいたかった。

その「ルードヴィヒ・B」の作中で、モーツァルトが出てくる。
ベートーヴェンとモーツァルトが実際に会ったかどうかは不明なんだけど、
実際に会っていたらこんな関係だっただろうなっては、漫画に許された表現の特権で、
手塚先生もその特権を大いに楽しんでいる。
ボンからやってきた冴えない若者をモーツァルトは適当にあしらうのだけど、
その才能を認識するや、それまでの態度が一変する。このシーンはものすごく好き。
でもそんな大作曲家モーツァルトに対しても、ベートーヴェンは批判的になる。
あんた、音楽を書き飛ばしすぎじゃないか、となる。もっとじっくり楽想を練れよと。
で、そんなモーツァルトのエピソードとして、トイレに入っていたと思ったら、
トイレットペーパーに音符を書いて出てくるというのを手塚先生は描いている。
この絵がなんちゅーか、ものすごく頭に焼き付いていて、なんか困る。
別にトイレでネタを考えるくらいのことは誰だってやってると思うし、
今日名曲とされているものの中にも、排泄中に思いついたものはあるんだろう。
乙女の紅涙を絞る美メロディがうんこの途中で思いついたものだったりしたら、
それはそれで面白い。手塚先生にだってそうやって思いついた感動物語は多いはずだ。
だから、これは批判でも何でもないのだけど、モーツァルトを聴いていて、
「ああ、これはモーツァルトがトイレで排泄中に思いついたかもしれないな」
と考えてしまうのは、嫌いじゃないけどちょっと困るよねって話。

手塚先生と音楽の関係をもっとも分かりやすく伝えてくれるのは、
僕はブラックジャックの中の、LET IT BEのエピソードなんじゃないかと思う。
ネタ晴らしにならないように気を使って大筋を書くと、こうなる。
昔は東西冷戦の時代でしてね、アメリカ中心の資本主義社会と、
ソビエト連邦中心の共産主義社会に明確に分かれておったのですよ。
で、いわゆる「東側」であるソビエトの方では、「西側」の音楽は退廃音楽とされていた。
レーニンが政治のトップだった頃にはその傾向が強くて、
「現代音楽なんてものは腐った資本家どもの豚の音楽である」
ってことになっていた。だから、ショスタコーヴィチとかプロコフィエフとか、
亡命することなく祖国で作曲を続けた人たちは、悲惨なことになる。
発表された音楽が当局に目をつけられ「退廃音楽」ってレッテルを貼られてしまうと、
仕事は奪われるし下手をすればシベリアあたりに追放されて重労働を課せられる。
だから、「ごめん悪かった、こんな豚の音楽を書いて自分は間違っていた」
と反省文を発表させられたりもした。
当然、そういう音楽を一般の人が耳にするのも不可能で、
レコードを持っているのもやばいし、プレイヤーにかけるのだって下手をすれば銃殺もの。
でも、そんな時代にもお医者様が手術をするときには密室の中で音楽は聴けるはずだ。
患者は麻酔で眠っているし、オペを一人でやれば誰にも邪魔されることなく、
「退廃音楽」を堪能することができる。
で、手塚先生はそういう漫画をブラックジャックの中で描いているのだけど、
このとき手塚先生が「退廃音楽」として選曲したのが、
THE BEATLESの「LET IT BE」全曲だった。
ある程度ビートルズを知っていると、いやいやそこはホワイトアルバムだろうとか、
いろいろ突っ込みたい気もするけど、作品の書かれた時代の楽曲の知名度を考えたら、
まあ、妥当な線かなと思う。ウクライナの娘がうんぬんのBACK IN THE USSR流したいけど。
それに、「なるようになるさ」ってLET IT BEの投げやりさは物語に合ってる。
で、このエピソードを思い出すたび、手塚先生は仕事部屋でクラシックを聴きながら、
あの東側のお医者さんみたいに作品を描いていたんだろうなと想像すると、
ちょっと物悲しい気分にもなったりする。創作は孤独な作業なのだ。

でもまあ、LET IT BEを聴いて手塚先生を思い出すことはあんまりない。
むしろ、こいつを録音していた時のメンバー間のいざこざとか、
ボールの意向を無視して映画が公開され、それを映画館で観たジョンが泣いたとか、
ワインディングロードをフィルスペクターが派手なアレンジをしてポール激高とか、
ループトップライブでジョージのギターのプラグが外れたとか、
いらん予備知識が多いので、そっちの方をどうしても思い出してしまう。

以上、手塚治虫と音楽のお話でした。って、当初書くつもりだった話から脱線しちまった。

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街を散策していたらセクシーな足の看板が歩いてた。

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