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2017年8月

2017年8月16日 (水)

早く来年にならないかなぁ

祝「風雲児たち」ドラマ化!
来年のお正月に放送されるみたいですね。監督は三谷幸喜さん。
原作のファンとしてはうれしい限りだ。

前野良沢と杉田玄白の「解体新書」のくだりを中心にするみたいだけど、
確かにあのあたりだと平賀源内が出てくるし、田沼意次も出てくる。
その田沼意次役が草刈正雄さんだというのもうれしい限り。

漫画準拠だと関ケ原から始めにゃならんけど、
そこは、名作大河「葵三代」の一話目がまんまあの話なので、
興味のある方は是非。
お金があった頃のNHKが国民から徴収した視聴
料を正しく使いまくり、
ドラマ史上完全な関ケ原の戦いを再現している。蟹江敬三さんの福島正則が大好き。
いまだに再現ドラマなんかで戦闘場面を切り取って使っているし、
あの時の各大名の鎧が、その後の大河ドラマでも繰り返し使われていたりする。

ビデオに撮って繰り返し見てたけど、
人に貸したらそのままとんずらされてもう十年くらいは観ていないな。
無念。

前野良沢のくだりは吉村昭の「冬の鷹」を参考にしてると思うんだけど、
あれも最後の方は男泣きに泣いてしまう名作小説なので、是非。

ああ、早く来年にならないかなぁ!

(年をとらない娘もドラマで忠実に再現するのかな?)

2017年8月10日 (木)

80年代の思い出

 1

「やっぱ、うどんは讃岐だよね」
と、平凡な結論に達しそうな今日この頃、みなさまにはお変わりありませんか。

うどんとか、数年前までは割とどうでもいい食べ物だったのだけど、
アラフォーを大きく踏み越えたあたりから、「うどんいいじゃん」となっている。
年のせいではない。断じてない。新しい味覚の世界に目覚めたのである。
あのコシ!洗練された出汁!

どでもいいけど高校時代は校庭の向かいにセルフのうどん屋があった。
「うどん屋行こうぜ」
とクラスメートの誰かが音頭をとれば、十人くらいがゾロゾロとついていく。
すでにしてブレザー姿の女子高生の集団がセルフのどんぶりを持って並んでいる。
どんぶりの中のうどんを網に落として、お湯を張ったシンクの中でみんなして湯がく。
これが、なんか微笑ましい風景で、昔漫画の中でも描いたことがあったっけ。

タンクのだし汁をどんぶりに張り、上に乗せる薬味やら天ぷらやらを選ぶ、
で、会計。
僕はちくわを選ぶことが多かったな。ちくわは天ぷらにするとおいしさが格段に上がる。
磯辺揚げ最高。
で、席についてみんなしてワイワイくだらないことを話しながら食べるわけだ。

クラスの男子生徒の間で、ジムで筋力トレーニングをするのがブームだったことがある。
なんでか新旧二つの体育館がある学校で、
その二錬の間にウエイトリフティングの施設があった。
普段は体育会系の部活が使っていたのだろうけど、それを一部男子が昼休みに使っていた。
僕は運動系は一切うけつけないので傍観していたのだけど、
同年代の男子が腹筋やら上腕筋やら、
「ちょっと触ってみ?」
と自慢するのは、少しだけうらやましかった。

で、そんな筋肉自慢を店内でワイワイやっていたら、他校の生徒に目をつけられた。
「おいお前ら、外に出ろ」
ときたもんだ。

なんでわざわざうちの高校の縄張りに来たのかわからんけど、
「かかってこいや」
みたいな感じで筋肉自慢をしていたクラスメートを挑発した。僕はこの場合部外者だと思うのだけど、
「おまえがやるか」
と凄みかかられた。困った。基本的にみんなクラスでも穏健派のグループなのだ。

で、その困ったところにクラスでもガタイのいいB君が、
「どったの、俺も仲間に入れてよ」
と飄々と首を突っ込んできた。
別にウエイトリフティングをしていたわけじゃないけど、背は高いし上半身も肉厚。
普段はお笑いキャラなので意識したことはなかったけど、改めて見るとけっこう強そう。
で、その他校の生徒は、
「ちっ!」
と漫画のように舌打ちをして、ズボンに手を突っ込んだまま引き下がってくれた。

その場にいた十人ほどはホッと胸をなでおろした。
B君は「?」な感じで「なになに、何があったの」とすっとぼけてたけど、
たぶん事情はわかってたんだろうなと僕は思ってる。

うどんというと思い出す青春の一コマだ。
夕陽をバックに飄々と笑うB君の笑顔はいまだに瞼に焼き付いて離れない。
僕はあの時のB君みたいな男になりたい。身長は平均くらいしかないけど。

 2

僕の通っていた高校は名古屋でも北の方にあった。
空港が近いから、グラウンドで空を見上げると着陸態勢のトライスターが
水色のラインを見せながら轟音とともに目の前をよぎっていった。
トライスターと言えばロッキード疑惑の飛行機で、あれを買う見返りに、
田中角栄さんはロッキード社から多額の賄賂を頂戴したのだけど、
あの頃はそんな無駄知識はなかったので、単純に、
「尾翼のエンジンがマシンハヤブサみたいでカッコええなぁ」
とぼんやり見上げていた。

食玩でいただいたのが仕事場に飾ってあったりする。

Img_0087

ウイキペディアでさらってみたら、ロッキード社はこのとき、世界中で賄賂をやっていて、
英国とか、あちこちで政治家の失脚が起こっていたらしい。
そのせいか、ロッキード社はトライスターを最後に民間航空事業からは撤退している。

単純な機体の性能ではかなりのものがあったらしいし、
全日空でも次期主力機と考えていたようなのだけど、販売はあんまり伸びなかった。
だから、焦ったロッキード社さんはあちこちの国のお偉いさんに猛烈なアタックをかけた。
田中角栄さんもその攻勢にまんまと乗っかってしまったわけだ。

自分の実家も名古屋では北寄りだったので、
空を見上げるとそこを飛んでる飛行機はデカかった。ヘリコプターも形がはっきり見えた。
だから、東京に来て飛行機がほとんど肉眼で見えないというのはなんか新鮮だった。
飛行機雲はみえるし、銀色の機体がときどききらめいたりもするのだけど、
飛んでる飛行機を真横から見るなんてことは空港の近くでなければまず体験できない。
「ああ、名古屋の状況が特殊だったんだな」
とその時初めて納得がいった。

人間はいろんなものに郷愁を覚える。僕は食玩のトライスターを見ると、
高校時代のグラウンドで見上げていた自分をしみじみと思い出す。

 3

机に向かって音楽を聴いていたら、斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」が流れてきた。
ああ、今テレビで不倫騒動が話題になってるおばさんだと、時の流れを感じたのだった。

「悲しみよこんにちは」は高橋留美子さんの漫画「めぞん一刻」のアニメの主題歌で、
曲そのものは僕も結構好きだったりする。
目を閉じればあの当時十代だった斉藤由貴さんが歌っている姿が蘇ってくる。
眠そうな目、なぜか棒立ち、ふっくらした頬っぺた。
宗教的な理由でご実家が厳格だったので、品行方正な清純派のイメージだった。

あの当時、僕はフランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」も読んでいる。
たしか、女の子が暇つぶしにお姉さんの彼氏をNTRして、それが悲劇に発展し、
本当の悲しみの意味を知る、みたいなお話だったと記憶している。
だから「悲しみよこんにちは」となる。
斉藤由貴の曲はこの作品のタイトルだけを頂戴したもので、
歌詞の内容はサガンとは何の関係もない。「悲しみとだって友達になってやるわよ」と、
かなりポジティブな内容になっている。

でも結構好きな曲だったりする。結果的に印象的な歌詞になっているし、
歌っていれば「頑張ろう」って気分にもなる。

その斉藤由貴さんも尾崎豊とあれこれあったり、清純派ではなくなってしまったけど、
瞼を閉じれば昔のかわいいお嬢さんのイメージは僕の中で生き続けているので、
まあいいかと思う今日この頃であった。
若い子にはピンとこないだろうな、昔の彼女がどれだけ輝いていたか。

2017年8月 3日 (木)

またもや音楽の話

お中元で水菓子をいただいて、半分くらい食べてしまったところで、
「この菓子は冷凍庫で8時間ほど凍らせてからお召し上がりください」の但し書き発見。
ゼリーかと思ってそのまま食っちまったよ。

またもや音楽の話。別に絶対音感があるわけでなし、楽器も何も弾けないのだけど、
とりあえず仕事中やらなんやらで机に向かうときはスピーカーから音楽が流れている。
BGMってやつだ。バック・グラウンド・ミュージック。

僕がクラシック音楽を聴くのは、間違いなく漫画の神さま手塚治虫の影響。
この方は仕事中にはテレビをつけているか、ステレオでクラシックを流していた。
お亡くなりになってから家族の方が「聖域」である仕事部屋に入ったところ、
ジャケットから取り出された状態のレコード盤がうずたかく積み上げられていたそうな。

今でも特定の音楽を聴くと手塚治虫を思い出したりする。
昭和天皇が崩御されたとき、テレビでバッハの「G線上のアリア」の生演奏があって、
今でもこの曲を聴くと30年近く前のあの時代の空気を思い出すのと似ている。

チャイコフスキーの交響曲第4番の第1楽章は金管楽器の咆哮がすさまじい。
これを手塚先生は大自然を破壊する科学文明のアニメで使っているのだけど、
NHKの特番を繰り返しビデオで観たせいで、いまだにこの曲を聴くと思い出す。
どうでもいいけどこの曲の第4楽章を聴くと「涼宮ハルヒ」のゲームの話を思い出す。

モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」の第2楽章は大好きな曲なんだけど、
これは手塚先生の追悼番組で流れていて「手塚先生も好きだったのかな」と思ったが、
よく考えたら選曲したのはテレビ局の人なのであんまり関係ないかもしれない。

ストラヴィンスキーの「火の鳥」はまんま同名の作品が手塚先生にもあるので、
まあ、間違いなく聴いていらしたはずだ。これを聴きながら描いてた部分もあるかなと
想像するのは結構楽しい。

ベートーヴェンは間違いなく手塚治虫が大好きだった作曲家だったと思う。
どの漫画だったか忘れてしまったけど、ショパンが祖国を去る時、
思いのたけをベートヴェンのピアノソナタ「熱情」を弾いてぶつけるシーンがあったはず。
手塚先生の創作したオリジナルエピソードだと思うけど、なんか好き。
「ルードヴィヒ・B」は未完の作品だけど、手塚先生のベートーヴェン好きがよくわかる。
でも読むとちょっと複雑な気分になる。絵の力はおそろしいもので、読むと音楽に影響される。
ベートーヴェンの作曲の師匠には有名なハイドンさんがいるけど、
この二人の関係は結構複雑なもので、ベートーヴェンサイドからハイドンを語ると、
どうしてもハイドンの印象が悪くなる。
ハイドンは「交響曲の父」と言われる音楽史上の重要人物だけれど、
ベートーヴェンからすれば一昔前の古い音楽をやる人で、乗り越えるべき対象であった。
だから、ハイドンが「君の作品に師匠である私への献辞をつけなさない」と命令すれば、
ベートーヴェンはこれをつっぱねるし、
「このハ短調のピアノ三重奏曲は発表しないほうがいい」とアドバイスされれば、
そのアドバイスを鼻で笑って出版したりもする。
実際はものすごい人格者で立派な人なんだけど、ベートーヴェンを通して語ると、
なんかものすごい時代遅れの俗物っぽくなってしまう。
で、手塚先生の漫画の中でも上のエピソードは出てくるのだけど、そのハイドンの絵が、
なんというか、ものすごく俗物なので困る。いや、わかるんだけどさ、
漫画の表現としてハイドンを俗物っぽい絵にしたほうが読者にわかりやすいってのはさ。
でもなんかもうちょっと人格者っぽくしてもらいたかった。

その「ルードヴィヒ・B」の作中で、モーツァルトが出てくる。
ベートーヴェンとモーツァルトが実際に会ったかどうかは不明なんだけど、
実際に会っていたらこんな関係だっただろうなっては、漫画に許された表現の特権で、
手塚先生もその特権を大いに楽しんでいる。
ボンからやってきた冴えない若者をモーツァルトは適当にあしらうのだけど、
その才能を認識するや、それまでの態度が一変する。このシーンはものすごく好き。
でもそんな大作曲家モーツァルトに対しても、ベートーヴェンは批判的になる。
あんた、音楽を書き飛ばしすぎじゃないか、となる。もっとじっくり楽想を練れよと。
で、そんなモーツァルトのエピソードとして、トイレに入っていたと思ったら、
トイレットペーパーに音符を書いて出てくるというのを手塚先生は描いている。
この絵がなんちゅーか、ものすごく頭に焼き付いていて、なんか困る。
別にトイレでネタを考えるくらいのことは誰だってやってると思うし、
今日名曲とされているものの中にも、排泄中に思いついたものはあるんだろう。
乙女の紅涙を絞る美メロディがうんこの途中で思いついたものだったりしたら、
それはそれで面白い。手塚先生にだってそうやって思いついた感動物語は多いはずだ。
だから、これは批判でも何でもないのだけど、モーツァルトを聴いていて、
「ああ、これはモーツァルトがトイレで排泄中に思いついたかもしれないな」
と考えてしまうのは、嫌いじゃないけどちょっと困るよねって話。

手塚先生と音楽の関係をもっとも分かりやすく伝えてくれるのは、
僕はブラックジャックの中の、LET IT BEのエピソードなんじゃないかと思う。
ネタ晴らしにならないように気を使って大筋を書くと、こうなる。
昔は東西冷戦の時代でしてね、アメリカ中心の資本主義社会と、
ソビエト連邦中心の共産主義社会に明確に分かれておったのですよ。
で、いわゆる「東側」であるソビエトの方では、「西側」の音楽は退廃音楽とされていた。
レーニンが政治のトップだった頃にはその傾向が強くて、
「現代音楽なんてものは腐った資本家どもの豚の音楽である」
ってことになっていた。だから、ショスタコーヴィチとかプロコフィエフとか、
亡命することなく祖国で作曲を続けた人たちは、悲惨なことになる。
発表された音楽が当局に目をつけられ「退廃音楽」ってレッテルを貼られてしまうと、
仕事は奪われるし下手をすればシベリアあたりに追放されて重労働を課せられる。
だから、「ごめん悪かった、こんな豚の音楽を書いて自分は間違っていた」
と反省文を発表させられたりもした。
当然、そういう音楽を一般の人が耳にするのも不可能で、
レコードを持っているのもやばいし、プレイヤーにかけるのだって下手をすれば銃殺もの。
でも、そんな時代にもお医者様が手術をするときには密室の中で音楽は聴けるはずだ。
患者は麻酔で眠っているし、オペを一人でやれば誰にも邪魔されることなく、
「退廃音楽」を堪能することができる。
で、手塚先生はそういう漫画をブラックジャックの中で描いているのだけど、
このとき手塚先生が「退廃音楽」として選曲したのが、
THE BEATLESの「LET IT BE」全曲だった。
ある程度ビートルズを知っていると、いやいやそこはホワイトアルバムだろうとか、
いろいろ突っ込みたい気もするけど、作品の書かれた時代の楽曲の知名度を考えたら、
まあ、妥当な線かなと思う。ウクライナの娘がうんぬんのBACK IN THE USSR流したいけど。
それに、「なるようになるさ」ってLET IT BEの投げやりさは物語に合ってる。
で、このエピソードを思い出すたび、手塚先生は仕事部屋でクラシックを聴きながら、
あの東側のお医者さんみたいに作品を描いていたんだろうなと想像すると、
ちょっと物悲しい気分にもなったりする。創作は孤独な作業なのだ。

でもまあ、LET IT BEを聴いて手塚先生を思い出すことはあんまりない。
むしろ、こいつを録音していた時のメンバー間のいざこざとか、
ボールの意向を無視して映画が公開され、それを映画館で観たジョンが泣いたとか、
ワインディングロードをフィルスペクターが派手なアレンジをしてポール激高とか、
ループトップライブでジョージのギターのプラグが外れたとか、
いらん予備知識が多いので、そっちの方をどうしても思い出してしまう。

以上、手塚治虫と音楽のお話でした。って、当初書くつもりだった話から脱線しちまった。

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街を散策していたらセクシーな足の看板が歩いてた。

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