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2017年8月 3日 (木)

またもや音楽の話

お中元で水菓子をいただいて、半分くらい食べてしまったところで、
「この菓子は冷凍庫で8時間ほど凍らせてからお召し上がりください」の但し書き発見。
ゼリーかと思ってそのまま食っちまったよ。

またもや音楽の話。別に絶対音感があるわけでなし、楽器も何も弾けないのだけど、
とりあえず仕事中やらなんやらで机に向かうときはスピーカーから音楽が流れている。
BGMってやつだ。バック・グラウンド・ミュージック。

僕がクラシック音楽を聴くのは、間違いなく漫画の神さま手塚治虫の影響。
この方は仕事中にはテレビをつけているか、ステレオでクラシックを流していた。
お亡くなりになってから家族の方が「聖域」である仕事部屋に入ったところ、
ジャケットから取り出された状態のレコード盤がうずたかく積み上げられていたそうな。

今でも特定の音楽を聴くと手塚治虫を思い出したりする。
昭和天皇が崩御されたとき、テレビでバッハの「G線上のアリア」の生演奏があって、
今でもこの曲を聴くと30年近く前のあの時代の空気を思い出すのと似ている。

チャイコフスキーの交響曲第4番の第1楽章は金管楽器の咆哮がすさまじい。
これを手塚先生は大自然を破壊する科学文明のアニメで使っているのだけど、
NHKの特番を繰り返しビデオで観たせいで、いまだにこの曲を聴くと思い出す。
どうでもいいけどこの曲の第4楽章を聴くと「涼宮ハルヒ」のゲームの話を思い出す。

モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」の第2楽章は大好きな曲なんだけど、
これは手塚先生の追悼番組で流れていて「手塚先生も好きだったのかな」と思ったが、
よく考えたら選曲したのはテレビ局の人なのであんまり関係ないかもしれない。

ストラヴィンスキーの「火の鳥」はまんま同名の作品が手塚先生にもあるので、
まあ、間違いなく聴いていらしたはずだ。これを聴きながら描いてた部分もあるかなと
想像するのは結構楽しい。

ベートーヴェンは間違いなく手塚治虫が大好きだった作曲家だったと思う。
どの漫画だったか忘れてしまったけど、ショパンが祖国を去る時、
思いのたけをベートヴェンのピアノソナタ「熱情」を弾いてぶつけるシーンがあったはず。
手塚先生の創作したオリジナルエピソードだと思うけど、なんか好き。
「ルードヴィヒ・B」は未完の作品だけど、手塚先生のベートーヴェン好きがよくわかる。
でも読むとちょっと複雑な気分になる。絵の力はおそろしいもので、読むと音楽に影響される。
ベートーヴェンの作曲の師匠には有名なハイドンさんがいるけど、
この二人の関係は結構複雑なもので、ベートーヴェンサイドからハイドンを語ると、
どうしてもハイドンの印象が悪くなる。
ハイドンは「交響曲の父」と言われる音楽史上の重要人物だけれど、
ベートーヴェンからすれば一昔前の古い音楽をやる人で、乗り越えるべき対象であった。
だから、ハイドンが「君の作品に師匠である私への献辞をつけなさない」と命令すれば、
ベートーヴェンはこれをつっぱねるし、
「このハ短調のピアノ三重奏曲は発表しないほうがいい」とアドバイスされれば、
そのアドバイスを鼻で笑って出版したりもする。
実際はものすごい人格者で立派な人なんだけど、ベートーヴェンを通して語ると、
なんかものすごい時代遅れの俗物っぽくなってしまう。
で、手塚先生の漫画の中でも上のエピソードは出てくるのだけど、そのハイドンの絵が、
なんというか、ものすごく俗物なので困る。いや、わかるんだけどさ、
漫画の表現としてハイドンを俗物っぽい絵にしたほうが読者にわかりやすいってのはさ。
でもなんかもうちょっと人格者っぽくしてもらいたかった。

その「ルードヴィヒ・B」の作中で、モーツァルトが出てくる。
ベートーヴェンとモーツァルトが実際に会ったかどうかは不明なんだけど、
実際に会っていたらこんな関係だっただろうなっては、漫画に許された表現の特権で、
手塚先生もその特権を大いに楽しんでいる。
ボンからやってきた冴えない若者をモーツァルトは適当にあしらうのだけど、
その才能を認識するや、それまでの態度が一変する。このシーンはものすごく好き。
でもそんな大作曲家モーツァルトに対しても、ベートーヴェンは批判的になる。
あんた、音楽を書き飛ばしすぎじゃないか、となる。もっとじっくり楽想を練れよと。
で、そんなモーツァルトのエピソードとして、トイレに入っていたと思ったら、
トイレットペーパーに音符を書いて出てくるというのを手塚先生は描いている。
この絵がなんちゅーか、ものすごく頭に焼き付いていて、なんか困る。
別にトイレでネタを考えるくらいのことは誰だってやってると思うし、
今日名曲とされているものの中にも、排泄中に思いついたものはあるんだろう。
乙女の紅涙を絞る美メロディがうんこの途中で思いついたものだったりしたら、
それはそれで面白い。手塚先生にだってそうやって思いついた感動物語は多いはずだ。
だから、これは批判でも何でもないのだけど、モーツァルトを聴いていて、
「ああ、これはモーツァルトがトイレで排泄中に思いついたかもしれないな」
と考えてしまうのは、嫌いじゃないけどちょっと困るよねって話。

手塚先生と音楽の関係をもっとも分かりやすく伝えてくれるのは、
僕はブラックジャックの中の、LET IT BEのエピソードなんじゃないかと思う。
ネタ晴らしにならないように気を使って大筋を書くと、こうなる。
昔は東西冷戦の時代でしてね、アメリカ中心の資本主義社会と、
ソビエト連邦中心の共産主義社会に明確に分かれておったのですよ。
で、いわゆる「東側」であるソビエトの方では、「西側」の音楽は退廃音楽とされていた。
レーニンが政治のトップだった頃にはその傾向が強くて、
「現代音楽なんてものは腐った資本家どもの豚の音楽である」
ってことになっていた。だから、ショスタコーヴィチとかプロコフィエフとか、
亡命することなく祖国で作曲を続けた人たちは、悲惨なことになる。
発表された音楽が当局に目をつけられ「退廃音楽」ってレッテルを貼られてしまうと、
仕事は奪われるし下手をすればシベリアあたりに追放されて重労働を課せられる。
だから、「ごめん悪かった、こんな豚の音楽を書いて自分は間違っていた」
と反省文を発表させられたりもした。
当然、そういう音楽を一般の人が耳にするのも不可能で、
レコードを持っているのもやばいし、プレイヤーにかけるのだって下手をすれば銃殺もの。
でも、そんな時代にもお医者様が手術をするときには密室の中で音楽は聴けるはずだ。
患者は麻酔で眠っているし、オペを一人でやれば誰にも邪魔されることなく、
「退廃音楽」を堪能することができる。
で、手塚先生はそういう漫画をブラックジャックの中で描いているのだけど、
このとき手塚先生が「退廃音楽」として選曲したのが、
THE BEATLESの「LET IT BE」全曲だった。
ある程度ビートルズを知っていると、いやいやそこはホワイトアルバムだろうとか、
いろいろ突っ込みたい気もするけど、作品の書かれた時代の楽曲の知名度を考えたら、
まあ、妥当な線かなと思う。ウクライナの娘がうんぬんのBACK IN THE USSR流したいけど。
それに、「なるようになるさ」ってLET IT BEの投げやりさは物語に合ってる。
で、このエピソードを思い出すたび、手塚先生は仕事部屋でクラシックを聴きながら、
あの東側のお医者さんみたいに作品を描いていたんだろうなと想像すると、
ちょっと物悲しい気分にもなったりする。創作は孤独な作業なのだ。

でもまあ、LET IT BEを聴いて手塚先生を思い出すことはあんまりない。
むしろ、こいつを録音していた時のメンバー間のいざこざとか、
ボールの意向を無視して映画が公開され、それを映画館で観たジョンが泣いたとか、
ワインディングロードをフィルスペクターが派手なアレンジをしてポール激高とか、
ループトップライブでジョージのギターのプラグが外れたとか、
いらん予備知識が多いので、そっちの方をどうしても思い出してしまう。

以上、手塚治虫と音楽のお話でした。って、当初書くつもりだった話から脱線しちまった。

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街を散策していたらセクシーな足の看板が歩いてた。

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