無料ブログはココログ

amazon

  • PCソフト
  • DVDベストセラー
  • ベストセラー
  • ウィジェット

« またもや音楽の話 | トップページ | 早く来年にならないかなぁ »

2017年8月10日 (木)

80年代の思い出

 1

「やっぱ、うどんは讃岐だよね」
と、平凡な結論に達しそうな今日この頃、みなさまにはお変わりありませんか。

うどんとか、数年前までは割とどうでもいい食べ物だったのだけど、
アラフォーを大きく踏み越えたあたりから、「うどんいいじゃん」となっている。
年のせいではない。断じてない。新しい味覚の世界に目覚めたのである。
あのコシ!洗練された出汁!

どでもいいけど高校時代は校庭の向かいにセルフのうどん屋があった。
「うどん屋行こうぜ」
とクラスメートの誰かが音頭をとれば、十人くらいがゾロゾロとついていく。
すでにしてブレザー姿の女子高生の集団がセルフのどんぶりを持って並んでいる。
どんぶりの中のうどんを網に落として、お湯を張ったシンクの中でみんなして湯がく。
これが、なんか微笑ましい風景で、昔漫画の中でも描いたことがあったっけ。

タンクのだし汁をどんぶりに張り、上に乗せる薬味やら天ぷらやらを選ぶ、
で、会計。
僕はちくわを選ぶことが多かったな。ちくわは天ぷらにするとおいしさが格段に上がる。
磯辺揚げ最高。
で、席についてみんなしてワイワイくだらないことを話しながら食べるわけだ。

クラスの男子生徒の間で、ジムで筋力トレーニングをするのがブームだったことがある。
なんでか新旧二つの体育館がある学校で、
その二錬の間にウエイトリフティングの施設があった。
普段は体育会系の部活が使っていたのだろうけど、それを一部男子が昼休みに使っていた。
僕は運動系は一切うけつけないので傍観していたのだけど、
同年代の男子が腹筋やら上腕筋やら、
「ちょっと触ってみ?」
と自慢するのは、少しだけうらやましかった。

で、そんな筋肉自慢を店内でワイワイやっていたら、他校の生徒に目をつけられた。
「おいお前ら、外に出ろ」
ときたもんだ。

なんでわざわざうちの高校の縄張りに来たのかわからんけど、
「かかってこいや」
みたいな感じで筋肉自慢をしていたクラスメートを挑発した。僕はこの場合部外者だと思うのだけど、
「おまえがやるか」
と凄みかかられた。困った。基本的にみんなクラスでも穏健派のグループなのだ。

で、その困ったところにクラスでもガタイのいいB君が、
「どったの、俺も仲間に入れてよ」
と飄々と首を突っ込んできた。
別にウエイトリフティングをしていたわけじゃないけど、背は高いし上半身も肉厚。
普段はお笑いキャラなので意識したことはなかったけど、改めて見るとけっこう強そう。
で、その他校の生徒は、
「ちっ!」
と漫画のように舌打ちをして、ズボンに手を突っ込んだまま引き下がってくれた。

その場にいた十人ほどはホッと胸をなでおろした。
B君は「?」な感じで「なになに、何があったの」とすっとぼけてたけど、
たぶん事情はわかってたんだろうなと僕は思ってる。

うどんというと思い出す青春の一コマだ。
夕陽をバックに飄々と笑うB君の笑顔はいまだに瞼に焼き付いて離れない。
僕はあの時のB君みたいな男になりたい。身長は平均くらいしかないけど。

 2

僕の通っていた高校は名古屋でも北の方にあった。
空港が近いから、グラウンドで空を見上げると着陸態勢のトライスターが
水色のラインを見せながら轟音とともに目の前をよぎっていった。
トライスターと言えばロッキード疑惑の飛行機で、あれを買う見返りに、
田中角栄さんはロッキード社から多額の賄賂を頂戴したのだけど、
あの頃はそんな無駄知識はなかったので、単純に、
「尾翼のエンジンがマシンハヤブサみたいでカッコええなぁ」
とぼんやり見上げていた。

食玩でいただいたのが仕事場に飾ってあったりする。

Img_0087

ウイキペディアでさらってみたら、ロッキード社はこのとき、世界中で賄賂をやっていて、
英国とか、あちこちで政治家の失脚が起こっていたらしい。
そのせいか、ロッキード社はトライスターを最後に民間航空事業からは撤退している。

単純な機体の性能ではかなりのものがあったらしいし、
全日空でも次期主力機と考えていたようなのだけど、販売はあんまり伸びなかった。
だから、焦ったロッキード社さんはあちこちの国のお偉いさんに猛烈なアタックをかけた。
田中角栄さんもその攻勢にまんまと乗っかってしまったわけだ。

自分の実家も名古屋では北寄りだったので、
空を見上げるとそこを飛んでる飛行機はデカかった。ヘリコプターも形がはっきり見えた。
だから、東京に来て飛行機がほとんど肉眼で見えないというのはなんか新鮮だった。
飛行機雲はみえるし、銀色の機体がときどききらめいたりもするのだけど、
飛んでる飛行機を真横から見るなんてことは空港の近くでなければまず体験できない。
「ああ、名古屋の状況が特殊だったんだな」
とその時初めて納得がいった。

人間はいろんなものに郷愁を覚える。僕は食玩のトライスターを見ると、
高校時代のグラウンドで見上げていた自分をしみじみと思い出す。

 3

机に向かって音楽を聴いていたら、斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」が流れてきた。
ああ、今テレビで不倫騒動が話題になってるおばさんだと、時の流れを感じたのだった。

「悲しみよこんにちは」は高橋留美子さんの漫画「めぞん一刻」のアニメの主題歌で、
曲そのものは僕も結構好きだったりする。
目を閉じればあの当時十代だった斉藤由貴さんが歌っている姿が蘇ってくる。
眠そうな目、なぜか棒立ち、ふっくらした頬っぺた。
宗教的な理由でご実家が厳格だったので、品行方正な清純派のイメージだった。

あの当時、僕はフランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」も読んでいる。
たしか、女の子が暇つぶしにお姉さんの彼氏をNTRして、それが悲劇に発展し、
本当の悲しみの意味を知る、みたいなお話だったと記憶している。
だから「悲しみよこんにちは」となる。
斉藤由貴の曲はこの作品のタイトルだけを頂戴したもので、
歌詞の内容はサガンとは何の関係もない。「悲しみとだって友達になってやるわよ」と、
かなりポジティブな内容になっている。

でも結構好きな曲だったりする。結果的に印象的な歌詞になっているし、
歌っていれば「頑張ろう」って気分にもなる。

その斉藤由貴さんも尾崎豊とあれこれあったり、清純派ではなくなってしまったけど、
瞼を閉じれば昔のかわいいお嬢さんのイメージは僕の中で生き続けているので、
まあいいかと思う今日この頃であった。
若い子にはピンとこないだろうな、昔の彼女がどれだけ輝いていたか。

« またもや音楽の話 | トップページ | 早く来年にならないかなぁ »

コラム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1669327/71387084

この記事へのトラックバック一覧です: 80年代の思い出:

« またもや音楽の話 | トップページ | 早く来年にならないかなぁ »