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2017年10月

2017年10月30日 (月)

「恩讐の彼方に」

台風一過で今日は天気はだいぶいいのだけど、風がとにかくすさまじい。
木枯らし一号なのだという。北風小僧の寒太郎なわけだね。

こういう天候だと「風の又三郎」なんかを読み返してみるのもいいかもしれない。
どっどどどどうどどどうどどうどう
だったかな。うろ覚えだけどそんな風の音から始まったような気がする。

木枯し紋次郎もこういうからっ風の吹く日には脳裏をかすめる。どうでもいいけど
日本人は「風のキャラクター」が結構好きだよね。

風は吹きまくってるけどお日様はずいぶんご機嫌なので、散歩に出たいけど、
漫画だとこういう天候の日には看板とかたらいとか、いろんなものが降ってきそうだ。

まったく関係ない話だけど、昨日の大河ドラマのサブタイトルが
「恩賞の彼方に」
だった。

「直虎」は毎度有名作品のタイトルをパロディにしているのだけど、
この元ネタになった作品は僕の結構好きな小説だったりする。
青空文庫でもすぐに読めます。僕の持ってるのは小学館の新撰クラシクス文庫。

「恩讐の彼方に」は菊池寛の出世作で、いちおう史実を題材にしたフィクションらしい。
主君殺しの若侍が自らの罪のあがないにとある大事業を始める。
周囲の人間に小馬鹿にされながら、男は何十年その事業に打ち込む。
そういうお話。詳しいストーリーはネタバレになるので書けない。

でもストーリーよりは部分部分の文章を味わいながら繰り返し読んでいたりする。
「愛読書」ではないけど、それに近い本なのだと思う。

金曜日に病院に検査に出かける用事があって、
どうせまた待合室で時間を潰すのだから、なにか適当な本を持っていこうと、
机の上を物色してたまたま引っ張り出したのがこの本だった。

で、採血室でイケメンドラキュラに血を抜かれた後、小一時間以上待たされて、
その間この本を読み返していた。
「あんなことを真面目にするなんて、あいつは馬鹿だ、基地外だ」
などと言われつつも、自ら罪と向かい合うため一心に事業に打ち込む主人公、
その姿はなんというか、手塚治虫の絵で脳内再生されてしまったのであった。
別にそんな作品を手塚先生は描いてないと思うんだけど、いかにも描きそうではある。

自分の番になって先生とあれこれよもやま話。
お薬をまた一種類増やされてしまった。
業者と結託してるのかこの先生は!と思いつつ、もっと健康的な生活せにゃと、
大いに反省するのであった。

まあその足で野郎ラーメンに行って味噌ラーメン食べてきたんですけどね。
お店のお姉ちゃんに「ニンニクは使いますか」と目をのぞきこまれてびっくりした。
イヤホンしてたから気が付かなかった。

野郎ラーメンなのに女子率が高くて、一時店の中に僕と店主の二人しか男がいなかった。
野郎ラーメンだから女の子が寄ってくるのか?実はやおいラーメンなのか?
などと下らないことを考えつつも、ラーメンを堪能する。

なんでも、スマホで月七千何ぼか払うと、ラーメンが食べ放題になるらしい。
そういうサービスをやっているとココログの記事であった。
いやいや、そんなに食べまくったら体が壊れるでしょ!と思うけど、
僕も若いころはラーメン屋のバイトで一年間ラーメンを食べ続けたので、
若者ならそれくらいお茶の子さいさいなのかもしれない。
今の僕がやったら確実に寿命を縮める。

ラーメンよりもうどんがマイフェイバリットなお年頃なのだけど、
ときどき無性に食べたくなるよね、ラーメン。
お昼になって土建業のお兄さんたちが大挙して店に入ってきて、
カウンターの僕の隣にいた女の子がそそくさと店の隅に移動した。
僕の両隣が一気に汗臭い男祭り状態になった。
これぞまさに「野郎ラーメン」。
自分の家で作った方が安上がりで具材も健康的なんだけど、
この人ごみの中で食べてます感は、自分の家では味わえない。

個人事業主(笑)ならではの感想なのでした。
会社にお勤めの方なんかはうんざりするシチュエーションだと思うけど。


2017年10月24日 (火)

漫画の編集とは……


昔、某編集部に打ち合わせに行ったときの話。
たいていの編集部はデスクの島とは別に打ち合わせルームみたいなところがあって、
椅子とテーブルが並べられ、安い喫茶店のようになっている。
自分は学生時代の学食を連想する。
某社は個別に仕切られていたりするし、別の出版社は窓際の眺めのいいところにある。
僕がその日行ったのはランダムに机の置かれた打ち合わせスペースで、
雑誌の本棚の向こうにデスクの島が見える。
ときどき顔を知っている方が通って、お互いに頭を下げたりする。

そんなところだから、隣で打ち合わせしている様子が結構はっきり見えたりする。
なんか若い男性が原稿を描いているので、
「あの先生、お忙しそうですね」
と担当さんに聞いたら、
「あれは週刊の方で○○を連載中の○○さんだよ」
「○○を舞台のあれですか?僕はてっきり女性の方が描いてるのかと思いました」
「女性の魂を持った男性作家だよ」とニヤリほくそ笑む。

それ、カッコいいな、僕も女性の魂を持った漫画家とか呼ばれてみたいな、
でも心の底からオッサンだから無理だなと、あれこれいらん話をする。

ときどき知らない編集さんが顔を突っ込んできて、
「なんの打ち合わせをしてんの?」
と声をかける。
こういうとき、売れてる漫画家さんだとあっちも自己紹介を始めたりするのだろうけど、
僕程度だと鼻で笑って立ち去っていく。

虚飾を排し、合理主義のはびこるのが編集部という戦場なのだ。
慇懃無礼に挨拶されるよりはよっぽどいい。

すぐ後ろの席で新人さんを相手に掲載原稿の作戦会議が始まる。
新人さんは寡黙な好青年で、僕なんか誰かもわからんだろうに、
とりあえず頭を下げて挨拶してくれた。
いや、まあ名前を言っても知らんと思うけど。

担当編集者は若い女の子だった。
育ちの良さそうな、かわいい女の子だ。
僕もどうせならあんなお嬢さんに担当してもらいたかった。
ちくしょう、とんだラッキーボーイだぜ!俺と変わってくれ!と、本気で考えた。

その彼女の口から飛び出したのは卑猥な言葉のマシンガントークだった。

「もっとこう女の子のパンツとかバンバン見せちゃってください」
「はあ」
「押し倒す勢いで、レイプ寸前みたいな感じで」
「ええ……」
「それくらいやらなきゃ、読者は読んでくれないの。わかります?」
「はあ」
「○○先生とか、さりげなくパンチラのシーンを出してきますよね、知ってますか?」
「読んだことはないですけど」
「古典的名作でもそれだけのことをやってるんです。これは覚悟の問題ですよ!」
「そんなもんですか」
「オッパイももっと大きくして、制服の上からでも形がわからなきゃダメです」
「はあ」
「乳首も描いちゃってください」
「いやいや、下着があるから見えないでしょ」
「だから何?誰も本物の乳首を描けなんて言ってないの。乳首のような何か、なの」
「……ボタンとか?」
「乳首なの!勃起してるの!」
「ええ……」

なんてうらやましい打ち合わせなんだと、僕は心の底から思ったさ。
そこへ自分の担当の二児の父親がやってくる。
長男の成長がうれしいらしく、お酒が入ると「昆虫が大好きでね」といろいろ話しだす。
娘さんもいるので、間違ってもその手の話になる気づかいはない。
PTAを背中に背負っているような理想の父親だ。
昔は蕎麦屋の上の編集部に行くと、エロ漫画を読んでるようなエロ兄貴だったのに。

えーと、何の話をしてるんだっけ?
漫画雑誌の編集部は戦場である、ときどき思いがけない砲弾が飛び交っていたりする。
かわいいお嬢さんが羞恥心を投げうってエロい漫画の企画会議をする。

決して仕事のストレスを若い新人相手にエロトークすることで発散してるわけじゃない。
真面目にエロい漫画を作ることに情熱を燃やしているのだ!
そんな漫画編集者の方々を、僕は心から尊敬しております!
そこんとこよろしく!

掃除

仕事場の机の脇に、うずたかく原稿用紙が積み上げられている。
僕は掃除が生理的に苦手なのだ。
こう書くと、後の文章は定型文のように繰り出される。
片づけてしまうとどこに何があったかわからなくなる。
少しくらい汚れていた方が落ち着くもんだ……

父が亡くなる前、十七歳の夏、
「部屋を片付けろ!」
と激怒した父に、上のようなことを淡々と語ったところ、
「小賢しいことを言うな!」
と叱責された。よりによってこれが最後の会話になってしまった。

次の日には頭の血管が切れて、意識不明で半月後に亡くなっている。
あれ、じゃあ父を死なせたのは僕なのか?とちょっと不安になる。
原因のすべてではないにしても、引き金を引いたのは自分なのかもしれない。
まあ、直接の引き金は、朝、出張前に風呂に入って熱いコーヒーを飲んで、
とどめにキンキンに冷えた栄養ドリンクを飲んだ父の自己責任なのだけど。

で、片づけが苦手な自分も、ちょっと忙しくなると部屋の掃除に現実逃避する。
「これを片付けなくちゃ、仕事できないもんね」

草葉の陰で誰かが泣いている……

最後の最後まで捨てられなかったものだから、他人にはどうでもいいものでも、
自分的にはそれなりに思い入れがあったりする。
鉄子の初期設定画とか、単行本一巻の表紙絵ラフ。
あれ、初めてペン入れした二郷さんなんだけど、気がついたら表紙にされていた。
江戸バルザックの骨董屋のおじいさんの参考画像。
若いころのチェリビダッケなんだけどね。眼光が鋭くてカッコいいから参考にした。

「大使閣下の料理人」のキャラクターのお誕生日表。
僕が西村先生にお願いして作ってもらったやつ。
大沢さん一家とか倉木大使なんかの生年月日が書いてある。
これは発表されたものなのかな。
とりあえずブログに載っけておこう。
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ファックスの日付は2005年になてる。12年も前の話なのか。
てか、12年も前の紙が残ってるとか、どんだけ掃除をさぼってるんだ。

個人ブログをメモ帳代わりに使用するおっさんなのだった。

2017年10月14日 (土)

浮世絵の終焉

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歌川国芳の有名な浮世絵、「相馬の古内裏」。骸骨のインパクトがすごい。

江戸時代に一大ブームとなった浮世絵は、歌麿、写楽、北斎ときて、
幕末に広重、国芳へとバトンタッチされる。
北斎も大好きだった(と思う)ベルリンのブルー、いわゆるベロ藍は、
広重の「東海道五十三次」「名所江戸百景」なんかでも効果的に使われ、
海外では「ヒロシゲブルー」なんて言われているらしい。
元はヨーロッパからの輸入品だけど、これを用いて画面に広がりを表現したって意味では、
「ヒロシゲブルー」はまんざら間違っていない。

この「空間の広がり」というのは、浮世絵風景画の醍醐味ではないかと思う。
見ているだけで、画面の向こう側に世界の広がりが感じられる。
こういうものを発明したのはいったい誰だろうと思うけれど、
やっぱり、北斎の「富岳三十六景」なのかな。
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北斎は、デッサン力もバケモノめいてすごいけど、構成力もすごい。
「凱風快晴」とか、富士山と空と、下の方に木をちょんちょんと描いて終わりなのに、
なんなんだあの富士の威圧感は!と素直に驚く。
一方で「神奈川沖浪裏」がある。波がドヒャーと襲い掛かってくる。
富士は画面の下の方にちょこんと描かれているだけだが、
巨大な富士があそこにちょこんと鎮座しておられるがために、
波はいよいよ高く、重々しくのしかかってくる。
「化け物」
と目一杯の敬意をこめて呼ばせていただく。

その北斎から遅れること二年くらいで、広重の「東海道五十三次」の刊行が始まる。
北斎が七十を超えた化け物ジジイなのに対して、広重は三十ちょいの若造である。
でもこの人の構成力も凄まじい。画面にものすごい奥行きがある。
そんで、北斎には申し訳ないのだけど、色の使い方と抒情性みたいなもの、
絵の品格の部分では広重の方が圧勝しているのではないかと思う。
北斎は「すげー」と唸らされるけど、広重は「いい絵だな」と浸れるのである。

画面の構成力、奥行きみたいなものを感じさせる能力というのは、求めても得難い。
北斎の画帳なんかを見ると、この人は透視画法についての知識もあったようだけど、
いわゆる一点透視画法、消失点が一つのオーソドックスな遠近法は取り入れていない。
二つあったりする。だから日本橋を描いても両岸の街並みが一点に収束しない。
そんな科学的な屁理屈よりも、自分の目で見たときの印象の方を優先させている。
だから、絵がどんどんダイナミックなことになって、画面の向こうで怪物が高笑いする。
くわばらくわばら。

広重の有名な日本橋の絵だって、消失点を探せばえらいことになる。
一応、透視画法への配慮みたいなものはあるのだけど、基本、見た時の印象が勝ってる。
執拗に繰り返される垂直のライン、物見やぐらや行列の毛槍馬印、橋の欄干、門の板目、
こういった強烈な線の上昇感覚は、厳密な透視画法だと相殺されてしまうものだ。
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透視画法なんてものには頼らず、見たときの印象を咀嚼し、頭の中や画帳の上で再構成し、
絵として完成させる。それで絵に奥行きと抒情性が生まれるというのは、
もうこれは並外れた感性のなせる技だとしか言いようがない。
うらやましい。僕もそんな感性のひとかけらくらいは持って生まれたかった。

でもまあ、そんなに悲観したもんでもないのかもしれない。
北斎が富岳三十六景を描き始めたは七十を超えたあたりからだし、
広重にしても、北斎の前例があったからそれを参考にした部分はあっただろう。
まあ、前例があったからってすぐに吸収してしまえる才能というのも恐ろしいけど。

広重とほぼ同じ時期に活躍していた歌川国芳になると、空間認識はそこまですごくない。
いや、この人も晩年には忠臣蔵のシリーズなんかで透視画法を使っているけど、
教科書どおりの生真面目な遠近法なので、絵というよりは挿絵のような感じがしてしまう。
透視画法の味気なさをものの見事に表現してしまっている。
実際、このシリーズは売れなかったとウイキペディアにも書いてある。

この人はむしろ、画題とか人物の感情表現で突き抜けたものがある。
特に人物の内面表現となれば、これは北斎にも広重にも欠けている才能だ。
ある意味、写楽・歌麿の正当な後継者なんだと思う。
大石内蔵助(大星由良助だけど)の頼れる部長さんみたいな一枚絵とか、
時代を突き抜けて現代的な内蔵助像だと思う。売れなかったけど。
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女を描かせたら歌麿は天下随一だけれど、男を描いて凄みをかんじさせるとなると、
写楽、豊国、国芳あたりがすごいような気がする。
本当のところ、こっちが浮世絵の本流で、北斎、広重が突然変異的化け物なんだよな。

国芳は「武者絵」という武人の絵で一時代を築いた。
時代も幕末になるとそういうヒーローアクションものがもてはやされるようになる。
なのに、国芳というと例の髑髏絵はいいとして、
「向島にスカイツリーを描いた江戸時代の予言者」
みたいな取り上げ方ばかりされてしまうのはいかがなものか。
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で、この国芳さんが明治維新を待たずに亡くなってしまい、いよいよ浮世絵は衰退する。
なんせ時代が江戸から明治なろうというのだから、
文明開化のご時世に「透視画法もろくに習得していない」江戸時代の絵なんて時代遅れだ。
西洋へ輸出する茶碗の包装紙にしてしまえ、みたいになっていく。

でもそんな流れに抵抗する時代錯誤の男というのは必ずいるもので、
国芳の弟子の月岡芳年がその最後の浮世絵師ということになっている。
ずいぶん粋な男前だったと証言が残っている。残っている肖像を見ても、
河鍋暁斎の魁偉な面相に比べればなかなかの好男子だ。

この人は師匠歌川国芳の「武者絵」を継承する浮世絵師だ。
11歳だかで入門して、15歳でデビューしている。
23歳のとき江戸城の無血開城があって、上野の山に彰義隊が立てこもるや、
そこへ出かけて行って血しぶき舞う戦場を実検したらしい。
(ごめん、三十歳だった)
師匠の国芳にはできなかった本物の侍の戦を見るという体験をしているのだ。
「これで本物の武者絵を描くことが出来る」
ってんで、描いた作品が「魁題百撰相」。
侍が血を流して断末魔の目で睨みつける、俗にいう残酷絵というやつである。
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時代が殺伐としてくるとエログロが流行する傾向があるけれど、
当時の人たちには結構ショッキングな絵だったに違いない。
「上野のお山ではみんなこんな風に戦って死んでいったんだな」と、
戦場写真のような需要もあっただろう。芳年さんは浮世絵界の若きエースとなる。

でも、くどいようだけど、浮世絵は時代遅れの過去の遺物になりつつあった。
芳年さんも「このままじゃジリ貧だ」ってんで、いろいろ改革を始める。
まず、西洋画法を取り入れる。透視画法ばんばん、絵は洗練され、エッチング風になる。
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僕は実はこの時期の芳年さんの絵が好きなのだけど、
「これが浮世絵か」
と聞かれると、ちょっと困る。
単純に絵として考えると、デッサン力はすごいし、画面構成も見事、
何より色彩感覚が上品で絵に無類の格調がある。
すごい人なんだってのはもう間違いがない。
でも、これはもう浮世絵ではない別の何かだ。

そんなことは芳年さんにはわかりすぎるほどわかっていた。
だからこういう絵を模索しつつも、同時に江戸情緒丸出しの浮世絵も描きつないでいる。
たぶん、自分を最後に浮世絵は滅びるのだろう、でも、
だからと言って簡単に見捨てられるものか、滅びるなら滅びるで、有終の美を飾ってやる。
華々しく終わらせてやる。

で、この人は華々しく最後の浮世絵師の役割を全うしたのであった。
「月百姿」は北斎の富士に対して、月を主題とした連作なのだけど、
歌麿・写楽ー豊国ー国芳ときた人物の内面を描く流れと、
北斎・広重の画面構成と風景の抒情性がここで一つに合流している。
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江戸から続いた浮世絵版画の彫り師と摺師の技の冴えも、ここで絶頂となる。
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以後、芳年さんはお弟子さんたちに、
「浮世絵以外の技法を勉強して、そちら方面で活路を見出してくれ」
とアドバイスし、実際、お弟子さんたちは新聞の挿絵とか、浮世絵以外の方向に流れる。
厳密に弟子ではないけれど、伊東深水とか、鏑木清方もこの流れになるらしい。

で、本当にどうでもいい話かもしれないけど、
芳年さんが最晩年に浮世絵で描いた連作「風俗参十二相」の「かゆさう」という絵が、
僕はけっこう好きだったりする。蚊帳の中から女の子が身を乗り出してる。
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芸術性の高い西洋風の絵を模索しつつ、しっかり江戸浮世絵を継承し、
最高のおっぱいをも描写するその筆力。右手の指とか、本当はもっとちゃんと描けるのに、
あえて江戸時代の線の色気を優先させる。こういう味は、西洋画法じゃ出せない。

まったく、なんで浮世絵は滅びなきゃならないんだと、芳年さんは大いに不満だったはず。

このおっぱいを描いたのが明治21年で、芳年さんは五十歳。僕とほぼ同年齢。
その四年後の明治25年に芳年さんはお亡くなりになる。若い、若すぎる……
北斎とかこの年齢で死んでたら代表作がほとんど残せなくなってしまう。

こうして浮世絵は芳年さんの死とともに終わったと、そういうことになっている。
でも、浮世絵は終わったけど、その流れはまだ続いている。
現代の漫画とか、間違いなくこの流れにあると僕は考えるんだけど、
どんなもんなんですかねぇ?

2017年10月10日 (火)

先人の汗

いつもはノートパソコンで文章を打っているんだけど、
今回はデスクトップPCの方で書いてます。キーボード使いづらい。
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お絵かきアップ。カメラ目線は難しい。
難しいなら「描かない」という判断が正しいのだけど、
人間というのは不可能に挑戦してみたくなる生き物なので、あえてドツボにはまってみる。
で、無駄に時間を浪費する。

無駄に浪費された時間というのも、当人には案外充実していたりする。困ったもんだ。

若い頃、二十歳ぐらいの時に似顔絵描きのアルバイトをしたことがある。
ひょっとしたら以前にもこのブログで書いてるかもしれないけど、
先輩に誘われて、名駅前のピアノ屋さんでお客さんの顔を描きまくった。
(名古屋人にしか通用しないそうだけど、「めいえき」とは名古屋駅のこと)

ご両親に連れられた幼稚園児から小学生くらいのお嬢様方がわんさか押しかけ、
その似顔絵を先輩と二人で色紙に描いた。
「このお兄さんたちは美大の学生さんなんだよ」
と、お店の人が強烈な嘘八百をかました。美大生がこんな漫画みたいな絵を描くものか。

近くでは写真専門学校の女の子たちが、動物の着ぐるみをかぶって踊っていた。
どうせ描くならあの子達がいいなぁと、ぼんやり考えた。

子供らは、とにかくまっすぐこちらの目を見てくる。
写真を撮られるのと同じ気持ちなのだろう。当然絵はカメラ目線になる。

難しかった?とんでもない。二十歳ぐらいの自分はまだ絵の壁にぶち当たっていないので、
何の障害もなく、下手くそな絵を描きまくっていた。今考えるとゾッとする。
この世界の名古屋圏のあたりに、今でも自分の下手くそな似顔絵があるかもと考えると、
かなり困った感じになる。あれでお金をもらったというのがとにかく申し訳ない。

で、カメラ目線の話。
前回モナリザの話をこのブログに書いて、
それからしばらくレオナルドさんの技法について、あれこれ考えた。
カメラ目線の絵というのは、レオナルドさんのあたりから肖像画の定番になった。
それまでは視線をそらす絵がほとんどだった。なんでか。

カメラ目線の絵というのはものすごく難しいのである。

まして正面を向いてカメラ目線となると、難しさは格段にアップする。
前回紹介した「裸のモナリザ」の素描がレオナルドが描いたものだとすると、
巨匠ダ・ヴィンチもこれに挑戦して、かなり苦心しているのがわかる。
わかるような気がする。わかるんじゃないかなぁ。

顔単体ならばいい。なんとか描けないでもない。
でも絵として背景が入ってきたり、体全体を描写しようとすると、視線が死んでしまう。
日本でも俗に「八方睨み」なんていい方をするけれど、
絵の向こうから生き物の視線を感じる絵というのは、絵の全体の構成が難しくなる。
ちょっとでも変な線を引くと、視線を感じる障害になってしまうのだ。

視線を中心に、強烈な「磁場」が発生していて、そこから絵を描けばデッサンは狂うし、
ぞんざいなデッサンの絵に目だけ強烈なのを入れても、デッサンの歪さが目立ってくる。

だから、レオナルドは考えた。目と手だ。
この二つを正確に描写しさえすれば、視線の強烈な絵の構成が可能になる。
それで、レオナルドさんは「モナリザ」の手にこだわりまくった。
こだわりすぎて、ついに納得が出来ず、右手の人差指を未完成で放り出してしまった。

あの絵の不思議な奥行きと静けさ、均衡が、あの手によってもたらされているというのは、
ダ・ヴィンチさんのものすごい発明だと、素人の僕は主張してみる。
実際、以後の肖像画はこの絵を規範に「モナリザ風の肖像画」になっていくけど、
「モナリザ」ほどの強烈な視線を感じるものは、あんまりない。
あの「手」のような画面の均衡を出せないからじゃないかなと、僕は考える。

……素人は無責任になんでも言いたい放題だから気楽なもんだ。

視線と画面構成について考えるうち、「あれ?」と気がついたことがある。
西洋絵画……てか、僕らが普通に考える絵というのは、遠近法で描かれている。
消失点を決めて、そこからパースラインを引いて絵に数学的な奥行きを作ってる。

漫画でもそう。大友克洋先生が緻密な背景を描くために、壁から糸を引っ張って、
正確なパースラインを引いていた、という業界で有名な伝説もある。
(普通そこまでやらない)

絵を勉強する人はパースについての概念を叩き込まれ、頭のなかにそれを構築する。
普段見ている風景でさえ、無意識に消失点を探し、脳内で絵を描いている。

でも、「透視画法」は絵の一つの技法でしかない。
ルネッサンス期に発達したこの技法は、「そうすれば奥行きのある絵が描けるよ」
というだけの話で、実際に人間の見ている風景がすべて遠近法であるわけじゃない。
実際、遠近法だと絵の端のほうがいびつにゆがむ現象は、同業者ならみんな知ってる。

じゃあ、遠近法じゃない見方というのは、どんなふうだっけ?と考え、
「あれ?」
となったのである。僕の目は視界を一度に認識できるほど優秀じゃない。
視点の先の、ほんの一部分を認識しているばかりだ。周囲はぼやけている。
これを移動させれば、そのたび消失点は変化する。
「ああ、ピカソとかブラックのキュービズムって、これなのかな」と、
ちょっとわかったような気になった。ぜんぜん違うかもしれないけど、
なんか自分のものの見方が透視画法の呪縛にがんじがらめにされているという事実は、
ようやくにして「発見」できたのである。

こういうことに十代のうちに気がついていればと思わんでもないけど、
年を取ってからでも気がついたのはラッキー♪と考えてみたい。

仕事をしていて、漫画の描線についても、「ああ」と考えることが多い。
ペン先にインクをつけて下書きにペン入れをする。その出て来るラインについて、
「ああ、この角度でペン入れするからこういうラインになるのか!」
と、先人の漫画家さんたちがやってきたことが突然理解できたりする。
それこそ、赤塚不二夫さんの線が飛び出してきて「これでいいのだ!」となったりする。

こういうことを十代のうちに……(以下略)

自分の絵が上達したとか、先人の域に達したなんて傲慢なことは考えないけど、
単純に「わかった気がする」ってのが楽しかったりする。
極端にデフォルメされた「漫画みたいな絵」であっても、根っこにおびただしい素描や、
三次元を二次元化するための研究の痕跡を感じたりする。

そんで、そういうものの積み重ねが日本のマンガの絵であり、
自分がそれに乗っかって絵を描いてるってのが、ものすごくありがたいことだと
ようやくにして考えるのだな、この「忘恩の徒」は
それこそ、漫画以前の浮世絵とか、鳥獣戯画のあたりまで遡って、
「その線を見つけてくれてありがとうございます」と、
先人の「汗」に頭をさげずにはいられない。

で、この先はどうなっていくのだろうと、漠然と考える。
線は、デジタル時代になって一度白紙に返った部分がある。
アナログの描線にあった味わいがデジタルで消えていくのは仕方がない。
ひょっとしたら線という概念でさえ、十年後には消えてなくなっているのかもしれない。

三次元を二次元に落とし込むという古来から続いた努力も、3D全盛となれば無意味だ。

でも、どれだけ質感を表現できて、VRで現実そっくりの世界を表現出来たとしても、
根本のところ、作者が目の前の現実をどう絵に落とし込んだかという部分、
それをきっちり表現できているなら、漫画の絵はまだまだ亡びないんじゃないかと、
僕は楽天的に考えてみるのだった。

観念的なお話でごめんなさい。

2017年10月 4日 (水)

創作噺モナリザ

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「絵なんか描いて何が楽しいんですかねぇ」
という素朴な感想を、真正面からぶつけてくる人がいる。
漫画の編集者の方にも、そういうことを言外に匂わせる人がいて、
あんた、それで飯を喰ってるんじゃないかと、ちょっとムッとしたりもした。
若いころの話だ。今なら笑って「本当に、不思議ですよねぇ」と流すところ。

実際、何が楽しんだろうと、楽しんでる自分を冷静に分析したりもする。

絵は、実在する人間なり自然の景観なりを二次元に記録するものでしかない。
それも時代を重ねるごとに絵のために絵を描くような自家中毒に陥ったりもするけれど、
そんな自家中毒者であっても、しまいには絵は目の前の現象を二次元に落とし込むという、
根本の原理に帰っていく。

ルネッサンス期がそうだった。型にはまった宗教画の約束から解き放たれて、
現実のありのままの姿に一度立ち返り、どうすればこれを二次元に表現できるか、
その根本のところから絵画を考え直そうとした。

レオナルド・ダ・ヴィンチなんて人も、天才かどうかは僕は知らないけれど、
その根本から絵画をとらえ直そうとした人だと思う。
はっきりと、それは闘争本能むき出しにした挑戦だったと思う。
山があるから、山に登る。宇宙があるからロケットを打ち上げる。
そして、二次元に三次元を表現する可能性があるから、それを極限まで極めようとする。
それに熱中し、寝食すら忘れて打ち込むというのは、見えている人には当然の挑戦なのだ。

まず、デッサンがある。科学的に人体を分析し、それを二次元に描写する。
次に光、そして光が生み出す色彩の世界。
ある意味武骨な科学の目の世界に、フランドルの幻想性が流れ込み、
光の中に浮かび上がる人物絵画の世界が忽然と広がり始める。

ダ・ヴィンチの絵を描く目標はこの時はっきりとビジョンを結ぶ。
人物画を描こう、まるで本当の人間がそこにいるような、究極の絵画を描き上げよう。

そして、研究の末に到達した結論、視線と手の関係、
手を重ね合わせることで人体は調和し、視線に力が込められる。
まるで本当に見つめているような絵が描けるはず。

だから、ジョコンダ氏から肖像画の依頼があったとき、ダ・ヴィンチはそれを実践した。
リザ・デル・ジョコンダ夫人はジョコンダ氏の第3夫人で、最近娘を亡くしたばかり、
当然、喪服を着用している。これはダ・ヴィンチが考える絵にうってつけだった。

黒衣ならば観る者の目は嫌でも重ねられた手に集中することになる。
絵のからくりが自然に完成する。

その肖像画は、微笑をたたえていなくてはならない。陰鬱な絵は面白くない。
だいたい「ジョコンダ」とはラテン語で幸福を意味する言葉なのだ。
彼女の微笑をこの絵の意匠にしてしまえば、それでジョコンダ家の絵だとわかる。
わかる人にはわかる。
つまり、笑顔以外の余計な情報は一切入れる必要がなくなる。

レオナルドはデッサンを始める。その過程で、もう一枚の絵が着想される。
「裸のモナリザ」である。
こちらの絵は女性が正面を向いている絵になる。上半身はヌードになる。
なぜそんな絵を描かねばならなかったのか。
注文主がその絵を希望したのか?
そんなはずはない。ダ・ヴィンチはもう一枚のモナリザを描く必要があったのだ。
それが何かはダ・ヴィンチにしかわからないけれど、それも絵画の可能性の一つだった。
ぶっちゃけ、エロいモナリザがものすごく描きたくなった、それだけのことだ。

レオナルドは二次元に三次元を表現する可能性を追求した。
なら、VRばりに本物のような裸体だって描けるはずだ。
これぞ究極の絵画だと、男性ならば誰もが同意するはず!

で、どうなったか。
四年がかりで挑戦して、結局完成することが出来なかった。
絵は注文主には渡されず、その後も十年以上、ダ・ヴィンチはこの絵を手元に置き続ける。
何か、この絵を完成させるためには何かあと一歩、足りないような気がする。
あと一歩でこの絵は三次元を超えた究極の二次元になりそうなのに、それがわからない。

裸のモナリザの絵の方は放棄される。弟子のサライに素描をくれてやる。
好きにするがいい。はっきり言おう、おっぱいが邪魔である。
おっぱいがあるために、人物の視線はそのボリュームの分だけ弱くなる。
なんだこのおっぱいは!なんでこんなものがついているのだ!
ダ・ヴィンチは自分が同性愛者であることをしみじみと自覚したのだった。

で、そのうちフランスの国王からの招きに応じて、モナリザとともにフランスへ。
その地でダ・ヴィンチは没する。絵はついに完成しなかった。
(モナリザは右手の人差し指とか、あちこちに未完成部分がある)
絵は弟子に遺贈され、それをフランソワ一世が買い上げた。
後年のフランスの至宝は、こんな理由でルーブル美術館に常設展示されることになる。

このへんの事情はダ・ヴィンチが何も書き残さなかったため、詳細は何もわからない。
ただ、画家であるヴァザーリがその絵が「モナリザ」であることと、
フランス王室に渡ったいきさつを「美術家列伝」に書き残している。
「モナリザ」に関する情報の大部分はこの著作から来ている。

ただ、同時代の証言に、これと微妙に食い違うものも残っていたりする。
「レオナルドはジョコンダ夫人の肖像画と、モナリザの二枚を描いている」という
ロマッツォによる証言だ。モナリザは春のような微笑みをたたえているという。

この発言が後世の美術史家を混乱させた。
本当にもう一枚のモナリザが存在するのか?どっちがルーブルのモナリザなんだ?
かくて、美術史家たちは「裸のモナリザ」を探し続けるのであった。

で、このたび、疑惑の一枚、サライが押し付けられた素描をルーブル美術館が鑑定した。
結果、モナリザと同時期に描かれたレオナルドの作品かもしれないと判定された。
手の形なんかは、まんまモナリザだったりする。同時期の絵となれば、
これはもうレオナルドが描いたものに間違いない。
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でも、僕はこれは失敗作じゃないかと思う。あんまりいい絵だとは思えない。
おっぱいの力に負けないために人物を正面から描くことで視線を強めようとして、
結局おっぱいに負けた、という感じがする。

素描はサライによって油彩画となり、「裸のモナリザ」としてエルミタージュにある。
素描の方はイギリスにあって、こちらが今回ルーブルが鑑定をしたものだ。
長年の疑問に、一つの有力な解答が与えられた、という話なのだけど、
僕はもっとエロいモナリザが見たかったので、ちょっと残念だなと、
しみじみ考えるのであった。

おっぱいが邪魔うんぬんの話は僕のでっち上げです。
モナリザの微笑みがジョコンダ家の意匠を意味してるってのは、
ルーブルの学芸員の方の著作にある推論で、これはかなり説得力があると思う。
このことから、ルーブルのモナリザはジョコンダ夫人の肖像で間違いないと、
僕は思うんだな。

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