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2017年10月14日 (土)

浮世絵の終焉

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歌川国芳の有名な浮世絵、「相馬の古内裏」。骸骨のインパクトがすごい。

江戸時代に一大ブームとなった浮世絵は、歌麿、写楽、北斎ときて、
幕末に広重、国芳へとバトンタッチされる。
北斎も大好きだった(と思う)ベルリンのブルー、いわゆるベロ藍は、
広重の「東海道五十三次」「名所江戸百景」なんかでも効果的に使われ、
海外では「ヒロシゲブルー」なんて言われているらしい。
元はヨーロッパからの輸入品だけど、これを用いて画面に広がりを表現したって意味では、
「ヒロシゲブルー」はまんざら間違っていない。

この「空間の広がり」というのは、浮世絵風景画の醍醐味ではないかと思う。
見ているだけで、画面の向こう側に世界の広がりが感じられる。
こういうものを発明したのはいったい誰だろうと思うけれど、
やっぱり、北斎の「富岳三十六景」なのかな。
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北斎は、デッサン力もバケモノめいてすごいけど、構成力もすごい。
「凱風快晴」とか、富士山と空と、下の方に木をちょんちょんと描いて終わりなのに、
なんなんだあの富士の威圧感は!と素直に驚く。
一方で「神奈川沖浪裏」がある。波がドヒャーと襲い掛かってくる。
富士は画面の下の方にちょこんと描かれているだけだが、
巨大な富士があそこにちょこんと鎮座しておられるがために、
波はいよいよ高く、重々しくのしかかってくる。
「化け物」
と目一杯の敬意をこめて呼ばせていただく。

その北斎から遅れること二年くらいで、広重の「東海道五十三次」の刊行が始まる。
北斎が七十を超えた化け物ジジイなのに対して、広重は三十ちょいの若造である。
でもこの人の構成力も凄まじい。画面にものすごい奥行きがある。
そんで、北斎には申し訳ないのだけど、色の使い方と抒情性みたいなもの、
絵の品格の部分では広重の方が圧勝しているのではないかと思う。
北斎は「すげー」と唸らされるけど、広重は「いい絵だな」と浸れるのである。

画面の構成力、奥行きみたいなものを感じさせる能力というのは、求めても得難い。
北斎の画帳なんかを見ると、この人は透視画法についての知識もあったようだけど、
いわゆる一点透視画法、消失点が一つのオーソドックスな遠近法は取り入れていない。
二つあったりする。だから日本橋を描いても両岸の街並みが一点に収束しない。
そんな科学的な屁理屈よりも、自分の目で見たときの印象の方を優先させている。
だから、絵がどんどんダイナミックなことになって、画面の向こうで怪物が高笑いする。
くわばらくわばら。

広重の有名な日本橋の絵だって、消失点を探せばえらいことになる。
一応、透視画法への配慮みたいなものはあるのだけど、基本、見た時の印象が勝ってる。
執拗に繰り返される垂直のライン、物見やぐらや行列の毛槍馬印、橋の欄干、門の板目、
こういった強烈な線の上昇感覚は、厳密な透視画法だと相殺されてしまうものだ。
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透視画法なんてものには頼らず、見たときの印象を咀嚼し、頭の中や画帳の上で再構成し、
絵として完成させる。それで絵に奥行きと抒情性が生まれるというのは、
もうこれは並外れた感性のなせる技だとしか言いようがない。
うらやましい。僕もそんな感性のひとかけらくらいは持って生まれたかった。

でもまあ、そんなに悲観したもんでもないのかもしれない。
北斎が富岳三十六景を描き始めたは七十を超えたあたりからだし、
広重にしても、北斎の前例があったからそれを参考にした部分はあっただろう。
まあ、前例があったからってすぐに吸収してしまえる才能というのも恐ろしいけど。

広重とほぼ同じ時期に活躍していた歌川国芳になると、空間認識はそこまですごくない。
いや、この人も晩年には忠臣蔵のシリーズなんかで透視画法を使っているけど、
教科書どおりの生真面目な遠近法なので、絵というよりは挿絵のような感じがしてしまう。
透視画法の味気なさをものの見事に表現してしまっている。
実際、このシリーズは売れなかったとウイキペディアにも書いてある。

この人はむしろ、画題とか人物の感情表現で突き抜けたものがある。
特に人物の内面表現となれば、これは北斎にも広重にも欠けている才能だ。
ある意味、写楽・歌麿の正当な後継者なんだと思う。
大石内蔵助(大星由良助だけど)の頼れる部長さんみたいな一枚絵とか、
時代を突き抜けて現代的な内蔵助像だと思う。売れなかったけど。
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女を描かせたら歌麿は天下随一だけれど、男を描いて凄みをかんじさせるとなると、
写楽、豊国、国芳あたりがすごいような気がする。
本当のところ、こっちが浮世絵の本流で、北斎、広重が突然変異的化け物なんだよな。

国芳は「武者絵」という武人の絵で一時代を築いた。
時代も幕末になるとそういうヒーローアクションものがもてはやされるようになる。
なのに、国芳というと例の髑髏絵はいいとして、
「向島にスカイツリーを描いた江戸時代の予言者」
みたいな取り上げ方ばかりされてしまうのはいかがなものか。
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で、この国芳さんが明治維新を待たずに亡くなってしまい、いよいよ浮世絵は衰退する。
なんせ時代が江戸から明治なろうというのだから、
文明開化のご時世に「透視画法もろくに習得していない」江戸時代の絵なんて時代遅れだ。
西洋へ輸出する茶碗の包装紙にしてしまえ、みたいになっていく。

でもそんな流れに抵抗する時代錯誤の男というのは必ずいるもので、
国芳の弟子の月岡芳年がその最後の浮世絵師ということになっている。
ずいぶん粋な男前だったと証言が残っている。残っている肖像を見ても、
河鍋暁斎の魁偉な面相に比べればなかなかの好男子だ。

この人は師匠歌川国芳の「武者絵」を継承する浮世絵師だ。
11歳だかで入門して、15歳でデビューしている。
23歳のとき江戸城の無血開城があって、上野の山に彰義隊が立てこもるや、
そこへ出かけて行って血しぶき舞う戦場を実検したらしい。
(ごめん、三十歳だった)
師匠の国芳にはできなかった本物の侍の戦を見るという体験をしているのだ。
「これで本物の武者絵を描くことが出来る」
ってんで、描いた作品が「魁題百撰相」。
侍が血を流して断末魔の目で睨みつける、俗にいう残酷絵というやつである。
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時代が殺伐としてくるとエログロが流行する傾向があるけれど、
当時の人たちには結構ショッキングな絵だったに違いない。
「上野のお山ではみんなこんな風に戦って死んでいったんだな」と、
戦場写真のような需要もあっただろう。芳年さんは浮世絵界の若きエースとなる。

でも、くどいようだけど、浮世絵は時代遅れの過去の遺物になりつつあった。
芳年さんも「このままじゃジリ貧だ」ってんで、いろいろ改革を始める。
まず、西洋画法を取り入れる。透視画法ばんばん、絵は洗練され、エッチング風になる。
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僕は実はこの時期の芳年さんの絵が好きなのだけど、
「これが浮世絵か」
と聞かれると、ちょっと困る。
単純に絵として考えると、デッサン力はすごいし、画面構成も見事、
何より色彩感覚が上品で絵に無類の格調がある。
すごい人なんだってのはもう間違いがない。
でも、これはもう浮世絵ではない別の何かだ。

そんなことは芳年さんにはわかりすぎるほどわかっていた。
だからこういう絵を模索しつつも、同時に江戸情緒丸出しの浮世絵も描きつないでいる。
たぶん、自分を最後に浮世絵は滅びるのだろう、でも、
だからと言って簡単に見捨てられるものか、滅びるなら滅びるで、有終の美を飾ってやる。
華々しく終わらせてやる。

で、この人は華々しく最後の浮世絵師の役割を全うしたのであった。
「月百姿」は北斎の富士に対して、月を主題とした連作なのだけど、
歌麿・写楽ー豊国ー国芳ときた人物の内面を描く流れと、
北斎・広重の画面構成と風景の抒情性がここで一つに合流している。
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江戸から続いた浮世絵版画の彫り師と摺師の技の冴えも、ここで絶頂となる。
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以後、芳年さんはお弟子さんたちに、
「浮世絵以外の技法を勉強して、そちら方面で活路を見出してくれ」
とアドバイスし、実際、お弟子さんたちは新聞の挿絵とか、浮世絵以外の方向に流れる。
厳密に弟子ではないけれど、伊東深水とか、鏑木清方もこの流れになるらしい。

で、本当にどうでもいい話かもしれないけど、
芳年さんが最晩年に浮世絵で描いた連作「風俗参十二相」の「かゆさう」という絵が、
僕はけっこう好きだったりする。蚊帳の中から女の子が身を乗り出してる。
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芸術性の高い西洋風の絵を模索しつつ、しっかり江戸浮世絵を継承し、
最高のおっぱいをも描写するその筆力。右手の指とか、本当はもっとちゃんと描けるのに、
あえて江戸時代の線の色気を優先させる。こういう味は、西洋画法じゃ出せない。

まったく、なんで浮世絵は滅びなきゃならないんだと、芳年さんは大いに不満だったはず。

このおっぱいを描いたのが明治21年で、芳年さんは五十歳。僕とほぼ同年齢。
その四年後の明治25年に芳年さんはお亡くなりになる。若い、若すぎる……
北斎とかこの年齢で死んでたら代表作がほとんど残せなくなってしまう。

こうして浮世絵は芳年さんの死とともに終わったと、そういうことになっている。
でも、浮世絵は終わったけど、その流れはまだ続いている。
現代の漫画とか、間違いなくこの流れにあると僕は考えるんだけど、
どんなもんなんですかねぇ?

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