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2018年7月

2018年7月27日 (金)

台風

今年は西日本の水害被害があったり、猛暑で熱中症被害が拡大したり、
地球規模でいろいろおかしなことになっているけど、今週末には台風も来るそうで、
それも異例なことに太平洋を小笠原の方から縦断し、関東方面に直撃するのだという。
今日から毎年恒例のフジロックフェスティバルが予定されているのだけど、
どうなってしまうのか。
いや、それもあるけど、大きな被害が出なければいいなと心から思う。

僕の父は三十年以上昔に亡くなっているのだけど、
生前に何かの話のついでに、
「お父さんは伊勢湾台風のとき、泳いで逃げたんだ」
と話し出したことがあった。
「名古屋の南は浸水したから、二十代の頃の写真はみんな無くなってしまった」
と。

古い地図を見ていただければ一目瞭然なのだけど、昔は名古屋の南は完全に海だった。
「あゆち潟」という広大な干潟があって、それが愛知の語源になったという話もある。
昭和になって開発されたとはいえ、巨大台風が来ればひとたまりも無かった。
僕が二十歳頃に友達と名古屋の南に野鳥観察に出かけたとき、
南に行くほど地下鉄の音がやかましくなって会話も出来なかったのを覚えている。
大雨が降れば浸水することが確実なので、地下鉄は密閉されてつくられていたのだ。

伊勢湾台風は名古屋の歴史に残るほどの巨大災害を地元にもたらした。
たくさんの家屋が流され、たくさんの方々が亡くなっている。(五千人以上)
父はその災害に遭遇して、身ひとつで逃げ出したというわけだ。

弟と父の話をしていたとき、
「だから名古屋の北の方に住み着いたのかもしれんな」
と冗談で言ってみたら、
「ああそうだわ、絶対それだわ」
と強く同意されてしまった。

今年の水害のニュースで悲惨な西日本の現状をテレビで見ていると、
父が昔語りに話していた伊勢湾台風も、同じように悲惨だったのだろうなと感じた。
子供の頃に想像した、
「台風の中を泳いで逃げる父」
という漫画のようなイメージが、生々しい現実となって迫ってきた。

ちなみに、僕の母は現在、名古屋の南の方に住んでいる。この人は三重県の出身だけど、
災害のあった当時は神戸で実業家の家のお手伝いさんをしていたはずだ。
「ニュートン商会」という会社の社長さん宅で、
「社長さんはリンゴで有名なニュートンさんの子孫なんだ」
と母は固く信じている。いや、アイザック・ニュートンは生涯独身だったはずだけど、
まあ、その親戚筋か何かなんだろうなと思って深くは追及していない。

で、このニュートンさんの日本人の奥様が映画女優のような美人さんで、
優雅に椅子に座るニュートン夫人と、いわゆるメイド姿の母の写真を見たことがあるけど、
なんというか、神は人類を平等にはお作りにならなかったのだなとしみじみ思った。
でも母はこの奥様にとても可愛がられていたそうで、
そのセピア色の写真を指差して、ニコニコと思い出話をするのだった。

同じように写真が残っていれば、父もいろいろ教えてくれたかもしれない。
でも僕が知っている若い頃の父は、戦時中の小学生くらいの坊主頭の父と、
三十前後からのオッサン化していく父ばかりだ。その青春の思い出は、
濁流に流されてこの世界からは消え去ってしまった。

今では名古屋の南側も、昔のような災害に見舞われることはないと思うけど、
母が南に住もうと言ったら、父は反対したかもしれない。
生きていれば八十代半ばくらいになってるんだけど、
若い頃に伊勢湾台風に遭遇した記憶は、たぶんその年齢になっても消えないだろうから。

2018年7月19日 (木)

コンテンツ病

弟子「……またまた御大層なタイトルですね」
師匠「某ネット音楽聴き放題の会員になったんだよ」
弟子「月々の定額料金を払えば好きなだけ音楽が聴けるってやつですか」
師匠「うん、まあ、なんでも聴けるってわけじゃなくて、新譜は聴けないんだけどね」
弟子「意味ねぇ~~」

師匠「僕ぐらいの年齢になると、若い頃耳にした音楽が聴ければ、割と満足なんだよね」
弟子「師匠の若い頃って八十年代ですか」
師匠「いやいや、九十年代だって十分若かったけどね。ミスチル聴いてたし」
弟子「で、どんなの聴いてるんですか」

師匠「TOTO」
弟子「便器のメーカー?」
師匠「違う。そういう名前のバンドがあるの」
弟子「なんでまたそんな名前を……」
師匠「結成当時はまさか日本にそういうメーカーがあるとは思わんかったのよ」
弟子「人気があったんですか?」
師匠「八十年代の音楽の方向を決定したバンドとも言われる」
弟子「ほう」
師匠「アフリカとかロザーナとか、聴けば八十年代の空気が一発でよみがえる」
弟子「でもトートーなんですよね」
師匠「トトだ!オズの魔法使いにそういう名前のキャラクターがいるらしい」
弟子「そこから取ったんだ」
師匠「メンバーは日本にそういう銘の入ったトイレがあると知って、複雑だったらしい」
弟子「ああ、だからあっちではTotoと表記するのが一般的なのか」
師匠「日本だといまだにTOTOなんだけどね。逆にインパクトがあるというか……」
弟子「ウイキペディアのバンド名の考察がえらい長いんだな、これが」

師匠「ボストン」
弟子「あ、カッコいいですねこの曲」
師匠「モア・ザン・ア・フィーリングね。ファーストアルバム一曲目」
弟子「なんか初めて聴くのにどこかで聴いたような感じがします」
師匠「途中のギターリフがニルバーナのスメルライクティーンスピリットと似てるの」
弟子「あ、だからか……ニルバーナの超有名曲をパクったんですね」
師匠「ボストンの方が十年以上先だっての」

弟子「マイケルジャクソンは知ってます」
師匠「亡くなったときに超話題になったからね。知らない方がおかしい」
弟子「スリラーとか」
師匠「高校生だったか、みんなしてビデオクリップのゾンビの真似してた」
弟子「ムーンウオークしたりして」
師匠「出来ねぇよあんなもん。まあ、僕らの世代はみんな一度はチャレンジしてるけど」

弟子「ポリス?」
師匠「これは知ってるでしょ。見つめていたいは今でも超定番曲だし」
弟子「あ、聴いたことがある。これが代表曲なんですが?」
師匠「いや……ドゥードゥードゥーでダーダーダーって曲の方が知名度はあったかな」
弟子「なんじゃそりゃ」
師匠「みんなあの変な呪文みたいな曲を聴いて洋楽に嵌っていった」
弟子「嘘を教えちゃいけない」
師匠「いや、マジでそんなもんよ」

弟子「なんか、師匠の話だと今より洋楽が身近だった感じがしますね」
師匠「ボンジョビの曲を日本語にしてドラマで使ったりとか、けっこう身近だったよね」
弟子「このポリスのスティングって人の恰好とか、少女漫画で出てくるイケメンみたい」
師匠「頭の毛をツンツン立てて、ランニングシャツでギター弾いてる感じな」
弟子「まさに八十年代テイスト」

師匠「リチャードマークス。洋楽版徳永英明みたいな人」
弟子「……有名なんですか」
師匠「このあいだ飛行機で暴れ出した乗客を取り押さえたので話題になってた」
弟子「勇気のある人ですね。日本でも似たようなのあったけど、かなり危険だ」
師匠「あのライト・ヒア・ウエイティング歌ってた人が!ってんで注目されたのだ」
弟子「事件は聞いたような気がしますけど、そのリチャードなんとかって人は知らない」
師匠「うーん、そういうもんかな。今回、真っ先に探したのがこの曲なんだけど」
弟子「好きだったんですか」
師匠「当時MTVでよく流れてたんで頭に焼き付いてるんだ」
弟子「確かに、今聴いてもなんかいい感じの曲ですね」

師匠「同じように焼き付いてるのだと、シンプリー・レッドの曲とか」
弟子「いふゆーどんのーみーばいなう?」
師匠「カバー曲だと思うけど、これも繰り返し流れてた」
弟子「知らないなぁ」
師匠「ユーリズミックス」
弟子「男女二人組ですか。ドリカムみたいなもんですか」
師匠「いや、あっちは元は三人組で……いや、まあ編成は似てなくもないね」
弟子「ゼア・マスビ・アン・エンジェルって曲は聞き覚えがあります」
師匠「それもいいけど、僕はドント・アスクミー・ワイって曲のPVが好きだった」
弟子「なんか拍子木叩いてますね」
師匠「アニーレノックスの顔がアップになると東野英治郎を連想したりした」
弟子「なんでやねん」
師匠「一瞬、水戸黄門そっくりの顔になるんだよね」
弟子「なんでやねん」

師匠「デビーキブソン。天才少女」
弟子「有名なんですか」
師匠「当時、十代の女の子が次々とナンバーワンヒットを連発するんで騒がれてた」
弟子「フーリッシュビートって聞いたことあります、曲名だけですけど」
師匠「日本のアイドル少女っぽいノリはあったね。カイリーミノーグとかさ」
弟子「そこまでかわいくないんじゃ……」
師匠「テレビで日本に来た時の映像を見たけど、かわいいお嬢さんだったよ」
弟子「好きだったんですか、この天才少女」
師匠「割とね。だからプレイボーイ誌にヌードが掲載されたと知ったときは……」
弟子「ショックだった?」
師匠「ネットで画像検索しまくった」
弟子「おいおい」

師匠「ニューキッズオンザブロック」
弟子「かわいい男の子たちを集めて躍らせるって、まんまジャニーズですね」
師匠「中の一人が松田聖子といい仲になって、ようやく日本でも知られるようになった」
弟子「芸能ネタばっかりじゃないですか」
師匠「ミリ・ヴァニリ」
弟子「知らないな。……有名なんですか」
師匠「グラミー賞の最優秀新人賞を受賞してる、二人組のダンスユニット」
弟子「すごいですね」
師匠「その後、口パクで別人が歌ってたことがばれてグラミー賞はく奪」
弟子「おいおい」
師匠「出したCDは即、廃盤扱い」
弟子「ひでぇー」
師匠「まさかこの曲はないよなと思って探してみたけど、当然のごとくなかった」
弟子「そりゃそうだ」
師匠「ウイキペディアでその後の人生を見てたら泣きたくなってきたよ」
弟子「本人たちは自分で歌いたかったけど、レコード会社がそれを許さなかったのか」
師匠「口パクがばれるまでは割とMTVで見てたように思うんだけどね」
弟子「うーん」
師匠「今となってはどんな曲だったかすら思い出せない、幻の曲なんだな」

弟子「で、ミリなんとかは別にして、そういう曲を定額料金で聴きまくてるわけですね」
師匠「学生時代はバイト代は全部本に消えてたから、アルバムで聴けるのはうれしい」
弟子「若い頃の仇を五十でとる、と」
師匠「でも、アラン・パーソンズ・プロジェクトとか、新しい発見もあるんだ」
弟子「ほう」
師匠「当時小学生くらいだから、耳にはしてないんだけど、立派な音楽だよね」
弟子「最新のヒット曲が聴けないのはくやしかないですか」
師匠「僕は最近の曲がオアシスだったりするから、あんまり問題はないかなぁ」
弟子「最近て……あの頃生まれた子らはもう成人式ですぜ」
師匠「もうそんなことになっているのか」
弟子「リアルタイムで世界的ヒット曲を聴けなかったのは、くやしいですけどね」
師匠「オアシス対ブラーの頂上決戦あたりが洋楽の最後の輝きだったのかな」
弟子「見たかったなぁ~」

師匠「選りすぐりのコンテンツが既にあるって、逆に考えれば幸せじゃないか」
弟子「そうかなぁ」
師匠「土台は大きいわけだから、そこからもっと大きいものを創造できるかもしれない」
弟子「師匠は楽天的だな」
師匠「配信はamazonなんだけどね」
弟子「はいはい」

2018年7月15日 (日)

わらしべ長者

床屋に行ったら親父さんが店の横で脚立にまたがって庭木の手入れをしていた。
「あ、どうも」
とキョドると、上から「いらっしゃいませ」と返事が返ってきた。

三連休の初日である。西日本の水害について連日メディアが報道する中、
「ものすごく暑い夏」が日本列島に迫りつつある。
この日もとにかく暑い日なのだった。

暑さのせいか、土曜日なのにお客はいなくて、
こういう場合の通例として、親父さんは実に丁寧に剃刀をいれるわけだ。
マニアなんじゃないかと思う。肌を押し広げて、埋まってる髭まで剃りつくそうとする。
途中でおばあちゃんが来店して、剃刀を当ててもらうつもりだったようだけど、
「まだあと15分くらいかかります」
と親父さんは笑っていた。まだ15分も剃るんかい。

ようやく髪が仕上がって、会計するときにレジ台にドカンと抽選箱が置かれた。
「五枚引いてみてください」とのこと。
「お中元セールのサービスっすか……僕はこの店に来るたび抽選をやってる気がします」
「そうですか。何かいいものが当たりましたか」
「けっこう当ててます」
実際、干物セットとか、お菓子とか、除菌スプレーなんかを当てている。
七百円で一回引けるところを、床屋だとそれなりの値段だから、確率は当然高くなる。
今回もなんか当たるかなと思ったら、全部スカだった。
「ありゃりゃ」
「残念ですね……そうだ、こちらを持って行ってくださいよ」
と、四等の当たり券を二枚引っ張り出してきた。
「前のお客さんが置いていったものです」

なるほど、その場でもらえるならまだしも、交換所まで足を運ばなきゃいけないから、
面倒だと思う人はいるんだろうなと思い、ありがたく頂戴する。

交換所は花屋か文房具屋になってる。このブログでも何度も書いてるけど、
最初のうちは花屋で交換してもらってたけど、この頃は文房具屋に行ってる。
ついでだから画材でも買っていけば面倒がないと思ったのだ。

サインペンとシャープの芯を買い、交換券を差し出す。
「四等ですか、すいません、もうゴミ袋しか残っていません」
ということで、ゴミ袋を二つ頂戴する。
お店のオジサンはものすごく申し訳なさそうだったけど、あって困るものでもないので、
「いえいえ、ものすごく助かります」
とお礼を言って店を後にする。

最近は部屋の不要なものを捨てるのが個人的なブームになっているので、
ゴミ袋の消費が結構早くなってるのだ。
とにかく何でも捨てる。
ビデオテープも燃えるゴミで捨てていいんだとわかってからは、
いらないビデオテープをガンガン捨ててる。
昔、漫画の仕事で資料用としてもらったビデオテープなんかも、
なんとなく残してあったけど、個人的におもろいと思ったもの以外はどんどん捨ててる。

ちなみに、個人的にツボだったのは、某原作者さんが北朝鮮に取材に行って、
あちこち撮影してきたものだ。、日本に戻る前にビデオは当然のように検閲され、
あとで再生してみたらあちこち編集されていたと。
劇場を案内されたときも、昼間だったから公演はなかったはずなのに、
ちゃっかり派手なレビューシーンが挿入されていたりした。
ホテルで素朴な料理を他の観光客と食べているシーンでも、
なぜか突然豪華な料理のシーンに切り替わったりして、不自然この上ない。
これは残しておかなくてはと、妙な使命感を感じてしまった。

ゴミの捨て方にもいろいろルールがある。
スプレー缶なんかも、僕は底に穴を開けてガスを排出してから捨てていたけど、
うちの地域ではこれは実は間違いで、穴を開けずに中身を空にして、
「不燃ごみ」として捨てなくてはいけない。空き缶のような「資源ごみ」とは別なのだ。
たぶんだけど、中途半端に排気するとガスや中身の液体が残って、
引火の可能性がかえって高くなるからだと思う。

タンスやカーペットなどの大きなゴミは、「粗大ごみ」として
区の方に有料で引き取っていただく。先日もネットで予約をしてタンスやらテレビ台やら、
壊れたファクシミリなんかを取りに来ていただいた。

廃棄するときは家の前やマンションの玄関口に出しておけば持って行ってくれるのだけど、
その場合は必ず、料金分の処理券を貼り付けなくてはいけない。
タンスだとだいたい1200円分くらいの券が必要になる。

あれやこれやで、4000円分の処理券が必要なので、コンビニまで買いに行く。
オバチャン……いや、小柄なお姉さまにメモを渡して
必要な券をそろえていただいた。眼鏡の似合う笑顔のお姉さまは、
「コンビニでこれだけの金額の買い物をする人も珍しいわね」
と言いながら、レジ台にドカンと抽選箱を置いた。
セブンイレブン名物の商品引き換えくじである。
……なんか二か月に一回くらいはこのサービスに遭遇しているような気がする。

「五枚引いてね」

とのことだったので、底の方から五枚引っ張り出す。やるからにはガチで当てにいくのだ。
……三枚がアタリで、清涼飲料水3本と交換してもらった。
「良かったわね、きっといいことがあるわよ」
とお姉さまはニコニコしながら商品の入った袋を差し出した。

コンビニで四千円以上の買い物をする人は珍しいだろうし、ジュースを三本当てる人も、、
あんまりいないんじゃないかな。一本はビックサイズだったので、
四百円分くらい得をしたことになる。

髪を切ってゴミ袋を手に入れ、タンスを捨ててジュースを手に入れるという、
わらしべ長者的なお話なのでした。

2018年7月 8日 (日)

サティ

高校時代、僕はバスで1時間かけて通学していた。
名古屋市内の学校なので、距離はたいして離れていなかったのだけど、
途中、幅の狭い橋を二つ越えなければならなかったので、毎度のこと大渋滞に巻き込まれた。
特に市場が混み合う月曜日は要注意で、
短編小説を一本読み終える間、バスがまったく動かなかったこともある。

まあ、乗り物酔いしやすい体質なので、本を読む環境としては良かったのだけど。

そんな理由で、高校時代の僕は割と早起きだった。
家族で一番早く起き出して、食堂の明かりをつけ(実家は大衆食堂だった)
朝刊を読みながらトーストをかじった。
テレビもつけるのだけど、八十年代にはまだ24時間のテレビ放送はなくて、
早朝は試験放送ばかりだった。唯一、中京テレビだけが環境音楽を流していた。

そこで流れているのが毎度同じピアノ曲で、僕はその曲名から演奏者の名前まで、
完全に覚えてしまった。
今になってみると覚えるまでもなく、超定番曲なんだけどね。

エリック・サティのジムノペディ。
演奏はフランスのピアニスト、パスカル・ロジェさんである。

84年に発売されたレコードはけっこう売れたらしい。
瞑想的な起伏のない曲調で、病院の待合室で流すのにうってつけ、
放送開始前の朝のテレビで流すのにだって、ピッタリである。
……おかげでこの曲を聴くと高校時代に中日新聞を読みながら、
トーストをかじってた自分のことを思い出す。

有名な曲だと思うのだけど、タイトルまでは認知されていないのかもしれない。
大学時代に知人とステーキハウスに行ったとき(退院祝いだったかな)、BGMで流れていて、
「あ、この曲なんだろう」
と呟いていたから、
「エリック・サティのジムノペディ第1番、演奏はパスカル・ロジェ」
と条件反射で答えたら、
「なんでそこでスラスラ返せるんだよ!」
と呆れられた。

高校時代に毎朝聴いていたからだけど、なんか「すごい奴」と思われたようなので
そのことは黙っておいた。

ところでこの知人はその後、実際にCDを買って聴いてみたそうで、
「なんかつまらんかった」
と感想を述べた。
「おまえのせいで余計な出費をした」
……知らんがな、そんなもん。

エリック・サティは「家具の音楽」を提唱した人で、
「音楽は壁紙やテーブルのように、さりげなく存在しているのがよい」
と考え、そういう音楽を書いた人である。

BGMはさりげなく室内に流れ、
運悪くその存在に気が付いてしまったとしても、「つまらない」と忘れ去られるのがいい。
コンサートホールで聴く自己主張の激しい音楽とは真逆の、雰囲気だけの曲なのだ。

漫画だって、このごろは重い意味を押し付けない、軽いものが好まれている。
深刻ぶらず、たとえ重たいテーマがあったとしても、表面上は軽く流す。
……何事も重大事件のように大騒ぎしがちな昭和バブル世代にとっては、
なんとも不思議な時代の傾向なんだけど、
それだけ若い人にとっての現実がハードってことなのかもしれない。

ところで僕自身はピアノの曲はそれほど好きではないし、サティのアルバムも、
持ってはいるけどあんまり聴かない。基本的に自己主張の激しい、
うるさい音楽が好きなのだ。

先日、アシスタントさんの家の近所に「男の晩飯!」なる食堂があると聞いて、
わざわざ食べに行った。なんとなく濃いものが食べたくなったのだ。

カロリーの高そうなメニューを一瞥してから「レバニラ丼!」を注文する。
「レバニラ丼一丁!」とやたら濃い顔の外人さんが注文を通す。
なかなかに徹底している。
しばらくして濃い顔の店員さんが料理を持ってきた。
でっかいドンブリに大盛りご飯とレバニラが載っていて、
さらにその上にはレバカツまで飛び出している。まさに男の晩飯!
ドンブリ持ち上げてマンガのようにガツガツとかきこむ。
年齢的に厳しいものがあるけど、ときどきならこういうドカ食いの店も悪くない。
……まあ、「お昼はレディース定食もあります」の貼紙には、経営の厳しさも感じたけど、
店内の脂ぎった感じと言い、なんとも僕好みの漢空間だった。
しかも!その時BGMで流れていたのは、水木一郎の「タオ」(ゲキレンジャーの曲)なのだ!
暑苦しくも超熱血!

……たまにはそういうBGMも悪くないのだな。

YouTubeだとこれ→https://www.youtube.com/watch?v=b5kTyihW-FA

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