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2018年9月16日 (日)

ラーメンの袋

●ラーメンの袋
実は寿がきやのインスタントラーメン及び味噌煮込みうどんを大量にストックしている。
名古屋人としての当然のたしなみ……というのもあるけど、単純に好きなのである。
ラーメンの方は台湾ラーメンでして、食べると辛い。でもおいしい。
野菜を大量に投入してもいいし、ストレートに辛いスープを味わうのもいい。

夏の間ずっと食べ続けていたら、辛さにすっかり耐性がついたようで、
みんなが辛い辛い言いながら食べているお菓子がちっとも辛く感じなかったりもした。

ただ、この袋めんには困ったことが一つあって、
袋の上部についている切込みをひねっても、全然袋が破れないのである。
「何のための切込みだよ!」
と毎度突っ込みを入れていたのだけど、ローカルな名古屋圏限定商品みたいなもんだし、
しゃーないかとも思った。まあ、そんなんだから全国展開できんのじゃ!とも考えたけど。

で、先日も袋が全く破れないので、ハサミを使おうと思ったところで、ふと、
「横に引っ張ったら破れるんじゃね?」
と考えて、引っ張ったら簡単に破れてしまった。
前後にひねるのではなく、左右に開く感じである。

「ひょっとして、ひねって開けていた俺が非常識だったのか?」
とも考えたけど、いや、普通はひねって開けるもんですよね、あれ。
他社のインスタント麺はそれで普通に破れるわけだし。

で、とりあえず言葉だとわかりづらいかと思い、漫画を描いてみた。

Sugakiya2

寿がきやの商品開発者は袋めんを左右に開くタイプの人に違いない。
そして、僕が知らないだけで、世間一般ではそれがスタンダードなのかもしれない。

●志賀直哉
一年位前だったか、志賀直哉の奈良の家がテレビで紹介されていて、
ああ、小説の神様はこんなところで小説を書いていたのかと、興味深く思った。
木造の、昭和初期にしてはモダンな建物だった。
ここでたくさんの子供たちに囲まれ、大家然として小説を執筆していたのだ……

まあ、仕事のほとんどは山奥の温泉宿で書いていたってイメージしかないけど。

十代の頃、この作家の小説を読むと、オチも教訓も何もなくて苦手だなと思っていた。
「小僧の神様」って有名作品にしたって、
「こういうオチにしようかと思ったけど、かわいそうだからやめた」
みたいな終わり方である。なんじゃそりゃと僕は大いに憤慨した。

僕は小説に「物語」を求めていたわけだけど、志賀直哉は「小説」を書いていた。
書くことで生身の人間が行間から垣間見えるような、そういう作品を作っていた。
最近の小説家は架空の物語に「感動」を盛り込もうとするけれど、
それとは正反対の方向でひたすらペンを走らせていた。
最近、この人の作品を読み返していて、やっとそのことに気が付いた。

向いてる向いてないでいえば、明らかに僕には向いていない作家なのだ。

「小僧の神様」も、童話のような物語を書いたのではない。
書き手は小僧さんが小さな奇跡に目を見張る様子を、とても楽しそうに書いている。
そんで、そういう自分を肯定も否定もせず、生のままさらけ出して、
最後の最後に、
「こんなオチを考えたけど、小説家ってのは嫌なことを考えるもんだね」
と豪快に笑い飛ばしているのである。あの終わり方を含めて小説なんだと、
この頃になってようやくわかってきた。
あそこに書かれているのは、小僧ではなく、善意の大人でもなく、
徹頭徹尾お話を作っている作家自身なのだ。

ところで、この作品の冒頭で出てくる「与兵衛寿司」って、
握りずしの創始者の華屋与兵衛のことで、小僧が腹いっぱい食べた寿司屋って、
華屋与兵衛の息子の店だったのかと、どうでもいいことに気が付いてしまった。

本当にどうでもいいことだなぁ。


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