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コラム

2018年10月16日 (火)

アニソン

師匠「年のせいか、ときどき水木一郎と永井一郎の名前がこんがらがる」
弟子「ああ、この間もアニソン界の帝王永井一郎とか言ってましたね」
師匠「波平さんがアニソン歌ってるとか」
弟子「まさにバカモーーン!って感じですね」

師匠「まあ、子供の頃もフランク永井とフランキー堺を間違えたりしたけどね」
弟子「誰です?」
師匠「正統派の歌手とコメディアンにして名優だった人」
弟子「そういう人がいたんですね」
師匠「いやいや、超有名人だし」

弟子「永井一郎と水木一郎はわかります」
師匠「さすがにね。波平さん役で有名だった声優さんとアニソン界の帝王」
弟子「この二人の名前を間違えるのがいかに失礼かってのもわかります」
師匠「うん、ごめんなさい」

弟子「師匠はアニソンがお好きなんですか」
師匠「てか、子供の頃は歌って言えばアニソンか特撮の主題歌だったんだ」
弟子「歌謡曲は?」
師匠「幼稚園くらいだとまだアイドル歌手というのがあんまりいなかったから」
弟子「七十年代初頭ですか」
師匠「天地真理がシンデレラと言われていたのは覚えている」
弟子「ああ、昔太ったおばさんがテレビのバラエティーに出てましたね」
師匠「それは中年になってからだよ。若いころは一応美人だった」
弟子「一応って……」
師匠「バラエティーのインパクトがすごすぎて、最初のイメージが消えちゃった」
弟子「加護ちゃんと辻ちゃんの昔が思い出せないみたいな?」
師匠「そうそう、年食ってあんまり露出しすぎると昔のイメージが全部吹っ飛ぶ」
弟子「まあ、みなさん生きていくのに必死ですから」
師匠「二十歳くらいで引退しとけば伝説になったのに」
弟子「モー娘。系は忘れられると思いますけど……」
師匠「山口百恵とか、原節子とか……いまだに若いころのイメージのままなんだよな」
弟子「師匠、アニソンの話のはずなのに脱線してますよ」

師匠「マジンガーZはたぶん幼稚園くらいの時に見ていたんじゃないかと思う」
弟子「水木一郎の出世作ですね」
師匠「マジンガーーーーゼーーーーーッツ!」
弟子「ゼーーーーーッツ!」
師匠「あれはどうもアドリブだったらしい」
弟子「マジっすか」
師匠「なんか魂がシャウトしちゃったんだろうね」

弟子「主題歌は当然師匠も歌っていらした?」
師匠「歌ってた。あれでマジンガーZの必殺兵器を覚えたんだ」
弟子「ロケットパンチとか」
師匠「昔の主題歌はキャラクター紹介的なのが多かったからね」
弟子「そこでキャラクターを覚えてもらって、本編をより楽しんでいただく」
師匠「そうそう、キャンディキャンディなんか典型的だよね」
弟子「そばかすなんて気にしてな……」
師匠「ピーーーーーー!ジャスラック警報発令!君は著作権を侵害している!」
弟子「え?え?」
師匠「……ギリギリセーフかな。気にしてないと言い換えてるから」
弟子「ああ、あぶなかった」
師匠「コンバトラーVのエンディングすらあやしいからな」
弟子「身長57メート……」
師匠「ピーーーーーーーー!」
弟子「体重550ト……」
師匠「ピーーーーーーーー!」
弟子「いや、それは歌詞と違うから」
師匠「そのうち使える日本語がなくなってしまうんじゃないかと不安でたまらない」

弟子「キャラクター紹介だったアニソンがいつから今のアニソンになったんでしょう」
師匠「ガンダムくらいまではキャラクター紹介だったね。正義の怒りを燃やしてたし」
弟子「七十年代末ごろですね」
師匠「八十年代に入って本編のイメージソングみたいなのが増えたかな」
弟子「音楽業界もアニソンはそこそこ売れるってんで力を入れ始める」
師匠「売れそうな新人アイドルをどんどん投入してきたよね」
弟子「飯島真理とか」
師匠「超時空要塞マクロスだね。でも最初の主題歌は物語の紹介路線だった」
弟子「羽田健太郎作曲ですね。崎陽軒のCMで有名な……」
師匠「超時空シュウマイ・マクロス」
弟子「何言ってるのかなこの人は!」
師匠「僕はあの主題歌は好きだけど、やっぱ番組を視聴者に印象付ける方を優先させた」
弟子「歌詞だけ読んでると物語のあらすじですよね、これ」
師匠「その代わり本編の中で飯島真理ことリン・ミンメイにラブソングを歌わせている」
弟子「そっちの方が今のアニソンぽい感じがする」
師匠「キューンキューン、キューンキューンわた……」
弟子「ピーーーーーーーー!」
師匠「おっとあぶない」

弟子「飯島真理はザ・トップテンにも出てました」
師匠「映画の主題歌が売れたからね。愛・覚えてますか」
弟子「ザ・トップテンに出演ってすごいですね」
師匠「劇場版主題歌ってことなら、ゴダイゴの999とか沢田研二さんがいたけど」
弟子「え、沢田研二さんがアニソン歌ってたんですか?」
師匠「ヤマトの二作目の主題歌だったと思う。ヤマトより愛をこめて」
弟子「ああ」
師匠「してみると、映画の主題歌からアニソンは変わったとも言えるのか」

弟子「師匠にとってアニソンが変わったって実感したのはどのあたりですか」
師匠「みゆき」
弟子「はい?」
師匠「あだち充が当時連載していた漫画をアニメ化したやつ」
弟子「タッチじゃなくて?」
師匠「みゆきの方が先だった」

師匠「漫画版が好きで単行本で読んでたんだ」
弟子「……なんか元祖エロゲみたいなストーリーですね」
師匠「一つ屋根の下で暮らしている妹を異性として好きになってしまう話だから」
弟子「現代からすると使い古されたストーリーですけど、元祖はあだち充でしたか」
師匠「当時は斬新だったと思う」
弟子「血のつながらない妹ですか……よすがる一歩手前ですね」
師匠「はい?」
弟子「実の兄妹でやっちゃう作品のことを某作品のタイトルからそう呼ぶんですよ」
師匠「なんじゃそりゃ」

弟子「で、あだち充のみゆきをアニメ化した」
師匠「失敗作だけどね」
弟子「そうなんですか?」
師匠「あだち充の漫画にある独特の空気感が表現しきれてなかった。個人的には失敗作」
弟子「でもタッチとか、アニメの成功作品がありますよね」
師匠「間に一本、野球物を単発でやってて、そこで空気感のノウハウが作られた」
弟子「そうなんですか?」
師匠「僕はそう思ってる。でもみゆきはそれより前だから古いアニメのノウハウのまま」
弟子「嫌いだったんですか、みゆきのアニメ」
師匠「原作が好きだったからがっかりしたってのが大きいね。これはみゆきじゃないと」

師匠「初回放送の時のことをよく覚えてるけど、主題歌がまず好きになれない」
弟子「ダメですか」
師匠「みゆ・きぃーっ!って歌い方がものすごく神経を逆撫でた」
弟子「何がダメなんでしょう」
師匠「あだち充の作品には青春の悲しさみたいなものが根底にあるんだよ」
弟子「なんじゃそりゃ」
師匠「あるの!」
弟子「はいはい」
師匠「それをただのラブコメみたいにしちゃうのは、違うと思うんだ」
弟子「はあ」
師匠「本編も、画面がゴテゴテして全然あだち充風じゃなかった」
弟子「漫画の方は画面が真っ白ですもんね」
師匠「いやみゆきの頃はそこまで白くないけど、まあ、白いかな」
弟子「アニメでそれをやったらただの手抜きになってしまう」
師匠「タッチのアニメ化までにそこは解決されたんだけどね」
弟子「微妙な色彩感覚で淡い感じが作られてますね」
師匠「青春アニメの淡い色調って、あそこで完成されたような気がする」
弟子「みゆきの頃はそこがまだ試行錯誤の段階で、アニメとしては失敗だったと」
師匠「僕はそう思ってた、エンディングが始まるまでは」

弟子「ほう?」
師匠「エンディングの間、完全に静止してしまった」
弟子「おやおや」
師匠「アルバムをめくる、みたいな絵だったけど、曲がとにかくすごくいい」
弟子「ほう」
師匠「なにこれ、滅茶苦茶いい曲だ!と弟に向かって力説していた」
弟子「そんないい曲だったんですか」
師匠「H2Oの想い出がいっぱい」
弟子「ああ」
師匠「あれで本編の悪い印象が完全に吹き飛んでしまった」

弟子「もう三十年以上昔の話なのに、よく覚えてるもんですね」
師匠「子供の頃に歌った歌は、なかなか忘れないもんなのよ」
弟子「水木一郎と永井一郎を言い間違えるのに?」
師匠「年をとると人名から怪しくなっていくもんなんだよ!それでも歌は忘れない」
弟子「師匠は老人ホームでもアニソンを歌ってそうですよね」
師匠「こないだテレビで老人ホームの話題があってさ」
弟子「はい」
師匠「ディスコミュージックをご老人に聴かせて青春時代に戻っていただくと」
弟子「今のご老人ならそれくらいですかね」
師匠「いや、リアルタイムでディスコミュージックを聴いてるんで、ショックだよ」
弟子「サタデー・ナイト・フィーバー」
師匠「おばあちゃんたちがキャンディ・キャンディを合唱する日は近い」
弟子「それが時代の流れってもんですよね」

2018年10月12日 (金)

歴史物語2


大河ドラマの「西郷どん」を割と楽しみに観てるんだけど、
このたび、視聴率が一桁代のデッドゾーンに突入してしまった。

鈴木亮平さんは西郷隆盛を熱演しているし、悪いドラマではないと思うんだけど、
ほれ、最近は江戸城無血開城のあたりで、あの前後の西郷隆盛って、
どう考えても悪人というか、
「徳川を潰すためならなんだってやったるぞ」モードに入っておりまして、
江戸の町で配下のもんに火つけ盗賊ゆすりにたかりと、滅茶苦茶やらせている。
宮中でも、佐幕派の山内容堂に対し、ヤクザのような脅しをかけてる。
史実としてはそれが正しくて、どう考えてもヤクザなんだけど、
視聴者的には「民衆を愛する西郷さん」が鬼に豹変するのは、
許せなかったのかもしれない。

物語には幾重にもオブラートがかぶせられる。
オブラート……これって今でも通じるのかな。
苦い粉薬を飲むとき、昔は胃の中で溶ける薄い紙に包んで飲んでたんだよね。
飲み込めば大丈夫ってことで。
21世紀の少し前あたりだったか、
「本当は怖いグリム童話」みたいなシリーズがヒットして、
シンデレラは王子と結ばれた後、継母を熱した鉄板の上で踊らせたとか、
姉たちはガラスの靴に足を合わせるために自分のつま先をちょん切ったとか、
「昔話って本当は怖いんですよ」
みたいな暴露物が次々と出版された。
これと同じように、歴史の真実にもオブラートはかぶせられる。
生々しくショッキングな事実は伏せられ、万人受けする物語に改編される。
西郷隆盛は日本の未来のために立ち上がり、悪い幕府を退治したのだ、と、
そこがみんなの期待する物語だったのかもしれない。
決して、目的のためなら罪なき民衆を殺しても構わないと冷酷に徹する男ではない。

実際は仁義を重んずるヤクザと変わらないと思うんだけど、
それは物語としては望まれていないのかもしれない。
いや、いっそ思い切って「ヤクザ西郷隆盛」として任侠ものにした方が、
新しい西郷像として受け入れられた可能性すらある。
「民衆のため」とか言ってた人が豹変するよりは、はるかに実像に近い。

実際、江戸城無血開城のくだりは、任侠映画のノリでやった方が面白い気がする。
あれってヤクザの薩摩組が盃割って本家の徳川組にカチコミするようなものなんだし。
いっそ思い切って、裃付けた侍がヤクザのノリで会話してもいい。
……全員広島弁という謎の空間が出現するけど。

まあ歴史ファンの多い大河ドラマでそれをやるのは無理だとは、わかってるんだけどね。

2018年10月11日 (木)

歴史物語

こういうのは男の本能なのかもしれないけど、
自分のルーツにこだわる時期というのは若いころに必ず一度はある。
いや、若いころだけならいいんだけど、ずっとこだわり続ける人というのはいる。
うちの父も島根の本家に行ったりすると、よくその辺のことを調べたりしていた。
お仏壇の位牌をひっくり返したりなんかしてさ。
中学時代に家族で島根に行った時も、本家の墓所に引っ張っていかれ、
墓石に刻まれた家紋をスケッチさせられたりした。
「何かいわれがあるかもしれない」
とロマンに魅せられた遠い目をしていたのだけど、
自分が独自に調べたところでは、日本中の農家がよく使っている、
実にありきたりのつまらない家紋だった。
でもその数年後に父はなくなっているので、
家紋を調べたことは父の葬儀ではそれなりに役に立った。
葬儀屋に装具の家紋をどうするか聞かれたとき、即答することができたから。

先年親類の結婚式で他家に嫁いでいる従姉の隣に座ったのだけど、
お年寄りの中には紋付袴でご出席された方もいて、久しぶりに家紋と遭遇をした。
「そういえばうちの父があれをスケッチさせたんですよね」
と従姉につぶやいたら、
「あんなもん、くだらないでしょう」
と冷笑的に言われてしまった。

女性にとっては自慢できない家紋はたいして重要ではないのかもしれない。
僕はそれはそれで面白いとは思うんだけど、他家に嫁ぐといろいろ苦労があったのかな、
とはちょっと思った。

某小説家が戦時中に書いた小説に家柄にこだわる男を描いたものがある。
自分のルーツを家系図から何からひっくり返して調べまくり、幻滅したり感激したり、
いろいろ紆余曲折を経て、ついに天皇家に行き当たる……千年以上昔のだけど。
ここまでくると日本人はみんな天皇家の子孫ではないかと気が付き、
最後は喜び勇んで仕事場まで行進するのだけど、
読む人が読めば作家のねらいが血筋や家柄にこだわる人間への批判だとすぐわかる。
僕はこれを読んだとき、
「戦時中になんちゅー恐ろしいものを発表するんだ」
とびっくりしてしまった。
ちなみに、作家さんは表面的な読み方をした軍人さんに「すばらしい」と褒められ、
ちょっと困ってしまったらしい。
同じ軍人さんでも「戦時下にこれを発表した勇気を尊敬します」と、
ちゃんと読み取った方もいらしたのだけど。

自分のルーツですらこの調子だから、これが国家単位になると、
その規模はものすごく大きくなる。
たいていの子供は「この国はどうやって始まったんだろう」と知りたがるものだけど、
それに対する明確な回答はなかなか出てこない。
なにせ昔の話ではあるし、古事記にしても日本書紀にしても、
それをそのまま信じるにしては、いろいろおかしな部分は出てくる。
昔の天皇はずいぶん長生きだったんだな、百歳越えがいっぱいいたんだなと、
単純に信じ込むほど、現代人は素朴ではない。

あるいはそれが輝かしい物語であるほど、
「間違った愛国心を純真な子供に植え付ける可能性がある」
と必死に批判してくる某勢力もある。別にいいじゃん、千年以上信じられてきて、
それで日本は上手くまわってきたんだからと言ってみても、
いや違う、それは正しくない、そんなものがこの国の始まりであっていいわけがないと、
批判されてしまうのだな。

実は国家の始まりの神話はとても重要なもので、
そこで自分の国に誇りを抱けば、その国は強い国にまとまったりもする。
土台がしっかりしていれば丈夫な家が建つという理屈と同じなのだ。
何処の国家でもそこに自国ならではの誇りとこだわりを抱くようになる。
当然、他国がその国の足を引っ張ってやろうと考えれば、
国家結束の要の「神話」を攻撃し始め、何かといちゃもんをつけ始める。
いいじゃんそんなもの、ただの神話じゃんと僕は考えるけど、
攻撃する方からすれば、その神話の神話なるがゆえに、許せなかったりもするようだ。

第二次世界大戦後、たくさんの国家が新たに始まったりもしたのだけど、
どの国でも、始まりの神話をどうするのかというのが、
わりと大問題になっていたりする。
ただのゲリラが作った国家では、そのゲリラ活動が美しい神話に塗り替えられ、
それを批判するものは問答無用で拘束されたりもした。
第三者が見るととてもバカげたことのように思えてならないのだけど、
そこはそれ、神話だから、それを信じることで国家はまとまるのだ。

ただの人殺しが国家的英雄に祭り上げられるのは、とても滑稽なことだけど、
必死に探して見つけ出した神話がただの人殺しだというのは、
いじらしいような気もする。
さすがにその正当性を認めさせようと隣国に押し付けてくるのは、鬱陶しいのだけど。

日本人のお年寄りが明治維新のドラマなんかが大好きなのも、
あれが現代日本の国生み神話だからで、あそこまで英雄が出てきたというのは、
不思議なことだなと思うし、ちょっとだけ誇らしくもある。
国生みの神話は作家によって物語へと昇華されるのだけど、
司馬遼太郎さんなんかは、本人の意思はともかく、その点で国民的作家となった。
「竜馬がゆく」にしても「坂の上の雲」にしても、
歴史的検証をすればおかしなところは出てくるかもしれないけど、
重要なのは「国家の始まりを万人のための物語とする」ってことで、
多少の瑕疵よりは物語としての面白さの方が優先される。
僕はこれは立派な仕事だったと思うけど、
好きか嫌いかで言ったら、ちょっと苦手かなとは思う。
僕は敗者には敗者の言い分があるって考えなので、勝ち組の明治政府にはちょとだけ、
批判的になってしまうのだ。

物語はかくのごとく万人の神話となるもので、
それは完全な架空の物語であっても、やっぱりそうなる。
サザエさんが国民的漫画になったのは、それが「民衆の神話」になりえたからだと、
割と本気で信じている。これはドラゴンボールやワンピースであっても同じだと思う。
人間というのは、集団を一つのものとする神話を必要としているものなのだ。
たぶん。
そんで、そこに科学的考証だとか文献学的な業績を持ち出して、
「そんなもんでたらめじゃん」
と否定してくるのは、割と野暮な人のやり口だなと考えている。
そうでなければ、国家がまとまると困る人たちである。
もちろん正確な事跡を土台にするに越したことはないと思うのだけど、
大切なのは人々がまとまろうとすることであって、
そこに水を差すのは、やっぱり野暮ではないだろうか。
いいじゃん、聖徳太子。いいじゃん、源頼朝の肖像。
歴史的に正確でなくても、そこに興味を抱いて「オモロイ」と思うことで、
この社会は形を保っているのである。

逆に、そういう神話がまったく創造されなくなったとき、
国家は解体していくんだろうなと僕は漠然と考えていたりする。


2018年10月 7日 (日)

イタズラ者の勝利

病院で先生がモニター上の数字を指でつついている。
「タバコですねぇ」
「タバコですか」
「他の原因は……ああ前に検査に回してその可能性は否定されたんだった」
「はあ」
「やっぱりタバコですねぇ」
「タバコですか」
先生としてはこちらの口から「タバコやめます」の言質を引き出したいのだけど、
それがどうも見え透いているために、こちらも素直にやめますとはいえない。
だいたい、その手の腹芸は仕事でさんざん見せつけられているので、
ちょっとうんざりもしている。この場合「はい、そうします」とはなかなか言えない。
でも自分の健康の話ではあるので、前向きに善処はしよう。

次の検査は先生が学会にお出でになるとかで繰り延べになった。
学会……なんかカッコいいなそれ。

イギリスの覆面アーティスト「バンクシー」がすごいことをやらかした。
サザビーズに出品された自分の作品にからくりをして、
一億五千万円で落札された直後に、切断したのだ。
ご本人が声明をネット上にあげて、「これが芸術だ」と胸を張ったのだけど、
オークション関係者によると、その切断された絵にはもっと値段がつくかもしれない、
とのこと。

面白いのでいろいろ調べてみたけど、ブラーのシンクタンクのジャケットを描いた人だ。
あの絵は……なんか辛気臭い感じがしてあんまり好きじゃない。
絵そのものより、絵を使ったイタズラ行為で有名な人らしい。
メトロポリタン美術館に勝手に自分の作品を置いてみたりとか。
しかも、それを返還後によそに展示して「メトロポリタン美術館所蔵」と言ってみたり。
そんで美術館でも本当に所蔵してしまったりとか。
世の中を茶化してうそぶいてる感じがして、そこはものすごく好感が持てるけど、
世の中はそれを面白がって「バンクシーのイタズラ」を作品としてみなしているので、
むしろ「ありがたや、ありがたや」と拝まれてる感じがする。
そうなると、イタズラはもうイタズラじゃなくなって、ただの創作行為になる。
今回のサザビーズの件にしても、一億五千万で買い上げた人はショックだっただろうけど、
それでかえって値段が上がるというのだから、まんざらでもないはずだ。

どうにも落としどころが難しい話だ。資本主義を茶化しているのに、資本主義になってる。
それが資本主義の側の「無力化」なのかもしれないけど、
「すべて計算通り!」と言われれば、バンクシーの方が一枚上手のような気もする。
僕にはよくわからないや。

世の中を茶化すというのは漫画家の本業のような気もするし、
茶化したいものはこの世にごまんとあるのだけど、
僕が最初についた編集者様はこれを片っ端から否定したのだった。
敵を作ることを極端に怖がる人だったのだ。
でもそのおかげで、周囲の優秀な編集者が次々と左遷していく中、
ちゃっかり定年まで全うしそうになってる。

……と書いて、そういえばあの人も左遷組だったなと思い出した。
何か、上司に楯突いたと自虐的に話をしていた。
生涯にただ一度、らしくないことをやらかして、ちょっとだけ割を食った。
でも僕はその担当様は「貧乏くじを引いた」という一点で、
「やるじゃん」と好ましく考えてしまう。

人生に一度くらい、一か八かの反逆の機会があって、
それに敗れ去って敗退した人間のことを、なんでこうも好ましく思ってしまうのか。
たぶん、成功者は晩節を汚してみっともないことが多いけど、
敗退者は、落ちぶれて酒浸りになってしょんべんもらしまくっても、絵になるからだ。
本能寺で織田信長が燃え尽きたのは、本人のためには実に美しい最期だったなぁと思う。
秀吉も家康も、あれほど見事な最期は迎えられなかった。
世の中を茶化すよりも世の中をうまく渡りきることを優先させたからだ。
どこか狡猾で卑怯な印象がどうしても残ってしまう。

ただ、そういう僕のような身勝手な人間の論評を無視すれば、
世事に長け無難に生涯を渡りきることは何よりも優先されるべき才能で、
僕なんか、自分がそれに恵まれていないから以上のような論評になるのかもしれない。
恵まれないどころか、自分でそれを破壊して喜んでいる部分もある。

などと、煙管で煙草をふかしながら、しみじみ反省するのだった。

2018年10月 2日 (火)

十月

今日もあったかい一日だった。
数日前台風が日本列島を縦断して、この二日ばかりは台風一過の良いお天気である。
散歩をしていても、みんな夏の服装に舞い戻っている。
それでも空は秋めいているし、コンビニのポップも秋一色だ。
ついでに煙草の値段まで微妙に変化している。

自分は煙管を吹かす人なので、駅前の煙草屋で刻みを買っているのだけど、
いつもは五百円だったものが、五百六十円に値上がりしていた。
眼鏡を持ち上げて確認しているお婆ちゃんに、
「こっちもやっぱり値上がりするんですね」
と言ったら、笑いながらお菓子を一個おまけしてくれた。

ちっちゃなお菓子だったので歩きながら口に放り込んだ。
それにしてもいい天気だ。文房具屋にも寄っていかなきゃ。

文房具屋の前にはベンチがあって、ピグマを買ってから休んでいこうと思ったら、
若者が先に占領していた。アポロキャップの学生さん。疲れた顔でうなだれてる。
まあ、あれだ。頑張れ。

音大のある街なので歩いてる娘さんたちがやたらと育ちのよさそうなお嬢さんばかりで、
じゃあそういう娘さんのために街が洗練されているのかというと、
そんなことはまったくなくて、年々爺むさく僕好みの街に変貌している。
だいたい、お嬢様は松屋や吉野家で食事をしない。
ああそうだ、そういえばこの街の松屋は記念すべき一号店だったりする。
いっとき良く利用していたので、このことを知ってひどくびっくりした。
だって、松屋にしてはえらく狭くて、ちょっとせせこましい感じのする店だったから。
一号店というからには、何かメモリアルな記念品とか、目につく特徴があればいいのに、
そういうものは全くないのだな、この店は。
バイトからしてそこが記念すべき一号店だと認識しているのかどうか。

そういえば鉄道関係のYさんはこの街で青春時代を過ごしたと言っていたっけ。
僕も二十年前のこの街の様子は覚えているけど、あの頃はまだ学生街という感じで、
飲み屋に学生がたむろして、土曜の朝にはそこら中に粗相の痕跡が落ちていた。
雨の中を素っ裸の男子学生の集団が走り抜けていって、唖然としたのもそのころだ。

あの連中ももう四十手前くらいにはなっているわけで、そう考えると、
今の若者は、もう別の生命体と言っていいくらい、別の生き物なのだ。
若者がお金をあまり使わないでみんなスマホの方に回してしまうので、
街の発展はお金を持ってる老人基準にならざるを得ない。
その老人にしても、ぜいたくをする元気はないから、
格安スーパーや総菜の店ばかりがどんどん増えていく。
薬局も増える。歯医者も増える。
なんか駅前で「歯」と染め抜いた上着を着たお姉ちゃんがチラシを配ってたな。
僕にもチラシを渡そうとしたけど、この街の人間じゃないので遠慮した。

「歯」って文字を背負った女の子というのは、なんかシュールな感じがする。

某「究極超人あ~る」の作者の方が漫画のアイデアを思い付いたのがこの街の喫茶店で、
その時のエピソードが新聞の夕刊紙面に載っていたけど、あれは切り抜くの忘れていた。
駅前の喫茶店というと何処のことだろうとときどき考えるけど、
四十年近い時間が流れれば喫茶店にも栄枯盛衰があるわけで、
もう残ってないのかもしれない。だいたい東京は名古屋に比べて喫茶店が異常に少ない。
ただでさえ少ないものがどんどん減っていって、今では数件しか残っていない。
それもだいたい、近所の方の集会所と化している。
一度そのうちの一つに入ってみて、ミックスサンドを頼んで小説を読んでいたら、
店内にかかるBGMが「Mogwai」だった。
スコットランドのバンドで、インストメイン。
静かに始まった曲がやがてギターの大爆音になる。
ファーストアルバムのジャケットが「富士銀行」前の風景をネガポジ反転したもので、
僕の持ってる日本版のものは当然のごとく、富士銀行の文字が消されている。

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あちらの人にしてみれば、その文字が面白いからジャケットにしたんだと思うんだけど、
日本人が見れば、なんだこれは、富士銀行の銀行ソングか、となるわけで、
まあ当然といえば当然の話である。これは輸入盤で買っとけばよかった。
ラストの「Mogwai Fear Satan」という曲が大好き。

せっかく喫茶店に来てるのに、これじゃあ仕事場と変わらんなと思ったわけだ。
あと、途中で大爆音になるのであまり喫茶店向きじゃない。
でも漫画のアイデアを考えた店だとなれば、それっぽいような気もする。
どうでもいいけど、この先生の仕事場が昔あった場所のすぐ前がコンビニで、
うちのアシさんが大昔ここでバイトをしていた。
あ、ゆうき先生だ、と思いながらレジを打っていたそうです。

その仕事場の下にあったディスカウントショップも廃業して、今は何かの工事中だ。
その先に中華料理の大きな店があったけど、その広大な土地は老人ホームとなった。
街は着実に爺むさくなりつつある。

爺むさいといえば、僕は煙管をふかす人なのだけど、
この煙管の持ち方についても色々こだわりがあるらしい。
以前、いつも買ってる「宝船」がなくて、「黒船」を買ったのだけど、
そこに煙管の持ち方のイラストがあった。で、撮影してみた。

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煙管は本体が木製で両端が金属だ。火口の方に葉っぱを入れて燃やすから、
当然先端は熱くなる。僕も仕事で首が凝り始めると、
「千年灸~」
と言いながら熱くなった先端を首筋に押し当てることがある。
もちろん、少し冷ましてからの話で、煙草に火がついてる状態だと結構熱い。
というか、火傷するレベルで熱い。
今農民の持ち方でふかしてみたけど、熱すぎてすぐにやめた。
昔の農民の方は丈夫な指先をしていたんだなとあえてすっとぼけてみる。

僕は町人の持ち方かなと思っていたけど、それは右手の話で、
普段左手で持つときは、自然と武士の持ち方になる。というかそれしかできない。
町人は筆を使うからあの持ち方になって、武士は刀の要領でそうなるのかしらん。
確かに、有名な平賀源内の絵は、その持ち方になってる。
あの人は有名な作家でもあって筆は四六時中握っていただろうに。

博打うちの持ち方は煙管が異様に重く感じる。重いものを指先で扱う、
という意味かもしれない。指先の訓練にもなる気がするし。
と、月並みな感想を述べてみる。
この四種類の持ち方を自分でイラストにするつもりだったけど、
今日煙草屋に行くまですっかり忘れていた。気に入った方は題材としてどうぞ。
僕もそのうちやるかもしれんけど。

2018年9月22日 (土)

ごっちゃ煮カオス的日常

 1

絵とかの話。

なんだかんだで五十年近く絵を描き続けている。
絵を描き始めたきっかけなんて、たいていの場合はよくわからないものだけど、
僕の場合ははっきりわかっている。
わかっていて、ああなるほど、だからそういう傾向なのかとも考える。

僕には二十歳ほど年齢の離れた従兄のお兄ちゃんがいるのだけど、
僕が絵を描き始めたのは、間違いなくこの方の影響である。

このお兄ちゃんは島根の出身で、とある電機メーカーに勤めていた。
食品関係の業務用冷蔵庫を作る最大手の会社で、
ベトナムまで漫画の取材で行ったとき、
大使公邸の調理場の冷蔵庫なんかもこの会社のものだったので、
「不思議な因縁だな」
と思いながら、漫画の中にせっせと描き込んだりしている。
ペンギンのマークの会社なので、知ってる人は「へえ」と思うんじゃないかなぁ。

この会社が業務用冷蔵庫を作り始めるきっかけは、このお兄ちゃんだったりする。
昭和四十年代、僕の父は名古屋の某製氷会社に勤めていたことがあって、
当時メーカーの名古屋支社に勤務していたお兄ちゃんは、
「業務用の氷ってどうやって作るんだろう」
と興味を持って、わざわざ見学に出向いたらしい。
父も本家の甥っ子の頼みだから、喜んで案内したことだろう。
まさかそれがそのまま甥っ子の会社の主力商品になろうとは、
考えもしなかっただろうけど。

このお兄ちゃんはときどきバイクに乗って父の家まで遊びにきていた。
川原通のアパートの前で、浴衣姿の自分が、お兄ちゃんに抱きかかえられてる写真がある。
たぶん二歳くらい。
さすがに物心も何もありゃしないので、まったく記憶に残っていない。
ただ、このお兄ちゃんは毎度遊びにやってきて、バイクや車の絵を描いてくれたそうな。
仕事柄、設計図や図案を描くのが得意だったし、機械マニアで乗り物が大好き。
子供相手に絵を描くとなれば、嬉々として趣味全開の絵を披露したことだろう。

だからなのか、僕が幼稚園くらいまで描いていたのは、なぜか車の絵ばかりだった。

 2

人間をまともに描き始めたのは高校生くらいになってからである。
それまではロボットとか、機械っぽいものが多かった。
このへん、露骨に従兄の影響なのだと思う。
絵といえば、メカなのだ。

ビバ・ロータリーエンジン!(従兄の愛車はマツダのコスモだった)

基本的にメカニックな発想で絵を描いているので、
頭の中で人体を動かそうとすれば、すべてがすべて「ミクロマン」になった。

ミクロマン……今の子は知らないだろうけど、昔はそういうオモチャがあったのだ。
小さな巨人♪小さな巨人♪いくぞー!ミ・ク・〇・マ~ン!!!
男の子が遊ぶリカちゃん人形みたいなもので、手のひらサイズなのに手足の関節が動いた。
洋もののバービーちゃんが日本でリカちゃん人形になったように、
GIジョーの日本版がミクロマンだった。
設定の上ではサイボーグ化された宇宙人で、資源を有効活用するために小型化されている。
宇宙船の中で「そうだ、小型化すればいいんだ!」と考えついて、
小型化した宇宙人たちが船内を地球のように改造していく様子は、
子供心にも魂の震えるような感動を覚えた。(漫画版を愛読していた)
まあ、実際はおもちゃ会社が子供の手軽な玩具にするために仕掛けた戦略なんだけどね。

このへんのオモチャの歴史というのは、踏み込んでみるとちょっと面白いかもしれない。
まずアメリカ発のGIジョーがあった。
女の子が着せ替え人形に嵌るなら、男の子にもそういうものがあってもいいってんで、
だったら海兵隊やら陸軍の軍服を着せられる人形を作ろうと考えた、
で、ライフルやら手りゅう弾を使うのだから、手足の関節を可動式にして、
いろんなポーズを取らせようと考えた。で、そういうオモチャを大量生産してしまうのが、
当時のアメリカの恐ろしさなのだな。

このオモチャは当然日本にも入ってきたのだけど、どうだろう、ヒットしたのかな。
なんせ戦後に軍隊が解体されて平和主義のぬるま湯にどっぷりつかっていたから、
「軍人人形」
という発想がそもそも子供たちに受けなかったように思う。
大日本帝国が存続していたら、いろんな軍人さんの人形が作られたんだろうけど……

でも全身の関節が稼働する人形というのは、ものすごく魅力的だった。
このアイデアは使いようによっては子供たちに受けるに違いない、
そこで日本人が考えたのが、いかにも日本人なのだけど、
「サイボーグジョー」というクリスタルボーイ(コブラ)みたいな透明人形だった。
なんと、透明なボディで中のメカニックな機構がすべて丸見えなのだ!
この人形は僕も持ってたなぁ。
関節が取り外し可能なのが仇になって、おもちゃ箱の中でバラバラ死体になってたけど。

当時デパートのおもちゃ売り場に行くと、サイボーグジョーに着せられる服が売ってた。
まあ、人形用の着ぐるみなのだけど、仮面ライダーやらキカイダーやら、
なるほどと思わせるものもあったけど、ウルトラマンとかゴジラとか、
「それはサイボーグと違う!」
みたいなものも多々あった。(メカゴジラは最初ゴジラの着ぐるみを着て登場したな、そういえば)
ファイアーマンもあったな。なんとなく覚えてる。

本体が売れれば別売りのアクタースーツも売れるわけで、
これはあれだ、プリンターが売れればインクカートリッジが売れるみたいなもので、
おもちゃ会社としてはものすごくおいしい商売に思えたんだろうな。
でもまあ、サイボーグジョーは一時のあだ花としてはかなく消えていったのであった。

そういえばうちの近所に日泰寺ってお寺があって、
毎月21日の弘法さんにはいろんな屋台が出てたけど、
そこでパチモンのサイボーグジョーが売ってて、それを買った記憶がある。
透明なボディの下のメカニックな機構が金色のおがくずみたいなのだった。
なんであんなもん買っちゃったのかな、僕は。

サイボーグジョーのアイデアは「もっと安い商品にしなくちゃ売れない」
という判断に落ち着いたのだと思う。そこでコストダウンのため、小型化された、
それが上記の「ミクロマン」になったんじゃないかなぁ。これは大ヒットした。
ミクロマンを乗せられる巨大ロボとか、関連商品も多数存在した。
「アクロイヤー」なんて悪者の商品まで存在したしね。

僕らの世代にとって関節が動く人形といえば「ミクロマン」だった。
レオナルド・ダ・ビンチは人体解剖の知識で人体を想像しただろうけど、
少なくとも僕は、ミクロマンでしか人体の動きを思い浮かべることができない。
人体解剖なんてやったことがないもの。
でも、幸か不幸かで言ったら、ミクロマンのおかげで頭の中の人体図を動かせるわけで、
それはそれで、ものすごく役に立ってるわけなんだよな。

今でも美少女フィギュアなんかがポピュラーになってるけど、
二次元を強引に三次元に落とし込むという、造形師さんたちの悪戦苦闘が、
逆に絵師さんや漫画家、アニメのクリエイターさんたちに影響を与えて、
「手足のラインはこうすればカッコいいのか!」
みたいな「ひらめき」につながっているように思える。

綺麗なライン、カッコいいポーズ、そういうのって宇宙の法則にのっとったもので、
つきつめれば三次元の人間や動物、植物の形態の中に普遍的に存在しているものだから。
いくら二次元の絵を描きなぐっても、刺激的なラインは見つからない。

 3

この齢になって、いよいよはっきり確信しているのだけど、
絵でもなんでも大切なのは頭の中でイメージする能力だと思う。
ちょっと話が脱線するけど(いや、基本的に脱線してばっかりなんだけど)
僕が最近になって志賀直哉を読み返していたのは、
この方が頭の中で具体的な情景をイメージし、それを言葉にする能力を持っていたからで、
その能力は芥川龍之介をして「なんであんな文章が書けるんだ?」と絶望せしめ、
それに答えた夏目漱石に「文章を書こうなんて思ってないからだ。俺にもあれは書けん」
と言わしめた程のものである。

例えば駅のホーム越しに会話している二人の人間がいて、その会話が通常文だと、
志賀直哉には耐えられなかった。
「どう考えても大声で会話しなきゃ通じないのに、なんで小声の会話なんだ!」
となる。頭の中に具体的な情景を再現して、その中で喋らせないと気が済まないのだ。

だから、雪の日を書いた短編なんかだと、志賀直哉の文章は本当に寒そうなのである。
雪の日の寒空の下に意識が飛んで行って、そこから文章が流れ出してる。
それを読む読者にはそういう空気は必ず伝わる。
芥川にしても夏目漱石にしても、お話を頭の中でこしらえてそれを文章にする人だから、
言葉の背後に明確なイメージが存在する詩文のような文章はなかなか書けないし、
書けない方が作品には有効なんだろうなと思う。
いちいちイメージに引きずられていたら、論理的な文章は組み立てられない。

まあ、論理も明確な一つのイメージではあるのだけど。

話を絵に戻す。
ここ最近は実録ものみたいな漫画を描いているので、
人物を描くにしてもいちいちご本人の写真を見ながら書いていたりする。
僕個人としては「漫画なんて記号だから面白い絵の方がいいだろう」と考えてるけど、
社長が(笑)
まあ、リアル路線を選択せざるを得ない状況なのである。

こうなって初めて自分の絵をしみじみ考察することになったのだけど、
基本の顔は自分の顔なのだってのは、嫌って程実感している。
取り立てて面白い顔でもないのだけど、それほど変な顔でもないので、
割と普通に、善男善女の絵は描けてしまう。
目鼻の位置や口の表情なんかは自分のがそのまま反映されているし、
むしろそれ以外の表情を出そうとすると、手間暇がいろいろかかったりもする。

今描いている天香膳一さんにしても、僕の顔とはずいぶん違っている。
骨格レベルで全然別物である。
これをうっかり手癖で描こうものなら、ご本人とは全く別物の、僕みたいな顔になる。
だからいちいち写真を確認しながら絵を描いているわけだけど、
その過程がちょっと面白いなとこの頃は考えているのだ。

最初のうちは自分の顔を天香さんの顔の部品の配置に変更する感じだった。
両目の位置を離し気味にし(当社比)顎を引いて前歯を少し前面に押し出す(当社比)
で、その出した分だけ頭の後頭部の位置を詰め気味にする(当社比)
するとまあ、天香さんぽい顔にはなる。
この段階では僕の頭の中に天香さんの顔のイメージはなかった。
「どんな顔だったかな」
と思い出そうとしても、なぜか中学時代の加藤君の顔が出てきてしまったりした。

そのうち、イメージがどんどん固まってくると、キャラクターとして頭に描いて、
それを動かせるようになってきた。
ああ、頭の中にイメージを作り上げるってのが、絵を描く上での肝なのだなと、
なんとなく実感するようになってきた。

こうなってくると他にもいろいろ応用してみたくなるのが僕の性分で、
志賀直哉の文章を読み返すようになったのも、その流れだったりする。
文章でも頭の中に明確なイメージがあって、それに語らせるのが本当なんだろうなと、
ちょっと思ったのだ。

ちょっとエキセントリックな話になるけど、
降霊術のような感じで文章を書く人もいる。例えば太宰治。
「女子高生になぁれ!」と唱えれば女子高生が語り始め、
「裏切り者のユダになぁれ!」と唱えれば、ユダがイエスについて語り始める。
太宰治の中には女子高生の太宰がいて、裏切り者のユダの太宰がいた。
それは長年かかって蓄積されたイメージであって、それがふとした拍子に、
文章を通じて語り始める感じなのだ。
ユダの時はべろべろに酔っぱらって編集者に口述筆記させたそうだけど。

そういうことって本当に可能なのかなと思って、若いころに自分でもやってみたんだけど、
なかなかうまくはいかない。
コツとしては、完全に無我の境地になることのようで、
ノートの上の文字をできるだけ見ないように、頭の中で文章を読み返さないように、
薄目になって、ただ頭の中に聞こえてきた声を書き綴る感じではないかと思う。
そうすればあなたの中に眠っている女子高生が、思いもかけないおしゃべりを始める
……かもしれない。

結局、絵や文章で表現できるのは自分の中に蓄積されたイメージの総量で、
それをアウトプットするのが、デッサン力や文章力なのだと思う。
後者は重要度では前者ほどではないかもしれないけど、
イメージする力は、たぶん絶対に必要。
時にそれだけで技術的な課題を乗り越えてしまうこともある。
かわいい女の子を描きたいという一念だけで、デッサン無視の美女を描き上げる人を、
僕は何人も見てきた。
逆にいくらデッサン力があっても、イメージの女の子が希薄だと、
ただの木偶の坊に成り下がったりもする。
アニメ監督の宮崎駿が「この頃の若いものはアニメ絵ばっかり描きやがる」と怒ったのは、
アニメ絵には記号化された情緒なり色気しか感じられないからだ。

そこで月並みな結論だけど、クリエイターはイメージを豊かにするために、
旅をしろ、もっと人と付き合え、みたいな話がでてくるわけだけど、
そこまでアクティブでなくても、今目の前にある風景をじっくり見るだけでも、
イメージは割とふくらんでくるんじゃないかなぁ。

すんません、最近考えていることをまとめて書き出したらごっちゃ煮の文章になりました。
こういう文章って一度どこかに放り投げてしまって、
時間をおいてからもう一度書き直すと、割とまともな文章になるはずなんだけど、
ほれ、名古屋人だから。ごっちゃ煮のカオス状態が好きだったりするから。
これはこれでわけが分からないなりに自分には面白かったりもするのだな。


2018年9月16日 (日)

ラーメンの袋

●ラーメンの袋
実は寿がきやのインスタントラーメン及び味噌煮込みうどんを大量にストックしている。
名古屋人としての当然のたしなみ……というのもあるけど、単純に好きなのである。
ラーメンの方は台湾ラーメンでして、食べると辛い。でもおいしい。
野菜を大量に投入してもいいし、ストレートに辛いスープを味わうのもいい。

夏の間ずっと食べ続けていたら、辛さにすっかり耐性がついたようで、
みんなが辛い辛い言いながら食べているお菓子がちっとも辛く感じなかったりもした。

ただ、この袋めんには困ったことが一つあって、
袋の上部についている切込みをひねっても、全然袋が破れないのである。
「何のための切込みだよ!」
と毎度突っ込みを入れていたのだけど、ローカルな名古屋圏限定商品みたいなもんだし、
しゃーないかとも思った。まあ、そんなんだから全国展開できんのじゃ!とも考えたけど。

で、先日も袋が全く破れないので、ハサミを使おうと思ったところで、ふと、
「横に引っ張ったら破れるんじゃね?」
と考えて、引っ張ったら簡単に破れてしまった。
前後にひねるのではなく、左右に開く感じである。

「ひょっとして、ひねって開けていた俺が非常識だったのか?」
とも考えたけど、いや、普通はひねって開けるもんですよね、あれ。
他社のインスタント麺はそれで普通に破れるわけだし。

で、とりあえず言葉だとわかりづらいかと思い、漫画を描いてみた。

Sugakiya2

寿がきやの商品開発者は袋めんを左右に開くタイプの人に違いない。
そして、僕が知らないだけで、世間一般ではそれがスタンダードなのかもしれない。

●志賀直哉
一年位前だったか、志賀直哉の奈良の家がテレビで紹介されていて、
ああ、小説の神様はこんなところで小説を書いていたのかと、興味深く思った。
木造の、昭和初期にしてはモダンな建物だった。
ここでたくさんの子供たちに囲まれ、大家然として小説を執筆していたのだ……

まあ、仕事のほとんどは山奥の温泉宿で書いていたってイメージしかないけど。

十代の頃、この作家の小説を読むと、オチも教訓も何もなくて苦手だなと思っていた。
「小僧の神様」って有名作品にしたって、
「こういうオチにしようかと思ったけど、かわいそうだからやめた」
みたいな終わり方である。なんじゃそりゃと僕は大いに憤慨した。

僕は小説に「物語」を求めていたわけだけど、志賀直哉は「小説」を書いていた。
書くことで生身の人間が行間から垣間見えるような、そういう作品を作っていた。
最近の小説家は架空の物語に「感動」を盛り込もうとするけれど、
それとは正反対の方向でひたすらペンを走らせていた。
最近、この人の作品を読み返していて、やっとそのことに気が付いた。

向いてる向いてないでいえば、明らかに僕には向いていない作家なのだ。

「小僧の神様」も、童話のような物語を書いたのではない。
書き手は小僧さんが小さな奇跡に目を見張る様子を、とても楽しそうに書いている。
そんで、そういう自分を肯定も否定もせず、生のままさらけ出して、
最後の最後に、
「こんなオチを考えたけど、小説家ってのは嫌なことを考えるもんだね」
と豪快に笑い飛ばしているのである。あの終わり方を含めて小説なんだと、
この頃になってようやくわかってきた。
あそこに書かれているのは、小僧ではなく、善意の大人でもなく、
徹頭徹尾お話を作っている作家自身なのだ。

ところで、この作品の冒頭で出てくる「与兵衛寿司」って、
握りずしの創始者の華屋与兵衛のことで、小僧が腹いっぱい食べた寿司屋って、
華屋与兵衛の息子の店だったのかと、どうでもいいことに気が付いてしまった。

本当にどうでもいいことだなぁ。


2018年9月 6日 (木)

九月


北海道がえらいことになってるので、
朝からずっとテレビをつけっぱなしにしている。
五時ごろからずっと見てるんだけど、
一部地域の災害、どころではなく、
北海道全域にわたって鉄道などの交通がストップ。
三百万戸近い大停電発生で信号もストップ。
北海道が完全停止状態に陥っている。
ネットでは「冷蔵庫の中がヤバイ」「開けなければ一日半大丈夫」と話題になってる。
いや、開けなくちゃ中のもの取り出せないじゃん。

阪神大震災の時も早朝で、朝からずっと報道を追いかけてたけど、
あの時に比べて情報の収集は格段に速いし、
菅官房長官も七時前くらいには会見で原発は大丈夫発言をしていた。

本当に、今年は大きな災害が発生するなぁ。

2018年8月26日 (日)

使わないもの

買ったのはいいけど、使わないものってのは結構ある。

●水道水の水流だけでお米が研げるプラスチックの容器。
……冬場の冷たい水でも手を濡らすことなくお米が研げる!というすぐれもので、
マニキュアをした手でも楽々ご飯が炊けます!が売りだったのだけど、
結局自分の手で研いだ方がおいしいような気がして戸棚の奥で眠っている。

●ポラロイドカメラ
……写したその場で写真が見れるというので、漫画の作画用に買ってみたのだけど、
その後デジカメが普及し、今やスマホの画面で普通に写真が確認できるご時世であるし、
なにより何年か前にポラロイド用の印画紙が生産中止になってしまったので、
「昭和の文明遺産」として物置に保管されている。
どうでもいいけど、昔は大手出版社の年末パーティは帝国ホテルでやっていて、
会場にはポラロイドカメラを持ったバニーガールが記念撮影をするサービスがあった。
つい最近のことのような気がするけど、あの当時はスマホもデジカメもなくて、
その場で写真を見て楽しむには、ポラロイドカメラしかなかった。
なんだかんだ、人類は進歩している。

●双眼鏡
……女子剣道の漫画を描いたとき、試合を詳細に観るために購入。
でも実際の試合を目の前で観ていると、あまりの迫力に双眼鏡を使うスキがなかった。
で、その後もずっとカバンの中に入っているけど、なかなか使う機会はない。
一度南アルプスの湖上の駅でなんとなく取り出して眺めてみたけど、
肉眼で見た方が山の景観ははるかに心地よく、友人たちが自然を堪能する中、
自分だけがレンズ越しの風景を見ているのがアホらしくなって早々にしまった。

でも世の中にはこれを有効活用する人はいる。
昔、街を一望できるマンションの屋上階に住んでる方の部屋に遊びに行き、
そこのベランダからの豪快な街の眺めを堪能したことがあった。
なんせ、この部屋のお風呂は壁がガラス張りで、街を眺めながら入浴が可能なのだ。
スカイツリーの男子便所も東京を見下ろしながら立ちしょんべんが可能だけど、
高いところに住んでいる人間というのは、下々には思いもかけないことをやってるものだ。

で、その街を一望できる部屋のテーブルの上には立派な双眼鏡がどでんと置かれていた。

かなり本格的な、高そうな双眼鏡である。さすがにご本人に聞くことはできなかったけど、
下々の家の窓をのぞいているのは確実で、着替え中の女の子とか、
無防備に窓際で着替えをすれば、即興のストリップショーとなること間違いなし。
……これは犯罪すれすれなんじゃないかなと思ったけど、
自分ちのベランダから何をのぞこうが勝手といえば勝手なわけで、
「そんなもん、見せる方が悪い」
となる。法律に詳しくないのでよくわからないけど、まあそうなる。
一応断っておくと、その方は野鳥観察の趣味はないし、船乗りでも自衛官でもない。
まじめで立派な職業の方である。

●空き缶プレス機
……器具に空き缶を挟んで、足で踏みつけると金属の空き缶がペシャンコになる。
不燃ごみで捨てる時にかさばらないというすぐれものだけど、
「だったら紙パックのジュースでいいんじゃない?」
となって、結局のところこの十年間で使った記憶がまったくない。

●シーブリーズ
……夏場の定番商品だけど、インドアな人間なのになんで買ったのかわからない。
頭にふりかけるとスーッとして毛根が元気になったような感じがする。
もちろん効果はない。なんのだよ。

●アロマ関係
……固形のお香を入れておく香炉が今目の前にあるけど、
喫煙者がお香とか何の冗談だよと、自分に激しく突っ込みを入れている。

●懐中電灯
……これは非常時のものなので、使う機会がないのはまことに結構なことだ。
これの有効利用となると、家具の隙間に落ちた小物を探すとか、非常に限られてくる。
うちのは単一電池を四本使う巨大なもので、しかもボディは赤。
完全な防災グッズである。

昔、コンビニに行くとき、自転車の電灯が壊れてしまったので、
カゴに懐中電灯を突っ込んで夜道を走ったことがある。
そのときは「僕って賢い♪」とご機嫌だったのだけど、
いざコンビニについたら、そのままにはしておけなくて、
真っ赤な防災懐中電灯を持ったまま買い物することになった。
いろんな意味で「危険な人」である。

あと有効利用となると、子供のころに見たお昼のテレビドラマで、
「終戦後の混乱期を水商売の女たちがたくましく生き抜く」
というのがあって、客商売に慣れていない若い女の子が、
「スカートの中に手を入れてくるなおじさん相手にどうしたらいいかわからない」
と涙ぐむシーンがあって、
その時ヒロインが彼女に差し出したのは、懐中電灯だった。
「これでガツンといっちゃいなさい♪」
と女の子を励ますヒロイン。
で、お店に出た女の子は、スカートの中に手を入れてくるオジサマに、
「これを使った方がよく見えるわよ♪」
と笑顔で懐中電灯を差し出して、ギャフン!
「なかなか面白い娘だ」ってんで常連客を見事ゲットしたわけなのだけど、
……この懐中電灯の使い方は純真な子供の心に変なものを植え付けたのであった。
だってさっきまで泣いてた女の子がテーブルの上に仁王立ちになって、
お客様の前でスカートをたくし上げるんだもの。
ありえない。
でもあったらちょっとうれしい。

歌舞伎町の床が全面鏡張りのお店に連れていかれたとき、
三十代のお兄さんと「若いころは楽しめても、年取るとあんまうれしくないですね」
と囁きあったりした。
バブル期の少し前に「ノーパン喫茶」というのが流行ったことあったんだけど、
その店はそれの進化系の「ノーパンバー」だったりした。なんだよノーパンバー。
11月かよ。
ボトルが入ると円形カウンターの中にいる女の子たちの床がせり上がって、
ライトが点滅して「フィバー」な感じになる。
そのフィバーを眺めながら、うんざりした気分で囁きあった会話だった。
連れてきてくれた編集様には申し訳ないけど、ノリがあまりにも昭和すぎた。

「懐中電灯でいいんだよ、懐中電灯で!」と心の中で絶叫していた。
……まあ、それもどうかと思うけど。

2018年8月21日 (火)

ラジオン


いろんな物事には始まりがあって、
その始まりを見極めようとすると、果てしなく昔に遡らなくてはならなくなる。

スマホを発明したのは誰だろうと発想の源を探ろうとすれば、
ジョブスはもちろんだけど、そもそも無線電話が誰の発明なのかまで、
遡る必要が出てくる。

無線電話の発明は、1900年ごろのアメリカのフェッセンデンである。
ではその人が偉いのかとなれば、無線は無線でも、無線電信の方は、
イタリアのマルコーニになるだろうし、
その無線機につかう「コヒーラ検波器」は、また別の人の発見だったりする。

電話は電話で、有線の電話はグラハム・ベルであるし、
エジソンやらテスラやら、この場合その開発に関係する名前は無数に存在する。

面倒なので、こんな風にまとめてみた。
「19世紀に電気を利用した通信手段の開発が各国の発明家によって行われた」
「19世紀から20世紀にかけて、電波を使った無線通信の技術が確立された」

電波によって遠方の人間と情報のやり取りをするというのは結構楽しい「遊び」であり、
その発明直後から、いろんな人がいろんな「遊び」を始める。
まず、無線電波の開発者であるフェッセンデンが1905年に「無線放送」をやってる。
時間を決めて、その時間に「クリスマスの挨拶と音楽、聖書の朗読」を放送したのだ。
一応これがラジオのハシリと言われている。

で、アマチュアで無線機を持ってる人の中から、自分でもやってようって人たちが続出し、
一時地球の電波帯は無数のラジオ放送のるつぼと化す。
この情熱はなんだろうなって僕は考えるのだけど、
誰かに向けて、自分の持っている情報を伝えたいというのは、
何か人間の根源につながる衝動なのかもしれない。

誰か自分の組んだラジオ番組を聞いてくれる人がいて、
その不特定多数の人たちのために、音楽を流し、語りかけ、ひとときの時間を分かち合う。
この時代のラジオ放送にはお金に左右されない、純粋な衝動があったんだと思う。
それはもう、現代の僕たちには思い出すことが難しいことなんだろうけど。

でも国家がこのような電波の無法使用を許すわけがなく、電波に「使用権」が設定される。
一般の利用者の使える電波の種類は限定され、時間的な制約を受けるようになる。
僕が「アマチュア無線」といったときに連想するのはこのように「排除」された人たちで、
深夜に星空に向けて「CQCQ]と声を放つイメージがある。

とにかく電波は国家が管理するものとなり、国営および民間での「ラジオ放送」が始まる。
だいたい1920年ごろ。第一次世界大戦が終わって電波の管理がゆるくなってからだ。

世界中の無線マニアたちがこの放送のことを知り、番組を聞き始める。
ニュースや音楽、朗読、ひとときの憩いとなる「語り」が電波にのって空に送り出される。
……そんな楽しい「遊び」があるのに、これを聞くためには高価な無線機器が必要であり、
当然一般人には手が出ない。で、どうしたか。
「雑誌を見て手作りした」
という予想外の回答が飛び出してくる。

実際、部品さえあればラジオ放送を聞く機械は自作可能であり、
日本でも昭和の初めごろ、手作りでラジオをこさえることが一大ブームとなる。
ある年代のお年寄りが「鉱石ラジオ」に不思議なノスタルジーを感じるのはこのためで、
都会のあちこちに、ラジオの部品やラジオ本体を売る商店が集まるようになる。
僕は詳しくは知らないんだけど、秋葉原の電気街も、
そういう流れで生まれたのではないかと想像する。

こうしてみると、すべては「無線通信」の発明から始まっており、
その開発者が仲間内限定の「クリスマス放送」を流したように、
本来のラジオは純粋な、誰かに向けてのメッセージの発信だった。
アマチュアたちが無数に発信したラジオ番組も、たぶんそうだろう。

こう考えて今更びっくりするのだけど、この時代のラジオは「双方向」だった。
ラジオ局に向けて反響の電波を送ることだって、できたわけだ。
なんせお互いに無線通信機を持っている間での「遊び」だったわけだから。
会話はきちんと成立する環境だった。
それが、国営および民間の「ラジオ放送」となったとき、情報は一方的に流されるものとなった。
もちろん手紙や電話で感想を伝えることはできるわけだけど、
通信手段と考えたとき、それはある意味で「退化」だったのかもしれない。

このへんの事情は、その後の「テレビ」でも受け継がれる。
情報はテレビによって流され、視聴者は基本的にそれを「傍観」する。
番組を制作し、それを視聴者に観てもらい、ついでにCMも見ていただくという、
考えてみれば不思議なシステムが七十年近く続いているのだ。

で、僕は一方的に垂れ流される無線電波である「テレビ」が次の段階に進もうとすれば、
それは当然、かつてのアマチュア無線士たちのラジオ放送がそうであったように、
「双方向」になることだろうなと考えて、
ああそれで一時期「双方向」をスローガンにしていたのかと、今更気が付いた。
リモコンのスイッチを押すと番組のアンケートなんかに投票できるやつ。

でもそれって、形から未来を探ろうとして、それがまだ見えていない感じがする。
視聴者とテレビ制作者は対等ではない。テレビは上流であって、視聴者は下流だ。
無線電波の始まりにあった「遊び感覚」が、ここでは希薄になっている。

で、同じ無線通信の進化系であるスマートフォン、いわゆるスマホってのが、
僕のようなオッサンにもようやくにして理解できるような気がしてきた。
あれは、無線を利用した情報ツールとしては、正しく創成期のラジオの後継者なのだ。
まだ国家が電波規制をする前の、アマチュアがラジオ番組を乱立させていた、
あの時代の空気に一番近いような気がする。

情報の発信者と、情報の受け取り手が、真の意味での「双方向」、つまり対等なのだ。

だから、テレビが昨今凋落の危機にあるということはよく言われているけれど、
その原因の一つに、無線電波の利用法としては1920年のラジオ放送開始の頃から、
マルっと百年、まったく進歩していないというのが、あるのかもしれない。

まあ、それが取り立てて新しい発見という感じはしないのだけど、
時代がそのような流れの上にあるものならば、ラジオはもちろん、テレビすら、
スマホが復活させた「双方向の文化」の前に、敗退するんだろうなぁと考えてしまう。

……なんでこんな文章を書いたのか、自分でもわからないのだけど、
前のパソコンがクラッシュする前から、無線電波についての文章が山のようにあったのだ。
全部消えちゃったけど。
で、今回それを復活させようとして、こんな形になってしまった。

たぶん、時代が情報の「一方通行」から、「双方向」に変わっているってのが、
僕が考えているよりも大きな流れなんだって、確認してみたかったのかもしれない。

おそらく漫画でさえ、読者と先生という関係はなくなっているのだ。
それは当たり前といえば当たり前のことで、僕は疑ってみたこともないけど、

「読者と漫画製作者の関係は、対等である」

ということの意味を、よくよく噛み締めなきゃいけないんだと思う。

より以前の記事一覧