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コラム

2018年12月 5日 (水)

キラキラヒカル

先日、詩人の入沢康夫さんのご逝去を朝刊で知って、本棚から現代詩文庫を持ってきた。
それを仕事机の脇において、ときどき読んでいる。

現代詩文庫は二通りあって、二十代から三十代ごろの作品をまとめたものと、
四十代の頃のものがある。

高校の頃、国語の先生が詩人で、授業でいろんな詩人の作品を紹介していたんだけど、
高校生の僕が興味を持ったのは、西脇順三郎と入沢康夫だった。

入沢康夫さんでは、「ランゲルハンス氏の島」が面白いと思った。
……詩というよりは、不思議の国のアリスのような寓話的なところに魅かれたのだけど。

とある数学教師がランゲルハンス氏の令嬢の家庭教師として雇われ、
奇怪で不条理で、シュールレアリズム的な体験をするというもので、
星新一とか筒井康隆とか、ショートショート的な面白さがあった。
発表されたのが1962年であるから、割と近いものがあるのかもしれない。

つげ義春の世界にも似ている。つまり、良くも悪くも僕はそういう部分に魅かれたのだ。

現代詩文庫にはこの「ランゲルハンス氏の島」全編が収録されている。
学生時代の僕は、こういう世界を漫画で描けたらいいなと思いながら、
ときどき引っ張り出して読んでいた。けっこう下心が大きい。

それでも、読んでるうちにはほかの作品にも目を通すようになるので、
「キラキラヒカル」とか、なんとなく頭に残っていたりした。
江國香織さんが同名の小説を出されたとき、タイトルから連想したのは入沢康夫さんで、
詩人から使用許可をいただいたことが本の中でも触れられている。
うれしかったから覚えている。

詩の方は全部カタカナで書かれたもので、句読点も隙間もなく、
整然と活字が並んでいる。情緒もへったくれもなく、機械的に並んだ文字列から、
女性の姿が感じられるというのは、不思議なものだと、この年になってしみじみ思う。

考えてみれば江國さんの小説の方も、作中の女性の女性的なものを取り去っていって、
男性同性愛者と結婚までさせて、それでも女性の女性的なものを感じさせるもので、
二十代の僕があらゆる活字に中毒症状を起こしたとき、逃げるようにして読んだのが、
なぜかこの小説だった。というかそうまでして読みたいか活字。
女性の書いたとても女性的な作品だと僕は思う。

だから、あの小説のタイトルは、とても入沢康夫的なもの、なんだろうなぁ。

今は「わが出雲・わが鎮魂」を読んでる。
ご本人が亡くなってからその詩を読むというのも、なんだかなぁな話なのだけど、
それはそれでひとつの大きな切っ掛けなのだな。

2018年12月 2日 (日)

無常という事

中学か高校の国語の教科書だと思うけど、
小林秀雄の「無常という事」(有名な評論家さんのエッセイ)が掲載されていて、
そのあとのページに作者紹介の記事とともに、学習用の設問がいくつかあった。

「過去から未来に向かって飴のように延びた時間という蒼ざめた思想」とは何か

そんなもんわかるかと思ったのを覚えている。
いや、そもそも十代の若者に「無常という事」が理解できるもんなのか、
十代にして無常を理解するってのは、どんだけハードな人生を送ってるんだ、
と、今このエッセイを読み返してみてもしみじみそう思う。

僕はまったく理解できなかった。自慢じゃないけど、全然わからんかった。えへん!

小林秀雄は昭和前期、文芸の世界が一番輝いていた時代の評論家だ。
文学や骨董、音楽なんかについてひたすら語る。
「モオツァルト」
という評論なんか、その後の日本のクラシックの理解に、大きな影響を与えている。
与えすぎて、そこからの脱却まで語りだす人までいる。それくらい、影響は大きい。

そんで、滅茶苦茶文章が上手い人だ。詩的で、論理的に明快。
とあるパーティかなんかで、同業者が「文章がうまいってのは得だね」と笑って、
その場にいた吉田秀和が「ぶん殴ってやろうかと思った」ってくらい、文章がうまい。
評論家としての資質まで文章のうまさで胡麻化してるってのか!と激怒したのだ。
吉田秀和は、音楽評論家で小林秀雄の後輩、だったと思う。
初期の評論なんか、ところどころ小林秀雄の影響が見え隠れしている。

そういう日本の文学史上に残る評論家だから、国語の教科書としても何か一遍とりたい、
でも手ごろな長さのものがない、いや、「無常という事」なら丁度いいサイズだ、
掲載しよう、という流れだったのかもしれない。でもこれ、かなり観念的で難しい。

問題として切り取られた文章は、歴史家や一般の人が考える時間の感じ方のことで、
過去から未来の時間の流れというのは、引き伸ばされた飴のようにビヨヨンと延びてる。
カセットの磁気テープのようなものだ。時間は長細く、引き伸ばされた形だ。
ちょっと前まで流行したタイムリープものだと、これがさらに枝分かれして、
別次元の時間軸まで加わってくるのだけど、まあ、一本の線だ。

歴史年表の様に、カセットテープの磁気テープの様に、
時間は過去から未来へと延びていく一本の線である。そういう風に僕も認識している。

小林秀雄はこのようなイメージが現代人の抱く最大の妄想だと、言っている。

昭和17年のある日、比叡山の山王権現のあたりを歩いていて、小林秀雄は突然、
不思議な感覚に襲われた。大昔の人の残した文章が、生々しく心に染みわたった。
時間にして千年近く昔の人の残した言葉が、動かしがたい実体を持って、
小林秀雄の感覚を貫いた。

「この感覚はなんだ」

という経験から、このエッセイは始まっている。そんで、その感覚を言葉で表そうと、
あれこれ考えを巡らせる。自分でもはっきりと言葉にできないものを模索するのだから、
小林秀雄のような名文家であっても、その意はなかなかにつかみづらい。

ましてや十代の学生なら、わかろうはずもない。

ただ、時間は引き伸ばされた飴のような蒼ざめたものではない、という言葉だけが、
頭に焼き付いて離れなくなった。まあ、それだけで教科書編纂者としては、
してやったり、だったのかもしれないけど。

時間が線的なものではなく、もっと何か、奥行きのある広大なものだと考えてみると、
それはなるほど、そうなのかもしれないなと、なんとなくわかったような気になる。
僕の場合、音楽は磁気テープのように茶色く細長いものなんだけど、
こういうことは、生の演奏を聴く場合にも、やっぱり起こる。
頭の中に全体の構造を描き、自分が今どの辺にいるのか、明確にしないと、
音楽に集中できない。集中できないというのが、音楽的才能のなさを証明してるけど、
音楽の全体の形というのは、目に見ることが出来ないから、まあ仕方がない。
僕は聴覚よりは視覚寄りの人間なのだ。

例えばベートーヴェンの「運命」と言われても、その曲がどういう形をしているのか、
説明することはなかなか難しい。でもこの曲、音楽史上でもっとも完璧な構成の曲と、
呼ばれているのだ。それがどういうことなのか、頭で理解しようとすると、
なかなかに、複雑怪奇なことになってくる。いや、完璧な構成なのは、
なんとなくわかるんだけど。

ソナタ形式とか、ロンド形式とか、三部形式とか、音楽には形がある。
さらに第一主題とか第二主題とか、展開部に再現部、いろんな名前がついていて、
これらを頭の中に入れておくことが、クラシックを聴く場合の有力なヒントになる。
いや、本当はそんな名前を知らないで音楽の世界に没入できれば、それが一番なのだけど、
僕は長い曲だと退屈で意識が散漫になり、寝てしまうから、
自分が今どのあたりにいるのか、どのへんで音楽の山場が来るのか、いつ終わるのか、
みたいなことを、頭の中で考えながらじゃないと、音楽が聴けないのだ。
で、それは、磁気テープの形をしており、ところどころに名前がついている。
第一主題提示部、第二主題、展開部、再現部、コーダー……そんな感じだ。

それは物事を理解しようとするときの有効な手段だけど、
そういう風に物事をわかりやすい形に貶めようとする衝動、
固いせんべいを柔らかくして咀嚼しやすくしようとする衝動、
それにばっかり頼っていると、音楽はつまらなくなる。
もっと目の前の現象をありのままに感じ取れた方が、音楽はきっと楽しい。

それでこの頃の僕は、音楽を聴くような場合、演奏されている状況を、
頭の中でイメージするようにしている。歌なら、それを歌っている人の姿、
声を発しているときの姿勢とか、表情まで、想像する。それはそれほど難しくない。
感情だって伝わるのだ。表情がわからないわけがない。
実際の演奏では目の前に歌い手がいて、その表情まで見ることができるけど、
老眼鏡のお世話になってる身としては、むしろ声だけの方が表情を理解できたりもする。
これは楽器演奏者も同じで、何か音を発し、そこに感情が込められていれば、
演奏者の表情はけっこう見えてきたりする。

そうやってイメージを膨らませていくと、聞きなれたCDなんかの曲であっても、
それまでと違って生々しく感じられたりする。再生装置の問題でもなく、
リマスターとかの問題でもなく、単純に聴く方で積極的に入っていこうとすれば、
音楽はどんどん生々しくなるのだなと、ちょいとばかり楽しくなってきた。

そんで、小林秀雄が「無常という事」で表現したかったことって、
これに割と近いことなんじゃないかと、なんとなくわかったような気になった。
いわく、

「 (頭の中の記憶や歴史的な記録を) 上手に思い出す事は非常に難しい。
 だが、それが、
 過去から未来に向かって飴のように延びた時間という蒼ざめた思想から逃れる
 唯一の本当に有効なやり方の様に思える」

……三十五年くらい前の国語の教科書の設問に、斜め上の解答するオッサンなのだった。


2018年11月24日 (土)

中二病的悪魔の数字

ちょっと今やってる原稿の話で、
「666」という数字の話があったので、昭和世代の自分はごく当たり前に、
「不吉な数字」としてこれを演出したのだけど、
担当さん曰く、
「いやいや、今の子にとって666は普通のゾロ目ってだけなんですよ」
と言われ、

「なんですと!」

と驚愕したのだった。

「マジっすか」
「マジです。だからオドロオドロしい背景効果はおかしいですし、悪魔もいりません」
「マジっすか……」
「マジです」

僕がネームを切る時頭にあったのは、ビグザムの上で銃器を撃ちまくるドズル中将で、
「やらせはせん、やらせはせんぞぉーーー!」
と叫ぶ時の背景に浮かび上がった「ジオンの亡霊」みたいなのが描いてあった。

以後、電話越しに「666」の話題が続く。
「僕らの世代にとってはあれ、悪魔の数字なんだけど、今は違うんですか」
「残念ながら……あれ、元ネタはホラー映画でしたっけ?」
「七十年代のホラー映画ですね。オーメンてやつです」
「ああ、オーメンですね、オーメン、オーメン」
「悪魔の血を引くダミアン少年の頭に、666の痣があったんです」

なんせ、こちとらノストラダムスの大予言ブームの真っただ中を生きているので、
この手の中二病的話題には事欠かない。思わず、
「バーコードには666の数字が隠されている」
というネタも披露しそうになったけど、なんとか踏みとどまった。
今となっては笑い話だけど、ノストラダムス以前は、
その手のオカルトネタを半分くらいは信じていた。
1999年には空から大魔王が降ってきて、
その後、大統領となったキリスト・マトレイユがハルマゲドンを起こすのだ。

「その手の世紀末ネタって、今の子はまったく知りませんからね」
「そうなんだ……」
「666も、ゾロ目で縁起のいい数字なんですよ」
「ヤクザの車のナンバーが××××みたいなもんですね」
「なんですか、それ?」
「まあ、昭和の俗説みたいなもんですよ」

ということで、その場面は縁起のいい数字を引いた、という演出に変更されました。
まったく、昭和世代は時代遅れというか、
いや、知識が豊富すぎて、若いもんのレベルに合わせにゃならんから大変だなーなんて、
負け惜しみを言ってみるのでした。

ウイキペディア

とてもお世話になった方が、闘病生活の末にお亡くなりになって、
もう三年くらいになる。
その方がお亡くなりになるとき、
「自分が死んだことは公表しないでおいてくれ」
とご家族にお願いされたので、ご遺言通り、いまだに公式にはご存命でおいでになる。
ウイキペディアも存命になっている。

だからまあ、このことを知っているのはごく一部の人間だけのはずなんだけど、
なぜか知ってる人は知っていて、
「おいおい」
と苦笑する展開もある。

故人がお亡くなりになった次の週くらいにある人と話をしていて、
「そういえば○○さんはお亡くなりになったそうですね」
と突然話題をふられ、僕はあんまりびっくりしたものだから、
「……その話、誰から聞いたんですか」
と、尋問するような口調で聞き返してしまった。

別に、その事実が広まるのは構わないのだけど、
自分としては故人の遺志は尊重しなくてはと考える方なので、
その気持ちが露骨に出てしまった。しまったと思った。

相手の方は慌てた。はっきりとわかるくらい挙動不審になった。
「あ、いえ、誰ってそれは……」
と口ごもりながら、目が泳ぎまくっていた。
共通の知人なんて限られているので、だいたいの見当はついた。
××さんだ。□□さんから××さんに報告がいって、その××さんが話したんだろう。

それならそれで構わないや、そうやって広まっていくのは故人も許してくれるだろうと、
僕は考えたのだけど、一度発したきつい言葉は取り返しがつかない。
そのうち話相手の方は話を暴走させ始めた。
「親戚が、親戚がご近所に住んでいて、教えてもらったんですよ」

いや、そんな都合のいい親戚はいないだろうと思ったけど、
相手がそういう話の振り方をしてしまったために、僕はちょっと困った立場になった。
「親戚が教えてくれたんですか」
「そう、親戚」

おそらく××さんから聞いた話だろうから、その××さんを守ろうと必死なんだと思った。
この方はいい人だ。大人として最低限のラインは守ろうと頑張っている。
ただ、その頑張っている姿が、ちょっと面白いことになってしまっているだけなのだ。

「いや、別にいいんですよ」と僕は事態の鎮静化をはかる。
「公式発表はしないだけで、関係者に広まるのは構わないと僕は思います」
「……そうですか」
「きつい言い方をしてしまってすいませんでした」
「いえいえ」
「で、その情報は親戚の方に聞いたんですね」
面白かったので、少し突っついてみた。

「し、親戚ですよ。たまたまご近所に住んでいたんです!」
「なるほど」
本当にいい人だなぁと、僕は微笑ましい気持ちになったのだった。

故人がこのやり取りを見たら、
「かわすみさん、ちょっとやりすぎですよ」
とおっかない顔でにらみつけてきたんじゃないかと思う。

こういう風変わりな遺言については、真相はわからないのだけど、
いろいろ当時の状況などを考えてみると、ご家族を守ろうとしてのことだったと、
最近になってようやく理解が追い付いてきた。
間が悪すぎたのだ。世間で注目されてる時期に死ぬなんて、
そのあとどうなるか、心配にならないわけがない。

だからまあ、当初は面倒な遺言を残したものだと批判的だったのだけど、
この頃はあの方らしい適切な処置だったと、考えるようになった。
「ご立派だ」と思ったので、その立派さだけでも文章に残しておきたくなった。

ウイキペディアは没年の情報を入力しないといつまでも存命扱いなので、
今も故人は年齢を重ねているのだけど、このままだと百歳でも二百歳でもいきそうで、
それはそれで縁起がいいのかなと、ちょっと思う。
故人の業績の末代まで残ることを、僕は心から祈念するのだった。

このことに対する質問には僕は答えられないので「ごめんなさい」と頭をさげます。

2018年11月18日 (日)

寒い季節になりました。

11月になってずいぶん寒くなってきた。
四六時中部屋に籠って仕事をしているか、本ばかり読んでいるので、
たまに外に出ると、結構びびる。
頭の中はまだ8月の暑苦しい日差しのイメージが残っているので、
目の前を歩いている女の子がコートなんか来ていたりすると、
「あれ?」
と思う。見回せば、反対車線を自転車で走っていく爺さんも、ジャンパーを着ている。

え?ジャンパーって死語なんですか?
いいじゃんジャンパー。子供の頃から言い慣れた言葉を、なんで言い換えにゃならんのだ。

知人の誕生日プレゼントを買うために池袋に出かける。
営団地下鉄の副都心線が出来てもう10年くらか。あれから埼玉からのアクセスが改善し、
「池袋って大昔はモンパルナスとかこじゃれたイメージだったけど、最近は埼玉だよね」
とわけのわからない悪口を言われるようになった。
モンパルナス……つまりパリの芸術家の集まる街の日本版である。
僕が越してきたころは、まだそのイメージは残ってたんだけど、
東武美術館が閉館し、芸術との縁がきっぱり切れたあたりで、
「おしゃれな東京で唯一地方都市みたいな空気を醸し出す街」と言われることが増えた。
いいじゃん、地方都市。名古屋駅前よりは池袋の方がはるかに大都会ってイメージだぞ。

なんせ30年前東京に引っ越してきて、そのころは江戸川在住だったけど、
東武美術館を満喫したあと、東部デパートの中に入ってみて、その広大さに僕はびびった。
どれだけ歩いてもなかなか反対側の壁が現れない。複雑な構造で頭の中に地図が描けない。
東京というのは、なんて広大なんだとデパートごときで実感してしまった。

その時のイメージがあるから、僕はいまだに池袋に行くと、ちょっとわくわくする。

某家電量販店で買い物。ついでにいろいろ見て回ったんだけど、
暖房器具というのは、ずいぶん安くなってるんだなとしみじみ思った。
小さなストーブなら3000円もしない。1個買っていこうかしらん。
でもこのあと、某カレーチェーンの店に行ってみるつもりだったので、買わない。
荷物が増えるといろいろ面倒なのだ。

某カレーチェーン……名古屋人の僕はココ壱番屋があればそっちを選ぶので、
その有名店には一度も入ったことがなかった。
でも、ひょとしたら滅茶苦茶うまいのかもしれないと、ちょっと気になったのだ。
で、行ってみた。カレーが皿に対して右で出てきた。
メニューの写真を見ると、それがこの店のこだわりなのかもしれないけど、
なんか、いきなりテンションが下がった。
食べた。なるほど、こういう味だったか。

納得して池袋を後にした。
もうなんかあれだ、僕は昭和の個人営業の食堂のカレーが好きなんだな。
玉ねぎを大量に煮込んだ甘いスープに業務用カレールウが溶けてるのが好きなのだ。
それ以外のカレーは、たとえ本格的なものであっても、もはや別物なのだ。

近所の個人営業の食堂が全滅した昨今、いよいよ自分で作るしかないと、
またぞろカレー熱がぶり返したのであった。
寒い冬に長時間煮込む料理はうってつけだし。

それで、暖房の話である。
うちにはガスファンヒーターが2台ある。
ものすごい大出力で、部屋はあっという間にあったまる。
でもどうだろう、あったまりすぎるというのも考えもので、
ある程度冬の寒さを実感した方が、健康にはいいような気もする。

中学の担任の先生、前にこのブログでも書いた「ご機嫌ゲンちゃん」だけど、
勉強するときのコツをいろいろ話していてい、それがこの頃妙に頭に再生される。
鉛筆削りは使うな、ナイフで削れというのがあった。
何本も鉛筆を用意して、勉強を始める前にそれを全部ときんときん(名古屋弁)にする。
そうすることで、勉強中にいちいち削る手間がはぶけるし、
ひたすら削ることで、精神も集中して「勉強するぞ!」と気分も高まっていく。
なるほど、そうかもしれない。
そうなんだろうなってことで、10年くらい前までは三菱の鉛筆を削って漫画を描いてた。
まあ、最初は肥後守使ってたけど、それが手回しのミニ鉛筆削りになり、
現在は完全にシャーペンになってしまったけど。

その流れで、冬に勉強するときは窓を全開にしろ、暖房はつけるな、頭がぼやける、
寒けりゃコートでも着て机に向かえばいいのだ、というのがあった。
で、それを実践するのはやぶさかではないのだけど、
僕は寒さに無茶苦茶弱い。春生まれの軟弱者なので、暖房器具は欠かせない。
それで、大出力のガスファンヒーター(十畳の部屋でも使用可能)なんて買ったわけで、
それは最後の非常手段として、小型のストーブがちょっと欲しいなと思ったのだ。
隣の部屋でアシさんが使ってる電気ストーブみたいなやつ。
(この人はエアコンがあるのにそればかり使っている)

でも新しいのを買って、これ以上暖房器具を増やしてどうする、とも思う。
うちには、こたつ、エアコン、ガスファンヒーター2台、電気ストーブと、
やたらこの手の機械が多いのだ。
ちなみに、使ってなかったけどちょっと前まで石油ファンヒーターもあった。
邪魔だから廃棄処分にしたけど。

で、考えた。こたつを仕事机の下に括り付けるというのはどうだろうと。
使ってないし、有効利用にはなる。

で、やってみた。机の天板の下に、ひもでこたつを括り付けてみた。
そこにタオルケットを巻いて、足元ホカホカ状態にする。
おお、なるほど、ひざと太ももはあったかいけど、脛のあたりはさすがに寒いな。

今年の冬はこれで乗り切ってみるか。

僕は高校時代、下半身着ぐるみみたいな電気アンカーを使ってたことがある。
足の裏のあたりに電気アンカーがあって、あとは下半身着ぐるみである。
ちなみに、その状態のまま歩き回ることも可能。
あれで机に向かって勉強をしていた……ごめんなさい嘘です。漫画描いてました。
ドテラを来て、下半身着ぐるみ状態で机に向かってた。
あの頃と今やってることと、あんまり進化してないなぁと、ふと思った。
場所と時代が違うだけで、あとはなにもかも17の頃と変わっていない。
コーヒーカップの位置まで同じだ。

ちなみにこたつだけど、これは江戸川区時代にもらった小型のもの。
あの頃、下宿みたいなアパートに住んでて、廊下を挟んで3号室に沖縄の青年がいた。
観光ガイドになるための専門学校に通ってるって話だったけど、
背が高くて、彫りの深い男前だった。最初の頃は好青年だったけど、
そのうちお金に困るようになって、「なんか食べさせてください」と、
僕の部屋にやってくるようになった。

当時僕は食品関係の問屋さんでバイトをしていたので、
傷物のカップラーメンの箱をもらって帰ることもあり、半分くらい提供していた。
今でもホームラン軒だっけ、あのラーメンを見るとよく思い出す。
半分あげた後に部屋に戻ったら、この人がカップ麺と一緒にやってきて、
「ガスが止められてるんです」
と、申し訳なさそうにカップを差し出したりもした。つまり、お湯をいれてくれと。

ある朝、なんかガラの悪そうな集団の声が廊下でして、
「出てこいや、いるのはわかってんだぞ!」
とガンガン扉を叩いていて、首を出したら3号室の前だった。
なんか巻き込まれると怖そうだったので、そっと部屋に戻ってカギをかけた。

それがどういった方たちだったか、僕は知らないのだけど、
そののち、沖縄の親御さんが僕の部屋に来て、なんかお礼を言ったような記憶がある。
で、3号室の青年はそのまま沖縄に帰ってしまった。
僕の部屋の前に使わなくなったテレビやらなんやらを置き去りにして。
「笠地蔵かお前は!」
と突っ込みを入れたのだった。

当時の僕はテレビを持っていなかったのだ。ラジオ中心の生活をしていた。
それを3号室は知っていて、テレビを置いていったんだろうなぁ。
おかげでオウムの事件の時も、阪神大震災の時も、テレビで情報を見ることが出来たし、
考えてみればこれって全部3号室のおかげなんだな。
もっといろいろいいものを食べさせてあげれば良かった。

で、こたつもその時の置き土産だったと思う。なんせ四半世紀も昔の話だから、
あんまりよく覚えていない。
テレビはアナログ放送が続いている間は仕事部屋用として使ってた。
それからビデオ再生用になり、現在は押入れの奥で眠っている。
こたつはしぶといことにいまだに使用可能である。

で、現在僕の膝の上で赤外線を放っているのであった。

どうでもいいことばかりだけど、とりあえずつらつらと書き記してみました。
こないだ読売新聞のコラムで、井上ひさしの言葉として、
どんな文章もこれでしっかり終わる魔法の言葉が紹介されていた。
「世の中人それぞれである」
うん、なんかあんまりしっくりこないね。

2018年11月 8日 (木)

一週間

師匠「子供の頃にはいろんなことに疑問を感じていた」
弟子「なんですかいきなり」
師匠「ふと思い出したんだ、この世界には不思議が満ち溢れているんだと」
弟子「まあ、そうかもしれません」
師匠「子供の頃にはそういうもんにいちいち疑問を感じて、立ち止まっていた気がする」
弟子「子供とはそういうものです」
師匠「でもそのうち、いちいち止まっていたら成長できないと気付いてしまう」
弟子「学校に上がれば勉強することが山ほどありますからね」

師匠「で、思い出した。一週間はなんで月火水木金土日なのか」
弟子「?」
師匠「なんでこの順番なのか、不思議で仕方がなかった」
弟子「ああなるほど、自分もそこには疑問を感じてたような気がします」
師匠「でもそのうちこの並びに慣れてしまって、そういうもんだと思い込んでしまった」
弟子「これって惑星の名前から来てるんですかね?」
師匠「たぶんそう。大昔のオリエントの方で考案されたらしい」

弟子「日曜日の次に月曜日が来ます。太陽と月ですか」
師匠「そんでその次が火曜日で火星になる」
弟子「で、水星、木星、金星、土星と……順番がバラバラですね」
師匠「そこが子供のころ、ものすごく納得がいかなかった」
弟子「確かに。でも昔の人が考えたものだから、仕方ないかなと思ってました」
師匠「実はこの順番にはちゃんと意味があったんだよ」
弟子「!」

師匠「ネットは便利だ。疑問に思ったらすぐ調べられる」
弟子「このランダムな配列に、いったいどんな意味があるんですか?」
師匠「いや、なんというか、ものすごく説明しずらい」
弟子「えーーここまで話したんだから教えてくださいよ」
師匠「これって、天動説の惑星配列から来てるんだよ」
弟子「ほう、なんというか、割と普通の回答だった」

師匠「昔は地球を中心に天体は動いていると考えられていた」
弟子「地球は真っ平で亀やら象やらが大地を支えているんですね」
師匠「いや、昔の人でも地球は丸いという概念はあったと思うよ」
弟子「そうなんですか?」
師匠「たぶんそう。というか、そこは今は突っ込まないで」

弟子「地球を中心に天体はクルクルと回転している」
師匠「当然、近い星ほど早く動くと考えられていた」
弟子「空を見上げた時、一番早い星が地球に一番近いと」
師匠「それが天動説における惑星配列になる」
弟子「で、日月火水木金土になるわけですね」
師匠「いや違う」
弟子「!」

師匠「天動説だと、月水金日火木土になる。月が一番早い」
弟子「全然違うじゃないですか、嘘つき!」
師匠「だから、この配列そのままじゃないんだって」
弟子「どういうことです?」
師匠「七つの星は順番に地球に影響を与えると考えられていた」
弟子「ほう」
師匠「一時間ごとに、遠くの星から順番に影響を与える」
弟子「と言いますと……土木火日金水月ですか。でもこれも違いますね」

師匠「一日は24時間あるから、

  土木火日金水月 土木火日金水月 土木火日金水月 土木火

  これが土星から始まるサイクルだよね。では、次の日はどの星から始まる?」
弟子「火星で終わってますから、次は太陽、日ですね」
師匠「同じように、

  日金水月土木火 日金水月土木火 日金水月土木火 日金水

  その次が

  月土木火日金水 月土木火日金水 月土木火日金水 月土木
  火日金水月土木 火日金水月土木 火日金水月土木 火日金
  水月土木火日金 水月土木火日金 水月土木火日金 水月土
  木火日金水月土 木火日金水月土 木火日金水月土 木火日
  金水月土木火日 金水月土木火日 金水月土木火日 金水月

  ……と続く」
弟子「あ!」
師匠「わかった?一番最初に来る天体が、その日の曜日の名前になるんだ」
弟子「うわあ、なんかすごい、私、いま滅茶苦茶びっくりしました!」
師匠「まあ、僕も数時間前に知ってびっくりしたんだけどね」

弟子「というか、昔の人はなんでそんなややこしいことをしたんでしょうね」
師匠「そうだよなぁ。いっそ惑星の配列のままだったら分かりやすかったのに」
弟子「日水金月火木土……日曜と土曜日はそのままなので割と通用しそうだ」
師匠「でもまあ、星が地球に影響を与えると考えていたわけだからね」
弟子「なるほど、今日は月曜日だからお昼頃は太陽の影響を受けてるとすぐわかるんだ」
師匠「昔の人には割と切実な問題だったのかもしれない」

弟子「で、それが明治時代に日本に入ってきたんですね」
師匠「いや、平安時代には中国経由で入ってきていたそうだよ」
弟子「なんと」
師匠「ただ、使っていたのはほんの一握りの人たちだけで、一般には浸透しなかった」
弟子「一週間の概念は平安時代から一応は存在していたんだ」
師匠「実用的に使われるようになったのは明治になってからなんだけどね」

弟子「みんななんでこの順番なのか疑問に感じつつ、とりあえず納得していたと」
師匠「まあね。でも説明が難しいから、飲み屋でお姉ちゃん相手には使えないなぁ」
弟子「は?」
師匠「マルボロにはアメリカの差別問題が隠されてるとか、オジサンの持ちネタでしょ」
弟子「いや、それわからないんだけど」
師匠「こう、煙草の箱を出して、ひっくり返して上の方を隠すと」
弟子「あ!吊るされている人間と執行する人間の足になった!」
師匠「白人がダボダボのズボンを履いてる黒人を吊るしているんだと、言われている」
弟子「いや、なんというか……いかにもスナックでホステス相手に自慢しそうな話だ」

師匠「昭和のオジサンはいろいろな持ちネタを持ってるものなのだよ」

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2018年11月 3日 (土)

アドリブ

友人多数と旅行に出かけたとき、当然ビデオでその様子を撮影される方もいるわけで、
突然カメラを向けられて「何か一言どうぞ!」なんて言われたりする。
言っちゃ悪いけど僕は完璧主義者である。アドリブなんてまったく利かない。
こういう場合あせって無茶苦茶なことを言って、いつまでも後悔したりする。

松本城の天守閣に登った時も、細い木の階段をすたこら這い上がって、
ようやく地上に舞い戻ることが出来たと思ったら、いきなりカメラを向けられた。
「今のお気持ちを一言どうぞ!」
いや、普段運動をしない人間がらしくない運動をしてハアハア言ってる時に、
いきなりコメントを求められても何も答えられない。
「……しんどかったです」
と今にも死にそうな顔でお茶を濁すのが精いっぱいだった。
おかげで、帰宅後僕の体調を気遣うメールが来てしまった。
いやいや、あれ半分演技ですから。お気遣いなく。
心配かけてごめんなさい。

そこへ行くと世慣れている人というのはすごいもので、
当意即妙・臨機応変に事態に対処できる。
僕の後にビデオを向けられたH氏は、よくぞまあ瞬時にそれだけのフレーズが浮かぶな、
というくらい見事に受け答えをしておられた。

僕はダメだ。とてもあんな器用には対処できない。

知り合いが僕の部屋の段ボール箱を漁って、カセットテープを発見した。
「何これ」
「高校を卒業するとき、クラスで作ったインタビューカセット」
「?」
「みんなにマイクを向けてひとことふたこと喋らせてるんだよ」
「それは恥ずかしい。聞いてもいい?」
……そんなことをされたら恥ずかしくて死んでしまうので、必死に抵抗をした。
自分が何を喋ったのかはわりとはっきり覚えている。
教室で友人と戯れていたら、クラスの女子がいきなりカセットデッキを抱えてやってきた。
「将来の展望は?」
「どんな家庭を築きたいですか?」
みたいなことを質問された。
あちらとしては突然質問をぶつけて反応を楽しむ計画だったんだろうけど、
そんなもん、突然聞かれても何も答えられない。
しかも、ここで喋ったことはカセットに収録されてクラス全員分ダビングされ、
半永久的に残ってしまう。
「えーと、堅実に生活していきたいです。明るい家庭が築きたいです」
みたいなどうでもいいことを言ってお茶を濁した。
いや、実はもっと恥ずかしいことを口にしているのだけど、
とてもここには書けない。いや、書くけどさ。
好きな女の子のタイプを聞かれて、明るくて料理上手な女の子と答えているのだ。

……なにそれ、普通じゃんと思われるかもしれないけど、
これを口にしたときの自分は、インタビュアーがクラスの女子だったし、
かなりテンパって答えているのだ。記憶の中の自分は舞い上がったお猿さんになっている。
そんなもの、人に聞かせられないし、自分も一度も再生したことがない。
捨ててしまえばいいと思うけど、クラスメートがせっかく作ってくれたものだし、
そんな薄情なこともできない。
それで、門外不出の謎のカセットテープとして、段ボール箱の一番奥の方に、
封印されているのだった。

某氏がラジオに出演された折、事前に知らされていたので、
ラジオをビデオデッキに接続して、わくわくしながら待っていた。
(長時間のラジオ番組を録音するのに、当時よく使っていた手法)
朝の九時だったか、ぶっつけ本番の生放送である。
各界のユニークな人に男女のパーソナリティーがスタジオで直接お話を聞くというものだ。
で、ラジオ番組が始まった。
「ベトナムで公邸料理人をなさっていたそうで」
「はい」
「あちらには日本にない食材がいろいろあるんでしょうね」
「そうですね」
「たとえばどんなものがございましたか」
「犬」
瞬間、スタジオが凍り付いたような沈黙があって、司会者が話題を変えた。

動物愛護の精神をお持ちの方にはこの続きは読まないでいただきたいのだけど、
ハノイの公設市場では、普通に犬の肉が売られていた。
しかも加工されたものばかりではなく、それとわかる状態で吊るされていたのだ。
普通の日本人が見たら結構ショックを受ける。愛犬家なら失神するかもしれない。
僕も実際に現地で見て「うわっ」とびっくりしたクチだ。
一応断っておくけど、それが悪いという話ではない。そういう文化だという話である。
世の中には日本人がクジラ漁をするのを、同じような目で見る人たちがいる。
反捕鯨派の活動の話になると、公設市場の光景を思い出して、
半分くらいは同情的な気分になる。
残りの半分は「うちの文化に首を突っ込むな、クジラは旨いんじゃ」という、
食いしん坊の見解である。ときどき食べてるし。

ハノイでは公設市場は取り壊されているので、もう同じような光景はないのだけど、
文化の違いはすごいな、という意味で印象的な話ではある。

でもまあ、ラジオでお茶の間にお届けするのに適当な話ではない。

担当氏が「なんであんなこと言っちゃったんですか」と聞いてみたら、
「当日インタビューされる人がもう一人いらして、その方が遅刻してきて、
しかも自分の方の打ち合わせにだいぶ時間をお取りになられたので、
私のコーナーはぶっつけ本番だったんです。それでああいう事態になりました。
せめて事前に打ち合わせできていたら良かったんだけど、
いきなり食材どうこう言われても、とっさには答えられない。
頭に浮かんだ一番強烈な食材が、あれだったんです。自分でも失敗だったと思います」
これはラジオ局が悪い。
僕もせめて前日にでも質問のレジメを渡しておくべきだったと思う。
でも僕の中では西村さん伝説としてかなり好きなエピソードである。
(追記 現地の食材という意味で、ご本人は使っていないです。言うまでもないことだけど)

いきなりカメラやマイクを向けられて、当意即妙に答えられるのなんて、
かなり特殊な才能なのだ。普通の一般人にそんな真似はできない。
そう考えながら、友人が送ってくれた旅行のビデオを、
半笑いになりながら鑑賞しているわけなのだな。

2018年10月16日 (火)

アニソン

師匠「年のせいか、ときどき水木一郎と永井一郎の名前がこんがらがる」
弟子「ああ、この間もアニソン界の帝王永井一郎とか言ってましたね」
師匠「波平さんがアニソン歌ってるとか」
弟子「まさにバカモーーン!って感じですね」

師匠「まあ、子供の頃もフランク永井とフランキー堺を間違えたりしたけどね」
弟子「誰です?」
師匠「正統派の歌手とコメディアンにして名優だった人」
弟子「そういう人がいたんですね」
師匠「いやいや、超有名人だし」

弟子「永井一郎と水木一郎はわかります」
師匠「さすがにね。波平さん役で有名だった声優さんとアニソン界の帝王」
弟子「この二人の名前を間違えるのがいかに失礼かってのもわかります」
師匠「うん、ごめんなさい」

弟子「師匠はアニソンがお好きなんですか」
師匠「てか、子供の頃は歌って言えばアニソンか特撮の主題歌だったんだ」
弟子「歌謡曲は?」
師匠「幼稚園くらいだとまだアイドル歌手というのがあんまりいなかったから」
弟子「七十年代初頭ですか」
師匠「天地真理がシンデレラと言われていたのは覚えている」
弟子「ああ、昔太ったおばさんがテレビのバラエティーに出てましたね」
師匠「それは中年になってからだよ。若いころは一応美人だった」
弟子「一応って……」
師匠「バラエティーのインパクトがすごすぎて、最初のイメージが消えちゃった」
弟子「加護ちゃんと辻ちゃんの昔が思い出せないみたいな?」
師匠「そうそう、年食ってあんまり露出しすぎると昔のイメージが全部吹っ飛ぶ」
弟子「まあ、みなさん生きていくのに必死ですから」
師匠「二十歳くらいで引退しとけば伝説になったのに」
弟子「モー娘。系は忘れられると思いますけど……」
師匠「山口百恵とか、原節子とか……いまだに若いころのイメージのままなんだよな」
弟子「師匠、アニソンの話のはずなのに脱線してますよ」

師匠「マジンガーZはたぶん幼稚園くらいの時に見ていたんじゃないかと思う」
弟子「水木一郎の出世作ですね」
師匠「マジンガーーーーゼーーーーーッツ!」
弟子「ゼーーーーーッツ!」
師匠「あれはどうもアドリブだったらしい」
弟子「マジっすか」
師匠「なんか魂がシャウトしちゃったんだろうね」

弟子「主題歌は当然師匠も歌っていらした?」
師匠「歌ってた。あれでマジンガーZの必殺兵器を覚えたんだ」
弟子「ロケットパンチとか」
師匠「昔の主題歌はキャラクター紹介的なのが多かったからね」
弟子「そこでキャラクターを覚えてもらって、本編をより楽しんでいただく」
師匠「そうそう、キャンディキャンディなんか典型的だよね」
弟子「そばかすなんて気にしてな……」
師匠「ピーーーーーー!ジャスラック警報発令!君は著作権を侵害している!」
弟子「え?え?」
師匠「……ギリギリセーフかな。気にしてないと言い換えてるから」
弟子「ああ、あぶなかった」
師匠「コンバトラーVのエンディングすらあやしいからな」
弟子「身長57メート……」
師匠「ピーーーーーーーー!」
弟子「体重550ト……」
師匠「ピーーーーーーーー!」
弟子「いや、それは歌詞と違うから」
師匠「そのうち使える日本語がなくなってしまうんじゃないかと不安でたまらない」

弟子「キャラクター紹介だったアニソンがいつから今のアニソンになったんでしょう」
師匠「ガンダムくらいまではキャラクター紹介だったね。正義の怒りを燃やしてたし」
弟子「七十年代末ごろですね」
師匠「八十年代に入って本編のイメージソングみたいなのが増えたかな」
弟子「音楽業界もアニソンはそこそこ売れるってんで力を入れ始める」
師匠「売れそうな新人アイドルをどんどん投入してきたよね」
弟子「飯島真理とか」
師匠「超時空要塞マクロスだね。でも最初の主題歌は物語の紹介路線だった」
弟子「羽田健太郎作曲ですね。崎陽軒のCMで有名な……」
師匠「超時空シュウマイ・マクロス」
弟子「何言ってるのかなこの人は!」
師匠「僕はあの主題歌は好きだけど、やっぱ番組を視聴者に印象付ける方を優先させた」
弟子「歌詞だけ読んでると物語のあらすじですよね、これ」
師匠「その代わり本編の中で飯島真理ことリン・ミンメイにラブソングを歌わせている」
弟子「そっちの方が今のアニソンぽい感じがする」
師匠「キューンキューン、キューンキューンわた……」
弟子「ピーーーーーーーー!」
師匠「おっとあぶない」

弟子「飯島真理はザ・トップテンにも出てました」
師匠「映画の主題歌が売れたからね。愛・覚えてますか」
弟子「ザ・トップテンに出演ってすごいですね」
師匠「劇場版主題歌ってことなら、ゴダイゴの999とか沢田研二さんがいたけど」
弟子「え、沢田研二さんがアニソン歌ってたんですか?」
師匠「ヤマトの二作目の主題歌だったと思う。ヤマトより愛をこめて」
弟子「ああ」
師匠「してみると、映画の主題歌からアニソンは変わったとも言えるのか」

弟子「師匠にとってアニソンが変わったって実感したのはどのあたりですか」
師匠「みゆき」
弟子「はい?」
師匠「あだち充が当時連載していた漫画をアニメ化したやつ」
弟子「タッチじゃなくて?」
師匠「みゆきの方が先だった」

師匠「漫画版が好きで単行本で読んでたんだ」
弟子「……なんか元祖エロゲみたいなストーリーですね」
師匠「一つ屋根の下で暮らしている妹を異性として好きになってしまう話だから」
弟子「現代からすると使い古されたストーリーですけど、元祖はあだち充でしたか」
師匠「当時は斬新だったと思う」
弟子「血のつながらない妹ですか……よすがる一歩手前ですね」
師匠「はい?」
弟子「実の兄妹でやっちゃう作品のことを某作品のタイトルからそう呼ぶんですよ」
師匠「なんじゃそりゃ」

弟子「で、あだち充のみゆきをアニメ化した」
師匠「失敗作だけどね」
弟子「そうなんですか?」
師匠「あだち充の漫画にある独特の空気感が表現しきれてなかった。個人的には失敗作」
弟子「でもタッチとか、アニメの成功作品がありますよね」
師匠「間に一本、野球物を単発でやってて、そこで空気感のノウハウが作られた」
弟子「そうなんですか?」
師匠「僕はそう思ってる。でもみゆきはそれより前だから古いアニメのノウハウのまま」
弟子「嫌いだったんですか、みゆきのアニメ」
師匠「原作が好きだったからがっかりしたってのが大きいね。これはみゆきじゃないと」

師匠「初回放送の時のことをよく覚えてるけど、主題歌がまず好きになれない」
弟子「ダメですか」
師匠「みゆ・きぃーっ!って歌い方がものすごく神経を逆撫でた」
弟子「何がダメなんでしょう」
師匠「あだち充の作品には青春の悲しさみたいなものが根底にあるんだよ」
弟子「なんじゃそりゃ」
師匠「あるの!」
弟子「はいはい」
師匠「それをただのラブコメみたいにしちゃうのは、違うと思うんだ」
弟子「はあ」
師匠「本編も、画面がゴテゴテして全然あだち充風じゃなかった」
弟子「漫画の方は画面が真っ白ですもんね」
師匠「いやみゆきの頃はそこまで白くないけど、まあ、白いかな」
弟子「アニメでそれをやったらただの手抜きになってしまう」
師匠「タッチのアニメ化までにそこは解決されたんだけどね」
弟子「微妙な色彩感覚で淡い感じが作られてますね」
師匠「青春アニメの淡い色調って、あそこで完成されたような気がする」
弟子「みゆきの頃はそこがまだ試行錯誤の段階で、アニメとしては失敗だったと」
師匠「僕はそう思ってた、エンディングが始まるまでは」

弟子「ほう?」
師匠「エンディングの間、完全に静止してしまった」
弟子「おやおや」
師匠「アルバムをめくる、みたいな絵だったけど、曲がとにかくすごくいい」
弟子「ほう」
師匠「なにこれ、滅茶苦茶いい曲だ!と弟に向かって力説していた」
弟子「そんないい曲だったんですか」
師匠「H2Oの想い出がいっぱい」
弟子「ああ」
師匠「あれで本編の悪い印象が完全に吹き飛んでしまった」

弟子「もう三十年以上昔の話なのに、よく覚えてるもんですね」
師匠「子供の頃に歌った歌は、なかなか忘れないもんなのよ」
弟子「水木一郎と永井一郎を言い間違えるのに?」
師匠「年をとると人名から怪しくなっていくもんなんだよ!それでも歌は忘れない」
弟子「師匠は老人ホームでもアニソンを歌ってそうですよね」
師匠「こないだテレビで老人ホームの話題があってさ」
弟子「はい」
師匠「ディスコミュージックをご老人に聴かせて青春時代に戻っていただくと」
弟子「今のご老人ならそれくらいですかね」
師匠「いや、リアルタイムでディスコミュージックを聴いてるんで、ショックだよ」
弟子「サタデー・ナイト・フィーバー」
師匠「おばあちゃんたちがキャンディ・キャンディを合唱する日は近い」
弟子「それが時代の流れってもんですよね」

2018年10月12日 (金)

歴史物語2


大河ドラマの「西郷どん」を割と楽しみに観てるんだけど、
このたび、視聴率が一桁代のデッドゾーンに突入してしまった。

鈴木亮平さんは西郷隆盛を熱演しているし、悪いドラマではないと思うんだけど、
ほれ、最近は江戸城無血開城のあたりで、あの前後の西郷隆盛って、
どう考えても悪人というか、
「徳川を潰すためならなんだってやったるぞ」モードに入っておりまして、
江戸の町で配下のもんに火つけ盗賊ゆすりにたかりと、滅茶苦茶やらせている。
宮中でも、佐幕派の山内容堂に対し、ヤクザのような脅しをかけてる。
史実としてはそれが正しくて、どう考えてもヤクザなんだけど、
視聴者的には「民衆を愛する西郷さん」が鬼に豹変するのは、
許せなかったのかもしれない。

物語には幾重にもオブラートがかぶせられる。
オブラート……これって今でも通じるのかな。
苦い粉薬を飲むとき、昔は胃の中で溶ける薄い紙に包んで飲んでたんだよね。
飲み込めば大丈夫ってことで。
21世紀の少し前あたりだったか、
「本当は怖いグリム童話」みたいなシリーズがヒットして、
シンデレラは王子と結ばれた後、継母を熱した鉄板の上で踊らせたとか、
姉たちはガラスの靴に足を合わせるために自分のつま先をちょん切ったとか、
「昔話って本当は怖いんですよ」
みたいな暴露物が次々と出版された。
これと同じように、歴史の真実にもオブラートはかぶせられる。
生々しくショッキングな事実は伏せられ、万人受けする物語に改編される。
西郷隆盛は日本の未来のために立ち上がり、悪い幕府を退治したのだ、と、
そこがみんなの期待する物語だったのかもしれない。
決して、目的のためなら罪なき民衆を殺しても構わないと冷酷に徹する男ではない。

実際は仁義を重んずるヤクザと変わらないと思うんだけど、
それは物語としては望まれていないのかもしれない。
いや、いっそ思い切って「ヤクザ西郷隆盛」として任侠ものにした方が、
新しい西郷像として受け入れられた可能性すらある。
「民衆のため」とか言ってた人が豹変するよりは、はるかに実像に近い。

実際、江戸城無血開城のくだりは、任侠映画のノリでやった方が面白い気がする。
あれってヤクザの薩摩組が盃割って本家の徳川組にカチコミするようなものなんだし。
いっそ思い切って、裃付けた侍がヤクザのノリで会話してもいい。
……全員広島弁という謎の空間が出現するけど。

まあ歴史ファンの多い大河ドラマでそれをやるのは無理だとは、わかってるんだけどね。

2018年10月11日 (木)

歴史物語

こういうのは男の本能なのかもしれないけど、
自分のルーツにこだわる時期というのは若いころに必ず一度はある。
いや、若いころだけならいいんだけど、ずっとこだわり続ける人というのはいる。
うちの父も島根の本家に行ったりすると、よくその辺のことを調べたりしていた。
お仏壇の位牌をひっくり返したりなんかしてさ。
中学時代に家族で島根に行った時も、本家の墓所に引っ張っていかれ、
墓石に刻まれた家紋をスケッチさせられたりした。
「何かいわれがあるかもしれない」
とロマンに魅せられた遠い目をしていたのだけど、
自分が独自に調べたところでは、日本中の農家がよく使っている、
実にありきたりのつまらない家紋だった。
でもその数年後に父はなくなっているので、
家紋を調べたことは父の葬儀ではそれなりに役に立った。
葬儀屋に装具の家紋をどうするか聞かれたとき、即答することができたから。

先年親類の結婚式で他家に嫁いでいる従姉の隣に座ったのだけど、
お年寄りの中には紋付袴でご出席された方もいて、久しぶりに家紋と遭遇をした。
「そういえばうちの父があれをスケッチさせたんですよね」
と従姉につぶやいたら、
「あんなもん、くだらないでしょう」
と冷笑的に言われてしまった。

女性にとっては自慢できない家紋はたいして重要ではないのかもしれない。
僕はそれはそれで面白いとは思うんだけど、他家に嫁ぐといろいろ苦労があったのかな、
とはちょっと思った。

某小説家が戦時中に書いた小説に家柄にこだわる男を描いたものがある。
自分のルーツを家系図から何からひっくり返して調べまくり、幻滅したり感激したり、
いろいろ紆余曲折を経て、ついに天皇家に行き当たる……千年以上昔のだけど。
ここまでくると日本人はみんな天皇家の子孫ではないかと気が付き、
最後は喜び勇んで仕事場まで行進するのだけど、
読む人が読めば作家のねらいが血筋や家柄にこだわる人間への批判だとすぐわかる。
僕はこれを読んだとき、
「戦時中になんちゅー恐ろしいものを発表するんだ」
とびっくりしてしまった。
ちなみに、作家さんは表面的な読み方をした軍人さんに「すばらしい」と褒められ、
ちょっと困ってしまったらしい。
同じ軍人さんでも「戦時下にこれを発表した勇気を尊敬します」と、
ちゃんと読み取った方もいらしたのだけど。

自分のルーツですらこの調子だから、これが国家単位になると、
その規模はものすごく大きくなる。
たいていの子供は「この国はどうやって始まったんだろう」と知りたがるものだけど、
それに対する明確な回答はなかなか出てこない。
なにせ昔の話ではあるし、古事記にしても日本書紀にしても、
それをそのまま信じるにしては、いろいろおかしな部分は出てくる。
昔の天皇はずいぶん長生きだったんだな、百歳越えがいっぱいいたんだなと、
単純に信じ込むほど、現代人は素朴ではない。

あるいはそれが輝かしい物語であるほど、
「間違った愛国心を純真な子供に植え付ける可能性がある」
と必死に批判してくる某勢力もある。別にいいじゃん、千年以上信じられてきて、
それで日本は上手くまわってきたんだからと言ってみても、
いや違う、それは正しくない、そんなものがこの国の始まりであっていいわけがないと、
批判されてしまうのだな。

実は国家の始まりの神話はとても重要なもので、
そこで自分の国に誇りを抱けば、その国は強い国にまとまったりもする。
土台がしっかりしていれば丈夫な家が建つという理屈と同じなのだ。
何処の国家でもそこに自国ならではの誇りとこだわりを抱くようになる。
当然、他国がその国の足を引っ張ってやろうと考えれば、
国家結束の要の「神話」を攻撃し始め、何かといちゃもんをつけ始める。
いいじゃんそんなもの、ただの神話じゃんと僕は考えるけど、
攻撃する方からすれば、その神話の神話なるがゆえに、許せなかったりもするようだ。

第二次世界大戦後、たくさんの国家が新たに始まったりもしたのだけど、
どの国でも、始まりの神話をどうするのかというのが、
わりと大問題になっていたりする。
ただのゲリラが作った国家では、そのゲリラ活動が美しい神話に塗り替えられ、
それを批判するものは問答無用で拘束されたりもした。
第三者が見るととてもバカげたことのように思えてならないのだけど、
そこはそれ、神話だから、それを信じることで国家はまとまるのだ。

ただの人殺しが国家的英雄に祭り上げられるのは、とても滑稽なことだけど、
必死に探して見つけ出した神話がただの人殺しだというのは、
いじらしいような気もする。
さすがにその正当性を認めさせようと隣国に押し付けてくるのは、鬱陶しいのだけど。

日本人のお年寄りが明治維新のドラマなんかが大好きなのも、
あれが現代日本の国生み神話だからで、あそこまで英雄が出てきたというのは、
不思議なことだなと思うし、ちょっとだけ誇らしくもある。
国生みの神話は作家によって物語へと昇華されるのだけど、
司馬遼太郎さんなんかは、本人の意思はともかく、その点で国民的作家となった。
「竜馬がゆく」にしても「坂の上の雲」にしても、
歴史的検証をすればおかしなところは出てくるかもしれないけど、
重要なのは「国家の始まりを万人のための物語とする」ってことで、
多少の瑕疵よりは物語としての面白さの方が優先される。
僕はこれは立派な仕事だったと思うけど、
好きか嫌いかで言ったら、ちょっと苦手かなとは思う。
僕は敗者には敗者の言い分があるって考えなので、勝ち組の明治政府にはちょとだけ、
批判的になってしまうのだ。

物語はかくのごとく万人の神話となるもので、
それは完全な架空の物語であっても、やっぱりそうなる。
サザエさんが国民的漫画になったのは、それが「民衆の神話」になりえたからだと、
割と本気で信じている。これはドラゴンボールやワンピースであっても同じだと思う。
人間というのは、集団を一つのものとする神話を必要としているものなのだ。
たぶん。
そんで、そこに科学的考証だとか文献学的な業績を持ち出して、
「そんなもんでたらめじゃん」
と否定してくるのは、割と野暮な人のやり口だなと考えている。
そうでなければ、国家がまとまると困る人たちである。
もちろん正確な事跡を土台にするに越したことはないと思うのだけど、
大切なのは人々がまとまろうとすることであって、
そこに水を差すのは、やっぱり野暮ではないだろうか。
いいじゃん、聖徳太子。いいじゃん、源頼朝の肖像。
歴史的に正確でなくても、そこに興味を抱いて「オモロイ」と思うことで、
この社会は形を保っているのである。

逆に、そういう神話がまったく創造されなくなったとき、
国家は解体していくんだろうなと僕は漠然と考えていたりする。


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