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コラム

2019年3月21日 (木)

新聞小説

新聞小説をずっと読んでる。
今は読売新聞の朝刊と夕刊小説、
読売オンラインの方の小説を一本、目を通している。
朝刊の方は浅田次郎さんの時代物で、最初の方が小難しかったので切り抜きしてた。
なんせ、江戸時代の身分格差をテーマにしているので、
旗本やら外様やら、どっちが上でどっちが下やら、ものすごく混乱する。
いや、その混乱を笑う小説なんだけど、連続で読むならまだしも、
毎日小出しで読むとなると、かなりのめんどくさい。
で、一か月くらい切り抜きして何度もプレイバックしながら読んでた。
四月からは読売オンラインの方でも会員限定で読めるようになるみたいなので、
そうなったらまた最初から読み返そうかなと楽しみにしている。
できればあの綺麗な挿絵も掲載してほしいんだけどな、と独り言。
新聞小説の挿絵はけっこう美麗で優れたものも多いんだけど、
これを後からまとめて見ようとしても、小説の単行本には掲載されないし、
もったいないっちゃもったいない。
そういえば友人と某地方都市の公民館みたいなところに行ったら、
時代物の新聞小説の挿絵が額装で壁にずらっと並べられていて壮観だった。
まさに時代絵巻といった感じで、壁沿いに歩くにつれ、画題は血なまぐさくなって、
弓矢がビュンビュン放たれ城砦が炎に包まれる。
吉川英治の新平家物語の挿絵を杉本健吉さんが担当しておられて、
これは週刊誌連載だったけど、僕の読んだのは愛蔵本だったので、掲載されていた。
本文も良かったけど絵の描線が素晴らしかったので、これも繰り返し堪能した。
地元名古屋が誇る芸術家である。
物語の中に流れる時間に沿って画題は変化していくのだから、これはある意味漫画である。
あとになってまとめて見返せば、作者が絵に込めたものがまた違った角度から見えるし、
ネットはそれをやるのに絶好の媒体だと思うんだけど、やってくれないかなぁ。
それはともかく、新聞小説をネットで見られるというはありがたい。
切り抜かなくても最初から読み返せるので、人物の確認とか、
気に入った場面をもう一度読み返すにはすこぶる便利だ。
今も読売オンラインに出入りして、徳川家康を題材にした歴史ものを一本読んでる。
桶狭間の合戦前の今川配下だった時代の話なので、この時点の家康の話となると、
二年前の大河ドラマが思い出される。今川義元が笑点の落語家さんだったやつ。
戦国時代の物語となると家康本人を題材にしない限りこのへんの家康は描かれないので、
桶狭間で信長が今川軍を撃退したとき家康がなにをしていたのかは割と空白で、
そこに興味を持って読んでいるんだけど、連載小説だと続きが気になって仕方がない。
そこで思い出した、うちにはその辺の家康を描いた小説があったはずだと。
で、引っ張り出してきたのが池宮彰一郎さんの「遁げろ家康」。
この作品はとある事情があって絶賛絶版中で、たぶん今後も再販される可能性が皆無。
まさに幻の作品である……司馬遼太郎作品をパクったことを指摘され、
新聞沙汰にもなったため、出版社が回収したのだ。
騒動の時点ではすでに読んでいて、逃げてるだけなのにまわりに勝手に評価される家康、
というコメディ的な部分が面白くて、けっこう気に入っていたのだ。
もう十八年くらい前に出版された本なんだ……
池宮さんはその事件までは斬新な時代劇小説を書く人として有名だったし、
実際すごい作家さんだと僕は思うんだけど、騒動の後はほとんど名前を聞かなくなった。
さっきAmazonで確認したら、中古でかろうじて入手可能だった。
さすがにプレミアはつかんか。
で、昨日からちょくちょく読み返しているんだけど、パクリはともかく、
個人的にはこの「小心者家康」の人物像は好きだなぁーと思うわけだ。
パクリパクリいうけど、時代小説で同じ題材を使っている以上、
他の作品から孫引きしたり、うっかりオリジナル部分を利用することもあるだろう。
素人の僕が時代小説を書いたら、九割方引用剽窃のだらけの作品になる。
いや、それはもう作品とは呼べないけどさ。
だからって許されるもんでもないんだろうけど、
時代小説を書くのはそういう面でも大変な仕事なんだなと、思うわけだ。

2019年3月17日 (日)

タガが外れる

器というものは木をくりぬいたり土をこねたりして作るものだけど、
あんまり大きな入れ物になると、「樽」とか「たらい」とか、
木片を何枚も寄せ集めて一つの巨大な容器にする必要がある。
この木片を集めて固定する部位を「箍」という。
金属だったり竹だったりするけど、一律に「タガ」と呼ばれる。
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葛飾北斎の「富岳三十八景」にも、巨大な桶の向こうに富士が見えるという、
ちょっと面白い絵がある。この手前のオジサンがやっているのは、
おそらくタガを締め直したあとの微調整のはず。
削ってるのが木と木の合わせ目だから、たぶんデコボコを均してるんだろうなと、
これは想像。場所が田畑の前だから、職人の工房ではなくて出張サービス。
古い桶のタガがはずれるか緩んだので、それを締め直しているんじゃないかと思う。
僕個人の考えだけど、北斎は富士山のシリーズで構図的な面白さを追求している。
空間の中に地平線があって、そこに三角形の富士山がある。
これを中心に線をあれこれ引いていくことで、線に動きとか重量感が生まれる。
有名な波の絵、「神奈川沖浪裏」なんかは、富士が異常に下の方にあることで、
波の巨大なうねりがドドンと持ち上がる巧妙なカラクリだと思う。
この桶職人の絵だと、富士が桶の向こう側に見えることで、
桶の存在感はいやがおうにも際立っている。職人の体が富士の形と相似形であるから、
職人の体重は桶の下部にズシンと集中し、
その重みでもって、桶はピンと立ち上がっている。
ちなみに、背後の木の形も富士と相似形であるから、力は三重に働いている。
画面の右上から、左下へと力は働いているのだけど、
職人の持つカンナの棒が、それを少し上向きにそらせているために、
力は一気に地面の方向に流れている。
それで桶の丸い形がピンと立ち上がっているのだ。
北斎がすごいのは、これを計算でやっていることで、
北斎が嫌いだという人は、この計算しまくりの感じが鼻を衝くからなんだと思う。
だって、あきらかに「してやったり」と北斎が高笑いしているのが見えるんだもん。
こういう画面構成のカラクリ的な面白さは、西洋ではセザンヌやマティスにつながってる。
そんで、そこからピカソとかブラックなんかにも流れてるんじゃないかと思うんだけど、
「写真ではなかなか出来ない、絵独自の面白さ」というのは、
このへんに存在しているのは、間違いない。北斎は色彩方面ではいまいちだけど、
画面構成では天才なのだな。
閑話休題。
職人が完璧に仕上げた桶やたらいであっても、時間がたてばタガが緩んで水が漏れる。
昔の人にとってはそれは日常的な風景だったから、言葉の世界にもそれが反映された。
「タガが緩む」といえば、水の漏れるたらいのような人間のことで、
役に立たねえからとっととタガを締め直しやがれ、このすっとこどっこい、となる。
仕事中にぼんやりしたり、イージーなミスを連発したりするとこの言葉で怒られる。
でもこの状態ならばまだ修正は容易である。緩んだタガを締め直せばいい。
これが「タガが外れる」までいくと、もうどうにもならない。
水が漏れるどころの騒ぎではなく、たらいを構成する板がバラバラに崩壊して、
中の水は地面にぶちまけられる。仕事に例えるなら、ぼんやりしてミスをするどころか、
取引先の偉い人の頭を殴り倒して、地面に這いつくばったところを蹴り飛ばすような、
もうどうにも修復不可能な状態である。
このようなことをしでかす社員は、解雇上等とんずら覚悟なので、
当人にとっては実にすがすがしい気持ちなのかもしれないが、まわりはそうはいかない。
顔面は蒼白になり、床に頭をなすり付けて謝罪することになる。
某芸能人がコカインで捕まった時に考えたのだ、最近はこういう不祥事が多いなと。
役者が何かをしでかして、ドラマが差し替えになったり、映画がお蔵入りになったり、
業界そのもののタガが緩んでいるように感じられる。
このことを文章で上手く表現できないかといろいろ書いてみたけど、
なんか小難しい話になってちっとも面白くない。
というか、僕は大河ドラマのピエールさんが割といい味を出しておられたので、
今ここで役者を交代させられるのは面白くないなぁと、そればかりの心持ちなのだ。
薬物はダメ、業界に迷惑をかけるのもダメ、そこは間違いがないのだけど、
誰かこの緩んだタガを締め直す職人はおられんものかと、
しみじみ考えるのだな。
なんかとってつけたような文章だな。北斎でやめとけば良かった。
北斎の上の絵を「緩んだタガを締め直す職人の絵」と考えると、
なんかはずれかけた頭のネジを締め直してくれるような、スキっとした爽快感がある。
この職人は桶屋なのかもしれないし、箍を締め直す専門の箍屋かもしれない。
すなわちプロの仕事である。
プロがプロの仕事に徹する姿は見ていて飽きない。
自分もこんな風に頑張ろうと考えるなら、それは絵描きとしても本望だろう。
北斎的には「そんなこと考えちゃいねぇよ」かもしれんけど。
緩んだタガは締め直せばいい。きちんと修理をすればまだ大丈夫。
心の中の職人さんにタガを締め直してもらって、
「また頑張るんば!」と、
いかにも昭和のオジサンのような決意表明をするのであった。
昭和のオジサンなんだけど。


2019年3月 9日 (土)

不発弾

総武線について千葉の友達が教えてくれた話をまるまるブログ記事にしたところ、
「ちょうどその話を会社でしとったがね」
とメールがきた。ネタにしてすんません、そのうちまた飲みに誘ってください。

そういえばずいぶん前に池袋の「なごや飯」の居酒屋で飲んで、
手羽先やら味噌カツやら、懐かしいものをつつきまわしたことがあって、
その時自分の分の会計を二千円札三枚で済ませたら、
「どっから出てきたんじゃ、それ」
と面白がってらしたっけ。レジのお姉ちゃんがびっくりしとったぞ、と。

資料用に何枚かとってあったんだけど、ネットで画像が簡単に手に入る時代だし、
使っちまえと考えたんだな。というか、二千円札を資料で使う状況が思いつかない。

故小渕首相の一代記でも描けば、
この方の発案ってことで二千円札は登場するんだろうけど、
その他となると、沖縄に行ったらまだ流通していたとか、それくらいしかないだろうし、
まああれだ、サミットの記念コインみたいなものなんだろうなぁ。

自分が子供の頃は切手とか古銭の収集なんかが子供の趣味として普通にあったので、
珍しいものを見つけると、やっぱりどうしても取っておこうという心理が働く。
今ちょうど確定申告の時期だけど、税理士の方が毎回送ってくる封書の切手も、
いつもちょっと変わったものを使われることが多いので、一定数たまるまではとってある。
鉄腕アトムの切手とか、そんな感じ。
ときどき取り出して、ふふふとほほ笑んだりする。なんてお茶目な方なのだろうかと。

そうそう、五百円硬貨なんかもしばらくとってあったのだ。

これは以前にも書いたかもしれないけど、自販機でジュースを買おうとしたら、
機械が五百円硬貨をどうしても受け付けてくれない。
それでよくよく硬貨を調べてみたら、一番最初の、初期型の硬貨だった。

これは有名な話なので今更なんだけど、日本が八十年代に五百円硬貨を発行したところ、
某国がそっくりの硬貨を発行させてしまい、
これをドリルで加工すると、日本の自販機が五百円硬貨として認識してしまうという、
ちょっと困った事態があった。
それで、五百円硬貨は途中から材質やらデザインが微妙に変化していて、
今ある自販機はたいていこの五百円しか受け付けないようになってる。
五百の数字の刻印の中に、五百という数字の刻印が透かし彫りの様に入っている奴。

で、プロトタイプの硬貨はそれはそれで珍しいので、僕はとっておいた。
去年の六月まではしっかり存在していたのだ。

本棚の上に飾ってあったのだけど、本の整理の過程でポケットに入れて置いたら、
いつの間にか無くなってしまった。
たぶんどこかに落としたのだと思う。
まあ、プロトタイプうんぬんはおいておいて、五百円の価値のあるものを無くしたのは、
痛かったなぁとちょっと思う。

あとあれだ。
高校生の頃バス通学をしていて、同じ中学だった女の子とバスが一緒のことがあった。
ロングヘアーの小柄な子で、友達の友達くらいの間柄なので、普通に挨拶はしていた。
で、一度バスに乗るときに五十円玉を財布から落としたことがあって、
その子が拾ってくれたんだけど、それがなんとなくポケットに入ったままになっていて、
制服を洗濯に出すとき、「ああ、あの時の奴か」と気が付いたのだった。

で、別に変な意味は全くないし、その子が好きだったとか、
そういう意図もまったくないけど、これを中学のクラスバッチと一緒の箱に入れておいた。
せっかくだしとっておくかとか、そういう感じで。

僕の高校時代というのはもう三十年以上昔の話で、それこそ平成以前のことなんだけど、
この五十円玉はいまだにバッチやら高校のボタンなんかと一緒に残っている。
学生時代に志賀高原で買ったガラスの容器の中に入っていて、
本棚の端に置いてあるために、見つけるたびに「うわぁ……」とドン引きする。
物持ちがいいにも程があるだろうと。

でもまあ、その子のことを思い出すと、彼女と仲の良かったK君のことを思い出し、
このK君を毎朝迎えに行って、一緒に登校していたんだよなと、
芋づる式にいろんなことを回想したりもするので、まあいいかとも思う。

ちなみに彼女とよく顔を合わせたバス停の前を、道路工事で掘り返してみたら、
大戦中の不発弾が発見され、一時住民を避難させて爆弾処理をしたんだけど、
大学時代にその記事を新聞で読みながら、
「爆弾の上で俺は何をやっとったのかなぁ」
としみじみ考えたのであった。

2019年3月 7日 (木)

金太郎

馬鹿馬鹿しい話なのだけど、桃の節句を過ぎたのだから東京はもう春みたいなもんだ。
冬の寒さは底を打って、気候は間違いなく上昇傾向にある。
今も雨がボチボチ降ってるのだけど、これが実にぬくい雨なのだ。

スーパーであれこれ買い物をしていても、気温が高めのせいか、非常に気分がいい。
春は変態さんの季節ともいうけど、体の血行が良くなるので、
頭に余計な血が回って、多少おめでたい具合になっている。

寒さで凍っていた脳が突然回転を始めるのだから、そりゃおかしな具合にもなるさ。
魚売り場をちらほら見て回っているうちに、突然「金太郎」の歌が歌いたくなった。
「なぜ金太郎?」と思うけど、理由などは何もない。

ただお目出度い歌が歌いたくなったのだ。
これは寸でのところでこらえた。
おっさんが突然「金太郎」を歌い始めたら、間違いなく危ない人扱いをされてしまう。

ああ、春だな、春だからおかしなことをしでかしたくなるんだな、
年をとってあちこち緩くなっているから、春の気配が頭に極端に作用しているのだ。
くわばらくわばら……と思いつつ、金太郎の歌ってどんなだっけと心で歌ってみる。

「ママチャリかついで金太郎」
いきなり冒頭から間違えた。なんだそれ、マサカリだろと考えたところで、
突然ママチャリを軽々と持ち上げる金太郎の絵が浮かんできた。

「ぷ」と吹き出す。これはダメだ。ママチャリが頭から離れない。
僕は必死で笑いをかみ殺しながら、人気のない缶詰コーナーに逃げ込む。
「ママチャリかついで金太郎」……まだ続いている。

「熊にまたがりお馬の稽古」……ママチャリかついで何の稽古だよ。熊がかわいそうだ。
「どんどんひゃらら、どんひゃらら」……なぜにお囃子?「はいしどうどう」だろ?
「どんどんひゃらら、どんひゃらら」……だめだ、もうたまらん。

それからもう笑いをこらえるので必死で、僕の顔面は大惨事になっていたと思う。
今こうして考えてみると、何が面白いんだかよくわからんのだけど、
とにかく春の到来を感じさせる話なので、とりあえず書いてみた。

ママチャリってどこの方言だろうと思ったけど、たぶん普通に全国区の言葉のはず。
名古屋では自転車を「ケッタ」とか「ケッタマシーン」と呼んでいたので、
「チャリンコ」まで方言のような気がしていたのだ。もちろん婦人用自転車のことである。

王の帰還


改元まであと二か月を切っているわけなのだな。
昭和の終焉の大混乱を見ているので、こうも穏やかな改元だと、
実感が湧いてこない。今上陛下のお人柄のようにさりげない。
(僕は国粋主義者ではないけど、個人的に天皇陛下は好き)

昭和の改元の前後では、日本国内が一斉に黙とう状態になって、
テレビは地味な番組ばかりになるし、商店街から活気が消え、
じわっと、戦前戦中の日本の空気みたいなのが戻ってきた感じがした。
いや、その頃僕は生まれてなかったけど、たぶんこういう感じかなと、
ひんやりした感触があったのだ。
まさに、時代が終わるときにはその時代の空気が「総決算」のように流れる、
みたいな感じ。

それに比べれば、平成はいろいろ大事件はあったにしろ、
昭和ほど激動ではなかったし、ずいぶん穏やかに終わるんだろうなと思う。

過去の元号決定のいきさつがテレビや新聞で紹介されているけど、
それを見れば昭和天皇は自分の次の時代が「平成」だとは知らなかったわけで、
今上陛下が自分の次の時代の名称を知ることが出来るってのは、
なかなかにおいしかったりするのかなと、ちょこっと考える。

日本人の中でシステム上自分だけが新元号を知ることが出来ないってのは、
当事者とすればずいぶんひどい話で、
そのことはたぶん幼少の頃から考えておられたはずだ。
「わたくしだって知りたいのです」
と言われれば、是非とも教えて差し上げたいところなので、
思う存分次代の元号の響きを堪能していただきたいところ。

某有名な歴史学者の人がその著書で「天皇制はやがて消えていくだろう」
みたいなことを書いていたけど、天皇制は古臭くて科学的でないという考えが、
たぶんこの方の主張の根底にはある。科学なんて人類史上の一時の流行でしかないのに。
でも数千年の時間の流れで多くの日本人が試行錯誤したこのシステムって、
実はけっこうよく出来てるんじゃないかと、僕は思っている。

人間の集団が集まって「国家」なんてものを標榜すれば、
そこには「顔」となる人間が絶対に必要になってくる。
これが封建時代なら、武力や内部闘争での勝利者が「顔」となるわけだけど、
そこにはどうしても暗い影のようなものがついてまわる。
ようは喧嘩上等の論理なので、反発する者は絶対にいる。
ナポレオンもそうだし、某書記長もそうだろう。

だから日本では「顔」と「権力」が完全に分離されている。
大戦中に統帥権問題でそのへんがあやふやになった時には国家存亡の危機までいったけど、
戦後はその辺が徹底的に排除され、国民の象徴ということになった。
偶然の要素も多分にあるけど、こういうシステムは他の国には構築できないものなので、
これからも存続してもらいたいものだなと、素朴に考える。

この堅苦しい話から強引な話題の転換なのだけど、
ロードオブザリングの完全版を見た。なんで今頃?って話なのだけど、
第一作はずいぶん前に見ていて、途中で寝てしまったから、
なかなか続きを見る気にならなかったのだ。

完全版てか、劇場公開後に未発表部分をくっつけたもので、時間はずいぶん長い。
さすがに一気に見ることはできなかったので、二週間くらいかかって見た。
最後の第三部「王の帰還」にいたっては、たぶん一時間くらい長い奴で、
四時間くらいかかるんじゃないかと思うけど、全部見た。
ラスト十分くらいは何に感動したのやら、涙を流しながらモニターを見ていた。

で、この物語もまた、人間が国家を再構築するお話で、
王となる人物が一方の主人公の立ち位置にいる。
普通の物語なら王が仲間とともに悪をやっつけて民衆の支持を得るってプロットだけど、
指輪物語はその辺が少しだけ違っていて、悪は悪なのだけど、
その悪の象徴となる指輪を破壊するために、王となる人物は力を尽くすのだな。
これはご先祖の王がその指輪の誘惑に屈したことに対する贖罪でもあるし、
それが象徴する悪業をすべて排除することが、王となるための条件とも読める。
タダで王冠はもらえないのだ。

歴史をひもとけば、一国の王となる人物はたいてい軍事力をバックに擁立される。
巨大な武力があって、誰も逆らえないという状況が王を作り出す。
そして王となるものは国家を維持するためにあれこれ試行錯誤するもんだ。
武力に一層の磨きをかけ、民衆から税をむしり取るのもひとつの方法だし、
国を立派なものにして、周囲の国家と友好を結ぶというのも、手段の一つだ。

外交に活路を見出すにしても、国が国として存在する以上、軍隊は必ず必要になるし、
これは必要悪なんてものでなく、それがあるから国家が存在しているという、
絶対条件なんだと思う。
(それなくして国家は存在できない。だから軍隊をなくせと主張する人に対しては、
敵対する国家からのスパイではないかという疑惑が常についてまわる。
軍隊の動きを封じで国家機構を麻痺させようとしているのではないかと疑われるのだ。
まあ、それはまた別の話なんだけど)

王は武力を背景に担ぎ上げられるというのが絶対の条件ならば、
その武力と王はどのように距離をとるべきなのか、そう考えていくと、
王個人が武力を自分のために使う欲求のようなものを指輪に象徴させ、
これを破壊するというプロットは、かなりすごいな、となる。
今の世界の国家元首のうちには、巨大な軍事力をバックにして恫喝外交する者もいて、
とても腹立たしいとも思うけど、これは一面真理なのであって、
いざ目の前に銃器を突きつけられたら、どんな理想主義もたちまちに吹き飛ぶ。

だから、必要になってくるのだ、
指輪を破壊する者が王たり得るのだと万人に知らしめる物語が。

指輪物語に影響を受けたファンタジー作品は星の数ほど存在するけど、
やっぱり本家にはこんな考え方も許してくれる懐の深さがあるんだなと、
しみじみ感動しつつ、茶をすするのであった。

僕個人がそういう考え方をしてるって話ですよ、あくまで。

2019年2月26日 (火)

総武線

春の足音が聞こえる……

春が近づくと、なんとなく「うどん」が食べたくなる。
なんでと聞かれても明確な答えは出せないのだけど、体がそれを求めてる。

寒さのどん底から気候が少し上向いてくると、体の中のギアがシフトチェンジするのか、
歩くときの足取りも変わって、あんなに面倒だった外出も厭わしくなくなる。
そんで「うどん」が食べたくなる。とりあえず、冷凍のうどんじゃ味気ないので、
ちょっと高めの讃岐うどんを買ってきて茹でる。
冷水で締めてコシを出す。うまい。味じゃなくてこの食感がおいしい。
葱の青いところを大量に刻んで食べるのだ。

昨日は都内の鉄道がえらいことになっていたそうな。
総武線のお茶の水ー水道橋間の工事で失火があって、ケーブルが破損、
朝から総武線と中央線が止まってしまった。
受験日だった若者は、本当に大変だったと思う。お勤めの方々もえらいこっちゃ。
自分も若いころには総武線の沿線に住んでいたので、
けっこう我がことのように気になってしまうのだ。
テレビを見ていて、キャスターが「京成線」を「京王線」と間違えた瞬間、
「京成線じゃ!」と突っ込みを入れるくらい、
自分が日常でよく使った路線には思い入れがあったりする。
すぐ後で女性キャスターが訂正を入れていた。
総武線が止まった分の補助として、地下鉄や私鉄が増発したという話だった。

総武線と言えば、いっとき錦糸町でアルバイトをしていたので、
早朝に満員電車にゆられて仕事場に通った。
なんせ千葉から三鷹方面に都内を横断する鉄道だから、とにかく混む。
二十代の僕はヘッドホンで音楽を聴きながら、人の圧力に耐えた。
もちろん四半世紀も前の話だからiPhoneなんてものは存在せず、
カセットテープを小型のデッキで再生していた。
たしか池袋まで出向いて「ちょっとやそっとでは壊れなさそうな奴」を買ったのだと思う。
ショルダーバックの中はカセットデッキとカセットテープがいくつか入っていて、
ファスナーの隙間からヘッドホンのコードが延びていた。
今だとBluetoothで無線が当たり前になりつつあるから、時代と言えば時代なんだけど、
僕は今でも耳からコードを生やしているので、あんまり実感はない。
ここ最近だって耳からコードの人はいっぱいいる。

あの頃聴いていたので覚えているのは、アルベニスの「イベリア」。
アリシア・デ・ラローチャがピアノを弾いてるやつ。
そのテープには組曲「スペイン」も入っていて、一曲目のグラナダが、
なんかものすごく好きだったりした。今でも大好きだけど。

満員電車の煩わしさとは逆に、透明で澄み切った青空のような音楽。
ときどき仕事場の上の階の音大生が課題曲に飽きると弾いてるけど、
あの一曲目の乾いた明るい音楽を聴いていると、たしかに気晴らしにはなる。
あと、五曲目のアストリアスも好きなんだけど、あのピアノの早い部分は、
のんきに聴いているとギターの早弾きにしか聴こえなかったりする。ピアノなのに。
とにかくカッコいい。

「アストリアス」ってのは「伝説曲」という意味だそうで、
アルベニスはスペイン組曲を作曲するとき、8曲分のタイトルを最初に決めて、
最初の3曲と最後の8曲目は作曲したのだけど、途中の4曲は作曲しないまま、
ほったらかしにして亡くなってしまった。
で、後世出版するとき、そのままじゃ格好がつかないので、
タイトルの部分にそれっぽい別の曲を持ってきた。
「アストリアス」の部分には「スペインの歌」という曲集の「前奏曲」を持ってきた。
だから、アルベニス的にはこの曲は「前奏曲」なのであって「伝説曲」ではない。

でもおそろしいもので、のちにギターの曲としても有名になったこの曲は、
「アストリアス」として知られるようになった。
作曲したアルベニスはそんなこと考えてなかっただろうに。

人身事故で総武線が止まった時、待ち人だらけの小岩駅のホームでもこの曲を聴いていた。
聴きながら、なんとなくこのことを年をとってから思い出すんじゃないかと思った。
天曇りの早朝の駅のホームで、なぜかスペインのピアノ曲を聴いている、
列の前の人の背広の背中を見ながら、茫然としている自分を、
思い出すんだろうなぁと、なんとなく考えた。
で、四半世紀経った今、思い出してる。

アストリアスを聴くと総武線を思い出すという、わけのわからない習性を獲得したのだった。

(日本語の一般表記では「アストゥリアス 」で、「アストリアス」だとギター屋さんが検索される。
 なんかそっちの方がカッコいいので「アストリアス」にしといた。
 単に年をとって呂律が回らなくなってるだけかもしれんけど……)

総武線が混むといえば、自分の千葉の友人が、その当時仕事で都内に通っていて、
千葉からだから余裕で座ることが出来た。
とても几帳面な人だから、毎度同じ時間で同じ車両、同じ座席だったのだろう。
鉄オタでもある。
で、その友人がそうやって毎度同じ座席で東京に通勤するうち、
途中から乗車してくる女性客が必ず彼の前に立ってつり革をつかむようになった。

一度か二度なら偶然なのだろうけど、毎度同じことが続くとさすがに不思議に思う。
なんでだろうとドキドキしながら様子を伺ったところ、
友人が降りる駅で席を立つと、その女の人は待ってましたとばかり、そこに座るのだ。
なんのことはない、確実に座れる席として友人は目をつけられていたのだ。

この話はたぶん、その当時に一緒に飲みに行ったときに聞いた話だ。
本人がこれを読んだら、なんでそんなことを覚えとるんじゃ、わしだって忘れとったが!
と驚くことだろうが、実は帰ってからネタ帳にメモしてあったので、
四半世紀経った今でもはっきり覚えているのだ。

総武線と言えば、漫画家のアシスタントをしてた頃も、これを利用していた。
朝は秋葉原まで行って乗り換え、帰りは秋葉原で総武線に駆け込む。
たいてい夜十時過ぎだったから、客はみんなぐったりしている。
ロングシートに座っていると、居眠りし始めた女の子が寄りかかってくる、
なんてこともときどきあった。
秋葉原から両国国技館の前を通って、
ビルの屋上になぜか信楽焼の狸が大量にいるのを見て、
お稲荷さんの赤い鳥居もビルの上にはちらほらあるので、ときどき心の中で手を合わせる。

これらがだいたい平成五年くらいのことなんだけど、
たぶん今でも風景はそんなに変わってないんじゃないかな。
スカイツリーが見える、くらいかもしれない。
国技館は昔のままだし、江戸東京博物館の奇妙な建物も、
あの当時はオープン直後でしっかり存在した。
錦糸町の駅前の大改造も、あらかた終わっていた時代だ。
バイト帰りに錦糸町でみんなで飲みに行ったら、
英語で話しかけてくる日本人のおじちゃんがいて、
あれはなんだろうねぇとみんなで面白がってた。

本当は大河ドラマの視聴率がずっと一桁だって話題を書くつもりだったけど、
なんか総武線の思い出になってしまった。


2019年1月31日 (木)

熱く激しく愛おしく

床屋で頭をワシャワシャ洗われるのが好きだ。
親父さんのごっつい手でこう、ワシャワシャワシャっと掻きまわされる。
「かゆいところはないですか」
とたずねられれば、
「全体的にかゆいです」
と、無茶な要求もしてしまう。
本当にかゆいわけではない、頭を乱暴に掻きむしられる感覚が好きなのだ。

中学時代に読んだ小説でそんなのがあった。筒井康隆だったかな、
あれは畳男だったか、じゃあ違うかな、どうもはっきりしないけど、
ひょっとしたら内田百閒とかそのあたりかもしれない。
床屋で頭を乱暴に洗われる描写があって、それがなんとも心地よさそうだった。

最近だとネットで読んだ小話で、美容院で女の人が頭を洗われているうち、
あまりの気持ちよさにウトウト居眠りしはじめ、
無意識に自分の胸をもみ始めてしまい、ハッと我に返って、
洗い髪のまま逃げ出す、というのがあった。本当かどうか知らないけど、
まあ、それくらい頭を洗われるのは気持ちがいい。

若いうちはそれこそ、髪が引きちぎれんばかりにワシャワシャ洗われたもんだ。

ところが齢をとってくると、どうもそうはいかない。
この頃は床屋の親父もずいぶん弱っているようで、
客の頭を洗う腕に力がまったく入っていない。
サラリーマンならとっくに定年退職していそうな年齢だから、仕方がない、
人間はいつまでも若いままではいられないもんだと、
親父さんがやさしく掻きなでる感触に、諸行無常を感じたりもするのだ……

もちろんこれは冗談である。
親父さんとしては、客の薄くなり始めた髪の毛に十分な配慮をし、
一本でも多くの髪の毛を延命させるために、手心を加えているのだ。
客が毛量の豊かな若者なら、容赦せずにワシャワシャ洗いまわすことだろう。
齢をとったのは、客である自分の方なのだ。

そう考えると一抹の寂しさを感じてしまったりする。
自分はもう、親父さんの手で豪快に頭を掻きまわしてもらえないのだ。
頭皮の破れんばかりにワシャワシャと指をこすりつけてはもらえないのだ。
なんという悲劇だろう。自分はまだそんなひどいハゲというわけでもないのに、
親父さんの善意が、数少ない自分の楽しみを取り上げてしまったのだ。

いやまあ、「もっと激しくやっちゃってください」とお願いすればいいんだけど、
それを言うことが、自分のプライドをいたく傷つけもする。
床屋は頭をマッサージするところではない。
それに、髪の寿命というのも、やはりどうしても気にかかるお年頃なのだ。
ここは親父さんの善意をありがたく受け取るべきなのだろう。

という文章を、アシさんの仕事待ちの間に何となく書いてみた。

頭を刺激されるというのは、ものすごい快感なところが自分にはあって、
若いころ、歯医者で親知らずを抜かれたときの感覚も、自分にはものすごい快感だった。
麻酔をかけられ、治療用の椅子に横になる。口を大きく開け、そこに、
マスクをした歯医者がペンチのようなものを突っ込んでくる。
で、親知らずをペンチの先っちょでつまんで、グググイっと引っこ抜く、
麻酔が効いているので痛みはまったく感じない。ただ頭蓋骨に激しい振動があって、
自分の顎から何かが奪われていく感覚が、割とはっきり伝わってくる。
ゴリ、ゴリゴリ、ゴリっと振動が脳みそに伝わってきて、スポッと抜ける。
これはなかなかに気持ちがいい。そんなことを考えるのは自分だけかもしれないけど。

以前にもこのブログで書いたと思うんだけど、頭への刺激は脳を活性化させる。
漫画で面白いアイデアを思いつくのも、たいていは風呂で頭を洗っているときで、
床屋で頭を洗ってもらっているときも、
「日本語だと地味な女の子が外国語を喋るとカッコよくなる」
ってのが浮かんで、これはオモロイなと喜んだりした。

こうなるといいアイデアを求めて、風呂場で頭を洗いまくったりもする。
まあ、一番大切なのはリラックスすることだから、あんまり意味はないのだけど。

ただそうやって頭を「酷使」するために、髪は擦り減り、薄っすら頭皮が見えたりもする
男とは悲しい生き物なのだ。でもこれはいわば、「傷は男の勲章」的なものであって、
決して嘲笑されていいものでもない。むしろ誇るべきものだと僕は思う。
かのショーン・コネリーがカツラをカミングアウトしたとき、
「天下のジェームス・ボンドが作品のイメージを壊すとは何事か」
という意見もあったけど、僕はむしろ拍手喝采した方だ。ボーンヘッドは美しい、
男はハゲてこそその男っぷりが上がろうってもんだ。

と、馬鹿なことを書いていたらアシさんの仕事が一区切りついたらしい。
仕上げに入らなくちゃ。

2019年1月29日 (火)

飛び出す絵本


日曜にテレビをつけたら大相撲の千秋楽だった。
僕は最近の相撲がどうなってるのかよく知らないんだけど、
先場所の貴景勝が優勝したのとか、面白かったからそのまま見続けた。
今場所はその貴景勝が横綱白鳳を下して、休場所に追い込んだことから、
この若者がいよいよ大関昇進か、という相撲だったらしい。
まあ玉鷲が優勝してその後の貴景勝の取り組みがあかんかったので、
大関うんぬんは来場所以降に持ち越されたわけだけど。

で、中継を見ていたら、玉鷲の優勝が決まった数秒後、NHKの速報が入った。
「玉鷲優勝」
……そんなもん見てればわかるだろう、と思った。
そういえば前回の貴景勝優勝の時もテロップが流れたけど、
これは最近の新たな風習なのかと頭をひねった。

で、調べてみたら、答えらしきものがネット上にあった。
緊急速報は総合、Eテレ、BSとすべて共通に流されるために、
生放送中の大相撲でも自動的に流れるらしい。

で、その緊急速報ののちにもう一度緊急速報が流れて、なんだしつこいなと思ったら、
今度のは嵐の来年解散報道だった。

すげえぜタッキーと、ちょっと思った。
いや、ジャニーズも内部でいろいろあるんだろうなと、下種な勘繰りをしたのだ。
それにしても、嵐の解散はさすがに緊急速報級の話題ではあるのだな。

びっくりした緊急速報というと、もう三十年も前の話だけど、
テレビを見ていたら緊急速報が流れた。
「英ロックバンド、クイーンのフレディ・マーキュリーがエイズを告白」
というものだった。あらら、こりゃ大変だな、でも告白だけで緊急速報とか、
さすが天下のフレディだと思ったら、
数時間後か翌日だったか、フレディ・マーキュリー死去がやっぱり緊急速報で流れた。

エイズが人々の恐怖を駆り立てていた時期だったから、
フレディがエイズというのは、衝撃的な話題ではあるし、
僕個人は緊急速報でもおかしくないとは思うけど、
知らない人がそれを見たら、
「なんでこれが緊急速報?」
だったかもしれない。
最初の速報ではまだ亡くなってはいないわけだし。

八十年代にも、「恋したーら、誰だーってー」のアイドル歌手が自殺未遂して、
その時も速報が流れた。
おや、大変だ、でも命に別条がないならとりあえず良かったと思ったら、
数時間後に「自殺した」のテロップが流れて、
ちょっと混乱した。自殺未遂の後に再度自殺を図って、お亡くなりになってしまったのだ。
岡田有希子さんだ、書いてるうちに思い出した。
僕より一個上だからほぼ同世代。
生きてらしたらもうオバちゃんだけど、記憶の中では永遠に女の子のままだ。
あの曲好きだったけど、配信とかはされているのかしらん。
「あみん」にも同じフレーズと同じメロディラインの曲があって、
そっちも好きだったな……と、話題がそれてきた。

テレビの緊急速報には毎度度肝を抜かれるという話でした。

僕が子供の頃は「飛び出す絵本」がなぜだかうちにあった。
自分で買った覚えがないので、店のお客さんがくれたものかもしれない。
タイトルは「あしたのジョー」……そう、あの名作漫画の飛び出す絵本である。
たぶんだけど、講談社がジョーのアニメ化とその商業的展開の中で、
「これを飛び出す絵本にしたらおもしろいんじゃね?」
と制作したものだと思う。

細部のことはあまり良く覚えていないし、現物もとっくに無くなっているのだけど、
ページを開いたとき、あの泪橋のジムのリングがパーッと広がって、
その上にジョーがいたのは、よく覚えている。
丹下のおっちゃんはリングの下にいたし、他に何人か、マンモス西やらなんやらいたと思う。
飛び出す絵本だから、これらがすべて立体なわけで、
工作大好き少年だった僕は、「すげー」とその仕組みを飽かずながめていた。
リングの横の紙の棒を動かすと、リングの上のジョーがスパーリングをする仕掛けだった。
裏側をひっくり返して、「ページを開くと飛び出すからくり」を頭に叩き込んだ。

その成果は小学校四年の時の、クラスのプレゼント交換で発揮され、
僕は「開けると戦闘機が飛び出すカード」を作って、それをプレゼントに混ぜた。
今でもはっきり覚えている。プレゼントはU君の手に渡ったのだ。
担任の女先生が
「これはかわすみ君の手になるものだね」
と一発で見抜いたことも、覚えている。
覚えすぎて、そのあと、クラスの女の子が突然泣き出したことまで記憶している。
自分のところに回ってきたプレゼントが算数の図形の時間に作った白い箱だったのだ。
立方体をわら半紙でとりあえず表現してみました、みたいなやつ。

女先生としては初めて担任として受け持ったクラスだったので、
いろいろ新しいチャレンジをしてみたのだろうけど、
それだけに毎度いろいろな問題点も飛び出してきた。
まさかそんなものをプレゼント交換に使うとは考えもしなかったのだろう。でも、
いきなり「プレゼントを用意して」と言われた生徒の方も、途方に暮れたと思う。
わら半紙の箱をプレゼントにした子の気持ちも、わからんでもない。

ちなみに、僕がもらったのは、市販のクッキーだった。

大人になった今になって考えてみると、
僕の飛び出すカードをもらったU君はどう思ったのだろう。
そのあと、みんなに見せていたところは記憶しているけど、
小学生が作ったものだから、案外わら半紙の箱と同じだったような気もする。
ただ、それよりはだいぶ手は込んでいたけど、U君は「困惑した」かもしれない。
体育会系だったし。

でも、本のページを開いて、そこに立体物が飛び出すというのは、
ある種ロマンというか、夢があるようにも考えるのだな。

今だとスマホをかざすと立体的な映像が飛び出す、みたいなシステムもあるけど、
そうじゃなくて、純粋に紙だけで立体を表現するってのが、
自分の工作少年だった部分をくすぐるポイントなのだった。


2019年1月25日 (金)

喧嘩草雲

もう昨年の話だったと思うけど、担当さんと電話で話していて、
何かの流れで河井継之助の話題になった。
どうやったら今の仕事の話からそこへ行き着くのか、まったく覚えていないのだけど、
「ヘリのコクピットは前」→「ガトリング砲がついてる」→「ガトリング侍」
って流れだったと思う。
なんでヘリコプターの話になったのかは完全に記憶がない。

「ガトリング侍でネット検索すれば河井継之助が出てきますよ」
「あ、本当だ出てきました」

で、しばらく明治維新しょっぱなの戊辰戦争の話になった。
まあ、大したことは話してないけど。
単純に「ガトリング侍」という言葉が面白かっただけの話だ。
だって、ガトリング侍って、なんだよそれって話だし。

ガトリング砲ってのはご存知連射式の機関銃でありまして、
横のレバーをクルクル回すと「だだだだだ」と銃弾が雨あられの様に飛び出してくる。
これが慶応四年に日本に入ってきまして、三台あったうちの二台を長岡藩が購入している。
そこの家老が河井継之助さんで、よっぽどうれしかったのか、
このガトリング砲を撫でまわし、実際に撃ちまくったりして、
「これがあれば我が藩は官軍にも徳川にも属さず中立でいられるのだ」
と満面の笑顔でのたまうのであった。ちなみに、昔見たドラマでは中村勘三郎が演じてた。

ネットで調べたら、役所広司主演で映画化の話があるらしい。
なんで今?と思ったら、

役所広司→山本五十六の映画主演→山本の尊敬していた同郷の人物

という流れらしい。えらいイケメンの継之助になるな。
原作はたぶん司馬遼太郎の「峠」あたりなんだろう。

司馬遼太郎はこの人物を題材に「峠」「英雄児」の二作を書いているけど、
僕は別に司馬遼太郎のファンというわけでもないので、短編の「英雄児」しか読んでない。
それも、二十代の頃に短編集で目を通しただけだ。

そんでまあ、もう一回目を通しておきたくなって、本棚から持ち出してきて読んだ。
新潮文庫の「馬上少年過ぐ」という短編集だ。
表題作は伊達政宗の生涯を短編にしたもので、全七作品収録。
最初の一遍が河井継之助を題材にした「英雄児」だ。
題名だけだとものすごくカッコいい話かなと思うけど、このタイトルがすでに皮肉で、
「英雄も生まれる場所を間違えると悲惨なことになるよね」
という意味が込められている。

河井継之助は長岡藩の名家に生まれて、幕府だ天皇だという時代の流れの中で
「そのうち徳川と薩長で戦争になるだろう」と予測して、
長岡藩の財政を立て直し、莫大な利益を出して、その金で武器を買いまくった。
日本のスイスとして永世中立を維持して時代を乗り切ろうという算段だった。

ところがこれがギャグ漫画ならそう描かざるを得ないのだけど、
ガトリング砲を手に入れて、この無敵の武器にすっかりのぼせ上ってしまった。
機関銃を打ちまくって「快感……」と酔いしれる薬師丸ひろ子のように(古いなぁ)
河井継之助はこの連射砲に惚れ込んでしまったのだ。
で、これを実戦で撃ちまくってみたい衝動に駆られて、いや、それほど愚かではないけど、
これがあるがために、官軍との間で戦火を交えてしまった。
実際に家老本人がこのガトリング砲を官軍めがけて撃ちまくったりしている。
で、まあいろいろ不運も重なって米沢方面に逃れたところで死んでしまった。

司馬遼太郎はこの人物に対しては批判的というか、割と淡々としている。
長編の「峠」の方は読んでいないのでなんとも言えないけど、
「英雄ってのは困ったもんだね」
というスタンスなのだろう。

ついでなので短編集を順番に読んでいって、
僕はむしろ三本目の「喧嘩草雲」が面白かった。
これを読んだ二十代の頃には完全に読み飛ばしていたけど、
河鍋暁斎とか、今だと結構リアルに想像できるので、惹きつけられた。
題材は田崎草雲という幕末の画家で、足利藩の侍でもある人物。
身長は180センチほどもあって、眼光の鋭い乱暴者。
剣の腕もなかなかのものだったけれど、父親が絵をたしなんでいた流れで、
自分でも絵を描くようになり、ついには江戸に出て谷文晁に弟子入りしたりしている。
けっこうすごい人についてたんだなと思うけど、
その死後は師の画風をまねることを拒絶して、絵師としての栄華の道を断ってしまう。
文晁の弟子でございと師匠風の絵を描いていれば生活に困ることもなかっただろうに、
この人はあくまで「俺は何者か」というところにこだわってしまうのだな。
不器用で世渡り下手くそなんだけど、こういう人物は僕は大好きである。

で、この人も足軽とはいえ侍ではあるので、ご維新の混乱に巻き込まれていく。
司馬遼太郎がこの人物を取り上げたのはおそらく河井継之助と対にするためで、
ほぼ同じような状況になったとき、河井継之助は戦死して藩を滅亡させたのに対し、
田崎草雲はこれを乗り切って、藩主から感謝され、のちに国から表彰までされている。

個々のエピソードも面白い。具体的なところはネタバレになるので書かないけど、
僕はこの短編のいくつかの部分を繰り返し読んで、
「ホントかよ、漫画じゃんこれ」
とご満悦なのであった。
この面白さに気が付かなかった二十代の自分は馬鹿だなとしみじみ思う。

で、今伊達政宗のところまで読み進めているところなのだ。
以上、読書日記なのでした。

夢の話

なんか変な夢を見た。
いや、いつも変な夢ばかり見ているのだけど、
いったい僕のどこからそんな夢が出てくるのか、フロイト様もびっくりだよ、ってな、
変な夢だった。

どことなく、昭和のオカルト番組風に思えた。
薄暗く、青みがかったような色調の夢だった。
画像の粗さが恐怖心をあおる、みたいな。

僕……なのかな、その人物は学生で、歯科関係の専門学校に通っている。
講義を履修する。歯科矯正専門の教授?が担当教諭で、
初老のマッドサイエンティストみたいな人。
雑誌に写真が載っていて、怪しい人だけど大丈夫かなと不安になる。

でも講義は人気で、女の子が大勢受講するみたいだ。
特に美人ではいない、ごく普通のお嬢さん方だ。
いや、ひとりものすごい美人がいた。彼女はこの講義を再履修するらしい。

「歯科言語学」という言葉が彼女の口から飛び出してくる。
なんじゃそれ、と思う。
彼女はカルトな宗教の信者の様に、教授の講義のすばらしさを語る。
「歯は人間のすべてなの。歯を美しく保てば、人間はみんな美しくなれるのだわ」

教授はどうやら、この道を究めた末に、究極の歯科矯正を発見したらしい。
ある特定の言葉を繰り返せば、歯の正しい成長が促進されるのだという。
なんかわかったようなわからないような話だ。
配られたテキストには、その呪文のような意味不明の言葉が印刷されている。
「さあ皆さんご一緒に」
と教授が扇動すると、教室の生徒が全員その呪文を唱え始めた。
まさに新興宗教だなと、僕はトホホな気分になる。

で、教室を見回すと、普通の顔のお嬢さんばかりだったのが、
みんなどんどん綺麗な女の子に変貌していったのだ。
呪文の詠唱が彼女たちの歯を正しい形に矯正したらしい。
なるほど、歯科衛生士が綺麗な子ばかりだと思うのは、マスクで顔を隠すからではなく、
みんなこの授業を受けているからなんだな、と感心した。

じゃあ再履修していた美人さんも、元は一般人レベルの顔だったのか、
と彼女の横顔をマジマジとのぞき込んだところで目が覚めた。

変な夢だった。でたらめのようだけど、筋道は立っているような気がする。
面白かったので「歯科言語学」という言葉を忘れないようにメモした。
起き抜けに夢のメモを見ると「なんじゃこりゃ」と思うことがよくあるけど、
「歯科言語学」というフレーズが独特だったので、細部まで思い出すことが出来た。
まったく、どこから出てきたんだこんな言葉。

変な夢と言えば、何か月か前に見た夢も不思議だった。
僕はマンションの一階の部屋を安く借りているのだけど、
それは部屋のトイレが壊れていて、中庭の掘立小屋のトイレを使う仕様だったからだ。
(という設定の夢ね)
ところが、このトイレがど派手に爆破されたのだ。
なんで、と思うけど、それよりトイレが使えなくなったのが大問題である。

大家さんに懇願しに行くと、近所に病院があるから、そこのを使ってね、と突き放された。
直してよと思ったけど、僕は素直な人間なので、近所の総合病院までトイレを借りに行く。
ところで現実の僕も近所に割と大きな病院があるところに住んでいるのだけど、
夢の中の病院はそれよりははるかに近未来的で、
病院というよりはデパートのような作りだった。
マツモトキヨシが十階建てのビルになったような感じというか、
エスカレーターまでちゃんと完備されていた。

僕は受け付けの看護師の目をかいくぐり、エスカレーターに飛び乗る。
そこには小さなプラスチックのカゴに入った市販薬や日常品、
つまりマツモトキヨシで売っていそうなものが陳列されていたけど、
それを踏みつけにして、僕は上の階にのぼっていく。
最上階で僕はようやくにしてトイレを発見する。高級ホテルのトイレの様に、
広くてピカピカのトイレだった。
さすがに大病院のトイレだ、でも毎日ここに通うのはしんどいな、
と思いながら僕は用を足す。(もちろんおねしょとかはしてませんよ)

で、さっき登ってきたエスカレーターを、商品を踏みつけにしながら下っていく。
止まってれば被害は最小限で済むのに、
僕はとにかく小走りに下っていくのだ。
なんせ、関係者でもないのに勝手にトイレを使っているのだから、
やましさが半端ない。

まったく、安い部屋に住むとろくなことがないな、と思ったところで目が覚めた。

こんな調子で、よくわからない夢を僕は時々見る。
夢は基本的に自分の中の記憶をもとに作られるものだと思うんだけど、
記憶にないような情報が飛び出したりもすることがあって、
ひょっとして夢を見ている間、自分は並行宇宙にでも飛ばされているのか、
と考えてしまうこともある。
僕の夢は総天然色でかなり細部までリアルに見えているのだ。
アニメ調とか漫画調ではなく、現実そのままのリアルな感じである。
まあ、そう感じるだけで実際はけっこうボンヤリしているのかもしれないけど、
例えばエスカレーターの上の商品なんかは、箱書きも確認できそうな感じがした。
まあ、別の夢で文字を読み取ろうとして、起きてから思い返したら、
まったく意味不明の言葉の羅列だったりはしたけど。

自分が覚えている一番古い夢は、幼稚園の頃に見た夢で、
仮面ライダーのクモ男だかクモ男爵だかの怪人が現れて、うちの父に、
「こいつを殺せ」
と命令し、父親が見事に操られるという夢だった。
これはさすがに強烈だったので、いまだにはっきり覚えている。
肉親が実の息子を殺そうと近づいてくるのだから、トラウマものである。
起きてからしばらくは父親の顔を見るのが滅茶苦茶怖かった。

あとこんなのも見た。学生時代だと思うけど、僕はプロレタリアートで、
思想のために特高に逮捕される。こわい特高警官たちに囲まれ、
仲間の情報を吐けと強要されるけど、僕は仲間を売ったりしないぞと考え、
歯を食いしばる。
ところが、いざ拷問が始まろうとするところで、
「ごめんなさい、みんな白状します、拷問はやめてください」
と涙ながらに懇願し始めるのだ。

なんだそれ、かっこ悪いなと思ったところで目が覚めた。
当時の自分は信念に忠実なのがカッコいいと思っていた純朴な人間だったので、
なんか、自分に裏切られたような感じがした。
でも、本当に夢のようなシチュエーションになったら、
僕は仲間を売り飛ばしてしまうかもしれない、たぶんそうなるんだろうなと、
夢ごときでひどく落ち込んでしまうのだった。
まあ、僕はプロレタリアートでもなんでもないんだけど。

ちなみに、この夢を学生時代の友人に話したら滅茶苦茶ウケた。
いかにも君らしい小心者の見る夢だと言われ、
こんちきしょう、話すんじゃなかったと大いに後悔した。
腹が立ったので、
「同じ状況になったら真っ先にお前を売ってやる」とすごんだら、
なおさらウケて大笑いされた。
仕方がないので僕も一緒になって笑った。
まあ、こういう冗談が大好きな変わり者だったんだけどさ。

若いころの夢は割と論理的でわかりやすいような気がする。
まあ、論理的で物語としてわかりやすいから記憶してるんだろうけど。

こんな夢も見た。これは江戸川区で一人暮らしを始めたときの夢だ。
畳敷きの広大な部屋の中央で、僕はポツンと立っていた。
そんで、突然これが夢だということを理解した。
「おお、俺は夢を見ているんだ。夢だから欲望のままに何をやっても自由だぞ」
と興奮しながら走り回ってるうちに目が覚めた。

夢が覚めるボンヤリした意識の中で、
ああ、興奮したら夢から覚めちゃうんだ、これは失敗だったと激しく後悔した。
まったく、二十代の頃の話とはいえ、
夢の中で何をやらかそうとしたのやら。

より以前の記事一覧