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出前の話

2013年12月 6日 (金)

敗者復活 その3

書き損じの文章をさらし続ける、その3回目。

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出前の話 その7

時期的には完全に外しているのだけど、冷やし中華の話。

ラーメン屋の親父さん夫婦とその年最初の冷やし中華を食べているとき、
話の流れで、
「そういえば名古屋では冷やし中華にはマヨネーズがついてくるんですよ」
と話したところ、
「なんじゃそりゃ」
と、ひどく驚かれ、そりゃ何かの間違いだろうという顔をされた。

名古屋で冷やし中華にマヨネーズは割とポピュラーなので、
「案外おいしいですよ」
と、なんとか納得してもらおうとしたのだけど、どうしても理解してもらえなかった。
かなり不気味な感じがするらしい。
マヨラーがご飯にマヨネーズをかけるような感じだろうか。

ウィキペディアだと、ラーメンとマヨネーズを掛け合わせたのは寿がきやが最初らしい。
寿がきやは名古屋のジャンクフードみたいなものなのだけど、そこで出していたものが、
一般のラーメン屋にも広がったらしい。
ただし、東海地方限定で。

だから、自分は冷やし中華とマヨネーズには違和感をまったく感じないし、
親父さんたちが「信じられない」と言ったその感覚も、よくわからない。
ただ、涼を求めて酸味のある爽やかなラーメンを作っているのに、
そこに味のちゃぶ台をひっくり返す高カロリーの食材を投入されるのは、
ラーメン一筋の親父さんには認めがたい事だったろうなとは思う。

そういう自分も、まかないで味噌ピーナツが出てきたときには、
「これでご飯を食べるんですか」
とちょっと躊躇した。

「同じにするな」と、関東の人には怒られるかもしれないけど、
メロンに生ハム、酢豚にパイナップルくらいの違和感があった。

まあ、みんな好きなんですけどね。

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これを使わなかった理由は単純。
「こんな寒いのに冷やし中華の話なんて誰も読まねえよ!」
ということです。
書いたの9月なんですけどね。

もう一つ。

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新しい日本語というのは日々製造される。
何日か前の新聞に「イケメン」という言葉は、
新しい日本語として既に市民権を得たと書かれていた。広辞苑にも載っているらしい。

「全然大丈夫」というのも、使われ始めた当初は逆説的で面白い言葉だと思ったけれど、
今では当たり前の慣用句になってしまって、面白味の方はどこかへ吹き飛んでしまった。

言葉は時代のスタイルに合わせてマイナーチェンジされている。
そのマイナーチェンジが積もり重なって、
言葉の方で日本人の思想や生活習慣を作り上げていく。

前のブログでも書いたけど、三波春夫先生の
「お客様は神様です」
という言葉は、言葉の方で独り歩きして、
「商売人はお客様という神のために尽くすのが当たり前なのだ」
と曲解され、今の時代に横柄で自分勝手な人間をたくさん作り出してしまった。

くどいようだけれど、三波春夫が「お客様は神様です」と言ったのは、
まず、客と売り手は対等な関係であるという前提があって、
それが当たり前だと考える日本人が大多数だった時代に、
あえて逆説的に、

「決しておごり高ぶることなく、お客様を神様と考えて、いっそうの精進に励む」

という芸で身を立てる人間の心意気を表現した言葉であり、
それをお笑い芸人が、

「こちらも芸で身を立てていますので、お客様は神様でございますよ」

と客を持ち上げて笑いを取るのに使った、と言うだけの話である。
当時の客は、自分が神様だとは思っていないので、

「こんにゃろ、心にもないことを言いやがって」

と、その調子の良さを笑ったのである。
ところが、言葉があまりにも完成されて、慣用句としてよく出来ていたために、
その来歴を知らない世代が「客は神様なんだ」と勘違いしたために、

「おい、そこの店員!客に対してその態度はなんだ、もっと奴隷のように仕えろ」

とおかしなことを言い出すようになってしまったのだ。
もちろん、態度の悪い店員というのはいるし、それに文句を言うのは当然だ。
けれどそんな場合でも神様のように尊大な態度で店員に教えを垂れるのは、
大人としてカッコ悪いと思う。

人に教えを垂れるならば、そこに愛情がなければならない。
古いの暖簾の老舗には、そこをひいきにする常連客がいて、
長い間に培った店と客との信頼関係がある。そういう所の客ならば、
「おまえさん、この頃少し態度が良くないよ。直した方がいいよ」
と言葉をかけるのも粋である。

牛丼屋のバイト相手にまなじり上げて喧嘩腰になるのは、どうしょうもなくカッコ悪い。
止めた方がいい。

店側の方でも、お客様へのサービスは本店からの至上命令だから、
逆らえないという事情もある。
マクドナルドに昔気質の職人のバイトがいても面白いと思うのだけど、
そういう「勘違い」の人は客のクレームで淘汰される運命にある。
これが昭和なら、店の方で客を教育するということもあったのだけど、
一流の料亭ならともかく、ファーストフードの店でそれは出来ない。
そして、若い世代は一流の料亭なんてものにば行かないので(僕も行かないけど)
ますます客の方までジャンク化していくことになる。
ジャンク化した客が「お客様は神様だ」という言葉を曲解して世にはびこらせる。

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また三波春夫かよ、と言われそうですが、
「お客様は神様です」
という例の言葉が妙にひっかかるらしく、何度か書いたり破棄したりしています。
お店側の人間としては、これはありがたい金言です。
接客の心を一言で言い表している。
でも自分は実家が食堂でしたし、バイトで接客業をすることも多かったので、
どうしても神様でないお客様が目に入ってしまう。
出前のバイトで中華丼にウズラの卵が入っていると言って怒られたこともあります。
「こんなの普通入れないでしょ!」

これはでも、クレームしてくれた方がありがたい案件ではあります。
ラーメン屋のおじさんというのはすごいもので、
昼の稼ぎ時に大量に入ってくる注文を順番通り記憶して、
しかも客の好みまでほとんど頭に入っているのです。
「ウズラの卵で怒られました」
と報告すれば、
「そうか」
と呟いただけで、次にはその客に卵抜きの中華丼を出してきます。
こういう職人的な能力には憧れます。
記憶力もですが、客をあくまで立てる姿勢にはやはり、学ぶところが多いです。

「お客様は神様です」という言葉は、
こういう方が口にしてこそカッコいい言葉なんだと、僕は思うのですよ。

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招き猫が寿司屋の二階にいた。

2013年9月11日 (水)

出前の話 その6

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追記。

「歯磨きおばさん」と「解体屋のおばさん」については出前の話の一話目で書いてます。
ずいぶん昔の記憶なのでところどころ記憶が変わっているかもしれず、
特に解体屋のおばさんはシミーズだったのじゃないか、という疑惑もあるのですが、
今回絵を描いていて、「あ、ゴメン、この格好はないわ」と言っていたのを、
突然思い出したので、どっちにしろひどい恰好だったのだと思う。

でも、そういう記憶の変化も面白いと思うので、まんま描いときます。

ソフト部も八割くらいは実話。
親父さんがテンパってたというのは無いと思う。
ラーメンだけの注文だったらむしろ「ラッキー」ってくらい簡単だったはず。
どっちかってと、あの嬌声を発ずる集団の中にアツアツのラーメンを運んだ自分の方が、
修羅場だったんじゃないかな。

2013年7月22日 (月)

出前の話 その5

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2013年7月19日 (金)

出前の話 その4

人間にはテンションがある。
寝起きは象のようにノロノロしていても、
仕事に追いまくられてガンガン動いているうちに、頭の中がハイになってくる。

そうなると、レコードの回転数と同じで、
喋ってる言葉のキーも若干高くなる。

この例えが分からない若人に説明すると、昔はレコードプレーヤーというものがあって、
レコードの種類によって、回転数を変えることが出来たのである。
LP盤をドーナツ盤のスピードで再生すると、曲が早くなって、ピッチも上がった。
それと同じで、人間も加速がつくと喋ってる言葉のピッチも上がる。

僕は、寝起きは「なんで怒ってるの」というくらい、暗い声なのだけど、
テンションが上がってくると、どんどん言葉のピッチが高くなってくる。

それで、若い頃はあんまりピッチが上がりすぎて、声が女の子、というか、
おばちゃんみたいになることがあった。
この状態で出前をするから、ときどき女性の配達員と間違われることがあった。

なんか、事務所の奥から嬉しそうな顔をしたおじさんが出てきて、
「あれ、お姉ちゃんは?」
と、キョロキョロするのだけど、
目の前にいるのは身長170センチのゴッツイ顔したアンちゃんなので、
「なんだよ、男かよ!」
と怒り出すことになる。

自分もその気持ちはなんとなくわかるから、申し訳ない気分になる。
親父とおばちゃんばかりの職場で、いいかげんウンザリしているところへ、
突然、若い女の子の声が聞こえてくれば、
そりゃ男児たるもの、スキップしながら玄関に向かうものさ。

まあ、そんな錯覚も、僕が二十代の前半だったからで、
三十前くらいからは、さすがに声がオジサンになってきて、
高い音は出なくなってしまった。

今では僕の声を聞いてときめいてくれる男性は、
皆無である。
元が高い声なものだから、頭の軽いナンパ親父みたいな声になっている。

逆に、若い頃オッサンみたいな声だった後輩さんが、
この頃は円熟してすごく渋い声になっていたりするから、
くそ、何だこの野郎、僕だってそんなセクシーダンディな声になりたかったぞと、
悔しい思いをしていたりする。

それはともかく、
出前はやっぱりきれいなお兄ちゃんかお姉ちゃんが望ましい。
何より、きれいどころ目当てにまた注文しようというリピーター客を獲得できる。

自分が超絶イケメンだったら、ラーメン屋は大繁盛だったろうなと、
看板アニキになれなかった若き日の自分を不甲斐なく思ったりもするのである。

なにせ、イケメンはすごい。

東北で大震災と原発事故があった数か月後に、
すごいイケメンが山のような果物を抱えて
「お兄さん、買ってください」
と玄関口にやって来た。

別にそっちの趣味はないのだけど、
なんかイケメンというだけでうれしくなっていまい、話を聞く。
「こっちの蜜柑は長野産なんですよ」
と蜜柑の箱を見せてから、
「こっちの梨は最高級の銘柄なんですよ」
と、特に産地を告げることなく、なんだか長野産であるかのような流れで話を進める。

「買っていただけませんか」

目の前でイケメンボイスでささやかれると、ノーマルな僕でも悪い気はしない。
産地がどこでも構わないや、という気分になって、
ついつい買ってしまった。

梨はすごくおいしかった。

これは訪問販売の話なのだけど、
自分もあれくらい甘いマスクと、トリッキーな話術があれば、
その道でひとかどの人物になれたかもしれない。

皮肉でもなんでもなく、割と本気でそう思っている。

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面倒見のすごくいい方で、いろいろ生活物資を援助してもらったけど、
「かわいいから」という理由で頂戴したディズニーのお菓子の入れ物だけが、
今でも小物入れとしてのこっていたりします。

そんな恩人にこの仕打ちはひどいな。


2013年7月11日 (木)

出前の話 その3

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詳細はその1へ。

2013年7月10日 (水)

出前の話 その2

東京はやたらとラーメン屋が多い。
僕は名古屋で生まれ育ったのだけど、昔の名古屋はラーメン不毛地帯で、
ラーメン屋はそんなにたくさんはなかった。
そのかわり、やたら喫茶店が多くて、モーニングサービスが充実していた。

東京に来て驚いたのは、とにかく喫茶店が少なくて、
そのぶん、そば屋とラーメン屋がやたら乱立していたことだ。

自分はあまりラーメンを食べるという習慣がなかったのだけど、
出前のバイトをしていた一年間は、昼は毎日ラーメンで、
鶏ガラスープのあっさりした味にすっかり慣らされてしまい、
ラーメン無しでは生きていけない身体にされてしまった。

名古屋にいた頃は大好きだったきしめんも、この頃はその存在を忘れてしまうくらいだ。

自分のバイトしていた店は中華食堂といったスタイルで、
餃子もチャーハンも、エビチリも、酢豚や天津飯も、いろいろあった。
最近はやりのラーメンとかつけ麺オンリーの店とは違う。

自分は、この店で五目焼きそばとか、五目カタ焼きそばとかの味を覚えて、
とくに前者はかなりの好物になっている。
店のおじさんは僕があんまりおいしいおいしいと言うので、
大きな丼ぶりいっぱいに五目焼きそばを作って、
「さあ、喰いやがれ」
と出してきたこともあった。

さすがに二人前はちょっときつい。

ラーメンスープに特製の豆板醤を入れて、とびきり辛いラーメンも作っていた。
辛いラーメンというのも、名古屋時代の自分には縁がなかったので、
(台湾ラーメンの店がかなり近所にあったにもかかわらず)
以来、辛いラーメンを大汗をかきながら食べるのも、大好きだ。
ただし、本場の人が本気で作った担担麺はさすがに辛すぎて食べれない。

と、ラーメンに縁のなかった自分にいろいろなラーメンを教えてくれたのがこの店で、
この店でバイトをしなければ僕はラーメンのおいしさに気が付かなかったかもしれないし、
あるいは、今よりもっとスマートで、健康的な体だったかもしれない。
複雑なところだ。

でもまあなんだかんだで、僕はお店のおじさんおばさんにはとても感謝をしているのだ。
おいしいものを食べさせてもらえた恩義は、一生忘れないものなのだ。

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詳細はその1

2013年7月 6日 (土)

出前の話 その1

21世紀はネット通販な時代になってしまった。

街を歩けば、この10年ばかりで贔屓にしていた店は次々とシャッターを下ろし、
ついに、町から本屋やら魚屋やらが姿を消してしまった。
残ったのは不動産屋とコンビニエンスストアーばかりだ。
だから、ちょっと何かを買おうというとき、
時間をかけて大きな街、たとえば池袋なんてところまで行くよりは、
アマゾンや楽天でいいや、ということになる。
小腹がすけば、ピザだって頼める。(あんまり頼んだことないけど)
電化製品だって、ネットで買った方が安い場合だってある。おかげさまで、
その気になれば通販だけで何とか生きられそうな今日この頃だ。

あと十年もしたら、通販が当たり前で、
町の小売店は生活のためよりは趣味で開店したサロン風の店ばかりになるかもしれない。
というか、もう実際そういう店ばかりになってる。
会社の役員様が退職後に開いた手打ちそばの店とか、
誰が買うんじゃってな不思議な婦人服を売ってる奥様の店とか、
ぶらりと入るとあんまり家庭的なので落ち着かなくなる喫茶店とか。

つまるところ、町の小売業は流通の仕組みに吸収されてしまったわけで、
こうなると宅配のドライバーさんにも「接客業」であることが求められるようになる。
佐川にしても、クロネコにしても、
頭の下がるような丁寧な仕事をしてくれる人たちは多い。
まあ、中には突然世間話を始めるような人もいるけど。

自分も一年くらい、ラーメン屋で出前のアルバイトをしたことがある。
リアルタイムで配達日記みたいなブログをやるのはマナー違反だと思うけど、
自分がやってたのは20世紀の話だし、まあ、ちょっと書いてみる。

駅前のラーメン屋だったけれど、小さな町だったので、
駅前以外は完全に住宅街だった。そこに間を縫うように事務所があった。
北上するほどお金持ちの家が多くなり、
一番大きなお屋敷のあたりになると、日曜の夜に弦楽四重奏でシューベルトを演奏してた。
確か「死と乙女」だったと思う。
家族だか仲間と集まって合奏をするというのは、
絵にかいたようなお金持ちだよなと、自転車をお屋敷の前に止めてしばし聞き入っていた。
もっとも、そのお屋敷からラーメンの注文が来たことはついぞなかったけど。

公園を清掃するお年寄りの親父さんにはすぐ顔を覚えられた。
「漫画を描くんだってね」
と、野良の子猫を紐でつないで手渡されたことがあった。
「スケッチにいいんじゃないかと思って捕まえてやったよ」
……子猫は僕の手の中で壊れたポンプみたいに心臓をドキドキさせていた。
このままでは死んでしまうと思ったので、
「モデルが嫌がってるから」と、その場で解放してもらった。
お礼を言って仕事に戻った。

アパートで一人暮らしのおばあちゃんのところに出前に行ったら、
「若いのに偉いね」
と、なぜか封筒に入った2千円を料金とは別に渡されたことがある。
「頂けません」
と断ったら少しさびしそうにしていた。

お年寄りは、寂しい人が多いなと感じた。

出前に行ったら玄関にブラジャー丸出しの女性がいたことがある。
もっとも、それは解体屋を仕切っている女社長のおばちゃんで、
性別なんてものはとっくに超越したような存在だった。
自分も慌てるよりは「さすがにいい筋肉してるな」と感心してちょっと見とれた。

そういえば、このおばちゃんはお店にいらしたとき、
「お姉ちゃんいいケツしとるな」と僕のお尻を撫で回したことがある。
「僕は男の子ですよ」
と怒ったら「ガハハハハ」と大笑いしていた。そういう人である。

この解体屋のおばちゃんはダックスフントを三匹くらい飼っていた。
これが、出前に行くと猛烈に吠えかかってきた。
他にも何件か、ダックスフントを飼っている家があったけど、
例外なく、奴らはデリバリーのあんちゃんである自分に吠えかかってきた。
おかげで、今でもダックスフントを見ると自分は逃げる。
あんな凶暴な犬はいないと思う。
飼い主に言わせると、ご主人想いで愛らしい犬らしいけど。

そのダックスフントを庭で飼っている家で、
出前のたびに「ここは私が食い止めるから、今のうちに早く!」
と変なフラグが立ちそうなセリフを言う奥様がいた。
犬が狂ったようにきゃんきゃん吠えているのを、胸でしっかりと抱き止めていた。
「急いで!」
玄関を開けると年頃の御嬢さんがいて、
「さあ、どうぞこちらへ」
と下駄箱の上にラーメンを並べさせる。
出前に行くたびにこの寸劇が繰り返された。。
なんだか変なファンタジー物のRPGをやっている気分になる。

逆に、大人しい犬もいる。
広い玄関でシベリアンハスキーを飼っている家があって、
この大型犬は僕が近づいてもまったく吠えなかった。
そういえばこいつはオッドアイなんだよなと思って、顔を近づけて目を覗き込んだけれど、
色違いの双眸は湖のように静かに澄み切っていた。
「大人だね」
と褒めると、奥様がニコニコしながら「ありがとう」と答えた。
もちろん、犬に言ったのである。

デリバリーは人様の家の玄関までいくので、
その私生活を覗き見てしまうことも多い。
高級マンションでロックを解除してもらって部屋まで上がったら、
彫り物を入れたアートなお兄さんがいて、
「オセーヨ、トットトモッテコイヨ」
とお怒りになったことがあった。
玄関にラーメンを出そうとしたら
「ユカヨゴスンジャネーヨ」
と怒鳴られて、結局リビングまで言ってテーブルの上に料理を並べさせられた。
とてもアートな部屋でドンキホーテで売ってそうイルミネーションがたくさん並んでいた。
しげしげと眺めていたら、
「ジロジロミテンジャネーヨ」
と、また怒鳴られた。

一度だけ交番に出前をしたことがある。
そこは普段はライバルの蕎麦屋を贔屓にしていたのだけど、その店が改装工事だったのだ。
「上に持ってって」
と言われたので、狭い階段を岡持ちを抱えて上がると、
寝転んでテレビを観ているポリスマンがいた。
「そこに置いといてよ」と顔だけこちらに向けてテーブルの上を顎で示した。
……いかついお巡りさんもただのおっさんなのだなと、当たり前のことを考えた。

「毎度○○です」
と玄関を開けると、歯磨きをしている四十前の奥様がいた。
「フガフガフガ」
と、靴箱の上を置くよう顎で示した。
わざとだったのだろうか、料金を払う間も、
「フガフガフガ」
と歯ブラシを咥えたままでお札を出した。
有閑マダムには突拍子もない行動をして若い男の反応を楽しむご婦人が多い。

雨が降り始めて、合羽を羽織って出前をしたら、
玄関口で洗濯物に埋没している学生の女の子がいた。
「……毎度」
と声をかけると、顔を真っ赤にして
「お母さん!」と家の奥に助けを求めた。
なんだか申し訳ない気分になる。

若い頃は異常に声が高かったので、よく女の人と間違えられた。
「毎度○○です!」
と声をかけたら、中年の男性がいそいそと出てきて、
「あれ?お姉ちゃんは?」
とキョロキョロし始めた。
「僕ひとりですけど」
と言うと、
「なんだ男かよ」と露骨に不愉快そうな顔をされた。
女の人だったらどうするつもりだったのだろう。

五十を超えたくらいの男性で、いきなり説教を始める人が何人かいた。
「いい歳してバイトかよ、早く店を持て」
とか、
「夢があるってのはいいな、それに引き替えうちの若いのは……」
とか。
初老の男性は若い男を見ると何かを言いたくなるらしい。

他にも、いろいろあって、それを片っ端から日記につけているのだけど、
もうずいぶん前のことなので、時効かなと思って書いてみました。
デリバリーの仕事の人で、お客さんのことをネットでさらすと、
いろいろヤバイと思いますので、さらすなら何年か時間を置くべきだと思います。

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P2もともと猟犬ですから、どんなに小さくても心はハンターなのかもしれない。P3

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