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漫画講座

2019年1月 2日 (水)

「名人伝」 その4

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

で、ひたすらアップしている「名人伝」のネーム版、ラストです。
そのうちカテゴリーとしてまとめる予定。

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落語家の古今亭志ん生さんが高座で居眠りをはじめて、
「お!天下の名人が居眠りをしてるぞ」と、お客さんはそれを喜んだ、なんて話がありますが、
至芸とはまさにこういうことを言うのかもしれませんね。違うかもしれないけど。

2018年12月31日 (月)

「名人伝」 その3

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世の中にはずいぶん変わった人がいるもので、
金も要らなきゃ女もいらねぇ~わたしゃも少し、技を磨きたいと、
ひたすら己のこだわる分野に熱中したりする。

「趣味ですか」
と他人から聞かれると、
「いえ、人生です」
と答えたりする。
それで何か世の中の役に立つわけでもなく、生活費が稼げるわけでもなく、
時に世間から賞賛されることもあるけど、
当人はそれを鬱陶しがったりもする。
じゃあ、いったい何のためにそれやってるわけ?と、
大多数にはまったく理解ができないのだけど、
僕にだって理解ができない。

でも古来からそういう理解不能な人間は「スゴイ人」と敬われ、
「よくわからないけど、神聖な目的があるのだろう」
と生ぬるい目であたたかく見守られてきたのも事実で、
わからないなり、十重二十重に距離をおいて「尊敬」はされていた。

最近だと「オタク」という便利な言葉があるので、たいていそれにカテゴライズされる。

弓を射る技術にこだわり続ける師弟の姿は完全にオタクのそれで、
弟子が師匠を殺そうと企むのは、普通に考えれば「名誉のため」と思われそうだけど、
実はそう単純な話でもないのかもしれない。
技術を磨いて、それを一層の高みまで極めようとすれば、
同業者の存在ですら、磨いてすり減らそうとする、そういう衝動なのだろう。
オタクの攻撃性は、世間ではキショいものと鼻をつままれるけれど、
あれはあれで、道を究めようとする者のサガ、宿命のような気もする。

だから、殺してしまおうと思っていた師匠の存在であっても、
それは単純な憎しみではなくて、技術を向上させるための過程となる。
実際、師匠の方でも「殺されてたまるか」と考える一方で、
「こんな弓術に対抗できる俺すげぇ!」
となっているわけで、この心理はオタク度の高い人間ほど共感ができるものだろう。

つまり「名人伝」が好きな僕はオタクなのか……


2018年12月30日 (日)

「名人伝」 その2

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すっかり年の瀬ですね。
名人伝のネームをひたすらアップし続けていますが、
作者の中島敦さんは昭和17年に34歳でお亡くなりになっておられる。
生前は完全に無名状態で、没後に作品を知られるようになったのは、宮沢賢治と同じ。
代表作の「李陵」なんかも、遺品を整理していて見つかったんじゃなかったっけ。

年表を調べてみたら、「名人伝」が雑誌に掲載された数日後にお亡くなりになってる。
喘息による死去がなければ、このあといったいどれだけの傑作が生みだされたことか。

自分なんて無為のまま五十年も生きているので、考えれば申し訳ないことだなと思う。
来年こそは頑張ろうと、心に誓うのであった。

……
というか、この部分の紀昌を見ていると、
三年間も仕事もしないでひたすらノミを睨み続けていたわけで、
その間の収入はどうしていたのか、
実家が資産家か何かで働く必要のない身分だったのか、
それとも奥さんが機織で稼いで、実質ヒモ状態だったのか、などと考えてしまい、
いろいろこの主人公に感情移入をしてしまうわけだな。
ほれ、僕も絵がどうの、線の引き方がどうのとひたすら「修行」している人間だから。

「山月記」なんかもそうだけど、作者はダメ人間とか無用の人間に対して、
批判的なスタンスはとるけど、その実、ものすごく同情的になっている。

中島敦さんは漢文学の素養が天才的な人で、それがそのまま小説に出てる。
自分でもその才能の比類ないことは自覚していたのかもしれない。
でも病気がちでその才能を十分に発揮することが出来ず、くやしかったはずだ。
それに対する怒りや自嘲、悲しさなんかがそのまま作品の題材の選択に出ている。
「山月記」では、己の天賦の才に驕った詩人が、ついに虎になって友を食べそうになるし、
「名人伝」では、才能を極めた果ての至上の境地とやらを笑い飛ばしている。

そして、「李陵」では祖国から裏切り者の烙印を押され、一族を皆殺しにされた主人公に、
無名のまま消え去ろうとしている自分の怒りを投影しているんじゃないかと思う。
そんなこと、気軽に断言はできないのだけど、
才能を持って生まれ、それがこの世に十全に発揮されることを願いながらも、
状況がその才能を潰そうとすることに対する、激しい怒りを、僕は感じてしまうのだな。

だから、何かしら自分に才能があると信じ、そのことで苦悩している方が中島敦を読むと、
もうどうしょうもなく感情移入してしまうのだ。こういう感情、あるある状態になってしまう。

そういうことを踏まえて「名人伝」のこの部分を読むと、
中島敦には奥さんがいらしたわけで、しかも自分は病気がちでひたすら文学なんかをやっていて、
申し訳ないと思うところもあっただろうから、
これを戯画として笑い飛ばした作者の心は、かなり自嘲的だったんだろうなと考えてしまう。

人間は本当にいろいろで、自分の才能を信じて疑わない超人的な人もいるし、
自分が無才であることを自覚して、謙虚に生きたり、やけっぱちになったり、本当にいろいろだ。

でも、「自分ならできる」と確信を持ち、けれどそれが上手くいかないような状況は、
たいていの人が体験しているはずだ。会社で絶対うまくいくはずの企画が、会議で潰されるとか、
自分が絶対に正しいのに、まわりがそれを認めてくれないとか、
そういう思考の堂々巡りに入り込んでしまったとき、
中島敦の作品などは、とても心に入り込んでくるのではないかと、僕は思うのだな。


2018年12月28日 (金)

「名人伝」 その1

先日、「あなたの描いた名人伝はどうすれば手に入るのか」という質問があって、
そういえばそういうものも描いたけど、単行本にはなってないし、
「もう手に入りません、ごめんなさい」
という返信をしたのだった。

それで、どうせ出版社も漫画事業から手を引いているし、
原稿をアップしてみようかとも思ったのだけど、
なんと、ハードディスクの中に完成原稿が保存されていないのだった。

生原稿とかは残ってるんだけど、パソコンでの処理をする前なので、
一部背景とかトーン処理はされてないんじゃないかな。

では雑誌掲載時のものがあるかというと、これもどこかへ行ってしまった。
かろうじて、ネームだけが発見されたのだった。

Photo

ネームとは言っても、僕にしては割と丁寧に描いてあるネームだし、
僕の場合、ペン入れしたものよりネームの絵の方がいい場合もあるので、
これをちょいちょいアップして、あとでまとめて読めるようにしようかと、
今、あれこれ考えているところ。

さすがにそのままだと字が読みにくいので、冒頭を活字にしてみた。

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記憶の中では30ページくらいあるように錯覚してたけど、
実際は16ページだった。まあ、正月中には活字が入るかなと。

いちおう解説しておくと、現在休刊中のに漫画サンデーに2012年ごろ掲載されていて、
過去の文豪の作品のコミカライズという企画ものだった。
で、僕は中島敦さんの「名人伝」を選択したのだった。
これは一度絵にしてみたかったのだな。
ただし、中島敦は漢文調の実に見事な文章を書く達人で、
僕がいくら背伸びをしたって、これに匹敵する漫画は絶対に描けない。
それにページ数もないので、割と簡単に要所要所をまとめた体裁になってる。

見返すと、今ならもっと上手にペン入れ出来るのになと、
いろいろ悔しい思いをするのだな。
むしろ、今もう一度ペン入れをし直したいくらいだったりする。

漫画の表示方法についての実験みたいな側面もあるので、いろいろ試行錯誤します。
続きは気長にお待ちくださいませ。


2018年11月21日 (水)

備忘録

 1

江戸時代に葛飾北斎が巨大な達磨の絵を描いたって話が残ってる。
場所は名古屋のお寺の境内かなんかじゃなかったかな、
名古屋には浮世絵の版元があって、北斎漫画もたしかそこから出てたはずだから、
まあ、版元依頼の販促プロモーションだったのかもしれない。

地面に巨大な和紙を敷き詰めて、その上を箒のような筆を持ってサァーっと走る。
北斎は尻を端折って襷掛け、なかなかにカッコいい出立である。

出来上がった絵を端から縄で引き揚げて、門前に吊るせば、なんと達磨の絵である。
さすが画狂を自称する絵師様だ、やることがでっかい。
いったい、どうやってあんな絵を描くことができたのやら、ちっとも想像がつかねえ。

これは僕の想像なのだけど、「達磨の絵」というのがこの謎のヒントだと思う。
達磨は丸い。中心を決めて、その中心をにらみながら等距離で筆を走らせれば……
走るのは北斎自身も一緒なのだけど……割と正確な丸は描ける。
あとはその丸の中に目鼻を描けば、立派な巨大絵画になる。
もしこれが馬の絵とか武者の絵とか、形の複雑なものだったら、
いくら北斎でも正確なデッサンはできなかったんじゃないかな。

「画狂一代」という仁田義男さんの小説の冒頭が、このシーンから始まる。
えらく面白いことをやるじゃないかとみんなが絶賛する中、
滝沢馬琴だけは、
「あんなのはただのこけおどしだ」と吐き捨てる。
この二人、黄表紙本で一緒に仕事をしたことがあり、そこで喧嘩になって、
それ以来微妙な関係になっているのだ。

この馬琴のセリフは物語の中の架空のものだけど、これがこけおどしなのは間違いない。
手品に種があるように、巨大な達磨の絵にもカラクリがある。
一般人が同じことをやっても、たぶん絵は成立しないだろうけど、
北斎には絵を見せる上でのキモがわかっていたから、それを利用した。
中心を見据えて、そこをただクルクルと回れば、正確な絵は描ける。
それは紙の上でも、巨大な和紙の上でも同じことである。
だから実践した。

「画狂一代」の中には、この「クルクル回る」という情景がいっぱい出てくる。
北斎は絵を描くとき、「ぶんまわし」という筆を固定させたコンパスを使って、
丸をいっぱい描いて、それを下絵にして絵を仕上げているのだけど、
これは実際にそういう技法を紹介する本を描いているので、架空のお話ではない。
絵は結局〇の集合体であり、中心さえ外さなければ、絵は成立する。
これは葛飾北斎が本当に使っていた絵の技法であり、
絵の神髄と言ってもいいくらいのものなのだ。

仁田義男さんは北斎を題材にした小説を書く上で、北斎のこの技法に注目し、
それを通奏低音のように作品のあちこちにちりばめている。
「お栄、俺のふんまわしは何処だ、ぶんまわし持ってこい!」
みたいなセリフもあったと思う。お栄というのは北斎の娘で、同じ絵師である。
(応為が画号、小説の中ではお栄、だったと思う。北斎はいつもおーいおーいと呼んでた)
筆も大事だが、ぶんまわしが何よりも大切。これがなきゃ絵が描けねえ。
小説の中の北斎はやたらぶんまわしにこだわるのだけど、
これは実際にそうだったんじゃないかなぁと思う。
僕も一応絵を描く人間であるし、共感するところは多い。

北斎は自分をぶんまわしにして巨大な達磨の絵を描いたのだ、と僕は思う。
小説の話であっても、北斎が名古屋で巨大な達磨を描いたのは本当だし、
絵は〇の集合体だと看破したのも、歴史的な事実である。
仁田義男さんがこの達磨のエピソードを小説の冒頭に持ってきたのは、
たぶん偶然なんだろうけど、ひたすら丸を極め続けた男の物語の冒頭としては、
これくらいピッタリの場面はない。

そして、滝沢馬琴が「こけおどし」と吐き捨てた北斎のパフォーマンスが、
実は北斎本人にとっては絵を極める上での大きな実験だったかもしれないという点で、
うまい構成だなと感心してしまう。

 2

実は今月に入ってから、目の描き方が微妙に変化している。
「描線はすべて中心を持った丸のラインである」
というのが僕の基本方針なのだけど、これを目に当てはめるのが、結構むずかしい。
例えば頭とか手足とかは、すぐに特定することが出来る。
中心は人体の内側に来るのだから、外からペンを走らせれば、線の中に形はえぐりだせる。
じゃあ、目はどうなるかというと、「あれ」と筆は止まってしまう。

目玉を中心にすればいいのか、それとも人体の一部である瞼を描けばいいのか、
それともその両方を描かなくてはならないのか、というか、この場合の中心はどこだと、
ものすごく悩むのである。

瞼を描く、と考えれば、目は顔に空いた穴である。
最近までの僕の目の描き方はそれで、瞳だけが目玉を中心とした丸の法則上にあった。
でもまてよ、顔の中に穴が開いて、それが目だってのは、ちょっと不気味すぎないか。
人間には白目だってあるんだ。正しくは、目は顔にはめ込まれた球体である。
目を印象的にしようとすれば、瞼を穴として書くのではなく、
はめ込まれた球体に押し出された立体物、と考えた方がいいのではないか。

……文章だけで書くと複雑怪奇な説明になるけど、
今まで穴としてペン入れしていたものを、立体物との境界線として考えることで、
ペンを走らせる方向が逆になったのだ。
時計回りに描いていた目の部品が、反時計周りになった。
そのための理屈が、なんとなく自分の中で確立できた。
目は穴ではない。先に目玉という立体物を描写して、
そこに瞼のラインを時計回りで描写すれば、目の部品は正確に描けるはずだ。

で、なるほど、そういうことかと納得した。
こんなこと、わかってる人には当たり前のことなんだろうけど、
わからない人にとっては、一生分からないような複雑な話である。
目は穴ではない。目玉が押し出した立体物である。
分かっている人はそれを漫画に応用して、目の描き方を作り出したわけだけど、
分かっていない人はそれをただ闇雲にまねるから、ユニークな目の描き方になる。
それもまた、一つの様式美なのだ。

この文章は絵の描き方の解説というよりは、僕個人の備忘録だね。


2018年10月25日 (木)

コスモス


子供のころ、たぶん小学校の上級だった時だと思うけど、
テレビでカールセーガン博士の「コスモス」という宇宙科学の連続番組があった。
七十年代末から八十年代にかけてのどこかの時期なので、ざっと四十年前、
さすがに今の科学の最前線の話からすればずいぶん古いものだけど、
あの頃は夢中になって見てたなぁ。

科学の知識をガリレオとかコペルニクスとかの再現ドラマを通して学ぶというもので、
ナショナルジオグラフィックのハシリみたいな感じといえばいいか。
いかにもNHKとかでやりそうな番組だけど、民放で放送していた。
今だと考えられない。というか、民放だとひな壇のタレントがいちいち顔出しして、
「すっごーーい」とか
「へえ、知らなかったーーー」とかどうでもいいコメントを差しはさんで、
元の番組を台無しにしてしまいそうな気がするけど、当時はまともな番組も放送していた。

で、ケプラーもこの番組の中で初めて知ったのだけど、
衝撃的だったのは、科学の知識ではなくて、第二法則の
「楕円形は焦点を二つ持つ」
というところで、本当だったら、
「へえ、太陽系の惑星は太陽だけを中心に回ってるんじゃないんだ」
という点に感心しそうなもんだけど、僕はこの
「焦点が二つあれば楕円が書ける」
という部分にひたすら感動しまくっていた。
なにこれ、ひょっとして上手くカラクリをこさえれば楕円定規が作れるんじゃね?と、
そこだけが僕の心にヒットしたのだった。
これで特許を取ればぼろ儲けができるぞと。

まあ、それが簡単にできるならとっくに誰かがやっているわけで、
僕も結局何もこさえられなかったのだけど、この、
「きれいな楕円の描き方」に対するこだわりってのは、
いまだに絵を描くときに自分の根底にあるんだろうなとときどき思う。
才能がなければ上手な絵というのは描けないかもしれない。
でも上手いやり方を発見できれば、才能がなくても上手な絵が描けるんじゃないかと。

絵の良し悪しというのは技術とは無縁の問題なのだけど、
僕は単純に技術的な「やり方」に興味があった。で、いまだにそれを探しているわけで、
こちらは楕円定規の夢とは違って、ある程度成果は得られたと自分では考えてる。
そんで、こんなことは大昔からわかっていただろうことで、
早い人は十代で気が付いていただろうし、案外無駄足だったな、ともちょっと思う。
絵がひたすら丸の描き方の応用だなんて、北斎だって気が付いていた。

ひたすら綺麗な丸を描く方法を自分なりに完成させて、
それを絵に応用すれば、たいてい上手な絵は描ける。
書道で言うところの「永字八法」だ。
「永」の文字には書で用いるおおよそのラインが含まれている。
これを極めれば他の文字はたいてい書けるというものだけど、
それってつまり、永の字のラインを組み合わせれば、〇が書けてしまうということだと
個人的には思う。

この世には無限のラインがありそうに錯覚してしまうけど、実際に人間が引けるのは、
〇の上のラインだけだ。ただ、その組み合わせの中に、
ときどきとんでもないラインが出現することもあるんだろうけどさ。

僕の場合は「永字八法」にこだわりすぎて、
書道のように紙を正面にして正しい姿勢で絵を描こうとして、失敗した部分もある。
紙を回転させるのは、なんとなく邪道のような気がしていた。
これは書道教室で正しい姿勢で書くことを叩き込まれた弊害、なのかもしれない。
こんなことを言ったら亡くなった先生にどやされそうだけど。

ただ、紙を回転させるのは才能がないからそうせざるを得ないのであって、
才能があればそんなものは必要ないんだろうなとは考える。
頭の中のイメージを紙に投影してそれをなぞるだけだから、
定規でラインを引くのと同じことだ。僕にはそんなことがとてもできそうにないから、
せこせこ紙を回転させてペン入れするのである。たぶん、そうなんだろうなぁ……

と、原稿用紙にペン入れしていたらくどくど考え始めてしまったので、
ちょいとばかりここに吐き出してみたのでした。
こんなんばっかだね、このブログ。


2018年9月29日 (土)

にんともかんとも

注記。
以下はまたぞろ絵についてくどくど語っている奇妙な文章です。
こんなもん書いてどうするんだと自分でも思うけど、
この手の文章を果てしなく書き続ける習性があって、
にっちもさっちも、どうにもこうにも収拾がつかないので、
えいやさっ!とブログに上げてとっとと仕事に戻ります。
読んでもわけがわからないと思いますし、
一言一句について細かい解説も出来ないので、
ああ、また病気が再発したんだな、とでも笑ってやってください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どうにもこうにも、
にんともかんとも、
自分の描いた絵に自分でうっとり見惚れるというのは、
僕にはものすごい夢物語だったりする。

鉄子とかは、ときどき引っ張り出し繰り返し読んでいるけど、
あれも絵というよりは、漫画として楽しんでいるのであって、
最終話あたりになるとはっきりと、自分のぶつかった絵の壁を意識しはじめている。

あの回の人物の目って、ピグマで描いてるんだよね。
目がもう少しこう、強くならないものかと、試行錯誤がはじまっているのだ。

いやもちろん、読者の目から見てそれほど問題のある絵ではないのだけど、
なんかこう、もっと上を目指せるよねと、自分で自分に突っ込みを入れてしまったのだ。

こういう場合、某アニメの「ほ」の字のスクールアイドルさんが言ってるように、
「可能性、感じちゃった♪」
なわけである。
なんともかんとも迷惑な話である。

そうなると何か新しい斬新な手法でも発見したのかね?となりそう話だけど、
僕の場合はひたすら過去へとさかのぼり始めた。
絵の発生の現場まで一度回帰し、ルネッサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチに挨拶をして、
浮世絵錦絵を経由して、漫画絵の歴史を最初からひたすらなぞり始めた。

愚直に、根本の根本から絵をやり直しているわけで、
おかげさまで、いろいろな発見があり、ものすごい勉強にもなった。
しかもそれで原稿料までせしめているわけだから、まあ、ありがたい話だ。
実情を知ったら上の方の人たちに怒られそうだけど。

それで絵にものすごい変化が起こった、というわけでもない。
僕の絵は相変わらず僕の絵のままで、いくら新しい絵柄を開拓したと思っても、
五分も見つめれば、やっぱりどう見ても僕の絵だよなと思う。

でも、一度解体して最初から組み直してはいるので、
自分が「問題だ」と思っていた部分については、ある程度の解答は出せたように思う。
何だよ解答って、また変な自己満足かよと突っ込まれそうだけど、
自分で自分を納得させるというのが、実は一番難しかったりするのだな。
編集担当者よりも、同業者よりも、辛辣な一部読者のコメントよりも、
自分が一番悪辣で情け容赦のない批判を、自分自身に下していたりする。

僕は自分の描いた漫画に満足して、縁側で寝っ転がりながらそれを読みふけりたい、
ただそれだけしか夢を見ていないんだけどね。

具体的に変化したポイントは、絵を立体からとらえ直したこと。
三次元の人間がいて、その人間の存在感とか印象とか、
そういうものを二次元に落とし込むという根本に立ち返った。
立体から考え直したので、過去の作家さんたち……存命の方がほとんどだけど、
その人たちがどうしてそういう線を引いたのか、その意味が何となくわかるようになった。
特に、ギャグマンガの省略法やデフォルメの技法が、実はかなり三次元的な発想だったり、
三次元を二次元に落とし込む過程の副産物だったりして、自分でそれを再現して、
かなり夢中になった。夢中になりすぎて、社長さんからストップがかかったりした。

あくまで目指していたものは、表現としての感情のダイレクトな表出で、
自分の感じた男たちの熱い思い、勝利の高揚感とか、敗北のくやしさ、
さまざまな思いを読者にお伝えするために、どこまで絵を強くできるか、
だったりする。

感情をそのまま紙の上にぶちまければ、線はゆがみ、見るに堪えないラインになる。
それが自分にはどうにもこうにも我慢できなかったので、
僕は自分の絵をかなり抑え込んで描いてきた。
感情は下手に込めない方が、仕上がりの原稿は上品で読みやすくなる。
それはそうだ、そうなんだけどさ、でももっとこう、ぶつけてみたいじゃない?
あふれ出す衝動、やむに已まれぬ激しい感情の爆発。
それを自分の納得いく形で紙の上に落とし込むためには、
それまでよりも完全なデッサン力と、描線の整理が必要だったと、たぶんそういうこと。
自分のことなのに自分でいまいちはっきりしないのだけど、
まあたぶんそういうことなんじゃないかなぁ。

デッサンについては、下手は下手なりに策を弄するしかない。
ようは、完全な丸を描ければいいわけで、絵の天才のように一発でそれが出来ないのなら、
分割してそれぞれの角度のラインを描くための方法を突き詰めるっきゃない。
で、突き詰めた。丸の膨らんでる左右のラインは内側から、
すぼんでいく上下のラインは外側から、最終的な修正を加えれば自分の絵はまとまる。
あくまで僕の絵のクセをコントロールするための、個人的なやり方なんだけどね。
(暫定だけど、手足も外側から描いた方が上手くいく。背後に回った場合はすべて反転)

あとペン入れについては、最終的な結論は出た。
自分が一番引きやすい、一番きれいに描ける線をひたすら引け。
描きにくい線を努力して無理やり描いても、努力した分だけ絵は濁る。
それよりは、自分が綺麗に引ける線にひたすら磨きをかけて、
さらにもっときれいな線を引くよう心がけた方が絵はきれいだ。

紙を回転させれば、すべての線はそのやり方で引くことが出来る。
もしそうやって描いた絵が著しく混乱したものになるなら、
それはデッサンが歪なのだ。デッサンが綺麗な丸の法則にかなっているのなら、
それをたどったペンのラインは、すべて丸の法則上に調和する。
(そして僕の描線はすべて反時計回り)

とにかく、綺麗な線を引くこと。
感情に流されたら、それだけ線の生み出す調和は乱れる。
怒って丸を描いたら、その感情の分だけ丸の形はゆがむ。
でも感情を抑え込んで絵を描けば、それは全く面白くない絵になるので、
自分の中に巻き起こった感情の爆発で、顔の筋肉がどう動くか、
目の位置はどうなるか、口は、鼻は……と冷静に観察することが必要になってくる。
それをありのままに原稿用紙に叩きつける描き方もあるけど、
僕個人の嗜好だと、それがどうにもこうにも、我慢が出来ないやり方だったりする。
線はできるだけ綺麗に、感情に流されてはいけない。
でも感情は激しくあふれ出さなくてはいけない。
矛盾したことを言ってるけど、この矛盾をどうするかってのが、
絵を描く上での面白さなのかも、とはちょっと思う。

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……何を書いてるんだろうと自分でも思うけど、上に書いたのって、
自分が駆け出しのころ、絵に煮詰まってどうにもこうにも解決法がみつからないとき、
誰かに「これはこうだ」って断言してほしかったところなんだよね。

万人に当てはまることではないけど、少なくとも十代の頃の自分なら、
「ああ、そういうことか」
と納得するんじゃないかなぁ。まあ、あの頃の自分は今考えるよりも
はるかにお馬鹿さんだったんだけどね。

2018年8月12日 (日)

山椒魚

実は三日ほどパソコンが使えなくなっていた。

僕は東芝のノートパソコンを使っているのだけど、電源の接触不良か何かで、
半年に一回くらい、電源オンの状態のままブラックアウトすることがある。
この場合、バッテリーパックを抜いてしまえば簡単に再起動できるのだけど、
僕のパソコンは分解しないと内臓バッテリーを外すことが出来ない仕様で、
じゃあ分解するかと工具箱を探したのだけど、これがまた見つからない。

バッテリーが劣化しているから、どうせほっといたってそのうち電気がなくなるだろうと、
三日ほど放置することにした。

この三日の間、まったくパソコンに触らなかった。
予備のパソコンはアシさんが絶賛使用中だし、もう一台、調子が悪くて放置してある奴も、
使える環境を整えるのが億劫だ。どうせ三日後には使えるのだ、
その間おとなしく原稿を進めよう。

で、真面目に原稿を進めていました。
この間、せっかくメールをいただいたのに返答が出来なくて申し訳なかったのだな。
今からメールしようにも連休に入っているから会社宛てのは見ていただけない。
なんだよ「山の日」って。そんなの僕は全然知らなかった。
(二年ほど前から存在しているらしい)

金曜は病院で検査がある日だったので、文庫本を持って出かけた。
井伏鱒二の選集で、この作家の処女作である「山椒魚」を読む。
岩の隙間に二年ほど籠っていたら、体が大きく成長して出られなくなった山椒魚の話。
……社会から隔離された引きこもりの孤独に通じるものがある……ような気がする。

井伏鱒二は僕が25歳になるくらいまではご存命だったので、
割とリアルタイムの「巨匠」である。95歳まで生きておられた。
長生きだったので晩年になって自分の過去の作品の改定なんてことまでやっておられる。
で、この「山椒魚」も末尾十行くらいがバッサリとカットされてしまった。

僕はこのラストが割と気に入っていたので、「なんてことをするんだ」と
ずいぶん腹を立てた記憶がある。自分の作品だからって何をしてもいいわけじゃない。
世の読者諸氏が誉めそやした名編を勝手に改悪するんじゃない、と素朴に考えた。
で、井伏鱒二的にはバッサリとカットした末尾十数行なのだけど、
僕が何年か前に買い直した文庫選集ではしっかり元のままになっている。
出版社としても、大多数の読者の求める初期バージョンを載せざるを得なかった、
むしろどう考えてもこの最後の数行が「山椒魚」という小品のキモなのだから、
これを取るくらいなら載せない方がマシだと判断した……のかもしれない。

世の中にはこれと似たようなことが度々起こる。
作曲家のメンデルスゾーンに「イタリア」という交響曲があるけど、
初演で絶賛されたこの曲が、なぜか作曲家本人には納得がいかなかったらしく、
亡くなるまでずっと改変作業続けていた。身内や周囲から
「最初のでいいじゃん」
と言われても、ひたすら手を入れ続けた。
現在普通に演奏されるのは初演で使われた稿なので、まったくの無駄骨だったわけだが、
病的なまでに「完全な作品」にこだわることは、創作者には割とよく起こる。

そして手を入れまくって、最初のインスピレーションの鮮烈さは失われ、
小さくまとまった魅力のない作品になる。

そう言えば僕は読んだことがないのだけど、
遠藤周作に「スキャンダル」という作品があって、その発表当時の論評に、

「作者はガンで余命いくばくもない緊張感の中で作品を書き進めたはずだが、
 幸か不幸か病気が快癒し、作品に大幅に手を入れたのだろう、
 そのために作品が本来持っていたはずの衝撃性が損なわれたように思う」

というようなものがあった。文芸評論家というのは出来上がった作品から、
その完成前の状態までわかってしまうのか、すごいなと当時は思ったけど、
その真偽はともかく、死にそうな作家が今生の終わりに書いた小説を、
いざ三途の川から舞い戻って読み直したら、赤面してしまい、思わず手を加えることは、
割とありそうな気がする。そして、完成した作品には何かが欠落している。
作者がどれだけ優れた技量も持っていても、
……あるいはその技量があるがために、作品の真価を自分で判断できないことはある。

特に若い頃の作品を齢をとってから読み直すと、どうにも耐えられなくなったりする。
漫画家さんでも、評判の良かった処女作に手を入れまくる人がいる。
手塚治虫なんて初期の作品を何度も描き直している。
原稿料を考えれば前のままでも何も問題ないはずなのに、
技術の進化と世の中の流行の変化に合わせ、過去作をまるまる描き直していたりする。

整形手術に嵌って手を入れまくるうち、現実離れした顔になってしまうことがあるけど、
生まれたままの素の良さを認めるというのは、完璧を求める創作者には、
どうにも難しいことなのだ。

フランスの作曲家ラヴェルの小品に「亡き王女のためのパヴァーヌ」という曲があるけど、
この若い頃のピアノ曲(管弦楽版の方が有名だけど)を作曲家本人は

「未熟な作品」

と切り捨てていたりする。いまだ愛されている名曲なのに、本人は納得してなかった。
まあ、それで改変したり破棄しなかったのは偉いのだけど、
技術的手腕が上がることと世に愛される作品を作ることは、必ずしもイコールではない、
むしろ若い頃の良さが晩年になるとわからなくなることも、あるのだ。

だったら、高度な技術を身に着けることに何の意味があるんだろう、
技術を向上させるというのも、ようは若い才能の鮮烈さに対抗するため、
自分の欠点をせっせと穴埋めしているだけではないのか。
読者や批評家の悪態を避けるため、先回りして欠点を潰していく、
そうやって「完璧な作品」とやらを作ったとしても、
そんな作品に本当に価値があるのかしらと、わが身を返りみてくどくど考えてしまうのだ。

病院の待合室で何を考えてるんだろうな、僕は。

でも本当に読者に「読ませる」作品というのは、
技術ではどうにもならない、突発的な衝動みたいなので書かれたものじゃないかと、
この頃は思うのだ。
熱に浮かされて、半分理性が吹っ飛んだような状態で書いた作品の方が、
理屈抜きで心に残るような気がする。

若い頃なら若さの衝動、死にそうな老人なら死に対するのっぴきならない恐怖、
その年代ごとに自分を突き動かす衝動というのはあるはす。
それを絞り出し、形にするのが「創作」ってもんなんだろうなと僕は考えるのだ。

高度な技術を習得し、それに縋りつくようになったら、
物を作る人間としては終わりなんだろう。うんぬん。

三日ぶりに打ち込んだら訳の分からない文章になりました。
毎日やってることを三日我慢すると、自分でも考えもしなかった文章になりますと、
これはそういう記録なのだな。

2018年8月 3日 (金)

8月

2

弟子「おや、水着のお姉ちゃんですね」
師匠「原稿が上がって、今回は修正もなかったから遊びで一枚描いてみた」

弟子「暑いときは水着のお姉ちゃんに限りますね」
師匠「いやまったく、絵の中だけでも涼しい気分を味わいたい」
弟子「原稿の中では電撃がビリビリ飛び交っていました」
師匠「熱い男たちのパチスロバトルだから」
弟子「……本当は女の子を描きたいんでしょ?」
師匠「まあ、描かせてもらえるなら何でも描くけど、バッチさんの漫画は面白かったよ」

弟子「ご本人にもお会いになった」
師匠「漫画の中では三人でインタビューしたことになってたけど、実は僕もいた」
弟子「編集長と担当さん二人ですね。そこに師匠もいらしたと」
師匠「うん、真向いで話を聞かせてもらいました」
弟子「なんでご自分は描かなかったんです?」
師匠「インタビュアーが四人もいたらうるさいでしょ」
弟子「そんなもんかなぁ」

師匠「で、次はいよいよ9代目旅打ち人の漫画なのだな」
弟子「天香膳一さんですね。この方にもお会いになった」
師匠「お時間を作っていただいてね、旅打ちにかける熱い想いを聞いてきた」
弟子「女の子は出てきそうですか」
師匠「熱い男のパチスロバトルだから」
弟子「本当は描きたいくせに」
師匠「いや、女の子とか、そんな女々しいものはいらんのですよ」

弟子「旅打ちは八月一日からすでに始まっています」
師匠「前回と同じでまた札幌スタートだね。ゴールは沖縄だけどルートがちょっと違う」
弟子「違うんですか」
師匠「いろいろルールも変わってるんで、そこはお楽しみだね」
弟子「前回の八代目が強制終了だったから、今回は上手くいってもらいたい」
師匠「ある意味、前回失敗してるから今回は面白いってのもあるけどね」
弟子「ライドさんには申し訳ないけど、それはある」

師匠「で、女の子の水着を描きました」
弟子「脈略もなく話をつなぎましたね。九代目の成功祈願ですか」
師匠「水着のお姉ちゃんも応援しております!」
弟子「おっぱい大きいですね」
師匠「成功祈願!」
弟子「どうせならすっぽんぽんにしちゃえば良かったのに」
師匠「ブログの運営からストップがかかります」
弟子「水着のレイヤーを外すと、実は下まで全部描いてあるとか」
師匠「僕はそこまでやらないけど、有名漫画家さんでやってる人の話は聞いたなぁ」

弟子「え、誰です?」
師匠「美少女漫画で巨匠レベルの人。担当さんがカラーページのレイヤーをいじったら」
弟子「ふむふむ」
師匠「水着の下にちゃんと乳首やらなんやらしっかり描いてあったと」
弟子「マジですか」
師匠「担当さんがものすごいドヤ顔で語っていた」
弟子「読者にわからないところでそんなことやってるんだ」
師匠「てか、カラーページのレイヤーを外した担当さんもたいがいだけどね」

弟子「第一線の作家さんでもエロい遊びはやってるもんですね」
師匠「別の大御所さんで、印刷範囲外の女の子の胸が生乳だったというのも聞いた」
弟子「マジか」
師匠「そこのアシさんに聞いた話だから間違いない。脈略もなく、突然生乳だったと」
弟子「はえー」
師匠「そのアシさん曰く、たぶん編集さんと俺たちへのサービスなんじゃないかって」
弟子「いい先生を持ったなぁ」
師匠「まさに漫画界の黒澤明だね。手紙のシーンでちゃんと中身まで書いてあるという」
弟子「微妙に違うような気がしますけど、そのスケベさが読者に伝わるんだと思います」

師匠「そういえば昔住んでたアパートに漫画の専門学校に行ってる人がいてね」
弟子「ほう、師匠と話が合いそうですね」
師匠「いや、夜中に一緒に歩いてたら、突然小学校に侵入し始めたんで逃げ出した」
弟子「危ない人だ」
師匠「以後、距離を置いてた」
弟子「犯罪ですからね」

師匠「その人が描く女の子は滅茶苦茶かわいかったんだ。すごい色気があった」
弟子「変態のなせる技ですか」
師匠「一つ間違えばプロになっていたかもしれない」
弟子「へえ、師匠が言うならよっぽどですね」
師匠「その人にはこだわりがあって、女の子はまず裸から描いていたらしい」
弟子「さすが変態」
師匠「エッチな体を描いてから、服を着せるんだって」
弟子「それで色っぽい絵になっていたんですね」
師匠「お尻の表現とかすごかった。なんであんなムッチリしてるのかと」
弟子「師匠は体のアタリを描いてから、すぐに服を描いてますもんね」
師匠「消しゴムかけるのはアシさんだから、見られると恥ずかしいもの」

弟子「そこが甘さですね。師匠も全裸から描いてみたらどうです?」
師匠「僕はスカートの中身より、スカートからのぞく足のラインが好きなんだ」
弟子「なんだかなぁ」
師匠「まあひとそれぞれだからね。いろんな描き方があるって話さ」


2018年6月10日 (日)

ぺぺんぺんぺん

 1

またもや絵について語るわけだけど、
いいかげんうざいと思うので、興味のある方だけ読んでくださいませ。

ルネッサンス期に「絵と彫刻はどちらが上か」という論争があったらしい。

そんなのどうだっていいような話なんだけど、
美術に造詣の深い方々が頭を突き合わせてさんざん議論した結果、
「絵の方が上である」
という結論に達した。

彫刻家が聞いたら怒り出しそうな話なんだけど、
「彫刻は3Dを3Dに移し替えるだけだが、絵は3Dを2Dにしている」
というのがその理由らしい。
作業工程が一つ多いのだから、絵の方がより高度な芸術だと判断されたのだ。

本当にまあ、絵に興味のない人にはまったくどうでもいい話なんだけど、
この話が正しいのかどうかはともかく、絵がどうやって生まれたのか、
そのヒントみたいなものは、このルネッサンス期の挿話から読み取れる。
少なくともルネッサンス期のイタリア人にとって、絵画は彫刻の進化系だったのだ。
ミケランジェロのような彫刻家が、彫刻の技法を二次元に持ち込むことで、
絵画はより写実的になった。
持ち運び可能なペッタンコの彫刻として、絵画は誕生したのだと思う。

ペッタンコの彫刻というと「レリーフ」が頭に思い浮かぶ。
有名なのだと金貨や銅貨の盤面に皇帝の横顔を彫像したもの。
キリストが「カエサルのものはカエサルに!」と言ったあれである。
二千年前のローマのコインには皇帝の顔が浮かび上がっていた。

インド文明やエジプト、ギリシャローマ文明では、壁面にレリーフを施すことが多い。
僕は子供のころ、レリーフの中途半端な立体感がものすごく気持ち悪くて、
なんであんなことをするのだろうとものすごく不思議だった。
横から見たら顔潰れてるじゃん。

日本にも欄間の彫刻とか、漆喰画で同じように潰れた立体物がある。
日光東照宮の左甚五郎の彫刻は、西洋で言うところのレリーフである。
見ざる聞かざる言わざるのお猿さんは、横から見ると潰れている。

ああいう中途半端な立体物というのは、絵画が写実的になるための前段階で、
あれをさらにペッタンコにしたのが、ルネッサンスの絵画なんじゃないかなと、
僕はこの頃考えているのだ。

……何が言いたいんだお前は!と怒られそうだけど、
彫刻の進化系が絵なんだという考え方は、僕には今までなかったものなのだな。
不勉強なだけなんだけど。

彫刻家がペッタンコの彫刻を作ろうとして、それがとことんまでペッタンコになれば、
紙とかキャンバスに線を引いたり、絵の具で色を塗るようになる。
彫刻刀では絵は描けない。
そこで彫刻刀を筆やペンに持ちかえるわけだが、やることは基本的に同じである。
立体物を紙の上に思い浮かべ、形を抉り出す。
彫刻と違って見る者の視点は限られてくるので、「パース」という概念が生まれてくる。
透視画法の理論が確立される。

ルネッサンス以後、絵画というのは星の数ほど描かれてきたので、
それがどれだけ画期的なことだったのか、21世紀の僕たちにはわかりづらいのだけど、
「紙の上に立体物がある」という絵画の技法は、
それは人類史上における、ものすごい発明だったんじゃないかと思うのだな。

 2

日本人にはそこのところがちょっとわかりづらいのかもしれない。

西洋の漫画やアニメ作品を見ていると、日本とのあまりの違いに驚かされる。
一番大きな違いは、西洋人がキャラクターを立体的に描写するのに対して、
日本人は、キャラクターを線で認識するという点である。
最近は慣れたけど、トイストーリーなんかの立体的なCGアニメーションが苦手だった。
アニメは線で動かして欲しいと切実に願った。

このへん、線で絵を認識する日本人と、立体としてとらえようとする西洋人の、
絵に対する嗜好の差がはっきり出ている。
あんまり突っ込んで考えると、漢字を使う東洋人とアルファベットの西洋人とか、
いろんな要素が入り組んでいて、よくわからなくなってくるのだけど、
日本人は漢字の延長線上で記号としての絵を認識するのに対して、
西洋人はあくまで彫刻の延長線上に絵を考えているというのは、あるのかもしれない。

実際、僕は漫画の絵を記号として考えていたので、
下書きにペン入れするときにえらい難儀をした。
いっそ筆で描いた方が楽なんじゃないかとも考え、実践しようとしたこともある。
僕は筆で文字を書くやり方でもって、下書きにペン入れしようとしていたのだな。

でも、そこが割と落とし穴だったのだ。
漫画の絵が今日のように完成されるまでの歴史を考えてみると、
明治期に美術大学で西洋絵画を学んだ人たちが基礎的なやり方を作っていたりする。
一番有名なのは岡本太郎のお父さん……でいいんだよな……の岡本一平氏で、
美大で絵を学んだ人が漫画家として大成し、インクとペンの技法を持ち込んでいる。

そのやり方は当然「彫刻の技法」の進化系であって、
下書きにペン入れするというのは、彫刻刀で立体を抉り出すのと、ほとんど同義なのだ。
線を引くのではない。線で立体を抉り出すのである。

下書きをして、その線を「清書」するのではなく、
下書きでおおよその形を把握して、刃物であるペンで立体を彫塑するのである。

僕にとって下書きは消しゴムで修正可能なペンのラインに他ならなかった。
特に三十代前半までは立体に対する認識なんてほとんどなかった。
だから、目を描いても目の形を線でなぞっているだけで、
上瞼のラインと下瞼のラインがまったく同じ線になってしまうため、
下瞼のラインは省略せざるを得なくなったりした。
(漫画絵で下瞼のラインを省略する作家が多いのはそのせい。鼻の穴も同じ理屈)
出版社で編集さんに
「下の瞼のラインもちゃんと入れてください」
とアドバイスされ、入れたら絵が大混乱!なんてことも起こったりした。

上瞼のラインは下から抉り出すラインだし、下瞼のラインは、上から抉り出すラインだ。
  →→
 / ◎ \  ←目
  ←←
彫刻家ならば当然彫刻刀の角度を変えるところだけど、発想が書道だと、
口の文字の書き順で横棒を引いてしまう。

ことほど左様に、ペン入れというのは彫刻家の技法が多く用いられている、
と僕は思う。

「手癖でペン入れするとおかしな絵になる」
「立体を頭の中でイメージしながら、下書きをペンで彫塑しなくては」
と、このことにようやく思い至ったのが、漫画家生活十五年目くらいだったりする。
なんつーか、もうね、独学で絵を勉強すると、いちいち遠回りをする羽目になるのだな。

えらく読みにくい文章だと思うけど、実は自分の絵について愚痴ってるだけなので、
あんまり得るところはないかもしれない。
でも、発想の転換はどこかで必要になるんだ、みたいなことは、
わかっていただけるんじゃないか、わかってもらえるとうれしいな、
とまあ、そういうお話なのでした。

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