kawasumi.cocolog-nifty.com > イラストと物語

Photo
音楽茶屋と孫娘ふたり
おっさん西遊記
重力ゼロ
天狗娘 4
フランケン捕まえた
天狗娘 1
天狗娘 2
天狗娘 3
親方、海の底から女の子が浮かんで来ました

<< 前 | トップページ | 次 >>

天狗娘 4

天狗娘 4

その4

その日、私は見てはいけないものを見てしまった。

文化祭の二日目、クラスのお化け屋敷でお岩さん役を仰せつかった私は、「うらめしや!」と元気いっぱいお客様を脅かしまくった。これも一晩中悪霊退散のお祓いをしてくれた「天狗ちゃん」こと真田咲夜さんのおかげである。徹夜で披露困憊の彼女は、今頃保健室で睡眠中のはず。

昼の休憩時間に「ちょっと覗いてきてあげよう」と思いついた私は、文化祭の喧騒を離れ、静まり返った廊下をお岩さんの扮装のままでしずしずと歩いた。保健室はしんと静まり返っている。扉を叩こうと腕を伸ばしたところで、ふと考え込む。
起こすと悪いからノックはしないでおこう。

そっと扉を開けて狸の子供のように首を突き出す。先生はいない。勝手知ったるなんとやらで、カーテンで仕切られたベッドへと近づき、息をひそめて中をのぞき込んだ。
「真田さん、起きてる?」

真田さんは小鳥のようにスヤスヤと眠っていた。まるで翼を休める小鳥のように……比喩でも何でもない、彼女の背中からは真黒な羽根が伸びて布団のすそから大きくはみ出していた。

……真田さんと友達になってから数か月、たいていの怪異現象には慣れっこになっていた私も、これには心の底からびっくりした。くるりと回れ右をしてその場を離れる。何も見なかった。私は何も見ていない。ただでさえ「天狗ちゃん」なんておかしなあだ名をつけられているのに、黒い翼が生えているなんて知られたら、真田さんは学校に出てこられなくなってしまう。

教室に戻ると「お化け屋敷」の小道具の脇でフランケンシュタインがお弁当を食べていた。
「おう神矢、真田は起きてたか」
「寝てた」
私はフランケン八代まさるの隣に腰をおろし、膝を抱え込む。東海道四谷怪談のお岩さんのメイクをしているので、男女が並んで座っていても「青春してる」なんてワンシーンにはならない。妖怪変化が井戸端会議をしているだけだ。

「真田さんに何かお礼をしなくちゃね。クラスのみんなの命の恩人だもん」
「そうだな」
「なにかいいアイデアある?」
「羽衣旅館の宿泊券とか」
「ああ、温泉入り放題とお食事券もつけて……ってうちのじゃん」
「俺んちの親父も板前やってんだから一石二鳥だろう」
「まあ、それはそうだけど」
私と八代は旅館つながりで子供の頃からわりとよく顔を合わせている。幼稚園の頃は一緒にお遊戯会で主役を張った仲だ。もちろん、王子様とお姫様などではなく、乱暴な森のクマさんと鼻の頭をマジックで黒く塗ったタヌキの女の子だ。

「その傷、まだ残ってるな」
「うん、でももうほとんど見えないよ。成長期だし」
膝を抱えたお岩さんの右腕に小さな歯型の痕跡がある。エキサイトした森のクマさんがタヌキの女の子を思い切り噛んだ痕だ。
「あの時は八代のお父さん大変だったよね」
「俺は舞台の上で本気で殴られたし、お遊戯会は中止だったもんな」
「あのあと板前を辞めようとして、うちのお父さんが引き留めるのが大変だったって」
私は傷跡をさすってみる。もうほとんど見えなくなっている。痛かった記憶もとっくに忘れてしまった。困ったことといえば従業員の宴会でネタにされることくらいだ。

「嬢ちゃんを傷物にしたんだから、おまえの息子に責任をとらせろよ」

そういう冷やかしが子供の同士を引き離す原因になるとは考えない大人たちである。困ったもんだ。八代の私への気遣いの八割はこのときのトラウマが原因である。私は本当に気にしていないのに。
ふと思いついて渾身のギャグをかましてみることにした。
傷跡を舌でぺろりとなめたのだ。

「間接ベロチュー」
そう言ってお笑いにしてしまおうとしたのだけど、八代は、
「本当にごめんな」
とマジで返してきたので、笑いの神様も降りてこられなくなった。
義侠心あふれる律義者もいい加減にしてもらいたい。私は滑ったギャグの寒さにうつむくしかなかった。

その日の夜、スマホに真田さんから着信が入った。

昼間の保健室でのことがあったので、ちょっと緊張する。あのあと教室に現れた真田さんはいつも通りの真田さんで、背中に翼は生えてなかったし、私が保健室に来たことも知らなかった。大丈夫、いつもの私でいけばいい。

「もしもーし」
「……ごめんなさい、神矢さん」
「へ?」
「せっかく私なんかと友達になってくれたのに、ひどい目に合わせてばかりで」
「えっと、落ち武者の話?」
真田さんと仲良くなってからいろいろ「見えないはずのもの」が見え始めている。文化祭の初日にも私がうっかり落ち武者の霊と目が合ってしまったために、追いかけまわされる羽目になってしまった。
「うん、それもあるけど、今日の保健室のこと」
一瞬呼吸が止まりそうになる。
「……ひょっとして真田さん起きてた?」
「私は眠ってたんだけど、私に憑りついてる天狗様が見てたらしいの」
天狗様に憑りつかれている、というのは初めて聞く話だ。あの場所に第三者がいたというのは衝撃の事実だ。
「あなた、私の背中に翼が生えているのを見たそうね。あれで天狗様があなたに不信感を持っちゃって、秘密がばれないように罰を与えるっていうの」
「罰……」
「もちろん、私は止めたんだよ。神矢さんはそのことを人に話すような女の子じゃないって。でも、一日だけ天狗の力を思い知らせるっていうの」

いったい何をするつもりなんだろう。
「私は翼が生えていようが頭にカッパのお皿があろうが、真田さんのことを悪く言ったりはしないよ」
スマホの向こうで真田さんが微笑んだ感じがした。
「ありがとう。私の頭にカッパのお皿はないけど、神矢さんがそう言ってくれるのは本当にうれしい。もう一度説得してみるけど、明日はくれぐれも気をつけてね」
スマホが切れそうになった刹那、私は一言だけ付け加えた。

「真田さんの羽根はとても奇麗だって私は思ったよ」

これは本心。黒髪に漆黒の翼の生えた彼女は、息をのむくらいに美しかった。
スマホは切れてしまったので真田さんがどういうリアクションをしたのかはわからないけど、言うことは言ってしまったのでそのまま寝てしまうことにした。

翌日、何が起こるのか警戒心バリバリで登校したところ、怪異現象はものすごく派手な形で現れた。
教室に「熊」がいた。
森のクマさんではない。今すぐ猟友会の皆さんにお越しいただいて始末してもらわないとクラスのみんなの命があぶない、ってレベルでマジもんのヒグマである。
「私を驚かすためにここまでやりますか」
真田さんに憑りついている天狗様は、確かにすごい法力使いのようだ。私は、怖いよりも先にその術の見事さに感心してしまった。
ちょっとだけイタズラ心が芽生えた。

牙をむいて私を威嚇する「熊」に近づくと、その頭をやさしく撫でてやった。
「おーよしよし、お前はどこの森のクマさんだい?」
……それにしてもよくできている。頬の感じ、唇、牙、すべてが見事な造形で完成されている。それらを一通り撫でまわしたところで、教室の中がざわめいていることに気が付いた。女の子たちはひそひそと耳打ちし合い、男子生徒はまぶしそうに目を反らしている。

「ちょっと神矢さん!」
既に登校していた真田さんがものすごい勢いで飛び出して来て、私の手を取って廊下に連れ出した。
「おはよう真田さん」
呑気に挨拶をすると、
「気をしっかり持って、落ち着いて、私にちゃんと説明してみて!」
と普段の真田さんからは想像もつかないほど取り乱している。顔が真っ赤なのはなぜだろう。

「説明って……」
「だってあなた」
そこで男の人の手が真田さんの唇をふさいだ。
みれば、法師姿の若い男の人である。背中に真田さんと同じ黒い翼が生えている。
「ほう、やはりわしの姿が見えるのか、神矢千里」
不敵に笑いながら私を見下ろしている。なんかむかつく。
「その手を放しなさいよ、この変態」
ふがふがと真田さんは何か話そうとするけれど、中学生の女の子じゃ大人の男の手を振りほどくことが出来ない。
「咲夜はお喋りでな。落ち着いてせっかくの余興を楽しむことが出来ない。わしの『やしろ』としてはまだまだ修行が足りぬようだ」
「私、真田さんのことをみんなに話したりしませんよ」
天狗様は鋭い目つきで私の顔をにらみつけると、
「口にもするでない。今は結界を張ってはいるが、いつ何時、人の耳にはいるやもしれぬ」
と低い声でたしなめた。

「なんでそこまで隠す必要があるのか、教えていただけますか。大人はすぐにあれをするなこれをするなと命令するけど、私たちだって話せばわかる人間です。動物じゃないんだから調教すれば言うことをきくなんて失礼です」
目の前のイケメン天狗は高い鼻をフンと鳴らし……高いだけでお面の天狗のように長くはないけれど……神妙な顔で言った。

「咲夜はまだ子供だ。傷つかぬよう大切に育てるのが守護者の務めである」
「……とても納得しました」
私は一礼して敬意の気持ちを表した。この天狗様は真田さんのことをとても心配しているのだ。
「今日一日の試練は甘んじてお受けします。ですからこれからも私が友達でいることを許してくださいね」

教室に戻ると、先程の「熊」が私の隣の席に座っていた。私は自分の席に座ると、熊の頭をもう一回撫でた。
「今日一日よろしくね」
こんな試練なら軽いものだ。ちょっと怖いけど、我慢できないほどじゃない。
でも、教室のみんなには妖怪は見えないはずなのに、なぜ私の顔を不思議そうにチラチラ見ているのだろう。

一時限目が終わり、三時限目が始まる頃には私はすっかり慣れっこになっていた。
熊の毛並みはサラサラとはいかないけれど、張りとコシがあってなかなかに気持ちがいい。授業に飽きると自然と手が伸びてぬいぐるみのように撫でまわしていた。
昼休みになるとお弁当箱をひろげ、熊にも食べさせてあげようと考えた。動物愛護の博愛主義者ここに極まれり。

「はい、あーん」

卵焼きを箸でつまんで口元にもっていくと、「熊」はキョトンとした顔でしばらく考え込んでいたが、パクリと食べてくれた。なかなかかわいいところがある。私はタコさんウインナーやら鶏のから揚げやら、次々と「熊」の口の中に放り込んだ。

驚いたことに、体育の授業中も、「熊」はグラウンドに出てきて生徒と一緒に走っていた。短い脚を一生懸命動かして、たちまち男子生徒たちを追い抜いて一等賞になった。
私はちょっと感動して「熊」に駆け寄ると、その大きな体に抱きつき、
「すごい!やるねキミ!」
と背中をさすってあげた。「熊」はまたまたキョトンとした顔で私にされるがままになっていた。
ざわめく女子の集団の中から真田さんが困ったような顔で私のことを見ていた。その真田さんに向けて、私は渾身の「Vサイン」をした。大丈夫、こんな試練ならいくらだって平気だよ。私はこの試練に耐えて天狗様の鼻をあかしてやるんだから。
熊は私の腕を優しく離すと、男子の集団の方へとのろのろと歩いて行った。

授業が終わり、下校時間になったところで、私は幻影の「熊」に、
「うちにおいでよ、立派な温泉があるから一緒に入ろう」
と声をかけたのだけど、「熊」は私の頭にポンと手を置いて、優しく撫でまわしたきり、ノシノシと教室から出て行ってしまった。
あれ?
今の撫で方、誰かのによく似ているような。……そういえば隣の席の八代まさるはどこへ行ってしまったんだろう。すっかり忘れていたけど、今日は全然姿を見なかった。
欠席だろうか。

「神矢さん、来て!」
真田さんが困った顔で私の手を取ると、自分の家まで引っ張っていった。

神社の境内にはあの天狗様がいて、私を見るとおかしそうに笑った。
「どうじゃった、わしの与えた試練は?」
私はイケメンの天狗様の前で胸を張り、
「全然大したことなかったですよ、あんな試練なら毎日だって平気です」
と思いっきりふんぞり返ったのだけど、天狗様はスタスタと目の前まで歩み寄ってくると、

パン!

と手を叩いて私にかけられていた暗示を解いた。
神社の境内を夕暮れ時の秋風が吹き抜ける。真田さんは私の腕をギュッとつかんで、これから起こるであろう私のリアクションに備えた。

「うわああああああああああああ!」

私は顔がどんどん熱くなるのを感じた。
あの「熊」は八代まさるだったんだ。なんで今まで気が付かなかったんだろう、そんなことすぐにわかりそうなもんなのに、普通に「熊」として接してしまった。
天狗様はおなかを抱えて大笑いをした。
「傑作じゃな。ここまで術のよくかかるおなごは初めてじゃ」
力が抜けて、その場に倒れそうになるのを真田さんがしっかり支えてくれる。
「……真田さん、私って今日一日何をやらかした?」
「えっと……朝教室に入ってくると八代君のところまで歩いていって、頭をなでなでして頬っぺたをさすって、唇とか歯とか、指で触りまくってた」
「それから?」
「授業中は八代君の腕とか背中をさすっていたわね。お昼には八代君に『あーん』なんて感じでおかずを食べさせてた」
「……それから?」
「体育の授業では一等賞になった八代君に駆け寄って、思いっきり抱きついてた」

「うわああああああああああああ!」

もう涙目になって天狗様に抗議した。
「なんてことしてくれたのよ!明日どんな顔で学校に行けばいいの!」
「お前がしでかしたことだ。わしは知らぬ」
「無責任だ!」

「よいか神矢千里」
天狗様は真面目な顔になって私を見下した。
「わが『やしろ』真田咲夜はこの世でただ一人、わしを受け入れることのできる『器』である。その天与の神器に傷をつけることはわしが許さぬ。……もう一度今日起こった出来事を振り返ってみるがいい。わしはあの術をお前が死ぬまで呪いのようにかけ続けることが出来る。死ぬまであの男がお前の目に『熊』としか映らぬように出来るということじゃ」
天狗様の口元が意地悪く跳ね上がった。

「好いた男がけだものにしか見えぬというのは、さぞやつらかろうのう」

決定的だった。私の負けだ。こんなひどい試練はない。私は目から涙を流しながらその場に崩れ落ちた。
「うわああああ!」

「いい加減にしなさい!」
真田さんが天狗様に向かって叫んだ。
「私のことならいくらだって好きにすればいい。でも普通の人間の神矢さんにこんな術をかけるなんて、あんまりにもひどすぎます!消えなさい!しばらくあなたの顔なんて見たくありません!」
たちまちにして意地悪な天狗は目の前から消え去ってしまった。私は、真田さんの胸にすがりついてわんわん泣いた。
「ごめんね。あんなむごいことをするなんて、本当にごめんなさい」

それから泣き止むまで小一時間ほど真田さんの部屋で過ごした。八代が、死ぬまで『熊』にしか見えないなんて、そんなの嫌だ。今まで考えたこともなかったけど、私は八代のことが大好きなんだ。なんで、そんな目に会わなくちゃいけないんだ。ひどい、ひどすぎる。

「神矢さん、私がうかつだったわ」
目の前で正座していた黒髪の女の子が、ポツリポツリと話し始めた。
「天狗憑きの私には、その印ととして黒い翼が生えているの。いつもは妖怪たちに見えないように隠しているんだけど」
ぱあっと、漆黒の翼が部屋いっぱいに広がって夕焼けの光の中でキラキラと輝いた。
「あの時は本当に疲れ果ててしまって、ついうっかり出したままにしてしまったのね。ごめんなさい。あなたに見つかるなんて考えもしなかったわ」

妖怪や物の怪が見える今の私には、真田さんの黒い翼をはっきりと見ることが出来る。

「真田さんの翼は、あの意地悪な天狗と違って、とっても奇麗だよ」
「ありがとう。昨日の夜も同じことを言ってくれたわね。すごくうれしかった」
頬がほんのりと赤くなった。

「でも人間世界で数百年間生きてきたあの天狗様にはそんな気持ちがまるでわからないの。裏切られ、失望して、二重三重に疑い深くなっている。だから、神矢さんのことも信じられなくて、あんなむごい術をかけたんでしょうね」
「もし秘密をばらしたら、あれが一生続くぞ、か……」
真田さんは翼をたたんで背中に隠した。うつむいて黙り込んでしまう。まるで、初めて会った頃の「天狗ちゃん」みたいだ。自然と言葉が出てきた。

「あの天狗様は、きっとすごく優しい奴なんだよ。私が真田さんを裏切って傷つけることが耐えられないんだと思う。確かに、ひどい目にはあったけど、その気持ちは私はちゃんと受け止めたよ」
私は見えない天狗様に向かって叫んだ。

「わかった?ちゃんと受け止めたからね!」

絶対に、真田さんを裏切るようなことはしない。この秘密は私が墓場まで持っていくんだ。

目の前の黒髪の女の子は、
「ありがとう」
と言って、とうとう泣き出してしまった。

翌日は悲惨の極致を極めた。
朝、教室に入ると黒板に「相合傘」なんてのは序の口で、机のまわりにはゴシップ好きの女の子たちがハエのように集まってきた。
「昨日はすごかったね」
「八代君といつの間にそういう関係になったの?」
「もうキスとかしちゃった?」

そこへ登校してきた八代まさるは、私とは目も合わせてくれず、ただ一言、
「お前はおかしい」
と言い放ったきり、一日中無視を決め込んだ。

いったい、昨日の私がどれだけ「八代ラブ」を振りまいたのだか、想像すると頭が痛くなってくる。でも、「私は冤罪だ!」と叫ぶことはできない。これは天狗様との約束なのだ。真田さんといつまでも友達でいるために、私はこの試練を甘んじて受けると誓ったのだ。

その彼女は一日中気まずそうにチラチラと私の様子をうかがっていた。大丈夫だからね。心配はいらないからね。
私は真田さんにむかって渾身のVサインを差し出しながら、
「人のうわさも七十五日」という言葉を呟いた。

七十五日も続くんだ、このラブラブ地獄。

固定リンク