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音楽茶屋と孫娘ふたり
おっさん西遊記
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おっさん西遊記

おっさん西遊記

むかしむかし、中国の唐の時代。

「お師匠様、私は反対です!」

お猿の私は強く抗議した。名前は孫悟空。三蔵法師様の一番弟子です。

「私たちは旅の僧侶なんですよ。天竺までありがたい経典をもらいに行くんです。それがなんで『山賊退治』なんかしなくてはならないんですか!」

三蔵様はくわえ煙草で天井を見上げております。

「だってかわいそうじゃないか。山賊大将はここの娘さんを差し出せと要求してるんだよ。どんなひどい目に合わされるのかわかったもんじゃない。お猿のおまえだってメス猿がマウンテンゴリラにかっさらわれそうになったら助けてあげたいって思うだろう?」

「私はメス猿なのでどうだっていいです」

三蔵様が驚愕の表情で振り返った。
「おまえ、メス猿だったの?」
「言いませんでしたっけ?これでもスケバン斉天大聖として天界じゃちょっとした有名人だったんですよ」
「知らないよ、そんなの」

そこへ庄屋の娘が入ってきた。
「三蔵様……」
三蔵様は慌てて煙草を隠した。教師に喫煙を見つかった高校生みたいだ。
村一番の器量よしと評判の娘は、深々と頭を下げる。
「父が無理なお願いをしたそうですが、どうかお気になさらないでください。私一人の犠牲で済むことですから、それで村が救われるなら、私は喜んで山賊大将の元に参ります」

……なかなか道理のわかってるお嬢さんだ。山賊の手籠めにされるのはかわいそうだが、こちらはただの旅の通りすがり、筋違いなお願いなのだ。

それなのに三蔵様は気前よく言い放った。
「困っているお嬢さんを見捨てたりは出来ませんよ。どうかご安心ください。私が明日山賊の元に出向いて説得してみましょう。どんな悪党でも御仏の話を聞けば必ず真人間になるものです」
「ありがとうございます、三蔵法師様」
……心なしかお師匠様を見る娘の目が熱を帯びている。

私は大きくため息をついた。説教なんかで悪党が改心するものか。
相手は村人を何人も手にかけた極悪非道の山賊なんだ。あなたが出て行ったって殺されるに決まってる。もし万一、三蔵様の身に何かがあれば、私がお釈迦様に怒られるんだ。また石牢に閉じ込められるのは真っ平御免だ。

「……仕方ありません」

私は娘さんの前に出るとその顔をじっと見つめた。
「あの、なんでしょうか」
「術を使います。集中しますからちょっと黙っててください」
私はその場で華麗に宙返りをした。

ホイ!

「あ!」
娘さんが小さく声を上げる。突然目の前に自分そっくりの村娘が現れたのだ。
「すごいもんでしょう。昔、仙人様の元で十年ほど修行をしたのです」
「まるで鏡を見ているようです……」
「えっへん!」
鼻高々でふんぞり返ると、五割増しのオッパイがプルンプルン揺れまくった。これは巨乳好きの三蔵様へのサービス。前の村で胸の大きな娘をガン見していたのを、私はしっかり覚えているのですよ。

「では、山賊の元へは私が参りましょう。お師匠様はここでおとなしく待っててくださいね」
「悟空、あまり手荒なことはするんじゃないよ」
「わかってますよ」
三蔵様の目は泳ぎまくっていた。ちょろい。

翌朝、私は山賊の子分に連れられて山奥のアジトへと向かった。淡い青の衣装をまとい、髪を結い上げ、ほんのり薄化粧までしている。

山賊大将はいかにも野蛮な大男で、猪の肉を食らいながら酒を飲んでいた。まだ朝なのにいい御身分である。まわりの手下どもは女に飢えているのか、私の体を舐めまわすようにジロジロ見ている。……三蔵様、この連中に説法をしてもたぶん通じませんよ。

それでも一応お釈迦様の弟子なので、説法を始めた。

「親分様、この人間世界は苦しみの多い苦界というものでして……」

言い終わらぬうち、髭もじゃの親分は私の衣装をひっかみ、ビリビリに引き裂いてしまった。
「てめえら、このきれいな姉ちゃんは俺のものだ!」
子分どもが「うおおおおおお」と鬨の声を上げる。どうやら言葉の通じぬ相手らしい。ならば手加減は無用。私を押し倒そうとする武骨な腕をすり抜けて、蝶のように舞い上がる。

「斉天大聖の怒りの鉄槌を受けてごらんなさい!」

隠し持った如意金剛棒を親分の頭に叩きつける。ぐしゃ、と鈍い音がして、頭が肩の中にめり込んだ。
「あはははははは」
そこから先は阿修羅のような大活躍。可憐な娘の姿のまま、蝶よ花よと乱れ舞い、あたりの山賊どもすべてを叩き殺してしまった。

頬が熱い。御仏の弟子にあるまじき所業。でもお釈迦様もきっと許してくれるはず。

最後に殺戮の現場に手を合わせ、
「往生してくださいね」
とねんごろに弔ってあげた。

「三蔵様、ただいま戻りました」
筋斗雲で屋敷の庭に下り立つと、三蔵様が落ち着きなく煙草をふかしておられた。足元に吸い殻がたくさん落ちている。私のことを心配してくれたのだ。
「ああ、お疲れさま……」
と言いかけて、三蔵様の動きが止まった。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんというか、ものすごい姿だなと思って」

なるほど、純朴な村娘がすさまじい殺戮を行ってきたのだから、今の私は相当ヤバい姿になっている。全身血まみれで頬は上気し、なんというか、事後みたいに色気を発散しているのだろう。自分でもわかる。私は興奮している。

三蔵さまは陶然として私の姿を見つめておられた。
「いや、いかんいかん」
寸でのところで理性がもどったらしい。

「悟空さんや、人殺しは良くない。無駄な殺生はお釈迦様の教えに背くことになる」
「はい、申し訳ありません」
自分でもやりすぎたと思ったので頭を下げると、三蔵様は私の反省をよしとされたのか、
「元のお猿に戻って部屋で待っていなさい。お湯を用意させるから体を洗ってあげよう」
とやさしく声をかけてくださった。
「いいですよ、そんなの自分でやりますから」
「いいからいいから」

厨房の方へと駆け去ってしまった。
美しい女人の姿をしているせいか、三蔵様の私に対する態度がいつもと違っている。なんとなく面白くない。私はお猿の孫悟空なのだ。どうせ褒められるなら元の私を褒めてもらいたい。こんな姿からはとっとと解放されて元の私にもどるとしよう。

部屋に入ると私は大きく息を吸い込んで気合を込めた。

ホイ!

軽く飛び上がって空中でくるりと一回転し、ストンと着地をすればあら不思議、たちまち元のメス猿に……

あれ?

おかしい、元の姿に戻らない。私はもう一度地面を蹴って宙に舞う。……うそ、なんで人間の姿のままなの?

ホイ!ホイ!ホイ!ホイ!ホイ!ホイ!ホイ!ホイ!ホイ!ホイ!

息を切らせ、髪を振り乱し、私はとうとう泣き出してしまった。
「悟空、どうかしたのか」
たらいのお湯を持った三蔵様が私の元に駆け寄ってきた。
「三蔵様、術が解けないのです」
涙をボロボロとこぼしながら、私は情けない声を上げた。
「……やり方を忘れてしまったのか」
「どうしましょう。術を教えてもらった仙人様はとうの昔に亡くなっていますし、継承しているのは私一人だけです。これじゃあ元のお猿に戻れない」

三蔵様はしばし考え込んた。
「こういうのはどうだろう。術は解けなくても変化するやり方は覚えているのだから、今度は孫悟空に変化するのだ。自分に変化するのだから術を解いたのと同じことであろう?」
さも名案だとばかりに胸を張る。

「駄目ですよ。私の術は化ける相手の目を見て行うのです。この世界に存在しないものには化けられません。お猿の私はもういないんだから、孫悟空には化けられないんです」
しくしくと泣いた。

「じゃあ、その辺の山に行って適当なメス猿を見つけてくるのはどうだろう。さっき煙草をふかしていたらかわいいお猿さんが尻を掻きながら柿を食べていたぞ」
「そんな野良猿と私を一緒にしないでください!私はこれでも花果山で生まれた由緒正しい石猿なんです!お猿の世界の絶世の美女、モンキー界のマリリン・モンロー!こんな美しいメス猿が世界に二匹といるわけないじゃないですか!」

「似たようなもんだろ」

「うわああああああん」
私はひどくプライドを傷つけられて寝台に身を投げ出してしくしくとすすり泣いた。もう二度と孫悟空には戻れない。こんな田舎の小娘の姿のまま、残りの生涯を終えなくてはならないのだ。そう考えると私はくやしいやら情けないやらで心がズタズタに引き裂かれるみたいだ。

三蔵様もさすがに言い過ぎたと思ったのか、泣きじゃくる私にそっと近づくと、やさしく頭を撫で始めた。

「悟空、安心なさい。ど忘れなんて誰にでもある。いま思い出せなくてもそのうちひょっこり思い出すかもしれない。さあ、そんな血まみれの姿では気分も悪かろう、湯の冷めないうちに体を洗ってさっぱりするといい。いい気分転換になるぞ」
「こんな醜い姿、見たくありません」
「……見ないでは洗えないだろう」
「じゃあ私は目をつぶっているから、三蔵様が洗ってください」
「え?」
三蔵様はキョトンとなされた。
「さっき私を洗ってくださるとおっしゃってたじゃないですか」
「いや、あれはお猿の悟空さんを洗うという意味で、さすがに出家の私が人間のお嬢さんの体をいじくりまわすのは問題があるというか、お釈迦様に申し訳ないというか」
「さあ!ひと思いにやっちゃってください!」

私は上着をはだけると、実物より五割増しのオッパイをつき出した。三蔵様はプイとばかりに顔をお背けになる。

「なんで目を背けるんですかぁ!私は正視できないほど醜いんですかぁ?」
「だからそうじゃなくて……」

三蔵様は私の胸ではなく、目をまっすぐに見つめ、
「悟空さん、私だって男だからきれいでかわいい女性を見れば欲情するし、抱きしめたくもなる。お願いだからこれ以上出家の私を困らせないでくれ。これはおまえが醜いから言うのではない。いま目の前にいるおまえさんが実物のお嬢さんよりもずっと魅力的だから言うんだ。わかったか?」

「……なんだか、口説かれてるみたいですね」
「かもしれんな。さっき庭に降りてきたお前を見たとき、私はときめいたのだから。あのお嬢さんには申し訳ないが、美しい村娘よりも孫悟空の魂を持ったお前の方が私は魅力的だと思うぞ」

三蔵様もさすがに照れたのか、立ち上がって部屋から出て行ってしまった。どうやらあの娘の姿にではなく、人間の姿の私にときめいているらしい。
「変なお師匠様」
私は声をたてて笑ってしまった。

それにしても人間の姿は醜い。
衣服を脱いで肌着を脱ぎ捨てると、体毛のない白い肌が足のつまさきまで続いている。腕を撫でまわすとつるんとしてなめらかな肌触りだ。たらいの湯に身をひたし全身の汚れを洗い流すと、湯のしずくが珠のようになって滴り落ちる。
「体は毛をむしり取った鶏みたいなのに、どうして頭にばかり毛が生えているのだろう」漆黒の黒髪を指先ですいて、白い胸の上に遊ばせる。
この醜い私を魅力的だと言った三蔵様は正気の沙汰ではない。どうかしている。

夜になった。
いつもは三蔵様と同じ寝具で眠るのだけど、その日ばかりは三蔵様が床に寝転がってお休みになった。
「……私を避けられているのですか」
「自分がオスの猿と一緒に寝るところを想像してみろ。何も起きない方がおかしいではないか」
「なら、私が床で寝ますから三蔵様はこちらでお休みください」
「男は女性の前ではいい格好を見せたがるものだ。構わないから早くおやすみなさい」
私は申し訳なくて一晩中しくしくとすすり泣いた。こんなことではこの先私がお師匠様のお荷物になってしまう。いったいどうして術が解けなくなってしまったのか。人を殺したからか、殺戮を楽しんだせいなのか、どうかお釈迦様、未熟な孫悟空めに道をお示しください。そんなことを考えているうち、だんだんと空が白み始めてきた。

「悟空や、家の者に気付かれぬうちに旅に出るとしよう」
……どうやら三蔵様も寝付けなかったらしい。

朝の明けきらぬうちに旅の支度を整えた私と三蔵様は、早々に屋敷を出ようとしたのだけど、召使いに気付かれたらしく、庄屋の夫婦と娘が見送りに出てきた。

庄屋の親父さんは名残惜しそうに三蔵様の前に膝をついた。
「御出家様、このたびは娘を救っていただき本当にありがとうございました。村人たちも怖い山賊がいなくなってとても喜んでおります。すべて御出家様のおかげです」
三蔵様は目を細め、菩薩のように微笑まれた。
「なに、これも御仏のご加護です」

娘もなごり惜しそうに眼をうるませている。
「三蔵様……」
言葉も出ないようでウルウルと青年僧を見つめていたのだが、ふと私を見ると表情が変わった。
「……こちらの行者様はなぜ私の姿のままなのでしょうか」
穴のあくほどジロジロと見られて、私はうつむいた。その恥じらう様子が見送りの親子に誤解を与えたらしい。

「まあ、御出家様も男だからねぇ」
親父さんがわけ知り顔にうなづいた。
「あなた、失礼ですよ」
母親が複雑な表情で亭主の袖を引っ張った。……こうならないために早く屋敷を出ようとしたのに。

「だって偉いお坊様は女を抱くことが出来ないから、お稚児さんを身近に侍らせているっていうだろ。いくら修行中の身とはいえ、若い御出家様が若さを持て余してはかわいそうじゃないか」
「……なんのことでしょうか」
三蔵様は首をひねられた。わかってるくせに。庄屋様は三蔵様が私を娘に化けさせて遊んでいたと誤解をしているんですよ。

庄屋の親父は何がうれしいのか大声で笑った。
「いやいや、私どもは別に構わないのですよ。娘はこのあたりで一番の器量よしですから、今回のお礼に一夜をともにさせるくらいは当然のお礼なのです。でも御出家様の修行の妨げになると思って差し控えておりました。なるほど、お連れの行者様を娘に変化させるとは、なかなか上手いことを思いつきましたな。いえいえ、まことに結構です。夕べも一晩中女のすすり泣く声がしておりましたが、たいそうお楽しみだったようで……」

「お釈迦様につかえる弟子として、女人断ちをしておりますので」
三蔵様は誤解を解こうとなさって言ったのだろうけど、私がメス猿と知らない相手では、そのセリフは違った意味に聞こえてしまう。

「三蔵様は私の姿をした行者様と旅をお続けになるのですか」
娘は押し殺したような声で尋ねた。三蔵様は慌てる。
「お嬢さんには申し訳ありませんが、悟空さんは術の解き方を忘れてしまったのです。そのうち元の姿に戻りましょうから、どうかご容赦ください」

親父さんが割って入った。
「いいじゃないか、おまえそっくりの行者様を抱いてくださるのだ。これも御仏に対する寄進だよ」
娘さんの表情が変わった。
「抱きたいなら私を抱いてくださればいいじゃないの」

……普段の娘からは考えられない発言だったようで、ご両親が愕然としている。
「いやいや、だから御出家様は女を抱けないのだよ」
「お父様は黙っていて!」
娘はズカズカと私に近づいてくると胸をわし掴みにした。

「あなた、どうして私より胸が大きいの!」
「どうしてと言われましても」
横目で三蔵様に助けを求めると、

「おまえ、なんでそんな余計なことをしたのだ」

冷静なコメントを返された。なんかむかついた。
「三蔵様が喜ぶと思って大きくしたんじゃないですか!好きなんでしょ?大きなオッパイ!」
「私はそんなことは頼んでおらんぞ」

娘さんは涙目である。
「胸が大きいのがお好きなら、そういう女を相手にすればいいじゃないですか。なんで私なんですか!ありのままの姿を抱いてくださるのなら私も許せましたのに、こんなのはあんまりです、もう顔も見たくありません!大嫌い!」
屋敷の中に走り去ってしまった。

「……娘がとんだ醜態をさらしまして」
親父殿が頭を下げた。
「いや、純真な娘さんを傷つけて申し訳ありません」
三蔵様も頭を下げた。
「いえ、あれには上手く言い含めておきますからどうぞお気になさらず、これからも胸の大きな娘をかわいがってあげてください。なにしろあなた様はまだお若い盛りなのだから」
ポンと、親父さんは三蔵様の肩を叩いた。仏の威光が一気に俗っぽくなった。私はもう見ていられなくて、
「お師匠様、早く参りましょう。次の宿場に着くまでに日が暮れてしまいます」
袖をひっぱって催促した。
「これこれ、ひっぱるでない」
……なんだか仲の良い恋人同士みたいだ。

私と三蔵法師さまはスタコラと村を逃げ出した。この先、あの村では「青年僧と便利な行者」の話が面白おかしく語り継がれていくことになるのだろう。
申し訳ないことだ。

御仏の心を体現するために、お坊様は女人断ちをしなくてはならない。三蔵様は修行中の身だから、私のような娘の姿をした者がそばにいるのはざそや迷惑なんだろう。今だって庄屋の親子に思いっきり誤解されてしまった。これもすべて私が無駄な殺生をした報いなのだ。

「あの、三蔵様」
「なんだい悟空さん」
「私は三蔵様のおそばにいても良いのでしょうか」

三蔵様は声を上げてお笑いになった。
「かわいいな、おまえは」
「かわいい……ですか?」
東の空に太陽がゆっくりと登ってくる。三蔵様のきれいな顔が光の中でさわやかに輝いて見えた。
「これもお釈迦様が私たちに与えた試練なのだろう。案外、天竺に着いたら元の姿に戻るかもしれんよ。だから何も気に病むことはない。これまで通り未熟な私を助けておくれ、孫悟空さんよ」

……なんだか答えをはぐらかされたみたいだけど、そう言ってもらえるのは素直にうれしかった。

「もちろんです、お師匠様」

私は小気味良く飛び跳ねて三蔵様の前をズンズンと歩き出したのでした。

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