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親方、海の底から女の子が浮かんで来ました

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親方、海の底から女の子が浮かんで来ました

親方、海の底から女の子が浮かんで来ました

人魚姫は海の底、沈没船を寝床にしておりました。

それとは知らぬ潜水夫は、お宝を求めて船の中へと入ってきたのですが、
人魚姫が金貨を敷き詰めたベッドで眠っているのを見つけて、
とてもびっくりしました。

港の娘が同じことをすれば、とてもはしたない姿なのですが、
金貨に埋もれて眠る人魚姫は、青い尾が金色に生えて、
それはそれは美しかったのです。
この子はきっと、お金の価値なんてまるでわかっていないのだ。
箱の中の金貨がとてもきれいだったので、
ベッドに敷き詰めて寝床にしただけなのだ。

人魚姫はすやすやと、あどけない顔で眠っています。
潜水夫の男の子は、彼女をずっとそのままにしてあげたかったのだけど、
海の上では親方が財宝の発見を待っています。
収穫がなければ、おいらは親方に殴られる。
かわいそうだけど、ここは立ち退いてもらわなきゃいけない。
床に沈む金貨を拾い上げて、それを財宝の証に持ち帰ることにしました。

ゆっくりと、潜水夫の体は沈没船を離れて浮上していきます。
海は広いから、あの子もきっと新しい居場所がすぐに見つかるだろう。
かわいそうなのだけど、おいらだって親方の拳骨が怖い。
世の中は、力のあるものがおいしい思いをするように出来ているのだ。
かぷかぷかぷ。

頭の排気孔から泡を出しながら、潜水夫は上っていきます。
すると、思いがけず、あの人魚の女の子が追いかけてきました。
「私の石をもってっちゃダメ!」
潜水夫のまわりをクルクル泳いで、なんとか引き留めようとしています。
人魚も人間の言葉を喋るのだなぁと、驚きましたが、素知らぬ顔で浮上を続けます。
「どうしても欲しいの?」
人魚の女の子が困惑顔で聞いてきます。さすがに申し訳なくなって、
「おまえには悪いけれど、人間にはとても価値のあるものなんだよ」

人魚姫はその奇妙な生き物が人間の男の子であることがわかって、
花のように笑いました。
「じゃあ、取り換えっこをしましょう。あなたの大切なものと交換です」
潜水夫は困りました。
「おいらは貧乏だから、金貨と釣り合うものなんて何も持っていないよ」
「あなたの胸の中にある、キラキラきれいなお星さまを、私に頂戴」
潜水夫は何のことかと首をかしげましたが、
天涯孤独な自分にも、この子にあげられるものがあるんだなと、少しうれしくなりました。

「いいよ、もっていきな」

人魚姫は真っ白な手をのばし、潜水夫の体に差し込みました。
まるで魚が体の中に入ったような、つるりとした感覚があって、
潜水夫の体からきれいな青い結晶が抜き取られました。
人魚姫は、女の子がするようにそれを抱きしめて、笑顔で海の底へと帰っていきました。

波の上の船に戻ると、親方がものすごい顔で怒っていました。
「遅せぇんだよ、このクソガキが」
あまりの剣幕に、潜水夫はびくびくと黙っていたのですが、
しびれを切らした親方は、潜水夫のポケットを執念深くさらって、
とうとう金貨を見つけてしまいました。
「ふてぇやろうだ」
力いっぱい殴られました。

それから親方は、嬉しそうに金貨を日にかざしまして、ライオンのように笑いました。
「俺の狙い通りだ。この海の下にはとんでもないお宝が眠っているぞ」
船乗りたちもみんな歓声をあげて喜びました。
これで一生贅沢な暮らしができるのです。
でも男の子はちっともうれしくありませんでした。
どうせ分け前などもらえないでしょうし、
人魚の女の子が悲しむことを思うと、胸がちくちくと痛んだのです。

さて、どうやってお宝を引き上げたものかと、親方たちが話し合いを始めます。
すろと、晴れ上がっていた空がだんだんと曇りだし、あっという間に暴風雨になりました。
親方は激しい雨と波しぶきに顔を洗われながら、船乗りたちに命令を出します。
このままでは船が転覆してしまう!
しかし、荒れ狂う海の上では、どんな大きな船も木の葉のように翻弄されるのです。
帆柱は折れ、積み荷は船乗りごと海に投げ出され、
とうとう船そのものが大きく傾いて、波の中に沈んでしまいました。
男の子は浮かんだ木の板に縋り付こうとしましたが、どうしても手が届かず、
ついに力尽きて、海の底へと沈んでいきました。
そのとき、水の中から声が響いたのです。

「大切なものと取り換えっこしたのだから、これはあなたのものだよ」

男の子は気を失ってしまいました。

目覚めると、男の子は浜に打ち上げられていました。
ぼんやりとあたりを見回しながら、ふと自分の右手に何かが握られていることに気付いて、
そっと指を開いてみますと、
……そこにはあの、親方に取り上げられたはずの金貨があったのです。
男の子が大切なものと引き換えに、人魚にもらったあの金貨です。

それからひと月も時間は流れました。
親方も仲間の船乗りたちも、誰一人戻って来ません。
おおかた、鮫にでも食われたのだろうと、港のみんなが噂しました。
たった一人生き残った男の子は、沈没船のことを誰にも話すことなく、
自分ひとりだけの秘密にしました。

金貨は今でも男の子の宝箱にしまわれています。
人魚がくれたその金貨を、人の手に渡す気にはなれなかったのです。
そんなことをしたら、男の子が人魚姫にあげたきれいで大切なものが、
輝きを失ってしまうような、そんな予感がありました。
あれはきっと、おいらがあげられる最高に素敵なものだったんだ。
あの青いお星さまがいつまで輝きを失わないように、
おいらは胸を張って生きて行かなくちゃいけない。

人魚姫はまだ沈没船の中の金色のベッドの上で眠っています。
あれから訪れる人間は誰もいません。とてもさみしい毎日です。
でもその胸の中には青い立派なお星さまがあって、
今でもキラキラと輝いているのです。

おしまい

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