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フランケン捕まえた

フランケン捕まえた

「実は私、吸血鬼なんだよね」
うつむきながら、オカルト研究会の部長はカミングアウトをした。
「血を吸わせてくれない?」

部室の窓からは陸上部の練習風景。愛しのクラスメートもトラックを走っている。
「はい?」
「血が吸いたいの、ものすごく」
いつものくだらない冗談かと思ったけど、部長は顔を真っ赤にして俺をちらちら見ている。
「吸わせて」

いきなり部長は俺に駆け寄ると、左の首筋に噛みついた。
チクリとした小さな痛みが走り、全身の力が抜けた。
その場にへたり込み、見上げると、部長は牙を真っ赤にして満足そうに微笑んでいた。

俺はこの日から部長のしもべとなった。

一日一回、放課後の部室で血を吸われた。
最初は泣きそうなくらい痛かったけれど、慣れてくると血を抜かれることが快感になった。
清楚で知的な先輩も、だんだんと大胆に、婀娜っぽい表情を見せるようになった。
「君の血はエッチな味がするね」
そんなことを耳元でささやかれ、心臓の鼓動が跳ね上がったりもした。

それでも俺は、やっぱりクラスメートの陸上部員が大好きで、
彼女の姿を横目で見ながら、会話の糸口をあれこれ妄想した。

「君、オカルト研究会の部長さんと付き合ってるの?」
ある日、その彼女から声をかけられ、ドキリとした。
「別に、付き合ってないけど?」
俺がしどろもどろで答えると、彼女は短い髪をかき上げ、
「へえぇ」
と意味ありげに笑った。
「でも仲いいよね?休みの日に一緒に歩いてるの、私見たよ」
……学校がない日は先輩の家で血を吸われているのだ。
その流れで一緒に映画を観たり、食事を奢ってもらったりもしている。
「君は私のご馳走だからね」
腕に縋り付かれ、そんなことをささやかれたこともある。
先輩の頬は少し赤く染まっていた。

「同じ部活なんだから一緒にいてもおかしくないでしょ」
「でも部長さんはすごく美人だし、ファンも多いから気を付けたほうがいいよ」
「何に?」
「刺されるかも」
おかしそうにクスクスと笑った。

そのことがあってから、ときどき陸上部の彼女とも話をするようになった。
姉御肌というか、ショートカットの彼女はやたら俺を子ども扱いした。
寝癖があれば髪を引っ張られ、
ギャグが滑れば脳天をチョップされた。
誕生日には「おめでとう」と声をかけたりもした。彼女は目を丸く見開いてから、
「プレゼント、プリーズ」
と両手を俺に差し出した。
俺はその手のひらの上にキャンディーを一つのせた。
てっきり「ケチ」と睨まれると思ったけれど、
彼女はそれをじっと見つめてから、「サンキュー」と満面の笑顔でお礼を言った。

部室の窓から陸上部の練習を見ていて、目が合えば手を振ることもあった。
「頑張れよ」
と声をかけたこともある。遠くの彼女は、腕をまっすぐに伸ばしてピースをした。
なにか「青春」という感じで、照れくさくなった。

そんな俺の姿を、部長先輩は無言でじっと見ていた。

「痛い!」
先輩が俺の首筋をいつもより強く噛んだ。血を吸うのではなく、噛みつかれた感じだった。
「先輩?」
「ごめん……」
すぐに謝ってくれたけど、悪びれた風はなく、俺と目を合わせずに部室から出て行った。
俺は大好きなギョウザも控えて、先輩のために協力しているのに、ひどいと思った。
少しでも先輩の飲む血がおいしくなるように、早朝ランニングもしているし、
鉄分の多い食事にも心がけている。
俺は全力で健気なしもべになろうとしているのに、何が不満なんだ。

それでも俺の足は、自然と先輩を追いかけていた。

水飲み場で陸上部の彼女に会った。
「今、うちの部長、こっちに来なかった?」
荒い呼吸を整えながら質問をすると、
「見てないけど」
と目を細めて答えた。
「痴話げんかでもした?」
「そんなわけねぇし」
「でもすごい汗だよ。ただ事じゃないよね」
質問攻めにしようとする彼女を振り切って、俺は校門の方へ駆けだそうとした。そのとき、

ブスリ

と横腹に何かがぶつかった。激しい痛みが全身を走った。
見覚えのない男子生徒が、ナイフを手にしてものすごい目で睨んでいた。
陸上部の彼女が悲鳴を上げた。

最期に視界に映ったのは、夕焼けの真っ赤な空だった。

……
フランケンシュタインは、人造人間の名前ではなく、
彼を創造した博士の名前である。物語の作者は19世紀の女流作家だけれど、
彼女はこのモンスターに名前を付けなかった。
名前がないために、いつのまにか博士の名前で呼ばれるようになったのだ。

……
目覚めて最初に認識したのは、男子生徒に鞭打つ部長先輩の姿だった。
由緒正しいバンパイアの正装であろうか、裏地の赤い黒マントを羽織っている。
ここは何処だろう?首をミシミシさせながらあたりをうかがうと、
ゴシック風の部屋の内装が見えた。
先輩の自宅だ。休みの日ごとに、俺はこの部屋で血を吸われた。
体が自分のものではないように重たい。
それでもなんとか先輩に近づこうともがくけれど、
全身が何かに拘束されていて、動くことができない。
名前を叫ぼうとして、喉から奇妙な嗚咽が漏れた。
……なんだこれは?
一心不乱に鞭をふるっていた先輩は、俺が覚醒したことに気が付き、
嬉しそうに笑った。口元に白い牙が見えた。

その日から、俺は本当のしもべになった。

フランケンシュタインは本質的にただの人間である。
死体の優れた部分のみを繋ぎあわせて、最高の人間を作り出そうと試み、
失敗した。
原因はただ一点。人間は神が創造したと信じることで連帯し、
その神の名前の元に集団で社会生活を営むことが出来るけれど、
博士によって創造された人造人間である彼は、
いわば神の意志に背いた存在であり、途方もない虚無と孤独感に苛まれた。
自分が何者であるかを見出せない彼は、博士を神とあがめ、
生存する理由を要求した。

「ごめんなさい」
吸血鬼の先輩は、何度も謝罪の言葉を繰り返した。
俺は先輩のストーカーの男子生徒に刺し殺されたのだという。
大好きな先輩を傷つけた、というのがそいつの言い分だった。
あの日、泣きながら部室を飛び出した先輩を見て、逆上したらしい。

先輩は泣いていたのか。じゃあ、仕方ないな。

俺は案外簡単にすべてを受け入れることが出来た。
非が自分にある以上、これは当然の罰だと思えた。
昔、誰かにそのことを警告されたような気がするけれど、
頭の中がモヤモヤして、どうにも上手く思い出せない。
ただ、校庭のトラックをしなやかに走る女の子の姿がぼんやりと浮かんできた。

誰だっけ?

病院の死体安置室に置かれた俺の死体は、先輩の父親によって回収され、
縁故のある大学の教授先生によって「復元」されたのだという。
男子生徒によって執拗に切り刻まれた俺の死体は、そのままでは再生が難しく、
他の死体の部品をいくつか流用したのだという。
「そのとき、私の趣味でオーダーを出したの」
先輩はおかしそうに笑ったけれど、おかげで今の俺は身長が190㎝もあり、
無駄に筋骨隆々としたマッチョマンになった。
体に染みついていたものか、一日数回はウエイトリフティングをしないと気が収まらない。

そんな俺に、先輩は優しく噛みついて血をすするのだった。
「……味が変わったんじゃないかな」
俺が申し訳なさそうに尋ねると、
「ちゃんと君の味がするよ」
と先輩は答えた。
俺は心の底から「よかった」と思った。

先輩の自宅に人間が訪れることはまったくない。
あやしい人外の生き物がやってきては、先輩の父親である伯爵様と仕事の話をいていった。
人間の世界を裏から支配する、みたいな計画を耳にしたこともあったけれど、
怒りも嫌悪感もまったく起らなかった。自分もまた人外の存在になったからだろう。

先輩の屋敷は人間世界からは完全に隔離されている。
都会の中の森のようなところに、忽然としてそびえ立っている。
郵便配達も、宅配業者も、
生身の人間は誰も入ってくることが出来ない。
それがどういうわけだか、呼び鈴が鳴ったので扉を開けると、
制服姿の女子生徒が立っていた。どこかで見たような女の子である。
「お嬢様のご学友ですか」
彼女は少し怯えたような表情を見せたけれど、継ぎはぎだらけの俺の顔を見据え、
「おたずねしたいことがあって参りました」
と、凛と響く声で要件を話した。
彼女のクラスメートが刺される事件があって、刺された彼と犯人が行方不明になっている。
その日以来、お宅のお嬢様は学校に来ていないけれど、何か知っているのではないか。
「すごく心配で、じっとしていられないんです。彼が死んでしまったんじゃないかって」
「君は、その人のことが好きだったの?」

「最初はそんなでもなかったけど、話をするうちにいい人だなって」

俺はなぜだか胸の底から甘い感情がこみ上げてきた。
……この人を人外のことに巻き込んではいけない。
見ず知らずの彼女を守りたいと思い、
「お嬢様は病気で誰ともお会いになることはできません」
と口から出まかせを言った。

彼女は俺の目をじっと覗き込み、ふと、驚いたように誰かの名前を呟いた。
「……そんなはずないか」
女子生徒は丁寧なお辞儀をし、くるりときれいなターンをして玄関を離れた。

「お待ちなさい」

振り返ると先輩が部屋着姿で俺の後ろに立っていた。
「私に話があるのでしょ?」
帰りかけた女子生徒は、ゆっくりと振り返った。

先輩は何がおかしいのか、笑っていた。
口元から吸血鬼の牙が少しだけのぞいた。
……俺だけでいいのに。
とても悲しい気分になったけれど、女子生徒はためらうことなく、
まっすぐに屋敷の中へと入ってきた。

玄関の扉をバタリと閉めた。

チャンスがあれば、彼女を逃がしてあげなくちゃいけない。
そのことで先輩に鞭でぶたれようと、
自分の出来ることは何でもしてあげなくては。
燭台の炎に照らされた長い廊下を彼女と歩きながら、
俺は繰り返し自分に言い聞かせていた。

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