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音楽茶屋と孫娘ふたり

音楽茶屋と孫娘ふたり

 1

下北春坂商店街のはずれに昭和のおんぼろな木造店舗があって、木製の無駄に美麗なドアを押し開けると、
「カランカラン」
と北アルプスの牧場に迷い込んだようなベルの音が鳴る。牛たちが首からぶら下げているアレである。内装は思いのほか豪華だ。元は昭和の歌声喫茶だったものが、昭和の三十年頃に名曲喫茶に代わり、21世紀になって老オーナーのオーディオルームになり果てた。外界がネットだスマホだタブレットだと騒いでいる間も、この閉ざされた老人の小部屋はLPレコードのクラシック音楽を流し続けていた。ただ一人、孤独なおじいちゃんのためだけに。

ある夏の日、おじいちゃんの畑仕事を手伝った私は、この資産家のドラ息子の成れの果てみたいな老人の趣味の部屋に入ることを許された。人間嫌いのおじいちゃんは父も母も、身内の誰もこの領域には踏み込ませなかった。それがなぜ私にだけ許されたのかはわからない。中学の帰りに畑で雑草を刈る麦わら帽子の老人の姿を見つけて、今日は暇だし、日ごろの運動不足の解消でもしようかと考えたのが、老人の寂しい心には無邪気な善性を感じさせたのかもしれない。単なる気まぐれかもしれない。

陽射しに散々祟られた私は、冷たい麦茶でも飲みたい気分だったのだけど、おじいちゃんがチョイスしたのは選りにもよってアツアツの珈琲だった。取っ手を回す式のミルで豆を粉々にし、冷蔵庫に保管してあったネルを器具にセットして、粉に沸騰したお湯を回しかける。冷房の効いたオーディオ部屋におじいちゃんの淹れる珈琲の香りがたちこめる。
「飲みなさい」
なかば強制するように、イギリス製のコーヒーカップが私の前に置かれる。困ったなと思いつつも、のどの渇きはいかんともしがたかったので、私は息をフーフー吹きかけながら、やけどしそうなほどアツアツの珈琲を啜った。
乾いた口の中が焼けただれそうな熱さだった。それでも、のど元を過ぎれば胸を焼く珈琲の暖かさは心地よいものに思えた。少し大人になったような気分である。

そのとき、名曲喫茶時代の名残の巨大スピーカーが、およそらしからぬ優しくて繊細な音楽を流し始めた。学校の制服で珈琲を飲んでいた小娘は、いつの間にかその音楽に耳を傾け、穏やかな気分にすっかり浸りきってしまった。
「この音楽は何?」
「モーツァルトのセレナードだ」
何やらお洒落な横文字がおじいちゃんの口から発せられた。おじいちゃんは自分の分の珈琲をもって私の向かいの席に腰を下ろすと、それ以上何も言うな、黙って音楽を鑑賞しろと言わんばかりに、瞑目して音楽に耳を澄ました。

青空のような音楽だなと、私は思った。どこかで聴いたようにも思うけれど、それがテレビなのか学校給食のBGMなのか、まるで思い出せない。ただ黒い円盤が回転してレコード針を振動させ、そこから音楽が生まれている様子が、大地にすっくと伸び上がる向日葵のようで、それが年代物のスピーカーの振動する音だなんて、ちょっとした魔法みたいだなと感心した。

「レコードのジャケットを見てもいい?」
音楽が終わると、おじいちゃんに許しをもらって「神聖な」デッキシステムの前に駆け寄った。おじいちゃんはのどかに珈琲を飲み続けている。
名曲喫茶時代の名残なのか、演奏中のレコードのジャケットはアンプの脇の小さなイーゼルの上に立てかけられている。手に取り、裏面の曲名のところに目を走らせた。

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク……」

片仮名表記の横に「小夜曲」と印刷されていた。

「おじいちゃん、もう一度同じ曲が聴きたい」
思わず資産家崩れの老人におねだりをしてしまったのだけど、かつてのこの店の経営者は無言でデッキの前に立つと、老眼鏡を取り出し、注意深くプレイヤーの針を音盤に落とした。
音楽が再び喫茶室の中に満ち溢れる。
老人と孫娘は会話をするでもなく、ただ音楽に耳を傾けた。まるで、三十年ほど前の名曲喫茶にいるみたいに、時間がどんどん懐かしい雰囲気にあふれてくる。

「作曲家にとって、これは最高の贅沢なんだろうな」
「え?」
思わず聞き返すと、おじいちゃんは驚いた表情を見せ、
「なんでもないさ」
と、不思議なほど満ち足りた表情のまま、元の無口なおじいちゃんに戻ってしまった。たぶん、私がいることを忘れていたのだろう。

おじいちゃんと会話らしい会話があったのはこの一度きりで、その夏の間無心の草むしりと名曲コンサートは続いた。暗黙の了解というか、私は年代物のオーディオの鮮明な音に魅せられていたし、おじいちゃんもそんな私を邪険にはしなかった。ただ珈琲を淹れ、その日のレコードを日課のように鳴らした。

祖父と孫娘というより、たまたま同じ木影に憩う旅人同士のように思えた。

だから、おじいちゃんが亡くなってこのおんぼろの喫茶店と大量のレコードを私が相続することになったとき、ちょっと困惑した。小さな町の商店街のはずれとはいえ、土地はずいぶん高値で売却可能とのことで、
「孫娘の嫁入り資金にくれたんでしょ」
と母はホクホク顔でのたまった。とっととレコードを売り払って店を潰して、跡地にビルでも建てればそこそこの利益が懐に飛び込む。高校一年の女子にして私はプチ資産家の仲間入りというわけだ。

でもそんな気にはまったくならなかった。なぜといって、それを上手く説明できる自信はないのだけど、たぶん、これはおじいちゃんの「呪い」のようなものだと思ったからだ。あの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のレコードを聴いたとき、私はその「呪い」にかけられてしまったのだ。まったく、困ったもんだ。


 2

香織さんについて語らなくてはいけない。彼女は「最高の贅沢」についての私の疑問に、解答を与えてくれた人だから。

高校に入学してからも私は部活に熱中するでもなく、勉学にいそしむでもなく、未来に対しての漠然とした不安を抱えながら祖父の残した喫茶店の廃墟で音楽に耳を傾る日々が続いた。まるで壊れた蓄音機の中に住んでいるようだなと自嘲したりもしたけれど、そういうメルヘンな境遇はまんざら悪くもない。何しろ半世紀近くかかって祖父の集めたコレクションは、ちょっとやそっとで聴ききれる量ではない。一生をそうやって無意味に浪費するのも、あるいは「最高の贅沢」なのかもしれないなと、その頃は考えたりもした。

祖父のようにミルで豆を挽き、ネルで珈琲を淹れる。見よう見まねでやっても決して祖父のように美味しくはならないけれど、古いレコードよろしく、音盤に針を走らせるように、私は珈琲を淹れ続けた。たぶん何かの儀式なのだろう。

そうやって祖父との夏の日々を再生することで、あの日の音楽が蘇るような気がしていた。

モーツァルトは集中的に聴いた。オペラ、ピアノ協奏曲、シンフォニー、ディベルティメント……ケッヘルの番号が付いたものだけで六百曲近くある。ご丁寧なことに祖父はその大半をレコードで揃えていたので、私は彼の作品を系統立てて聴くことが出来た。

それで気が付いたことだけれど、モーツアルトは若いころにディベルティメントやセレナードなどを集中的に書いてからは、プッツリとこの分野に手を出さなくなっている。

ディベルティメントとセレナードは、貴族のパーティや祝い事の折に演奏されるBGMのようなものだ。音楽は管楽器が活躍する華やかなもので、耳を傾けていると、自分が17世紀ヨーロッパの華やかな社交の場に迷い込んだような気分になる。

二十代のモーツァルトは、ザルツブルク大司教のお抱え音楽家として、この手の曲を作曲する義務があった。けれど、そのような華やかな曲を義務的に作り続けることは、天才と呼ばれる作曲家モーツァルトには我慢のならないことであったから、彼はほとんど喧嘩別れのように、大司教の元を離れる。だから、その後のウイーンに拠点を移してからのモーツァルトは、この手の「宴会音楽」をほとんど作曲しなくなった。

数少ない例外が、あの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」なのである。

この曲は本当に不思議な曲で、これほど楽しい音楽なのに、それが作曲された時期のモーツァルトは音楽家としての人気に陰りが見え始め、収入も減り、おまけに尊敬する父レオポルト・モーツァルトが亡くなったばかりの頃だったりする。その不安な時期に、彼は選りにもよって自分が嫌ったBGM音楽である「セレナード」を作曲しているのだ。音楽史的にもこの曲が作曲された理由は不明で、夜会用の曲であるにも関わらず、そのような注文があったという痕跡は残されていない。ある日パッと書きたくなって、買い手もないまま作り上げてしまった曲、それが「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」ということになる。

いったい、モーツァルトは何を考えてこの曲を作ったのか、おじいちゃんは、なぜこの曲を「最高の贅沢」と断じたのか、高校生の小娘にはまったくもって分かりかねる。

それで、うつらうつらソファーに横になって考えているうち、音盤の上をすべる針は自動的に再生を終え、定位置へと戻ったのだった。こういった昭和時代のカラクリは、自動演奏装置である「ジュークボックス」なんかもそうだけれど、昔の人の考えた超未来技術みたいで、懐かしくもお洒落な感じがする。電子チップで駆動する現代のロボットなどにはない、前時代のロマンチックマシンなのだ。

それで、いつの間にか眠ってしまっていたのだけど、何かの物音に気付いて私はピクリと体を震わせたのだった。
「……泥棒?」
あるいは猫が店の中に迷い込んだのかもしれない。ソファーの影から恐る恐る様子をうかがってみると、髪の長い若い女の人が、祖父のレコードコレクションを一枚一枚手に取って、曲名を目で追っている。

「……じいちゃんは、留守かな」
独り言のように彼女は呟いた。
「じいちゃんの珈琲が飲みたかったんだけど、自分で淹れることにするか……君も飲む?」

振り返った彼女は全く見覚えのない人で、私は体を緊張させたまま、
「どちら様ですか」
と尋ねた。
「じいちゃんの孫娘」
……いやいや、孫娘は私の方だ。おじいちゃんの孫娘は間違いなく私しかいない。お前はいったい何者だと、目は自然と彼女を睨み付けるようになる。
女の人は苦笑交じりに肩をすくめ、
「何か適当に淹れさせてもらうよ」
と、キッチンの方に姿を隠した。

やがて、おんぼろ喫茶店の室内に、再び珈琲の香りが漂い始め、カップを二つ手にした女の人が、私の前のソファーに腰を下ろした。
「じいちゃんがどこにいるか、君は知らないかな」
彼女は砂糖もミルクも入れず、ブラックのままの珈琲に口をつけた。なかなか、優雅な飲みっぷりである。白磁のカップに赤いルージュの跡が残った。

昭和っぽいと思った。

「祖父は、今年の春先に風邪をこじらせて亡くなりました。あなたはおじいちゃんの知り合いですか」
女の人はカップの中の珈琲に目を落としたまま、ルージュの笑みを崩すこともなく、
「そう」
と答えた。
「祖父ってことは君は春子さんの娘さんだね。こんなに大きくなっているなんて、私も歳をとるわけだ。まあ、まだ二十代なんだけどさ」
「どこかでお会いしましたっけ」
「赤いランドセルしょった君に声をかけたことがある。そのときは私も今の君と同じ制服を着てたね。覚えてる?」
「まったく」
「そりゃそうだ」

気が付けば、古いスピーカーからは優雅な音楽が流れ始めていた。軽快に走り回るような音楽。何の曲だっけ?
「あ、モーツァルトのディベルティメント」
「正解。さすがじいちゃんの孫だね」

モーツァルトが18歳の青年時代に作った三曲のディベルティメントだ。
「この曲はアイネ・クライネ・ナハトムジークと似てるような気がするよね」
「それはたぶん、二つとも弦楽のための曲だからじゃないですか」
「弦楽……バイオリンとかビオラ、チェロ、コントラバスみたいな弦楽器だけのために作られた曲ってことか。そういえばそうだね」
「モーツァルトが弦楽器だけのために作った機会音楽はそんなに多くないんです。だって宴会で流すBGMだから、注文主の方でも出来るだけ派手になるようにオーボエやホルン、フルート、クラリネットやファゴットなんかを入れたがりますから」
「モーツァルトは管楽器の曲も得意だからね。グランパルティータなんか、低音のコントラバスをパセットホルンにしたら完全に吹奏楽曲だもんね」
「でも、最後のセレナーデ13番は弦楽セレナードなんです」
「アイネ・クライネ・ナハトムジークか」
「そこなんですよね……」

気が付けば、私は無意識に彼女の淹れた珈琲に口をつけていた。それは驚いたことに、祖父の淹れた珈琲を思い出させるような懐かしい味がした。

「おじいちゃんはアイネ・クライネ・ナハトムジークが作曲家の最高の贅沢だって言ってました。おかしいですよね、楽器編成的にはむしろ地味だし、どちらかといえば安上がりに演奏できてしまう便利な曲って感じなんですよ」
「うん、でもそんな便利な曲だったからこそ、あちこちで演奏されて、今やモーツァルトの曲といえばアイネ・クライネ!ってくらいみんなが知ってる曲になってるんじゃないかな」
「なるほど」
「派手なパーティの曲に、あえて弦楽器だけの地味な曲を持ってくる、しかもそれが弦楽器だけで演奏されていることを忘れてしまうくらい、華やかで印象的になっている。こいつはすごく贅沢なことなんじゃないかな」
「ああ」
「18歳の時のディベルティメントも、そんな野心的な発想で書かれたものだったかもしれないね。一度聴いたら忘れられないくらい印象的なフレーズ、弦楽器だけで演奏されることによるスピード感と音色の一体感。これは単なるBGMなんかじゃなくて、音楽に対する挑戦みたいな感じがする。実際、19世紀のドボルザークとかチャイコフスキー、20世紀のバルトークなんて作曲家も、あえて弦楽だけの曲に挑戦してるよね」
「バルトークって、あのやかましい音楽……」
「ひどいなぁ、私の大好きな作曲家なのに」

バルトークの「弦楽のためのディベルティメント」は「ディベルティメント」という18世紀のパーティ音楽の名前が付けられているあたり、完全に狙っている音楽なんだろう。野蛮で攻撃的で、こんな曲を演奏されたらパーティを楽しむどころではなくなってしまう。それでもこれは「ディベルティメント」なのだ。ひょっとしたら、弦楽のみの機会音楽をあえて作曲したモーツァルトと同じ挑戦を、バルトークもしていたのかもしれない。

そして、いよいよ晩年という絶頂期にあって、バルトークは弦楽に打楽器とチェレスタを加えた最高傑作を残している。彼がそこにあえて管楽器を使わなかった意図は「音楽に対する挑戦」なのだろう。人々を引き付ける印象的な音色を排除することで、音楽は「ただ美しいもの」ではなくなってしまう。音が人の心を揺さぶる、その本質的な課題によりいっそう肉薄していくことになる。

挑戦、それが許されるのは、とても贅沢なことなんだろう。


 3

家に帰って香織さんの話をしたら、母が血相を変えて怒り始めた。
これは初めて聞いた話で、とても驚いたのだけど、祖父にはおばあちゃんの他にも「愛人」がいたらしい。その愛人の娘が生んだのが、香織さんということになる。なるほど、彼女もまたおじいちゃんの孫娘には違いない。母から見れば腹違いの妹が生んだ姪っ子みたいなもんだ。
「あの子、まさか自分にもお父さんの遺産を相続する権利があるなんて言い出すんじゃないでしょうね!」
「でも、おじいちゃんの孫娘なんでしょ?」
「そんなわけないでしょ!」

感情的になった母に何を言っても無駄である。話を総合するに、母は腹違いの妹にかなり強い敵愾心を持っているらしい。うちはいちおうの資産家であるから、この手の相続問題は陰に籠って泥沼化してしまう。でも、そんな損得勘定を考えない私としては、同じ人を祖父とする血縁者の存在は、ちょっとうれしい驚きだったりもする。なにしろ、香織さんはおじいちゃんの淹れた珈琲を再現できる数少ない人物なのだ。

その日、私はプチ家出を洒落込んだ。スポーツバックに着替えと通帳を突っ込んで、黙ってこっそり家を抜け出した。

香織さんはおじいちゃんのおんぼろ喫茶店のソファーに無造作に横になっていた。

「桜ちゃん、どったの?」
「だいたいの話はお母さんから聞いてきた」
「ああ、春子さん」
香織さんは肩をすくめて見せた。
「私は遺産なんて狙っちゃいないよ。だいたい、うちの母はお宅に認知もしてもらえなかったんだから、法律的にもその権利はないだろうし」
「おなか空いたんじゃないかと思ってお弁当買ってきた」
「お!うれしいね、これでビールでもついてくれば何も言うことはないんだけど」
「私はお酒なんか買えません」

香織さんは東京の音楽大学に通っていたらしい。学費の半分くらいはおじいちゃんが出していたようだ。それが、今年の春先に突然途絶えた、結果、なんとかバイトでやりくりしていた香織さんはいよいよ経済的に逼迫し、大学を休学せざるを得なくなった。
「まあ、しょうがないか」
早々に踏ん切りをつけた香織さんは、今まで援助してもらったお礼を言うために、おじいちゃんの喫茶店を訪ねてきたそうだ。そして正当な「孫娘」とばったり鉢合わせした。

「香織さん、私は考えるんだけど、おじいちゃんの死後に送金を止めたのは、たぶんお母さん達じゃないかな」
「まあ、そこのところは突っ込んでも面白い話にはならないだろうから、桜ちゃんも忘れてちょうだいな」
「大人だなぁ」
「大人なんですよ、こう見えても」

「香織さんのお母さんって、今はどうなさってるんですか」
「とっくに亡くなってるよ。それで私は高校時代はじいちゃんと一緒に暮らしてたんだから」
「全然知らなかった」
「法律的な血縁関係はないから、いろいろ面倒なこともあったみたいだけどね。形としてはじいちゃんが未成年の愛人を囲ってます状態なわけだし」

「それで、香織さんはこの先どうするのか、考えはあるんですか」
「さあて、どうするかねぇ。音大に籍は残してあるけど、金持ちのパトロンでも捕まえなくちゃ復学は難しいだろうし、もう辞めるしかないとは考えているよ」
「何を勉強なさってたんです?」
「チェロ」
香織さんは顎をしゃくって大きな楽器ケースを示した。ペタペタとシールが貼り付けてあって、ストリートミュージシャンの持ち物みたいだ。
「じいちゃんが習わせてくれたんだ。お前はなんか技術を持ってるべきだって」
「……なんか、香織さんの話すおじいちゃんて、私が知ってる偏屈な年寄りとはずいぶんイメージが違いますね。かわいい孫の世話を焼きたがるやさしいおじいちゃんって感じがする」
香織さんはちょっと申し訳なさそうな顔をした。
「たぶん、そちらの本宅に対する反抗心があったんじゃないかな。このことは決して桜ちゃんをいじめる意図で言うんじゃないけど、おじいちゃんは私のおばあちゃんのことをとても愛してたみたいだし、娘である私の母のことも認知するつもりだった。それが本宅の考えですべて拒否されて、面白くないと思っていたんだと思う。もし、桜ちゃんから見たおじいちゃんが偏屈で近寄りがたい老人だったとしたら、それは桜ちゃんのせいじゃなくて、本宅のせいなんだと思う」
香織さんはすっと手を伸ばし、私の頭を撫でてくれた。
「でもおじいちゃんはこの店のことを桜ちゃんにまかせたんだ。それって、最後には桜ちゃんのことを信頼したからだと私は思うよ」
「そうなのかな」
おじいちゃんが私のことを信頼したというのは、私に何かを託したということなんだろう。それは自分の人生の意義なのかもしれないし、もう一人の身寄りのない孫娘のことなのかもしれない。こんな小娘に背負わせるには分不相応ではあると文句の一つも言ってやりたいところだが、こんな小娘に背負わせるしかなかった事情を考えれば、自分の祖父が哀れにも思えてくる。間違いなく、それが「呪い」の正体なのだろう。

「……この喫茶店で働くというのは、香織さん的にはOKなんですか」

私の口から思わず飛び出した申し出に、香織さんはしばらくキョトンとなり、それから私の目を探るように見つめ返してきた。
「それ、どういう意味なんだろう」
「おじいちゃんの信頼に答えるって、たぶんそういうことだと思うからなんだけど」
じっと、見つめあう時間が続いて、それを断ち切るように、香織さんは笑い出した。
「君は性急すぎるよ。そういうことはもっとじっくり考えてから話すもんだよ」


 4

下北春坂商店街の外れには古い木造建築の喫茶店があって、懐かしいクラシックの音盤と、先代譲りの薫り高い珈琲、そしてうら若い女マスターのお喋りを楽しむことができる。学校帰りに店に立ち寄ることの多くなった私は、昔おじいちゃんと初めて向かい合ったテーブルにノートと参考書を広げ、勉強にいそしむ。
「私が教えてあげられればいいんだけど、音楽以外は何も知らないんだよね」
香織さんは店のオーナーである私に熱い珈琲を運んで来る。淡いオーカーのセーターに細身のジーンズ姿がよく似合っている。

店はそこそこ盛況のようで、香織さん目当ての男性客や音楽が好きな女性客、ノスタルジックなこの店の雰囲気を純粋に愛してくれる方も多い。ときどきおじいちゃんのことを知っているお客様がいらしては、香織さん相手に思い出話をしていくそうなのだけど、それを私に教えてくれる香織さんはまるで生きているおじいちゃんの話をしているようで、私は亡くなってからの方がおじいちゃんのことを身近に感じられるようになった。

両親はもちろん、この店を「愛人の孫娘」なんかに任せることを許さなかったのだけど、私が相続したものを私が自分の好きにするのだから、何も文句は言わせない。私は香織さんがおじいちゃんの店を引き継ぐことを望んだし、おじいちゃんもたぶんそれを望んでいた。これは最高に贅沢な「挑戦」なのだ。

古い蓄音機のような店の中で、音楽が静かに鳴りやみ、ターンテーブルの上の針が定位置に戻る。
「香織さん、チェロで何か演奏してよ」
私はときどきリクエストをするのだけど、彼女は照れて店の営業中には決してチェロを手にすることがない。
「いつも開店前には演奏してるのに」
「あ、やっぱり知ってたんだ」
香織さんはおどけて赤い舌を見せる。

最近彼女の大学の友人が店を訪れて、即興で演奏会を開いてくれたことがあった。お客さんは喜んだし、私も美人の音大生に囲まれて最高にご機嫌だった。香織さんはもう大学には戻らないつもりみたいだけど、そこで築いた人間関係は彼女の宝物になっている。
「あの時演奏してくれたアイネクライネはすごく素敵だったなぁ」
「いいね、それにしましょう」
長い黒髪を揺らしながら、香織さんはプレイヤーに向かう。

弦楽のセレナードが陽気に鳴り始める。目を閉じて耳を傾けると、畑の中でのんびりと雑草を引き抜くおじいちゃんの背中が、夏の陽ざしの中で揺れているような感じがした。今ならその肩にそっと手を置くことも、出来そうな気がする。

無駄に豪華な木製の扉が開き、カランカランとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」と、香織さんの明るい声が響く。私は乾いた喉を熱い珈琲で潤し、しばらく音楽の余韻に浸りきったのだった。


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