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天狗娘 3

天狗娘 3

その3

旧校舎の理科準備室。

私、神矢千里と八代まさるは、掃除道具を入れるロッカーの中に隠れていた。
とても狭い。男女が入り込むには無理がありすぎる。

「のどが渇いた」
「我慢しろ」

八代はハスキーな声で耳打ちした。
スマホがあれば時間がわかるんだけど、カバンに入れたまま教室に置いてきてしまった。

「もういないんじゃないかな?」
「まだ気配がしてる」

剣道部だけにそういうところは敏感なのだ。教室じゃいつもガサツなくせに。

まったく、いつまでこうしていればいいんだろう?

……………………………

秋の学園祭でうちのクラスは「お化け屋敷」をやることになった。
教室のみんなが「それでいいんじゃね?」みたいな空気になったとき、ただ一人、真田さんだけが強く反対した。

「この学校、本物の幽霊がいるから、あんまり刺激しない方がいいと思う」

教室中が大爆笑となった。
「さすが天狗ちゃんだ」
お調子者の男子生徒が囃し立てた。

「天狗ちゃん」というのは真田さんにつけられたあだ名だ。お婆さんが「天狗様」と呼ばれた神通力使いだったため、その強烈な記憶が孫の代まで尾を引いている。実際の真田さんは黒髪ロングのおとなしい女の子なんだけどね。

でも、彼女といると妖怪や幽霊といったオカルト現象に遭遇するのは本当のことだ。

ホームルームが終わると私はすぐさま駆け寄って、
「さっきの話マジ?」
と真田さんに聞いた。真田さんは声をひそめ、私だけに聞こえるように、
「マジ」
と答えた。

「落ち武者の幽霊だと思う。五人くらい徒党を組んで歩いてるんだけど、神矢さんは見たことない?」
「首のない女の子とかはあるけど、落ち武者ってのはないかな」

真田さんと仲良くなってから、妖怪や幽霊をよく見かけるようになった。真田さんから目を合わすなと言われているのでなるべく見ないようにしているけど、この学校の中でもずいぶん変な奴が歩き回っている。たいていは無害そうな連中だけど、落ち武者というのはさすがにヤバい感じがする。

「まあ、こっそりお札を貼っておけば、教室には入ってこれないとは思うけどね」

というわけで、対策は神社の娘である真田さんにお任せすることにした。餅は餅屋。オカルトはオカルト少女。旅館の娘である私は古いシーツをひたすら裁断して、みんなの衣装作りに精を出すことにした。

ところが、幽霊は現れてしまったのである。

学園祭当日、教室に入るとボロボロの鎧をまとった落ち武者が暴れていた。クラスのみんなは気が付いていないけど、口裂け女のメイクをした女子生徒の隣りで刀を振り回して踊っている。
私はとっさに目を反らした。
これはヤバい。絶対に良くない。

私が呆然と立ち尽くしていると、お岩さんの恰好をした真田さんが近づいてきた。
「お札は?」
彼女は昨日のうちに用意しておいてくれたはずだ。
「効かないの」
恨めしそうに神社のお札を懐から取り出した。
「うちの神社以外のお札をいっぱい貼られちゃって……」

見れば幽霊屋敷と化した教室の中に怪しげなお札が大量に貼られている。交通安全や火の用心、安産祈願まである。
「駄目なの?」
「あなたが神様だとして、天神さまや大黒様や恵比寿さまなんかを同時に信仰している人を、助けてあげたいと思うのかしら?」
「思わないかな」
「でしょ!?」
手にしたお札をやけくそ気味に私に押し付けた。なんか真田さん、少しキレてる。

「てめぇら!今日はお客様を恐怖のどん底に叩き落とすぞ!」
普段は真面目な学級委員長が血まみれのマネキンの手を振り回して絶叫している。
男子生徒が一斉に「オー!」と鬨の声を上げた。猫耳の女の子が「ミギャー」と叫んで転んでしまった。みんな落ち武者の幽霊に毒されておかしくなってる。ヤバい。これは絶対にヤバい。
「死人が出るかもしれない……」

そこへフランケンシュタインのメイクをした八代まさるがやってきた。
「……おい、どうなってんだこれ?」
体を傾けて私に耳打ちする。
「八代は大丈夫なの?」
「当たり前だ、俺はこれでも武道家だぞ。剣道一筋11年。精神の鍛練はぱっちりだ。そういうお前こそ大丈夫なのか」
「私も真田さんもこういうオカルトには慣れてるから」

と言いたいところだけど、真田さんはすでに場の空気に飲まれていた。
「うふふふふふ」
紙のお皿を口にくわえてクルクルと踊っている。
……真田さん、それじゃあ「番町皿屋敷」だよ。

「おい、真田もおかしくなってるぞ」
「……だね」
こんな真田さんはちょっと見たくなかった。

「なあ、これどうすればいいと思う?」
「あの幽霊たちを教室から追い出すしかないんじゃないかな」
「幽霊?」
「ああ、あんた見えないんだっけ。そこにいるのよ、落ち武者の……」
と、振り返った拍子に、錆びた刀を振り回していた鎧武者さんと目が合ってしまった。やばい、ものすごい顔で私のことを睨んでる。

「神矢?」
私はすぐさま八代の手を取って廊下に飛び出した。
「なんだなんだ」
「私が見える人だってばれた!」
まずい、このままだと憑りつかれる。私はメイド姿の女の子や野球部員をかき分けながら必死で走った。振り返ると、奴らはのろのろと刀を振り回して追いかけてくる。

校舎から飛び出したところでようやくにして立ち止まり、ハアハアと肩で息をした。
「どういうことか説明しろ」
「お化け屋敷に釣られて落ち武者の幽霊が教室に集まっちゃったの。クラスのみんながおかしいのはそのせい。でも安心して、教室の外に追い出すことには成功したから」
「……そうなの?」
「今、私を追いかけてきてる」
我ながらシュールな説明だなと思った。さすがに信じてはもらえないだろう。
ところが八代まさるは私の手を引っ張って走り出そうとした。
「じゃあ、急いで逃げようぜ」

「あんた、私が騙してるとか思わないの?」
「いや、神矢がそう言うんなら本当なんだろうなって」
自分が八代に信用されているという驚愕の事実を前に、いつもなら派手に驚いて見せるところだけど、さすがに今はそれどころじゃない。

「追いかけられてるのは私なんだから、八代は教室に戻って」
「あのさぁ、ここまで俺のこと引っ張ってきといて何言ってんの」
……そういえば私、なんで八代を連れてきちゃったんだろう?

「ところで、さっきから何を持ってんの?」
見ると、真田さんから押し付けられた神社のお札を握っていた

「魔除けのためのありがたいお札だよ。教室にいろんなお札を貼られちゃったから全然効果がなかったけど」
「てことは、教室から離れたとこなら使えるってことか」
「うん、たぶん」
「よし、俺についてこい。心当たりがある」
八代は私の腕を引っ張って旧校舎の方に駆けだした。

旧校舎は古い建物なので現在は使われていない。取り壊しが決まっているので原則として生徒の立ち入りは禁止されているはずだ。
「理科準備室の窓の鍵が壊れてるんだよ。薬品はみんな他所に移してあるから先生たちもほったらかしにしてるみたいだ」

立てつけの悪い窓をこじ開けて、なんとか部屋の中へ侵入する。私はすぐに窓を閉めて柱にお札を貼り付けた。

「真田さんちの神様、どうか私たちをお守りください」

しんと静まり返る室内。遠くで学祭の喧騒が聞こえる。じっと、声を潜めて成り行きをうかがう。思わず、八代のシャツ握りしめる。

ドンドンドンドン、と教室の扉が激しく叩かれた。

曇りガラスの向こうに落ち武者の禿げた頭が見える。
「こっちだ」
八代は私の手を引いて部屋の奥へ奥へと移動していく。
「この中に入れ」
掃除道具入れの扉を開けて二人で入り込む。

真田さんのお札の効果はてきめんのようで、幽霊たちはこの教室の中には入ってこれない。でも、連中はなかなか諦めてはくれないらしい。いつまでもいつまでも、ひたすら扉を叩き続けている。

こうして六時間くらい、私と八代はロッカーの中で息をひそめているのだった。

……………………………

「ねえ、私たちこのままここから出られないのかな」

思わず、女の子みたいな泣き言を呟いてしまう。女の子だけど。
「大丈夫だよ、みんな今頃は正気に戻ってるはずだ。きっと俺たちがいないことに気が付いてくれるよ」
私を安心させるために、力強い口調で八代は言った。八代のくせに生意気だ。私はギュっと八代の体にしがみついた。

でも、どうだろう……一番頼りになりそうな真田さんからして、髪を振り乱してクルクル踊っていたのである。状況は絶望的かもしれない。

突然、目の前の掃除道具入れの扉が激しく叩かれた。

ガンガンガンガン!

まずい、奴らとうとう教室の中にまで入ってきた。私は八代にしがみつく。もう恥じらってる余裕はない。

「助けて八代!」

思いっきり絶叫してしまった。

……

しばらくしてドアを叩く音はピタリと止まった。

大人の男性の落ち着いた声がした。
「もう大丈夫だから出ていらっしゃい」

恐る恐る扉を開けると、真田さんのお父さんが「やれやれ」という顔で微笑んでいた。そして、その隣には白装束の女の子。
「真田さん!」
私は駆け寄ると、思い切り抱きついてわんわんと泣いた。

「よしよし、よく頑張ったね。偉い偉い」
真田さんは私の頭を優しく撫でてくれた。

「君もよく頑張ったね」
真田さんのお父さんは八代の肩をポンと叩いた。
「はい」
力強く返事をした。
そういえばこいつ、フランケンシュタインの恰好だったんだ。自分がずっとコスプレ野郎に抱きついていたのかと思うと、おかしくて噴き出しそうになった。

私と八代は、真田さんのお父さんに急かされて父兄用の駐車場へと向かった。

「でも、真田さんよくあそこから出られたよね。教室のみんなも正気に戻ったの?」
真田さんは首を振った。
「一度盛り上がったテンションて、冷や水でもぶっかけないと冷めないものね。校内で話題になってるわよ。『あいつらマジでおっかねぇ』って」
どうやら狂乱はまだ続いているらしい。

「真田さんはどうして出てこられたの?」
「お父さんに引っ張り出されたのよ。お前、それでも俺の娘かって」
「……何かあったの?」
「私、旦那に殺されたお岩さんになりきっちゃって、お父さんに向かって叫んでたそうよ。『この浮気者!ぶっ殺してやる!』って」

……そりゃショックだよ、真田さん。

「お父さんの唖然とした顔を見たらすっかり目が覚めちゃって、それで神矢さんがいなくなってることに気が付いたの。学校中をさんざん探した回ったわよ。まさか旧校舎のロッカーの中で八代君といちゃついてるなんて思いもしなかったけど」
「別にいちゃついてなんか……」
「八代君には感謝しなさい。あの落ち武者の集団に祟られてたらたぶん命があぶなかった。なにしろ私とお父さんと二人がかりでも遠ざけるのがやっとだったんだから」

私は落ち武者と目を合わせてしまっているので、悪霊払いのために真田さんちの神社で一晩すごすことになった。八代まさるも「念のため」無理やりワゴン車に押し込まれた。

10分ほど走ったところで真田さんちの神社に到着した。

お風呂で念入りにみそぎをしてもらったあと、真田さんは私を小さな部屋に案内してくれた。そこには既に結界が張られていて、白木の棒と紙垂の付いた縄がしつらえてあった。

なぜか布団が二組敷かれていた。

「真田さんも一緒に寝てくれるんだ」
ちょっとウキウキしながら振り返ると、

「神矢さんと八代君のだよ」

と真面目な顔で言われた。
「へ?」
「申し訳ないのだけど、お父さんと私じゃ二部屋分の結界は張れないの」

不本意ながら、八代と一緒の部屋で寝ることになった。
真田さんたちは一晩中結界を張ってくれるという。どうやるのかまるで想像ができないのだけど、ときどき本殿の方から柏手の音が響いてきて、ありがたいような申し訳ないような複雑な気持ちになる。

なかなか眠ることが出来ない。
私は隣のクラスメートに声をかけてみた。
「八代……」
黒い影が動いた。
「なんだ、神矢」
どうやらこいつも眠れないらしい。

「ありがとね」

私は天井を見上げながら呟いた。
八代まさるは照れくさそうに「おう」と返事をした。

翌日は文化祭の二日目である。不眠不休の真田さんは、教室のお札をすべて自社のものと取り換え、お父さんと二人でクラスメートたちにお祓いをした。
みんな自分たちがおかしかったことには気が付いていたみたいで、素直に従ってくれた。

そんなわけで、
「私、保健室で寝て来るからあとはお願い」
と真田さんの代役を仰せつかった私は、白装束のお岩さんとなって現在にいたる。
フランケンシュタインの八代は私の幽霊メイクを面白がり、さんざんからかってくれた。でも別に構わない。こいつはそういう男なのだ。そっちの方がよっぽど八代らしい。

私は八代の背中を思いっきりひっぱたいた。
「昨日の分まで頑張ろう!」

八代まさるは私の頭をポンと叩いた。
「当たり前だ。みんなを恐怖のどん底に叩き落としてやるぜ」

いよいよ学祭二日目の開幕である。


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