kawasumi.cocolog-nifty.com > イラストと物語

Photo
音楽茶屋と孫娘ふたり
おっさん西遊記
重力ゼロ
天狗娘 4
フランケン捕まえた
天狗娘 1
天狗娘 2
天狗娘 3
親方、海の底から女の子が浮かんで来ました

<< 前 | トップページ | 次 >>

天狗娘 2

天狗娘 2

その2

いつも清楚で美しい真田さんだが、その日は顔を真っ赤にして登校してきた。

「さっき、あなたの弟さんと会ったわ」

私の座席の前に立ち、ぽつりと呟いた。

「あいつ何か失礼なことした?」
義侠心に駆られて立ち上がった私を、真田さんは両肩を抑えて席につかせた。

「かわいい弟さんね。祭りのとき私が神矢さんとお囃子をしていたのを覚えていて、挨拶してくれたわ」

夏祭りは例年になく盛り上がった。真田さんの巫女装束による横笛の見事さ。その横でつつましく太鼓を叩く「妖怪たぬき女」の華麗なるバチさばき……父の撮影したビデオ映像で繰り返し堪能させてもらいました。

うっとりと見惚れる私の隣で、弟の達城が、

「この人すげえ美人!姉ちゃんと同じ人間とは思えない!」なんて言ってたっけ。
……同感だけど、すげー腹が立つ。

「私、今日お宅にお邪魔してもいいかしら?」
「へ?」
真田さんの突然の発言に、私は素っ頓狂な声をあげた。

「ご迷惑かしら?」
「そんなことないけど。あんまり突然なんでびっくりしちゃった」
「弟さんに会いたいの。今日家にいるよね?」
……普段の真田さんは控え目で礼儀正しい人だ。私は「孤高の貴婦人」とまで呼んでいる。その彼女が頬を赤らめておよそらしくないことを言い始めたので、私は大いに混乱した。

予鈴が鳴った。

というわけで本日、真田さんがうちにおいでいただけることになった。
でも、なぜ?
授業も上の空で考え込んでいる私を、隣の席の八代まさるがちょんちょんと突いてきた。
「どったの?」
「うん……」
事情を説明すると、スケベの八代は、
「真田さん、弟さんねらいだな」
と物騒なことを言い始めた。
「姉と違って達城はイケメンだからな。今のうちからキープしとこうって腹なんだろう」

「は?何それ?そんなわけないでしょう!」

思わず声を荒げてしまった。古文のおじぃいちゃん先生が、
「そこ、うるさい!」
と声を荒げた。
八代まさるは肩をすくめた。
「ばーか」

馬鹿はどっちだ。あの真田咲夜さんに限って、粗野で下品な弟なんかにのぼせ上がるわけがない。あいつはタオル一枚で姉の前に立って「俺の筋肉どう?」とか聞いてくるアホなのだ。

でも、どうだろう。真田さんが弟のことを気に入って、将来「結婚」なんてことになったら、真田さんは私の妹ってことになる。それはそれで素敵な未来だ。二人でうちの旅館を継いでくれれば真田さんは「羽衣旅館」の若女将になる。きっと着物姿がものすごく似合うんだろうな。

そんなことを考えているうちに学校が終わってしまった。

私は大急ぎで家に帰り、部屋の片づけやらお茶菓子の用意に奔走した。しばらくすると弟も帰ってきた。私は強制的に制服を着替えさせて、五分刈りの頭にブラッシングまでした。
「なんだよ、うっとうしいなぁ」
「今日真田さんが来るの、お願いだから大人しくしてて!」
「え……」
弟は頬を赤らめて黙り込んでしまった。……おまえもか。

この頃のあいつはちょっとおかしい。
遠くの町で迷子になっていたのを、電車で迎えに行ったことがある。無人駅の待合所でポツンと座ってる弟を見つけて、「あんた、何やってんの」と怒ったら、いきなり抱きついてきて「にゃあ」と鳴いた。なんか気恥ずかしかったけど頭を撫でてやったら、子供みたいに甘えた声で、「家に帰りたい」と呟いた。
まったく、財布も持たずになんであんな遠くまで出歩いたのだか。

「ごめんください」

真田さんがうちに現れたのは五時ごろだった。白いノースリーブのワンピース姿で、白百合のように美しい。妖精さんが現れたようだ。
「いらっしゃい」
「お宅がわからなかったので旅館の方に来てしまったけど」
「大丈夫だよ。真田さんはお客様なんだから」
膝をついてスリッパを用意する。
「さすが旅館の娘さんね。まるで旅行に来たみたい」
褒められて顔が少しにやけそうになった。

「弟さんはいらっしゃるのかしら?」
「ええ」
「じゃあ、始めましょうか」
真田さんは大きな帆布のカバンから紙垂のついた玉串を取り出した。

≪しでのついたたまぐし≫ってのは榊の枝に紙で折ったカミナリをくっ付けたやつだ。神様と人間とをつなぐ祈りの象徴のようなもので、本来は神様に捧げる「神饌の供物」である。

「なんでそんなものを……」
いぶかる私に真田さんは、
「急ぎましょう」
とズンズン廊下を進んでいく。

私の家は古い旅館で、「幽霊旅館」としてその筋ではかなり知られている。大学のサークルが霊体験のために合宿に来たりするくらいだ。私も、小学校に上がるまでは旅館のあちこちで異形の者の姿を見かけたことがある。最近発覚したことだけど、うちの古い太鼓の中には座敷わらしまで住み込んでいたりする。

真田さんは通称「天狗ちゃん」と呼ばれるくらい「見える人」だ。
彼女の傍では怪異な現象がよく起こるらしく、そのために友達も作らなかったくらいなのだけど、私は「幽霊旅館」の娘なのでそんなことなど意に介することなく、真田さんの友達になってしまった。

そんな私の目の前に、懐かしい怪異たちが姿をさらけ出した。間違いない、真田さんのおかげで私まで見えるようになってきているのだ。

なんだかわくわくしてきた。
四足のおじいさん、目のないおばちゃん。八尾の狐様……
みんなちゃんといたんだ。

真田さんは迷うことなく自宅のプライベートエリアへと真っすぐに進んでいく。青い火の玉のような輝きが私たちを導いている。
弟の部屋の前に立って、思い切りよく扉を開ける。
私はひょいと部屋の中を覗き込んだ。

弟が猫のような格好でうずくまっていた。

「達城?」
声をかけても返事がない。駆け寄ろうとすると真田さんが目で制止した。

達城は怯えるような表情でぶるぶると小刻みに震えている。玉串を怖がっているらしい。
「大丈夫、ひどいことは何もしないから」
真田さんがそっと手を差し出すと、ぺろぺろと舌でなめた。

……弟がクラスメートの女の子の手のひらをなめている……

普段の私なら弟を蹴り倒すところだけど、寸でのところでグッとこらえた。いくらアホな弟でも、いきなり女の子の手のひらは舐めない。

「弟は大丈夫なの?」
「ええ、ただの動物霊だから」

真田さんは目を閉じて、玉串を弟の背中に捧げた。
にゃあ、という鳴き声がして猫が這い出てきた。

見れば傷だらけでボロボロの猫である。赤い首輪がちらりと見える。人懐っこそうに真田さんの足に絡みついて来た。

「よく頑張ったね、偉い偉い」

真田さんが玉串を捧げると猫の霊はたちまちに雲散して見えなくなった。

私は急いで弟に駆け寄った。スヤスヤと寝息を立てている。ホッとすると同時に無性に腹が立ってきたので、思いっきり頭をぶん殴った。
「エヘヘヘ」
弟はだらしない顔で笑った。

「霊は自分を認識できる人を見つけるとついてきちゃうことがあるから、弟さんはどこかであの猫の霊を拾って来ちゃったんでしょうね」

真田さんは玉串をカバンの中にしまった。
「でもよかった。ちゃんと神様の国にお帰りいただけたみたい」

「全然よくない!」
私は真田さんを洗面所まで引っ張って行くと、すぐに手を洗ってもらった。猫の霊がしでかしたこととはいえ、自分の身内が舐めたかと思うとメチャクチャ腹立たしい。必死の形相で新品の石鹸を探す私を見て、真田さんはおかしそうに笑い出した。

「あの猫の飼い主は私に似ていたのかもしれないわね」

聞けば、今朝もいきなり抱きついてきて顔を舐められたのだという。
「それであんなに赤面していたのね……」
「さすがにびっくりして顔をひっぱたいちゃった」
「当たり前です!」

私はすぐさま真田さんを温泉湯に引っ張っていき、無理やり湯船に入ってもらった。

「男の子に舐められたくらいで大げさね」

真田さんは平気な顔でそう言ったけど、違う、そうじゃない。
なんだか、まんざらでもない真田さんが、ものすごく嫌だったのだ。

あれから、無事平穏な日々が続いている

後で弟に聞き出したところによると、弟はすべてしっかり覚えていた。ただ、自分が何でそんなことをしたのかわからないのだと言う。

「ずっと誰かを探してたみたいなんだ。この間も気が付いたら遠くの町に来ちまってさ、姉ちゃんに迎えに来てもらっただろう」
「ああ、そんなこともあったわね」
「あの時はものすごく寂しくてさ、姉ちゃんが頭を撫でてくれてホッとしたんだ。でもありえないよな、だって姉ちゃんだぜ?」
達城は不本意そうに顔をしかめた。ずっと猫だったらかわいかったのに。

「ところであんた、真田さんのほっぺたを舐めたらしいわね」
私が鬼のような形相をしていることに気が付いた達城は、慌てて部屋から逃げ出した。

弟の達城は、それから真田さんを見かけると駆け寄って声をかけるようになった。あれだけのことがあったのに、どうやら羞恥心というものが欠如しているらしい。
さすがの私もいろいろとモニョるのだけど、弟が真田さんに懐いている姿は、あの猫が飼い主の女の子に懐いているようで、ちょっとだけ切ない気持ちにもなる。

「あの猫、どうしてるんだろうね」
私が教室の窓からぼんやり空を眺めながら呟くと、
「どうしてるんだろうね」
と、真田さんも一緒になって空を眺めてくれた。

「真田さん、またうちに遊びにおいでよ」
「ええ、是非」

「弟がいないときにさ」

真田さんは私の顔を見つめて、
「別に私、あなたから弟さんを盗ったりしないわよ」
と笑った。

予鈴が鳴った。もうすぐ二学期の中間テストだ。真田さんにお願いして一緒に勉強会をしよう。そうすれば弟もちょっかいを出せないはず。

私は小さくガッツポーズをした。

固定リンク