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天狗娘 1

天狗娘 1

その1

家で太鼓のけいこをしていたら、あだ名が「妖怪たぬき女」になった。

「うえぇえ~?」
学校で隣の席の八代まさるに教えられて、思わず変な声が出た。
駄目だ、老舗旅館の娘たるもの、清楚でおしとやかに、エレガントに振舞わなくては。

「どういうことかしら、八代君?」

剣道部の八代まさるは目を細めた。
「弟さんの友達から噂が広まってるんだよ。神矢の姉ちゃんは妖怪たぬき女だって」
「なにそれ……」
「昨日、一年どもがお前んちに集まってたろ?」
「集まってたわね」

八代は続けた。
「夏祭りの踊りの稽古してたんだよ。そしたら、おまえの叩く太鼓の音がして、はぁ~っ、ポンポンなんて不気味な合いの手をいれるもんだから、大爆笑になったんだそうだ。この家には狸がいるぞ、あれは妖怪たぬき女だ、あの音を聞いた者は呪われるぞ、って」

「失礼な!私はお囃子の稽古をしてたんです!今年は笛が真田さんで太鼓が私だから、本番で恥をかかなように練習してたの!」
私はプイと顔を背けた。
「妖怪たぬき女」って……自分がたぬき顔なのは自覚してるけど、下級生の間でそんな二つ名が広まってるなんて、憂鬱だ。
これだから一年坊主は嫌になる。

……でも私、「はぁ~っ」なんて合いの手を入れたっけ?全然記憶にないんだけど。

私の不名誉なあだ名ははあっという三年生にまで広まった。昼休みになると耳の早い子が私の席まで駆け寄ってきて、
「神矢さん、妖怪なんだってね」
と、うれしそうに茶化してきた。
みんな、いい加減に大人になろうよ……

放課後、神社の社務所で真田さんと音合わせをすることになっていた。
私は制服のまま太鼓だけ持ってきたのだけど、自宅が神社の真田さんは巫女さんの恰好だった。長い黒髪に巫女装束は反則的に似合ってる。
同級生より大人びている真田さんなら、アホみたいな私のニューネームを話題にはしないだろうと思っていたのだけど、私がバチを握って小太鼓を叩いていると、
「神矢さんて、妖怪なの?」
と真面目に聞いてきた。

絶句……
美人の真田さんに言われるとさすがに傷つく。半分泣きそうになって黙り込んでいると、

「じゃあ私たち、妖怪同士お似合いね」

と耳元でささやかれた。
驚いて顔をあげると、真田さんは横笛を唇に押し当てて、きれいに澄んだ音色を響かせ、にっこりと笑った。

町の大人たちは真田さんのことを「天狗の娘」と呼んでいる。
町の信仰に「天狗教」と呼ばれるものがあって、彼女のお婆さんがその教祖だったらしい。神通力でいろいろな奇跡を起こして、信者もたくさんいたのだけど、後継者である一人娘が神社の息子に嫁いだために、一代限りで信仰は途絶えた。

真田さんはその血を受けついているから、本来なら三代目の天狗様ってことになる。
彼女が自分を「妖怪」と言ったのは、たぶんそれが理由。

真田さんは美人だし、真面目で成績もかなりいいけれど、学校ではいつも一人で本ばかり読んでいる。友達になりたくて声をかけたこともあったけど、なんか避けられた。マサルンに「なんでだろう」と聞いてみたら、
「それが天狗ちゃんの天狗ちゃんたるゆえんだ」
と訳の分からないことを言われた。
なんだよ天狗ちゃんて。

この呼び名は大人たちの影響で広まったらしい。
妖怪の天狗と「お高くとまってる」の天狗をひっかけてるんだろうけど、ミステリアスな彼女にはこの呼び名は全然似合っていない。
彼女はそう、いうなれば孤高の貴婦人だ。
私はしつこく彼女に声をかけ続け、なんとか普通に会話するところまではこぎつけた。

「私と仲良くするといろいろ嫌な思いをするかもしれないよ」

なんて言われたけど、そんな脅しで屈する私じゃない。
今回のお囃子の太鼓だって、真田さんが笛を担当すると聞いて自分から立候補したんだ。なんとしても、仲良くなってやるんだから。

社務所に町内会の大人たちが入ってきて、通し稽古がはじまった。
私たちはもう譜面をそらんじているので、大人たちの前で一度演奏して見せて、アドバイスをもらってからまたもう一度演奏を聞かせた。

「当日は巫女装束を着てもらうけど、真田のお嬢さんはいいとして、神矢さんのは用意出来てるかな」
「いいえ、まだです」
「私のでよければ、お貸ししますけど」
真田さんの申し出があったので、私は真田さんの部屋で衣装を試着することになった。

私は小太鼓を抱えて、真田さんの後ろを歩いた。古い廊下の窓から夕陽が射し込んでいる。真田さんは何も喋らなかった。私も何も喋らなかった。ふと、「太鼓持ち」というフレーズが頭に浮かんできて、笑い出しそうになった。

真田さんの部屋には予想通り本がたくさんあった。いつも読んでるからそうじゃないかと思っていたけれど、本棚にはびっしりと古い本が並んでいた。ただ、その背表紙のタイトルが女の子らしからぬ民俗学のものばかりだったので、ちょっと怖い感じがした。天狗に関する本もあったので、やっぱり気にしてるのかなと気の毒になった。

「実は衣装はちゃんと用意してあるの」
真田さんは机の上から平らな箱を抱えてくると、
「さあ、早く脱いで」
と急かした。脱いでって、そんなに見られてたら恥ずかしくて着替えられない。
「……後ろ向いててもらえるかな」
「どうして?」
「恥ずかしいじゃん」
「妖怪同士で何も恥ずかしいことないでしょ?」
真田さんは笑った。

「私なんていつも妖怪に見られているもの」

……何の冗談かと思ったけれど、深く追及すると怖い感じがしたので、何も考えずに制服を脱いで上着を羽織った。袴は勝手がわからなかったので、真田さんに帯紐を結んでもらった。
巫女装束というのはコスプレみたいで気恥ずかしい。でも、女の子としては自分がどんな風に見えているのか、ちょっと気になるところ。

「自分でも見てみたいから、写真撮ってくれる?」
「……」
「親にも自慢したいからかわいく撮ってね」
真田さんは私の携帯を受け取ると、黙って写真を撮影した。ピロロンと聞きなれたシャッター音が聞こえた。

「ああ、やっぱり写ってる」

携帯画面を見ながら真田さんが声をもらした。
「何が?」
「撮り直しましょう」
「いいから見せてみ」
渋る真田さんから無理やり携帯を受け取ると、画面をのぞき込んだ。

巫女装束の私の後ろに、着物姿男の子がちょこんと座っていた。そんな子はこの部屋のどこにもいないのに、吊り上がった眼で私のことを見つめている。
私は知っている。この子は座敷わらしだ。

「あはは!」

私は笑ってしまった。
「……全然驚かないのね」
拍子抜けした顔で真田さんが聞いてくる。
「うちは幽霊旅館として有名だもん。子供のころは四六時中見てたよ。小学生になる頃には自然と見えなくなっちゃったけど、オカルト関係はかなり平気な方」
「そう……」
真田さんはホッとした表情をみせた。

もう一度携帯画面に視線を落とす。
「真田さんには今でもこの子が見えてるの?」
「見えてる。生まれつきそういう体質だし、私が写真を撮るとなぜか妖怪まで写り込んじゃうの。もう慣れちゃったけど、人から見れば不気味でしょうね」
真田さんは何もないはずの床の上を見つめている。間違いなく、そこにいるのだろう。

なんだかすごく懐かしい。私はこの子と遊んだことがある。
五歳くらいだったかな、弟もまだ小さかったから、部屋に住み着いた座敷わらしを相手にままごとをしたっけ。

そうか、まだ私のそばに憑いてたんだ。

「座敷わらしって家から出ないと思ってたけど、その子はあなたのことがとても気に入っているのね。太鼓を叩いている間も、隣でじっと座っていたわ」
「守護霊みたいなものなのかな」
「ちょっと違うけど、悪い霊じゃないわね」
なんだか少しだけホッとした。

「……もう一枚、撮り直しましょうか」
真田さんはそう申し出てくれたけど、
「まあ、これも味のある写真だし、私もかわいく撮れてるから満足かな」
画面をオフにして、カバンの中にしまった。

「神矢さんは面白い人ね」

「へ?」
キョドる私に真田さんは悪戯っぽい表情で笑いかける。
「他の子みたいに悲鳴を上げて逃げ出すかと思った」

「……私は妖怪たぬき女ですから」

制服に着替えて、社務所に挨拶してから外に出た。真田さんも突っ掛けを履いて私についてきてくれた。あたりはすっかり陽が落ちて、ほんのりと薄暗い。
太鼓を入れたカバンを自転車の荷台に括り付け、サドルにまたがったところで、
「フフフフ」
と真田さんが声をもらした。
「何?気味悪いな」

「座敷わらしがどうやってついて来たのか気になってたけど、その子、太鼓の中に住み着いてるのね。カバンの上から頭だけ飛び出してるわ」

ああ、なるほど。この太鼓は実家に古くからある骨董品だった。すると、あれもこいつの仕業なのかな。
「この座敷わらし、私が太鼓を叩いている間に合いの手入れてなかった?」
「入れてた。とても上手だったわ」

やっぱりこいつだったか。おかげで学校中に変なあだ名がひろまってしまった。
私と真田さんはしばらく荷台の上のカバンを見つめたまま、おかしさを噛みしめていた。
「じゃあ私帰るわ。本番ではお互い頑張りましょう」
「ええ」
真田さんは手を振って見送ってくれた。

境内を走り抜けたところで、荷台の太鼓が「ポン」と音を立てた。


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