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天狗娘5(仮設)

天狗娘5(仮設)

 その5

文化祭で真田さんの秘密を知ってしまった私は、彼女の守護者である「天狗様」に警告を与えられた。もし黒髪美少女真田咲夜さんの秘密、彼女の背中に漆黒の翼が生えていることを他人にばらしたら、私の「最愛の人」の姿が、永遠に「熊」に見えてしまう術をかけるとのこと。実際、どのような目に合わされるかは一日限定の体験コースでさんざん味わわされた。

おかげで、自分が八代まさるのことを「大好き」という驚愕の事実を突きつけられた私は、迷惑千万なことだけど、あれから八代を見かけるたびに妙に意識してしまい、目の前であくびさえ出来なくなった。教室では隣の座席だから、四六時中心臓がドキドキしまくりだし、顔が熱く火照って、授業にまったく集中できない。本当に、天狗様は余計なことをしてくれたものだ。

八代の方はといえば、幼馴染の女の子に撫でまわされ、抱きつかれ、あまつさえ「一緒に温泉に入りましょう」とまで誘われてしまい、「この女、俺に気があるんじゃね?」と変な勘違いをしてしまい……いや、別に勘違いってわけじゃないんだけど、ただでさえ突っつけドンなのが、突っつけドカン!てレベルで不愛想になっている。まあ、そのくせ目が合うと真っ赤になってうつむくのは、かわいいちゃかわいんだけど、
「のぼせあがるなよ、小僧」
とはたき倒したいところではある。

そんなある日のこと、私は真田さんの家にお呼ばれして、一緒に期末試験の勉強をすることになった。

「お邪魔します」
と真田さんの部屋に入ったところ、例の大天狗様が仁王立ちになっていた。
「神矢千里」
と、低いドスのきいた声が地鳴りのように響く。この天狗様はなんでこうも偉そうなんだろう。
「こんにちは……」
悔しいけど卑屈な愛想笑いがこぼれる。苦手なのだ、大人の男の人。
「私は大天狗である」
「存じております」
天狗様は苦々しい顔つきで、私を虫けらのように見下しておられる。そんな傲慢な表情のくせに、口から飛び出した言葉は、なんとも殊勝な謝罪の言葉だった。

「すまぬ、この間はちとやりすぎたようだ。許せ」

「いえ、許すも許すまいも、真田さんのことを思ってやったことですし、私は別に何とも思ってませんよ」
「お前の考えなどはどうでもいい」
……なんなんだこの天狗は。
「咲夜があれから私と口をきこうとせぬのだ。こちらから話しかけても、ずっとだんまりを決め込んでおる。わしは別に、小娘のことなどはどうだっていいのだが、守護者として、咲夜と話が出来ぬのは何かと不都合である。だから、お前の口から咲夜に告げてもらいたい。いいかげんに大人になれと」

「だそうですよ、真田さん」
私の後ろからお茶とお菓子をお盆にのせた真田さんが、にこやかな表情で入ってきた。
「さあ神矢さん、勉強を始めましょう」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、天狗様が……」
「知りませんよ、こんな妖怪」

「わしは妖怪などではない!」
見ると、天狗様は顔を真っ赤にして怒っている。
「あの、天狗様……」
声をかけるとその姿はたちまちにかき消え、見えなくなった。

……あれからずっとケンカしているんだ。

真田さんはテーブルにアンニュイな表情でもたれかかり、ペロリと赤い舌を見せた。
「あれくらいやらないと反省しないのよ、あの天狗様は」
青いセーターに白のスカート、すらりとした足には黒のタイツという、なんとも清楚なコーディネイトだ。
「まるで美女と野獣ね」
「あら、神谷さんだってこの頃はとても乙女でいらっしゃるわ。八代君の横で赤くなってるの、私知ってるのよ」
ついに、触れてはならない話題を持ち出してしまったよこの貴婦人様は!私はプイと横を向いて「意地悪」と拗ねた。

あの日、天狗様が「好いた男がけだものにしか見えぬようになるとは、さぞやつらかろうのう」と言い放った時、私はみっともなく泣き崩れてしまった、その姿を、彼女は目撃しているのだ。今さら否定したってどうにもならない。黙ってうつむくしかない。
真田さんは調子に乗ってさらに追い打ちをかけてくる。
「普通の女の子なら男の人とお付き合いして、結婚して、家庭を持つのが当たり前だもの。神矢さんだっていつかはきっとそうなるんだわ」
なんだか真田さんらしくない、からかうような調子があった。
「八代君ならお似合いじゃないの。いっそ告白して付き合っちゃえばいいのに」
「嫌よそんなの」
「どうして?」
どうしてって、恥ずかしいじゃないのと言いかけて、ふと考えた。私が告白したら、八代はどういう反応をするんだろう。喜んでくれるだろうか、それとも、拒絶されるのか。私は真田さんみたいに整った顔の美人さんではなく、どちらかというと愛敬だけは人一倍のタヌキ顔なのだ。八代は剣道部でブイブイ言わせてるスポーツマンだし、クラスでも人気者だ。イケメンではないけど、ときどき見せる男らしい表情にはドキリとさせられる。くやしいけど、女子人気はかなり高いはず。

そんないい男様が、私のようなタヌキ女を好きになってくれるのだろうか?

「神矢さん?」
真田さんは私の顔を不安そうにのぞき込んできた。美しい顔。でもだんだんとゆがんでくる。
涙が勝手にあふれ出して、目の前のすべてをゆがませる。駄目だ、泣くなんてみっともない。でも、私の両目の貯水槽は勝手に崩壊してしまった。

嗚咽がもれる。必死に抑えようとするのに、両手の隙間から声がこぼれる。

「ごめんなさい神矢さん、そんなつもりじゃなかったの。私、ひどいことを言っちゃった。ごめんなさい。ごめんなさい」
「違うの……目に……ゴミが入っちゃって……」
「そんな涙声で言われても説得力ないわ」
そりゃそうだ。真田さんの指摘はいつだって正しい。冷静沈着正確無比。でもそれだけに、どこにも逃げ道がない。
私は彼女の差し出したティッシュ箱から何枚か続けざまに引き抜いて、思い切り鼻をかんだ。

もう、勉強どころじゃなくなってしまった。

「ごめん、私もう帰るね」
「え?」
「ちょっと一人になって考えたいことが出来ちゃった。あ、せっかくだからお茶をいただいてくね」
私はぐいとカップの紅茶を飲み干し、「うまい」と笑顔でのたまってから、カバンを小脇にかかえて「また明日」と真田さんの部屋を飛び出した。
真田さんは茫然と私を見送っていたのだけど、そのときの表情がものすごく寂しそうだったことに、私はこの後しばらく気が付かなかった。それくらい、動転していたのだ。

家に帰ると家族に見つからないように部屋に駆け上がり、ベットに倒れ込んで自分が八代に告白したらどうなるか、いろいろシミュレイトしてみた。
舞台は夕暮れの教室。私はもじもじと告白の言葉を絞り出す。

「好きです!付き合ってください!」
……いやいや、私と八代の間でそれはない。あいつに敬語をつかうとかありえないし。

「私たち、付き合おっか」
……なんでそんな上から目線?いきなりマウントポジションをとってどうする。

「八代は私のこと、どう思ってる?」

まあ、そのあたりが一番無難なんだろうな。ただし、八代の性格からすると、
「別に」
と不愛想に返してきそうなのが、なんとも恐ろしい。

「ごめん、おまえのことは友達としか思えないんだ」

唐突に生々しい八代の声が脳内再生されて、泣き出しそうになった。もしそう言われたら、私は絶対笑ってなんていられない。「そっか」って簡単に流せない。
また貯水槽が大決壊して、その場にうずくまってしまうだろう。
八代はきっと、困った表情を浮かべて私を慰めようとする。
「ごめん、本当にごめん」
その言葉に、ほんの少しでも可能性は残っていないのか考えながら、
「あっち行って、八代のことなんかちっとも好きじゃないから!」
そんなことを、言っちゃうんだろうな……

駄目だ、上手くいくケースをまったく想像できない。
「OK!じゃあ俺たち今日からラブラブカップルな!」
なんて、八代が言うはずがない。「おう」とか「ああ」とかせいぜいそのくらいだろう。
でもそれすら私には、万分の一の可能性に思えてしまう……

そのとき突然、窓ガラスが音を立てて割れ、突風が吹き込んできた。なんだ!?と起き上がったら、目の前に黒い影が仁王立ちしていた。
「神矢千里」
天狗様がまたしても低い声で唸っている。漆黒の翼は狭い部屋いっぱいに広がり、彫りの深い西欧人のような眉根の奥で、真っ赤な目玉が怒っていた。
「おまえ、咲夜に何をした」
「……真田さんに何かあったの?」
眉が跳ね上がる。
「知らぬでは済まさんぞ!わしが帰ってみれば咲夜はふさぎ込んで泣いておるではないか!やれ友情だやれ親友だなどとほざいておいて、この体たらく……これだから人間は信用出来ない!」
とっさに八代のことが頭に浮かんだ。天狗様を怒らせると八代が熊にしか見えない術をかけられてしまう。血の気が引いて、体がガクガク震え出す。嫌だ、嫌だ、それだけは絶対嫌だ!

私はベットから跳ね起きて逃げ出した。転げまわりながら必死にドアまで手を伸ばした。その私の目の前に、天狗様の扇が突き立てられる。
「咲夜を悲しませた天罰を、存分に味わうがよい」
恐ろしい声が耳の横で地鳴りのように響いた。

……

目覚めると、私は部屋の床で横になっていた。窓は何事もなかったように冬の空をのぞかせている。咲夜様はどうしていらっしゃるかしら?勝手に家に戻ったことをきっと怒っていらっしゃるに違いない。私は、なんであんな無礼なことをしてしまったんだろう。申し訳ない。すぐにでも参上してお詫び申し上げなくては。

私は急いで部屋を飛び出すと、「夕食は?」と叫ぶ母を無視して、一目散に咲夜様のもとへと走った。神社の鳥居をくぐり、神殿に一礼をする。偉大なる大天狗様が賽銭箱の向こうで笑っていらっしゃる。
「ご機嫌うるわしく恐悦至極にございます」
と時代劇のような美辞麗句をまくしたてる。
「大儀である」と、天狗様も殿様のように私をねぎらう。
「神矢さん!?」 
咲夜様は巫女装束をお召しになったお姿で竹ぼうきを手に神域をお清め遊ばされている。目は先ほどまで泣きはらしていらしたのか、真っ赤だ。
「もったいない!」
私は咲夜様の手からほうきを奪い取ると、かいがいしく神殿前を掃き始めた。
「神矢さん、あの……」
「咲夜様、どうぞ私のことは千里とお呼び捨てくださいませ。天狗様の社であらせられる咲夜様にお仕え申し上げることこそ、私の務めなのでございます」

「……あなた、何をしたの」
咲夜様は大天狗様の方を睨みつけ、
「すぐに術を解きなさい!」とご命じになった。
「なぜ?そのように神矢千里を自分のものにしてしまうことが、咲夜の願望なのだろう?」
「そんなことはありません!彼女は私の大切な友達です!」
「そうかな?人間の心とはままならぬもの。試しにしばらく千里をしもべとして使役してみるといい。人間の男などにくれてやるよりもよっぽどマシだとわかるだろうよ」
そう言い残すと、偉大なる大天狗様はたちまちにしてそのお姿をお隠しになった。

その日、私は咲夜様のために夕食の手伝いをし、お勉強の際にはお茶とお茶菓子をお持ちし、お風呂をお使いの際には素っ裸で突入して、なかば強引にお背中をお流ししたのだった。
「おうちの方は大丈夫なの?」
「はい、先ほど電話を入れて許可をいただきました。家の者も咲夜様にご奉仕させていただくことを心から喜んでおります」
白い背中をやさしく洗い流しながら、私は誘惑に勝てずに、背中にすっと指を立てた。
「きゃっ!」
泡まみれの全身がプルっと硬直する。
「申し訳ありません、咲夜様、とんだご無礼をいたしました」
私は洗い場に平伏し、なんでそんなことをしてしまったのか、自分の所業を恥じた。

「……顔をあげなさい」
「はい」
咲夜様はとても寂しそうな顔で私を見つめていた。
「今のはきっと、いつもの神矢さんなのね。あなたの中にはまだ私の知ってる神矢さんが残っていて、それが飛び出してくるんだと思う。……本当はそちらの神矢さんと一緒にお風呂に入りたかったのだけど」
「申し訳ありません」
「一緒に湯船につかって、今日のことを謝りたかった……」
「私が、咲夜様のことをお恨みすることなど決してありません」
「そんなの……」
口にしようとして、首を横に振った。
「さあ、あなたのことも洗ってあげるわ。ここに座って」
「もったいのうございます!」
「さっきの罰よ、素直に言うとおりになさい」

私は、散々に洗いつくされてしまった。

夜は一緒の布団で眠った。私はご辞退申し上げたのだけど、咲夜様がそうお望みになったのだ。
夜具の中で、咲夜様は私の体をギュッとお抱きになられた。闇の中、咲夜様の声が寂しげに響く。
「ずるいな、私」
そのうち、めそめそとすすり泣く声に変わった。
「ごめんね、神矢さん、本当にごめんなさい」
私はどうしていいかわからなかったのだけど、体がまた勝手に動いて、咲夜様の頭をやさしく撫でていた。
ハッと我に返り、慌てて手を引込めようとしたのだけど、咲夜様の手がそれをお引き留めになった。
「もう少し、お願い」
そのまま、咲夜様がお眠りになるまで、私は頭をお撫で申し上げたのだった。

朝、目覚めると一度家に帰り、速攻で制服に着替えて咲夜様の元へ舞い戻った。
「カバンをお持ちします」
「それには及びません」
咲夜様は私の手を握り、まるで小学生のように仲良くご登校あそばした。
「咲夜様の回りにはいつも妖怪変化・魑魅魍魎の類が跋扈しております。大天狗様になりかわり、お守り申し上げるのが私の務め。手をお離し願えませんか」
「ダメ」
「そう申されましてもこれでは歩きにくいです」
「神矢さん」
「はい、咲夜様」
「私のことは『真田さん』と呼んでください。それと、接し方も今までと同じにしてください。これは天狗の社としての命令です」
ものすごく寂しそうな目で訴えるようにおっしゃるので
「謹んでそのようにさせていただきます」
と答えるしかなかった。

昨日、私が部屋を飛び出した時、やっぱり同じような表情をなさっていた。一人ぼっちで、見捨てられた子猫、いえ、百獣の王ライオンのようだった。きっと、絶交されたと勘違いなさったのだろう。そんなこと、あるはずがないのに。
長い黒髪の女の子が制服のスカートを翻して歩いている。こんな小さな体なのに、大天狗様の社として、友達も作らずに頑張っておられたのだ。そんな彼女を裏切るようなことなど、他の人ならいざ知らず、この神矢千里がするわけがない。

私は真田さんのことを心から愛しているのだ。

あなたのそばにいたい。命のある限りお仕えしたい。決して裏切るような真似はしない。そのことをなんとか真田さんにお伝えして、安心していただかなくては……

学校では平常通り、いつもの自分を演じていた。でも、心の中では真田さんの忠実なしもべであることを忘れず、何か異変がありはしないかと、四方に目を走らせていた。
隣の席の八代まさるが
「神矢、おまえ、またおかしくなってないか」
と声をかけてきた。
「別に」
「なんかあるなら相談しろよ。このあいだの落ち武者みたいなのが襲ってきたら、お前じゃ対応できないだろ?」
私はハアと大きくため息をつく。
「あのさ、気が散るから気安く声をかけないでくれる?ウザいから」
八代は押し黙った。
「そうかよ、それは悪うございましたね」
傷ついたように顔をそむける。まるで子供だ。こんなガキを相手になんで私は舞い上がっていたのだろう。不思議だ。昨日までの自分が信じられない。

「真田さん」
休み時間に私は真田さんの席に駆け寄った。
「なあに、神矢さん」
真田さんは私に顔を近づけてきた。ちょっとドキリとする。
「そう、その調子よ」
と耳元でささやいた。女の子らしいさわやかな香りが鼻をくすぐる。
「お戯れを」
私は真っ赤になってうつむいてしまう。
「こら、いつもの神矢さんはそんなことは言いませんよ」
「……ごめんなさい」
「いいのよ。それで何か御用?」
「真田さんに申し上げたいことがありまして」

教室の中ではクラスメートがてんでにお喋りをしたり、本を読んでいたり、じゃれあったりしている。その喧騒を切り裂くみたいに、

「私は、真田さんのことが大好きです!」

と力の限り叫んだ。
教室はシンと静まり返り、みんがな私たちの方をじっと見守っている。
真田さんは呆けたような表情のまま、固まってしまった。あれ?気持ちが伝わらなかったかな?

「ずっと一緒にいたいです!どうか私を一生そばに置いてください!」

真田さんはさらに硬直したまま微動だにしない。
まだ足りなかったかな?

「大好きなの!もう真田さんなしでは生きていけないの!八代のことなんてちっとも好きじゃない、私が大好きなのは真田さんなの!」

ズキッ!
と、心の中で何かが裂ける音がした。違う、そうじゃない、私は嘘をついている、私は八代のことが大好きなんだ、これ以上私の心をもて遊ぶのはやめて……そんな声があふれてきて、泣き出しそうになる。なんだこれ?どうしてこんな気持ちになる?

バタン!と椅子が倒れる音がして、振り向くと、八代がものすごく怒った顔で立っていた。なんだか悲しんでいるようにも見える。
ごめんなさい、ごめんなさい、そう心の中の誰かが叫んでいた。
涙があふれ出す。なんで泣く、私?

そのとき、真田さんがとった行動は信じられないものだった。

黒髪の少女の背中から、人間にあるはずのない異形の部位がざわざわと広がる。漆黒の翼が、キラキラ輝きながら教室を覆いつくす。それを目にしたクラスメート達は、悲鳴を上げて後ずさった。一瞬、泣くよりももっとせつない悲しみが真田さんの顔に浮かんでいた。
「咲夜様、なりません!」
彼女のそばに駆け寄ろうとすると、後ろから腕を引っ張られた。驚いて顔を向けると、八代まさるが私を抱きしめて、ものすごくおっかない表情で真田さんを睨みつけていた。
「八代?」
「逃げろ神矢!お前は妖怪にたぶらかされている!」

……八代としては真面目に喋ってるつもりなんだろうけど、そのセリフは出来の悪いホラー映画みたいで、まるで現実感がなかった。
真田さんまで「おほほほほ」と笑い出した。
「八代君、聞いたでしょ?神矢さんは永遠に私のものなの。さあ彼女を離しなさい。あなたに神矢さんはもったいないわ」
……こちらも安っぽいB級映画のノリである。
「黙れ妖怪!余計なお世話だ!」
八代の腕に力が入る。いつから私の日常はアクションホラーと化した?
「逃げろ!神矢!」
気持ちはうれしいんだけど、真田さんを妖怪呼ばわりしたのはさすがに許せない。真田さんが妖怪ならお前はミジンコ以下のウジ虫野郎だ、と考えたところでハッと我に返る。

今はっきりと目が覚めた。私はずっと天狗の術をかけられていたのだ。真田さんだけを愛するように、心を捻じ曲げられていたのだ。
私は天井に向かって叫んだ。
「大天狗!見てるんでしょ!とっとと出てきなさい!」

天を突き破るような高笑いがして、突風とともに大天狗様が出現した。
八代まさるは腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。まあ、無理もない。

「わしの術を自力で破るとは、なかなかやるではないか小娘」
天井に背が届きそうな大男は、高い鼻をツンと上に向けてうそぶいた。三文芝居みたいなセリフなんだけど、こいつのは正真正銘本物である。
「私を懲らしめるのはわかるけど、それで真田さんのことを傷つけるって、本末転倒じゃないの?」
「知らぬ。わしもまさか咲夜がここまでやるとは思わなかったのだ」

真田さんは困ったような顔で翼をバタバタさせている。
「だって、こうでもしないと神矢さんが悪者になっちゃうでしょ?」
ふてくされた子供みたいに拗ねている。
「それにしたって!」
私は無性に腹が立って仕方がなかった。
「悪いのは真田さんを置き去りにした私なんだから、真田さんが正体を見せる必要なんてなかったんだよ!」
「あれは私が神矢さんをからかったからで、そのせいで神矢さんと八代君の仲が悪くなるくらいなら、私の正体をバラす方がマシかなって……」
「だからって!」
私は真田さんに抱きついた。漆黒の翼が、ピクンと跳ね上がる。
「真田さんがみんなからあんな冷たい目を向けられるなんて、私には耐えられないよ」
ギュッと、力いっぱい抱きしめた。
「馬鹿なんだから、真田さんは」
「……ごめんなさい」
真田さんのおでこが私のおでこにやさしく押し当てられる。何としても、この子のことを守ってあげなくちゃ。

私はニヤニヤ笑ってるボンクラ天狗を睨みつけた。
「大天狗!この状況をチャラに出来る術とかはないの!?」
「無理を言うな。一人二人ならともかく、三十人からの記憶を書き換えるなど、わしの手には負えぬ」
フンとふんぞり返る。肝心な時に役にたたない神様だ。
「八代!」
「おう?」
腑抜けのようになった八代まさるに、私は縋りついた。ギュッと抱きしめて、おなかの底から声を絞り出した。

「大好き!」

八代の目が大きく見開かれる。
顔がどんどん火照ってきた。人間のほっぺたにはホッカイロが内蔵されているに違いない。

「愛してる!」
「は?神矢、おまえマジなの?また変なことになってるんじゃないの?」
「私は百パーセント正真正銘の神矢千里だよ。そんなことよりクラスのみんなを説得する方法を考えて。真田さんが決して妖怪とか化け物じゃないんだって、みんなに思わせて。このままじゃ真田さんが学校にいられなくなっちゃう。だから協力して。私たちの味方になって」

……ずるいな、私はこんな時に女の武器を使ってる。

「わかった。なんとかしてやるよ」
八代は照れくさそうに私の頭を撫でまわした。

幸い、大天狗の出現とともに教室の中には大結界が貼られていて、クラスのみんなは凍り付いたように静止している。考える時間はたっぷりあった。

作戦は出来上がった。私と真田さんは教室から抜け出して、廊下にスタンバイし、大天狗様に結界を解いてもらった。

空間が振動して、止まっていた時間が再び動き始める。
教室から悲鳴があがる。恐怖に取り乱したクラスメイト達が大勢飛び出してきた。
「あれ?みんなどうしたの?」
私は真田さんと立ち話を装いつつ、出来るだけ平静に声をかけた。
「ギャー!」
「お前ら、なんでここにいるんだ?」
錯乱するクラスメイトを前に、私はこう答えた。

「なんでって、真田さんとずっとここでお喋りしてたんだけど、教室で何かあったの?」

あっけにとられたクラスメイトは恐る恐る教室を覗き込む。そこにはただ一人、八代まさるが放心したように立ち尽くしていた。クラス委員長が声をかける。
「八代、あの化け物はどうした?」
八代はゆっくりと振り返り、震える手で窓の外を指さした。見れば、大きな翼を広げた化け物が奇声を発しながら飛び回っているではないか!
みんな茫然としてその姿を見つめている。SFXも真っ青の超常現象。
私と真田さんはキョトンとした表情でクラスメイトに尋ねた。「あれは何?」

「おまえらの姿に化けた妖怪変化だよ」

……このアイデアを考えたのは八代まさるだった。問題は、大天狗様がこの作戦に乗ってくれるかどうかだったのだけど、
「それで咲夜の秘密が守られるなら、わしは構わない」
と請け合ってくれので、八代の入念な演技指導ものと、作戦の実行となった。

大天狗様としては、八代まさるの機転には感心したものの、秘密を知った若造に釘を刺ささずにはいれれなかったようで、
「おい若造、お前が今日見たことを、決して他言するでないぞ。もし誰かにバラしたら、罰として『好いたおなごが一生タヌキにしか見えぬ呪い』をかけるからな」
と警告をした。
「タヌキかよ!」と私はツッコミを入れた。大天狗様は意地悪そうに笑う。
「そういえばおまえはこの八代まさるが熊にしか見えぬ呪いにかけられて、大ベソをかいておったな」

おい……なんてことを言うんだ、この天狗様は。

「ああ」
と八代はすべて合点がいったようだ。
「だからあの日の神矢はおかしかったのか」
うれしそうに私の頭をかき回す。
「そうか、お前には俺が熊に見えていたのか」
顔中火のように熱くなってきた。ホッカイロどころの騒ぎじゃない、火炎放射器である。
「やめろ馬鹿」
私は八代の胸を小付きまわす。真田さんまでニヤニヤしながらこちらを見てる。
「あんたまで笑うんじゃない!」
真田さんは肩をすくめて、
「はーい」
とすっとぼけた。

そんなこんなで大天狗様は教室の窓から飛んで見せてくれたわけなのだけど、あの豪快な飛びっぷりといい、宙返りしているところといい、
「あいつ絶対悪乗りしてるよね」
とため息がこばれた

「大天狗様はとても寂しがり屋だから、こういう時にはどうしてもはしゃいでしまうのよ」
と、天狗の娘はクスクス笑った。

天狗様は散々曲芸飛行を繰り広げてから、霞のように消えてしまった。

それから数日が過ぎた。
今のところは別段変わったことは何も起こってはいない。平穏な毎日が続いている。
八代も、自分から真田さんの秘密について聞いてくることはなかった。
一度調子に乗って「私がタヌキに見えるのが怖いの?」とからかってみたら、
「ばーか」
と鼻の頭を指先で思い切りつつかれた。

私と真田さんはと言えば、今ではすっかり元の親友同士だ。
先日も私の家に泊まりにきて、一緒にお風呂に入り、一緒の布団で一晩中お喋りをした。

すべては綺麗に元の鞘におさまった。まあ、いろいろ微妙な変化はあったのだけど。

今でも教室で翼を広げた真田さんを思い出すと、胸がチクリとなる。同世代のクラスメイトから化け物を見るような眼を向けられ、いったいどれほど傷ついたのか、私には想像することもできない。

あの時、あの悲しそうな表情の真田さんを思い出すと、
「大丈夫だからね」
とめいっぱいに抱きしめてあげたくなる。いや、実際に何度か抱きしめて、
「痛い、苦しい」
と怒られたりもしているのだけど、そんなときでも
「ありがとうね」
と照れたように笑ってくれるので、なんだかホッとする。

昼休み。天気がいい日には中庭でお弁当を広げる生徒が群れを成す。私と真田さんもその日は太陽の下でお弁当を食べていた。真田さんはそよ風に大きく伸びをしながら、
「気持ちのいいお天気ね」
とご満悦である。
横顔の綺麗なラインが光にまばゆく輝いていて、思わず見とれてしまう。
「ねえ」
「何?」
「私もあの天狗様みたいに真田さんのことを名前で呼んでもいい?」
「そうねぇ」
真田さんはしばらく考え込む。
「私、あなたに咲夜様って呼ばれて、本当につらかったの。友達に様付けでよばれるのって、結構きついんだよ?」
「……そうかもしれない。私、ものすごく傷つけたかも」
自分の意志でやったことじゃないけど、そう呼んだという事実は、消し去ることが出きない。

「ホント、ごめんなさい」
「……だからね、一つ条件を出させてもらっていいかな?」
「何?」
「八代君のことも、名前でよんであげて」

……このお嬢さんはいったい何てことを言い出すんだ。

「それはさすがにまだ早いんじゃないかなぁ」
「だってもう付き合ってるんでしょ?」
「付き合うっても一緒に買い物したりハンバーガ屋で馬鹿話してるだけだよ」
「どう見ても立派なカップルじゃないの」
「カップルっても、私たちのは『カッポレ』なんだもん」
「踊ってどうするのよ」
うん、我ながら意味不明だ。

「頑張って千里ちゃん、私は応援しているから」

真田さんはニコリと笑った。はじめて下の名前で呼ばれ、心臓が飛び跳ねるほどうれしくなった。
「わかったよサッキー!」
「サッキー?」
「いやサクにゃんかな?それとも……クーヤン?」
「咲夜でお願いします」
「……咲夜ちゃん」
「はい」

咲夜ちゃんは私の頭をやさしく撫でた。
「よく出来ました、偉い偉い」
彼女のいつもの口癖だ。迷いネコの霊を神界に送る時にも、同じことをつぶやいていた。

「なんだかこのまま天国に行ってしまいそうだよ……」
陽射しの下で親友に頭を撫でられながら、
私は子猫のように丸まってしまうのだった。

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